西高東低の気圧配置になると天気予報士が自信たっぷりに言っていたのが、先週の土曜日。

 朝晩、本当に冬になった。それでも、情報の先取りが生命のネット上に、京都は紅葉の案内がある。

 これがおもしろい。

 

 さて、忘年会の師走になった。

 わたしは、12月3日が第1回忘年会。午後6時スタートである。

 会場は沖縄料理店。

 ここ2年間は、沖縄は遠くにありて状態だが、月に1度は、わした銀座店に行って沖縄を堪能している。


 今日の忘年会の主宰者は、わたしの仕事の上司だった女性。

 仕事の関係を人間関係にまで拡張するのは難しいと思うが、そこまでの関係づくりができた要因は沖縄。

 彼女は年に1度は沖縄詣でをする、沖縄大好き人間。

 彼女とは泡盛とラフティー、海ぶどうで何回盛り上がったことか。

 しかも、彼女は3年前から三線を始めている。

 「発表会に花束を持っていくから、招待よろしく」と、言っても、

 「うーん、聴かせる価値がまだないから、そのうちね」と、はぐらかされ続けている。

 彼女の夢は、秋から冬の6か月は沖縄で暮らし、昼間から浜辺で三線を弾くことらしい。


 沖縄の大地では米軍基地の問題、海ではサンゴ礁の問題と政治、環境の課題を抱えながら、沖縄人の風土と歴史に根差した魂の在り様は驚嘆に値する。

 恋し、愛する。
 一つになるとさらにいい言葉、恋愛となる。
 恋人同士は、恋の段階。
 すると、愛は愛人同士。愛の段階とは。婚姻をしている人間とその相手の愛となる。恋とか、愛の世界に不倫が登場する。
 これは、どうも感心できない。
   「恋してます」は、恋している相手がいるときに使う。わたしは、佐藤さんに恋している、と言えば、これは片思いか両思いのいずれかであろう。
  二人だけの関係であるから、だれにも迷惑はかけない。
 「愛してます」は、二人だけの関係の場合は、恋しいから愛するに段階が上がったのではないかと思うが、婚姻関係を持つ人間とそこに割り込む愛は厄介である。

 さて、フォークソングの世界である。
 「池上線」「名残り雪」「いちご白書をもう一度」は、正真正銘の独身の若い男女の別れ歌である。
 恋をしていた男女が、池上線では男が心変わりし、名残り雪では東京に男を残し、女は故郷に帰ってしまう、いちご白書は男の変節を女が嫌ったのかもしれないが、いずれも恋の終わりを歌ったものだと思う。
 「神田川」は愛のフィナーレを歌ったものではないかと思うが、ここには人間の成熟した男と未成熟な女との愛の破局があったのではないかと思う。

 わたしに、ある作家が「日本には本当の恋愛小説はない」と言っていた。
 
 わたしは、恋も愛も移ろい行くものだと思っている。
 恋愛は、その瞬間は未来永劫変わらないと思い込んでしまう。しかし、恋するのも、愛するのも、飽きるのも人間の本性であると思う。
 
 

 ブログを始めてから3か月たった。

 日記代わりに書こうと思ったが、続いたことがない。

 続いているのはなぜか。

 わたしには読者になってくださった方が6人いる。


 そのうちのお二人は必ず、ペタを残してくれる。


 だからいまも、書こうとしているのかも。


 このお二人はフィクションの書き手である。

 お一人は見事な会話文で物語を構成し、繊細な人間観察をベースに毎回読ませてくれる。

 またお一人は、わたしのパソコンの動きが悪いのはと思うほど、魅惑的な絵と文で見せて読ませてくれる。

 

 わたしは、勝手にペタ友だと思っている。

 ありがとうございます。

 母性とは母としての性である。

 わたしは男であるから言葉だけの解釈である。

 その母性は、本来子どもを守るために発動される性であるはずが、

 同棲した男に消されてしまい、虐待につながる事件があった。

 母性はわが子を守るための性向であると、わたしは思っていた。

 それが、そのほかの欲求より弱くなってしまった。


 人類の退化である。


 母性の持ち主であるのは、女性である。


 これだけは、男女平等は無理だと思うので、なんとか。


 この母性は、子ども第一なのだが、第一を取り違えてしまうことがあるような気がする。


 こどもがやりたいという気持ちを、取り間違える母性があるのではないか。


 母性は、命を大切にする気持ちである。と思う。


 この気持ちが、方向を間違えると、とんでもない結果になる。


 なんとか、母性だけは変質しないように願う今日このころである。

 わたしが3年間付き合いのある母とこども二人の4人で忘年会を行った。

 こどもはどんどん賢くなっている。

 長男は今年小学校に入学した。

 勉強頑張るようにわとたしと約束した。

 長女は保育園の年中さん。


 3か月前は、こども達は食べ終わってしまうと、あとはむずがるか、じっとしていない。

 

 今回はは大人のメニューを注文した長男は、きれいにたいらげた。

 長女は、ほぼ7割は食べた。


 ここで長男、長女はお絵かき帳を取出し、一心不乱に鉛筆を手に、

 長男は漢字の書き取り、長女はお絵かきを始めた。


 長男が書いた漢字は、「学校」「木」「大小」だが、「木」のあとに「林」と続けて「森」まで書いた。

 教え好きのわたしは思わず、漢字にもっと関心を持ってもらおうと、木の意味を知らせるチャンスと思い、林と森との関係を解説した次第。

 長女の描く絵には、母、おにいちゃん、自分がいるのだが、そこにわたしまでくわえてくれていた。


 家族の中で、それぞれの成長を遂げていくのがこどもだが、他者を取り込める気持ちの芽生えは大切であるし、知的好奇心を発揮させることも大切である。


 忘年会がやけに知的になったのは、こどもの成長のおかげと納得した。

 

