このほど宮城県へ行ってきたと言って「仙台はスルー」と先に豪語?したにも関わらず、実は一カ所だけ立ち寄ったのでありまして(苦笑)。もちろん、AER展望テラスのことではありませんで、訪ねた先は仙台市青葉区にあります島川美術館なのでありました。
「当館は、株式会社ジャパンヘルスサミット代表取締役社長・島川隆哉が蒐集してきたコレクションをもとに、2013年7月宮城県・蔵王町に…開館」(同館HP)、2019年に仙台市内へ移転してきたということですが、都内いずこの美術館でだったか、この移転開館記念特別展のフライヤーを手にして「いつかは行ってみよう」と思っていたのですな。
されどいつしか長期休館に入ってしまい、このほど宮城へ行くことにした折にHPを見ればようやっと今年2024年4月に開館の運びとなっていた由。これまであちこちの企業コレクション関係の美術館がともすると突然に休閉館するのに接したりしましたので、こりゃ寄っておかねばと。何年かごしにようやっと訪ねられたというのは、あたかも大阪の山王美術館のごとしでありますよ。
訪ねたときには特段の企画展が行われるでなしに、全館コレクション展といったようす。ビルの2階から5階部分に展示室が設けられており、ワンフロアは決して広いわけではありませんが、全部見て周りますと「たっぷり見たな」という具合になりましたなあ。順路は1階エントランスから5階までエレベータで上がって下へ下へと下りてくる形でして、まずは5階展示室へ。主に現代アートの部屋ということのようで。
入ってすぐのところには日本画家・海老原信幸作品がまとめて展示されるコーナーで、現在進行形でコレクション収集が進む中、同館が追っかけている作家のひとりとなりましょうか。1965年生まれの作家が描くところには、同時代的に幼い頃見たそこいらの風景があったりもするわけですな、昔ながらの散髪屋の店先を描いた『黒い風景』という一枚は、人の姿が全く無いながら物語が浮かんできそうになるのはノスタルジーを醸す雰囲気にもよるのでしょう。
別のフロアで岡鹿之助の一作『村役場』を見ましたが、「独自の点描画法」と説明されていた(新印象派のスーラやシニャックとも異なる)タペストリーのような筆触でやはり人の姿の無い風景を描き出し、相変わらず静けさを通り越した「静止」しているイメージを呼び起こすのに比べ、海老原作品には静止感覚はありませんでしたなあ。紙なりキャンバスなりに絵具を塗っていってだけといえばそれまでの「絵画」ですけれど、絵の前に佇む者にさまざまな思いを巡らせるものが込められている、まさにそれぞれの画家の成せる業であろうかと。美術館に出かけてしまう由縁でありますねえ。
5階、現代アートの部屋では海老原作品の後、草間彌生なども含めて結構ポップな方向にある作品が出てきまして、ともすると村上隆や奈良美智を思い出したりするところ(ちなみに両者の作品そのものはありません)ながら、前者が垣間見せるグロさ、後者の人物像が覗かせる裏読み感が苦手な者としては、展示作と両者の似ている点、異なっている点からいろいろと思い巡らすことになりましたですよ。
4階には先に触れた岡鹿之助のほか、高橋由一はじめ、梅原龍三郎や荻須高徳、小磯良平などなど、日本の洋画が並んでおりました。これらに交じってピカソの『草上の昼食』というマネ・オマージュの作品があったり、興味深く見て回ったものです。片隅にはエミール・ガレほかのガラス器、そしてやきものとして楽家代々の茶碗がずらり並んだ展示ケースもまた楽しからずやかと。
さらに下った3階は日本の洋画・日本画が続きますが、こちらの美術館が積極収集しているようすの森本草介・純父子の作品がメインと言えましょうね。写実絵画専門の美術館として知られる千葉県のホキ美術館は、この森本草介作品との出会いから始まったといわれるだけに、写実を極めた世界が島川美術館の3階フロアでも展開しているのでありますよ。
主に女性像で知られる作家ですけれど、風景画も静物画も実に繊細に描かれておりまして、『ワインと果物』に描かれたガラス瓶などは「本物より本物っぽい?」と妙な印象を抱くことにも。女性像でも「髪の毛、どうやって描いているのであるかぁ?」などと。お子さんの森本純作品はより現代的な印象になりますけれど、昨今いくらでも生成AIで女性像を作り出すことができるご時世ながら、画家の一筆一筆の積み重ねの結果はおそらく再現不能なのだろうなと思ったものです。ただただリアルであるというだけでない「何か」が鑑賞者に確実に伝わるのですから。
3階フロアの途中から2階にかけて日本画の展示が続きますけれど、ここでもまた東山魁夷、加山又造、平山郁夫、速水御舟、そして横山大観などの作品をかぶりつきで見られる幸福感に浸りきったものです。美術館内は一切撮影不可ですけれど、ここだけOKとされた2階廊下部分には東山魁夷が手掛けた唐招提寺障壁画のリトグラフが飾られておりましたので、僅かながらも雰囲気のほどを。
ということで、他に数ある観光スポットをよそに仙台でひとつだけ訪ねた島川美術館、個人的にはわざわざ立ち寄った甲斐ある内容でありましたよ。今年の4月に再度開館したとはいえ、月~木曜の11~15時までという限られた開館時間からしても「いつしかクローズしてしまうかも…」と思ったりしていたものですから、ここで訪ねることができて「うむ、なによりなにより」と思ったものなのでありました。