今日はGWの中日。

 いままでは、混むときは出かけないと決めていた。

 しかし、いまは5月3日に、鎌倉に出かけようと考えている。

 鎌倉はわたしが高校2年のときに一人で初めて訪ねたところである。

 その後、武家政権を始めて樹立した場所として、わたしの好きな場所となっている。

 いまでも付き合いなる人間と行った場所でもあり、妻とも行った場所でもある。

 思い出の多い場所である。

 江の島には墓地があるのだが、その墓地に父親が眠っている女性に付き合ったこともある。

 いま、鎌倉は世界遺産登録を申請し、近くその結論が出る。

 北鎌倉の寺院、明月院のあじさい、そして鶴岡八幡宮に向かう。途中にはスペイン料理の店に入ったことがある。彼女に買った鎌倉彫の手鏡。日蓮が辻説法をしたと言われる場所、日蓮宗の寺寺、母と食べた釜飯の店は小町通りにあった。

 江ノ電に乗って訪ねた長谷寺、極楽寺。そして、おいしい中華料理を食べたヨットハーパーの店。さらにシラス丼のおいしさ。

 

 当時の人間関係を思い出すためにも、急に鎌倉に行っておきたいと思ってしまった。

 2年前だと思うが、「新しい時代小説の作家」のふれこみで上田さんが紹介されていた。

 時代小説は藤沢周平さんにはじまり、池波正太郎さんを経て、最近は佐伯泰英・鈴木英治・藤原緋沙子さんと読んできた。

 藤沢さんの海坂藩に関係づけた『用心棒日月抄』、池波さんの『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』などが読みごたえがあった。藤沢さんの『三屋清左衛門残日録』は一冊で終わったが、わたしにはこたえられない、すでにない武士の最後の姿を見事に描ききった作品だと思っている。

 佐伯さんの『密命』『鎌倉河岸捕物控』『居眠り磐音江戸双紙』、鈴木さんの『手習重兵衛』『徒目付久岡勘兵衛』『父子十手捕物日記』、藤原さんの『見届け人秋月伊織事件帖』『渡り用人片桐弦一郎控』『藍染袴御匙帖』などシリーズとして多くの人に読まれている。

 主人公は強く、優しい。浪人であったり、同心であったりが多いいが、町人とのいい人間関係を維持しながら生きている。

 つまり、上田さんが新しい時代小説と言われたのは、江戸幕府の文官を主人公に持ってきたことである。

 『奥右筆秘帖』シリーズである。家督相続の届け出などは奥右筆を通らないと加盟断絶になる。また、奥右筆が管理している文書は幕府創設以来の秘密文書がつらなっている。その職務を精密に描写し、生き残りを図る主人公を描いているのである。

 券が使えない主人公には剣をよくする人間が配置されるのだが、券を使う場面がふんだんに用意され、一気に読了まで誘ってくれる。

 その上田さんが、宝蔵院一刀流の達人を主人公にしたシリーズが『三田村元八郎』シリーズである。本作はシリーズ2弾目。幕府と朝廷をつなぐ役割をもった主人公が縦横無尽に活躍する。

 しかし、上田さんは徳川幕府、藩の行政官となった武士の実情を描いて行ってもらいたいと思う。 

 本書は岩波書店から2013年1月9日に発行された。

 丸山健二さんの名前を知ったのは、40年前である。

 大阪文学校に通っていたころ知り合った男性が、

 「アンクルさん、この『夏の流れ』は丸山の初版本なんだけど、すぐに高値はつかないけれど、20年後にはすごいよ」

 とわたしに告げた。

 わたしは、文学者の初版本集めには関心がなかったので、話は聞き流したが、丸山さんの名前は心に残った。

 1年に1作品を出すことを自らに課しているらしい丸山さんには関心があり、図書館に行ったときは新刊コーナーに丸山さんの名前があるかどうかは習慣になってしまった。


 作者には申し訳ないのだが、本書も図書館で借りてきた。


 本書は、児童養護施設育ちで、大学は出たけれども、親しい友人もつくれず、結婚にも失敗し、シラコバトとの生活に束の間の安らぎを感じていた42歳の中年男が、シラコバトの死と直面し、シラコバトの埋葬場所と自分の死に場所を探す、その情景を42歳の中年男の独白で全編339ページを書き連ねている。

