Wayuka Insight Studio | 判断の位置を整える

Wayuka Insight Studio | 判断の位置を整える

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言葉を書く|声で伝える|対話をつくる

Wayuka Insight Studio

ここは、
あなたの内側にある 「本来の設計図(seed code)」 に触れ、
未来が静かに動きはじめる瞬間を扱う場です。

頑張ることで変わるのではなく、
比べることで進むのでもなく、
自分の軌道に戻ったとき、自然に起こる変化を大切にしています。

言葉、声、学び。
それらは目的ではなく、
本質に触れるための入り口です。

押さない。
引っ張らない。
急がせない。
けれど、基準は外さない。

Wayuka Insight Studio は、
人を変える場所ではありません。
その人の本質が目を覚ましたときに起こる現象を、
安全に扱うための場です。

あなたの seed code が動き出したとき、
未来は静かに、しかし確実に応答しはじめます。

——
あなたの東大
未来は、すでに動き出している。





私は昔の職場に苦手な人Aさんがいた。

何が嫌いかというと、匂い。



Aさんが、

私に対して嫌味を言ってきたので、

少し言い返した。

このやり方は、ある心理学の方法。

バカにされたらやり返せ的な方法。


量子学的には、

嫌味な波長を嫌味な波長で返しただけである。

だから、嫌味な波長は、二倍になる。


ちょっと反省。



Aさんの背景の空間の空間をとらえ、

愛のある言葉がけをした方が、

スッキリします。


当然、愛のある言葉をかけながらも、

私は、Aさんをロケットで

飛ばしてましたけど。

【安全・安心】嫌な人を自分の周りから撃退する方法


職場で嫌いな人との付き合い方の教育心理セラピスト的ヒントは、


嫌いな人をロケットで飛ばしながら、

愛のある言葉がけをする。


です❣️


こちらの方が、

Aさんの波も静かになり、

私も穏やかでいられて、

嫌いなAさんも自分の中から

速やかにいなくなります。



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この数週間、ノートを三本書きました。

書いてみて、はっきり見えてきたことがあります。

私はずっと、
「判断の位置」というものを見てきたのだと思います。

親の中にある判断。
子どもの中にある判断。
外にある判断。

そして、
自分に戻る判断。

カフェで出会った人。
自分で学び続ける中学生。
迷いながら話してくれたお父さん。

どの場面にも共通していたのは、

人がどこに立っているか

ということでした。

ノートは、それを言葉にしたものです。

▶︎ノートはこちら




でも、書いていて思いました。

これは
読むだけで終わるものではない。

本当は、
体験するものだと。

だから、
少人数で場をひらくことにしました。

 

◆◆◆

判断の位置|自分に戻るサロン(初回)

気づいたら、
自分の判断を外に置いている。

相手の反応。
評価。
空気。

それに合わせているうちに、
「自分で決めている感覚」が薄れていく。

このサロンでは、
判断の位置を自分に戻す体験を行います。

■ 内容(60分)

・自分の判断が外にある場面の可視化
・その場面での本音の言語化
・判断が外に出た理由の理解
・自分の判断を一度つくる

■ この場について

ここは、
答えを受け取る場所ではなく、
自分の判断を扱う場です。

正解を求めるのではなく、
自分の中にあるものを見ていきます。

最初は少人数で、
一人ひとりの重心を大切にしながら進めていきます。

■ 詳細

日時:4月11日(土)13:15〜(60分)
形式:Zoom
人数:最大4名
料金:5,000円

この場では、
気づきだけでなく、
判断が少し動く時間になると思います。

自分の判断を、
自分に戻したい方へ。

私はこれからも、
人がどこに立っているのかを見つめながら、
言葉を書いていきます。

お申し込みはこちらから

 





1 子どもの人生を背負ってしまうとき


子どもが苦しんでいるとき、
親はどうしても何とかしてあげたくなります。
うまくいってほしい。
遠回りをしてほしくない。
できれば、傷つかないでほしい。
それは、
支配したいからではありません。
むしろ、
大切に思っているからです。
けれど、
その関わりが続くと、
いつの間にか起きてしまうことがあります。
子どもの人生を、
親が背負ってしまうことです。
子どもが悩んでいるとき、
親は一緒に悩みます。
子どもがうまくいかないとき、
親はどうすればいいかを考え続けます。
それは自然なことです。
ただ、
この状態が長く続くと、
一つの変化が起きます。
子どもが自分で考える前に、
親が考えるようになります。
子どもが決める前に、
親が判断するようになります。
 
 

2 判断の位置が外に出る


すると、
子どもの人生の判断は、
少しずつ、
親の外側に置かれるようになります。
これは、
親が悪いわけではありません。
むしろ、
真剣に向き合ってきた親ほど、
起きやすいことです。
では、
どうすればいいのでしょうか。
子どもを突き放すことでしょうか。
何も言わないことでしょうか。
そうではありません。
大切なのは、
子どもから離れることではなく、
判断の位置を戻すことです。
子どもの人生は、
子どもの内側で決まっていくものです。
そして、
親の判断もまた、
親の内側に戻る必要があります。

ここから先では、
実際に起きた出来事をもとに
「判断の位置」がどのように戻っていくのかを
もう少し具体的に見ていきます。
 
 

3 あるお母さんとの出来事

この続きをノートにまとめました。





noteに新しい記事を書きました。

 

「判断が戻る7つの合図
― 相手の人生を引き受けないために ―」

 

教育や指導の現場では、
善意の中で
相手の人生を引き受けてしまうことがあります。

そのとき、
判断は静かに
自分の外へ置かれていきます。

教育の現場で起きやすい
「回収」という構造について
言葉にしてみました。

 


▼記事はこちら



教育・指導に関わるすべての人へ


第1章|なぜ「ちゃんとしてきた人」ほど、判断が鈍っていくのか


疲れているわけではない。
むしろ、ちゃんとやってきた。
責任も果たしてきたし、
役割から逃げた覚えもない。
それなのに、
最近、判断に時間がかかる。
決めたあとも、
どこか落ち着かない。
 
判断が鈍るとは、
決められなくなることではありません。
判断の置き場所が、
自分から少しずつずれていくことです。
これは能力の問題ではありません。
意志の弱さでもありません。
もっと静かなところで、
別のことが起きています。


教育・指導の場面


↑ノート一部公開してます
“関係の中の私”から“存在としての私”へ




わたしは
だれかの娘で
だれかの母で
だれかの妻で
だれかの先生だった

呼ばれるたびに
かたちを持った

必要とされるたびに
輪郭ができた

でも
夜になると

その名前たちが
そっと
はずれる

残るのは
呼ばれないわたし

役割のない
わたし

それは
少し
さびしい

でも
よく見ると

そこには
消えない灯りがある

だれにも
頼まれていないのに
ここにいる

それだけで
あたたかい

関係は
わたしを
映す鏡だった

でも
鏡がなくても
わたしは
なくならない

呼ばれなくても
在る

必要とされなくても
減らない

それが
存在としてのわたし

関係の中で
生きることを
やめるのではない

関係に
支えられなくても
立てるようになること

それが
戻るということ

静かに
背骨に
重さが戻る

わたしは
だれかのものではなく

わたしである