本書は2008年10月30日に文藝春秋社から刊行された。

 山本さんの作品には魅力的な江戸時代の庶民が登場する。

 目的を持ち。その目的を実現させるために懸命に生きる庶民の人物像を丁寧に描き、目的のために知恵を働かせ行動せざるを得ない物語の設定に読み手は興奮せざるを得ない。

 物語を設定し、人物を動かす。そこには、江戸時代の人物に日本人の良さを託し、人間を追究しようとする山本さんの根本思想がうかがわれ、心地よい。


 本書は、札差同士の裏の戦いのなかで、損料屋喜八郎が冷静な頭脳と大胆な行動で、喜八郎が考える正義の維持を果たそうと生きる姿を描いている。

江戸幕府の棄捐令は、札差が武士に貸し付けたお金をすべてなかったことにする命令。これで莫大な損害を被った札差は節への貸し出しを縮小させた。札差本人も使わない。お金が回らなくなる。不況である。庶民にお金が回らなくなるのである。

 京都ではお坊さんがお金を回す役割を担っている。坊さんが茶屋遊びなどで祇園などにお金を落とし、それが回りまわって庶民にわたるのである。

 幕府は景気回復策を考える。3万石の給付米を江戸庶民に回す策を実施することにしたのだ。札差がその仲介をするので札差に莫大な利益が落ちる。札差を助け、庶民を救う。

 こんな時、必ず、悪がはびこる。

 損料屋とは布団、鍋釜など日用品を貸し出す仕事だが、喜八郎にはその悪事を事前に察知し予防する役割も持っている。

 猫札から始まった悪の動きを、喜八郎は自前の組織を使い情報を集め、巨悪の存在(札差の代表者のうちの2人)まで確かめたところで、札差の一方に情報提供する。

 その結果が書名にある「粗茶を一服」の章に用意されている。朝茶に悪のたくらみを持つ2人を、その二人にお茶を教えている師匠とともに招く。そのお茶の場面で2人のたくらみはすでにわかっており、もしそれでも強行するのであれば、用意している力でもって叩き潰すと教える。

 庶民のために生きることを決めている主人公喜八郎の信念は最終章の「十三夜のにゅうめん」で明らかにされる。

 素晴らしい物語である。人物が生き生きと立ち上がってくる見事な時代小説の書き手である。

 ここ1か月ご無沙汰していた知人から連絡があった。

 ひとりはメール、一人は電話である。

 わたしは、メールが好きだが、電話もいいものだ。

 「連絡がないなあ」と気に留めていた知人だけに、そういうわたしの想いに答えてくれる連絡はうれしいものだ。

 メールの知人はご主人の手術がうまくいき、完全治癒の知らせだった。

 何故連絡してきたのか、理由は昨年から古い江戸の町並みを訪ねたいと言っていた知人が、突然、ご主人が倒れたので約束を履行することができなくなっていた。手術は5月と言っていたのが、ご主人の体調が予想以上に早く回復し、手術も4月に行われ、術後の回復も早かったということである。

 梅雨入りは何日かわからないので31日に谷根千に行くことにした。


 電話の知人は、死後との関係でわたしがやっている成年後見制度のことを聞いてきた。電話ならお互い納得のいくまで話し合える。

 知人の疑問にはすべて答えることができた。20分以上も話し、お互いに懐かしい懐かしいと言って、再会を約した。

 

 わたしは携帯メールは入力が遅いので嫌いだ。まして、仕事がらみ説明がらみだと入力する遅さにいらだちを感じる。

 電話も本当は嫌いだ。話した後水分を補給するためによく立ち上がったものである。緊張している。

 まあ、たまには苦手なことでもないと、人と付き合えなくなってしまう。

 本書は2010年2月10日に文春文庫から発行された。

 文春文庫には面白そうな時代小説が収録されている。

 新しい作家を目録の簡単な解説から探すのは容易である。

 タイトルがわからなかったが、解説に、

 「小藩で同じ剣を12,3歳で学びあったが、いっぽうは藩の国家老として腕を振るい、いっぽうは小禄のまま仕えた者同士が、50代になり友情を取り戻し、いっぽうのためにいっぽうが力を貸す」物語である。