 作者は長編小説を得意としているが、わたしは残念だが、この作者の意思に付き合う粘りがない、

 しかし、本書は読めた。

 どちらかと言うと、死にたいならさっさと死ねば、しかしそうなると物語は終わってしまう。

 飽きが来ると、物語はきちんと転換する。

 シラコバトの死、小舟で川を下り始めると遺骨に巡り合う、離婚した妻が自死した原因を追究する話など自分が行きたい場所にすでに行ってしまった命と向き合わざるを得なくなる中年男を真面目に生きさせる。

 丸山さんの卓抜したストーリー性の豊かさに、大阪の友が言っていた言葉をかみしめさせてくれる一冊であった。

 新装なった歌舞伎座。これは見ておかねばと思い、見に行った。

 先だってアド街ッテ天国で歌舞伎役者が行くお店と称して、東銀座を紹介していた。

 よく歩く場所だが、歌舞伎は意識したことがなかったので、中村勘三郎さんが行っていた店は確認したくなって行った。

 寿司屋さんに喫茶店、なるほど歌舞伎座からすぐのところにあった。

 歌舞伎俳優は、リラックス、おいしいものを食べるために仕事場を少し離れて、来ていたのだろう。


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いやはや、この建物には驚いた。

現代と歌舞伎座の調和を目指したのだろうが、

わたしからみるとチグハグ。

歌舞伎座正面と商売のための後ろのビルがまるで合っていない。

歌舞伎役者は、歌舞伎を維持継続するためには安定収入が必要であるため仕方がないと思っているのであろうが、その気概で歌舞伎を続けようとはとわたしは違うと思う。

こんな世の中だからこそ、歌舞伎をしょって立つ迫力をもった役者が、安定収入をもたらすであろう、この歌舞伎座ビルによって出てこないのではないかと危惧した。

それにしても、新しい建物は庶民の人気で、多くの人が歌舞伎座の通り、道を隔てたところからシャッターを切っていた。

 イギリスのビーチャム・ハウス、音楽家たちの老人ホームを舞台にした物語である。ビーチャム卿が私財を出して作った私立の有料老人ホームなのであろう。現在、資金不足で閉園の危機にある。その危機を救うべき老音楽家たちが毎年一度開く公開コンサート、「ガガ」で資金調達しようとする。

 その目玉がヴェルディ作曲、オペラ『リゴレット』の第三幕で歌われる四重唱である。

 監督は『卒業』『クレイマー、クレイマー』『レインマン』の名優ダスティン・ホフマンで、ジュゼッペ・ヴェルディ生誕200年を記念して製作されたらしい。

 先週の『徹子の部屋』を見ていたら、プロモーションのためダスティン・ホフマンが出演しており、映画の存在を知った。


 カルテットはこの場合は四重唱のことである。てっきり女性だけの四重唱かと思い、観ていた。

 この映画の素晴らしいところは本物の音楽家を起用し、見事な歌唱、演奏を聞かせてくれるのである。

 カルテットで歌うのは「美しい乙女よ」。女性二人、男性二人がフィナーレを飾る。女性はジーン(マギー・スミス)とシシー(ポーリーン・コリンズ)、男性はレジー(トム・コートネイ)とウィルフ(ビリー・コノリー)がステージに立つ。ジーンとレジーは、しっかりと手をつなぐ。実はジーンとレジーは、以前9時間夫婦であったのである。ステージに立つ前にレジーはジーンに「結婚しよう」と言っていた。

 

