母と姉と3人でお出掛け。
ランチして、図書館行ってから、忌部(いんべ)神社(徳島市)へお詣り。
なので、ゆっくりは出来なかったのですが、ご挨拶のみしてまいりました。
どこへ行ってもそうなのですが、石段がかなりきつく感じました(^▽^;)
一段一段がとても高いから余計に
これは半分くらい上った所からの景色。
そして、ご由緒書きをいただきました。
歴史の古い神社です。
織田信長などの織田家ともゆかりがあると言われてもいます。
詳しい事は知らないのですが(;^ω^A
そして、
とても美しい満月でしたね
良い事がありそうな気がします
この月光のように、皆様にたくさん幸せが降り注ぎますように
☆ 玉響 ~たまゆら~ →
(えちこちゃんのブログ)
★ 忌部神社 →
(徳島市二軒屋町2-48)
【忌部神社】
・テーマ「神社」の記事一覧 →
ランチして、図書館行ってから、忌部(いんべ)神社(徳島市)へお詣り。
なので、ゆっくりは出来なかったのですが、ご挨拶のみしてまいりました。
どこへ行ってもそうなのですが、石段がかなりきつく感じました(^▽^;)
一段一段がとても高いから余計に

これは半分くらい上った所からの景色。
そして、ご由緒書きをいただきました。
歴史の古い神社です。
織田信長などの織田家ともゆかりがあると言われてもいます。
詳しい事は知らないのですが(;^ω^A
そして、
とても美しい満月でしたね

