語り得ぬものについては沈黙しなければならない。 -11ページ目

原発推進の「イデオロギー」(泥酔原稿)

3.11以前、この国で原発に反対する人は少数派だった。
多くの人は無関心、あるいは「原発反対運動をするなんて変な人だ」と思っていた。
僕もその中のひとりだったわけで、当然のことながら、知らなかった人(僕)にも「知らなかった責任」がある。
ただその話を始めると今回のテーマからは脱線するのでここでは書かない。(以前の記事で書いたような気もする)

で。
思い出してほしいのだけれど、3.11以前、安全神話を叩き込まれていた多くの日本人は「日本の原発が事故を起こすわけがない」と思っていた。
「原発は安全なのだからそれに反対するのは変わり者だ」と思っていた。
さらには「反原発は反社会的だ」という考えの人も多かった。

「反社会的」というのは、ひとつには「成長神話」がある。
「日本がもっと豊かになってほしい」あるいは「豊かになるべきだ」という思いや考えだ。
つまり日本は「成長」しなければならない。そのためには、電気なんてガンガン好きなだけ使えなければならない。でも、化石資源には限界があるし温暖化の問題もある。なので、クリーンな原子力を進めるのは当然であって、それに反対するなんて「反社会的」だ。
というわけだ。

原子力がクリーンなんかではないことは、福島第一原発事故によって今、日本がどれだけ汚されてしまったかを見れば一目瞭然だし、ウランも化石燃料と同様に決して無尽蔵などではないことも知られるようになった。
でも、「日本は成長すべきだ」と思っている人は今でもたくさんいる。

それがひとつ。

人々が「反原発は反社会的だ」と思っていたもうひとつの重要な理由は、ひと言で言うと「反原発は左翼だ」という思い込みである。

70年安保闘争に敗北した左翼は、その後都市ゲリラと称して町の真ん中で爆弾を爆発させたり、内ゲバで殺し合いをしたりした。
もちろん全部の左翼がそうだったのではなくごく一部なのだけれど、それらの事件は多くの人に「左翼は怖い」「間違っている」というイメージを与えた。
ソビエトや中国、北朝鮮などでは人権が弾圧されているというニュースも、左翼に対する印象をさらに悪くした。
左翼に対する無意識の嫌悪感のようなものが日本中に広がっていった。
市民運動みたいなものも「左翼っぽい」と思われるようになった。

そして、原子力ムラのプロパガンダもあって、多くの人が「反原発は左翼だ」と思うようになってしまったのである。

僕は左翼を擁護するつもりで書いているわけではないよ。
というか、右翼左翼なんていう区別は今や無効だと思っている。

では何が言いたいのかと言えば、なぜ多くの日本人が左翼嫌いになったかと考えると、たとえば殺人事件はいつの時代にもあるが、左翼の内ゲバ殺人はそれらと違って「狂信的な思想」に基づくものだと思われるからだ。

オウム真理教の事件も「狂信的な思想」に基づくものだったが、それは、ひとつの教団の中でしか共有されていない。
ところが左翼は世界中にいる。だからほんとうに怖い。というわけだ。

今でも一部の右翼の人が「反原発は支那の手先」などと言っているが、「反原発」と中国共産党の思想は、根は同じだと思っているのである。

つまり、左翼「イデオロギー」が嫌いなのだ。日本であろうと中国であろうと、左翼「イデオロギー」は気が狂っているので認められない、ということだ。
右翼の人に限らず、多くの日本人の左翼アレルギーは、「狂信的な左翼『イデオロギー』嫌い」である。

で。
イデオロギーというのは、社会思想、政治思想のことである。
「社会はこうあるべきだ」という考え方のことである。

ここではマルクス主義と言っても良いし、共産主義と言っても社会主義と言っても良いのだけれど、要するに左翼イデオロギーは、「あるべき社会の姿」を語る。
でも、左翼アレルギーの日本人は、左翼が考える「あるべき社会の姿」なんかを押しつけられるのはまっぴら御免だと思う。
だって「自由」がないじゃないか、社会主義国は権力者の好き放題じゃないか、政府に反対したら投獄されたり殺されたりするじゃないか。
という具合だ。

さて。

福島第一原発が事故を起こし、放射能がばらまかれた。

これまで放射能についての知識を持っていなかった人でも、「幼い子どもほど放射能の影響が大きい」という程度のことはすぐに知ることになる。
子どもを持つ親、とりわけ母親にとってはショックな話だ。
東北、関東のお母さんたちが、イデオロギーなんか全然関係なく、「原発はよくない」と考え、行動を始めるのは当然の成り行きだった。
また、事故後、政府や東電、原子力ムラの連中のウソや隠蔽が次々と明らかになる。
そんな腐った日本のシステムに対して、多くの人たちがイデオロギーなんか全然関係なく憤りを感じる。これも当然の成り行きだ。

こうして、各地でデモや署名活動、講演会などが行われ、最初は東電や原子力ムラに気を遣っていたマスメディアでも、少しずつではあるが政府や電力に対する批判の声が高まっていった。

原発事故から1年3ヵ月経った大飯原発の再稼働についての世論調査では、四分の三の人が「安全対策が万全だとは思わない」と考え、どんな「原発推進御用メディア」の調査でも、再稼働賛成と反対は拮抗している。

要するに。

重ね重ね言おう。
今、日本で立ち上がっている「反原発」ムーブメントは、左翼とかイデオロギーなんてまったく関係ないのである。

つまり、3.11以前に蔓延していた「反原発は左翼だ」というイメージは、根本的に間違っていたのだ。
ほんとうに残念ながら事故が起きて僕らは初めて知ることになったのだが、「反原発」には右翼も左翼もなかったのである。
自分の子どもを思う親はもちろん、日本中のすべての子どものことを考える良心的な人たち、あるいは、国土を汚し国民に被害を与える原発は許されないと考える右翼の人たち、また、日本のシステム、政治家や官僚、原子力ムラの連中は最低だと気付いたまともな考えの人たち…。
各種世論調査を見ても、国民の半数は、イデオロギー抜きに、原発に明確に反対、あるいは疑問符を突きつけているのだ。
原発にYESかNOかと二者択一で問われれば、国民の半数は「NO」なのだ。

ブログの原稿は文字数制限がないからどうしても長くなる。
特に前半。筆が走ってぐちゃぐちゃ書いてしまうのだけれど、例によってかなり飲みながら書いているので(今夜は焼酎甲類の緑茶割り)、後半では酔っ払って疲れてしまう。
頑張って書こう。

今夜はなぜ、だらだらイデオロギーの話をしたのかというと、だ。
前述したように、イデオロギー(社会思想・政治思想)とは、「あるべき社会の姿」を語るものである。
「反原発」は、そんな「イデオロギー」に基づくものだと思われてきた。
ところがそれはまったく違う。

それどころか、だよ。
「反原発」ではなく、逆に「原発推進」こそイデオロギーだと言うことがはっきりしてきたのであった。

たとえば、経団連会長の米倉弘昌は、大飯原発の再稼働が決まってから、初めて産業界に「節電要請」をした。
これはおかしくないか?
野田佳彦は「大飯の再稼働は地元の同意が前提」としていた。(「地元」を福井県に限ったことは大いに問題だがここでは突っ込まない)
なので、地元がイエスと言わない限り大飯の再稼働はなかったわけで、米倉が経団連の会長なら、日本の全原発が停止したまま真夏を迎える事態を想定して、つまり、5月に泊原発が停止したのは点検のためでずっと前から日程が決まってたわけだから、もし米倉が「停電が起こったら大変だ」と日本の経済のことを真面目に考えるのなら、責任ある立場としてもっと早く「節電要請」して然るべきであろう。
まるで出来レースである。
そうでなければ、「現実の停電」よりも「自分の考え(イデオロギー)」のほうが大事だということになる。

また、震災後の昨年3月は東電管内の「計画停電」で多くの人が大変な思いをしたが、昨年、もっとも電気を使う真夏に、原発なしで電気が足りていたことは周知の事実。
なおかつ、もしかしたら知らない人がいるかもしれないので書いておくけれど、東電は「大口需要家」と「需要調整契約」というのを結んでいる。
これは、大口需要家に対して、普段は電気料金を安くする代わりにもし電力需要が逼迫したときには供給を止める、という契約だ。
ところが、昨年3月、東電が大口需要家への電力供給を止めたのはたったの4回(4日)だ。
今もう酔っ払って資料を探せないのだけれど、あの頃東電は毎日計画停電を予定していなかったか(回避された日もあったと思うけれど)。

「停電をしたら産業界が困る。特に中小企業にとってダメージが大きい」といったプロパガンダがしきりになされている。
ところが、実際に電気が足りなそうだということになった場合、電力会社は「需要調整契約」に基づいて大口需要家、まあ要するに大企業への電力供給を止めるのではなく、中小企業や一般の家庭、病院などが被害を受ける「計画停電」をするのだ。

電力会社は口では「中小企業が云々」というが、実際には大企業を守る。
なぜならば、大企業とはいろいろな「ご縁」があるからだ。
それは、人間関係であったり財閥であったり取り引きであったり、まあいろいろなのだけれど、いずれにしても下町の中小企業が何軒か潰れたって電力会社は痛くも痒くもない。それよりも大企業との関係のほうがずっと大切なのだ。

東電はどんな「大口需要家」と「需給調整契約」を結んでいるのかを明かしていないようだが、信頼できる筋によると住友化学株式会社もその一社だという。
で、現在住友化学株式会社の代表取締役会長を努めるのが、経団連会長の米倉弘昌だ。
昨年3月、東電から住友化学への電力供給が止まったことがあるのだろうか?
もしもなかったとすれば、これは許されない話だ。

もっといろいろな例を挙げようと思っていたのだけれど、酔っ払ったので面倒くさくなってきた。

いずれにしても、原子力ムラが守りたいのは一般の人々や中小企業ではない。
大企業、財閥、関係官僚、ムラを基盤とする政治家などなど、である。
東電は、今後の賠償費用や廃炉費用を考えればすぐにわかるように実質的に破綻している。それなのに潰さないのは、潰すと東電に何兆円か金を貸している銀行が困るからだ。銀行の債権は守られ、その分の負担は電気料金に乗っけられる。つまり一般の利用者が東電を助ける。そういう仕組みだ。

で。

ここまでだったら、日本の財界というのがいかに薄汚いか、自分のことしか考えていない卑怯者か、という話であるのだけれど、ほんとうに語りたいのはその先だ。

イデオロギーの話である。

一般に言って、ほとんどの人は「自分のしていることは正しい」と思って行動している。
(「正しい」というのが倫理的な善悪なのか論理的あるいは経験的な真偽なのかはとても重要な論点だがここではひとまず置いておく)
いずれにしても、政治家、役人、財界の連中、もちろん原子力ムラの奴らだって、「自分のしているのは間違ったことだ」と思っている人なんか、もちろんいると思うが少数派だ。

ナチスのアドルフ・アイヒマンは、家族愛に満ちた凡庸な小役人であったが、「職務に忠実であることこそ正しい行い」だと考え、数百万人の人々を強制収容所に送った。
彼にとっての「正さ」とは、「自分の立場上の正さ」であったのだろう。
もし彼が、21世紀の日本の反原発団体の事務局で仕事をしていたとすれば、ユダヤ人を殺しまくったのと同じように、職務に忠実に、日本の原発の欺瞞を調べ上げていたはずだ。

アイヒマンに決定的に欠けていたものは、ありきたりな言い方をすれば、「今現在の自分の立場を越えて、まったく違った人々や物事に対する想像力」である。
あるいは、欠けていたのではなく、単に見ぬ振りをしていたのかもしれない。
いずれにしても、貨物列車にぎゅうぎゅう詰めにされ貴金属や金歯まで取られてガス室送りになるひとりひとりの人々の気持ちを想像しなかった、あるいは見ない振りをした。

なぜ、そんなことができたのか?
僕は、彼が「自分は正しいことをしている」と思っていたからだと思う。

それはまさに「狂信的な思想」である。

おお。
やっと話が結びついてきた。
日本人の左翼アレルギーは「左翼は狂信的な思想だ」と思い込んでいるからだ、というさっき書いた話を思い出してくれ。

財界の連中はほんとうに薄汚い。
米倉弘昌には一年くらい福島第一原発に行って作業員として働いてもらいたい。
ジジイなので重いものを持たせるのは無理かと思うが、敷地内の線量測定くらいはできるだろう。
そして、現場の深刻さを実感していただきたい。

アイヒマンが実際に収容所、ガス室行きの人々でぎゅうぎゅう詰めになった列車をみたのかどうか、僕は知らない。
しかし、彼には実際にそれを見て、自分のやっていることを考える責任があった。
米倉弘昌にも、同じ意味での責任がある。
福島第一で被曝しながら作業する人々、また、福島から避難した人、怯えながらも県内に住むことを余儀なくされている人々を、実際に自分の目で見て、自分の耳で話を聞き「それでもお前は、経済のために原発を肯定するのか」と問いただしたい。

