わたしは、26歳のときから本の編集の仕事を始めた。

 最初の仕事は小学生向けの百科事典「日本と世界の地理」の編集であった。

 編集委員の先生の指導を受けながら、現場の先生が執筆した原稿の整理をするのだが、

 その編集委員の先生が、

 「君、君が整理した文章で行間を読むことができるかね。行間を読めるようにしてください」

 と、原稿整理にたびたび注文を付けられた。

 

 行間を読むとは、どんな意味があるのだろうか。

 そのときに、編集委員の先生に素直に、「どういうことですか」と、聞いておけば、それから数十年わからないままで、過ごすことはなかった。

 活字になった本は散々読んできた。確かに行間はある。その行間からなにか意味あるものが立ち込めているとは思えなかった。


 読者対象に、わかるように、用字用語を決め、ことばを言い換えたり、段落を入れ替えたり、主語と述語との関係を考えながら文章を整える。それが編集者の原稿整理業務と、自分ではこれでいいと数十年言い聞かせて仕事をしてきた。


 昨日、不動産のチラシを眺めていた。3行にわたるキャッチコピーが目に飛び込んできた。

 「行間を読む」とは、

 そうかと思った。


 文章は文字の集合体である。一文は基本的には主語と述語から成り立っている。その文が、いくつも並べられることで、感想、考え、思想が表現される。


 いくつもの文が並べられて、本のテーマに迫るわけだが、本とは1ページに何字詰めの何行で組むか決められている。つまり行間は必ずあるのである。


 3行のキャッチコピーを眺めた時、「行間を読む」とはその3行に込められた意味、理念を読み取ることではないのかと思った。

 3行であっても、何千行であっても、その文章のテーマしたものを読み取ることが、「行間を読む」ことではないかと、思った。

 忘年会はこの年の苦労を忘れ去る宴会だと国語辞典には出ている。
 室町時代の連歌の集いで「年忘れ」の言葉がでて、明治時代になって忘年会がわたしたち庶民の間に普及してきたようである。
 忘年会は、会社勤めで苦労した人々をねぎらう意味があると思うが、いまの若者はどう感じているのだろうか。

 わたしは、声をかけられている忘年会が今年4回ある。
 12月3日、沖縄料理店で1回目。これは女性1、男性2名の参加。三線の話がテーマになるだろう。

 続いて、世田谷の知人のご自宅で、ケータリング形式、飲み物持参で行う。女性6名男性7名参加。健康問題がテーマか。
 3回目は神戸。男性3名で行う。20代の回顧談か。わたしはこのあと、師走の京都を散策するつもり。
 4回目は、今年研修で知り合った人との忘年会。女性2名、男性3名参加。
 試験、宿題、修了試験で苦労しあったから、忘年会にはふさわしいのではないか。

 以上を眺めると、すべて仕事がらみの忘年会である。
 1回目から3回目までは在籍した会社での人間関係である。
 4回目は職場は違うが、同じ仕事をする人たちである。
 仕事は人間関係をつくる最も強い要素になる。そう思わざるを得ない。

 これが基本なんだと、忘年会の予定を書いていて気がついた。

 つまり、仕事は人間関係。
 これをさびしいと思うか、喜びと思うかは、人さまざまであろう。

 わたしの場合は、これからも仕事をしたいと思っているので、人間関係を大切にしながら仕事をしようと思う。

 来年も、4回は忘年会をしたいものである。

 久しぶりに、何も予定がない一日を過ごしている。

 昼は、思わず、大好きなスペインワインのボトルを開けてしまった。

 スペインの明るさを思い出した。

 シェスタがある理由がわかる。

 昼間寝て、明るい夜を楽しむ。

 自然がスペイン人を、そのように生きるようにと、教えたのであろう。

 そんなことを書くために、書き始めたのではない。酔っぱらっている。


 女性についてである。書きたいことは。

 

