『恋文讃歌』は、2013年に河出書房新社から発行された。
「こいぶみをたたえる」がテーマである。
それが読んだ動機である。
話しのキーワードは、シベリア抑留中に書いた達夫からテルへの暗号数字のメッセージ。その数字は達夫が読んでいた時期の昭和14年ごろのツルゲーネフ『初恋』でなければ読み解くことができない。ページ数、行、何字目を指示しているのである。
作者の祖母、安田テルさんの実話を基にして、フィクションとしてまとめたもので、この作者のすごい執念を感じさせる仕上がりであった。
登場人物は、祖父、達夫、祖母、テル、母、文子そして物語の語り手になる文子の息子、隆である。
祖父、達夫は北朝鮮で小学校の教師をしていたが、第二次世界大戦の戦況悪化で徴兵され、通信兵として「満州」に派兵され、ソ連軍に囚われ、シベリア抑留の憂き目にあう。
達夫はテルの家庭教師をすることで出会い、その後付き合いを深め、達夫が卒業後朝鮮北部の小学校の教師として赴任するときにテルに結婚を申し込み、テルの両親の承諾をもらい、一緒に暮らし始める。
戦争中に二人は切り離され、戦後直後はテルは幼児の文子とともに命からがら朝鮮北部から朝鮮南部に逃げ、鹿児島にたどり着く。
達夫は抑留中に「テルには通じると信じて書いている」と戦友の勝見に話す。
達夫は抑留中、通信兵であったことからソ連の将校に自白剤を打たれてしまう。これが達夫の意識を奪うことになる。達夫は生きて日本に帰ることができたが、テルと文子の存在もわからない精神状況になっていた。
孫の隆からから見ると、まさに廃人の状態であった。
そして、達夫が臨終を迎える。
この臨終の場に駆け付けたのが隆、勝見、テル、文子である。
隆は、ただ、廃人であると思っていた祖父、達夫のことを知りたいと強く思う。
テルが語り、勝見が語る。
すべて戦争体験である。
戦争中の達夫とテルとは手紙のやり取りをするが、検閲があるため、個人的なことは全く書けない状態であった。
それゆえ、達夫はシベリア抑留中、テル宛の手紙を数字で書いたのである。
書店でフリーターをしている隆は『初恋』画版を重ねていることに気付く。達夫が読んでいたころの『初恋』でなければこの数字は解けないと思い至る。
読み解く。
達夫のテルと文子にあてた手紙には恋を極めつくしたいと願う、達夫の願いが込められていた。
わたしは、老人になってその過去を振り返ることには意味がないと思っていたが、テルさんが「達夫さん、ありがとう、ありがとう」と繰り返していう気持ちに、過去を語る意味を感じた。