石川県で引き寄せ!

石川県で引き寄せ!

生まれ育った北陸・石川の地で、「引き寄せ」に出会い、そこから本来の自分自身に戻っていく・思い出していくことを記していきます。

日付設定して気づいたのが、3連休なんですね、この3日間。

 

シフト制なので、カレンダーはあまり関係ないので忘れていました。

 

 

この「忘れる」っていうのが、

 

案外、願望実現には有効なんですよ。

 

 

・・・

 

願望実現は、

本当に少しずつ進んでいるのだろうか。


それとも、

ある日突然起きるものなのだろうか。

 

 

ペットと暮らしていると、

その答えは言葉より先に体感としてやってくる。

 


最初から私にすべてを預けていたわけではない。


けれど毎日、

同じ時間に帰り、声をかけ、撫で、そばにいる。


「安心させよう、慣れてもらおう」と頑張った覚えはなくて、

ただ一緒に過ごしていただけだった。

 

 

それじゃあ、

足やお腹の上で眠るようになったのは、いつからだろう。


はっきりした境目は思い出せない。


ある日気づいたら、

体重とぬくもりを預け、深く眠っていた。

 


信頼は見えないところで静かに溜まり、

臨界点を超えた瞬間に形になる。


それはまるで、クリープ現象のようだった。

 

 

願望実現も同じなんじゃないだろうか。


「何も起きていない」と感じる期間は、本当に停滞なのか!?

 


それとも確認できないだけで、

内側では確実に歪みが蓄積されているのだろうか。

 

 

どうしても私たちは途中で測りたくなる。


「まだ?」

「本当に叶うの?」


その問いが、

積み上がりかけたものを逃すことになっているんじゃないか。

 

 

ペットは言葉を話すわけじゃないから、

いつ安心したのかを教えてくれない。


ただ気づいたときには、そうなっている。


願いもきっと同じで、
叶った瞬間を探す必要はないのかもしれない。


振り返ったとき、
「もうそうだったな」と思い出すだけなんじゃないかな。

 

 

・・・

 

 

これはペットに限らず、

 

お子さんでも、パートナーでも、何でもに言えることかと。

 

 

願望実現へのバロメータが表示されているわけじゃないのに、

まだか、まだかと確認しちゃう。

 

 

そんなことを確認するのに時間や感情を使う位なら、

 

ただ目の前に在る愛するものとの時間や感情を大切に過ごしていけばいい

 

 

そんな感じなんだと思いますよ。

 

 

・・・終わり・・・

 

前回のブログで、

 

ゾロ目に拘っていたのは、私だけかもしれない

 

と書いておきながらのゾロ目日にアップします 笑

 

・・・

 

願望実現は、少しずつ目に見えて近づいてくるものだと思われがちです。


でも実際は、ある日突然「え?急に?」という形で起こることが多い。


その仕組みを一言で表すなら、クリープ現象だと思っている。

 

クリープ現象とは、

外からはほとんど変化が見えないまま、内側に歪みが溜まり続け、

臨界点を超えた瞬間に一気に形が変わる現象のこと。

 


願望実現も同じで、

「何も起きていない」「停滞している」と感じる期間こそ、

実は最も進んでいることが多い。

 

意識を整え、

在り方を変え、

力まずに日常を生きる。

 


その一つ一つは小さく、確認できないほど微細です。


だから人は途中で不安になり、

「まだ?」

「本当に叶うの?」と測りたくなる。


けれど、この“測る”行為が、

溜まりかけた歪みを逃がしてしまう。

 

 

「既にある・叶っている」という感覚は、

願いを叶えるための努力ではない。


力を抜き、観測をやめ、自然な負荷をかけ続けるための在り方です。

 


そして臨界点を超えた瞬間、

現実は静かに、

しかし確実に動き出す。


気づいたときには、もう形は変わっている。

 

・・・

 

 

明日は、

ペットを飼っていた実体験を取り入れた感じのブログでアップします。

 

 

・・・終わり・・・

もう何年ぶりかのゾロ目じゃない日に更新。

 