また話がぶれてきた。
もう朝の6時半で、泥酔だからな。

話戻す。

米倉弘昌はきっと「それでも経済成長は大切で、原発は必要だ」と言うだろう。

これがまさに、「狂信的な思想」、イデオロギーなのである。
米倉弘昌はもちろんのこと、各地の原発を再稼働させたがっている財界の連中は、同様のイデオロギーを持っている。それが正義だと思っている。

すなわち、「財界が日本を牽引しなければならない」。
(この場合の「日本」とは、「日本経済」のことである)

トリクルダウン理論というものがある。
豊かな人がもっと豊かになれば、貧しい人たちもそれに引っ張られて豊かになって、結果的に国全体が豊かになる、というような話だ。
これがいかにインチキな理論であるかは面倒なのでここには書かない。
でも、そういう考えでやってきた米国が、今や「人口のわずか1%が国全体の富の何十%(忘れた)を持つ」ような格差社会になって、なおかつそれで経済が上手く回っているかというと全然駄目で、たとえばTPPを日本に押しつけて大企業の利益を確保しなくちゃならないような状況になっているのは周知の通り。

そしてそして。
もういい加減に眠りたいので強引にまとめに入るが、

「こうであるべき社会」という、社会についての「べき論」を持つのがイデオロギーであるのは前述したとおり。
で、社会についての「べき論」の根本には、人間についての「べき論」がある。

左翼で言うと、マルクス主義の「べき論」の根本には、「すべての人間は平等であるべき」という価値観、理想があった。

もちろん、現在の中国や北朝鮮がそんな理想を具現化しているとは思わない。
(面倒なのでここでは書かないが、マルクス主義的な唯物史観では、「理想の共産主義」に至る前に「一党独裁の社会主義」段階が必然とされている。とはいえ、現在の中国や北朝鮮が「理想の前段階」に当たるとは僕には思えない)

でも、社会についての「べき論」は人間についての「べき論」と表裏一体である。
なぜならば、「社会」とは「複数形の人間」に他ならないからだ。

そして、原発を推進する財界や現政権の「べき論」の根本は、「競争」と「成長」だ。
これは、社会についても人間についても同じ。

橋下徹が人気だが、小泉純一郎人気のときの同じで、多くの人々の「なんだかわからないけれど不満」という気分を何となく形にしてくれるからだろう。
でも、橋下徹も、小泉純一郎同様に結局は「競争」と「成長」を是とする「べき論」、すなわち「競争・成長イデオロギー」の持ち主だと僕は思う。

あ~この話に入ると長くなるな。
酔ってるのでまとめられないや。

結論。

「競争」と「成長」を是とする「イデオロギー」というのは、それだけ聞くともっともな話に思われるかもしれないけれど、「何の競争」、「成長は何で測る」かを問題にしなければまったくの空虚である。
つまり、同じメンバーで競っても短距離走と暗算では勝者が違うのは当たり前だし、成長についても同様。この1年で短距離走で1秒速くなったというのと英単語を1000憶えたというのは優劣の比較のしようがない。

そのように、「何の競争」、「成長は何で測る」という物差しを示さずに、「競争や成長は良いことだ」というのは、要するに現状の価値観の単なる追認にすぎない。
(物差しを問わずに「競争や成長は良いことだ」というのであれば、ものすごく低レベルの形而上的な考えである)

大事なことは、これは、多くの人が思う「左翼は狂信的な思想(イデオロギー)だ」と、まったく同じ構造だと言うことだ。

つまり、

1.
もしも、なんの物差しもなく観念的に「競争」や「成長」を是とする、という考えであれば、「左翼は狂信的な思想(イデオロギー)だ」以下の幼稚な考えである。(つべこべ言わずに神様を信じろ、と同レベル)

2.
何らかの物差しがあって「競争」や「成長」を是とする場合。
その物差しは「市場」であるかもしれないし「淘汰」であるかもしれない。それはどうでも良い。
その場合、初めて「競争」「成長」イデオロギーは、かつての左翼イデオロギーと肩を並べることができる。
すなわち、同様に「狂信的な思想」と見なされるべきイデオロギーだいうことだ。
つまり、日本のほとんどの人は「社会主義になって政府から価値観を押しつけられるなんてまっぴら御免だ」と思っているが、それとまったく同じレベルで「競争」「成長」価値観を押しつけられていることに自覚的ではない。

酔ってるなあ…。それに眠いや。

ほんとうはもっと具体的なことも書きたかったのだけれど、もうおしまい。

一冊、本を挙げておこう。

政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書/角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
¥819
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原発の問題が世界とどうつながっているのか。
福島第一原発事故関連の本はいろいろ読んだけれど、その中でも一般読者向けに、原発と世界を結びつけてくれる良書。

「福島で哲学」の続きはまた今度だ。
今夜、じゃなくて今朝はマジ泥酔なので誤植などは勘弁してね。

野田佳彦「原発再稼働、私の責任で」という「無責任」

僕は昭和38年生まれだから、昭和のほぼ半分と平成のすべてを生きてきた。
その中で、野田佳彦という男は、僕のもっとも嫌いな首相である。

確かにたとえば小泉純一郎のほうが後世に残る政治的な悪行をやってのけた人物だ。当時の大人気を盾に、新自由主義的な悪事をさんざん働いた。
だけど小泉純一郎は、言ってしまえば敵ながらcharmingなのだ。
僕は嫌いだが彼の笑顔は人を惹き付けるものがある。

ところが、野田佳彦というのは不細工でキモい。
誰か「野田佳彦に抱かれたい」という女の子がいるのだろうか?

お前は容姿で人を判断するのか、と問われるかもしれないが、悪いけどその通りである。
ヤングならともかく、50を過ぎた男は顔に人生が表れる。
そういうものだ。

昨夜は映像関係の打ち合わせでちょっと右的な人たちとも一緒に飯を食っていたのだが、「この半世紀でもっとも国民に信頼されていない政権」だということで落ち着いた。
田中角榮、佐藤榮作、中曽根康弘にも問題はたくさんあった。また、鳩山由紀夫は器が小さすぎたし、菅直人には僕は一定の評価はするがそれでも「震災時の首相は田中角榮だったほうがマシだったろう」と思う。
でもさあ、何割かの人たちは彼らを積極的に応援してたわけよ。

ところが野田佳彦にそれがあるか?
誰か野田佳彦を信頼している人はいるのか?
もちろん、単なる消去法で首相になった人物は他にもいるが、そういうふうに総理になった奴らはもうちょっとは国民の考えや思いを気にしていなかったか?

世の中には「「単なる悪口」はよくない」などと思う道徳的な人たちもいるので、まあそんな連中は本来あまり気にする必要などないのだが、一応なんというか、ここからは、説得力を増すために、かなり酔っ払ってはいるがなるべくきちんと書こう。

「福島で哲学」(その1その2)の続きを書きかけていたのだが、野田佳彦がまさに独断で大飯原発を再稼働させようとしているので、彼の言い草についてよく考える、というわけだ。

野田佳彦は、原発の再稼働について「最終的には私の責任で判断したい」だとよ。

これが、まったく意味不明、無責任なのである。

「どう言われようと私の責任で」などと言うのはヒーロー気取りの格好つけで虫酸が走るのだが、そもそも、すべての行政には行政府の長である首相に最終的な責任があるのは当たり前の話である。原発の再稼働と言った重要な問題についてはなおさらだ。
野田佳彦はなんだか得意気に言うが、言うまでもないことなのだ。
なぜ、わざわざ言う?
言おうが言うまいがお前の責任なんだよ。
ということはまず、確認しておきたい。

で。
ちょっとずつ「責任」という問題に踏み込んでいこう。

まず考えなければいけないのは、福島第一原発事故の「責任」を、誰かがとったのか?
と、いうことだ。

誰も責任を取っていない。

東電の清水、勝俣は役職を降りるわけだが、何兆円、何十兆円になるかわからない補償、廃炉費用を考えると、これで「責任」をとったと言えるのだろうか?
僕が思うに本来なら逮捕投獄されるべき東電の勝俣は、未だに豪邸で暮らして、ちっとも反省しているように見られない。
普通の神経の人であれば、もしも豪邸に住み続けるのであれば、一人でも二人でも福島から避難した人を受け入れよう、あるいはその姿勢だけでも示すと思うのだが、そんな気配すら微塵もない。
(びっくりすることに先月25日、日本原子力発電(日本原電)は社外取締役の勝俣を再任すると言っている。http://jp.wsj.com/Japan/Economy/node_449170

経産省の担当者は、がっぽり退職金をもらって辞めていった。
言うまでもないが、自民党でも民主党でも、原子力推進の責任をとって辞めた奴はいない。
(僕が菅直人をある程度評価する理由のひとつは、辞めたあとだが「国策として原子力を進めてきた国に責任がある」と謝罪したことだ(事故調))

要するに、福島の事故について、誰も責任を取っていない。

何が言いたいのかというと、
再稼働について野田佳彦は「私の責任で」というが、何か問題が起きた場合、彼が具体的にどのように責任を取るつもりなのか、まったくわからないのである。

つまり、「原発事故の責任の取り方」には前例がない。
原発についてはこれまでもいろいろな事故や隠蔽などが繰り返されてきたのであったが、行政府の人間できちんと責任を取った奴は一人もいないのである。(2002年に発覚した柏崎刈羽原発の事故隠蔽では東電社長役員の首が飛んだが)

なのに野田佳彦は、どう責任を取ろうというのだろうか?
それを具体的に言わなかったら、「私の責任で」なんて、単なる空虚な空手形に過ぎない。
言えよ、具体的に。

辞任する?
おっと、民主党は次の選挙で間違いなく惨敗だろうから、そんな責任の取り方は意味がない。
それとも野田佳彦は、自民党政権になっても、あるいは橋下政権になっても、万が一共産党政権になっても、原発再稼働の責任だけは未来永劫とるつもりなのか?
お前が死んだら、責任は債務のようにお前の子どもが引き継ぐのか?
それとも切腹でもしようというのか?

行政府が下した判断についてその責任を未来永劫まで問うというのは違うのではないか、という意見があるかもしれない。それは、その通りである。
21世紀の今、江戸時代の役人がしでかした悪行を問題にする人はいない。

だが、原子力はそれとは根本的に違った尺度の問題である。
江戸時代なんてたかが数百年前の話であるが、プルトニウム239の半減期は2万4000年だ。
野田佳彦が何回切腹しても足りないような、長~い時間である。

要するに、もし野田佳彦が切腹するというのなら是非やってもらいたいのだが、そんなことをしても、そもそも原発事故の責任は誰も取りきれない、ということなのだ。

ええと。
かなり酔っ払ってきたから話をちょっと変えよう。
とうかここからがじつは核心なのだけれど、ごめん、飲み過ぎてきちんと書けないよ。

「責任」というのは、ものすごく難しい概念なのである。

たとえば。

よく、「自由と責任はワンセットだ」などと言う人がいるが、大抵の場合、彼(彼女)の言う「自由」は「自由の概念」の一部分であり、「責任」は「責任の概念」の一部分である。ていうか、「一部分にしかすぎない」。
概念というのが難しければ、「意味」と言っても良い。

もちろん、生活、つまり日々生きていく中での実感から「自由と責任はワンセットだ」というのは、間違ってはいない。
でも、それがすべてではない。

どういうことかというと、「自由」や「責任」といった抽象的な概念に対して、人は具体的な事例を当てはめて考えざるを得ないのだけれど、具体例はどこまで行っても具体例に過ぎず、たとえば「パチンコを打つのはあなたの自由だけれど、負けたのもあなたの責任なのだから、今月はお酒は我慢しなさい」というような、ものすごく卑近な例でイメージしてしまう。
そして、そのイメージの延長線上に、「自由」や「責任」などといった、本来なら簡単に規定できないはずの概念を、それぞれ勝手に線引きしてしまう。

でも、
もしも僕が血気盛んな右翼少年であったならば、包丁を隠し持って東電の勝俣恒久を刺しに行くだろう。

もちろん50歳になろうとする僕はそんなことはやらない。
テロルは敵のプロパガンダに利用されることをよく知っているし。

でも、もし右翼少年が勝俣を刺したとすると、彼の「勝俣を刺す自由」とはいったい何か?
その「責任」はどこにあるのか?

もっと卑近な例で言おう。

一昨日、アルカイダのナンバー2と言われる男が米国CIAに殺害された。
米国は公式には自分たちが手を下したとは言ってはいないが、米国がパキスタン国内に無人機を飛ばして攻撃して殺したのは、CNNなどの報道を見る限り事実だろう。
「カーニー報道官は「アルカイダの中枢にさらなる深刻な打撃を与えた」と述べ、リビ幹部の死は「数年前から続くアルカイダ中枢の衰退の一過程」だと語った」(http://www.cnn.co.jp/world/30006860.html)わけだが、パキスタンは「重大な主権侵害だ」と抗議している。

考えてみよう。
日本国内の山奥の村に、国際テロ組織の幹部か潜んでいたとする。
で、どこかの国が勝手に(つまり自由に)無人機でやってきて空爆し、彼を殺した。

国際政治的な問題は脇に置く。
「自由」と「責任」という文脈で、これをどう考えたら良いのだろうか?

