先日、トイレではっと気がついた。

一見何の変哲もない我が家のトイレットペーパーダウン


paper1

この写真のように、花柄の至って普通のトイレットペーパーだと思ってずっと使っていたのだが…。


よく見ると…ダウン


paper2

よく見えないと思うが、花とは別にある言葉がプリントされているではないかっ!!

こんな感じで↓


부자되세요

행복하세요


건강하세요


日本語に訳すと、


お金持ちになって下さい(直訳)


      お幸せに


           お元気で


しっくりした日本語が思い浮かばないのだが、こんな感じである。「お幸せに」「お元気で」はいいとして、一番最初の「お金持ちになって下さい」というのは、とても韓国らしい。現代韓国社会を彷彿とさせる。


「胎教 → 英才教育/英語教育 → 一流大学入学/海外留学 → 一流企業入社 → 出世 = 金持ち つまり親の老後は安泰


という式が浸透しきっている現代韓国社会。すべてはお金のため…。お金がすべて…。もちろん、お金は大事であるし、私も好きではあるが、そのあまりにも度の過ぎたあからさまな欲望にどうも抵抗を感じてしまう。


話はちょっと外れるが、今年2007年は日本では「亥年」だが、韓国では「黄金の豚年」(韓国では亥年は豚年)である。「黄金の豚年」は、600年に一度訪れる幸運の年であり、今年子供を授かるとその子はお金持ちになると言われている。我が子の出産予定日はギリギリ2007年の12月1日である。私たちは別にそれを狙ったわけでもなく、自然にできたのだが。とにかく、そういうことで少子化問題が深刻な韓国では、今年は喜ばしい!?ベビーブームだそうだ。実際、近所のスーパーに出掛けても、最低でも5人の妊婦さんとすれ違うほど、妊婦人口が増加しているのを身をもって感じられる。


そして、そのまた数日後。

な、何と!!


paper3

見えるかしら?今度は、英語バージョンを見付けたのだっっ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


Be wealthy

Be happy



Keep healthy


恐るべし、サブリミナル・トイレットペーパー!!

現在、私は妊娠7ヶ月目の妊婦である。正確にいうと、この土曜日で28週目に入る。私は人よりも少しお腹が小さく見えるようで、6ヶ月目の時でも、服によっては妊婦と気付かれないことも多かった。山形の親戚の家に行った時なんて、うちの両親が私の妊娠を伝えていなかったため、叔父や叔母やいとこなんか会って3時間くらい過ぎてから、やっと私の妊娠に気付いたほどである…。それも私と母が話している会話を聞いてですよっ!!最近になってやっとお腹が目立つようになってきたので嬉しい。大きくなっていくお腹がとっても愛しく感じられる今日この頃である。


gravid1

上の写真は(ちょっと傾いているが)、さっきセルフ撮影した私の姿である。真正面だとあまりお腹のふくらみが分からないようだが。


私が通っている産婦人科は、うちから徒歩約2分と超近い場所にある。やっぱり近いのが一番ということで、そこに通い始めたのだが、とっても当たりの病院であった。その病院は8階建てで、産婦人科と産後処理院を兼ねているので、とっても便利である。ちなみに産後処理院とは、出産後2泊3日の入院を終えたママが、体調を整えるために2週間ほど(期間は人それぞれ1週間~1ヵ月)過ごす、言わば至れり尽せりの韓国特有の母子用ホテルみたいな所である。産後処理院の入院費は、2週間で約25万~30万すると聞いていたので入るのを諦めていたが、会社から50~60%の補助が出ると聞いたので、1週間だけ入ろうかと考えている。


今週の月曜日に我が病院で行われている『出産準備教室』に参加した。生徒?参加者は約15名。私以外は皆さん既に9ヶ月目に突入している。(私は、生徒数が満員になるのを恐れて少し早く申し込んだので)当たり前だが、私1人だけお腹が小さかった。その教室は、毎週月曜日4回に渡って行われるそうだ。第1回目は、「胎教・陣痛から出産まで・呼吸法とイメージトレーニング」についてであった。我が病院では、胸式呼吸のラマーズ法ではなく、腹式呼吸とヨガと瞑想を取り入れたソフロロジー法を主流としているそうだ。ヨガをやっている私としては、とても嬉しい限りである。


午後2時から4時までの授業の合間に、休憩時間が1回入った。ただのトイレ休憩かと思ったら、何とリンゴジュースとロールケーキが振舞われたではないか≧(´▽`)≦ 参加費無料で、おまけにおやつを準備してくれているなんて感激ビックリマーク日本の産婦人科はどうなのか知らないが、この太っ腹さが韓国のいい所だなとつくづく思った。

翌朝、私たちはうちの近所にある大学病院へ向かった。


消化器内科での診察の結果、2、3日入院して様子を見た方がいいとのこと。会社を気にして、答えを渋っていた旦那をよそに「はい、入院します!」と、私が代わりに答えた。旦那は、ずっと「でも、会社を休むのはマズイし、休みたくないし、何といってもお金が掛かるじゃないか…」とボソボソ言っていたが、私は「入院している間に皮膚科の方でも診てもらって、ゆっくり休んだらいいじゃない。それにあなたは今まで入院したことがないんでしょう。一度、入院生活を経験してみたら?お金のことは心配しないで。あなたの体の方が大事なんだから!」と啖呵を切った。