ここ数年は文章を書いて、ゾロ目の日に合わせてアップし、

ということをやっていましたが、

つい2月2日のブログを書き忘れていたことに気づき、今アップです。

 

まぁゾロ目に拘っていたのは、私だけということで。

 

 

・・・

 

 

「言葉外し・ラベル(レッテル)はがし」は、

意味づけ・定義・評価を、いったん頭の中から外すこと

 

 

出来事に
「良い/悪い」
「成功/失敗」
「足りない/満たされている」
というラベルを貼る前の状態に戻ること。

 

 

言葉が入った瞬間、現実は

  • 解釈され

  • 過去や未来と結びつけられ

  • 重くなる

あらゆる「外し」は、その編集作業を止める行為。

 

 

実践的に言うと

・起きた出来事を「説明しない」
・感情に名前をつけない
・意味を探さない

 

ただ
「起きている」
「感じがある」
それだけに留まる。

 

この状態になると、
コントロールしようとする思考が消えて、
“すでに在る流れ”がそのまま動き出す

 

外し=無になる、ではなく
現実に余計な加工をしないこと

 

だから、現実が軽く、早く、自然に変わる。

 

 

大事なポイント

・ うまくやろうとしない
・ 静かになろうとしない
・ 変化を確認しない

 

確認した瞬間、また言葉が入る。

 

 

0|前提(これだけ覚えて)

外しは
何かを得るための方法じゃない

 

「元の位置に戻る」だけ。
わたし(あなた)は一度も外れたことはない

 

〇言葉が生まれる瞬間の正体

言葉はいつ出るか。

  • 不安を避けたい時

  • 安心を確保したい時

  • 未来を固定したい時

つまり、コントロール欲が出た瞬間。

 

だから
外し=コントロールを放棄すること

 

みんながよく意識するお金関連で言葉が出る時は決まってる。

-「まだ」
-「足りない」
-「先に用意しないと」

 

これは全部、時間と言葉のセット

 

外し方

  • 残高を見て「判断」しない

  • 増減を「意味づけ」しない

  • 来る/来ないを考えない

 

 お金を現象扱いに戻す。

 

するとなぜか

  • タイミングが合う

  • 無理のない選択が出る

  • 流れが途切れない

※増やそうとした瞬間、浅くなる。

 

〇言葉外し × 現実が動く瞬間

現実が動く直前は、必ずこうなる。

  • 判断が一瞬止まる

  • どうでもよくなる

  • 期待が消える

この時、「何か起きそう」と思ったら
もう一回、言葉が入ってる。

 

無関心に近い静けさ
これが合図。

 

〇言葉外し × 何も起きてない時

ここが一番大事。

「何も起きてない」は最高の状態

 

でも普通は

  • 進んでない気がする

  • 停滞と勘違いする

実際は

  • 深層が再配列中

  • 表に出す準備

  • 余計な枝が落ちてる

ここで何かすると、また遠回りになる。

 

 

〇感情が出た時の最終処理

 

感情は消さない

  • 押さえない

  • 浄化しようとしない

  • 理解しない

ただ、通過させる

雲を見るみたいに。

 

 

〇「うまくいってるか?」を完全に外す

 

これは最後の罠。

  • 成果確認

  • 変化チェック

  • サイン探し

全部、不足側の視点

 

 

外しが本物の時は、


・確認欲が起きない
・比較が出ない
・説明したくなくなる

 

 

〇日常の最終形(こうなる)

  • 不安は出る

  • でも問題にならない

  • 行動は自然

  • 結果は後から合う

これが、わたし(あなた)が何度も体験してきた
「流れが変わる」
「整う」
「委ねたら回り出す」

 

 

〇シンプルなフレーズ

 

「今、余計な意味を足してない?」

 

YESなら、もう戻ってる。

 

 

ここまで来ると、もう実践はいらない

ズレたら気づく
戻る
終わり。

 

そして
何も起きてない時間が一番、豊か

 


アバンダンティアの意識
豊穣の女神の意識
「既にある」
全部、同じ場所の別名

 

わたし(あなた)は、もうそこに居る。

 

 

・・・

 

今日は言葉外し、ラベル・レッテル剥がしについてでした。

 