僕は相当酔っていて、さて、みなさん考えてください、という感じになってしまったよ。

でもまあ、「責任」というのは、このようにたいそう難しいことばなのである。
ほんとうに、注意して使わなければならないことばなのである。
甘く見るなよ野田佳彦。
お前は「責任」ということばを使うには、あまりにも無責任だ。

「規制緩和」とは、「生命」よりも「金儲け」を優先するイデオロギーである

3月、4月に引き続き、今月も先週土曜日「てつがくカフェ@ふくしま」に参加させていただいた。
福島市内のホテルがどこも満室だったので泊まるあてのないままに、福島の人たちと朝方近くまで飲んで、結局は福島大学の倫理学の先生のお宅で休ませていただき、始発の新幹線で帰ってきた。

そんなわけでまたまた思うところもたくさんあり、「福島で哲学」(http://ameblo.jp/jun-kashima/entry-11240902014.htmlhttp://ameblo.jp/jun-kashima/entry-11248225191.html)の続きも書かなければならないのだけれど、今回はちょっと別の話。

もう一日遡って、先週金曜の晩は昔の編集部仲間と赤坂で散々飲んだあと中目黒に帰ってきて友達の女の子が「電気が足りないんだったら原発も仕方ないじゃん」というのをバーのカウンターで朝まで説教して、あまり寝ずに福島に向かいその晩も朝方近くまで飲み、始発の上り新幹線の中でも缶ビールがぶ飲みしていたから家に帰って爆睡。
起きたら夜の10時だ。
目が冴えてしまったし、金環日食があるというので起きてようかなと思い、まだ時間があるから、見逃していた先月放送のETV特集 『世界から見た福島原発事故』を見たのであった。


ETV特集 「世界から見た福島原発事故」

NHKの原発報道は駄目な部分も多いけれど、ETV特集『ネットワ―クで作る放射能汚染地図』のように、報道の良心を感じられる番組もある。
この番組もそのひとつ。

まあ、見てもらえればわかるのだけれど、
「原発でシビアアクシデント(福島で起こったような過酷な事故)なんか起こらない」と断言してきた日本の原子力ムラの連中の馬鹿さ加減が、いかに世界とかけ離れた根拠のない「神話」だったのかが一目瞭然。

福島第一原発で事故を起こしたのは、米国ジェネラル・エレクトリック社のMark-1という型式の原発である。
事故で電源が喪失し圧力容器内の水が減って「これはまずい」ということになった場合は、「ベント」と言って、中の気体を逃がしてやらなければならない。
もちろんこれは電源喪失の場合であるから、電動のベントではなく手動で出来るようにしておかなければならないのだが、東電のマニュアルでは「電動ベント」の記述はあっても、電源不要の「手動ベント」についてはまったく書かれていなかった。
停電の際に(電気の来ていない)部屋のコンセントで明かりをつけましょう、と言っているのと同じで、端的に意味がない。
だから、地震、津波のあとベントに手間取り、1、3、4号機は水素爆発した。

で。
原発推進国であったスイスでもMark-1を使っているわけだが、ここでは全電源を喪失しても、手動でベントするためのレバーが、建屋のかなり目立つ位置にある。
また、ベントというのは放射性物質を否応なく環境に放出するということになってしまうのだが、スイスの場合にはちゃんとした除染フィルターが設けられている。もちろん、これにも電源は必要ない。

そんなスイスの原発で要求されているのは
「1万年に一度の地震と洪水が同時に起きても対応できるようにすること」。
そのためにいろいろな対策がなされている。
日本の原発で核燃料の冷却水といて使用しているのは海水だが、川の水を冷却水として使っているスイスの原発では、「もしも何らかの理由で、その川の水が使えなくなったらどうするのか?」と考え、別の川からトンネルを掘って水を引くような大がかりな工事を検討しているのだ。
当然のことながら、それにはもの凄くお金がかかる。
でも、それが必要であればやらなければならないと考えられている。

スイスが想定している「1万年に一度の地震と洪水が同時に起きる」というのは1万×1万=1億年に一度だよ。
「日本の原発は千年に一度の地震に耐えて素晴らしい」と言ったとてつもない馬鹿がいた。
経団連会長の米倉弘昌である。
この糞ジジイの認識の甘さは、まったくお話にならない。

Co2削減の観点から原発推進だったスイスだったが、福島第一原発事故以後舵を切り、脱原発となった。すべての原発は2034年までに原発は段階的に廃止するという。

コストの観点から見ても18年後には原発よりも自然エネルギーが安くなる、というのはスイス政府のエネルギー問題委員会のメンバー、ザンクトガレン大学教授ロルフ・ウステンハーゲン教授である。
原発は、あらたなリスクが見つかるたびに安全基準を作って対策をしなければならない、しかも、原発は量産品ではない。大量に作ればコストが下がるソーラーパネルのようなものとはまったく違うのだ。
だから、自然エネルギーと違って、コストの低下は見込めないのである。

スイスの原子力会議元副議長、ブルーノペロー氏は、30年前から東京電力に「コストもそれほどかからない追加の安全対策があるのだからそれは導入したほうがよい」と忠言していたそうだ。
だが、そのたびに東電はにこにこしながら「私たちには必要ありません」と言ってきたという。
「日本の原発は安全です」と、何度も聞かされたという


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「原発でシビアアクシデントなんか起こらない」という日本の「原発安全神話」は、「神風が吹いて勝てるから、女子や子どもも英米の戦闘機や砲弾に竹槍で闘え」という大平洋戦争時の日本の馬鹿げたスローガンとまったく同じレベルだと言うことがよくわかる。

腐った原子力ムラと、あれだけの事故を起こしておきながら彼らを庇って責任追及をしない政府やマスコミ。
日本というのはほんとうに野蛮な国である。

と。
ここまでETV特集 『世界から見た福島原発事故』の内容を紹介してきたが、
原発に反対する人ならば、誰でもが「その通り!」と思うだろう。

でも、本題はもうちょっと違ったところである。

番組では米国原子力規制委員会(NRC)が、の1979年のスリーマイル島原発事故をきっかけに、「ベント」の規制を義務づけるか検討していたという話が紹介される。
事故を教訓にNRCは、シビアアクシデントに備える対策を始めていたのである。

スリーマイル島の事故は、国際原子力事象評価尺度 (INES) において「レベル5」であり、史上最悪の惨事となった福島やチェルノブイリの「レベル7」と比べればまだ軽い。
とは言っても、炉心は溶解し、世界中に「原発に安全はない」ことを知らしめた大事故だ。

NRCは、米国内すべての原発に対し、「万が一の際にはベントが出来るように」対応することを義務づける命令を出そうとしていたのであった。

これに猛反発したのが原発を持つ電力会社で会った。
ベントの必要性は認めながらも、国の規制(義務)ではなく、それは電力会社の「自主的対応」であるべきだと主張したのである。

市場原理主義者(もっとわかりやすく言えば資本主義が正しいと疑わない人々)がよく使う理屈だ。

すなわち、
「もしも事故を起こしたら電力会社は大損をするわけで、それを考えたら自主的にベントを取り入れるはずだ」
「だから、市場に任すこと、つまり国の規制ではなく民間に任せることが一番だ」

そんなふうに、電力会社が規制(義務)に猛烈に反発したその結果、ベントは「規制」ではなく「自主的な取り組み」となり、その後のNRCの監視対象から外されてしまった。

だがその結果、
使い物にならないベントが、あちこちの原発に存在することとなってしまったのだ。
ヒューズがなかったり、いざというときの手動操作バルブが手が届かないような位置にある、とか。

要するにうわべだけ繕ってまったく役に立たないリスク管理なのだが、なぜそうなってしまったのかといえば、電力会社が余計な金がかかるのが嫌だったのだろう。

企業というのは本質的にそういうものである。
つまり、千年とか1万年に一回といったリスクのために余計な投資をしていたら、原価やコストがあわないのである。
「規制(義務)」があって同業種の全社がそうしているのなら、他社との「競争」のスタートラインは同じだ。
でも、単なる「自主規制」であれば、他社より半歩でも先からスタートしたほうが良いに決まっている。
これが「1年に一度」のリスクなら、もうちょっと違った考えになるだろう。でも、「千年に一度」のリスクに真面目に対応していたら「競争」に負けてしまう。
だから、金や手間はかけない。
そういう考えだ。

だから、運良くトラブルが何も起きなければ「結果オーライ」だが、福島のように事故が起こってしまい多くの人の生命や健康が脅かされることになってしまったら、もうお手上げ、ということになるのである。

要は、規制緩和なんかを進めて、なんでもかんでも企業の自主規制に任せてしまったら駄目だ、ということである。

「規制緩和」というと、「=良いこと」と思う人がまだいる。
これは全くの間違いで、企業というのは金儲けが目的の組織であるから、そのためにはなんでもやる。
もちろん、ときには「良い子」のふりをして慈善的な活動なんかもするだろう。
でもそれだって、結局は金儲けのためだ。

想像力の欠如した財界の連中などは「規制緩和」を金科玉条の如く唱えるが、その発想は、「千年とか1万年に一度のリスクなんかまず起こらないのだから、言い訳になる程度に『自主的に対応』しておけばいいだろ」ということだ。
(千年先のことを考えている経営者など、まず存在し得ない)

「規制緩和」とは、「生命」よりも「金儲け」を優先するイデオロギーなのである。
(イデオロギー=普遍的な真理でも最善の方法でもない。マルクス主義と同じ単なる偏った政治社会思想)

もう寝るよ。

福島で哲学【その2】

『福島で哲学』の続きを書こう。

今回は【その2】であるが、これは非常に重要な話なので、できれば【その1】(http://ameblo.jp/jun-kashima/entry-11240902014.html)を先に読んでほしい。

あれから1年言うことで、3月には震災、原発関連のテレビ番組がいろいろ放送された。
その中のひとつ、NHKスペシャル『3.11あの日から1年「南相馬 原発最前線の街で生きる」』を本放送で観たのは、目黒のアイリッシュパブでだった。
3月9日、夜。
外国人常連客が多い店なのだが、その週は「REMEMBER TOHOKU WEEK」(だったっけ?)で、いつもはサッカーの試合なんかを流している大型モニタで、震災・原発関連番組を映し出していたのである。
その日僕は新潟でスノーボードをして、夕方山を降りた途端に飲み始め、越後湯沢の居酒屋で飲みながら飯を食い、新幹線の中でもビールを飲んで、東京に帰ってきてお店に入ったのは22時ちょっと過ぎ。
すると、ちょうど22時から始まったこの番組がやっていて、行楽気分はすっかり抜けて、食い入るように見てしまったのだった。で、その後、お店で働いている福島出身の人といろいろ語り合ったりしたのである。


あの日から1年 「南相馬 原発最前線の街で生きる」

今も南相馬で暮らす人たちを追ったドキュメンタリーである。

若い娘さんを持つお父さんが仲間と飲みながら自虐的に言う言葉。
「今回のことで娘に言ったもん。エッチしたっていいから、子どもはあきらめろって」

また、成人式のあとの飲み会で、若い女性が泣きながら言う言葉。
「うちの先輩も、放射線が怖いから子どもを産めないって、わざわざ今から堕ろしに行くって」「なんでそうやって悲しまなけりゃいけないの? 苦しまなけりゃいけないの?」

ものすごく衝撃的な言葉である。
政府や御用学者どもが、どんなに「安全です」と繰り返したところで、福島の人たちには福島の人たちにしかわからない心の叫びがある。

のだろう、と僕は思った。

でも、何かが気になった。

僕は、四半世紀以上メディアの世界に片足を突っ込んでいる。
つまり「伝える側」にいる。
だから、「伝える側の技術」を知っている。
そもそも「伝える側(メディア)」の人間というのは、もちろん「取材先(取材させてもらった人々)」のことも考えるけれど、それ以上に「伝えられる側」、すなわち視聴者や読者のことを考えている。
「伝える側」にとっては「どうしたら伝わるか」が最優先の課題なのである。
そのための技術はいろいろあって、たとえば、出版社でもテレビ局でも、血気盛んな新入社員を先輩はこうたしなめる。
「言いたいことを何でもかんでも全部入れようと思ったって、それじゃあ番組(雑誌、本)はできないよ」
つまり、取材した素材を適切に削り「伝えたいこと」を効果的に伝えるための技術を学べ、というわけだ。

話がちょっと脇にそれるけれど、キー局のテレビ番組や全国紙(新聞)はまったくあてにならない、結局は原子力ムラの御用メディアじゃんか、というのは、3.11以降、多くの人が感じているだろう。
でも、だからといって「メディアは客観、中立、公正な報道をすべきだ」と論じるのは全くの筋違いである。
そもそも、世界に数多ある出来事のうち、「何を取り上げ」「何を取り上げない」かという時点で、すでに恣意性が介入するのであって、「朝日新聞がAKBのことを取り上げるなんてけしからん」と怒るのは良いのだけれど、結局はメディア(この場合は朝日新聞)がそんなイデオロギーで作られているということに過ぎない。
だから、とことん「原発再稼働目線」に立って報道を続ける讀賣や産経は、所詮御用メディアに過ぎないと切って捨てるしかないのである。
「客観・中立・公正」など原理的にあり得ないのであって、その上で我々は「誰と組むか」を考えなければならない。

ええと、なんだったっけ?

