予定どおり、自分の生活が2,3日続くと、その生活がずっと続くと思ってしまう。

 明日、いやいま倒れるかもしれないと、言い聞かせていても、

 つい、平穏な日常にしがみついてしまう。


 今週のわたしの生活の最も楽しみにしていたことは、谷中・根津・千駄木めぐり。

 同行おひとり。

 その同行おひとりの周辺に異常が生じてしまった。

 先週の土曜日に職場でご主人が倒れ、緊急入院した、谷根千は延期したいとメールが入った。

 倒れた原因が不明とも書かれていた。


 ようやく、倒れた原因がわかり、治療の方針も明らかになったが、1か月は入院加療が必要とのことである。


 だいたい、この世の中で、急変とは、病気が原因なことが多い。

 このような事態が起こるとき、身近な人間は人間力が試される。


 急変が自分に降りかかるとお手上げである。


 せめて自分が周囲に急な変化を感じさせないように、健康維持、無事故を心掛けるようにしたい。

 高校のクラブ友と会った。

 すぐに、高校時代の気安い雰囲気で、会った。

 

 ランチなのだが、イタリアンとか和風だとランチタイムの最終オーダーは午後2時くらい。

 すると、午後4時にはその店を出なければならない。

 われわれは少なくとも4時間は話す。離れがたいのである。

 そこで、中華にした。ランチタイムもディナータイムもないので、帰る時間を考える必要はないのである。

 われわれ向けの料理店は、中華なのである。

 二人とも、中華でよいというので、店に行くと、人が5組ほど並んでいた。


 「あれ、ランチタイムを外したのに」と、わたしが言うと、

 「日曜日のランチタイムは1時間ほど遅くなるのよ」と、連れが解説。


 20分ほど待って席に案内される。

 天気は悪かったが、多摩丘陵がくっきり見えた。 


 コースを注文し、話す。

 前菜、少しおなかを膨らませるもの2品、そしてメインと、おいしさを損なわない程度の采が出る。

 なかなか、いい。


 今日の話題は、昔話ではなく、これからが話題になった。

 仕事を何歳まで続けるのか、その後どうするのか。

 なかなか、難しい問題だが、前向きに生き切ることがわれわれの合意であった。


 一緒にいた時間は賞味5時間。

 再会を約して、それぞれの生活に戻っていった。

 いま自宅に帰ってきた。


 知人とはいえ、午後の10時、11時までいるのは失礼だと、知人を知る友人に注意されていたので、

 今日は午後5時に入店し、午後7時には失礼した。


 イタリア旅行の土産話を、おいしいイタリア赤ワインでという企画は大成功であった。


 知人のシェフは最近、これだというイタリアワインに出会い、今日わたしに披露してくれた。

 わたしの味覚の鈍さを知っているシェフは、わたしに試飲させず、わたしの連れに試飲させた。

 ワインはまず、色を味わい、ついで香りを味わい、味を味わう。

 連れは、そのすべてに感動してしまった。


 試飲が終わり、、シェフは連れに、七分目ほど継ぎ足し、わたしのグラスにもついでくれた。

 色よし、香りよし、味よし。ひさしぶりに本物のワインを飲んだ気がした。


 イタリアのヴェネツィアが話の中心になり、ゴンドラの話、広場の話、ワインの話・・・。

 とっておきは、ヴェネツィアグラスで作った絵を購入した話になった。数十万円もする絵を気に入って買ってしまったというのである。

 この人なら、こういう行動をする、とは思ったが、わたしから見ても、写真だが、ヴェネツィア、水路、橋、カラフルなレンガ造りの建物と、思い出したくなる風景がヴェネツィアグラスの技で描かれているのである。


 おいしいワイン、おいしい料理、おいしい話。

 非日常のいい時間であった。

 わたしに電話はめったにない。

 携帯の音の設定も、電話なのか、メールなのか区別がつかない。

 まず、午前9時を少し過ぎたとき、なんか鳴っている。

 メールなら割と早めに鳴りやむのだが、鳴り止まない。

 電話だと認識するまでに、かなり時間がたっていたが、鳴り続ける。


 ようやくでた。

 短歌の仲間からであった。

 問い合わせたいことがあり、電話したとのこと。

 