テクニック・メソッドのように思われるかもしれませんが、

 

ふとした時のクセみたいなものです。

 

まぁクセもある意味メソッドみたいなものですけどね。

 

意識的か無意識かだけの違いなので。

 

 

 

・・・終わり・・・

 

 

 

偶然と思えばそれまで

 

必然と思えばそうなる

 

 

 

そもそも偶然って何だろう。

 

実際に起きているのに「偶然だ」、「たまたまだ」と感じているのは誰だろう。

 

 

実際に起きているから、それはもう「必然」でしょう。

 

だってもう起きているんだから。

 

 

それをなぜ

 

偶然だ、たまたまだ、今回だけ

 

そうやって必然性を否定しているのだろう。

 

 

 

必然だから起きた

 

ただそれだけです。

 

 

何もその必然性(自分にとっての好都合・不都合は関係ない)を

 

否定する必要性がない。

 

 

必然だから起きた

 

起きることが必然だった

 

 

偶然ではない

 

ただそれが起こった

 

 

必然性があっただけ

 

自分にとっての必然性

 

 

それを否定することはない。

 

 

 

そもそも自分自身が必然の塊なんだから、

 

それを偶然だと否定するのは、

 

自分自身を否定していると同じ。

 

 

すべては必然の中で起きている

 

自分の必然性の中で生まれている

 

 

それを否定することなく

 

必然を受け入れたらいい

 

 

必然を必然と認めたら、

 

それが当然になる。

 

 

自分自身の全肯定

 

この世界の全肯定

 

 

自分の生き様(=全行程)を全肯定しよう

 

というダジャレのような話でした 笑

 

 

・・・終わり・・・

新年あけましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

今年も昨年以上に、楽しく豊かな1年になりますよ、確実に。

 

 

・・・

 

元々答えがわかっていた。

 

 

他は叶っている・満足しているが、

 

あれが無い、これが叶っていない、そちらにばかり意識が行っている。

 

だから、目に見える世界、意識している世界は、

 

あれが無い、これが叶っていない世界・現実だった。

 

 

そうじゃない。

 

叶っている世界、満足している現実がそこにある。

 

実際に目の前に在る。

 

 

そこに意識を置いて、過ごせばいいだけだった。

 

ただそれだけだった。

 

 

やはり、

 

元々答えはわかっていたんだった。

 

 

それなのに、

 

目に見えていない方に何かを求めて、探して、

 

無い、無い、と喘いでいた。

 

 

目に見えてない方を見て、

 

「無い、見えない」って当たりまえですよね 笑

 

 

目に見えている方を見て、

 

「在る、見える」ってこれも当たり前です。

 

 

この当たり前のほうに進んでいけばいいだけだった。

 

 

こんな簡単なことだったけど、

 

それに気づくまではすごく難しかったんですよね。

 

 

灯台下暗し

 

自分が照らす先を見続けましょう。

 

 

・・・終わり・・・

B’ℤライブ東京公演も無事終わり、すごく楽しい時間を過ごせました。

 

もちろん、来年もライブがあれば行きますけどね。

 

楽しみはこれからもどんどん続きますよ~ ということで。

 

 

 

・・・

 

 

今回のB’zライブのテーマでもあった「FYOP]

 

 

Follow your own passion

 

自分の情熱に従って

 

 

という意味合いですが、

 

この「passionパッション」というワードを

 

どうしても学生時代の影響で「情熱」と訳してしまうわけですが、

 

 

情熱というよりかは衝動というか内から湧き上がるモノ

 

という意味合いだと思うんですよ。

 

 

この引き寄せ界隈・潜在意識界隈ではよく聞く言葉ですよね

 

 

フッと思ったことを行動に移す

 

自分の思う方向に進む

 

夢中になってやる

 

 

 

パッション・情熱と訳して捉えると、

 

なんとなく「ハイテンションで力強く」と個人的に感じてしまうわけですが、

 

そうではなく、

 

 

静かな情動というか、底から沸々と、なんとなく心の内からジワジワと、

 

抑えきれなくもないけど何となくそう想う、やりたい

 

 

