どうやら藤田美術館は、ほどなく交わる大川と寝屋川との間に突き出た洲のところにあったようで。南の方向に進んで大きな通りを渡ると、寝屋川の河畔に到達するという。
進行方向が京橋の方面、右手には大阪ビジネスパークとやらの大きなビル群が見えています。振り返れば、とりわけ高いビルが聳えておりまして、その傍らに大坂城が小さく見えているのがなんと申しましょうか、リアル大阪の姿(の一面)なのですかね…。
ともあれ、寝屋川に沿って京橋方向へしばし進み、川を渡り越してたどり着いたのがこちらの山王美術館なのでありましたよ。藤田美術館で和ものを愛でたあと、今度は洋画の方を見ておこうという次第です。
「山王美術館は、ホテルモントレ株式会社の創立者が五十数年にわたり収集したコレクションを公開・展示する美術館として、2009年8月27日に開館しました」(同館HP)ということですので、これまた私設美術館ですなあ。予てここの印象派コレクションが気になっておったところ、訪ねた時期にはまさに印象派のコレクション展が開催中(会期は7/29で終了)でしたので、どれどれとばかりに出かけてきたのでありますよ。
入口周りから受ける印象は「なんとなく『和』であるか…」と言ったものでしたですが、早速に館内へ。とりあえずエントランスの辺りだけは写真撮影可ということでありました。
展示室は建物の3~5階の3フロア。上から順にギャラリー1、2、3と名付けられていますので、エレベータですいっと5階へ上がり、順に降りてくるのが正解なのでしょうな。ただ、メインの「印象派」展は4階なのですけれどね…。
ともあれ、5階のギャラリー1は「印象派展によせて 日本画コレクション」という展示でありまして、印象派の作品とも響き合うような日本画コレクションの展示といったイメージですかね。展示室内で見かけたルノワールの言葉がそんなことを思わせますですね。
きっと、日本の風景だって、他の風景より美しくはないんだよ。ただ、日本の画家たちは、そのなかにかくれた宝を発見することができたんだ。
日本に憧れる余り、ハートマークの視線を送ってしまったゴッホに比べると、ルノワールの冷静なこと。どこにでもある風景に宝を見出すことのできた日本の画家を、落ち着いた口調で賞賛しておりますなあ。ルノワールの念頭にあったのはもっぱら江戸期の浮世絵師で、展示室内を飾るのは明治期以降の日本画の数々でしたけれど、日本画の繊細な部分をじっくり(ほとんど来場者のいない贅沢な空間で)眺めたものでありました。伊東深水と上村松園の、女性の髪の描き方などに見入って、「この点では松園にこだわりが感じられるのお…」などと(思ったのは、映画『序の舞』の影響かも…)。
本展では、印象派の先駆者ともいえるコロー、ミレー、クールベから、印象派における中心的な存在として活躍したモネ、ルノワール、ドガ、シスレー、さらにルドン、ゴーガンらの作品を展示いたします。(同展フライヤー)
印象派への注目はいっときのブームでなしに、根強い人気が続いていますので、印象派作品を集めた展覧会はどこも盛況を呈する…とは即ち、落ち着いて作品と向き合えないという大きな難点を生ずるところながら、ここは違う。(運営側の財政状況はいざ知らず)見る側にとって、これほど有難いことはないのですよね。何せ、他の人の頭ごし、肩越しに眺めやるなんつうことはありませんで、近寄ろうが遠目に見ようが自由に見て回れるのですから。
先のルノワールの言葉にあった「日本の画家によるかくれた宝の発見」は、実はなんつうことなく身の回りにある自然の風景(いわゆるピクチャレスクとも言えない程度の風景)が見方次第で実は美しいものであったのだということを、フランス画家たちに発見させることにもなったのでしょうね。見えたとおりにしか描かないというクールベが、鬱蒼とした暗い森に宿る自然の濃淡を描き出して、そこに(景色としてのはともかく)絵画作品としての美を表出してみせたりしたことにもつながるような気がしたものです。
また、「私は絵をいつでも空からはじめる」としたシスレーが、見ようによっては何もない、雲しかない空に向ける視線は、やはり同様の「発見」があったのではと。長らく風景は神話などの主題を描く際の背景とされてきたものの、実はその背景にこそ着目すべき美があるという具合に。このことを補って、かつ印象派の画家たちの根本的な考え方ともいえるような言葉として、またルノワールの引用を。
われわれの運動で一番重要な点は、絵画を主題から解放したことにあるという気がするんだよ。私は、花を描いて、それをただ『花』と呼ぶことができる。それに何かの物語を語らせる必要はないのさ。
印象派に先立つこと200年ほど、クロード・ロランなどが風景の美に目をとめながらも、絵画作品としては神話画といったテーマの枠組みの中でやっていたことに比べると、何と突き抜けたところに到達したのであるかと。200年経っても、フランスのアカデミスム絵画は旧来路線からの逸脱を厳しく戒めていたのですものねえ。
さて、最後のフロアは日本洋画のコレクション、日本の画家(浮世絵師)の作品に触発されたフランスの画家たちから大きな影響を受け、油彩画等を学んだ日本の画家たちの作品が並ぶわけですな。そんなことを思い浮かべながら作品に向き合いますと、黒田清輝はもとより、佐伯祐三も岡鹿之助も、坂本繁次郎も小磯良平も、皆「ああ、あの画家の影響を受けているのであるかな…」という想像ができるのですよね。そんなことも、展覧会を見る楽しみのひとつではありましょう。
とまあ、画像が無い分、速足で振り返りましたですが、実物は美術館に足を運んでご覧いただくに如くは無しということで。とにもかくにも、落ち着いた気分えじっくり鑑賞できるのは(たとえ超有名作が展示されているというのではないとしても)この上無い環境ですものね。同様の環境にある美術館のいくつかは、惜しむらくはいつの間にか閉館してしまったりも。そうならないうちに(そうなる決まったわけではありませんが)山王美術館コレクションに見入る至福を得られて、誠に幸いなるかなでありましたですよ。