 小藩、友情がテーマであると、つい読んでみたくなる。

藤沢周平さんの影響がわたしに色濃く投影している。


 日下部源五は体力が取り柄の武士である。しかし剣と鉄砲をよくする。松浦将監は国家老。剣も血筋でよく使い、そのうえ絵に優れた才能を発揮している。

 藩の領地替えで、松浦は藩主とその取り巻きに疎んじられ、隠居に追い込まれる。

 しかし、執政としての命の使い切りを己の使命とした将監は、脱藩を決意する。助けるのが源五。

 脱藩に成功した将監は江戸へ、源五は囚われの身に。

 結局、将監の思惑は成就し、源五は無罪放免になる。

 この二人の生きざまを見る限り、物語としたら読ませるものがあるが、政治に影響される農民はたまらない。

 それでも銀漢とは天の川であることもわかったし、友情の在り様もわかり、人間も捨てたものではないと思わせてくれる作品であった。

 本書は2013年3月10日に青弓社から出版された。

 少しは、現在の人間を理解しようと書店に行った。

 目についたのが本書。

 有名な「銀座の母」と呼ばれる占い師がいる。

 銀座の裏道に大きな看板が出ている。

 母である以上占ってもらいたくておとづれるのは、若い女性が多いのではないか。


 本書の著者は文化人類学と宗教人類学の大学の先生。

 面白そうなので買った。


 本書は4章立て。

 第1章いまどきのうらない

 テレビ、雑誌の占いをざっと見せて、女性、若者になぜうけるか解説する。

 第2章占いは何をしているのか

 「わけ」を言うことで、世界の説明、人生の説明、わたしの説明、つまり偶然の説明をしている。

 第3章人はなぜ占いを信じるのか

 「わけ」は高次の論理階型を設定、措定する。その論理階型の存在を示すと人は納得してしまう。

 第4章女性、若者と占い

 「男はギャンブルに走り、女は占いに走る」を徹底的に分析し、具体例を挙げながら論証していく。

 結論は、「自分を見つめろ」「個性をもて」と言われ続けてきた「私」に

手軽にそっとささやいて、広範囲に教えてくれ、断言してくれるのが占いであるとしている。


 起承転結のはっきりした本であった。

 

 

 集英社文庫から1996年2月25日に発行された。

 わたしは超おもしろい推理小説作家だと思っていた。

 躁鬱探偵が活躍する『H殺人事件』『CM殺人事件』『M殺人事件』シリーズと『やっとかめ探偵団』シリーズを1986年から2年間読みふけった。そして1987年に出版された『国語入試問題必勝法』で読むのを止めた。

 『普及版 日本文學全集第1集』は、書名にそそられて手に取った。

 目次を見たら、古事記、源氏物語、方丈記、平家物語、小倉百人一首、徒然草、太平記、好色一代男、奥の細道が取り上げられていたので、何かの参考になる木がした。


 さすが、ユーモアと洒脱性を有している作家の筆である。

 おもしろい。筆者は縦横に虚構性をこの文学作品に投影させている。古典の名著を、たとえば、古事記では解説したと思えば、源氏物語では源氏物語こそ最高の文学作品と思っている女性国語教師を登場させ、六条御息所を解説させる。もちろん、妻のいる数学の男教師との関係をスパイスにして物語を盛り上げる。

 方丈記は、妻に捨てられ、娘とも連絡を取れなくなって、60歳を目前にして会社を辞めた男が主人公になっている。男は夢破れ、いまはカプセルホテルを終の棲家にしている。毎日することがノートにそこはかに思うことを書きつけること。まさに現代の鴨長明を描いている。

 参考になったのは徒然草である。

 吉田兼好の人物像を徒然草から想像して、結論として、年配の男性がなぜ、辛口のエッセイを書くのか論証する。ただ、兼好は当時の知識、知性ではトップレベルだったので嫌みのないエッセイになった。これを真似する男は自作のエッセイで失敗すると断言する。