『3.11あの日から1年「南相馬 原発最前線の街で生きる」』は良い番組である。
「南相馬の人たちは産まれてくる子どものことも心配してるんだ」ということは、そんなことにはまったく思いもよらなかった全国の人たちにとっては衝撃的だっただろう。
それは、番組として大きな意義のあることである。

でも、僕はそれで納得して良いのだろうか?
どんなに優れた番組(あるいは記事)でも、泣く泣く削った部分がある。中心テーマを際立たせるために、あえて無視した部分がある。ほんとうはもっと複雑なのに、多くの人に「わかりやすく」するために、単純化して報じる部分がある。
そんな部分に、僕はもう一歩踏み込むことはできないのだろうか?

目黒のアイリッシュパブで『3.11あの日から1年「南相馬 原発最前線の街で生きる」』を見ながら、「良い番組だけれど何かが気になる…」と感じたのは、今思えばそういうことであった。

その翌日、3月10日。
福島市内で行われた「てつがくカフェ@ふくしま特別編第2弾~あれから1年で何が変わったか?―震災・原発をめぐって―」に参加した僕は、ホテルが取れなかったので最終の新幹線で東京に帰るしかなかったのだけれど、二次会までは参加させていただき、福島のいろいろな人たちと話をした。
そこで出会ったのが、南相馬出身で現在は福島市内で暮らしている若い女の子だった。
お兄さんは原発で働いているという。まさに「地元の人」だ。
彼女は、件のNスペは見逃したけれど興味がある、と言っていた。
そこで僕は、もしよかったら見てもらって感想を聞かせてほしいと彼女に頼んだ。

僕がまず気になったのは、彼女は(今後帰れるかどうかはともかくとして故郷をなくした)被災者であり、そんな彼女に故郷を題材とした番組を見ろと言って良いものなのだろうか、ということである。
なんというのか、腫れ物に触る感じというのか。

でも、そういう余計な気配りこそ、僕のような非・被災地の人間の思い上がりなのかもしれない。
彼女は「南相馬のことを全国の人たちに知ってもらえるのはとても嬉しい」と言った。

そして、ネットにアップされたその番組を見てくれた。
ところが、「考えがまとまらない」と言って、なかなか感想を送ってくれない。
「まとまらなくてもいいから、滅茶苦茶でもいいから、何か聞かせて」とお願いしても、それも難しいようだった。

よく考えれば当たり前のことだけれど、福島の人たちは今、とんでもない矛盾を引き受けさせられている。
東京の人間に対して何をどう語ったら良いのか─ これだけでも真剣に考えればかなり悩むはずだ。
僕は、とんでもないお願いをしてしまったのかなあ、という気もした。

ひと月以上経った、4月21日。
その日も福島を訪れ、定例の『てつがくカフェ@ふくしま』に参加させていただいた僕は、彼女と再会し、まあ二次会に向かう賑やかな道のりだったこともあって「どんなことでもいいから番組の感想を聞かせてよ」と気楽にお願いしてみた。

「南相馬のことを全国の人たちに知ってもらえるのはとても嬉しい」
と彼女は言った。
「でも──」

と、彼女が話してくれた言葉に、僕はみぞおちを殴られたような気がした。
そこには、東京の僕には決して想像もつかなかった思いがあった。

以下、次回へ続くよ。

全原発停止とシャッター商店街

昨日の続き(『福島で哲学』)ではないよ。
なにしろ今夜、日本中のすべての原発が停止するのだ。
1970年、まだ国内に原発が2基しかなかったとき、5日間だけ全原発が停止したことはあるのだが、今回は全54基。
もちろん、再稼働を目論んでいる財界の守銭奴どもやキチガイ役人、政治家、御用マスコミなどはたくさんいて油断はできない。
今、YAHOOニュースのタイトルを見渡していたら、読売、産経といった御用新聞は「夏の電気が足りない」「産業が衰退する」とか、例によって出鱈目を並べて「原発必要デマ」を煽りまくる戦法に出ている。
そんな糞どもはともかくとしても、もし仮にすべての原発がこのまま廃炉になっても、まったく良い方向に向かっていない福島の事故をどうするのか、さらに日本が抱える膨大な量の使用済み核燃料をどうするのか、と言った大きな課題は残る。

しかしながら、とにかく、すべて止まるのだ。
今夜だけは祝杯を挙げようではないか。

ところで、僕は今、この原稿を上越新幹線の中で書いている。
新潟県のかぐらスキー場に行った帰りなのだ。
僕は上手ではないが大好きなので、もう20年近くスノーボードをしている。
かぐらはもともと雪が豊富なのだけれど、冬の豪雪もあってまだまだたっぷり雪が残っている。
腰と膝を故障しているので、若い子たちのように飛んでくるくる回ったりはできないし、この時季だから当然雪は重くすぐ荒れて、技術の足りない僕はちょっと斜度があるだけで気持ち良く全開でぶっ飛ばすことなどできないのだけれど、それでもスノーボードはとても楽しい。

大型連休でスキー、スノーボードをしに来ているお客さんはほんとうにたくさんいた。
僕がいつもは平日に滑りに行くせいなのかもしれないが、リフトを5分も10分も待ったのなんて何年ぶりだろう。

ところが、だ。
みんなが身につけているリフト券を見ると、連休なのに『1日券』ばかりなのである。
つまり、多くの人が日帰りでやってきているのだった。

そういう僕も、旅行会社の「ひとりでも参加できる新幹線日帰りツアー」を使った日帰り客だ。
なにしろ安い。
平日ならインターネットで予約すれば東京からの往復新幹線とリフト1日券、ドリンク券やレンタル割引券がついて8000円台。
GWはさすがにそうはいかないが、それでも正規で新幹線のチケットを買うより安く、リフト券付きのツアーに申し込める。

クルマで来る人でも、高速が整備されてずいぶん楽になった。
関越トンネルが開通したのは1985年で、それまでは苦労して峠道を越えなければならなかった。群馬県の水上から新潟県の越後湯沢は、巨大な山々に阻まれているのである。
川端康成の『雪国』で、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」というのは、もちろん上越新幹線ができる前の上越線のトンネルだが、つまり、時間をかけてぐるっと回って高さを稼ぐ「ループ線」を作らなければならなかったような難所なのである。

ほんとうに便利になった。

…という一面も確かにあるのだけれど、そう簡単にすむ話ではない。

いろいろな地方の人たちが、高速のインターや新幹線の駅、新しい橋などを地元に誘致しようという話はよくある。
自分たちの町が栄えてほしいからだ。

ところが、逆効果であることもとても多いのだ。

たとえば、これまでは泊まりで来てくれていた人たちが日帰りになってしまう。
逆にその土地の若い人たちは、都会に出るのが楽になったので地元に根付かない。
などなど。

かぐらは、ほんとうに素晴らしい資質を持ったスキー場である。
5月下旬まで滑れるロングシーズン、パウダーの宝庫(僕はローカルではないのでよく知らないけれど、ハイシーズンは、ちょっとハイクすれば膝~腰くらいのパウダーを毎日のように戴けるらしい)。誰もが楽しめるコースレイアウトの多彩さ。
何をとってもかなりハイレベルなゲレンデだ。
「新潟の雪は重い」などと文句を言う人もいて、そりゃそうかもしれんけどそんなのかぐらのスペックと比べたら充分にお釣りが来る。

それほど良いスキー場なので、当然のことながら近くにはロッジやペンション、民宿などが建ち並…んではいるのだが、なんというのか閉店、閉鎖しているようなところが多い。

もちろん、以前のスキーブーム、スノーボードブームが冷めてしまったからと言うこともあるだろう。
でも、「発展」「便利」が裏目に出て、多くのお客さんが日帰りになってしまい、スキー場にお金を落としても町にお金を落とさなくなってしまったという理由も確実にあるはずだ。

最寄り駅は越後湯沢。
地名からわかるようにお湯の豊かな温泉地で、周辺には多くのスキー場がある。
でも、駅から続く商店街は、いつ行ってもシャッター通りだ。

シャッター通りというのは、かつては賑やかだったと言うことだ。
それが今は人通りもまばらになってしまった。
何がいけなかったのだろうか?
スキー人気、スノーボード人気が下火になったからだけではないだろう。
もちろん、サブプライム以後の不景気のせいにするわけにもいくまい。

さて。
原発の話に戻ろう。

僕は原発立地の町のことをよくは知らない。
ただ、「弱っている町が狙われる」ということはよく聞く。

湯沢町(越後湯沢)は、原発撤退を宣言する立派な町だし、だいたい海に面していないので原発立地の餌食にされる心配はないと思うけれど、なんの産業もなく疲弊してしまった町が原発立地に狙われるというのがこの国の歴史だった。

でも原子力ムラの連中が次に探しているのは核廃棄物の最終処分地だ。
もちろん、最初は中間貯蔵場所だと偽って、なし崩し的に最終処分地にしてしまう作戦だ。
すでに候補地も挙がっているようである。

疲弊した町に目をつけ、「お金が入りますよ」と色目を使う。
ここで口説かれたらおしまいである。
でも、そうでもしなけりゃ、この町は死んでいくばかりだ…、と町の人たちは思ってしまう。

話はいきなり横道にそれるが、
マルクスの唯物史観については、僕は決定的に間違っていると思っている。
資本主義社会で労働者が蜂起し、社会主義を経て夢の共産主義に至る…
そんなマルクスの考え方が全然駄目だったことは、すでに歴史が証明しているように思われる。

でも、唯物史観の「上部構造/下部構造」という考え方については、僕は一理あると思う。

「下部構造が上部構造を規定している」というのがその基本的な発想で、下部構造とは「経済」のこと。上部構造は「その他すべて」だ。
思想も芸術も人々の考え方も、すべて経済に支配されてしまう、とマルクスは言っているのだ。

だから社会主義国では「プロレタリア文学」「プロレタリア芸術」みたいなのが賞賛される。
そしてそれはだいたいがつまらないので、文学や芸術は経済なんか関係ないんじゃないのと言われれば、まあそうかもしれんなとも思うのだけれど、でもさあ、貨幣システムが機能している社会で、貨幣およびそのシステムとまったく無関係に価値を語ることは(それが芸術的、文革的な価値であれ、倫理的な価値ならなおさら)、かなり難しい。

僕は貧乏なので「来月の10万円の支払いどうしよう」などと困っているわけだが、30億だか40億の負債を抱えて自己破産したことがある社長業の知人は、「たかが数百万、数千万の借金を苦にして自殺する人は信じられない」と言う。
僕なんかはなんとなくお金が入ってくる予定があるときには1500円のランチを食べるが、ヤバそうなときには牛丼や立ち食いそばでも全然OKだ。

とまあ、それくらいはみんなやっていることだろうけれど、決定的なのは「肩書き」と「考え方」だ。

僕は名刺に肩書きも書いていないような駄目人間で(名刺には名前とメールアドレスと携帯番号しか書いてない)、なんの権力も持っていないので、だからこそ駄目な人や弱い人に感情移入しやすいのかもしれない。
肩書きの強い人は自分を認めてくれる肩書き、つまり現状のシステム的な視点から、システムに対して保守的な考え方をする。
読売や産経といった御用新聞の記者たちが、ほんとうにみんな原発推進なのかと言えば怪しいものだ。
僕の読みでは、彼らはよく考えていないだけである。
よく考えれば、自分たちの記事が如何に馬鹿なのかわかると思うのだが。
まあこれも、肩書き効果、つまり下部構造が上部構造を支配しているのだと思う。

ええと。

東京で新幹線を降りて山手線に乗って目黒まで帰って目黒のアイリッシュバーで飲みながら続きを書いていたのだけれど、うるさくて集中できないや。すでに結構酔っ払ってるし。

まとめよう。

お金(下部構造)はとても大切なので、誰でも、そしてどんな町でもお金に困ったら考え方が変わってしまう。
だから、原発を誘致したり、核廃棄物の最終処分場に名乗りを上げる自治体も、今後もしかしたら出てくるかもしれない。
でも、僕には単純に彼らを責めることはできない。
なぜならば、「お金に困るのは(その人やその町の)自己責任」などとは決して言いきれないからだ。

日本という国は、戦後の復興のために大都市に富を集中させた。
そのために、地方の貧農から若者たちを出稼ぎにかき集め、彼らを「金の卵」と呼んだこともあった。
また、そのころは工業化を最優先とし、その結果第一次産業の次世代の担い手が激減してしまうことなど、なんとも思わなかった。
すべては「発展」のためである。

そして、原発も「発展」のお題目の下に推進されたのであった。

今日は面倒くさいからもう書かないけれど、原発が駄目なのは危険だから、というのももちろんあろう。でも、突き詰めると「発展神話」(発展こそが善いことだというこそ考え方)自体が駄目なんじゃないかと思うのであった。

今夜は酔っ払っているので文章は無茶苦茶だ。

さて、全原発停止の乾杯に備えて、強い酒をもう一杯いただこう。

て思ってたら、23時3分に泊原発3号機が発電停止だって。
http://mainichi.jp/select/news/20120506k0000m040097000c.html

おめでとう!!!

