スノーボード@福島 | 語り得ぬものについては沈黙しなければならない。

スノーボード@福島

なんというのか福島にお世話になったひとりのスノーボーダーとして、今シーズン一度は福島で滑らなければならないと思っていた。

福島県でも、会津磐梯方面は何十回も行っている。
仕事ではなく、温泉巡りをしたり、ただ単にぶらぶらしたり、18年くらい前に生まれて初めてスノーボードを履いたのも、福島県のアルツ磐梯スキー場だった。
そのときは年末年始の休みの間ずっとアルツにいてスノーボードレッスンを受けていたのだが、鈍い僕はまったく上達しなかった。
しばらく経ってようやくカーヴィングターンができるようになったときには、初めてのスノーボードでお世話になったアルツのインストラクターAさんを指名して、もう一度レッスンを受けた。
自分ではできているつもりでも駄目なんじゃないかと言うこともあったけれど、それ以上に報告したかったのだ。
Aさんとアルツ磐梯のおかげで、僕はスノーボードをほんとうに楽しめるようになりました、どうもありがとうと伝えたかったのだ。

スノーボードは楽しい。
飲酒くらいしか趣味のなかった人間に、ブチ切れてハイになって落ちるスノーボードの楽しさを教えてくれたのが福島の山々であり、そこで働く人たちだった。
だから、たとえ原発の事故があったって、もう50になろうとしているオヤジ(僕)は、この冬、磐梯の山に還らなければならない、そう思っていた。

ところが、今シーズンはなかなかチャンスがなく、とうとう3月の下旬になってしまった。
メインゲレンデの標高がそれほど高くなくしかも南斜面で雪解けが早いアルツ磐梯は、先週末で営業を終了してしまっている。
でも、なんとしてでも福島で滑らなければならない。
そこで昨日は、東北新幹線の始発に乗って、裏磐梯のグランデコスノーリゾートに向かったのである。

郡山からシャトルバスに乗る。

その前に時間があったので空間線量を測ってみた。
郡山駅前の舗装された場所では0.1~0.2μSv/hくらい。ところが、植え込みの上で測ると0.6μSv/h以上になる。雨水をたくさん吸っているだろうと思われる木製のベンチの上では0.8μSv/hだった。年換算すると7mSv以上。放射線管理区域に指定されなければならない数値だ。

雨水で流されるアスファルトなどと違い、セシウムを吸ってしまった土や木は、かなりの高線量だ。
この地域の人々の家の庭や、公園、校庭などでも同じようなものだろうと思うと溜息が出る。
それでも、多くの人がこの地で暮らしている。
福島に来るといつも感じることだが、僕はこの現実をどう捉えたらいいのか、途方に暮れてしまう。

2時間ほどバスに乗って、グランデコに到着。
雪質は予想よりもはるかに良い。
一度でも気温が高くなると溶けた雪が夜中に凍ってアイスバーンができあがる。
この時期それは仕方のないことだが、昨日のグランデコの場合、凍った雪の上に新雪も降ったのだろう。エッジが抜けるようなガリガリという感じではまったくないし、山の上の方は乾いた雪。
かなりいいコンディションだ。

ところが、人はとても少ない。
平日だが、学生はもう春休みのはずだ。
ゲレンデベースには人がいるが、一番上のリフトなんかは、誰にも会わずに僕がひとりで滑っている時間帯もあったほどだ。

福島県のスキー場は、アルツ、猫魔、箕輪にはよく行っていたのだが、グランデコは緩斜面がとても多いのであまり行ったことはない。
だから、普段どの程度混んでいるのか知らないのだが、それにしても人が少なすぎる。
滑る分には空いていて楽しいのだけれど、ちょっと寂しい。
原発の影響だとしたら、とても悲しい。

ゲレンデの空間線量は0.05以下~0.1μSv/hほど。
もちろん、原発事故以前と比べれば高いはずだが、東京都内でもそれより高い線量の地域がある。
また、雪がなくなって地表が剥き出しになれば値は変わるのかもしれないが、少なくとも放射性物質を大量に含んだ雪が降り積もっている、ということではなさそうだ。
ちなみに、長野県の志賀高原スキー場のwebsiteに記載された3/23の放射線量は0.063μSv/h。
放射能はどんなに少なくても有害であることは事実だ。
でも、磐梯の山も志賀高原もあまり変わらないことは知っておいてほしい。
グランデコはゴールデンウィークまで滑れるよ。
この春まだ滑ろうと思っているスノーボーダー、スキーヤーの方は是非。
そこそこでかいキッカーもあったし、初心者コースが充実しているから、スキー、スノーボードを始めたばかりの人も怖くないぞ。