 実際、カルテットは聞くことはできなかった。しかし、ホフマン監督は四重唱の素晴らしさを、この4人の名優の演技でわれわれに聞かせてくれたと思う。

 とくに、シシーの天真爛漫な存在、ウィルフの女性に対するマメさはこの映画の輝きを引き立てるものであった。ジーンの奔放な生き方、レジーのトラウマと向き合った生き方、それがまた重なり合う時がくる。永く生き、出会いを拒まなければ、人生は人間に素敵なプレゼントを用意してくれるのかもしれない。

 泣く映画でもなく、笑う映画でもなかった。しみじみと自分の人生と向き合える映画であった。

 98人収容の映画館は、満席であった。

 

 新装版と銘打った本書は2006年1月15日に講談社文庫から発行された。

 収録されたのは、宮本武蔵、御子神典膳、柳生但馬守宗矩、師岡一羽斎、愛洲移香斎の5人の剣士である。

 御子神典膳以外は老境に入ってからの物語である。

 宮本武蔵では、自分の剣名を上げようと挑んできた若者をだまし討ちする話。

 柳生但馬守では、但馬守に遺恨を持つ武士と立ち合うが、相手の油断につけこみ討ち果たす話。

 師岡一羽斎に至っては動けるが、目に病を持ち、2人の弟子に世話を受ける状態になり、そのまま死んでしまうという話。題名で剣客と言っているので、この話はその弟子が剣をふるうことになる。

 愛洲移香斎の話が一番よかった。移香斎との試合で負け、すっかりダメになってしまった父を持った若者が、その時の様子を話してくれた母親の言葉を信じて、挑戦を志す。最後に移香斎と立ち合い、負けるが、移香斎から父親との立ち合いの動機、立ち合いの様子を聞き、真実を知る。そして、教授しようと申し入れてくれた移香斎の言葉を断り、生まれ故郷に残してきた娘のもとに帰る。


 剣名の高い人間は、その高さを維持すること、過去の立ち合いでもたらしたもので苦しむ。老境になれば、体は思うように動かず、自分を苦しめる。

 藤沢さんは著名な剣士を描くよりも、無名の藩の片隅で生きる剣の達人とか、市井の人々を描く。

 愛洲移香斎で描いた若者の生き方こそ、藤沢さんが我々に残したかったのではないかと思う作品であった。

 『恋文讃歌』は、2013年に河出書房新社から発行された。

 「こいぶみをたたえる」がテーマである。

 それが読んだ動機である。

 話しのキーワードは、シベリア抑留中に書いた達夫からテルへの暗号数字のメッセージ。その数字は達夫が読んでいた時期の昭和14年ごろのツルゲーネフ『初恋』でなければ読み解くことができない。ページ数、行、何字目を指示しているのである。

 作者の祖母、安田テルさんの実話を基にして、フィクションとしてまとめたもので、この作者のすごい執念を感じさせる仕上がりであった。

 登場人物は、祖父、達夫、祖母、テル、母、文子そして物語の語り手になる文子の息子、隆である。

 祖父、達夫は北朝鮮で小学校の教師をしていたが、第二次世界大戦の戦況悪化で徴兵され、通信兵として「満州」に派兵され、ソ連軍に囚われ、シベリア抑留の憂き目にあう。

 達夫はテルの家庭教師をすることで出会い、その後付き合いを深め、達夫が卒業後朝鮮北部の小学校の教師として赴任するときにテルに結婚を申し込み、テルの両親の承諾をもらい、一緒に暮らし始める。

 戦争中に二人は切り離され、戦後直後はテルは幼児の文子とともに命からがら朝鮮北部から朝鮮南部に逃げ、鹿児島にたどり着く。

 達夫は抑留中に「テルには通じると信じて書いている」と戦友の勝見に話す。

 

 達夫は抑留中、通信兵であったことからソ連の将校に自白剤を打たれてしまう。これが達夫の意識を奪うことになる。達夫は生きて日本に帰ることができたが、テルと文子の存在もわからない精神状況になっていた。