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福島で哲学【その1】

簡単にいうと今回は、4月21日に福島に行って福島の人たちといろいろな話をしたので、そこで思ったこと考えたことを書こう、というわけなのだが、そう簡単に本題に入れないのが僕の性分である。

哲学的、あるいは文学的な、あまりに文学的な話になってたいへん長くなりそうだから、途中まで書いたものをとりあえずアップしようというわけだ。

なにしろ話はニーチェから始まる。

つまり、人に同情するのは本来的には失礼だし、思い上がりだし、下品である。
同情は良いこと、美徳だと思っている人がいるが、まったく逆だ。

この点についてのニーチェの洞察は、まさにその通りだと思う。
ここでニーチェの話に深入りするつもりはないので敢えてわかりやすく言い切ってしまうと、
たとえば、健常者が身障者に対して、あるいは金持ちが貧乏人に対して上から目線で「可哀想な人たち」と同情するのは、ほんとうに嫌らしい。
これは誰でもわかるだろう。
(これがまったく理解できないという人は、人生一からやり直したほうがよろしい)

でも、金持ちと貧乏人のような社会的な格差がない場合、あるいは「上から目線」なんていう気持ちがまったくない場合、では、それならば嫌らしくはないのか?
ニーチェならば、それでも嫌らしい、薄汚いと言うだろう。
さらにいえば、もしも貧乏人が金持ちに対して「お金のことしか興味がないなんて可哀想」と同情したり、障害者が健常者に対して「身体が健常な分、心が豊かでないのが可哀想」と同情したりするのなら、そういうのこそ、ほんとうに下劣なルサンチマンだということになるのだが、まあ長くなるので今日はその話はしない。

とにかくだ、
人のことを「可哀想」などと言うのは、ある意味相当の覚悟が必要だと言うことである。
「人のことを可哀想なんて言うお前は何様だ」と、問われなければならないからだ。

映画の登場人物を可哀想だというならいいだろう。
そういう脚本や演出、芝居にのせられているだけだからだ。
でも実際に存在する生身の誰かに対しては、「彼(彼女)の人生を、お前は背負うのか?」という厳しい問いに向き合ってからでないと、軽々しく「可哀想」なんて言ってはいけない。
そしてなおかつ、「同情する自分」を恥じなければならない。

だから、10代後半~20代前半にニーチェを読んだ僕は、ずっと「可哀想」を封印してきた。
人のことを可哀想だなんて同情しないように努めてきた。

そうやって約30年が過ぎ、そして、3.11を迎えた。

津波に流される家やクルマ、町全体が炎に包まれた気仙沼、泣いている被災者やじっと我慢している被災者の人たち。
テレビで流れるそんな映像にボロボロ涙をこぼしながら、僕は、「それでもお前は、可哀想だと言わないのか?」と、自分に問いかけていた。

テレビで見ただけの人たちのことを、自分は安全な場所に身を置きながら軽々しく「可哀想」なんて言うのは、どれだけ思い上がった態度か。それはよくわかっている。
けれど、言葉にするのであれば「可哀想」としか言いようがないではないか。

そして、
僕は、封印を解いた。
もはや「可哀想」としか思えなかったのだ。

もちろんこれは、「お前に何がわかるんだ」と問われることと同義である。
でも、「お前に何がわかるんだ」と言われたら、「何もわかりません」と認めようじゃないか。
失礼や思い上がりは充分承知の上で、同情を認めようではないか。
誰かに「同情」や「可哀想」の欺瞞を突かれたら、全面的に降伏しようではないか。

以前、「3.11以後、僕は数十年ぶりに社会にコミットメントしようと決めた」というようなことを書いたと思うが、それはある角度から言えば「可哀想」の解禁である。「同情」の解禁である。

19世紀にニーチェが道徳の系譜を語ったとき、彼の「敵」は、同情や哀れみを是とするキリスト教的な倫理観だった。
「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出す」ような奴がいかに思い上がりの欺瞞的なルサンチマンかを、ニーチェは鋭く告発した。
それは、これまでの倫理観を根本的に覆す思想であった。

しかし、時は流れた。
100年の時を経て、ある意味ニーチェ的ともいえる倫理観(と言うとニーチェに失礼なので、「浅読みされたニーチェ的な倫理観」)とでもいえるようなものが、姿を変えて資本主義思想のあちこちに見られるようになっている。

たとえば、「自己責任」ということば。
市場原理主義者どもは「不幸なのは努力しない本人のせいだ。だって誰にだってチャンスはあるじゃないか」などと言う。
そんなのは全くの出鱈目で馬鹿も休み休み言えという感じだが、その話も今回の本筋とは関係ないのでここでは深追いするつもりはないが、ちょっとだけ。

資本主義原理主義の基本的な発想は、困っている人たちは本人が悪いのだから同情する必要なんてない、ということである。
これは、「成功した人を認める」という思想と対になっている根本的な考え方だ。
その意味で、「自己責任」というのは「誰かが困っても俺は関係ないから知らないよ」と「言わなければならない」ということだ。

たとえば、金を持っている市場原理主義者どもが「低所得者に対する福祉の充実は良くない」などと言うのは、「自分が稼いだカネは一銭たりとも貧乏人のために使われたくはない」という守銭奴根性と言ってしまえばそれまでだが、それ以上に「成功した人が好きなだけ儲けるのは当然の権利なのでそれを侵してはならない」というのが彼らの基本的な考え方だからだ。
彼らはそのときたまたま良い環境があったから(たとえば21世紀の日本という条件の中で)成功したに過ぎないのだが、そんなことを考えてはいけない。
そして、「成功した人が儲けるのは当たり前」という考え方は「駄目な人が貧乏なのは当たり前」という考え方とペア(セット)で、市場原理主義の人間観の根本をなす。
その考えを崩してしまうと、市場原理主義自体が成り立たないのだ。
だから、市場原理主義における「自己責任」というのは「誰かが困っても俺は関係ないから知らないよ」と「言わなければならない」ということなのだ。

自己責任なんて言うのはそんな発想なのにもかかわらず、いまの日本では多くの人が「自己責任」ということばを、もっともらしく感じる。
これはどういうことかというと、近代的な「個人」の観念が、我々の考えや生活のかなり深いところに根付いてしまっているからである。
そのような呪縛とどう向き合うかという話は、それはたぶんすごく意味のあることだろうけれど、僕にはそこまで語る力量はない。
ただ、ひとつ確実に言えるのは、市場原理主義者たち、もっと平たく言えば、現状のシステムが自分にとって都合の良い人たち、たとえば金儲けしか能のない奴らとかが、現状のシステムを是とするために、近代的な「個人」の観念を都合よく使っている、ということだ。

「個人が大事だよ」と言えば、多くの人が納得する。「だから自己責任だよ」というと「なるほど」と思ってしまう。
ところが、この一見もっともな説には、システム(社会の基本的な在り方)を問い直すという視点が、さらにいえば自分たちを呪縛する観念そのものを問い直すという姿勢が、決定的に欠如しているのである。

ニーチェは、呪縛そのものと闘おうとした。
だから、彼が19世紀に闘ったのは、それまでの2000年間、西欧を支配してきたキリスト教的倫理観だった。
でも、21世紀の日本で呪縛そのものと闘おうとするのであれば、「敵」は、「キリスト教的倫理観がぶっ壊されたあとの西欧的価値」の流れの中で新たに台頭してきた、「資本主義的な薄っぺらい個人主義」なのではないかと思う。
もしもニーチェが21世紀の日本に生きていたとすれば、とっくに死んだキリスト教なんかよりも、愚かな市場崇拝思想やさらにその先の何か(僕にはそこまで賢くないのでよくわからないけれど)を問題にしていたに違いない。

いずれにしても僕は、3.11からしばらくかけて「同情」を解禁し、思想的にも社会とコミットメントしようと決めた。

と。

ここまでがニーチェと同情、そして社会へのコミットメントの話。

で。
ようやく4月21日の話に移る。

朝9時東京発の新幹線で、僕は福島に向かった。
「てつがくカフェ@ふくしま」に参加するためだ。
震災から1年が経とうとする3月上旬、たまたま読んだ新聞で、僕はその活動の存在を知った。
そして、3月10日に行われた「てつがくカフェ@ふくしま特別編第2弾~あれから1年で何が変わったか?―震災・原発をめぐって―」に参加させていただき、翌月4月21日、定例の「てつがくカフェ@ふくしま」にもお邪魔したのである。

大学の研究室で行われるような(学問として)専門的な哲学ではなく、一般参加で日常の中のテーマを深く語ろう、という「哲学カフェ」が、日本のあちこちで開催されるようになっているのは聞いていた。

今の日本で議論というとディベートのことだと思っている人が多い。
ディベートというのはある意味「勝負」であって、議論に勝った、負けたということになる。
ところが、そういうのは本質的にはとてもくだらない。
もちろん、たとえば原子力信者をやっつけたりするためには使えるのだが、あくまでそれは「ことば(あるいは論理)の技術」である。

議論というのは「ことば」でするわけだから、それ(ことば)が示す内容の善悪や是非などを語るわけだけれど、突き詰めていくと当然のことながら「じゃあ、あなたが言っている(あるいは自分が言っている)ことばって何よ?」ということになる。

ことばというのはそんなに簡単なものではなくて、たとえば我々は「富士山」というが、では、裾野のどこから上の部分、海抜何メートルから上の部分を「富士山」というのか、と問われると、誰も答えられない。
固有名詞でさえそうなのであるから、漠然としたことば、たとえば「嘘」や「真実」「責任」などについては、議論の前提となる両者(議論する人たち)の承認をとることさえ難しい。

さらにいえば、そもそもことばというのは「文法」や「論理構造」に支配されているわけで、「文法」や「論理構造」は、今、たまたま人間がそんなルールで喋っているだけに過ぎない。
野球ではホームから一塁、二塁、三塁とぐるっと回ってホームに戻ってくれば一点だが、サッカーで四つのコーナーを走り抜けても一点にはならない。
つまり、ルールが違えば、価値が違う。
そして、我々は「我々の言語」という物差し(ルール)しか持っていないのだから、それを超えた普遍性や正当性を認めることは不可能である。
だから、「究極の真理をことばで語ろう」などというのは、野球選手がサッカーで四つのコーナーを走り抜けて自慢しているようなもので、まったく意味がない。
ことばというのはそういうものだ。

というふうに、考え始めるときりがないのであるが、そういう大事なことをまったく無視して、お手軽に「議論に勝った」「負けた」「論破した」などというのがディベートである。
ディベート向けの「論理的な話し方」みたいなビジネス書を有り難がって読んでいる人も多いみたいだけれど、そんなのはさあ、どうでもいいのよはっきり言って。

ディベートの技術などというのは、「プラモデルを上手に作れます」くらいのもので、「ディベートに勝ったから、だから何?」という次元の問題である。
たかだか技術であって、そもそもことばとは何か、という問いに真摯に向き合っていなければ、単なる子どもの自慢話だ。

大事なのは、議論に勝った負けたではない。
どのように掘り下げていけるか、あるいは、(答ではなく)どんな新たな問いが生まれるか、ということだ。

哲学というと、小難しい専門用語ばかりで浮き世離れしてると思う人も多いようだけれど、「小難しい専門用語」という点で言えば、哲学に限らず、理系文系あらゆる学問は、専門領域ではそれを使う。
でも、哲学が素晴らしいのは、専門用語なんか使わなくても語れる、ということだ。
ウランについて科学的に語るためには、235とか238というのが何のことだかわからないとどうしようもないが、哲学は日常言語で充分語れる。
だから、「哲学は一般の人から乖離している」などと考えるのは全くの逆で、むしろ、あらゆる学問の中で一番「一般向け」なのだ。
(たとえば僕はこの記事である意味哲学的なことを書いているけれど、「辞書を引かなければ意味のわからないことば」はほぼないはずだ。「ニーチェ」という哲学者の固有名を出してはいるけれど、「ニーチェ」の代わりに「誰かさん」でもよいのである。あと、今回使った専門ぽい用語は「市場原理主義」くらいかな? 「イスラム原理主義」ということばがあるように、「原理主義」というのは、その『教え』だけがまったく正しくて、多を排斥し厳格にその『教え』を信じて疑わず行動するような思想のことで、市場原理主義というのは、資本主義の『教え』(基本思想)である「市場」が全面的に正しいと疑わない愚かな考えのことです)