 すると1時間後にまた鳴った。

 2度目だと、すぐ電話だと分かったのですぐ出ることができた。


 月曜日の予定で、何時の電車に乗るのかの確認であった。


 登録してある人からの電話には、出るようにしているが、電話番号だけの電話には用心している。

 

 固定電話であれば、鳴れば、すぐに出るのだが、携帯は登録者優先である。


 携帯電話をなぜ持つのか。

 メール機能があるからと、答えるのがわたしである。

 日常の自分に戻れるのは今日だけ。

 いま、公的機関の問い合わせに書いたはがきを出しに行き、スーパーに足を延ばし、食料品を買ってきた。これが日常である。

 さて、明日は土曜日で、日常の最たる日になるはずであったが、外出する。


 欧風レストランで、イタリアに遊んだ知人と会うためである。

 友人が営むそのレストランは、夜は予約がなければオープンしない。

 わたしのためだけに、オープンしてくれるのだ。


 自宅を改築して、住宅街にオープンした店は、わたしの大のお気に入りである。

 静かで、落ち着ける雰囲気、友人が工夫を凝らし作る料理、鋭い嗅覚味覚で選んだワイン。

 

 明日は、イタリアの土産話を、イタリア産の赤ワインを飲みながら、聴く。

 どんな話が聴けるのか楽しみである。

 わたしも、ルネッサンスの国には行きたいと思っているので、情報収集の目的もある。

 日常を離れる時間とは、必要なのかもしれない。


 翌日は、日曜日。

 高校のクラブ友達、二人とランチ。

 突然決まった話で、非日常の2日目である。

 ここ、1年は会っていないので、積もる話はある。

 会えば、突然時間の空白が埋まり、部室で過ごした時の感覚が戻る。


 ランチする場所を考えた。

 普通のレストランや和食の店は、ランチタイムを設定してあるため、ディナータイムの準備のため、一時店を閉める。これはどうにも、わたしたちのランチに合わない。


 ランチからディナーまで、続けてオープンしているのは中華料理店であることに気付いた。

 中華ランチにすることにした。

 ようやく終わった。

 最終日の最後は修了試験。それに合格しないと、資格はもらえない。


 そこで、試験勉強をやらなければならないと、悲壮な覚悟を決めた。


 ところが、宿題に時間を取られ、結局、昨晩しか時間が無くなった。

 一夜漬けである。高校時代は一夜漬けで何度も危機を乗り切ってきたが、記憶力の衰えをどうするか。

 考えた末、名案が浮かんだ。

 そうだ、最低限のことだけ覚える。それで立ち向かうしかない。覚悟を決めた。少ない勉強時間なので、覚えられる範囲を定め、その箇所のみ、書いて、また書いて、手に記憶させたのである。

 40問出題で、26問正解なら合格。65%できればいい。


 以上の覚悟は正解であった。自己判定でも65%以上はできた気がする。

 2週間後に合否の判定が出る。


 強気になったとき、グループ学習で3日間共にした仲間から、

 「お茶しませんか」

 の誘いを受けた。


 結局、1時間ほど楽しく話し合った。

 そこで、忘年会をしよう、花見もしよう、と話がでた。


 新しい仲間である。

 縁を大切にが最近のわたしの気持ち。

 幹事をお引き受けした。

 

 わたしの友人は65歳である。

 昨年1年間ホテル業務の職業訓練を受講していた。

 もちろん前職もホテル勤務であった。

 さらに、スキルアップを図り、ホテルマンとして動けるまで働きたいと、話していた。

 今年の3月末には職業訓練は修了していたのだが、わたしは連絡を待っていたのである。


 昨晩突然、電話があった。

 今年の4月に東京丸の内にある外資系のホテルで働いているという。


 よく採用されたと思った。

 わたしは市役所で就労支援を6年間していたので、一昨年ぐらいから40代以上はいくら応募しても、その年齢を理由に、面接まで行くことすら難しい状況にあることを熟知していた。