良い事がありそうな気がします
この月光のように、皆様にたくさん幸せが降り注ぎますように
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愛知県美術館
『ゴッホとゴーギャン展』(2017年)
日本初、ゴッホとゴーギャンの二人展
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)とポール・ゴーギャン(1848-1903)。
二人の交流に着目しながら、南仏アルルの「黄色い家」での共同生活の時期を中心に、初期から晩年にいたるそれぞれの軌跡を紹介するものです。
芸術観や性格の違いから、彼らの共同生活はわずか2か月で破綻しますが、それで二人の関係が終わってしまったわけではなく、その後、別々の道を歩みながらも互いに友情を抱き続けていたことがわかる内容になってます。
展示構成は、
・第1章 近代絵画のパイオニア誕生
・第2章 新しい絵画、新たな刺激と仲間との出会い
・第3章 ポン=タヴェンのゴーギャン、アルルのファン・ゴッホ、そして共同生活へ
・第4章 共同生活後のファン・ゴッホとゴーギャン
・第5章 タヒチのゴーギャン
(全16作家、展示総数64点。うちゴッホ28点、ゴーギャン21点)
まず、今回のイチ押し
ポール・ゴーギャン
《肘掛け椅子のひまわり》
キャンバスに油彩 1901年
E.G. ビュールレ・コレクション財団
ゴーギャンは、ぼくのひまわりの絵が格別に好きだ。
彼はとりわけこう言ったものだ。
「これこそ…花だ」と。
(ゴッホから弟テオへの手紙、1889年1月22日、アルル)
ダリアやキンレンカ、さまざまな種類のひまわりなど、
暖かい気候を好む花の球根と種を送ってほしい。
それらの花で庭を飾りたいのです。
(ゴーギャンから友人ジョルジュ=ダニエル・ド・モンフレーへの手紙、1898年10月、タヒチ)
タヒチにて、ゴーギャンが11年前に亡くなったゴッホを偲んで描いたとされる一枚。
これはもう、ゴッホへのオマージュ以外のなにものでもありませぬ〜
そして、ゴーギャンの二押し
ポール・ゴーギャン
《タヒチの3人》
キャンバスに油彩 1899年
スコットランド国立美術館
タヒチの人々を描いた作品。
左の女性は左手に青いりんごを持つことから「悪」を、右の女性は花を差し出していることから「善」を象徴している…と考えられているそうです。
お次は、ゴッホのイチ押し
フィンセント・ファン・ゴッホ
《ゴーギャンの椅子》
キャンバスに油彩 1888年
ファン・ゴッホ美術館
ゴーギャンのような聡明な仲間がいること、
その仕事ぶりを見られることは、ぼくにとってとてもためになる。
(ゴッホから弟テオへの手紙、1888年11月19日頃、アルル)
ゴーギャンとの共同生活が破綻する前に描かれた作品。
ゴーギャンが使っていた椅子を描くことで、そこに座るゴーギャンの存在を表現しています。
以前、別の『ゴッホ展』でも展示されてましたが、改めて見て、深い絵だわ〜と感動。
そして、ゴッホの二押し
フィンセント・ファン・ゴッホ
《靴》
キャンバスに油彩 1886年
ファン・ゴッホ美術館
履き古した感じの労働者の靴です。
持ち主の人柄や暮らしぶりが想像できますな…
独学でここまで描けるゴッホは、ほんと天才だわ
And、そのほかの展示作品〜
おおっ!と感じたものを選んでみました。
まず、ゴッホから。
フィンセント・ファン・ゴッホ
《パイプをくわえた自画像》
キャンバスに油彩 1886年
ファン・ゴッホ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ
《グラスに生けた花咲くアーモンドの小枝》
キャンバスに油彩 1888年
ファン・ゴッホ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ
《ばら》
キャンバスに油彩 1889年
国立西洋美術館
そしてゴーギャン。
ポール・ゴーギャン
《夢を見る子ども(習作)》
キャンバスに油彩 1881年
オードロップゴー美術館
ポール・ゴーギャン
《自画像》
キャンバスに油彩 1885年
キンベル美術館
ポール・ゴーギャン
《水飼い場》
キャンバスに油彩 1886年
島根県立美術館
ゴッホについては、これまで何度か個人展を見て、おなじみの作品がたくさんありましたが、
ゴーギャンの作品はほとんどが初めてのもので、とても新鮮に感じました〜
また、ゴッホとゴーギャンそれぞれが影響を受けた画家(コロー、ミレー、ピサロ、モネ…)、
交流のあった画家(シャヴァンヌ、モンティセリ、トゥールーズ=ロートレック…)、
影響を与えた画家(ポール・セリュジエ、モーエンス・バリン、ヤン・フェルカーデ…)の作品も展示されてますよ。
ぜひぜひ実物をご覧くださいね
『ゴッホとゴーギャン展』
◆2017年1月3日(火)-3月20日(月・祝)
愛知県美術館
・Twitter →
(愛知が最終会場です)
★ 愛知県美術館 →
(名古屋市東区東桜1-13-2)
・テーマ「新印象派・ポスト印象派」の記事一覧 →
『ゴッホとゴーギャン展』(2017年)
日本初、ゴッホとゴーギャンの二人展
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)とポール・ゴーギャン(1848-1903)。
二人の交流に着目しながら、南仏アルルの「黄色い家」での共同生活の時期を中心に、初期から晩年にいたるそれぞれの軌跡を紹介するものです。
芸術観や性格の違いから、彼らの共同生活はわずか2か月で破綻しますが、それで二人の関係が終わってしまったわけではなく、その後、別々の道を歩みながらも互いに友情を抱き続けていたことがわかる内容になってます。
展示構成は、
・第1章 近代絵画のパイオニア誕生
・第2章 新しい絵画、新たな刺激と仲間との出会い
・第3章 ポン=タヴェンのゴーギャン、アルルのファン・ゴッホ、そして共同生活へ
・第4章 共同生活後のファン・ゴッホとゴーギャン
・第5章 タヒチのゴーギャン
(全16作家、展示総数64点。うちゴッホ28点、ゴーギャン21点)
まず、今回のイチ押し
ポール・ゴーギャン
《肘掛け椅子のひまわり》
キャンバスに油彩 1901年
E.G. ビュールレ・コレクション財団
ゴーギャンは、ぼくのひまわりの絵が格別に好きだ。
彼はとりわけこう言ったものだ。
「これこそ…花だ」と。
(ゴッホから弟テオへの手紙、1889年1月22日、アルル)
ダリアやキンレンカ、さまざまな種類のひまわりなど、
暖かい気候を好む花の球根と種を送ってほしい。
それらの花で庭を飾りたいのです。
(ゴーギャンから友人ジョルジュ=ダニエル・ド・モンフレーへの手紙、1898年10月、タヒチ)
タヒチにて、ゴーギャンが11年前に亡くなったゴッホを偲んで描いたとされる一枚。
これはもう、ゴッホへのオマージュ以外のなにものでもありませぬ〜
そして、ゴーギャンの二押し
ポール・ゴーギャン
《タヒチの3人》
キャンバスに油彩 1899年
スコットランド国立美術館
タヒチの人々を描いた作品。
左の女性は左手に青いりんごを持つことから「悪」を、右の女性は花を差し出していることから「善」を象徴している…と考えられているそうです。
お次は、ゴッホのイチ押し
フィンセント・ファン・ゴッホ
《ゴーギャンの椅子》
キャンバスに油彩 1888年
ファン・ゴッホ美術館
ゴーギャンのような聡明な仲間がいること、
その仕事ぶりを見られることは、ぼくにとってとてもためになる。
(ゴッホから弟テオへの手紙、1888年11月19日頃、アルル)
ゴーギャンとの共同生活が破綻する前に描かれた作品。
ゴーギャンが使っていた椅子を描くことで、そこに座るゴーギャンの存在を表現しています。
以前、別の『ゴッホ展』でも展示されてましたが、改めて見て、深い絵だわ〜と感動。
そして、ゴッホの二押し
フィンセント・ファン・ゴッホ
《靴》
キャンバスに油彩 1886年
ファン・ゴッホ美術館
履き古した感じの労働者の靴です。
持ち主の人柄や暮らしぶりが想像できますな…
独学でここまで描けるゴッホは、ほんと天才だわ