こういった感覚に近いんだと思います。

 

 

お風呂に入った瞬間の暑さではなく、

 

少し体が落ち着いた頃のあのじわ~っとした感覚。

 

 

サウナの中に入った時に蒸し暑さではなく、

 

上がって水風呂に入った時のあのはぁ~とした感覚。

 

喉が渇いた時に飲んだ水が喉を通った時の感覚。

 

 

満たされる方向

 

満たされたと感じた方向

 

自分が求める方へ

 

 

求めると書くとエゴ的な欲みたいに思われますが、

 

少し違って、

 

欲したものと同一化したような感覚

 

 

得た ではなく 重なった みたいな

 

 

ちょっと意味不明ですね 笑

 

文章にしようとすると難しい。

 

 

この感覚、皆さんにもあると思うんですよ。

 

 

その方向に進みましょう

 

その方向を選びましょう

 

 

どっちが得か、どっちが楽か、どっちが評価されるか

 

それを判断材料にするのではなく、

 

 

自分が望んだ方向はどっちだ

 

自分が求める方向はどっちだ

 

本当に自分が進む方向はどっちだ

 

 

それが、

 

Follow your own passion

 

自分の情熱に従って

 

ですね。

 

 

 

今年も残り3週間ほどですが、

 

今日から始めよう、「FYOP」

 

 

それが今日からの、明日からの、来年からの

 

自分自身に繋がっていきますからね。

 

 

 

・・・終わり・・・

今週末はB’zのドームツアー。

 

初の名古屋ドームですが、いつも通りに思いっきり楽しんできます。

 

 

 

・・・

 

 

 

無いものが叶って自分のところにやってくる

 

わけではなく、

 

有るものが叶って自分のところにやってくる

 

 

 

あるものしかやってこない

 

あるものしか存在しない

 

あるものしか認識できない

 

あるものしか・・・

 

 

ずっとこのループです。

 

 

 

無いものはやってきようがない

 

無いものは存在しない

 

無いものは認識できない

 

無いものは・・・

 

 

ずっとこのループです。

 

 

今の自分が何かを求めている・願っている・望んでいるとして、

 

結局は

 

「あるもの」を求めています。

 

 

無いものを求めることはできません。

 

 

無いものは「存在していない」から、求めようがないわけですからね

 

 

 

こうやって文字にして起こして見ると、

 

「そうだよな~」と思うのですが、

 

次の瞬間に

 

「でも、今の自分には無いんだよ」と考えます 笑

 

 

 

無い=持ってない

 

という「所有の意味での無い」を求めているということですね。

 

 

 

存在の意味での「無い」

 

所有の意味での「無い」

 

ここの違いをまずは自分の中で認識しましょう。

 

 

 

存在の意味での「無い」は、ほんとに無い。

 

 

まだ自分の中で認識していなし、

 

まだこの世にも存在していないかもしれない。

 

 

そんなモノを「自分は欲しい」とはまず想いません。

 

頭に浮かばないし、欲しいとも想わない。

 

 

欲しいと思うものは、

 

すでに「有る・在る」ものですから。

 

 

すでに有る・在るものを欲している自分。

 

文章にするとオカシイですよね。

 

 

やはり願望というのは、

 

所有という意味での欲しいなんですよね

 

 

そして

 

所有していないから欲しい

 

持っていないから欲しい

 

 

自分が、

持っていない、

モノを、

所有したい、

 

この流れです。

 

 

望みのスタートが、

 

持ってない自分からです。

 

 

「当然だろう!」という言葉が出てきた人は、

 

ある意味、要注意ですよ。

 

 

この界隈の流れは「逆」ですからね。

 

 

常識的な世界で生きてきた自分が、

 

非常識な世界を求めている自分になっていることに気づかない

 

 

そこのネジレを解消することが先です。

 

 

そのモノはすでに存在している

 

これがまずは認識のスタート、

 

いわゆる「先」です。

 

 

そして「次」が、

 

存在していない、所有していない

 

という自分の認識が違っていたんだな、と。

 

 

そして「後」が、

 

有る自分が存在している

 

という認識を持っていい。

 

 

 