 わたしは、これまでは、美人が好きであった。

 小学六年生の初恋以来、好ましく思い、近づいた女性は、わたしが美人であると心底思った人である。

 初恋の女の子は、色が白く、眼鼻立ちが整い、痩せていた。中学生のときは美人の同級生に惚れた。

 身長160、学力抜群であった。色が黒いのが、当時のわたしからすると小麦色に見え、魅力的であった。

 高校時代は、石坂洋次郎の『若い人』『青い山脈』などの青春小説の影響を強く受け、自分の身にも小説のような奔放な少女が現れることを期待した。

 物語は何も始まらなかった。

 大学は男ばかり。恋をあきらめ、自分の心と向かい合う時代であった。ノートに記した。「愛は信頼である」と。

 社会人になって、わたしは自分が女性からどう評価されているか知るようになった。

 「結婚しても大丈夫な男」。当時はそうだったのではないかと思うが、わたしの心はいまもそうだが、不安定である。

 何度か、結婚の話になる相手はいたが、転職願望のあったわたしは、ためらってしまった。


 転職を実現し、心身ともにみなぎっていた時、お酒を覚え、、バーのママを遍歴する日々が続く。

 お互いを理解しなくても、付き合えるのが男と女なんだと、思いつつ時間は流れた。


 そして、結婚。


 さらにその後が、いま。


 わたしの女性観は、外形、心といった、女性を男が愛するポイントがかなり変わってきたのではないかと思っている。


 わたしは、女性はやせ形、頭脳明晰、美人がよいと考えていた。

 その背景には、自分で勝手に女性像をつくってしまうという、悪癖がある。


 わたしは、女性は一緒に行動して、楽しいと思う、これが愛の基本ではないかと思い始めている。

 愛は一生は続かないのではないかと思っている。

 であるならば、その関係を続ける一番の要素は、一緒にいたいと思える気持ちがどこまで続くかと言うところに行きつく。


 恋愛は、いつも難題なのである。

 野村萬斎が「でくのぼう」を演じきった面白い戦国末の武将像であった。

 舞台は北条氏の領地であった埼玉県忍。


 戦いもマイナーであるし、舞台もマイナーである。


 北条氏討伐の兵をあげた豊臣秀吉のサイドストーリーに、石田三成と長束正家、大谷吉継。

 この名前は百科事典に出ている。

 それに対抗し、忍城を守る成田氏の城代は、名前すら出てこない。


 水攻めをした三成の堰跡の名前は残っているが、肝心の成田氏の話はない。


 日本の歴史は勝者の歴史なのである。


 このストーリーは石田三成に武将としての勲章を付与しようとした豊臣秀吉の思惑とそれを敵として向かい合った主人公とのミスマッチの戦いに焦点を当てたところにある。


 主人公は「でくのぼう」、といっては城主の血縁につながる家老の血筋を汚すところから、百姓は「のぼう」4さまと呼ぶ。


 こののぼうさまが、降伏勧告を拒否し、戦いを選ぶ。


 かなり脚本に無理があると、わたしは思ったが、戦いが始まる。

 のぼうさまは度胸はない。受け身であるが、初戦は勝ってしまう。


 三成は、戦略を代える。浮き城を水攻めにするのである。

 成功するかと思っていたが、のぼうさんの決断、のぼうさんを愛する百姓たちの働きにより、水攻めは、

 水泡に帰す。


 小田原城が落ちてしまい、忍城は明け渡しとなる。


 まあ、時代劇の楽しみである、合戦シーンは前半で終わり、一回こっきりの見せ場であった。


 時代劇にはさぐりあい、火花、クライマックスと見せ場がある。

 この時代劇にはその見せ方をやめて、理屈に走るところがありすぎて、監督の力量に疑問が残った。


 何も解決させずに終わらせてしまったが、人の一生は終わらせることができないと考えたこの監督は、考え過ぎたのではないかなあ。


 中央線の車内は、「のぼうの城」のパンフレットに埋まっている。映画はこんなにしてまでPRする必要があるのかな。


アンクルのブログ


 河出書房新社から2012年7月30日に発行された平川祐広(すけひろ)さんの力作である。

 夏目漱石論は、漱石の作品、その人生から語られることが多いが、平川さんは外からの視点、つまり外国人との関係を追加して漱石の人間、作品に迫ろうとしている。

 基本は比較することにより、深く漱石に迫る。

 漱石が、先生と考えていた人は正岡子規だと思うが、平川さんはマードック先生も漱石に深い影響を与えていると論証している。



 西洋からの借金の項で、まず、平川さんは、ジェームズ・マードックの『マードック先生の日本歴史』から一文を引用する。

 「今の吾等は」刻々に押し流されて、瞬時も一所に彽徊して、吾等が歩んできた道を顧みる暇を有たない。吾等の過去は存在せざる過去の如くに、未来の為に蹂躙せられつつある。」


 それに対して、和歌山で講演した漱石の『現代日本の開化』の一文を比較のためにあげている。

 「西洋の開化は内発的であって、日本の現代の開化は外発的である。中略 今迄内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応なしに其云う通りにしなければ立ち行かないという有様になったのであります。」(平川さんの引用を一部変えてある)


 つまり、江戸時代までの文明を過去のことだと捨て去り、西洋の文明に価値を置いてその文明に振り回されて、右往左往せざるを得ない日本を憂いているのである。


 西洋に追いつけ追い越せと、戦争に突っ走ったことは忘れ去られようとしている。

 グローバリゼーションにも乗り遅れまいとし、

 TPPにも、わが国の存在価値を踏まえないで、経済価値にのみ重きを置いて参加しようとしている。


 漱石は「滅びる」と言った。

 外国人が考える価値を金科玉条のごとくに信奉して追いかける。

 

 漱石の文明観こそ小中高等教育に取り入れてもらいたいと思うが、明治はあまりにも遠くになり過ぎた。


 平川さんは外からとしてニーチェ、内からとして森鴎外を挙げている。

 

 

 

