Wayuka Insight Studio | 大切な人と生きながら、自分の人生を育てる

Wayuka Insight Studio | 大切な人と生きながら、自分の人生を育てる

教育、母性、言葉。。

地方の暮らしから
学びと感性をひらいていく。

子どもを変える前に、
まず大人が少し自由になること

オンライン家庭教師@あなたの東大にて、
英語を中心に指導中。

トークイベント・文章・声の表現なども発信中。

Wayuka Insight Studio

ここは、
家族や役割の中で見えにくくなった
自分の感覚を取り戻していく場所です。

頑張り続けることでも、
誰かと比べることでもなく、
自分に合う言葉、学び、選び方に戻ったとき、
人生は少しずつ動きはじめます。

教育、母性、言葉。
地方の暮らしから、考えたことを書いています。

子どもを変える前に、
まず大人が少し自由になること。

家族を大切にしながら、
自分の人生も育てていくこと。

Wayuka Insight Studio は、
人を無理に変える場所ではありません。

その人が、
自分の感覚で考え、選べるようになるための
言葉と場をつくっています。

あなたの東大
未来は、すでに動き出している。




 

子どもは、中学3年生のとき、英検2級に合格してしまいました。


その後、

高校2年で、英検1級に合格しました。

そして、東大の学校推薦の提出書類になりました。



 英語は私も得意で、大学生のとき、塾や家庭教師で教えていました。娘にも英語を好きになってもらいたいと思い、小さいころから英語と触れ合ってきました。私が気をつけたポイントは、

 英会話と受験英語の区別

 英語の周波数について

 子ども2回の海外短期留学

です。まとめてみましたので、ご覧ください。

 

【中学生で英検2級】合格秘話2019~幼少からの取り組み

 

その後、

娘は高校2年生で、

英検1級合格しました。



 

 



大切な人を失ったあと、記憶とどう生きていくか


今回は、
大切な家族を亡くしたときの気持ちの整理の仕方
について考えてみたいと思います。

ここでいう「家族」には、
血縁だけでなく、ペットなど
心を深く通わせた存在 も含みます。

失った悲しみを消すことはできません。
でも、悲しみに押しつぶされずに生きていく方法 はあります。


■ 私にとっての祖母という存在

今日は、私の祖母について書きます。

祖母との思い出は数えきれませんが、
今も鮮やかに残っているものが二つあります。

① お盆になると、二人でお墓参りに行ったこと

幼いころから毎年、お盆になると祖母と二人でお墓参りに行きました。
弟はまだ寝ていたのに、私だけが一緒に出かけたあの時間。

静かで、穏やかで、
今思い出しても心がほどけるような記憶です。

② 『テンペスト第三楽章』を弾けるようにしてくれたこと

私はベートーヴェンの
『テンペスト第三楽章』が好きでした。

高校生のころ、家庭の中で気持ちを言えず、
ピアノの先生にもその曲を弾きたいと伝えられずにいました。

その話を、祖母だけにはしていました。

すると祖母は、
先生に会ったこともないのに電話をかけ、
発表会でその曲を弾けるように取り計らってくれたのです。


■ あたたかい記憶と、つらい記憶は同じではない

この二つの思い出は、
今も カラーで、やわらかな光に包まれた映像 のように蘇ります。

当事者として思い出しても、
少し距離を置いて眺めても、
心があたたかくなります。

一方で、祖母の入院に関する記憶は違いました。

当時はとてもつらく、
思い出すたびに胸が苦しくなりました。


■ 時間がくれた「見え方の変化」

けれど、時間が経った今、
その記憶は 白黒の映像 のようになり、
私は 当事者ではなく、傍観者として それを見ることができています。

記憶は消えません。
でも、記憶の“見え方”は変えられる。

これはとても大切なことです。


■ つらい記憶から抜けられないときに起きていること

いつまでも苦しさが続くとき、
私たちは無意識に
カラーで
鮮明な映像で
当時の自分の目線のまま

過去を生き直しています。

脳にとっては、
「今も起きている出来事」と同じ扱いになるのです。


■ 記憶と距離を取るための一つの視点

私は、つらい記憶を整理するとき、
イメージの“距離”を変える という考え方を使います。

たとえば、
カラー → 白黒
当事者 → 傍観者
大画面 → 少し小さな画面

こうして、
記憶との距離を少しずつ調整します。

これは「忘れる」ためではありません。
安全な距離で、記憶と共に生きるため です。


■ 大切なのは「何度も、少しずつ」

この作業は、一度で終わるものではありません。
思い出すたびに、少しずつ行います。

なぜなら、
思い出すたびに脳は
「新しい情報として」その記憶を更新するからです。

時間をかけて、
記憶は「傷」から「物語」に変わっていきます。


■ 最後に

大切な人を失った悲しみは、
決して弱さではありません。

その人との時間が、
本当に大切だった証です。

悲しみを消そうとしなくていい。
でも、その悲しみに飲み込まれ続けなくてもいい。

記憶と、少し距離を取りながら、
あなた自身の時間を取り戻していく。

それも一つの、
とても静かで、やさしい回復の形だと思っています。


今回は、大切な家族を亡くしたときの気持ちの整理の仕方を考えてみようと思います。

大切な家族とは、ペットなども含みます。

 

私は祖母について書きたいと思います。

 

私と祖母のかけがえのない思い出を二つ挙げます。

①お盆になると、二人でお墓参りに行った

②私のピアノの先生に、『テンペスト第三楽章』を弾きたいと先生に伝えてくれた

 

