第1回
子どものいじめは「子ども同士の問題」では終わらない
子どものいじめについて、
私は何回かに分けて書こうと思います。
この問題は、
一つの記事で答えが出るものではないと感じているからです。
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いじめの話になると、
よくこんな言葉を耳にします。
「子ども同士のことだから、子どもに任せましょう」
「学校で起きたことだから、学校に任せましょう」
一見すると、もっともらしく聞こえます。
私自身も、かつてはそう考えようとしたことがありました。
それでも、
その言葉にどうしても違和感が残りました。
いじめは、
子どもだけ、学校だけで完結する出来事には
見えなかったからです。
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いじめが起きたとき、
親は強い感情に揺さぶられます。
怒り、悲しみ、不安。
それは自然な反応だと思います。
ただ、
親の揺れは、そのまま子どもに伝わります。
子どもは、
自分が苦しいだけでなく、
親の足元まで不安定になることに
とても敏感です。
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「本気になる」という言葉についても、
私は何度も立ち止まりました。
声を荒げることなのか。
強く主張することなのか。
そうではない気がしていました。
感情を消すことではなく、
感情に飲み込まれたまま
動かないこと。
どこに立ち、
何を守ろうとしているのかを
見失わないこと。
その位置が、
いじめの場面では特に問われるように感じています。
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このシリーズでは、
実体験をもとに、
・親として、どこで踏みとどまったのか
・どこで判断が必要だったのか
・学校や制度と向き合う中で感じた違和感
・子どもの尊厳を守るとは、どういうことだったのか
を、整理して書いていきます。
告発を目的としたものではありません。
正解を示すつもりもありません。
ただ、
親が一人で抱え込まないための
視点だけは、言葉にして残しておきたいと思いました。
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次回は、
学校に相談したとき、
最初に覚えた小さな違和感について書きます。
相談したはずなのに、
なぜ話が前に進まなかったのか。
その場で、
私が立ち止まった理由から辿っていきます。