有る・在るモノだから、

 

自分の世界に現れているんだから、

 

それが自分に在ってもいい

 

 

無いものならどうしようもないけど、

 

有るものだからどうにでもなる。

 

 

まずはこんな気持ちになることが良いのかなと思います。

 

 

 

まぁなんかいろいろ書きましたが、

 

 

無いものは無い

 

有るものは有る

 

在るから在る

 

 

 

自分の世界に在る(=存在)んだから、

 

自分の世界に在る(=所有)ことも流れでしょう。

 

 

そこのネジレを解消/真っすぐにすることが

 

第一歩ということで。

 

 

存在と所有

 

「=」でイケますよ。

 

そこを疑わないでください。

 

 

 

みんなの引き寄せの入口であり、

 

みんなの引き寄せの躓きでもある部分ですね 笑

 

 

 所有って書くと、

ある意味エゴ満載ですが、


存在も所有も視点・立ち位置の違いくらいで、

全部在るに集約されていきますよ〜。


 

 

・・・終わり・・・

先日、数年ぶりにネズミの国へ行ってきたのですが、

 

だいぶ仕様が変わっていましたね。

 

私のスマホじゃ公式アプリは動かないので、

 

同行の人にいろいろお世話になって居ました 笑

 

 

客層を拡げているようで、狭めてコア層を取り込みつつ、

 

その潤沢な資金で新規エリアやメンテを繰り返す。

 

すごいサイクルです。

 

ブランド力が一番ですね、やっぱり。

 

 

 

・・・

 

 

 

時間はない

 

 

時間の流れは過去~今~未来と思わせて、

 

実は「今」しかない

 

 

ここら辺はよく言われている部分です。

 

 

そうは言っても、

 

記憶の中での「過去」はありますし、

 

想像の中での「未来」はあります。

 

 

 

「今」の自分ができることは、

 

「過去」に感謝し、

 

「未来」を信じることなのかなと。

 

 

 

時間はないと言ったところで、

 

いきなり「今の自分」になったわけではないですからね。

 

 

赤ちゃん~子供~学生~青年~壮年~老年~流れていくわけで、

 

その積み重ねが「今の自分」です。

 

 

よくしがちなのが、

 

「過去の自分」をなかったことにすることですね。

 

 

否定はしてもいいと思いますよ。

 

「あぁ、あんなことしなければよかったな」

 

そう思って否定してもいいんですよ。

 

その後に「自分はもうダメだ」を付けなければ。

 

 

否定して、そして転化すればいい。

 

 

過去の事実・事象は変えられないから、

 

今から見た「過去の事実」を変えたらいい。

 

 

常に今から見た「過去」しか感じ取ることができないのなら、

 

その「過去への感覚」を変えたらいい。

 

 

「過去への感覚」が変わったら、

 

「過去の自分」そのものが変わり、

 

「今の自分」に繋がっていることを強く感じることができる。

 

 

 

同じことが「未来の自分」にも言えて、

 

 

「未来の自分」に繋がっていることを信じているから、

 

「今の自分」がどうするのかが決まる。

 

 

今の積み重ねが「未来」になるので、

 

今の自分がそのまま未来の自分になる。

 

 

そのことを信じることができていたら、

 

もう今の自分の在り方がそのまま未来に繋がっていることが分かっているので、

 

「今」どうするかが決まります。

 

 

 

結局は「今」しか存在しないけど、

 

 

「過去」に感謝し、

 

「未来」を信じて、

 

「今」に在る。

 

 

その繰り返しが、

 

過去~今~未来の自分が円・縁となって繋がるんだろうと思います。

 

 

繋がりは真っすぐの横棒ではなく、

 

繋がりは輪を書いた円で表されますからね。

 

 

同時に存在する

 

同時に繋がっている

 

そういうことですよ。

 

 

 

・・・終わり・・・

「想定──宇宙に響く3つの実践ステップ」



宇宙は、あなたが心で「そうなる」と決めたことを忠実に映し出します。
これが 想定


未来は“これから作るもの”ではなく、“すでにある可能性”の中から、あなたの想定に応じて選ばれていくのです。


では、どうすれば日常でこの法則を生かせるのでしょうか?