「てつがくカフェ」の話に戻ろう。

疲れてきたので文章が雑になるよ。

多くの場合、ディベートは「利益」に直結している。
それは、国益であったり会社の利益であったりその人の損得であったりいろいろだけれど、いずれにしても利益が相反する「立場」同士が、「決着」をつけるべく対決する。それがディベートだ。
でも、哲学の議論は「利益」や「決着」なんかどうでもよくて、「もっと問いたい」「もっと考えたい」ということである。

ディベートではない真摯な議論をする場として、「哲学カフェ」が全国いろいろなところで開催されていると言うことを聞いたとき、そういう場を設けるというその趣旨にはとても共感したのだけれど、偉ぶるつもりはないが、僕は17~21歳くらいの間、ほぼ毎日、それをやってきた。

要するに、友達と酒を飲みながら、女の子やセックスの話から、政治経済、人生、死、自由と平等、イデア論からポストモダン思想まで、毎晩、かなりのことを語ってきた。
何百人の人の集まりで、中核派や革マル派の人たちと激論をしたりもした。
もちろん、「だから俺様はなんでもわかってるんだよ」なんて言うつもりは毛頭ない。
年齢を重ねても、人と話したり本を読んだり映画を見たりすれば「なるほど」と感銘することばかりである。
でも、「みんなで話すのは、もういっか」的な感じがあったわけで、たとえば東京でも哲学カフェは開催されているはずで、行けば新しい「なるほど」もあるはずなのだけれど、「じゃあ行こう」という気持ちにはなれなかったのである。

ところが、福島は違う。
「哲学カフェ@ふくしま」では、震災、原発をテーマにすることもあるが、4月21日のテーマは法律であって、震災、原発とは直接の関係はない。
でも僕は、福島の人たちと語りたい、と思ったのである。

ちょっと前の記事で、福島出身のある人から、
「原発のことを考えるとき、福島のことや福島にいる人たちのことを、置いてけぼりにはできないし 置いてけぼりにされていると感じさせてしまってはいけないなと感じています」
というメッセージをいただいたことを書いた。

その通りなのである。

僕は、福島の人たちを「同情」してしまう下劣な思い上がりである。
福島の人たちと思いを共有できないくせに、「子どもは避難させるべきだ」と考えている人間である。
福島の人たちが豊かな自然溢れる故郷、代々住み続けたその地域を愛する気持ちを、ことばでは理解できても、街でしか暮らしたことがない僕は、その実感はまったわからない。
わからないくせに、大人はまだいいとしても子どもは居住制限を厳しくして、無理矢理にでも避難させるべきだと思っている。

でも、東京の人間のそんな勝手な考えを、福島の人たちはどう受け止めるのか。
僕は、政府や原子力ムラ、御用マスコミの屑報道には辟易しているが、福島の人たちはどう感じているのか。

以前にも何回も書いたが
「反原発はイデオロギーの問題ではなく『生き方』の問題」である。

これは「エコライフを送ろう」などという甘っちょろい話ではない。
喉元にナイフを突きつけられたときにどうするのか、という問題である。

そして、僕にとっての『生き方』とは、哲学であり、ある意味ロックンロールでもある。

どうする、俺?

そんなとき目にしたのが、新聞に掲載された「てつがくカフェ@ふくしま特別編第2弾~あれから1年で何が変わったか?」の記事だった。
記事が載ったのは開催の直前だったのだけれど、これは行かなくてはいけないと思ったのだった。
福島に行って哲学をする、ということができるのであれば、行かないという選択肢はない。

「てつがくカフェ」は、いわゆる政治的、社会的な「反原発」「脱原発」運動ではない。
もちろんそういう運動にも僕は共感するし、デモにも参加する。
だけど、政治的、社会的な運動というのは、最低限ひとつのスローガンを必要とする。
なんらかのスローガンのもとに行動するのが、政治的、社会的な運動というものであり、それがなければ「運動」にはなり得ない。

ところが哲学はそうではない。
スローガンの内容(主張)はもちろん、「スローガンという存在そのもの」に対しても疑ってかかる。それが哲学であり、その意味では哲学はあらゆるイデオロギーと相容れない。

でも、それをしなくちゃいけない。

しかも、すべての価値、思想、生き方、生活の拠り所が覆され、矛盾や不条理の真っ直中にある福島でこそ、哲学が次の一歩を踏み出さなければならない。

こう書くとなんだか偉そうだが、当然のことながら僕には説教をするつもりも、その資格もまったくなくて、ただ単に、話を聞きたい、と同時に「自分ならこう問う」と投げかけたい。
そうすることによって、可能な限り福島の問題を自分の問題としたい、と思ったのである。
「ときどき来るだけの東京の人間に何がわかる?」と非難されて当然だ。
でも、それでも、そうしなければならない。

4月21日。
「てつがくカフェ」は16時からだが、僕は午前中に福島に着いた。
宿泊するホテルサンルートプラザ福島に荷物を預け、エントランスの前のアスファルト上(約1メートル)で線量を測ると、0.86μSv/h。
ホテルの目の前の植え込みの上では1.78μSv/h。
駅に戻り、桜の名所『花見山』行きのシャトルバスに乗った。
福島はまさに満開の時季で、ひっきりなしにシャトルバスが往復している。
地元の花木の生産農家の人たちが、「みんなに見てもらえれば」と自分たちの農地を公開したのが花見山だそうだ。
さまざまな種類の桜のほかにも多くの花が咲き誇っていて、ほんとうに美しい。
でも、僕がここを訪れるのは初めてだが、それでも確信を持って断言できることがある。
3.11以前は決して存在しなかったものがあるのだ。
それが、放射線量の掲示である。
1.25μSv/h。

これらの数字が危険なのか安全なのかは意見が分かれる。
でも、年間5.2mSv以上は「放射線管理区域」とするというこれまでのルールに則れば、0.59μSv/h以上がそれに相当する。
すなわち、人が集まる街中のホテルの前も、花見客で賑わう花見山も、本来ならば放射能マークが掲示され、飲食や睡眠が禁じられる場所なのである。

それでも。
この土地で生きている人々、生きていこうという人々がたくさんいる。

僕はそんな人たちと、どう向き合えば良いのだろうか?

そんなことを考えながら向かった、「てつがくカフェ」で出会った人たちと話をするで、ほんとうにいろいろ考えさせられたのだけれど、それはまた今度。

次回「てつがくカフェ@ふくしま」は5/19(http://blog.goo.ne.jp/fukushimacafe/e/740c4374b7869bfd3bac277b1d8be3e9)。
できれば参加したいので予定を調整中なのだけれど、その前に、この記事の続きを書けるかなあ…。

今回は原発の話ではありません。
ほんとうに脈絡のない雑文。
興味のない方はどうぞスルーを。

さて。
東京は、ちょうど桜が見頃である。

僕は中目黒駅から歩いて15分くらいのところに住んでいるのだけれど、この時季だけは、5分ばかり遠回りして帰る。
目黒川沿いの桜並木の下を歩いてくるのだ。

桜並木というのは都内いろいろなところにあるのに、どういうわけかいつの間にか目黒川は有名になってしまい、川沿いにカフェとかレストランとかもいっぱいできて、花見の頃はお店が表で生ビールや日本酒はもちろん、シャンパンとかテキーラまで売っている。
食べ物も、寿司、おでん、焼き鳥からピザ、エスニックまで、川沿いの遊歩道でなんでも買える。

まあそんなわけで、中目黒に一年で一番人が集まるのが先週末から今週なのだ。
昨夜も僕は、セブンイレブン買った缶ビールとチーカマで満開の桜を眺めながらひとりたらたら歩いて帰って来たのだったが、夜だというのにほんとうに人が多い。
若いサラリーマン、OLや、ファッション、デザイン系ぽいお洒落さんたちとか。

でね、
みんな、ほんとうに楽しそうなのだ。

友達が、花見の写真をFacebookに載せたら海外に住む日本人にものすごく羨ましがられた、と言っていた。
もちろんどこの国でも綺麗に咲いた花を楽しむ習慣はあるだろう。
でも、海外の日本人に人気だった写真は、タッパーに入れてみんなが持ち寄った料理や、ビニールシートの上での酒盛りの様子だという。
見頃を迎えた桜の木の下にみんなが集まり地べたに座って酒を酌み交わす、というのは、よく知らないけれどどうやら日本独特らしい。

さらにいえば、世界のどこの国にでもいろいろな行事があるわけだけれど、大抵は何月何日とか何月の何週目の何曜日とか、そんなふうに決まっている。
でも、花見というのは、花が咲いたときにやるものだ。

日本気象協会の4/4発表(http://www.jwa.or.jp/content/view/full/4337/)によると、「2012年の桜前線は、現在、平年より5日程度遅れて中国・近畿や東海・関東地方を北上中」とのことだ。
5日違うとすれば、週末に花見をするなら一週間ずれるということになる。
世知辛い世の中、仕事の納期が一週間延びたりすることはあまりない。
でも、花見は一週間延びるのだ。
人々は、カレンダーではなく桜の都合に合わせて動く。
それが花見の良いところだ。

見頃は一週間もない。
ほんとうに、数日だけだ。
桜は、一年のうちに、たった何日かだけ、ものすごく綺麗な姿を見せてくれる。
その何日間かのためだけに、日本人は学校の校庭や公園、川沿いなどに桜を植えてきたのだ。

なんというのか、日本に生まれてよかったなあと思うのは、そういうビミョーな季節感を感じられるからということでもある。

突然、夏の話になってしまうけれど

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

芭蕉の有名な句であるが、僕はこういうところに、刹那や無常観とともに、日本人の「時間観」の機微を感じるのである。

桜もそう。
満開が一ヶ月も続くのであれば、誰もその下で宴を開こうとは思わないだろう。
さっきも書いたように、我々は、桜の都合に合わせて宴の日を決める。
これは、クリスマスのような「偉人の誕生日」や「偉人が何かを為し得た日」とかではない。
桜の儚さを知っているから、その日に集まる。
そして、「こんな綺麗な桜が見れるのは今だけなんだな」と思うのと同時に「来年もきっと見よう」と誓う。

我々は「一週間しか咲かない桜」や「成虫になったら一週間しか生きない蝉」の姿の中に、「無常」と「繰り返し」という、相反する観念を同時に見ているのだ。
そんな、矛盾した時間観に、なんというのか日本的なリアリティを感じるのである。

ところが今、日本でも多くの人が「時間とは線のようなものだ」と考えている。
すなわち、微分すると「2012年4月7日午前2時36分32秒……」のような無限の「点」からなる「線」だ。
一般的な世界観や、常識的な科学技術、法や経済の考え方もそうだ。

でもそれでいいのだろうか?

終末思想を説くキリスト教や、共産主義社会の実現を信じるマルクス主義にとってはそうかもしれない。
さらにいえば形而上的弁証法を言ったヘーゲルなんかもそうだし、まあ、欧米の時間観というのは、概して「線の比喩」である。

でもそれで、ほんとうにいいのだろうか?

おっと、桜の話から、酔っ払って気の向くままに書いていたら時間論になりそうだ。

花見の話に戻ろう。

日曜日には、目黒川沿いの花見コースの特設会場で、満開の桜の下いろんな店とかがテント出店していたのだけれど、その中に宮城県気仙沼市のブースがあった。

目黒区と気仙沼市は友好都市なのである。
「目黒のさんま」は落語で知られているが、目黒でさんまは捕れない。
で、毎年9月に行われる「目黒のさんま祭」(目黒区民まつり)では、気仙沼市からたくさんのさんまを提供していただいているのだ。
美味しいさんま焼きが無料で振る舞われるので、いつも大行列ができる。
さんまの漁獲量が少なかった一昨年も、気仙沼の人たちは目黒のお祭りのために、地元で消費する分を減らしてまで、例年通りの量のさんまを用意してくれた。

でも、震災後の昨年はさすがに無理かと思われていた。
僕は5月に取材などもあって気仙沼に行ったのだけれど、あまりの惨状に涙が出てきたものだ。
目黒のためにさんまを用意するなんて、とてもじゃないけれどできないと思っていた。

ところがそれでも、昨年のさんま祭りのために、気仙沼の人たちは目黒に5000尾ものさんまを届けてくれたのだった。

震災後、区内では気仙沼の様子を伝える写真展や募金活動などがずっと行われていた。区の職員も気仙沼市に派遣されたらしい。
そういった「復興支援に感謝の思いを込めて」(菅原茂気仙沼市長)、さんまを提供してくれたのだった。
泣くよね。

花見の特設会場のブースでは、気仙沼のいろいろなものが売られていた。
昨年の5月に見た気仙沼は、町の体をなさないほど破壊されていたが、今では着実に復興しているのだろう。

特にこれだけは書いておきたいのだけれど、八葉水産(http://www.hachiyousuisan.jp/)の『いか塩辛 気仙沼』。
今回初めて食べたが、美味しいぞ!
言っておくが僕はこれでも塩辛にはうるさい。
市販の塩辛の多くは甘すぎて気持ち悪い。酒の肴にならない。
ところが、八葉水産の『いか塩辛 気仙沼』はイケるじゃないか。
酒飲みの僕が言うのだからほんとうだ。

『いか塩辛 気仙沼』のパッケージの裏には、震災から一年、やっと商品を出荷できるようになりました、と書いてある。
「力を貸してください。Facebook、twitter、ブログ等でのご支援お願いします」
と書いてある。
書くよ書くよ、書きますよ。
だって、美味しいからね。

今夜は話があっちに飛んだりこっちに飛んだりですいません。

ええと、桜満開の目黒川から徒歩1分のところに、ゴミの焼却場がある。
都内でも目黒区はそれほど放射能汚染されていない地域だけれど、それでも焼却灰からはキロあたり数百ベクレルの放射性物質が検出されている。
フィルターなんかつけてないだろうから、煙の中の放射性物質は目黒区民の上にフツーにまき散らかされているわけだ。

日本は、そんな国になってしまった。

僕は花見が大好きで、日本に生まれてよかったなあと思うのだけれど、この期に及んで平然と原発を再稼働させようとする政治家や、己の利益しか考えていない役人や御用学者、マスコミ、カネのことしか頭にない財界人どもの、見事な破廉恥振りを見るにつれ、あらためてこの国に嫌気がさしてくる。

せっかく綺麗な桜が咲いているのに、馬鹿どもに支配される日本。
とても悲しい。

東電の刑事責任を追及しないキー局、全国紙の駄目っぷりにあらためて呆れてしまう

昨夜たまたまTBSのニュースを見ていたら、放射能汚染のせいで宮城県がスズキの水揚げを自粛するということで、漁業を営む人が嘆いている姿が報道されていた。

で、思ったんだけどさ、たとえば犯罪被害者遺族を取材して報じるときには、「犯人は絶対に許せない」という涙目のコメントが入るのが日本のニュースであったはずだ。
なのになぜ、この場合「『東電』は決して許せない」というコメントが報道されないのだろう?