 ちなみに、女性のエッセイは枕草子が原点になっていると提示している。

 参考になった。

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5月の晴天。

光り輝く日に出かけた。鎌倉に。

朝の8時台に家を出た。

さすがに、出かける人は少ない。

駅のホームも人はまばら。電車に乗っても座れた。

もってきた藤井邦夫さんの『養生所見廻り同心 神代新吾事件覚』がゆっくり読めた。乗換である。遠い。7,8分かかった。

横須賀線に乗る。大船から横須賀線になるんだ。

大船を過ぎたところで、突然、北鎌倉で降りようかと思い始めた。

北鎌倉でわたしの前で座っていた感じのいい夫婦が立ち上がった。

思わず、降りてしまった。

始めてきた鎌倉は北鎌倉から始まった。

その原体験がわたしを北鎌倉で下したような気がする。

9時30分であった。

上の写真は東慶寺の本堂である。

東慶寺は駆け込み寺として有名である。

この寺に駆け込んだ女性は、1年間はこの寺内で暮らさなければならない。しかも、所持金の多寡で寺での身分暮らしが変わる。

わたしが見たかったのは、寺で亡くなった女性の墓があるのかという確認であった。

それらしい墓はなかった。離縁が整い、第2の人生を歩いた女性が多かったのだろうと思っている。


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東慶寺を出て鶴岡八幡宮に向かう道のトンネルである。

ここは旧巨福呂(こふくろ)切通しである。

鎌倉には切通しが七つある。

わたしは洞窟状で残る釈迦堂切通しがたまらなく鎌倉を感じる。



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上の写真はバレンシアという名のスペイン料理店である。

あいかわらず、繁盛しているようで、思わず写真を撮ってしまった。

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今日は鶴岡八幡宮は素通り。

若宮幕府跡を見た後、たどり着いたのが、日蓮上人辻説法跡。

日蓮は『立正安国論』で元寇を予言したが、わたしは日蓮宗の布教場所として、日本で最初の武家政権のおひざ元を選んだことに、日蓮の先見性を感じる。

どんな話をしたのか、日蓮の声を想像してみた。


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さて、本日の目的の場所、琴弾橋である。

鎌倉の大町と言われている場所には、川が流れており、少し歴史を感じさせる雰囲気は残るが、広壮な住宅が広がる場所である。

ここから、緑の山を目指すと、妙本寺の寺院が緑に囲まれて佇んで迎えてくれた。

わたしも日蓮宗なのだが、お寺はすべて同じに見える。

しかし、この妙本寺は「ああ、お寺だ、仏がおわす」と思わずにはいられなかった。

お寺には北条氏に滅亡させられた比企能員(よしかず)一族の墓があった。

比企一族の血族が日蓮の門下に入り、比企一族の敷地内に妙法寺を建立し墓を守り続けたと言われる。

源氏3代は墓を一緒にしていない。比企氏は幸せなのかもしれない。


ここまで約3時間歩いた。お腹がすいた。

ひとりだと、店には入りずらい。どこも大混雑。

パン屋があったので、菓子パンと飲み物を買う。

食べる場所を探そうと、小町小路に迷い込んだのが大失敗。

小路が200%の大混雑。動けない、動かない。

何とか脱け出して、たどり着いたところにベンチあった。

空腹で思わず座り込み、食べ始めた。

正面のビルを見て、びっくり。

「鎌倉警察署」と文字が刻印されているではないか。

気の弱いわたしは道路側に顔を向け座りなおして食事を続けた。

すると、子供連れの家族が、私の横に座り、食事を始めていた。

「さすが、ママ。ウィンナー入れてくれている」

ようやく、行楽地にいる気分になったのである。


 鎌倉に行こうと思って、図書館で借りてきた本である。