 一人でやっている仕事ではなく、チームでやる仕事の打ち合わせが、土曜日の今日行われた。

 わたしを含め、10人集まった。

 こんな、人数が集まって仕事の話をする。多少緊張。


 知っている顔は2人、7人は初対面である。

 資格も取得する可能性があるだけなので、わたしは門外漢に近い。

 理事長のあいさつの次に自己紹介。

 

 わたしの順番がきたので、身分不安定の中途半端な立場での参加と言うと、

 事務局長が、

 「アンクルさん、合格してますよ。機構から通知がありました」


 一同、祝福の拍手。

 すかさず、

 「これで、お仲間に入りさせていただけました。よろしくお願いたします」

 と、挨拶完了。


 その後、来年月までの仕事の割り振り、事務局の機能の充実、来年度のPRパンフレットの作成手順、

 と、参加者の意見を言って無事終了。


 仕事とは金銭報酬がついてくるもの、その金銭に見合うだけの専門能力は発揮しなければと、思った。

 衆議院解散。師走選挙。

 1か月の政治空白。

 民と自公、第三極の争い。


 勝手にマスコミは規定しにかかる。


 人々は政治に期待しないことが当たり前になっている。

 

 以前、フランスは小党乱立で安定した政治運営ができなかった。

 日本も、二大政党から小党乱立の様相を呈してきた。


 これは、人々の意識と行動が多様化してきたからであろう。文明の進化は多様化である。

 この多様化している日本人の意識と行動を二大政党は掬い取れていない。


 民意が政治の基本であるならば、多党化は仕方がない。

 しかし、決められない政治は、この多様化が原因になっている。


 資本主義の日本においては、景気浮揚が一番であろう。

 景気が、経済が、福祉、年金、外交、地域、教育の未来を決める。

 

 マニュフェストを実現できなかった政党、首相を投げ出した人間が総裁になった政党。

 われわれはしっかり、面白半分に現実しか見ないマスコミに踊らされずに、自分の思いをたったの

 1票に託そう。

 わたしと谷根千をめぐる予定の人が、ご主人が突然倒れ、谷根千めぐりは順延になった。


 わたしが先週土曜日にイタリアの旅の話を聞いた人は、谷根千めぐりの人を知っている。


 そのイタリアの話を聞いた人から一昨日電話があった。

 「ちょっと相談があるのですが」

 と、イタリアの話をしてくれた人が言った。

 「谷根千、行けなくなってお気の毒さま。病気見舞いを、彼女にと考えているのだけど。彼女は甘いものが好きだし、わたしの気持ちということで甘いものを差し上げようと思うのだけど、どう思いますか」

 「いま、ご主人は点滴なので、お見舞いの見当がつきません。彼女が好きなものを差し上げるのが一番のお見舞いになると思います。甘いものが一番いいと思います。わたしも彼女に満願堂のいもきんをお見舞いとして渡すつもりです」


 と、いうわけで、わたしは今日、銀座に出かけた。

 松坂屋の食品売り場に満願堂が出店しているからである。並ばないで済むのが浅草まで出かけない理由である。

 いもきんは24時間が賞味期限。そこで、ご主人用にと松屋の食品売り場にあるHARADAの焼き菓子を追加することにした。


 今日も、仕事が終わると都内の病院まで行かなければならない、谷根千の君のため職場まで届けた。


 まだ、今年も1か月以上残している。

 にもかかわらず、年賀はがき、お節とクリスマスを飛び越して、せわしくなっている。


 わたしも、この動きに敏感に反応してしまった。


 エプソンから年賀はがき、喪中はがきの知らせが届き、無料で使おうと見た。

 わたしは、喪中はがきを早めに用意しておこうと考えていたのだ、


 年賀はがきのソフトは、本文を自分の好みに代えて、作れる。

 喪中はがきもそれができるのではないかと、浅はかに考えたわけである。

 

 昨日、ビックカメラの本売り場に行って、喪中はがき作成ソフトを探した。

 ない。

 年賀状簡単作成ソフト付き雑誌は、まさに戦場という感じで、平積みになって、目に飛び込んだ。

 あ、そうかと思った。


 年賀状簡単作成ソフト付き雑誌を一冊、一冊丁寧に見てみた。

 どの雑誌にも、「欠礼はがき」として、ページの後ろにサンプルが載っていた。


 1冊購入した。


 今日は、そのソフトを使って、必要枚数を無事に印刷することができ、来年への準備が整った。


 早い早いと、世間を見ていた自分が、どうやら追い越してしまったようである。

 昨日は怖い顔をしていた、田中大臣が、今日は笑顔になる場面があった。

 拉致問題、外交、領土問題、税と社会保障、景気と政府与党は課題満載である。


 野党となっている自民党の質問者には、たっぷり時間が与えられているので、皆さん余裕からか、堂々としている。


 素人閣僚と玄人議員との印象を強くした。


 これが、立ち位置が変わったら、

 素人閣僚が生き生きして、質問側になり、

 玄人議員が、とんでもないボロを出すのではないかと、想像した。


 政治屋(ポリティシャン)はいるが、日本にはステーツマンはいそうもない。