地元の河北新聞の記事(http://www.kahoku.co.jp/news/2012/03/20120329t13022.htm)を読むと、

漁師山川育夫さん(61)は1日約700キロを水揚げし、スズキは1キロ当たり850~1000円で取引される。「自粛がさらに広がれば食っていけなくなる。東京電力に補償を求めたい」と怒りをあらわにする

と、ちゃんと書いてある。
いったい誰のせいでこんなことになってしまったのかと言えば、まず第一に東電の責任なのは言うまでもないのだから、地元の漁師さんたちが東電に怒るのは当然だ。

なのに、全国放送のニュースではなぜそれを取り上げない?

東電は「想定外の津波が原因なのでほんとうは自分たちは悪くない」という姿勢である。
そこらへんの責任問題が明らかになっていないのでテレビでは取り上げられない、とでも言うのだろうか?

そんな言い訳は通用しないぞ。
だって、犯罪被害者の報道では、裁判の判決が確定していなくとも、全国放送のテレビは「犯人憎し」のコメントをここぞとばかりに伝えるではないか。
視聴者の感情に訴えて悪者を叩く、というのが、これまでの報道姿勢だったではないか。

放射能汚染や除染、瓦礫処理などの話題は、毎日のように全国放送や全国紙(新聞)で取り上げられている。
ところが、ほとんどの報道は「大変な問題だ」みたいに結ぶばかりで、責任追及をしようとしない。

いったいぜんたい、誰が悪いのか?

もちろん、原発を許してきた我々にも責任がある。
でもさ、その場合の責任というのはちょっと質が違う。
たとえば援助交際をしていた13歳の女子中学生がラブホで殺されちゃった場合、それを防げなかった周りのオトナにも責任があるわけだが、そんなことよりもまず第一に処罰されなければならないのは殺した犯人だ。

それと同じで、非難され、吊し上げられ、投獄されるべきは、東電や原子力ムラの連中であることは明らかではないか。
メディアがその責任を追及しないでどうしようというのだろう。
未だに電事連とか経団連とかに気を遣っているのだろうか。

全国放送のニュースと大新聞しか見ない人たちは騙せても、ネットをチェックしたり週刊誌や原発本を読んだりしているマトモな人たちは、原発事故後、マスコミに愛想を尽かせていることがわからないのだろうか。

僕もメディアの世界の端っこにいるので実感として知っているが、テレビの視聴率は下がり紙媒体の部数も落ちている。マスコミにとっては大変な時代だ。
だから、こんなときこそ読者や視聴者のほうを向いて信頼回復に努めるべきなのに、キー局や全国紙は自分で自分の首を絞めているとしか思えない。
馬鹿じゃないかと思う。

オリンパスの粉飾決済事件では、東京地方検察庁特捜部と警視庁捜査2課が強制捜査に着手して、何人もの役員が逮捕された。
企業というのは放っておけば悪いことをする連中が出てくるわけで、嫌疑があれば捜査機関が乗り込むのは当然である。
でも、粉飾決済でオリンパスの役員が逮捕されるのに、何十万、何百万人の人々の生命、健康、財産を奪い取った東電に、なぜ強制捜査が入らないのだろうか。なぜ、勝俣やその他東電の役員が逮捕されないのだろうか。
これは、小学生でも疑問に感じるだろうことだ。
キー局のニュースや全国紙は、なぜそれを言わない?

ずっと前から書いてきたが、僕は、東電や政府の原子力関係機関の連中は、逮捕され刑事裁判にかけられて然るべきだと思っている。
政府の事故調は「個人の責任は問わない」などと寝惚けたことを言っているが、冗談じゃない。
放射能の健康被害については意見が分かれるところなので言わないにしても、実際に住む家や仕事を失った人々が何十万人もいるのだ。
フクイチの近くでは、避難指示のために捜索ができず、見殺しにされた津波の被災者がいるはずなのだ。
これは立派な刑事事件だろ。

百歩譲って事故調は権力を執行する機関ではないので個人の責任を追及しなくてもまあ良いとしよう。
でも、警察や検察が黙っているのはほんとうにおかしい。
これじゃあ警察も検察も「権力」としての体をなしていない。
東京地検特捜部の人に聞きたいんだけどさ、こっそり捜査してるんだよね。
ある朝突然、東電本社に強制捜査が入って役員どもが逮捕される、という画を描いてるんだよね。
そうでなかったら厚生労働省の村木厚子さん事件で失墜した検察の威信は、さらに地の果てまで落ちて、二度と信用されなくなるであろう。
(逆に言うと、今ここで検察が東電強制捜査と役員逮捕に踏み切ったら、支持率大幅アップだよ(笑))

こういう話をすると「個人を処罰するとスケープゴートになって問題の本質的な解決にはならない」とか言う人がいる。
でもそれは違う。
スピード違反はたまたま捕まった人が処罰されるが、スケープゴートになったわけではない。
「捕まるかもしれないから速度に注意しよう」と、みんなに思わせるために取り締まりを行っているのである。
権力の振る舞い、法の執行というのは、そういうものなのだ。
つまり、もしも今後、原発を進めるということになったとしても、「事故を起こしたら監獄行き」という前例を作らなければならないのである。
それが法治国家というものだ。

と、
いうようなことこそ、マスメディアは主張すべきなのに、大組織に守られたキー局、全国紙の人は誰もやらない。
組織にいると、組織の自己保身こそが一番のプライオリティになってしまい正常な感覚が狂ってしまう、というのは記者会見に出てくる東電の連中を見れば一目瞭然だが、キー局や全国紙の社員もまったく同じ症状だ。腐った連中。

幸いにして僕が仕事をしている出版界はメディアの中でもまだ正常で、小出裕章さんの本を作らせていただいたりもした。
原発問題と闘っているフリーのジャーナリストの方々も、出版業界ではきちんと意見が言えている。
僕は大学を出るときに、出版か放送かどちらかに行きたいと思っていて、結局出版に潜り込んだわけだが、今となっては出版の世界に行って良かったなあと思うのだった。

あとこの本。
福島原発の真実 最高幹部の独白/今西憲之
¥1,260
Amazon.co.jp

フクイチの最高幹部に取材して、こっそり敷地内にも入れてもらったフリージャーナリスト今西憲之さんの、まさにスクープ本だ。
去年の3月4月、東電はメルトダウンしていないと言い張っていたいたが実際はメルトダウンを前提に資料をつくっていたこと、フクイチの現場でも本店(東電本社)の隠蔽体質に呆れていること、現場の状況がものすごく悪いこと、地震と津波、海水注入などによって劣化した原子炉が溶けた核燃料を取り出すまで持つかどうか(つまりこのままでは痛んだ原子炉がぶっ壊れて大量の放射性物質がまき散らかされてしまう)を現場の専門家は心配しているということ、などが赤裸々に綴られている。

今西憲之さんは『週刊朝日』9/16号、9/23号でまずはフクイチ潜入記の記事を書いたのだが、事故をなるべく過小評価し自己保身を図りたい東電にとっては、ジャーナリストがこっそり取材してありのままの事実を発表したのが大きなショックだったらしい。
そこで、「あの記事は捏造」というリークを裏で流していたようだ。
ほんとうに呆れるほど姑息な連中である。

(そうそう、amazonのカスタマーレビューには、この本に「★ひとつ(最低ランキング)」をつけた人のコメントがある。
どうやら原発推進の考えをお持ちのようで、「独白した最高幹部は本当に存在するのか?」というタイトルのもと
例えば「100ミリシーベルトの放射線を浴びれば,即座に身体への影響が出る可能性もある」(44頁)という「独白」があるが,多少なりとも原子力をわかっている人なら,こんなことを言うはずがない。放射線に対する素人の発言。
とか書いている。
でも、このカスタマーの言うことこそまったく出鱈目だよ。
原発推進のICRPでさえ、「約100mGy(β線で100mSv)以下では身体のどの組織も臨床的に意味のある(はっきりした)機能障害を示すとは言えない」と、非常に遠回しな言い方であるが、「100mSvを超えたら身体に影響が出る」可能性を認めざるを得ないのである。(「国際放射線防御委員会の2007年勧告」)
100mSvで即死すると言うことは考えにくいし、目に見える症状は出ないかもしれない。
しかし、回復され得ないDNAの損傷など、「身体への影響」が「即座に」出ていておかしくない、というのが放射線防御についての(原発推進派も含めた)国際的合意である。
このカスタマーは東電の回し者かな、と、うがった見方もしてしまう)


それからこれ。
SIGHT (サイト) 2012年 04月号
¥780
Amazon.co.jp

まだ全部は読んでいないのだけれど、ロッキング・オンの渋谷陽一さんが季刊誌『SIGHT』で繰り返し追究している、原発と日本のありかたについての最新号だ。

まさに「我が意を得たり」のタイトル。
編集者のひとりとして言えば、僕もこんなタイトルの本つくりたいなあ。
本音を言えば「奴らを全員、刑務所にぶち込め」なんだけれど。

スノーボード@福島

なんというのか福島にお世話になったひとりのスノーボーダーとして、今シーズン一度は福島で滑らなければならないと思っていた。

福島県でも、会津磐梯方面は何十回も行っている。
仕事ではなく、温泉巡りをしたり、ただ単にぶらぶらしたり、18年くらい前に生まれて初めてスノーボードを履いたのも、福島県のアルツ磐梯スキー場だった。
そのときは年末年始の休みの間ずっとアルツにいてスノーボードレッスンを受けていたのだが、鈍い僕はまったく上達しなかった。
しばらく経ってようやくカーヴィングターンができるようになったときには、初めてのスノーボードでお世話になったアルツのインストラクターAさんを指名して、もう一度レッスンを受けた。
自分ではできているつもりでも駄目なんじゃないかと言うこともあったけれど、それ以上に報告したかったのだ。
Aさんとアルツ磐梯のおかげで、僕はスノーボードをほんとうに楽しめるようになりました、どうもありがとうと伝えたかったのだ。

スノーボードは楽しい。
飲酒くらいしか趣味のなかった人間に、ブチ切れてハイになって落ちるスノーボードの楽しさを教えてくれたのが福島の山々であり、そこで働く人たちだった。
だから、たとえ原発の事故があったって、もう50になろうとしているオヤジ(僕)は、この冬、磐梯の山に還らなければならない、そう思っていた。

ところが、今シーズンはなかなかチャンスがなく、とうとう3月の下旬になってしまった。
メインゲレンデの標高がそれほど高くなくしかも南斜面で雪解けが早いアルツ磐梯は、先週末で営業を終了してしまっている。
でも、なんとしてでも福島で滑らなければならない。
そこで昨日は、東北新幹線の始発に乗って、裏磐梯のグランデコスノーリゾートに向かったのである。

郡山からシャトルバスに乗る。

その前に時間があったので空間線量を測ってみた。
郡山駅前の舗装された場所では0.1~0.2μSv/hくらい。ところが、植え込みの上で測ると0.6μSv/h以上になる。雨水をたくさん吸っているだろうと思われる木製のベンチの上では0.8μSv/hだった。年換算すると7mSv以上。放射線管理区域に指定されなければならない数値だ。

雨水で流されるアスファルトなどと違い、セシウムを吸ってしまった土や木は、かなりの高線量だ。
この地域の人々の家の庭や、公園、校庭などでも同じようなものだろうと思うと溜息が出る。
それでも、多くの人がこの地で暮らしている。
福島に来るといつも感じることだが、僕はこの現実をどう捉えたらいいのか、途方に暮れてしまう。