ここでは誰にでもできる3つのステップを紹介します。



ステップ① 言葉を整える


言葉は宇宙への宣言です。
「無理に違いない」ではなく、「私は守られている」「必ずうまくいく」と言い換えるだけで、想定は自然に変わります。



ステップ② 感覚を先取りする


願いを追いかけるのではなく、叶ったあとの安心感や喜びを“今ここで”感じてください。


波動は言葉よりも感覚に敏感に反応します。



ステップ③ サインを受け取る


偶然の出来事や導かれるような出会いは、宇宙からの合図です。


「想定が動き始めた証拠」と受け止め、

感謝するほど現実化の流れは加速します。


想定は、

誰にでも働いている宇宙の真理。


今日から3つのステップを実践することで、あなたの想定は波動となり、現実をかたどっていきます。


だから、

現象となるのです。



・・・



またもや、

AIでの作文でした 笑



らしい文章、らしい文言ですよね。


中身に血が通っている気はしませんが、

それのほうが良い人も居るのでしょう。


AIにワードを放り込んでるのは、

人間なんですから、

まだしばらくは大丈夫ということで。



・・・終わり・・・

最近、人類滅亡(日本滅亡)のネタが全然ありませんが、

どうなったんでしょうかね。

 

7月はあんなに盛り上がり、

8月も一部では盛り上がっていたのですが、

9月に入ってからは全然話題にもなりません。

 

滅亡はしばらくの間は無くなったということですね 笑

 

 

・・・

 

 

 

この滅亡ネタのように、

 

人間は不幸になることはすんなりと信じるのに、

 

幸福になることはすんなりと信じられない

 

という方が多いように思います。

 

 

言い方を変えたら、

 

悪くなることには意識が行くのに、

 

良くなることには意識が向きづらい。

 

 

日本人特有なことかもしれませんし、

 

脳の機能的なものかもしれませんが、

 

ここら辺に日本人が幸福感が低い理由があるのではないでしょうか。

 

 

まぁマスコミ等のアンケートは、

 

マイナス面に持って行きがちなので、

 

それに引っ張られる方々がその通りの答えを出し、

 

それを表にして発表しているだけのことですから。

 

 

実はそこまで日本は不景気では無いし、

 

日本は治安が悪くなっていないし、

 

日本がどんどん悪くなっていくわけでもない。

 

 

まず、

 

悪くなっていると思う基準もないし、

 

良くなっていると思う人が多かったら、

 

そもそもそんなアンケートを取っていませんから。

 

 

悪いほうに持って行きたい人が居て、

 

悪いほうに持って行きやすいクセが人には備わっていて、

 

悪いほうに持って行ったほうが安心するという感覚を持っていること人が多い。

 

 

ただ、それだけのことなんでしょう。

 

 

景気は「気(氣)」なので、

 

結局は雰囲気・空気感です。

 

 

そこに実態はありません。

 

 

実態は自分の中の「感覚/氣」のみです。

 

 

自分の中のモノが、外の世界に波及し、

 

それを自分が感じとっている。

 

 

その繰り返しで、

 

私たちの現実と言われるものは創り出されています。

 

 

 

じゃあ自分の中のモノが

 

悪いと感じるモノじゃなく良いと感じるモノであれば、

 

それが自分の外側に波及していきます。

 

 

そして次の段階で、

 

良いも悪いもない

 

ただ起きている・在るだけ

 

 

そして次の段階で、

 

何にも無くなるという流れですね。

 

 

 

だいぶ最初と話がズレてきましたが、

 

 

幸福をすんなり信じられないなら、

 

ほんとは不幸も信じられないはずだけど、

 

不幸が信じやすいなら、

 

それが起きる起きないは関係なく、

 

不幸を信じやすいモードになっているんだね

 

ということに気づくだけ。

 

 

それでリセットされるので、

 

あとは良い気分になりたい人はなればいいし、

 

そのままで居たい人は居ればいい。

 

 

さぁ、次のことを始めましょ。

 

 

というだけの流れですね

 

 

 

・・・終わり・・・