皮膚科にかかるというのは、彼是5年ほど前に、旦那の体中に突然異様な湿疹が出始めたのである。それ以来、その湿疹は消えることがなく、ただ増えたり減ったり、薄くなったり濃くなったりするだけである。デンマークにいた時に、病院にかかったことはあるのだが、「取り合えず、湿疹だからこの軟膏を塗りなさい」と軟膏を処方されただけであった。


それともう1つ、旦那のわきの下にシコリがあるのだ。それも、私が日本にいる間にできたらしい。痛いというから、そんなには心配していないのだが、やはりリンパ腺があるわきの下というのが気に掛かる。それでこの際、その湿疹とシコリを一緒に診てもらおうと思ったのだ。はっきりいって、腸のことよりもそのシコリの方が私としては心配であった。


とにかく、私の鶴の一声で旦那の入院は決定した。


その時、午後1時。入院は午後3時半から5時の間にしてくれというので、私は昨日の晩から何も食べていないヘロヘロの旦那を引き連れて、本来予定していた『韓国ビザの延長申請』をしに、仁川(インチョン)にある出入国管理事務所へと向かった。


仁川港にある出入国管理事務所まではタクシー、電車、タクシーと乗り継いで約1時間かかった。(遠いねん)相変わらず、中国人が多い。申請に来た外国人の70%は中国人といったところだ。その為、中国人専用受付窓口が作られている。


待つこと40分。やっと私たちの番が回ってきた。しかし!担当者のおじさんの仕事が何といっても遅い!!それに、せっかく私が分かり易いように、旦那と私の書類や収入印紙を別々に別けて渡してあげたのに、それをごちゃ混ぜにしちゃうし。さっきから旦那も申請そっちのけで、トイレに行ったり来たりしているし、入院の時間は迫ってくるしで、私はいつも以上にその担当者のトロい仕事ぶりにイライラした。


あまりにもトロいので、私が「あのその収入印紙はここに貼るんじゃないんですか?それは私の書類です、主人の書類はこっちです。それは、ここに書いてありますよ。」などと、口出しをしていた。終いには、私たちが最初にビザを取得する時に提出した婚姻書類一式がないと言い出すではないか。私は、「そんなはずはないから、ちゃんと探してくれ」と言った。結局、その書類は5分くらい探してやっと見つかったのだが、見つかった時の彼の一言は、「もしかしてこれ?まさか、英語の書類だとは思わなかったよ」だって。毎日、同じ業務を行っているだろうに、どうしてこんなにも仕事があやふやなの?トロいの?と不思議に思った。途中何度も、『代わりに私が処理しましょうか?』という言葉が口をついて出そうになった。


何とか無事にビザ延長の申請を終えて、私たちは病院に舞い戻ってきた。時は、午後4時半を回っていた。


それから3日間、旦那は入院した。旦那の病室は3人部屋で、60代と20代の男性と同室であり、その中で一番病状の軽かった旦那は肩身が狭かったようだ。私は毎日面会に行き、夜9時まで旦那と話したり、本を読んだり、看護用ベッドで昼寝をしたり、病院食堂で食事をしたりして、過ごした。ちなみに、旦那は3日間禁食で、点滴の打ちっぱなしであった。


さて、下痢の原因は急性腸炎であった。予想通りの結果。退院した翌日、旦那が上司に挨拶をしに行ったら、開口一番「韓国人は急性腸炎くらいでは入院しないんだ!」と言われたそうだ。それはそうかもしれないけれど、病人に向かって別に言わなくてもいいじゃないのねぇ…。人に入院しろと言っておきながら、多分、私でも入院しないと思うけどね。


湿疹は慢性湿疹であり、発疹したら軟膏を塗るくらいで、特に治療法はないとのことであった。アレルゲンは何千種とあり、調べるのはかなり難しいし、時間もお金も掛かるとのこと。また、アレルゲンが一種類の人はほとんどおらず、多くの人が数種の複合アレルゲンを持っていることのことであった。よって、旦那はこれから一生、その湿疹と上手く付き合っていくしかないということが判明した。


シコリについては、現在、薬を飲んで様子を見ている段階で、会社を休めない旦那の代わりに、明日私が病院に行き、シコリの症状を説明しに行かなければならない。


入院前は「お金のことは心配しないで」と言い切った私だが、お金のことが心配なのは事実であった。ちなみに、今回掛かった医療費は約4万円であった…(ノ゚ο゚)ノ(貧乏人にはきつい出費だったけれど、健康はお金には代えられないし…)


<追伸>相変わらず、旦那は冴えない顔をしていますが、お腹の調子はよくなったようです。昨日のブログを読んで心配して下さった皆様、ご心配ありがとうございましたニコニコ