 2010年12月25日に実業乃日本社から刊行された。

 わたしには、鎌倉が好きだが、特にここに行きたいという場所はない。

 北鎌倉の円覚寺、建長寺、明月院は好きな寺であるが、禅宗と武家政権が結びついた場所であると言われてもピンとこない。

 その寺を見ながら鶴岡八幡宮までのんびり歩く。八幡宮の石段の公暁が源実朝を殺害した現場に立っても、ますますぴんと来なくなる。

 数か所ある幕府跡か源頼朝の墓を見るか迷うところだ。

 杉本寺と釈迦堂切通しも見たいし、瑞泉寺まで足を延ばそうかも頭をよぎる。

 結局、八幡宮をバックに若宮大路を鎌倉駅に向かうのだが、途中で左側に入れば、日蓮上人の歴史に触れることができる。

 小町通りを歩けば、お腹が鳴る。

 鎌倉駅に着き、江ノ電に乗ろうとするが、銭洗弁天にも寄ってみたくなる。

 電車に乗れば乗ったで、どこでまず降りるべきか悩ましい。


 そこで、巻頭に挙げた本を借りてきたのである。

 小町・雪ノ下にある小路、宇津宮小路、岩井堂小路を歩くことにした。

 ただ、歯痛があり、明日出かけられるかはなはだ頼りない。

 1947年5月3日に、国の最高規範である日本国憲法が施行された。

 今年は66年目である。

 まさにわたしは憲法とともに生きてきたと言える。

 大学では法律を学んだが、憲法は特に心に沁みとおってきたため、好きな科目でもあった。


 わたしは、この間、戦争に遭遇することもなく、生きながらえてきた。

 憲法の平和主義が支えてくれたのだろう。

 もちろん第二次世界大戦で、数百万人の日本人が命を落としたが、そのおかげで生まれてきたのが平和憲法ではなかったのかと考えている。


 いま、世界は、多様な民族対立があり、その圧力に対抗するための軍事力が必要とされている。

 日本も、中国、韓国との領土問題をかかえ、中国、韓国の軍事力は脅威となっている。

 焼夷弾の恐怖を知っている人も、この世の中からお別れし始めている。

 平和、基本的人権の尊重。国民主権は歴史から学んだことの集大成である。

 当面の課題は軍事力では、何も解決できないと思う。

 軍拡競争は軍備縮小に向かう。21世紀の人間は賢さをぜひ発揮してもらいたいと思う。

 今日は晴れである。

 昨晩は、夜更けには雨が降っていた。

 今日から始まる後半のGWは天気がよいとの予報になっている。

 つい、高尾山に行ってみたくなった。

 京王線特急高尾山口に乗る。

 北野から一駅停車し、終点。

 早い。

 電車から降りたのは30人ほど。外国人家族もいる。

 みな行先は、高尾山しかない。

 若葉がきらめき、土産物店やとろろそば店が並ぶ高尾山商店街を気持ちよく通り過ぎる。

 今日は歩かず、ケーブルカーに乗ることにしていた。

 ケーブルカーは2割の乗車率。

 30度はある斜面を軽快に走る。若葉がまとまるとまぶしい。

 あっという間に終点。

おいしいものが並ぶ山の頂店がある。


 高尾山薬王院に向かい、参拝。

 そこから。山頂に向かい20分ほどで山頂に着く。

 ああ、世界遺産に加わる、富士山がその優しい姿をたおやかに見せる。


 これで、今日の旅行は無事終えた。

 

  

 丸4か月生きてしまった、

 今日は5月1日、あっと過ぎてしまった。

 4月にだれと会ったのか、カレンダーを見た。

 主治医と医療スタッフ、姉、高校時代の友人2人。

 知り人は7~8人だけであった。

 したがって、会話時間は合計6時間ぐらいであった。

 4月は30日だから720時間あったのだが、話した時間は6時間。

 睡眠時間が210時間。

 720時間-210時間-6時間=504時間

 この504時間を何をして過ごしたのか、思い出そうとした。

 本しか思い浮かばない。

 時代小説を20冊、純文学作品を1冊、東京の歴史散歩本3冊。

 本を読んでいたのである。

 最近は老眼鏡がないと小さい活字の本は読めないが、大活字本に頼りたくはない。


 本が友達か、と思わずつぶやいた。