 それが、外資に採用されたことに驚いた。

 外資は年齢よりも、実力を評価したのではないかと、思い至った。


 超高級ホテルなので、1泊200万円のスイーツがあり、利用客が後を絶たないという。

 自家用機で来日する経営者が利用しているらしい。

 これにも驚いた。


 テレビで1泊数百万するホテルがあることは知っていたが・・・・。


 ともあれ、二重の驚きであり、その舞台になっているのは日本だが、経営は外資、利用も外国人である。


 日本は、まちがいなく場所を提供するだけの国になっているのだろうか。

 4か月ぐらい気になることがある。

 それは20代前半の3年半在社した会社シャープの現状と行き末である。


 シャープは故早川徳治さんが創業し、佐伯さんが発展の基礎をつくった会社である。

 わたしは、社内報の編集担当だったので、早川さんとも佐伯さんともお会いできた。

 早川さんは新入社員教育の嚆矢として話したことは、当時、カシオに追い上げられていた卓上電子計算機の話の時、新入社員に開発中の手のひらサイズの電卓のプロトタイプを見せながら先行ランナーは、その先を行くことを教えてくれた。また同時に、160円の株価を今が買い時だと話された。

 早川さんは、シャープペンシルの発明者である。特許の件で、後塵を拝し、大阪阿倍野に拠点を代え、テレビ開発から起業した方である。

 早川さんは経営者としても時代を先取りした方であった。シャープは従業員の生活福祉の向上を、70年代初頭にすでに考えていた。

 早川さんの精神は「和敬」である。つまり人間としての最高の価値をこの言葉で言っていたのではないかと思う。


 シャープは、液晶テレビの競争に敗れ、いまあえいでいる。しかし、早川さんの精神は、たぶん心ある人は受け止め、原点を早川さんの精神に置き、よみがえらすとわたしは信じている。


 わたしの青春の第一歩を歩ませてくれた、シャープの再生を強く願う秋である。

わたしの職場は市役所だった。

いまは市民。

印鑑証明書と住民票が必要となり、市役所に足を運んだ。


この市役所は耐震構造でできていないので、遅ればせながら工事を始めている。

日常の業務ができるように、最初は東側のロビーから始めた。

いまは、西側をやっているようだ。


わたしの用のある窓口も場所を少し移動してあった。


その場所からだとわたしが働いていた場所が丸見えだった。

その方向を見ていると、突然手を振ってくれる人がいた。

そのうち、職場の全員にわたしの存在が知れた。

みんなが手を振ってくれるので、思わず振り返してしまった。


市民サービスを担当している職場なのだが、みなさん元気そうなので安心した。


行政がサービス業になったのは、ごく最近である。

「市民サービス」が、市民の間に早く浸透するといいなあと思う。



昼前に出かけた。

といっても、まつりの主会場は駅前から約200メートルほどの地域である。

ただし、今日はまつり最後の日なので、道路は歩く人のもの。

そこを使って、舞踊団が昼を食べずに、市民の目を楽しませていた。


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さらに、祭りの本命の山車の上では、からくり人形ではない、

本物の少年が山車の上で演舞。

これがないと、まつりにはならない。



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見学はほどほどにして、露店を回る。

銀座で昨年開店したH&Mは開店3か月までは、

「ここが最後尾」のプラカードを持った人間がいた。


まさか、わが街にも現れるとは思わなかった。

誇らしげに出店メンバーの背の高い人間がプラカードを掲げていた。

なんと、10店ほどはあった。いか焼きとか、スイーツとかだが。



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さて、わたしも、おいしそうなものを探した。

上の写真が私が私のために買ったもの。

左は宮城県女川町からの出店スペースで買ったさんま昆布巻き「リアスの詩」。

右は米パンである。

また来年も。