今の旦那は私の目から見て、摂食障害前段階のような状態であるように感じられる。一般的に摂食障害とは体型コンプレックスが引き金になるようだが、実のところ、それよりも心理的要因が深く関連しているようである。例えば、家庭、職場、学校、友人などの人間関係による悩みや自分自身への葛藤など。私の作った食事に言いがかりをつけるのは、ストレスの発散方法が分からず、駄々をこねているだけなのだろう。

1週間前についに旦那が胸の内を吐露した。私の話が全て小言に聞こえるのだと。私は毒舌家であり、口が悪く、口煩いところもあるのは十分認めている。それで何度も旦那を傷つけてきたことも認める。しかし、最近旦那が会社でのストレスも抱えていて、家庭でもうまくいっておらず、とても辛そうなのを隣で見ているので、私なりに小言は自制してきたつもりだった。しかし、旦那曰く、私が話すその全ての言葉が小言に聞こえるのだそうだ。

では、私は一体どうしたらいいの?と聞いたら、「とりあえず、日本に帰ってくれ」と言った。「一人にしてくれ」と。私の存在が疎ましいのである。私と一緒にいるのが息苦しいのである。そして、私のことが信じられないのだそうだ。思いがけない言葉に私はとてもショックであった。私は旦那を信じている。でも、旦那が私を信じられないのならば、これは夫婦として大問題である。

でも、いきなり日本に帰れと言われても、私としても困る。今私は身重の体であるし、母が今月末に韓国に来ることになっているし、そんな母も病気なので(10月に手術をするのだが)、こんな時に変に私が日本に帰って親に心配なんか掛けたくはない。

現状では私が日本に帰ることは無理なので、とにかく旦那の好きにさせておいた。私はやることだけはやって、あまり旦那に干渉しないようにした。ゲームをやりにインターネットカフェに行きたければ、自由にお好きなだけどうぞと(今までもそうしてきたが)。私は人を無視するというのは一番ずるい手だと思っているので、どんなことがあっても無視はしない。無視はしないが、敢えて私から声を掛けないようにした。でも、「おはよう」「いってらっしゃい」「お帰り」「お疲れ様」などの挨拶はきちんとしたが。

私が放っておくと、今度は旦那のほうからイチイチ絡んでくる。会社から電話を掛けてきたり、メールを送ってきたりする。食事も自分で納得した量を食べているのに、食べ終わったら「ほら、お前のせいでまた太る」と言う。一体、あんたは何が言いたいんだ?


結婚記念日の日だって、結局旦那のほうから外食を提案してきたし、今日だって自分でレンタカーのAVISに電話して、2泊3日の予定でレンタカーを予約したようだ。明日から韓国はチュソク(秋夕)連休に入るので、夫婦で小旅行にも行きたいし、車があるうちに必要なベビー用品の買出しにも行きたいそうだ。


とにかく今の旦那は感情の起伏が激しく、情緒不安定なのが目に見えて分かる。


私は私が原因のひとつではあるけれども、旦那が韓国社会や会社に馴染めないことや、私たちの性格の不一致も原因ではないかと思っている。私は夫婦の問題の原因はお互いにあると思っている。どちらか一方だけが悪いわけではない。しかし、旦那の言うように、原因は単に私のせいだけあって、つまり旦那が私を信じられないことだとすると、私は本当にどうしたらいいのか分からない。私は別に浮気をしたわけでもないし、何も旦那を裏切ってはいない。それは旦那も認めている。ではなぜ、私を信じられないのか?一体、そうなってしまった原因は何なのか?


単に旦那は、私に甘えたいだけなのではないだろうか?ストレスのはけ口が私しかいないのではないだろうか?私に優しく包んでもらいたいのではないだろうか?ストレスや多くの悩みを抱えていて、頭の中がいっぱいいっぱいになってしまっていて、今は一人きりになって冷静に考える時間を持ちたいのではないだろうか?男の人は、悩みを抱えているときなど、誰に相談するわけでもなく、とにかく一人きりになりたいそうだ。女の私だってそうなのだから、その心理は分かる。だけど、私は日本に帰れない。毎日、旅館に泊まるお金もない。だから、とにかく旦那を放っておくことしかできない。でも、放っておくと、旦那は絡んでくる。だから、私も敢えて抵抗はせず、自然にできるだけ優しく対応しているが。