And、そのほかの展示作品〜
おおっ!と感じたものを選んでみました。
まず、ゴッホから。
フィンセント・ファン・ゴッホ
《パイプをくわえた自画像》
キャンバスに油彩 1886年
ファン・ゴッホ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ
《グラスに生けた花咲くアーモンドの小枝》
キャンバスに油彩 1888年
ファン・ゴッホ美術館
フィンセント・ファン・ゴッホ
《ばら》
キャンバスに油彩 1889年
国立西洋美術館
そしてゴーギャン。
ポール・ゴーギャン
《夢を見る子ども(習作)》
キャンバスに油彩 1881年
オードロップゴー美術館
ポール・ゴーギャン
《自画像》
キャンバスに油彩 1885年
キンベル美術館
ポール・ゴーギャン
《水飼い場》
キャンバスに油彩 1886年
島根県立美術館
ゴッホについては、これまで何度か個人展を見て、おなじみの作品がたくさんありましたが、
ゴーギャンの作品はほとんどが初めてのもので、とても新鮮に感じました〜
また、ゴッホとゴーギャンそれぞれが影響を受けた画家(コロー、ミレー、ピサロ、モネ…)、
交流のあった画家(シャヴァンヌ、モンティセリ、トゥールーズ=ロートレック…)、
影響を与えた画家(ポール・セリュジエ、モーエンス・バリン、ヤン・フェルカーデ…)の作品も展示されてますよ。
ぜひぜひ実物をご覧くださいね
『ゴッホとゴーギャン展』
◆2017年1月3日(火)-3月20日(月・祝)
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名古屋市美術館
『永青文庫 日本画の名品』(2017年)
旧熊本藩主・細川家に代々伝わる文化財と、
第16代当主・細川護立(ほそかわ・もりたつ 1883-1970)が蒐集した日本美術の名品を有する、
永青(えいせい)文庫(東京都文京区)
日本画、洋画、武具、茶道具、禅画、工芸、歴史資料など、
所蔵品の数は約94,000点だそう
その膨大なコレクションの中から、
細川護立が集めた近代の日本画と
江戸時代の禅画を紹介する展覧会です。
展示構成は、
・第一部 近代の日本画
・第二部 白隠と仙厓の禅画
(全20作家、日本画34点、禅画23点。
会期中に入れ替えあり)
まずは、今回のイチ押し〜
菱田春草
《黒き猫》【重要文化財】(後期のみの展示)
絹本着色 掛幅(一幅)
1910年(明治43年) 151.1×51
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
柏の木の根元の上に身をかがめた黒猫が一匹。
猫の毛の描写はほとんど「線」が使われておらず、ぼかしの効果によって、その柔らかさが表現されています。
猫の目には金泥が用いられているため光沢があります。
金泥は柏の葉にも使われており、ところどころに緑青のぼかしが入って、葉の色合いの違いが巧みに描かれています。
(展示室の解説より)
2003年の『菱田春草展』(@愛知県美術館)で展示されたそうだけど、見逃してしまった作品。
14年経って、やーっと会えました!
ワタシの場合、猫と言えば「黒猫」が一番
なのです。
(「黒猫」を大型にした「黒豹」も好き〜)
この先、黒猫を飼うことがあったら、
名前は「ロデム」に決めてます。
で、来る日も来る日も「ロデムになぁれ〜
ロデムになぁれ〜
」と念じながら愛情を注ぎ、
見事ロデムに成長したあかつきには、
日替わりでワタシの大好きな二次元キャラに変身してもらう!
……という壮大な構想(妄想)を抱いております。
(ある年齢以上の人にしかわからないネタですみません
)
【黒き猫】
そのほかの展示作品〜〜。
◆ 第一部 近代の日本画
こちらには、明治の終わりから昭和の初めにかけての日本画が並びます
上村松園
《月影》(後期のみの展示)
絹本着色 掛幅(一幅)
1908年(明治41年) 173.2×99.3
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
月夜の明るさに誘われて、室内から出てきた女性たち。
母親は空を見上げ、若い娘は縁側に落ちる松の影に見とれています。
窓越しには少女の顔が見えます。
年齢の異なる三人の京女の、容姿の描き分けが見どころです。
(展示室の解説より)
西村五雲
《林泉群鶴図》(左隻)
紙本着色 屏風 (六曲一双)
1911年(明治44年)頃 153.5×363
永青文庫
横山大観
《柿紅葉》(右隻)(後期のみの展示)
絹本着色裏箔 屏風 (六曲一双)
1920年(大正9年) 168.2×373
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
横山大観
《柿紅葉》(左隻)(後期のみの展示)
絹本着色裏箔 屏風 (六曲一双)
1920年(大正9年) 168.2×373
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
小林古径
《髪》【重要文化財】(後期のみの展示)
絹本着色 額(一面)
1931年(昭和6年) 170×108.2
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
◆ 第二部 白隠と仙厓の禅画
南北朝時代から室町、戦国時代にかけての禅宗絵画は、支配者層を中心に受け入れられてきました。
しかし、江戸時代になると、禅僧たちは特権階級だけでなく、広く庶民に布教する必要に迫られ、絵画をその手段のひとつとして考える者が現れるようになりました。
(展示室の解説より)
ということで、
白隠慧鶴(はくいん・えかく)と
仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)の禅画が紹介されています
白隠慧鶴
「蓮池観音像」
紙本墨画 掛幅(一幅)
1767年(明和4年) 134.7×56.4
永青文庫
仙厓義梵
「虎図」
紙本墨画 掛幅(一幅)
江戸時代(19世紀) 39.7×51.2
永青文庫
禅画「○△□」(出光美術館)でも有名な仙厓義梵。
「猫か虎か当ててみろ」と書いてあるそうな。
うーん。うーん。どっちにも見える…

答えは「虎」なんだろうけど、
「猫も虎もたいして変わらん。些細なことで悩むな」
という意味の教えなのか?
ちなみに、永青文庫には
仙厓作の別の「虎図」もあるようです。
仙厓義梵
「虎図」(参考作品)
江戸時代(19世紀)
永青文庫
「龍図」と対になっている作品らしい。
でも、こっちはどう見ても「猫」…

