久しぶりに、何も予定がない一日を過ごしている。
昼は、思わず、大好きなスペインワインのボトルを開けてしまった。
スペインの明るさを思い出した。
シェスタがある理由がわかる。
昼間寝て、明るい夜を楽しむ。
自然がスペイン人を、そのように生きるようにと、教えたのであろう。
そんなことを書くために、書き始めたのではない。酔っぱらっている。
女性についてである。書きたいことは。
わたしは、これまでは、美人が好きであった。
小学六年生の初恋以来、好ましく思い、近づいた女性は、わたしが美人であると心底思った人である。
初恋の女の子は、色が白く、眼鼻立ちが整い、痩せていた。中学生のときは美人の同級生に惚れた。
身長160、学力抜群であった。色が黒いのが、当時のわたしからすると小麦色に見え、魅力的であった。
高校時代は、石坂洋次郎の『若い人』『青い山脈』などの青春小説の影響を強く受け、自分の身にも小説のような奔放な少女が現れることを期待した。
物語は何も始まらなかった。
大学は男ばかり。恋をあきらめ、自分の心と向かい合う時代であった。ノートに記した。「愛は信頼である」と。
社会人になって、わたしは自分が女性からどう評価されているか知るようになった。
「結婚しても大丈夫な男」。当時はそうだったのではないかと思うが、わたしの心はいまもそうだが、不安定である。
何度か、結婚の話になる相手はいたが、転職願望のあったわたしは、ためらってしまった。
転職を実現し、心身ともにみなぎっていた時、お酒を覚え、、バーのママを遍歴する日々が続く。
お互いを理解しなくても、付き合えるのが男と女なんだと、思いつつ時間は流れた。
そして、結婚。
さらにその後が、いま。
わたしの女性観は、外形、心といった、女性を男が愛するポイントがかなり変わってきたのではないかと思っている。
わたしは、女性はやせ形、頭脳明晰、美人がよいと考えていた。
その背景には、自分で勝手に女性像をつくってしまうという、悪癖がある。
わたしは、女性は一緒に行動して、楽しいと思う、これが愛の基本ではないかと思い始めている。
愛は一生は続かないのではないかと思っている。
であるならば、その関係を続ける一番の要素は、一緒にいたいと思える気持ちがどこまで続くかと言うところに行きつく。
恋愛は、いつも難題なのである。