旦那は本当に私を信用できないのだろうか?本人がそう言っているのでそうなのだろう。でも、私は本当に旦那の心理が読めない。私は人を簡単に信用してしまう人間ではないが、一度人を信用したら、余程のことがない限り(裏切られたり、嘘をつかれたり)不信になることはないのだが…。でも、私を信じられなくなったということは、今まで私から受けた傷がかなり深くなってしまって、修復不可能になっているということなのかも知れない。


先日、5時間も私たちの現状と、私たちのこれからについて話し合いをもうけたのだが、話し合いはつかないままである。何とかしてでも、問題を解決したい旦那。でも、その問題が旦那の妻不信となると、とにかく距離を置くしかないのか。そして、私たちの大きな違いは、私は私たちの関係において特に不満がないということ、問題を問題と思わないこと、旦那に対しても(最近の愚痴を抜かして)特に大きな不満がないということなのだ。問題を問題と思わないというのは、私が考える私たちの問題とは性格の違いだと考えており、それを特に問題視していないためである。


前々から分かっていることなのだが、私と旦那は性格・タイプが全然違う。旦那は物事を深く追求し、頭でよく考えて行動する慎重派タイプで、私はあまり深くは追求せず、感覚で生きるいわゆる無鉄砲タイプ。旦那はどちらかというと自分自身に対しても人間関係においても悲観的だが、私は楽観的。旦那は繊細で敏感だが、私は神経質。旦那はロマンチスト、私はリアリスト。旦那は生真面目で頑固であり、私も真面目な方だと思うが、生真面目ではない。頑固ではあるが融通は利く方である。そして、旦那は周りの人も認めるほど優しい人ではあるが、気難しい人でもある。


上は私が思う私たちの違いなのだが、旦那の目から見た私と言うのは有名人に例えると、ヒトラー、レーニン、カストロらしい。つまり、独裁者ということだ。よく「お前はレーニンか」「お前はヒトラーか」などと言われる。確かに私は神経質で我が侭だとは思うが、全て私の思い通りにしようとは思っていない。日常での小さな細々したことは私が決めることが多いが、大きな決定権は全て旦那に委ねている。それで、家庭はうまくいくものだと思っているからだ。ただ、イライラするとついつい口煩くなってしまうところは改善すべき私の短所だと思っている。(洋服を脱ぎっぱなしにしないでとか、帰ってきたら手を洗って頂戴とか、インターネットはそれくらいにして早くご飯食べてとか、使ったら元の位置に戻す、歯磨きをしてから寝なさい…などが私がよく旦那に言っていることなのだが、これは母親が子供に注意しているのと同じだなぁ)


私は旦那の性格を変えるつもりもないし、変えたいとも思わない。それに、この年になって今更性格を変えるなんて、所詮無理だと思っている。別に旦那の性格に不満を感じてはないので、このままでいてくれていいと思っているが、旦那はどうしても私を変えさせたいらしい。旦那がいう唯一の解決法は、私が性格や言動を変えることらしいが、私はそれにはあまり期待しないで欲しいと答えた。短所の改善は目指すが、人間そんな簡単には性格を変えられないと。


同じ人間なんてこの世にはいない。所詮、夫婦も他人同士。他人同士が一つ屋根の下で暮らしていくには、お互いを愛し、信じ、理解し、関心を持ち、許し、認め合い、譲り合い、受け止めることが大事だと思っている。結局はお互いに努力が必要なのである。しかし、努力できなくなったら、努力したいと思わなくなってしまったら、やはり一つ屋根の下で一緒に生きていくことは厳しくなるだろう(もし仮面夫婦でいたくなければ)。


第3者の目から見たら、とても簡単なことなのかもしれないのだが、当事者の私としては頭の中が混乱してわけが分からなくなっている。これでも少し自分の中で整理ができたので、今回ブログに書く気にもなったのだが。少々苦しいけれども、この時期が私自身の学びの時期だと思って、謙虚に受け止めていきたい。今の時期をうまく乗り越えられたら、私自身大きな成長ができる気がするのだ。今回の私の学びとは何であろうか?このことから私は何を学べるのだろうか?