(左上には「迫虎の猫」と書いてあるのか?)
当時の人々は実物の「虎」を見る機会がなく、
伝聞から想像で描いてるんでしょうが、、、
はい、庶民にもわかりやすい、
自由でのびのびとした画風の禅画が並んでましたよ。
(てか、自由すぎ!
)
細川護立さん、
日本の美術史に残る名品の数々をありがとうございました
『永青文庫 日本画の名品』
◆2017年1月14日(土)-2月5日(日)【前期】
2017年2月7日(火)-2月26日(日)【後期】
名古屋市美術館
★ 名古屋市美術館 →
・Twitter →
(名古屋市中区栄2-17-25 白川公園内)
★ 永青文庫 →
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(東京都文京区目白台1-1-1)
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『永青文庫 日本画の名品』(2017年)
旧熊本藩主・細川家に代々伝わる文化財と、
第16代当主・細川護立(ほそかわ・もりたつ 1883-1970)が蒐集した日本美術の名品を有する、
永青(えいせい)文庫(東京都文京区)
日本画、洋画、武具、茶道具、禅画、工芸、歴史資料など、
所蔵品の数は約94,000点だそう

その膨大なコレクションの中から、
細川護立が集めた近代の日本画と
江戸時代の禅画を紹介する展覧会です。
展示構成は、
・第一部 近代の日本画
・第二部 白隠と仙厓の禅画
(全20作家、日本画34点、禅画23点。
会期中に入れ替えあり)
まずは、今回のイチ押し〜
菱田春草
《黒き猫》【重要文化財】(後期のみの展示)
絹本着色 掛幅(一幅)
1910年(明治43年) 151.1×51
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
柏の木の根元の上に身をかがめた黒猫が一匹。
猫の毛の描写はほとんど「線」が使われておらず、ぼかしの効果によって、その柔らかさが表現されています。
猫の目には金泥が用いられているため光沢があります。
金泥は柏の葉にも使われており、ところどころに緑青のぼかしが入って、葉の色合いの違いが巧みに描かれています。
(展示室の解説より)
2003年の『菱田春草展』(@愛知県美術館)で展示されたそうだけど、見逃してしまった作品。
14年経って、やーっと会えました!
ワタシの場合、猫と言えば「黒猫」が一番
(「黒猫」を大型にした「黒豹」も好き〜)
この先、黒猫を飼うことがあったら、
名前は「ロデム」に決めてます。
で、来る日も来る日も「ロデムになぁれ〜
見事ロデムに成長したあかつきには、
日替わりでワタシの大好きな二次元キャラに変身してもらう!
……という壮大な構想(妄想)を抱いております。
(ある年齢以上の人にしかわからないネタですみません
【黒き猫】
そのほかの展示作品〜〜。
◆ 第一部 近代の日本画
こちらには、明治の終わりから昭和の初めにかけての日本画が並びます
上村松園
《月影》(後期のみの展示)
絹本着色 掛幅(一幅)
1908年(明治41年) 173.2×99.3
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
月夜の明るさに誘われて、室内から出てきた女性たち。
母親は空を見上げ、若い娘は縁側に落ちる松の影に見とれています。
窓越しには少女の顔が見えます。
年齢の異なる三人の京女の、容姿の描き分けが見どころです。
(展示室の解説より)
西村五雲
《林泉群鶴図》(左隻)
紙本着色 屏風 (六曲一双)
1911年(明治44年)頃 153.5×363
永青文庫
横山大観
《柿紅葉》(右隻)(後期のみの展示)
絹本着色裏箔 屏風 (六曲一双)
1920年(大正9年) 168.2×373
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
横山大観
《柿紅葉》(左隻)(後期のみの展示)
絹本着色裏箔 屏風 (六曲一双)
1920年(大正9年) 168.2×373
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
小林古径
《髪》【重要文化財】(後期のみの展示)
絹本着色 額(一面)
1931年(昭和6年) 170×108.2
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
◆ 第二部 白隠と仙厓の禅画
南北朝時代から室町、戦国時代にかけての禅宗絵画は、支配者層を中心に受け入れられてきました。
しかし、江戸時代になると、禅僧たちは特権階級だけでなく、広く庶民に布教する必要に迫られ、絵画をその手段のひとつとして考える者が現れるようになりました。
(展示室の解説より)
ということで、
白隠慧鶴(はくいん・えかく)と
仙厓義梵(せんがい・ぎぼん)の禅画が紹介されています
白隠慧鶴
「蓮池観音像」
紙本墨画 掛幅(一幅)
1767年(明和4年) 134.7×56.4
永青文庫
仙厓義梵
「虎図」
紙本墨画 掛幅(一幅)
江戸時代(19世紀) 39.7×51.2
永青文庫
禅画「○△□」(出光美術館)でも有名な仙厓義梵。
「猫か虎か当ててみろ」と書いてあるそうな。
うーん。うーん。どっちにも見える…

答えは「虎」なんだろうけど、
「猫も虎もたいして変わらん。些細なことで悩むな」
という意味の教えなのか?
ちなみに、永青文庫には
仙厓作の別の「虎図」もあるようです。
仙厓義梵
「虎図」(参考作品)
江戸時代(19世紀)
永青文庫
「龍図」と対になっている作品らしい。
でも、こっちはどう見ても「猫」…