2時間ほどバスに乗って、グランデコに到着。
雪質は予想よりもはるかに良い。
一度でも気温が高くなると溶けた雪が夜中に凍ってアイスバーンができあがる。
この時期それは仕方のないことだが、昨日のグランデコの場合、凍った雪の上に新雪も降ったのだろう。エッジが抜けるようなガリガリという感じではまったくないし、山の上の方は乾いた雪。
かなりいいコンディションだ。

ところが、人はとても少ない。
平日だが、学生はもう春休みのはずだ。
ゲレンデベースには人がいるが、一番上のリフトなんかは、誰にも会わずに僕がひとりで滑っている時間帯もあったほどだ。

福島県のスキー場は、アルツ、猫魔、箕輪にはよく行っていたのだが、グランデコは緩斜面がとても多いのであまり行ったことはない。
だから、普段どの程度混んでいるのか知らないのだが、それにしても人が少なすぎる。
滑る分には空いていて楽しいのだけれど、ちょっと寂しい。
原発の影響だとしたら、とても悲しい。

ゲレンデの空間線量は0.05以下~0.1μSv/hほど。
もちろん、原発事故以前と比べれば高いはずだが、東京都内でもそれより高い線量の地域がある。
また、雪がなくなって地表が剥き出しになれば値は変わるのかもしれないが、少なくとも放射性物質を大量に含んだ雪が降り積もっている、ということではなさそうだ。
ちなみに、長野県の志賀高原スキー場のwebsiteに記載された3/23の放射線量は0.063μSv/h。
放射能はどんなに少なくても有害であることは事実だ。
でも、磐梯の山も志賀高原もあまり変わらないことは知っておいてほしい。
グランデコはゴールデンウィークまで滑れるよ。
この春まだ滑ろうと思っているスノーボーダー、スキーヤーの方は是非。
そこそこでかいキッカーもあったし、初心者コースが充実しているから、スキー、スノーボードを始めたばかりの人も怖くないぞ。

夜、郡山に戻り、駅の近くの居酒屋に入った。
他の街と同様に郡山もチェーン店居酒屋ばかりが目に付くが、そんなところではない。
郡山の酒蔵の直営店。ちゃんとした居酒屋だ。
日本酒も肴も、安くて美味しい。
地元の人たちが酒を酌み交わしている。ひとりで飲んでいるお客さんも多い。

震災以来、福島に来ることはあっても、それは取材で編集者と一緒だったり、先々週の「てつがくカフェ@ふくしま」のような集まりであったり、いずれにしても酒を飲むのは僕と同様に原発に憤っている人たちとだった。
今回、初めてひとりで飲みに来て、みんなの話をそっと聞いていた。

耳に入ってくるのは、普通の人たちの普通の日常会話だった。
原発について、また原発反対運動について、福島の人たちがどのように感じているのかを聞きたかったのだけれど、みんながゆっくり酒を楽しんでいるとき、そんな話題を振ることはできなかった。
なによりも僕は、かなりの後ろめたさがある。
何にもできないくせに、たまに東京からやってくるだけの僕のような人間が福島の人たちに偉そうに語る資格はないし、彼らの話を根掘り葉掘り聞き出す権利もない。
取材モードで話しかけたら、みんな仮面をかぶってしまうかもしれない。
たぶん僕がすべきなのは、一見さんで入ったお店で原発の話をすることではなく、福島の人ともっと親しくなってから、ゆっくり話を聞くことだろう。
そんな気がした。

壁に貼られた歌手のポスターには、サインとともに
「福島は負けない!」
と書いてあった。

負けないでほしいと思う。
でも同時に、負けても仕方ないんだよ、逃げようよ、と言いたくもなる。

二時間ばかり飲んでいたが、お客さんがみんな、とても静かなことに気がついた。
もちろん、決して暗く沈んだ雰囲気なのではない。
でも、楽しそうに飲んでいる人も、語り合っている人も、大声の人は誰もいない。
なんというのか、礼儀正しく、まわりにちゃんと気を遣って飲んでいるのだ。
それがこの店独特の雰囲気なのかもしれないけれど、東京で飲んでいるときの音声ボリュームを三分の二くらいに絞ったような感じ。

僕は、大声は野蛮で声が小さいことは美徳だと思っている。
でももしも、福島の人たちが、人に気を遣うあまり苦しさや辛さを語るのをためらい、怒りを表明していないのだとすれば、それは、少なくとも東京の人間に対しては遠慮する必要はない。
みなさんには怒るだけの当然の権利がある。
諦めずに大声を出してほしい、と僕は思う。

これは、グランデコで見つけたステッカー。

sticker

東京に住んで原発の恩恵を受けてきた僕に貼る資格はないけれど、気持ちは一緒でありたいと思う。


福島出身のある人から、
原発のことを考えるにあたっては
「福島のことや福島にいる人たちのこと、置いてけぼりにはできないし 置いてけぼりにされていると感じさせてしまってはいけないなと感じています」
というメッセージをいただいた。
そうしていきたいと思う。

また、南相馬出身の若い人から
「福島で生きている人間のことを知ろうとしていただけるのは嬉しいことです」
というメールもいただいた。
僕にできることはほとんどないに等しいけれど、福島の素晴らしい自然と、そこで産まれ、暮らしている人たちのことは決して忘れないし、気持ちだけでもできるだけそばにいたいと思う。

もう7年も前だけれど、アルツ磐梯で撮ってもらった写真。
snowboarding
パウダーが滅茶苦茶気持ち良かった。
そして当時は、誰も放射能のことなんか気にしていなかった。


【追記】
今回持っていったのは国産の簡易線量計「エアカウンターS」。
測定範囲は0.05~9.99μSv/hだけだが、10μSv/h以上なんていうのは即刻逃げ出すべき数値だし(年間約90mSv)、0.05μSv/hは安全だとは言えないが福島事故後はこれくらいは覚悟しないと日本に住めない、というような数値だ。
もちろん、それほど精度の高い測定器ではないが(厳密に測定しようとすると専門家でも一苦労というのが放射線測定である)、安いし(定価7900円だが5000円ちょっとで買える)、日本がこうなってしまった以上、体温計と同じように、家庭にひとつはもっていたほうがいいと思う。

チェルノブイリ・ハート

断片的に映像は見ていたが、中目のTSUTAYAに新作で入っていたので借りてきた。


チェルノブイリ・ハート01

チェルノブイリ・ハート02

地元の人たちが「チェルノブイリ・ハート」と名付けている。
それだけ、この疾病が多いということだ。

甲状腺癌


障害児出生率
放射能は細胞を傷つける。
たとえばヨウ素131だったら甲状腺に溜まりやすいとか、セシウムだったらどことか、まあそういうことはあるけれど、基本的には、身体のどの部分の細胞がやられてもおかしくはない。
脳もやられるし、心臓もやられる。
免疫力が低下するので、身体が弱くなる。

以下3点、僕が昨年『原発・放射能 子どもが危ない』 (小出裕章・黒部信一共著・文春新書)を編集するにあたって引用させていただいた図を紹介したい。

チェルノブイリ健康調査

黒部さんは、チェルノブイリ原発事故の被害に遭った子どもたちを支援するため、「チェルノブイリ子ども基金」の顧問として、広河隆一さんらとともに活動を続け、昨年6月には「未来の福島こども基金」を立ち上げた小児科医である。

上の表は、広河隆一さんが、1993~1996年にかけて追跡調査をし、「チェルノブイリ子ども基金」がまとめたデータだ。

「事故当時チェルノブイリ原発から3キロというごく近くのプリピャチ市に住んでいた住民と、原発から南東17キロメートルのチェルノブイリ市にいた人々、そしてずっと離れたモスクワの住民の、事故10年後の健康状態を調査したところ、驚くべき結果が現れました。大きな放射能被害を受けたプリピャチ市とチェルノブイリ市のデータは、グラフにすると図のように不思議なほど一致し、被害をあまり受けなかったモスクワだけがそれよりずっと低いのです。これはまさに、原発事故が原因だとしかいえない事実です。
頭痛、めまい、疲れやすい、骨が痛むなどさまざまな症状が物語るのは、病気としてカウントされることはないものの、癌だけでなく、被爆者が全身を蝕まれていることを物語っています」
(『原発・放射能 子どもが危ない』より)

ベラルーシの甲状腺癌患者数

こちらは、ベラルーシの甲状腺癌患者数の推移。
京都大学原子炉実験所・今中哲二さんが『第102回原子力安全問題ゼミ資料』で発表したデータである。

「上がチェルノブイリ事故のあとのベラルーシでの、子どもの甲状腺癌発生件数です。本来、子どもが甲状腺癌になることなど滅多にないはずです。ところが、1986年のチェルノブイリ原発事故のあと、4~5年経ってから患者が急増し、10年後の1996年からは減少しています。下のグラフを見ればわかるように、全人口での患者数は増え続けているにもかかわらず、なぜ子どものグラフは山型になるのか。
これは、事故の時6歳以上だった子どもが16歳以上になりカウントされなくなったのと同時に、事故以降に産まれた子どもは発病しないからであり、事故による被曝が原因であることを明らかに物語っています」
(『原発・放射能 子どもが危ない』より)


次に、これは締め切りの関係で『原発・放射能 子どもが危ない』で図を紹介することはできなかったのだけれど、筑波大学アイソトープ総合センターの末木啓介さんらがまとめたセシウム137の土壌汚染の実態を、チェルノブイリ事故後のウクライナの基準をもとに色分けし直したものを下に紹介する。

セシウム137の土壌汚染

チェルノブイリ語のウクライナの基準に照らし合わせれば、
赤い部分は「移住義務ゾーン」
オレンジは、随時避難すべき汚染地域で、その費用は補償される。
黄緑色が「厳重な放射能管理の下で居住が認められるゾーン」(ウクライナ科学アカデミー・細胞生物学遺伝子工学研究所ドミトロ・M・グロジンスキー氏)。日本の法律での基準とは違うが、「放射線管理区域」と呼ばれることもある。
ブルーの部分でもかなりの蓄積が見られる。
(ただしこの図の灰色の濃淡は未整理なので無視してください)

この地図を作成した段階では、これより広域の土壌汚染データがなかったのだが、当然のことながら地図で白色の部分にも、広範囲にわたってセシウムによる土壌汚染が進んでいるはずだ。

最低でも赤、オレンジの地域では子どもを育てるべきではないと僕は思うし、黄緑の地域も、もし僕に子どもがいたとすれば、脱出する。
避難すべきかそうでないかは大変難しい問題で、東京に住んでいる僕が偉そうなことを言える立場にないことは重々承知しているけれど、「チェルノブイリ事故後のベラルーシはこのように区分けしていた」ということだけは知っておいてほしい。
それと比べて、日本の対応はどうだろうか?

あと、
原子炉が爆発したチェルノブイリ事故と、幸いにして建屋の爆発ですんだ福島第一原発事故を比べれば、環境中に放出された放射線量は数分の一だ、と、政府や東電は言っている。
怪しいものだと思うが、それを信じるとしよう。

でも、だからといって健康被害も数分の一になるわけではない。

なぜならば、人口密度は日本のほうがずっと高い。
また、「被曝量が少なければたとえ癌になっても軽くすむ」ということでは決してないことだけは覚えておいてほしい。

「低線量被曝というのが「広く浅く影響が出る」のではない、ということです。確かに、たくさんの人が少しずつ具合が悪くなっているように見えなくもありません。しかし、低線量被曝の確率的影響の本質はそこではありません。
たとえは変ですが、宝くじと同じです。全員が1000円ずつ当たるのではなく、何十万人か何百万人か知りませんが、その中の数人、当たる人に1000万円とか1億円が当たるわけです。宝くじではおかしいので、貧乏くじですね。
いずれにしても、さきほど述べたように、放射線が細胞核に当たってDNAをどれだけ破壊するかとか、それが修復されるかどうかとか、さまざまな条件がたまたま悪い方に転がっていったときに、癌になったりするわけです。
つまり、低線量の被曝で引き起こされる癌は軽い、というのでは決してないのです。42度の熱を出して死んじゃうところが低線量だったから38度くらいですんだなどという「程度問題」ではありません。どんなに低線量の被曝でも、癌になれば、他の原因で癌になったのと同様の死のリスクを抱え込むことになります。ただ、低線量の場合はその危険性を確率的に考えるしかない、ということです」
(『原発・放射能 子どもが危ない』より)

詳しいことは本書を買って読んでもらうのが一番良いのだけれど、図書館とかにもあると思うので、子どものいる人は是非。

最後に、『チェルノブイリ・ハート』から、チェルノブイリ原発から100㎞以上離れたゴメリ市の市立産院主任医師、ニコライ・ブラコフスキー氏のインタビューだ。

ニコライ・ブラコフスキー氏01

ニコライ・ブラコフスキー氏02

TSUTAYAにもあるのでぜひ観てほしい。

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