私が帰国した日の夜のこと。


夕食を食べ始めた時だった。旦那が急にお腹を押さえて「痛い」と言った。うちの旦那はどうやら腸が弱いらしい。脂っこいものを食べたり、ストレスを抱えたりすると途端に下痢をする。(汚い話ですみません(;^_^A)喧嘩した後なんか、効果てきめん!?である。またまた今回も「私がいなかった時にちゃんと栄養をとっていなかったからじゃん?もしくは、私がいなくて寂しいストレスからじゃん?」なんて、最初は笑っていた私も旦那の痛がる様子を見ていて、これは今までとはちょっと違うかもと思い始めた。


食事を中断し、旦那はトイレにこもった。私は相変わらず1人で食事を続けた。一応、食事へカムバックするだろう旦那を待ちながら、ゆっくりと食べた。しかし、私が食事を終えても旦那の戻ってくる気配は一向にない。


そこへ、旦那がトイレから「C(私)、ちょっと悪いが一緒に見てくれるか?これはコチュジャン(唐辛子味噌-夕食に使った)かな?それとも血かな?」と言った。「えぇっ~、そんなの見たくないよ。自分で判断してくれよ。」と私は返したが、旦那は蚊の鳴くようなかぼそい声で「お願いだ、見てくれ」と嘆願するではないか。そう言われちゃしょうがねぇ、ちょいと見てやるかと便器の中を覗いた。


「おいおい、あんた!それ、コチュジャンなんかじゃないよ。血だよ\(゜□゜)/」


それはそれは、立派な血であった。


1時間半くらい経ったであろうか、トイレの中で下痢と戦っていた旦那は休戦に入ったらしく、トイレから出てきた。旦那のTシャツは冷や汗でびしょ濡れであった。


そして、夜中。

旦那は再び襲ってきた下痢と戦っていた…らしい。私は旅の疲れのせいか、爆睡していたようだ。しかし、それでも数回目を覚ましたので、旦那がトイレにこもっているのは気づいていたが、あまりにも疲れていた私はそのままぐぅぐぅね。明け方になって、旦那が寝床へ戻ってきた。その時、旦那の顔を見たら、今までに見たこともないくらい恐ろしい様であった。血の気が全くなく、げっそりとやつれていたのだ。旦那に聞くと、下痢+嘔吐したという。そして、何と3時間ほどトイレに籠城していたと言うではないか!!


これはただ事じゃないと思い、朝一で病院に行くことに決めたのであった。

8月19日(日)、3週間ほど滞在した灼熱の日本を発ち、韓国へ帰ってきた。日本に5日間だけ滞在して先に韓国に帰っている旦那と会うのは2週間ぶりである。


私は本当に連絡不精の人間なので、旦那と離れている時もあまり連絡は取らない。電話(スカイプ)で話すのも、週に1回といったところか。しかし、現在私は妊娠中ということもあり、今回はほぼ毎日連絡を取っていた。(パパの声を聞かせなくちゃね!)ただ電話で話すのと実際に会うのとではやはり全く異なる。金浦(キンポ)空港に降り立った時、私の胸は騒いだ。


ターンテーブルで荷物を受け取り、出口へ急いだ。旦那が待っていた。2週間ぶりとあって何だか照れくさいものである。


金浦空港から我が家までは、バスで約30分という至近距離。おそらく、自家用車であったら15分位しかかからないのではないだろうか。うちには車がないので分からないが。前回日本に帰国した時までは、もっぱら仁川(インチョン)空港ユーザーであった。しかし、今年になって、うちの近くのバス停から金浦空港行きのバスができた。今まで仁川空港の方が近いと思っていた私は、しばらくそのバスに興味を示さなかったのだが、旦那から金浦空港の方が圧倒的に近いということを聞いて、今後は金浦空港-羽田空港ユーザーになろうと決心したのであった。(現在の所に住んでいる限り)


久々の我が家に帰ってきた。玄関を開け、居間に入ると目に飛び込んできたのは旦那がデコレートした風船であったラブラブ


vel1

<Velkommen hjem C & M>


上のディズニーのキャラクターと共に掛かっている風船には「Velkommen hjem C & M」と書かれているのだが、意味は「お帰りなさい (私の名前)&(赤ちゃんのあだ名)」である。


ヨーロピアンの旦那はこうやって、さりげない演出で人を感動させるのがとても上手い。現実的な私と正反対にロマンチックである。そう、別にお金を掛けなくたって、ちょっとした工夫で人を喜ばせる方法はあるのだなと旦那から学ばされる。

荷物を置いてから、近所のデパートにケーキを買いに行った。本当は朝買っておこうとしたのだが寝坊して間に合わなかったとのこと。私の好みを考慮して、旦那がケーキを選んでくれた。ついでに夕食のお買い物もして帰った。


cake1

<ベリーケーキ>


自宅に戻ってから、二人でささやかなパーティーを開いた。これまた旦那が準備していた花火型ロウソクをケーキに立ててみたりもしたが、折角のケーキが台無しになる危険性を感じ、すぐさま外してしまった。ケーキは見た目の如く、甘み控えめで美味しかった。


こうして幸せな一日が過ぎるようにも思われたが、この日の夜旦那に悲劇が襲い掛かるのであったドンッ