(左上には「迫虎の猫」と書いてあるのか?)
当時の人々は実物の「虎」を見る機会がなく、
伝聞から想像で描いてるんでしょうが、、、
はい、庶民にもわかりやすい、
自由でのびのびとした画風の禅画が並んでましたよ。
(てか、自由すぎ!
細川護立さん、
日本の美術史に残る名品の数々をありがとうございました
『永青文庫 日本画の名品』
◆2017年1月14日(土)-2月5日(日)【前期】
2017年2月7日(火)-2月26日(日)【後期】
名古屋市美術館
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もうすぐ「猫の日」~
てなわけで、戌年にもかかわらず、
2015年以降に掲載した「猫」の作品、
「猫」が登場する作品をまとめてみました
『大英自然史博物館展』(2017年)古代エジプトの猫のミイラ
大英自然史博物館
『大エルミタージュ美術館展』(2017年)ペーテル・ブール
《猫の頭部の4つの習作》
1650年代 42.5×32.5
エルミタージュ美術館
『永青文庫 日本画の名品』(2017年)菱田春草
《黒き猫》
1910年 151.1×51
永青文庫(熊本県立美術館寄託)
『猫まみれ展』(2016年)高橋弘明
《ジャパニーズ・ボブテイル》
1924年 23.5×33
招き猫亭コレクション
『藤田嗣治展』(2016年)藤田嗣治(レオナール・フジタ)
《自画像》
1929年 61×50.2
東京国立近代美術館
『熊谷守一展』(2004年)熊谷守一
《眠り猫》
1959年
『岩合光昭写真展「ねこ・いぬ」』(2015年)岩合光昭
広島県・福山市
『岩合光昭ミニ写真展「ねこのとけい」』(2016年)岩合光昭
大阪府・枚方市
『岩合光昭の世界ネコ歩き』①(2015-16年)岩合光昭
ネセバル/ブルガリア
『岩合光昭の世界ネコ歩き』②(2016年)岩合光昭
コロニア近郊/ウルグアイ
ネコ : グァランゲティ(生後5ヶ月)
ブタ : ローリー(生後6ヶ月)
『岩合光昭の世界ネコ歩き』③(2017年)岩合光昭
ボニュー/プロバンス
『岩合光昭写真展「ふるさとのねこ」』(2016-17年)岩合光昭
青森県・津軽地方
二次元のにゃんこも、
三次元のにゃんこも、カワユス…
「ワタシのイチ押し」 関連記事
・「猫」①
・「猫」②
・「猫」③
・「猫」④
・「猫」⑥
・「猫」⑦
・「猫」⑧
・「猫」⑨
・テーマ「特集」の記事一覧 →
名古屋ボストン美術館
『吉田博木版画展―抒情の風景(ノスタルジック・ユートピア)』(2017年)
明治から昭和にかけて活躍した画家・版画家の吉田 博(1876-1950)。
(「吉」の漢字は、正しくは「𠮷」です)
初めて名前を知ったひとです。
熱海のMOA(エムオーエー)美術館所蔵の木版画コレクションをどうぞ
ってことで、展示構成は、
・序章 吉田博の木版画
・第1章 旅する画家
・第2章 山の画家
・第3章 水の画家
・第4章 旅する画家、再び
・第5章 抒情の風景
(展示総数86点)
洋画家の吉田が版画に取り組んだのは、
40代半ば過ぎとのこと。
渡米先で、木版画が売れたことと、
状態の悪い浮世絵が高値で売られていることを憂い、
本格的に木版画の制作を始めたそうな。
(彫師と摺師は自ら雇っていたそうです)
国内外を旅して、生涯制作した作品は250種類以上。
日本の名所を描いたものが多いですが、
個人的に海外の風景に惹かれるものがありました。
今回のイチ押しは、こちら
吉田 博
《タジマハルの朝霧 第五》
紙に木版 1932年(昭和7年) 36.2×51
MOA美術館
霧にかすんでいる部分の表現が素晴らしかった〜。
実物のタージ・マハルは真っ白ではなく、大理石にありとあらゆる宝石・宝玉で装飾を施した霊廟。
「作者はその純白の姿に心惹かれたことがうかがえる」
との解説がありました。
そのほかの海外の風景です
吉田 博
《グランドキャニオン》
紙に木版 1925年(大正14年) 24.7×37.2
MOA美術館
吉田 博
《マタホルン山》
