…と、ようやっと『紅花の山形路紀行』がおしまいとなったところですが、山形に出向くならば予て立ち寄りたいと考えておりました山寺後藤美術館が閉館してしまっていた…というのは残念な限りでしたな。まあ、美術館運営には費用が掛かるわりに、なかなかそれを埋め合わせるだけの実入りが伴わないとは想像できるところですので、取り分け私立や企業立の施設はさまざまな事情で閉館・休館・規模縮小となったりするのはやむを得ないことでもありましょうか。最近も、千葉県佐倉市のDIC川村記念美術館が閉館の方針を打ち出した(結果、やおら来館者が増えているらしい)ことも聞こえてきたりしますし。
こういう話は結構唐突に湧いて出たりもするものですから、一度は寄っておきたいという私立や企業立の美術館は、いつの日かなんつうふうに思っているとコレクションを見る機会を逸することにもなりかねんなあと。ですので(差し当たり閉館とか休館とかの話が聞こえてきているわけではありませんが)ふいと思い立って、長野県諏訪市にある美術館を二つ訪ねてきたのでありましたよ。
ひとつは諏訪湖の湖岸に面して建つ北澤美術館でして、「バルブのトップメーカー株式会社キッツ(旧北沢バルブ)の創業者北澤利男氏が収集した美術品を公開」する施設なのですな。「エミール・ガレ、ドーム兄弟、ルネ・ラリックなどのガラス工芸と現代日本画を展示」しているということでありますよ。
今年2024年がエミール・ガレの没後120年ということで、ガレをメインにした特別展が開催中でしたですが、要するにアール・ヌーヴォーの時代から120年くらい経つということでもあるかと思ったりしたものです。
モノがガラス器ですので、全体的に照明を落とした展示室内でひとつひとつの作品が浮かび上がるようになっている。ついついじっくり見入ってしまう仕掛けでありますよね。
フランス北東部の都市ナンシーに生れたエミール・ガレ(1846-1904)は、陶器とガラスの企画販売業を営む父親の会社で、キャリアをスタートさせます。新鮮なデザインで注目を集めようと、ヨーロッパの伝統を塗り変える奇抜な表現を求めました。
とはいえ、ロレーヌ地方のナンシーで生まれ、活躍したガレだけにロレーヌ十字を意匠に施した鉢を造っていたりも。1875年という製作当時のロレーヌ地方は普仏戦争の結果、ドイツ領になっていたからでもありましょうね。
さりながら、ガレといえばやっぱりジャポニスム。1867年のパリ万博以来、ブームを巻き起こしたジャポニスムの風をガレもたっぷりと浴びて、1887年の万博で発表したのがこちらの鉢であったと。解説に曰く「キクとカマキリは、典型的なジャポニスムのモチーフ」ということですが、カマキリといえば日本という以上にガレを思い浮かべてしまう気がするのですが…。
このカマキリもそうですが、草花に昆虫などを交えたガレのデザインはどうも生々しいというか、エイリアンぽさを感じてしまうというか、個人的な感覚かもしれませんですけどね。それに比べてドーム兄弟の作品はガレほどに生ものらしさが横溢してはおらないような。そんなドーム兄弟の作品も展示されておりましたよ。
精巧で繊細な意匠をまとったガラス器の数々には「ほお~!」と思うこと頻りなわけですが、結構大振りな花入れなど、それそのものは見事な作品でしょうけれど、いわゆる工芸品として実用を(ほんの少しでも)想定すると、かの花入れに太刀打ちできる花というのもそうそうなかろうなあと。つまり、花が負けてしまう花入れとは、要するに花入れの形をした単体の作品(実用に向かないもの)のような気も。ただ、飾られる場所として思い浮かぶのはヨーロッパ各地に宮殿のようなところなわけで、庶民的な実用レベルで考えるのがそも間違いとは思いますが…。
同館では1階の大きな展示室にガラス工芸が並ぶ一方、2階の小ぶりな方(展示室としては1階に比べて少々手抜き間のある空間ながら)には現代日本画が展示されておりまして、これはこれで和む作品が多々見受けられましたですよ。折しも秋が萌してきている頃合い、紅葉を描いた奥田元宋の作品などは失われてほしくない季節感をしっかりと湛えておるなと思ったものです。
ちなみに中2階には諏訪湖を正面に望める喫茶室がありましたですよ。そこで、早めの昼食ということでバターチキンカレーと食後にケーキセットを。
工芸品メインの展示である美術館だけに「もしかして食器にも凝っているのかな?」と、全くもって興味本位ながらコーヒーカップのソーサーを裏返して「どこのやきものかいね?」と見れば「KITAZAWA」と書かれてありました。オリジナルだったのですな(笑)。
とまあ、いつになく、そして柄にもなく?リゾート感を漂わせておりますが、やはり諏訪湖の湖岸を望みつつ過ごしたひとときだったからとなりましょうかね。何かと忙しい日常とはやはり異なる時間が流れるようでありましたよ。