わたしは、26歳のときから本の編集の仕事を始めた。
最初の仕事は小学生向けの百科事典「日本と世界の地理」の編集であった。
編集委員の先生の指導を受けながら、現場の先生が執筆した原稿の整理をするのだが、
その編集委員の先生が、
「君、君が整理した文章で行間を読むことができるかね。行間を読めるようにしてください」
と、原稿整理にたびたび注文を付けられた。
行間を読むとは、どんな意味があるのだろうか。
そのときに、編集委員の先生に素直に、「どういうことですか」と、聞いておけば、それから数十年わからないままで、過ごすことはなかった。
活字になった本は散々読んできた。確かに行間はある。その行間からなにか意味あるものが立ち込めているとは思えなかった。
読者対象に、わかるように、用字用語を決め、ことばを言い換えたり、段落を入れ替えたり、主語と述語との関係を考えながら文章を整える。それが編集者の原稿整理業務と、自分ではこれでいいと数十年言い聞かせて仕事をしてきた。
昨日、不動産のチラシを眺めていた。3行にわたるキャッチコピーが目に飛び込んできた。
「行間を読む」とは、
そうかと思った。
文章は文字の集合体である。一文は基本的には主語と述語から成り立っている。その文が、いくつも並べられることで、感想、考え、思想が表現される。
いくつもの文が並べられて、本のテーマに迫るわけだが、本とは1ページに何字詰めの何行で組むか決められている。つまり行間は必ずあるのである。
3行のキャッチコピーを眺めた時、「行間を読む」とはその3行に込められた意味、理念を読み取ることではないのかと思った。
3行であっても、何千行であっても、その文章のテーマしたものを読み取ることが、「行間を読む」ことではないかと、思った。