紙に木版 1925年(大正14年) 51×36
MOA美術館
日本の風景もどうぞ
吉田 博
《陽明門》
紙に木版 1937年(昭和12年) 37.9×24.8
MOA美術館
この作品は、なんと96回摺って色を重ねているそう
吉田 博
《日本アルプス十二題の内 穂高山》
紙に木版 1926年(大正15年) 24.9×37.5
MOA美術館
吉田 博
《瀬戸内海集 光る海》
紙に木版 1926年(大正15年) 37.2×24.7
MOA美術館
英国のダイアナ妃は、吉田の木版画のファンだったとか。
ケンジントン宮殿内の妃の書斎に、
この《瀬戸内海集 光る海》と《猿澤池》(会場に展示あり)が飾られていたそうです
ほかに、GHQ最高司令官のマッカーサー、
精神分析学者のフロイトも吉田の版画を持っていた、
と言われてるらしい…
また、《瀬戸内海集 帆船》という作品では、
まったく同じ版木を使いながら色彩を変えて、
朝・午前・午後・霧・夕・夜の、6パターンの版画が作られています
引き続き、日本の風景…
吉田 博
《東京拾二題 亀井戸》
紙に木版 1927年(昭和2年) 37.5×24.7
MOA美術館
吉田 博
《金閣》
紙に木版 1933年(昭和8年) 37.6×24.5
MOA美術館
いや〜、どれも色の具合がなんとも言えない
作品が完成した直後はもっと鮮やかだったのが、歳月を経て少し褪せてこうなった…んでしょうか。
(それとも、初めからこういう色合いを狙ったのか?)
どこか懐かしく感じられる色調ですよね。
そして、当時の版画としては斬新な絵柄ですね。
和風にも見えたり、洋風にも見えたり、中華風にも見えたり…と、摩訶不思議な多国風味が味わえますよ。
それにしても、海外では有名なのに国内ではほとんど知られていないなんて
お近くのかたは、ぜひご覧ください!
『吉田博木版画展―抒情の風景(ノスタルジック・ユートピア)』
◆2017年1月14日(土)-2月26日(日)
名古屋ボストン美術館
(2018年10月8日にて閉館しました)
★ MOA美術館 →
(静岡県熱海市桃山町26-2)
【MOA美術館の紅葉】
【吉田 博作品集】
・テーマ「版画」の記事一覧 →
『吉田博木版画展―抒情の風景(ノスタルジック・ユートピア)』(2017年)
明治から昭和にかけて活躍した画家・版画家の吉田 博(1876-1950)。
(「吉」の漢字は、正しくは「𠮷」です)
初めて名前を知ったひとです。
熱海のMOA(エムオーエー)美術館所蔵の木版画コレクションをどうぞ
ってことで、展示構成は、
・序章 吉田博の木版画
・第1章 旅する画家
・第2章 山の画家
・第3章 水の画家
・第4章 旅する画家、再び
・第5章 抒情の風景
(展示総数86点)
洋画家の吉田が版画に取り組んだのは、
40代半ば過ぎとのこと。
渡米先で、木版画が売れたことと、
状態の悪い浮世絵が高値で売られていることを憂い、
本格的に木版画の制作を始めたそうな。
(彫師と摺師は自ら雇っていたそうです)
国内外を旅して、生涯制作した作品は250種類以上。
日本の名所を描いたものが多いですが、
個人的に海外の風景に惹かれるものがありました。
今回のイチ押しは、こちら
吉田 博
《タジマハルの朝霧 第五》
紙に木版 1932年(昭和7年) 36.2×51
MOA美術館
霧にかすんでいる部分の表現が素晴らしかった〜。
実物のタージ・マハルは真っ白ではなく、大理石にありとあらゆる宝石・宝玉で装飾を施した霊廟。
「作者はその純白の姿に心惹かれたことがうかがえる」
との解説がありました。
そのほかの海外の風景です
吉田 博
《グランドキャニオン》
紙に木版 1925年(大正14年) 24.7×37.2
MOA美術館
吉田 博
《マタホルン山》
紙に木版 1925年(大正14年) 51×36
MOA美術館
日本の風景もどうぞ
吉田 博
《陽明門》
紙に木版 1937年(昭和12年) 37.9×24.8
MOA美術館
この作品は、なんと96回摺って色を重ねているそう

