新年あけましておめでとうござます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
新年1回目の投稿は、
読書について書きたいと思います。
twitterでこんな投稿を見ました。
子どもの頃から本を読めとは言われたが、
本や新聞に嘘があるとはだれも教えてくれなかった。
(意訳)
これを見て、おや?と思いました。
私は、本や新聞を読むことは、
自分なりの今の真実を見つけるための欠片を集めるため、
と思っていたからです。
どの先生に言われたか分かりませんが、
私の中にはこんな考えがあります。
読書は知識を詰め込むためにあるんじゃない。
そもそも真実とは何か。
書物に書かれている「真実」は、時代によって異なるし、国によっても異なる。
例えば、今の「正解」だって、未来には新しい発見があって異なっているかもしれない。
未来の新しい発見は、さらに未来の新しい発見で否定されるかもしれない。
学校で習っている「正しい知識」も、数年たつと変わっているかもしれない。
細かいところで言うと、小学生に習った書き順、送り仮名です。
これは国が決めるものなので、たびたび変わったりします。
子どもの頃に私たちが「これが正しい書き順だ」と教えられてきた漢字が、
今の子どもたちにとっては「間違っている書き順」なのです。
ニュースも、媒体によって異なる内容が書かれていたり、
書籍も、同じジャンルでも出版社・著者が異なっていたら違うことを言ったりしています。
『源氏物語』だって、
学校で習ったものが、紫式部が作った『源氏物語』とは限りません。
(昔は手書きで写されていたため、
写されている間に話が変わったりして、
現存している『源氏物語』にも色々なパターンがあります。
紫式部が書いた原本はまだ見つかっていません。)
1つのことを知りたかったら、
まずはそのことについて書いた
いろいろな本・複数の新聞社のニュースを読む。
そうすると、異なる事が書かれていたりして、
「事実の幅」みたいなものが出てきます。
その事実の幅から、自分が納得できるようにつじつまを合わせて、
一本の筋を作ります。
それが、「自分にとっての真実」であり、
「学ぶ」ということだと思います。
読書は、知識を教えてもらうためにあるんじゃありません。
世の中に出ている事実・論説の多様性を知って、
自分なりの真実を見つけるためにあると思っています。
目の前にある情報を鵜呑みにしないためにも、
詐欺にひっかからないためにも(ちょっと飛躍しますが)、
子どもの頃から、
色んな本を読んで、
自分なりの真実を選び取っていってください。
そして現在の自分にとっての真実は、
きっと将来、新しい書籍を読んだときに、
更新されていくのだと思います。
今年も良い生活を送れますよう。
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