『二人のクラウゼヴィッツ』を読みながら、イエナ=アウエルシュタットの戦い以降のナポレオン戦争を振り返っていったわけですけれど、「そういえば…」と思い至りましたのは「ナポレオン戦争の戦いを描いた映画って、あまりないような…」ということでして。ナポレオンという人物を追っかけた映画、はたまたナポレオン戦争に関わりある『戦争と平和』といった小説の映画化は存在するも、戦いそのものとなりますとどうだったか。世に戦争映画と言われる類いは山とある中で、かの有名なナポレオンの戦いが描かれないのはどうしたこと?と思いつつも、こんな一作があることを見つけたのでありましたよ。

 

 

ナポレオンにロッド・スタイガー、対するウェリントン公爵にクリストファー・プラマー、ルイ18世にオーソン・ウェルズ…というキャストを見ると、往年のハリウッド歴史大作の流れとは言わずとも、英米合作の超大作であるか?と思えばなんと!これがイタリアとソ連の合作映画で、ソ連のセルゲイ・ボンダルチュクという、あまり西側で知られる映画のなさそうな監督の作品だったのですなあ。

 

この映画の作られた1970年当時、西側とソ連との冷戦構造はキューバ危機を経てその後、デタント(雪解け)の時代に入っていたものと思いますが、それにしても米ソ(あるいは米英仏ソ)が協力して映画製作をするようなところまでは行っていなかったのでしょうかね。イタリアでは後に暗殺されてしまうモロ首相が長らく政権を握っていた時代ですけれど、Wikipediaには「在職中は数度に渡りソビエト連邦などの共産圏への食肉などの輸出などにからめた汚職が噂された」てな記載がありまして、「火の無い所に煙はたたない」ではありませんけれど、ソ連とのつながりは当時のイタリアならではなのかもです。

 

とまれ、映画としてはライプツィヒの戦いに敗れてパリに退散するも、ついにはそのパリにまで他国軍が押し寄せる事態となったところから始まります。それまでひたすらにナポレオン信奉者と見得たフランス軍の将軍たちは掌を返したように、皇帝に対して退位を迫るのでありましたよ。

 

結果、1000人の兵隊のみに引率されて、ナポレオンは地中海の小島、エルバ島へと流されるわけですが、10カ月ほどで本土に舞い戻り、皇帝に復位してしまうのは歴史で「百日天下」と教わったとおりですけれど、学校で習った頃は「そういうもの」としてスルーしていたところながら、どうしてナポレオンは復活できたんだあ?とは今さらながら。

 

まあ、石橋山で散々な目にあって房総に逃れた源頼朝が、新田義貞との戦に敗れて九州へと下った足利尊氏が、あれよと言う間に大軍勢を率いて、歴史の表舞台に帰ってきたのと同じように、カリスマに対する期待というのが根強くあったということでもありましょうか。分かりやすい(分かりやすすぎる)のは、ナポレオン退位後には王政復古となって、王位についたルイ18世とそれを取り巻く貴族たちが「大革命って、なんだっけ?」というほど旧に復した政治を行ったとなれば、民衆にそっぽを向かれるのも止む無しかと。

 

ナポレオン時代には戦争続きでいろいろ苦難もあったはずながら、それも過去の華々しい思い出と化していたところへ現れたナポレオン、民衆は歓呼の声で迎え、このようすに将軍たちはまた掌返しで、自らの部隊をナポレオンに預けたのでもあろうかと思ったりしましたですよ。

 

ですが、ようやく追い払ったと思っていた周辺国が黙って見ているはずもなく、ついには雌雄を決する時が来るわけですね。その舞台がベルギーのブリュッセル南郊、ワーテルローであったということになるわけで。さりながら、実際の戦場はもそっと南側にあたるモン・サン・ジャンとラ・ベル・アリアンスであったのが、ワーテルロー(Waterloo)を英語読みにしてウォータルーと、英語での通りがよかったのでウェリントンが「ワーテルローの戦い」ということにしてしまったようでありますよ。

 

実際に戦跡としてライオン像を頂上にいただく人工の小山(La Butte du Lion)や博物館があるのはモン・サン・ジャンなのですものね。訪ねてみれば、これが見渡す限り続く野っぱら(麦畑でもありましょうか)となれば、いかにも一大会戦の場所にふさわしいとも言えるような。ここで20万にも近い兵士たちが大激戦を繰り広げたことは、まさにこの映画によって再現が目されたところでありましょう。

 

ただ、映画でこの戦いのようすを見ていて、なんだか「なるほど…」と思ってしまったのですなあ。「なるほど」というのは映画にしにくかろうという点で。なにしろ20万もの軍勢のくんずほぐれずを描写するには、いかにもなロケ場所が必要ですし、当然にエキストラも撮影に携わるスタッフも必要になりましょう(映画では兵士役にソ連軍が全面協力?したようで、ふうむと)。ついてはプロデュースするには多大な資金もいるわけで。

 

また、画面としてどう切り取って伝えるかも難しいような。ひたすらにそこここの乱闘ばかりを映しているわけにもいきませんものね。その後の戦争は、ナポレオン戦争で拡大したと言われる戦いのありようを遥かに超えていきますけれど、一大会戦という形態を離れてどこでもが戦場になりえてしまうことなり(いいことだとはとても思えませんが)、市街戦もあり、戦車戦もありと総力戦のようすをあれこれと見せようがあるのに比べると、単調になりがちでしょうから。

 

まあ、小説の方が書き込む情報量が多いのは当然ですから、読んでなぞったところを掻い摘んでワーテルローの戦いに接した感が映画では出てしまいますが、視覚的に見せてくれる点では長所もあるわけで、出自が出自の故か埋もれかけた映画になってますが、一見の価値はあるといってよかろうかと。取り分け、ロッド・スタイガー演じるナポレオン1世は、ダヴィッドが描く颯爽とした姿とはほど遠く(もとより美化しすぎなのでしょう)、実際にはこんなふうでもあったろうかと思えてしまうようなところを見せてくれておりましたよ。この点でも、面白かったといえようかと思ったものなのでありました。