なぜか私は、いつも苦境に立たされている時ほど、その状況を楽しんでいるというか、胸がわくわくするというか、体の中から熱いものがこみ上げてくるような、血がたぎるような感覚に陥るのであった。

plant1

まず、昨日のブログを読み心配して下さった皆様、ありがとうございます。今日はちょっと私たちが抱えている問題について、私の目から見た今の状態を書いてみようと思います。かなり複雑な問題なので、私も実はどう書いたらよいか分からない状態です…。


○ ○ ○


旦那が腸炎にかかって入院してから、旦那が異様なほど神経過敏になった。私は、恐らく韓国社会と会社のストレスがたまりにたまっているのだろうと思っていた。だからこそ、腸炎にもなってしまったのだろうと。


腸炎になって旦那は3日間、何も食べられなかった。でも、ブドウ糖の点滴を打って寝ていただけなので、体重は減っても、実際に痩せたわけではない。しかし、旦那は4キロも痩せたと喜んでいた。退院してから数日間は急に普通の食事を取ると胃腸に負担がかかるので、肉や脂ものを控え、おかずは野菜中心、ご飯は重湯やお粥にしていた。下痢もおさまり、胃腸の調子も元に戻った1週間後くらいから、段々と普通食に戻していった。そこから、旦那とのバトルが始まった。


旦那も私と一緒に毎日ヨガに通っている。ヨガの先生も認めるほど、旦那は逆三体型の筋肉質で、いわゆるイイ体をしている。ウエストも引き締まっていて、お腹も割れている。誰から見ても太ってるとは言えない体である。筋肉質の人は脂肪質の人よりも体重が重いというのは常識であろう。しかし、旦那は脂肪率どうこうよりも(うちに体脂肪計がないため分からないのもあるが)体重ばかり気にして、毎日2回体重計に乗っては一喜一憂する始末。お前は思春期の乙女か!?


朝ご飯を食べてから体重計に乗り、「お前が食事をたくさん作るから、俺はこんなに太ったんだ!」と叫ぶ。私がお弁当を作っている側で、「作りすぎだ!お前は俺を太らせたいのか!」と叫ぶ。そのくせして、絶対に食べ残しはしない。どうやら食べ物を捨てるのだけは嫌なようだ。何回かは私がキレイに詰め終わったお弁当をあけ、半分の量に減らしたこともあった。夜は夜で私の半分の量しか食べない。私は決して、旦那に無理に食べさせているわけでもないし、お弁当だって量が少ないくらいだと思っている。


実際、腸炎になるまでは今の2倍の量を食べていた。そして、ヨガを始める前なんか、今の2.5、3倍の量を食べていた旦那である。そして、それまで特に食事の量について私に言いがかりをつけてきたことはなかったのだ。それが、腸炎になって4キロ痩せてから、異様なほど体重に固執するようになってしまった。


毎日のように、「俺は太っている」「もう少し痩せなければ」とつぶやいている。そして、決まって「こうなったのもお前のせいだ!」と私のせいにする。だから、私は言うのだ。「自分で食べられる量だけ、よそって頂戴。お弁当のおかずも作ってあげるから、自分で詰めたらどう?」と。すると、黙り込むのだが。


でも、今の旦那は私の半分の量も食べないので、私としては心配なのである。ちゃんと食べないと仕事しても頭が回らないだろうし、疲れるだろうし、余計にストレスも受けやすくなるだろうし、イライラも募るであろう。全てが悪循環になるだろうと思うのだが。


私はそれでも旦那が体型を気にしているのを知っているので、野菜中心のおかずで油を控えめに作っているし、ご飯は雑穀米にし、低脂肪のタンパク質をたくさん取り入れ、甘いものが食べたかったら果物にしているので、うちの食事の栄養バランスはかなりいいと思っている。それは旦那も認めているし、美味しく食べてはくれるのだが、まず量を食べない。そして、何よりも私が腹が立つのは、食事を減らして、ケーキやドーナツやポテトチップスを食べていることである。


完全に矛盾している。それでは、いくらご飯の量を減らしたって意味がないし、ご飯の代わりに糖分と脂肪の塊を食べていたら余計に太りやすいだろう。それを何度説明しても理解してくれない。旦那はバカではない。分かっているけれど認めたくないのであり、私のせいにしたいだけなのであろう。


ここまでの話はプロローグである。

昨日9月18日は、結婚6周年記念日であった。


旦那が「まだ6年なの?もう100年くらい一緒にいる気がするよ」と言っていたのだが、はっきり言って私たちは今ある問題に直面している。これについては後で詳しくお話しする機会があるかと思うが、今まで私たち夫婦関係において、なあなあにしてきたこと、見てみない振りをしてきたことが表面化してきたといっていいだろう。旦那は解決したい、解決せねばならないと思ってきたのだが、私は解決は無理だろうし、別に解決しなくてもいいことだと思ってきた結果、その問題がこじれて、大きくなって、ややこしいことになってしまったのである。