 孫の隆からから見ると、まさに廃人の状態であった。


 そして、達夫が臨終を迎える。

 この臨終の場に駆け付けたのが隆、勝見、テル、文子である。

 隆は、ただ、廃人であると思っていた祖父、達夫のことを知りたいと強く思う。

 テルが語り、勝見が語る。

 すべて戦争体験である。

 戦争中の達夫とテルとは手紙のやり取りをするが、検閲があるため、個人的なことは全く書けない状態であった。

 それゆえ、達夫はシベリア抑留中、テル宛の手紙を数字で書いたのである。

 書店でフリーターをしている隆は『初恋』画版を重ねていることに気付く。達夫が読んでいたころの『初恋』でなければこの数字は解けないと思い至る。

 読み解く。

 達夫のテルと文子にあてた手紙には恋を極めつくしたいと願う、達夫の願いが込められていた。

 

 わたしは、老人になってその過去を振り返ることには意味がないと思っていたが、テルさんが「達夫さん、ありがとう、ありがとう」と繰り返していう気持ちに、過去を語る意味を感じた。

 

 午前中は寒々しい雨が降っていた。

 午後になって寒さは変わらなかったが、雨は上がった。

 出かけた。


 数日前から木々を彩る、葉の色が若々しい緑色に覆われていた。

 桜の木も、薄緑色の葉に覆われ、きらめいていた。

 新緑の季節は人間にもきらめきを与えてくれる。


 まぶしさがわたしの体内に沁みとおりぬけ、きらめきを残してくれる。

 葉と同じ生命の躍動が体内に宿ってくれるのだろう。


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 昨日に引き続き、今日も寒い。

 自宅から歩いて5分のところに市の図書館がある。

 1週間に2度は利用させてもらっている。

 前回9冊借りてきたうちの7冊を読み済ませた。

 そこで、2冊しか残っていないので借りに行くことにした。

 図書館は、嘱託職員の力で維持されている。

 本が好きな女性が、給料の安さにめげずにこの土日も働いているのである。

 であるので、本好きのわたしとしては、この女性たちのサービスを受けたいために、図書館通いをしているのかと気恥しさが胸をよぎる。

 そんなことを気取られもせずに、返却カウンターに本を返し、本をあさる。

 まず行くのは新刊本コーナーである。

 だから、新刊本を買わなくなったのだろう。

 『恋文讃歌』鬼塚正と『母の発達、永遠に 猫トイレット荒神』笙野頼子を手に取る。笙野さんはわたしの好きな作家のひとりである。

 その2冊を抱えながら地下の文庫本コーナーに行く。

 探すは風野眞知夫さんの耳袋秘帖シリーズ、瀬川貫一郎さんののらくら同心手控帳。そして大本命は藤沢周平さんの未読作品。

 合計で7冊を、気分の良い貸し出しカウンターで図書カードを提示し手続きを済ませる。

 楽しみを持ち帰り、これからの読書遍歴に思いをはせる。

 そうそう、借りた本の最後は『剣豪全史』牧秀彦であった。


 午後11地に帰宅。

 午後から福祉サービス第三者評価者のフォローアップ研修を受け、そのあと、3月31日にクラス会であった友人2人と新大久保に行った。

 新大久保はコリアンタウンである。

 週末であったが、人では思ったほどいなかった。

 「数年前にはごった返していたが、いまはこんなもの。飽きて人が来なくなった」

 とは友人の一人の解釈。

 職安どおりよりも中に入った韓国料理店に入ろうということになり、「はんあり市場」という店に飛び込んだ。

 わたしは、手作りキムチしか興味がなかったので、それを頼んで堪能した。

 飲み物は韓国焼酎しかなかったので、適当に頼んだのが失敗。

 甘い焼酎が出てきた。

 日本の焼酎をお願いして、3人で1本飲み干した。

 高校時代の話をし、それぞれが大学、会社勤めの話を話を絶え間なくしゃべり、飽きることがなかった。

 今後、忘年会はクラスメイトが経営する欧風料理店で死ぬまでやろうと意志統一し再会を約して別れた。