 忘年会をしようと言い出した人は、アルコールは飲めない。

 誘った人のうち、飲めるが、最近は健康管理上、できるだけ飲まないようにしていると。

 つまり、5人のうち、飲めると言えるのはわたし一人である。


 忘年会は、飲むためにあるものだと思っていたわたしは、はたと困った。

 そこで、昼食を兼ねる忘年会にしようと、お昼に会うことにした。

 そこまで妥協したが、さて会場である。

 わたしは、ビアホールなら食べ物もあるし、ソフトドリンクはあるし、ビールもあるから、いいのではないか、と考えたが、どうもすっきりしない。ビアホールは、ビール好きの人間が行く場所である。

 5人中わたし一人だけが飲んでも、なんか、すっきりしない。


 迷っていたら、飲めない参加者からメールが届いた。

 「うどん屋さんがいいのではないでしょうか」


 この人は、

 「わたしは飲めないけれど、人と話をすることが大好き。だから忘年会はぜひやってください」

 と、言っていた人である。


 昼食を兼ねた忘年会。うどん屋さんなら腑に落ちる。

 

 


アンクルのブログ


びっくり。

上の写真は、交番。

パトロールに出かけたので、無人を表示しているのである。

いつもは、数えたことはないけれど、少なくとも5人は駐在している。

時間は午後5時を少し過ぎたころ。

勤めを終えたサラリーマン、キャリアウーマンが街中に出てきて、にぎわいを取り戻す時間帯である・


にもかかわらず、交番勤務のお巡りさんはパトロールに出ていない。

万が一、何か交番に用ができた人は、150メートル離れた交番に行ってくださいと、案内があった。


この交番は銀座四丁目の交番。

20代から銀座はよく歩くが、交番勤務の形態は知らなかった。
人通りも、車の通行量も多い。銀座四丁目の交番が留守になるとは。

 マニュフェストで政権を担当した民主党。

 その政権担当能力が評価される総選挙のテーマが、出そろったようだ。

 

 民主党に即して言えば、テーマは、

 1. 沖縄の米軍基地のあり方と安全保障の問題。

 2. マニュフェストで言わなかった消費税増税の是非。

 3. 政治主導の政権運営だったか。

 4. 国民の生活が第一の政策を実現したか。

 5. 少子高齢社会を見据えた政策を実行してきたか。

 6. TPPを国民的合意でやろうとしているか。

 7. 格差社会をどうしようとしているのか。

 8. マニュフェストの実現度合。

 であろうか。このあたりが、評価の尺度であろう。


 さて、人気度ナンバーワンの自民党だが、

 政権を一度投げ出した現総裁が、金融政策や憲法に対して勇ましい発言を繰り返している。

 彼は、景気、国防が総選挙のテーマにふさわしいと考えているのだと思う。

 しかし、一回投げ出した人間に語ってもらいたくない気がする。


 ここに、エネルギー政策がわかりやすいテーマとして重要な位置を占める。

 原発廃止か継続かといった文明史における大きなテーマに、被爆国日本のわれわれは答えなければならない。


 いずれにしろ、われわれの1票が、われわれ自身の人生を、国のあり方を選択するのではないか。


 

 今日は一日雨だった。

 一雨ごとに冬を招きよせる。

 暑いのも寒いのも、どうもと考えてしまうのは年のせいか。


 こんな日は人間の品格を考えるにはふさわしい日だと思う。


 挙措を丁寧に見る機会があるのは、テレビニュースの天皇、皇后の行動である。

 お二人の立ち居振る舞いは、美しいと思う。

 お互いを思いやる気持ちが、表情としぐさに自然と表出している。


 腰のかがめ方も美しい。

 東日本大震災の被災者へのお見舞いで、自然ととられる挙措は美しい。


 つまり、2000年以上にわたり、日本人としての品位を維持してきたのは天皇と皇后だけではないかと、思ってしまう。

 このお二人が外国の賓客をお迎えするのであれば、わたしは安心できる。

 首相ご夫妻では、不安である。


 このお二人がいる限り、日本人の品格は維持してくれるであろうと、思う。

 携帯電話、固定電話、パソコンEメール、ファックスと連絡メディアがいくらでもある今日。

 1週間連絡が取れない相手がいた。

 わたしは携帯電話とパソコンEメールが連絡手段。

 連絡を取りたい相手は、上記のすべてを持っている。


 携帯にメールを送るのが、普通のわたしの連絡方法。

 読んでくれたかどうかは、わからない。

 ふつう、確認したとメールが来てもよさそうだが、こない。

 

 仕方がないので、携帯に電話する。

 「電源が入っておりません」

 の、メッセージが、通話するたびに聞こえる。


 しょうがない。

 固定電話に掛ける。

 10回コールして出なければ、切る。

 それをわたしは守ってきたが、でるまで呼びつづけた。


 ここまですれば、あとは留守電になると考えたのである。

 留守電に伝言を記録すれば、連絡したことになる。


 ところが固定電話からのメッセージは、

 「ファックスの方はピーと鳴りましたらお送りください。それ以外の方はおかけ直しください」


 わたしは、それでも翌日も翌々日も、かけ続けた。


 そして、さきほど、連絡したかった人から携帯メールが入った。


 旅行をしていたとのこと。