そんなことだから、今年の結婚記念日は祝う気にもならない、特になにもしたくないとの旦那の意見であった。私もそんな心理状態で無理に何かしなくてもいいと思っていた。


午前中にヨガに行き、ヨガが終わってからのティータイムで、ヨガの先生と話が盛り上がってしまい、二人で一緒にお昼ご飯を食べることになった。家に帰ってきたのは、すでに午後3時になろうとしていた時だった。携帯を見ると旦那からメールが入っていた、『今夜、タイ料理を食べに行こうよ』と。


私のお気に入りのタイレストランは近所のデパートの中に入っている。旦那とはレストランで待ち合わせをすることにして、先に一人でデパート内にある書店に寄った。韓国では来週チュソク(秋夕)というお盆休みがある。そして、チュソクが明けてからは、うちの母が1週間韓国にやってくることになっているので、レンタカーでも借りて小旅行をしようかという話が出ている。愛読している『地球の歩き方』はやはり観光客向けのガイドブックであり、数年韓国に住んでいて、韓国人のように国内旅行を楽しみたいという人には物足りない。そこで、私たちへのプレゼントとして、国内旅行ガイドブックを一冊買った。


レストランでは久々のタイ料理に舌鼓を打ち(ナント、デザートはおまけして頂いたヾ(@°▽°@)ノ)、その後、うちの近所に新しくできたカフェに行きコーヒーとマフィンで一服した。一見仲のよい夫婦にも見えるが、内では夫婦にしか分からない重い悩みを抱えている私たちである。

先週の土曜日に旦那と一緒に久々に東大門の布市場に行ってきた音譜

というのは、最近買った台所の棚につけるカーテンを作りたいのと(棚が丸見えなので)、デンマークから持ってきた羽根布団のカバーが古くなったので新調しようと思ったためだ。布団カバーを作ろうと思ったのは、気に入った柄のがない上に、合うサイズもないためである。
cotton1
<アイボリーの布と紺のチェックの布は布団カバーに、ストライプの布はカーテンにするつもり。乞う、ご期待!?>

3枚の布を合わせて約20mも買った。布屋の主人におまけにジュースを頂く。やった~ヾ(@^▽^@)ノ

ついでに、旦那と私のマフラー用の毛糸も買ってきた。
wool1
<ボルドーが旦那の、ダークグレーが私の。>

毛糸屋の主人におまけに棒針6号を頂く。やった~≧(´▽`)≦


結局、布と毛糸を買うのに約5時間も市場を歩き回っていたことになる。いや、本当に疲れた…。


朝ごはんを8時半に食べてから、夕方の4時過ぎまで何も食べずに動き回っていたので、お腹は空くし疲労困憊。妊婦なのに張り切り過ぎって感じ。でも、どうしてもクリスピー・ドーナツのドーナツが食べたくて、東大門からバスに乗ってミョンドンに移動。ドーナツにありつけた時には、午後5時を回っていた…あせる


ドーナツを食べ終えてから、疲れたからもう帰ろうかとも思ったが、ここまで来たんだからやっぱり私が愛してやまない教保文庫に行きたいっ!!ああ、日本書籍~ドキドキ さすがにこれ以上無理するのはまずいと感じ、ミョンドンから本屋のある光化門まではタクシーに乗った。しかし、本屋に到着するなり、私の目はランランと輝き始め…結局1時間以上も本屋をウロウロしてしまった。


そして、迷いに迷って買った本は4冊!
book1
<何故か全てブルー系。この手の本を読んでいると、とてもリラックスできるんです。>


本屋を後にして、久々にバーガーキングへ。ハンバーガーはたまに食べると美味しい。私だけはとっても楽しくて充実していたが、それにしてもジャンキーな1日であった。

仕事を辞めて暇になるだろうと思っていたが、不思議なことに仕事をしていた時よりもプライベートがというか、日々の暮らしが充実している気がする。仕事をしていた時は、仕事のスケジュールに合わせて生活していたので、とても不規則な生活を送っていたのだが、今は旦那の生活に合わせて生活しているので、規則正しい生活を送っていると言える。