吉田 博
《日本アルプス十二題の内 穂高山》
紙に木版 1926年(大正15年) 24.9×37.5
MOA美術館
吉田 博
《瀬戸内海集 光る海》
紙に木版 1926年(大正15年) 37.2×24.7
MOA美術館
英国のダイアナ妃は、吉田の木版画のファンだったとか。
ケンジントン宮殿内の妃の書斎に、
この《瀬戸内海集 光る海》と《猿澤池》(会場に展示あり)が飾られていたそうです

ほかに、GHQ最高司令官のマッカーサー、
精神分析学者のフロイトも吉田の版画を持っていた、
と言われてるらしい…
また、《瀬戸内海集 帆船》という作品では、
まったく同じ版木を使いながら色彩を変えて、
朝・午前・午後・霧・夕・夜の、6パターンの版画が作られています

引き続き、日本の風景…
吉田 博
《東京拾二題 亀井戸》
紙に木版 1927年(昭和2年) 37.5×24.7
MOA美術館
吉田 博
《金閣》
紙に木版 1933年(昭和8年) 37.6×24.5
MOA美術館
いや〜、どれも色の具合がなんとも言えない
作品が完成した直後はもっと鮮やかだったのが、歳月を経て少し褪せてこうなった…んでしょうか。
(それとも、初めからこういう色合いを狙ったのか?)
どこか懐かしく感じられる色調ですよね。
そして、当時の版画としては斬新な絵柄ですね。
和風にも見えたり、洋風にも見えたり、中華風にも見えたり…と、摩訶不思議な多国風味が味わえますよ。
それにしても、海外では有名なのに国内ではほとんど知られていないなんて
お近くのかたは、ぜひご覧ください!
『吉田博木版画展―抒情の風景(ノスタルジック・ユートピア)』
◆2017年1月14日(土)-2月26日(日)
名古屋ボストン美術館
(2018年10月8日にて閉館しました)
★ MOA美術館 →
(静岡県熱海市桃山町26-2)
【MOA美術館の紅葉】
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名古屋 松坂屋美術館
『ユトリロ回顧展』(2017年)
よーく考えたら、ユトリロの個人展を観るのは初めて
まず、彼の略歴をおさらいすると、
★ モーリス・ユトリロ(1883-1955)
パリ、モンマルトルに生まれる。父親は不明。
7歳の時にスペイン人ジャーナリスト、ミゲル・ウトリーリョ(ユトリロ)・イ・モルリウスが息子として認知し、モーリス・ユトリロとなる。
絵画制作と恋愛に忙しい母に代わり、祖母が幼いユトリロの面倒を見た。寂しい環境の中、10代の頃から飲酒癖があり、20歳でアルコール依存症のため入院。治療の一環として医者にすすめられたのが絵を描くことだった。
2015年の『ユトリロとヴァラドン 母と子の物語』では、
彼のさみしい生い立ちや母シュザンヌ・ヴァラドンとのドライすぎる関係を知って、複雑な気持ちになったけれど…
今回の展覧会は特別な章立てはなく、
制作年順の作品展示になってます。
はい、ユトリロらしいパリの街角の絵が並んでましたよー。
白い空、白い壁…といった "白" を基調とする作品のほうが美術的価値は高いそうな。
でも、ワタシは彼の "青空" の絵も好きです
モーリス・ユトリロ
《サン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、モンマルトル》
キャンバスで裏打ちされた紙に油彩
1910年頃 61×82.5
個人蔵
こちらが一番のお気に入り
モーリス・ユトリロ
《サン=ドゥニ通り》
キャンバスに油彩 1912-14年頃 59.7×80.6
八木コレクション
モーリス・ユトリロ
《サン=ジャン=オ=ボワの教会(オワーズ県)》
キャンバスに油彩 1914年頃 54×73.5
八木コレクション
モーリス・ユトリロ
《コルト通り、モンマルトル》
パネルに貼られたキャンバスに油彩
1916-18年頃 66×50.5
個人蔵
モーリス・ユトリロ
《雪のサン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、テルトル広場、モンマルトル》
キャンバスに油彩 1935-37年頃 52.4×64
個人蔵
モーリス・ユトリロ
《ポワシーの雪の通り(イヴリヌ県)》
キャンバスに油彩 1945年頃 46×54
カルラ・ボノミ・バセッティ氏蔵
モーリス・ユトリロ
《雪のサン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、テルトル広場、モンマルトル》
キャンバスに油彩 1950年頃 46×54
カルラ・ボノミ・バセッティ氏蔵
初めて目にする、花の絵もありました
モーリス・ユトリロ
《青い花瓶の花束》
キャンバスで裏打ちされた紙に油彩
1936年 39×30
個人蔵
何か祝い事があるたび、ユトリロは身近な人たちに花の絵を贈っていたのだとか
ユトリロの作品は68点(+彼が使っていたパレット、筆、絵具など資料5点)。
ぜひ実物をご覧くださいね
また、ユトリロの母シュザンヌ・ヴァラドンの作品3点、
ユトリロの義父アンドレ・ユッテルの作品5点も展示されてます。
母ヴァラドンの略歴はこちら。
★ シュザンヌ・ヴァラドン(1865-1938)
お針子の娘としてフランス中部リモージュ近郊に生まれる。父親は不明。
幼い時にパリに出る。サーカスの曲芸をしていたが、空中ブランコから落下して怪我をし退団。ルノワール、ロートレックといった著名な画家たちのモデルとなった。
ロートレックや作曲家エリック・サティとの恋愛関係、18歳で父親のわからない息子(ユトリロ)を出産し、49歳で21歳年下の男性と再婚。画家としても確かなデッサン力で個性的な裸婦像の作品を描くなど、自由奔放でエネルギッシュな生き方をした。
で、彼女が「49歳で再婚した21歳年下の男性」が、
画家のアンドレ・ユッテルなんですね。
ユッテルは、身体が弱く情緒不安定だったユトリロの数少ない親友でした。
(母と親友が恋仲になったのを知ったユトリロは、
ショックでアルコール依存が悪化したそうな
)
ヴァラドンとユトリロの年齢差は18歳なので、
義父のユッテルはユトリロよりも年下だったという、
これまた複雑な親子関係……
左から、ヴァラドン55歳、ユッテル34歳、ユトリロ37歳
1920年
2年前の展覧会では「義父のユッテルは、ユトリロが作品を発表するのをサポートした」との解説があり、ひとまずよかった〜と思ったんですが、、、
今回の展覧会の解説によると、
「ユトリロの絵が売れたお金で母のヴァラドンと義父のユッテルは豪遊しまくり、ユトリロは外で飲酒して騒ぎを起こさぬようアトリエに監禁された状態で制作を続けた」らしい
(彼は1910年代前半から絵葉書をもとに風景画を描いていた、とされています)
それでも「生涯愛した女性は聖人ジャンヌ・ダルクと母ヴァラドンだけだった」というユトリロ。
母に顧みられなくても、母に親友を奪われても、
ひたすら母のために絵を描いたユトリロ。
2年前と同じく、複雑な気持ちになったワタシです
『ユトリロ回顧展』
◆2017年1月2日(月・振休)-2月20日(月)【会期中無休】
松坂屋美術館(名古屋)
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(姫路市立美術館(兵庫)に回ります)
★ 松坂屋美術館 →
(名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 南館7階)
【モーリス・ユトリロ作品集】
・テーマ「エコール・ド・パリ」の記事一覧 →
『ユトリロ回顧展』(2017年)
よーく考えたら、ユトリロの個人展を観るのは初めて

