埼玉県新座市にあります平林寺の境内林めぐりの話が長くなっておりますですが、とにかく広いのですよね。よく聞く例えで言えば「東京ドーム9個分の広さ」とのこと。入山時にもらえる散策マップには散策順路として「約2km 所要時間45分~90分」とありますし。

 

 

ともあれ、その墓域には先に見た増田長盛のほかにも看板の掲げられた墓所などがありまして、こちらなどもそのひとつでありますね。「見性院宝篋印塔」と看板に出ています。

 

 

見性院というのは武田信玄の娘の一人で、武田二十四将の中でも重臣である穴山梅雪(大河ドラマ『どうする家康』では田辺誠一が演じて少々軽く見えてしまいますが)の妻となった人ですね。ご存知のように武田家滅亡の後、その家臣団は徳川家康が抱えて八王子千人同心を設けたりしましたけれど、見性院は江戸城に迎えられ、城内で没したのであるとか。

 

やはり信玄の娘で妹にあたる信松尼(松姫)とともに、徳川秀忠の子・幸松丸(長じて保科正之)を育てたわけですが、そんな見性院の宝篋印塔がここ平林寺にあるというのは、三代将軍家光に重用された松平信綱が、やはり家光と保科正之との関わりを慮ってのことでもありましょうかね。

 

 

続いてこちらはちと変わり種…とはおかしな言いようですけれど、それにしても「前田卓(つな)って誰?」ですよねえ。解説板に曰く「夏目漱石の小説『草枕』に登場する熊本小天温泉の美人「那美」のモデルとされる」人物であると。一時は確かに熊本で温泉旅館を営んでいたものの、父親の死後に上京して、後に辛亥革命となる中国革命の活動家たちを支援していたのだとか。明治の世にあっては生きづらいこともあったと想像される人生を歩んだ方だったのですなあ。

 

 

そしてもうひとつがこちら。これまた「安松金右衛門って、誰?」と思えば、藩主・松平信綱の命を受けて野火止用水の開削工事に携わった川越藩士なのだそうです。金右衛門は、野火止用水以前にやはり信綱の関係で玉川上水開削にも関わったということで、実績が買われた抜擢ということでしょうか。

 

玉川上水と言って思い出すのは玉川兄弟…とは前にも申したとおりですが、どうやら玉川兄弟の原案では計画どおりに工事が進まず(以前、福生で見た「みずくらいど」あたりのことでもありましょうか)、信綱から金右衛門に見直し案策定が指示され、結果として玉川上水は完成に至ることになったのであると。なんだかもう少し知られてもいい人のような気がしますですねえ。

 

と、野火止用水の開削に関わった安松金右衛門の墓所を見たところで、境内林散策の歩を奥へ奥へと進めますと、その最深部とも言えましょうか、静けさひと際のあたりに忽然と、そしていささか人工的にも見える丘が現れるのですなあ。

 

 

すわ、古墳か?!円墳であったもののなれの果てかとも思ったですが、天辺には石碑が据えられており、最大の望遠を効かせてカメラを覗けば「野火止塚」と記されておりましたよ。

 

野火止塚(九十九塚)
この野火止塚は、和名抄に見る火田狩猟による野火を見張ったものか、焼畑耕法による火勢を見張ったものか、定かでないが、野火の見張台であったとする説が有力である。それは、この種の塚が古くからこの平野の各所にあって、その名残りを留めていた事でも判る。

説明書きにはこのようにありましたですが、迂闊にもここに至るまで野火止用水、野火止用水と言いながら、そも「野火止」の地名の由来を考えてみることもなかったという。この周辺にはかような見張台があったことで、用水にも、と言う以上に現在の地名にもその名を留める「野火止」の名が生まれたのでしたか。各所にあったという野火止塚は長い時間を掛けて開拓、開発される中で姿を消していったのでしょうけれど、ここは大きなお寺さんの境内地であったため、手つかずで残されたのかもしれませんですね。

 

というふうに、平林寺の境内林をぐるりひと廻り巡って歩いたわけですが、道々、木漏れ日を浴びながら、木の間越しに空を見上げてみることが何とも気持ちの良いものだったのですなあ。とにかく新緑というのは、かくもきれいなものであったかと初めて気付かされたような次第でして。

 

 

 

「青もみじ」という言葉は何となく耳にしたことがありますけれど、コトバンクあたりでは「カエデのまだ紅葉しないもの」と、実にそっけない語釈が載っているものの、取り分け京都では新緑の時期の愛で言葉として使われているような。そうした感覚が初めて分かる気がしたものなのでありますよ。

 

 

極めて個人的なことではあるも色覚神経にやや難がある者としましては、本来の秋の紅葉はともすると濁りを含むように見えることがあって、素直に「きれい」と言えないところがあるのですけれど、それに比べるとこの時期の方は極めて率直に「きれい」と言えるものであるなと、そんなふうに。これが秋の紅葉になったらどんなふうに見えるのか、少々そそられるも期待しすぎるとがっかりしたときの落差が大きくなりますのでほどほどにしておかなくは(笑)。

 

ということで、全くもって「ついで」のように立ち寄った平林寺は、ことのほか訪ね甲斐のあるところだったのでありました。

 


 

さてとここでまた、月例行事になっております父親の通院介助のため、両親のもとへ赴きますので、明日(6/14)はお休みを頂戴いたします。どうぞ明後日(6/15)にまたご来訪くださいますようお願い申し上げる次第でございます。