例えば、仕事をしていた時は、お弁当を作るのも平均して週に3日だったのが、今は毎日作るようにしている。よって、いつも一定の時間に起きるようになった。仕事をしていた時は、旦那が出て行ったのも気付かず昼過ぎまで寝ていることもあった。私の場合、午前中を寝て過ごしてしまうと、午後が丸々台無しになってしまう。まず頭が働かない、体もだるい、何もやる気がしない、よって何もしない、というように。


でも今のところは、毎朝7時20分に起き、朝食の準備やお弁当を作る。8時10分に旦那を送り出してから、ニュース番組を見ながら朝ごはん。朝食後は、部屋の片付けや掃除や洗濯。10時からヨガ教室。11時半、帰宅。シャワーを浴びて、12時からお昼ご飯、というように私の午前中は進んでいく。


午後からは、お昼寝をしたり、本を読んだり、午前中にできなかったら掃除をしたり、テレビを見たり、インターネットをしたり、お遣いに行ったり、友人に会ったり、病院に行ったり(出産準備教室は今日で終了、病院のヨガ教室は毎週木曜日にある)、夕食の支度をしたりして過ごす。


7時に旦那が会社から帰宅し、その足で旦那はヨガ教室に向かう。8時30分、ヨガ教室から帰宅。旦那がシャワーを浴び、9時から夕食。夕食後は自由時間。


こんな風に1日が終わる。これが最近の私たちの日々の暮らしである。

私は今年の7月末をもって、映像翻訳の仕事を辞めた。私は辞めたくはなかったのだが、ペアの人が仕事をするのがきつくなってしまい、ついに音を上げたのである。一応、彼女に雇われている身である私は、仕方なく彼女の要求を承諾するしかなかった。


突然の話に私はショックだったし、焦った。これから家族も増えるというのに、今でさえ、ぎりぎりの生活を送っているのに、私の僅かな収入さえもなくなってしまったら…と。数日間、一人で悶々と悩んでいた。自分で翻訳の仕事をとってくるべきか、翻訳会社に登録すべきか、何か他に新しい仕事を見つけるべきか、手っ取り早くこの近所でバイトを見つけるべきか…。


とうとう、悩む限界を超えて旦那に相談した。事情を話し、今後私はどうしたらいいと思う?と尋ねてみた。すると旦那は、「自分の好きなようにしたらいいよ。仕事をしたければ、仕事を探したっていいし、家にいたかったら、家にいればいい。特に今は妊娠中なんだから、体を休めて、ゆっくり自分の時間を楽しんでもいい。でも、大事なのはお前が本当にやりたいことをすることだよ。僕に気がねして、やりたくないことをわざわざ選んで、不平不満を言われるのだけは嫌だからね。お前は何だかんだ言って、周りが何と言おうと自分の思ったとおりに生きる人だから。僕の本望を言えば、毎日お弁当が食べたいな。そして、僕たちの手でしっかりと子育てはしていきたい。それだけだよ」と言った。


旦那にそう言われて、私は今は取りあえず専業主婦に徹することに決めた。8月からは3週間日本に帰省することも決まっていたし、日本から帰ってきたら妊娠7ヶ月目になるので、仕事を新たに始めるのには中途半端な時期だなと思ったのと、やはり子育てに専念したいと思ったためである。私は本来仕事人間なので、仕事を始めると男化する。よく旦那に「お前は仕事を始めると、途端にイキイキし出すよね」と言われる。生活の中心が仕事になってしまう。でも、やはり妻でもあるので家事のこともとても気になる私がいて、その二つの狭間に挟まれて苦しむことが多かった。仕事も完璧にこなさないと気が済まないし、だからといって家事を疎かにするのも嫌だった。旦那も旦那なりに手伝ってくれるのだが、やはりどうしたって女の方が家事の負担が大きくなる。うまく両立ができればいいのだが、私はあまり両立が上手ではないようだ。無理して両立しようとしているために、旦那にあたることが多々あった。翻訳の仕事は週に1、2日のペースだったのでそうでもなかったのだが、昔韓国で会社員だった時とデンマークの免税店で働いていた時はそれが原因で喧嘩することが多かった。

私はすっかり女の子だと思っていた。赤ちゃんの性別のことである。女の子が欲しいと思っていたので、女の赤ちゃんの夢をよく見たし、また絶対女の子に違いないと思い込んでいたのである。よって、浮かぶ名前も女の子の名前だし、将来作ってあげたいサマードレスなどのデザインもポコポコ浮かんできた。