夜、郡山に戻り、駅の近くの居酒屋に入った。
他の街と同様に郡山もチェーン店居酒屋ばかりが目に付くが、そんなところではない。
郡山の酒蔵の直営店。ちゃんとした居酒屋だ。
日本酒も肴も、安くて美味しい。
地元の人たちが酒を酌み交わしている。ひとりで飲んでいるお客さんも多い。

震災以来、福島に来ることはあっても、それは取材で編集者と一緒だったり、先々週の「てつがくカフェ@ふくしま」のような集まりであったり、いずれにしても酒を飲むのは僕と同様に原発に憤っている人たちとだった。
今回、初めてひとりで飲みに来て、みんなの話をそっと聞いていた。

耳に入ってくるのは、普通の人たちの普通の日常会話だった。
原発について、また原発反対運動について、福島の人たちがどのように感じているのかを聞きたかったのだけれど、みんながゆっくり酒を楽しんでいるとき、そんな話題を振ることはできなかった。
なによりも僕は、かなりの後ろめたさがある。
何にもできないくせに、たまに東京からやってくるだけの僕のような人間が福島の人たちに偉そうに語る資格はないし、彼らの話を根掘り葉掘り聞き出す権利もない。
取材モードで話しかけたら、みんな仮面をかぶってしまうかもしれない。
たぶん僕がすべきなのは、一見さんで入ったお店で原発の話をすることではなく、福島の人ともっと親しくなってから、ゆっくり話を聞くことだろう。
そんな気がした。

壁に貼られた歌手のポスターには、サインとともに
「福島は負けない!」
と書いてあった。

負けないでほしいと思う。
でも同時に、負けても仕方ないんだよ、逃げようよ、と言いたくもなる。

二時間ばかり飲んでいたが、お客さんがみんな、とても静かなことに気がついた。
もちろん、決して暗く沈んだ雰囲気なのではない。
でも、楽しそうに飲んでいる人も、語り合っている人も、大声の人は誰もいない。
なんというのか、礼儀正しく、まわりにちゃんと気を遣って飲んでいるのだ。
それがこの店独特の雰囲気なのかもしれないけれど、東京で飲んでいるときの音声ボリュームを三分の二くらいに絞ったような感じ。

僕は、大声は野蛮で声が小さいことは美徳だと思っている。
でももしも、福島の人たちが、人に気を遣うあまり苦しさや辛さを語るのをためらい、怒りを表明していないのだとすれば、それは、少なくとも東京の人間に対しては遠慮する必要はない。
みなさんには怒るだけの当然の権利がある。
諦めずに大声を出してほしい、と僕は思う。

これは、グランデコで見つけたステッカー。

sticker

東京に住んで原発の恩恵を受けてきた僕に貼る資格はないけれど、気持ちは一緒でありたいと思う。


福島出身のある人から、
原発のことを考えるにあたっては
「福島のことや福島にいる人たちのこと、置いてけぼりにはできないし 置いてけぼりにされていると感じさせてしまってはいけないなと感じています」
というメッセージをいただいた。
そうしていきたいと思う。

また、南相馬出身の若い人から
「福島で生きている人間のことを知ろうとしていただけるのは嬉しいことです」
というメールもいただいた。
僕にできることはほとんどないに等しいけれど、福島の素晴らしい自然と、そこで産まれ、暮らしている人たちのことは決して忘れないし、気持ちだけでもできるだけそばにいたいと思う。

もう7年も前だけれど、アルツ磐梯で撮ってもらった写真。
snowboarding
パウダーが滅茶苦茶気持ち良かった。
そして当時は、誰も放射能のことなんか気にしていなかった。


【追記】
今回持っていったのは国産の簡易線量計「エアカウンターS」。
測定範囲は0.05~9.99μSv/hだけだが、10μSv/h以上なんていうのは即刻逃げ出すべき数値だし(年間約90mSv)、0.05μSv/hは安全だとは言えないが福島事故後はこれくらいは覚悟しないと日本に住めない、というような数値だ。
もちろん、それほど精度の高い測定器ではないが(厳密に測定しようとすると専門家でも一苦労というのが放射線測定である)、安いし(定価7900円だが5000円ちょっとで買える)、日本がこうなってしまった以上、体温計と同じように、家庭にひとつはもっていたほうがいいと思う。