①について

私は幼稚園のころから毎年、祖母とお盆にお墓参りをしました。弟は寝てたのに

二人で行くお墓参りは楽しく、今でもかけがえのない思い出です。

 

②について

私は『テンペスト第三楽章』(ベートーヴェン)が好きで、いつか弾きたいと思っていました。

しかし、高校生のとき、母と上手く言ってなかったので、祖母が相談相手でした。

私は当時のピアノの先生に、『テンペスト第三楽章』が弾きたいと言えずにいました。

そのことを祖母に話していました。

祖母は、ピアノの先生に会ったこともないのに、電話を掛けてくれて、

発表会で弾けることになりました。

 

この二つの思い出は、私にとって忘れられない思い出で、

その記憶は、カラーで蘇り、

ソフトフォーカスが

かかっています。

 

このような思い出は、そのときの、当事者として思い出しても、傍観者として思い出しても心が温かくなります。

 

一方で、

祖母の入院は、私にとって、辛いことが多かったです。

けれど時間が経った今は癒え、

その記憶は、

白黒で思い出し、

傍観者としてその思い出を見ることができるようになりました。

 

記憶を無くすことは出来ないので、

辛い出来事のイメージを書き直していくときに、サブモダリティ・チェンジを使います。

サブモダリティとは、

その出来事の付属要素のことで、

視覚、聴覚、身体感覚があります。

 

いつまでも辛い出来事から抜けられないときは、

その出来事をカラーで、鮮明に思い出し、

記憶の中で当事者として、

過去の目で今現在も、

その辛さを引きずっているのです。

 

そこで、サブモダリティをチェンジしていきます。

カラー白黒へ

当事者傍観者へ

大画面より小さい画面へ

 

していくのです。

 

これは、思い出すたびに行ってください。

なぜなら、思い出すたびに、新しい情報としてアウトプットすることで、

脳にとっては、重要な問題だと認識してくれるからです。

 

 

◆記事についてのご感想、
 

 

 

今日は、子どもの夢について。


高校時代の話↓


先日、駿台の模試が終わり、

遊ぶのかと思いきや、

お出かけの日にも、5時間勉強していた。

最近は、授業を含めると、

10時間ぐらいしている。

お昼休みも勉強してるみたい。


確かに、私から勉強しなさいと言ったことはない。


というか、

そんなに、勉強して、

身体は大丈夫なのかと

心配している。




今思い返して見ると、

やはり、国語力が効いていると思う。



恐らく、勉強した内容が、かなり高いレベルで、キャッチできているのだろう。



もうひとつ、あるとしたら、

自己肯定感が高い。


わたしのように良い子ちゃん卒の

元自己否定が超得意とする人たちからすると、うらやましい。


子どもがやりたいと思っていることは、

時間の問題だけだ。


すなわち、

成功するかしないかではなく、

間に合うか間に合わないか

だけなのである。




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「才能は、早く見つけなくていい」
娘の成績を見て、私が思い出した小学校1年生の記憶



先日、
娘が小学1年生のときの担任の先生と、
偶然お会いしてお話しする機会がありました。

先生は、
娘の今の様子を聞いて、少し驚かれていました。


■ 高校3年生のとき

・英検1級取得
・駿台模試
・東大理科Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ類すべてA判定
・英語偏差値80超
・県内1位


こう並べると、
とても「できる子」に見えるかもしれません。

けれど正直に言うと、
私は、娘がここまで伸びるとは思っていませんでした。


■ 担任の先生の、率直な一言

思わず私は、
先生にこう聞きました。

「先生は、当時から気づいていらっしゃいましたか?」

先生の答えは、
とても正直なものでした。

「いえ、そこまでは分かりませんでした。」

ただ、そのあとに
こう続けてくださいました。

「いろいろな経験をさせてこられたのが、
よかったのでしょうね。」

この言葉を聞いたとき、
私は一つの場面を思い出しました。


■ 小学校1年生から、続いていたこと

娘が小学校に入学したとき、
担任の先生から、こんな提案がありました。

「こども新聞を読んでみましょう。」

それ以来、
娘は小学校1年生からずっと、
こども新聞を読み続けていました。


■ 勉強としてではなく、「楽しいもの」として

バレエの待ち時間。
周りの子どもたちがゲームをしている中で、
娘はこども新聞を読んでいました。

これは、
私が強制したわけではありません。

娘にとって、
新聞を読むことは「楽しいこと」だったようです。

新聞に載っている写真や話題は、
テレビや雑誌、
大人が読む新聞ともつながっています。

娘はよく、

「これ、こども新聞に載ってたんだよ」
「これは、こういう意味なんだよ」

と、
勉強不足な私に説明してくれていました。


■ 「活字が苦でない」土台は、こうして育った

今になって思います。

娘が、
大量の文章を読むことを苦にしない理由は、
この頃にあったのかもしれません。
読むことを「評価」されなかった
正解を求められなかった
ただ、面白がって読んでいた

この積み重ねが、
結果として、
学力の土台になっていったのだと思います。


■ 才能は、見抜くものではなく「育つもの」

親として、
「この子は伸びる」「伸びない」
と早く判断したくなる気持ちは、分かります。

でも、
この経験から、私ははっきり言えます。

才能は、早く見抜かなくていい。

大切なのは、
興味を広げる環境をつくること
楽しさを奪わないこと
小さな習慣を、淡々と続けること

それだけで、
子どもは、
自分の力を自分で育てていきます。


■ 最後に

もし今、

「うちの子は、特別な才能がない」
「勉強が得意そうに見えない」

そう感じている方がいたら、
少しだけ視点を変えてみてください。

未来は、
小さな日常の中で、
静かに準備されています。