3ヶ月目の検診で担当医が「お父さんに似たらカッコいいだろうね」と言った。私は正直言ってその時、『確かにそれはそうかも知れないけれど、私を前にしてそれってちょっと失礼じゃない!?』と思った。でもなぜ『カッコいい』なんて言うのだろう?と疑問に思ったもの、あまり深くは追求しなかった。まさかそんなに早く性別が判るとは思ってもいなかったから。


ある日突然、旦那が「今までお前が言うとおり女の子だと思っていたけれど、何だか男の子のような気がする」と言い出した。女の子だと証拠なき確信があった私は、「いや、絶対女の子だと思うよ」と返した。


その3日後に、4ヶ月目の検診があった。超音波で診察を始めるなり、また担当医が前回と同じことを言った。もしやと思い、「もう性別は判るんですか?」と聞いてみたら、担当医は「ヒントをあげたでしょう」と言った。「ということは、男の子なんですか?」と言うと、「そうだよ」と答えた。


女の子だと信じきっていた私は一瞬拍子抜けしたもの、とにかく健康に産まれてくれれば性別なんて関係ない。それにしても旦那の直感には驚いた。


そして、また担当医が言った、「お父さんに似れば、カッコいいだろうねぇ~」と。えっ、それって何か腑に落ちないなぁ~と思っていたら、看護婦さんが「先生ってば、お母さんを前にして失礼よね~。お父さんのことばかり褒めて。お母さん似だっていいじゃないのよね」と言ってくれたのだが、すかさず担当医が「君だって、旦那さんに会ったことあるだろう。彼は美男子じゃないか」と…(@ ̄Д ̄@;) どうやら旦那は韓国では好かれる顔立ちをしているようだ。過去にこういうことは何度もあったけれど、その度に感じるのは、旦那が褒められるのはもちろん嬉しいよ、でも、超ビミョ~、複雑な心境。まぁ、別にいいけどさ。


話を戻して、赤ちゃんの性別は男の子である。人にそのことを話すと「やっぱりそうだと思った」と言われる。どうやら私は息子というイメージが強いらしいが、それはやはり私自身が男っぽいからかも知れない。

友人Sが韓国を発った昨日、Sからプレゼントが届いた。男児用のベビー服であった。思いがけない突然のプレゼントに驚き、感動し、またSはもう韓国にいないのかと思うと何とも言えない悲しみが私を襲った。


私はプレゼントを頂く度にこう思う。その人が忙しい時間を割いて、わざわざ私のため、私の家族のために、どれが好きかな、どれが似合うかな、何色が好きかなと、あれこれ頭を悩ませながらプレゼントを選んでくれたなんて、本当にありがたいことだし、嬉しいし、幸せだなと。でも、それは何もプレゼントだけに限らず、手紙であっても、メールであっても、電話であっても、久々の再会の時であっても、そうなのだが。


今回Sは、出発前の忙しい時にわざわざ私たちにプレゼントを贈ってくれた。Sの心遣いが本当に嬉しかった。


toj1

<Sからのプレゼント1・とっても可愛い足つきカバーオールと前掛けと帽子の3点セット星

toj2

<Sからのプレゼント2・私の大好きな紺色がベースの暖かそうな冬用足つきカバーオールと何と言うんでしょう…?カバーの2点セット音譜


귀엽다!! 아주 마음에 들어, 잘 쓸께~ 고맙다 Sビックリマーク


そして、ちょっと面白かったこと。Sは上のカバーオールと下の冬用カバーオールを違うオンラインショップで買ったらしく、届いたのは一緒なのだが梱包が別々で、発送元が異なっていた。下の冬用のカバーオールを取り扱っているショップのオーナーさんが私事でご実家に帰ったために発送が遅れてしまったらしく、お詫びの手紙とご実家の畑で採ってきたサツマイモが一緒に送られてきた。


potato

<同梱されていたサツマイモ>


わざわざご丁寧にありがとうございます。美味しく頂きます(‐^▽^‐)

先週土曜日、妊娠8ヶ月目に入った。前回、『出産準備教室』について書いたときは、まだ7ヶ月の半ば辺りだろうと思っていたのだが、書き終えてからもう8ヶ月目になることに気付いて我ながら驚いた。


