第2回
学校に相談したとき、最初に感じた違和感
――「任せたはずなのに、何も動かない」
第1回では、
子どものいじめは「子ども同士の問題」では終わらない、
という話を書きました。
今回は、
学校に相談したとき、
私が最初に覚えた違和感について書きます。
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ある日、
子どもが泣いて帰ってきました。
中学三年生の、生徒会活動の中で起きた出来事でした。
特定の生徒からの嫌がらせが続いていること、
それを止める立場にあるはずの大人が、
十分に機能していないように見えること。
話を聞きながら、
私はまず「事実を知りたい」と思いました。
感情をぶつけるためではなく、
何が起きているのかを把握したかったのです。
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生徒会を担当している教員に、
電話でこう尋ねました。
「生徒会活動は、円滑に行われているのでしょうか」
返ってきたのは、
「問題なく行われていますよ」という言葉でした。
そこで、
子どもが傷ついて帰ってきていること、
その理由について知りたいことを伝えました。
すると、
「その場にいなかったので、分かりません」
という返答がありました。
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このとき、
私は違和感を覚えました。
「分からない」という言葉そのものではありません。
分からないのであれば、
これから分かろうとする姿勢が
示されるものだと思っていたからです。
でも、その場では、
次の動きが見えませんでした。
その瞬間、
私は静かに理解しました。
この問題は、
「相談すれば自然に動く」段階ではない。
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私は、
感情が前に出ないよう意識しながら、
こう伝えました。
「もし学校として指導されないのであれば、
親として関わることも考えています」
怒りを伝えたかったわけではありません。
どこまでを学校に任せ、
どこからを親が引き受けるのか。
その線を、自分の中で確認していた言葉でした。
教員は、
「事情を確認します」と答えました。
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翌日、
子どもは再び泣いて帰ってきました。
今度は、
大人との関わりの中で、
さらに傷ついたという内容でした。
その話を聞いたとき、
私ははっきりと立ち止まりました。
問題は、
子ども同士だけで完結するものではない。
大人の対応一つで、
状況は大きく変わってしまう。
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このとき、
「任せる」という言葉について、
私は考え直していました。
任せることと、
手放すことは、同じではない。
どこまでを委ね、
どこで引き取るのか。
その判断を、
誰かに預けたままにはできないと感じていました。
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このあと、
一週間待っても、
学校からの連絡はありませんでした。
私はそこで、
次の手を考えることになります。
次回は、
話し合いの場をどう作ったのか、
そして、
どこまで踏み込むと決めたのか。
その判断について、書きます。


