恋し、愛する。
 一つになるとさらにいい言葉、恋愛となる。
 恋人同士は、恋の段階。
 すると、愛は愛人同士。愛の段階とは。婚姻をしている人間とその相手の愛となる。恋とか、愛の世界に不倫が登場する。
 これは、どうも感心できない。
   「恋してます」は、恋している相手がいるときに使う。わたしは、佐藤さんに恋している、と言えば、これは片思いか両思いのいずれかであろう。
  二人だけの関係であるから、だれにも迷惑はかけない。
 「愛してます」は、二人だけの関係の場合は、恋しいから愛するに段階が上がったのではないかと思うが、婚姻関係を持つ人間とそこに割り込む愛は厄介である。

 さて、フォークソングの世界である。
 「池上線」「名残り雪」「いちご白書をもう一度」は、正真正銘の独身の若い男女の別れ歌である。
 恋をしていた男女が、池上線では男が心変わりし、名残り雪では東京に男を残し、女は故郷に帰ってしまう、いちご白書は男の変節を女が嫌ったのかもしれないが、いずれも恋の終わりを歌ったものだと思う。
 「神田川」は愛のフィナーレを歌ったものではないかと思うが、ここには人間の成熟した男と未成熟な女との愛の破局があったのではないかと思う。

 わたしに、ある作家が「日本には本当の恋愛小説はない」と言っていた。
 
 わたしは、恋も愛も移ろい行くものだと思っている。
 恋愛は、その瞬間は未来永劫変わらないと思い込んでしまう。しかし、恋するのも、愛するのも、飽きるのも人間の本性であると思う。