先週末に出産後に必要になる物の下調べに行った。我が市でもうちの近所には産婦人科が多く、よって出産準備用品を扱うお店も多い。韓国には、私の知っている限りでは『赤ちゃん本舗』のようなマタニティ・ベビー・チャイルド用品を取り扱っている大型マーケットはなく、数種のメーカーを取り扱っている小さなブティック、デパートに入っているベビー用品メーカーの直営店、またオンラインモールが主である。


まず私たちは数種のメーカーを扱っているブティックを見て回ることにした。その手のブティックでは、必ず日本の『ピジョン』の哺乳瓶や食器類、生活用品、玩具を、場所によっては『シャボン玉石鹸』の洗剤やベビーソープを取り扱っている。勿論、輸入になるので日本よりも高めである。


1軒目、なぜか私たちはほとんど無視された。韓国に訪れたことのある方はご存知であろうが、韓国ではお客さんが来ると店員が「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」と言いながらピタ~ッとお客にくっついてくる。しかし、このお店の店員は、はなから私たちを相手にしていない。本来、構われるのが大嫌いな私たちも今回は用があって来ているので、そこまで無視されるとお客として何か腑に落ちないものがある。それも、何度も私が店員に話しかけているのに、他のお客さんばかり相手にしていて、取り合ってくれないのである。結局、気分を害した私たちは店を出ることにした。


そういえば2週間前も他のお店で同じような体験をした。お店に入ってきた私たちに「用があったら声を掛けて下さい」と言ったきりで、私が質問しても私たちの後から入ってきたお客さんばかり相手にして、取り合ってくれなかったのである。何故なのだろう?


さて、2軒目に入った。そこのお店の店員さんはおばさんだったのだが、元気で愛想がよく、かといって押し付けがましいセールスもなく、とても気分が良かった。やはり接客は大事なのである。店員の態度一つでお客の心は変わるものである。今日は買わずに下見だけと決めていた私たちだが、(たまたま気に入ったのがあったというのもあるが)、布団3点セットとおくるみ(内・外)を買った。今、ネットで日本のおくるみを調べてみたのだが、韓国のものとは異なるようである。日本のは薄手でガーゼ素材のものがほとんどだが、韓国はまず内と外に分かれており、内おくるみは薄手でコットン素材でできており、いわゆる日本のおくるみに似ているが、外おくるみは肌がけ布団で“くるむ”といったところである。やはり寒い韓国ならではのものなのだろう。私としてはベビーバスも買いたかったのだが、旦那がそれはもう少し見てからにしようと言ったのであきらめた。


次は大型マートに入っているベビー用品メーカーの直営店を数軒見て回ったのだが、そのうちのある1軒に入った時、店員さんが私に「プレゼントをお探しですか?」と言ったのである!!えっっっ~Σ(゚д゚;)もう私は8ヶ月の妊婦だよ、私が妊婦に見えないのかい?とちょっとショックであった。そこで、思ったのだ。私たちが2軒のお店で相手にされなかったのは、貧乏そうに見えたからか、いかにも下見客に見えたからだと思っていたのだが、もしかしたら妊婦に見えなかったのかなと。旦那曰く、「ただのデブに見えたんじゃない!?」ガーン( ̄□ ̄;)!!


他のお店でもう1枚、内おくるみを買った。外おくるみは1枚で十分らしいが、内おくるみは2、3枚あった方がいいとの事。(赤ちゃんはすぐゲーするかららしい)とにかく、これで寝具類は揃った。経済的余裕のない私たちは、最初からバカスカ買わずに必要最低限のものを用意しておいて、後で必要になったら買おうという考えである。赤ちゃんはすぐに大きくなっちゃうしね。


やっぱり私は日本人。特に日本人だなと気付かされるのはファッション感覚の違い。大人の洋服においてもそうだが、日本のベビー服はシンプルで柄も色使いもおとなしいものが多いのに対し、韓国はやはり柄も色も派手である。原色使いのものも結構ある。この前日本で、抱っこ兼おんぶ紐と短肌着と長肌着を買ってきたのだが、特に私は地味好きなようで、選んでいる時に親から注意された。「お前が着るんじゃなくて、赤ちゃんが着るんだから少し明るめの方がいいわよ」と。白やベージュやグレーなどの無地が個人的には好きなのだが、親に言わせるとベビー服にそれは良くないとのこと。親から「昔から日本ではね、魔よけの意味と子供が元気に育つようにと麻の葉模様の産着を着せたものなの。それに黄色や赤の色が魔よけの意味があるのよ。まったくお前は無知ね。」と言われた。最後の一言は別に言わなくてもいいじゃんと思ったが、またひとつ知識が増えた。って、知らなかったのは私だけかしら…。