まず、彼の略歴をおさらいすると、
★ モーリス・ユトリロ(1883-1955)
パリ、モンマルトルに生まれる。父親は不明。
7歳の時にスペイン人ジャーナリスト、ミゲル・ウトリーリョ(ユトリロ)・イ・モルリウスが息子として認知し、モーリス・ユトリロとなる。
絵画制作と恋愛に忙しい母に代わり、祖母が幼いユトリロの面倒を見た。寂しい環境の中、10代の頃から飲酒癖があり、20歳でアルコール依存症のため入院。治療の一環として医者にすすめられたのが絵を描くことだった。
2015年の『ユトリロとヴァラドン 母と子の物語』では、
彼のさみしい生い立ちや母シュザンヌ・ヴァラドンとのドライすぎる関係を知って、複雑な気持ちになったけれど…
今回の展覧会は特別な章立てはなく、
制作年順の作品展示になってます。
はい、ユトリロらしいパリの街角の絵が並んでましたよー。
白い空、白い壁…といった "白" を基調とする作品のほうが美術的価値は高いそうな。
でも、ワタシは彼の "青空" の絵も好きです
モーリス・ユトリロ
《サン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、モンマルトル》
キャンバスで裏打ちされた紙に油彩
1910年頃 61×82.5
個人蔵
こちらが一番のお気に入り
モーリス・ユトリロ
《サン=ドゥニ通り》
キャンバスに油彩 1912-14年頃 59.7×80.6
八木コレクション
モーリス・ユトリロ
《サン=ジャン=オ=ボワの教会(オワーズ県)》
キャンバスに油彩 1914年頃 54×73.5
八木コレクション
モーリス・ユトリロ
《コルト通り、モンマルトル》
パネルに貼られたキャンバスに油彩
1916-18年頃 66×50.5
個人蔵
モーリス・ユトリロ
《雪のサン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、テルトル広場、モンマルトル》
キャンバスに油彩 1935-37年頃 52.4×64
個人蔵
モーリス・ユトリロ
《ポワシーの雪の通り(イヴリヌ県)》
キャンバスに油彩 1945年頃 46×54
カルラ・ボノミ・バセッティ氏蔵
モーリス・ユトリロ
《雪のサン=ピエール教会とサクレ=クール寺院、テルトル広場、モンマルトル》
キャンバスに油彩 1950年頃 46×54
カルラ・ボノミ・バセッティ氏蔵
初めて目にする、花の絵もありました

モーリス・ユトリロ
《青い花瓶の花束》
キャンバスで裏打ちされた紙に油彩
1936年 39×30
個人蔵
何か祝い事があるたび、ユトリロは身近な人たちに花の絵を贈っていたのだとか

ユトリロの作品は68点(+彼が使っていたパレット、筆、絵具など資料5点)。
ぜひ実物をご覧くださいね
また、ユトリロの母シュザンヌ・ヴァラドンの作品3点、
ユトリロの義父アンドレ・ユッテルの作品5点も展示されてます。
母ヴァラドンの略歴はこちら。
★ シュザンヌ・ヴァラドン(1865-1938)
お針子の娘としてフランス中部リモージュ近郊に生まれる。父親は不明。
幼い時にパリに出る。サーカスの曲芸をしていたが、空中ブランコから落下して怪我をし退団。ルノワール、ロートレックといった著名な画家たちのモデルとなった。
ロートレックや作曲家エリック・サティとの恋愛関係、18歳で父親のわからない息子(ユトリロ)を出産し、49歳で21歳年下の男性と再婚。画家としても確かなデッサン力で個性的な裸婦像の作品を描くなど、自由奔放でエネルギッシュな生き方をした。
で、彼女が「49歳で再婚した21歳年下の男性」が、
画家のアンドレ・ユッテルなんですね。
ユッテルは、身体が弱く情緒不安定だったユトリロの数少ない親友でした。
(母と親友が恋仲になったのを知ったユトリロは、
ショックでアルコール依存が悪化したそうな
ヴァラドンとユトリロの年齢差は18歳なので、
義父のユッテルはユトリロよりも年下だったという、
これまた複雑な親子関係……
左から、ヴァラドン55歳、ユッテル34歳、ユトリロ37歳
1920年
2年前の展覧会では「義父のユッテルは、ユトリロが作品を発表するのをサポートした」との解説があり、ひとまずよかった〜と思ったんですが、、、
今回の展覧会の解説によると、
「ユトリロの絵が売れたお金で母のヴァラドンと義父のユッテルは豪遊しまくり、ユトリロは外で飲酒して騒ぎを起こさぬようアトリエに監禁された状態で制作を続けた」らしい
(彼は1910年代前半から絵葉書をもとに風景画を描いていた、とされています)
それでも「生涯愛した女性は聖人ジャンヌ・ダルクと母ヴァラドンだけだった」というユトリロ。
母に顧みられなくても、母に親友を奪われても、
ひたすら母のために絵を描いたユトリロ。
2年前と同じく、複雑な気持ちになったワタシです

『ユトリロ回顧展』
◆2017年1月2日(月・振休)-2月20日(月)【会期中無休】
松坂屋美術館(名古屋)
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(姫路市立美術館(兵庫)に回ります)
★ 松坂屋美術館 →
(名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 南館7階)
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