布団を買ったお店でも「お客さんは地味ですねぇ~」と言われた。やはり選ぶデザインや色彩が韓国人とは違うようである。(それでも私からしてみれば十分派手なんだけどね。)

韓国で一番仲の良い友人Sが急にイギリスへ旅立つことになった。来週の12日にまずドイツのベルリンに入ってドイツ人の友人に会い、14日にロンドン入りするらしい。


突然のSの報告に私はとても驚いたし、ショックであった。今までに友人との別れは何度も経験してきたが、やはり何度経験しても慣れるものではない、辛いものである。それに特にSは、数少ない韓国人の友人の中でも一番親しい友だったから…。


Sがイギリス行きを決めたのも何と一週間前だったというから驚きである。S曰く、彼女は受身の人間なんだそうだ。例えば、私が日本にいて「S、日本においで」と言ったら、二つ返事で日本に飛んで行くだろうとのとのこと。今回のイギリス行きも、先週の金曜日にイギリスの大学院時代のイギリス人の友人と電話をしていた時に、その友人から「ロンドンにあるコンサルティング会社が人材を募集しているのだけど、あなた働いてみない?」と言われたので、すぐさまオッケーしたらしい。それから、Sは早速履歴書を作成して送ったところ、会社側が「では面接を」と言ってきたので、航空券を購入したという。


何とも唐突な…と思えなくもないが、私がSでもそうしていたかもと思った。Sは、約2年半前にイギリスから韓国に帰国してから、ずっと将来のことで悩んでいた。自分は韓国社会・企業とは合わない人間だと思っていた彼女は、この2年間半職なし、いわゆるプー太郎であった。しかし、働かなくても、賢く、聡明な頭脳の持ち主のSは、株で私財を増やしていた。


Sにはいろんな夢(計画)があった。ニューヨークで映画の勉強をすること、ニューヨークでMBAを取得すること、ベトナムで不動産ビジネスを始めること、韓国でフランチャイズのレストランをオープンすること、韓国に家を買うこと、日本で日本語を習うこと、ベルリンに住むこと、パナマで事業を始めること、香港大学の大学院で建築について学ぶこと、韓国でホテルビジネスを始めることなど、挙げたらキリがない。しかし、彼女はどれか1つに絞ることもできず、いつも悶々としていた。実際、韓国に自分の家を購入しようとして、数軒もの家を見てまわったらしいが、これといった家には出会わなかったそうだ。つい最近も、購入覚悟で家を見に行ったのだが、契約段階で大家さんが提示額の2倍の額を要求してきたので諦めたらしい。Sが株だけで財産を増やしているのは知っていたが、家を現金で買えちゃうくらいのお金があるというのを知り、正直たまげた。それも、ソウル市内の一軒家である。ちなみに、Sはまだ28歳…。


結局、家も買えなかったし、今日本に行く気もしないし、大学院の方は申し込みを締め切っちゃったし、これからどうしようとと悩んでいた時に、イギリスの友人から就職の話を持ち込まれ、こうなったらもうイギリスに行くしかないと思ったそうだ。最近イギリスがマイブームの私としては、とてもウラヤマシイ話である。といっても、今の私にイギリスで生活する心の準備はないが。


昨日はSが家に来ることになっていたのだが、急用のため来れなくなってしまった。Sが家に来れなくなったことを私は旦那に伝えなかったので、てっきりSが家に来ているものだと思った旦那は、会社の帰りにケーキとスパークリングワインを買ってきた。旦那が帰宅した時には、もう既に午後8時をまわっていたのだが、一応私は、SにSMSを送った。『P(旦那)がケーキとワインを買ってきたのだけど、一緒に食べられなくて残念だわ』と。すると、Sから「今から行く」と電話が入った。Sの自宅からうちまではバスとタクシーを乗り継いで2時間はかかる。結局、Sは10時半にうちにやって来た。そして、Sが帰っていったのは朝の10時。私たちは、オールナイトで11時間半もぶっ通しで話し続けていたことになる。何とも名残惜しい別れであった。


とにかく、Sは来週韓国を発つ。離れ離れになってしまうのはとても寂しいが、Sの無事と発展を祈っている。