ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -8ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
お問い合わせはPC版サイトのリンクかアメブロのメッセージから願いします。

こんにちはガリッポです。

記事を書くためには何週間も前からネタを考えて楽器を探したり写真を取ったり、本で調べたりしています。せっかく面白い楽器があっても、急ぎの仕事が入っていれば写真を撮る時間もありません。書くだけでも何時間もかかります。書き終わった時点で疲れ果てていますのでコメントには返事はできません。職人は生産性がとても悪い仕事で3か月で一台のヴァイオリンを作る人は1か月で作る人の収入は1/3以下になります。雑に作って平気な人の方がプロとしての才能があるという仕事です。高いクオリティでできるだけ短い時間で仕事をしようと集中しているので疲れ果てています。一日が70時間くらい欲しいです。
何に関心を持っているか参考にする程度にさせてください。


楽器商も含めて商人という人たちはいかに安く買ったものを高く買うかに情熱を注いでいます。弦楽器売買の歴史ではその情熱が楽器職人が良いものを作ろうという情熱をはるかに上回ると思われるくらいです。弦楽器を買うというのはシルクロードの市場に全く言葉も分からない日本人が行って宝飾品などを買おうとするようなものです。周りの店主も仲間で助けを求めても正当な商売であるかのような態度をとることでしょう。
私には信じられないことに、そんな危険な取引に果敢に挑んでいく無鉄砲な人が後を絶ちません。相手はあなたを騙して楽器を高く売ろうとしているのに、自分はお客様で神様として扱われると思っているのですから呆れたものです。そりゃ営業マンはお金持ちのあなたをおだてたり、高級品の違いが判ると得意げになっている所を褒めて喜ばせますが、内心は良いカモだと考えている事でしょう。高級品の違いはセンスや人間のランクの問題ではなく、しかるべき勉強をすれば分かるようになるし、しないと分かるようにはなりません。


ニセモノという言葉があります。
辞書には「本物によく似てはいるが、本物ではないもの。」とあります。
だとすると一般人と我々では認識がかなり変わってきます。

つまり一般の人にはヴァイオリンはみな同じように見えるため売り手が嘘をつけば何でもニセモノにすることができますし、一方で我々から見ると似ても似つかない全くの別物でニセモノという認識すらもしていない場合もあります。


お客さんで物置から古いものが出てきて「これは本物のヴァイオリンですか?」と聞いてくることがあります。おもちゃのヴァオリンや置物でなく、楽器として作られたヴァイオリンであれば本物のヴァイオリンです。

習おうとヴァイオリンの先生について教わる時に、ヴァイオリンではない楽器を持って行っても教えてもらえません。ヴァイオリンというのは同じようにできた共通の楽器となっているので演奏法を教えることができます。このためヴァイオリンは形や作りが決まっていてみなよく似ています。

ラベルの偽造については中古の古い物であれば90%以上は偽造ラベルが貼られているという印象です。ラベルと作者が違えば一般の人にはニセモノということになるかもしれませんが、我々から見るとそもそもラベルなんてものは信用していないのでニセモノとさえも考えず、それがどこの誰の作ったものかが問題となります。

違う作者のラベルが貼ってあっても実際に似せようとして作られたものはわずかです。ヴァイオリンは皆似てるため単に偽造ラベルを貼る方が簡単だからです。どうせ見分けがつかない一般人なら分からないのにそんなに大変なことをする必要がありません。
他のものに似せたヴァイオリンを作るのに必要な能力や労力がけた違いに大きいからです。違う時代の楽器をそっくりに作るにはオールドの作者以上の超一流の腕前が必要です。

ヨーロッパでは歴史があるのでそこら中に古い楽器が眠っています。不用品の中古品が売りに出されることがよくあります。この時99%は大量生産品と考えて良いくらいです。最近では中古品でも中国製とかそんなものが多くなっています。

この前はそのような不用品を2000円ほどで買って50万円以上の価値があるという話でしたが、逆のケースの方が多いのです。修理代の方が楽器の価値よりも高く買った値段の分だけお金をどぶに捨てたようなものです。
日本でもリサイクルショップには修理をしていない楽器が売られていることがあります。買ってから修理が必要になります。

この楽器にはオールドの作者の名前のラベルがついていました。その意味ではニセモノですが、私が見ると全くオールド楽器には見えず少しも似ていません。似てないのですからニセモノというよりは別物です。
ラベルなどは全く意味がなく、Tシャツについているプリントのようになんかついていれば模様になってるなというくらいです。

私はこのように不用品として売られているものを見たときは、「上等な量産品」があると掘り出し物だなと思います。間違っても、何千万円もするオールドの名器のラベルを見て「もしかして…」なんて思うことはありません。
狙うなら上等な量産品ですが、修理がどれくらい必要かがとても重要になります。

音は修理してみないと分からないため買う前には分かりません。同じ産地のものでも音は一つ一つ違います。生産国によって音を予測することも無理です。それが不用品として売られているものと弦楽器専門店で職人が売っている楽器との違いです。修理済みで売られていて試奏して音が気にったものを選ぶことができます。

いくら安い値段でも使わない楽器を買ったのなら支払った分がすべて損失です。

ヤコブ・シュタイナー?



これはヤコブ・シュタイナーのラベルが貼られたヴァイオリンです。古そうに見えます。本当のシュタイナーなら3000万円以上するでしょうから、この楽器も「もしや?」と思う人がいるかもしれません。

渦巻ではなくライオンが彫られています。シュタイナーの特徴です。

これはもちろん本物のシュタイナーではありません。それではニセモノと言えるでしょうか?

私は、見た瞬間に考えるまでもないため、初めからシュタイナーのオリジナルであるかどうかには興味がありません。いつどこで作られたどれくらいのランクの楽器であるかということに興味を持ちます。シュタイナーモデルはストラディバリ、ガルネリ、マジーニ、アマティなどと並んで近代の量産品では定番のモデルの一つです。量産品だけでなくハンドメイドの高級品でもストラディバリ、ガルネリは定番のモデルで、アマティ、マジーニなどがあります。ヴィヨームがガルネリモデルで作っても贋作というよりは本物のヴィヨームです。私には全くの別物に見えるからです。同じようにジュゼッペ・ロッカがストラディバリやデルジェスのコピーを作ると「ストラディバリ以来の天才」と言われるのはおかしな理屈ですね。

今では新品のシュタイナーモデルのものは見ることがありませんが戦前くらいまでの量産品にはシュタイナーモデルが作られていました。マルクノイキルヒェン、ミッテンバルト、ミルクールでもシュタイナーモデルの量産品は作られていました。おそらくハンガリーでも作られていたかもしれません。
それで言うとこれはミッテンバルトのもののように思います。

量産品でも品質が高ければ50万円位は超えてきますので庶民にはお宝ですし、楽器としての機能も優れていることがあります。
しかし近代の量産品のシュタイナーモデルのものは本当のオールドの時代のものとは全く違うので私にとっては少しも似ているように思えません。
アーチの作り方を勘違いして近代の工場で教えたのでみな間違っています。当時の従業員はまじめに仕事しただけかもしれません。作っていた方も、まさかこれが本当のシュタイナーと混同されるとは思ってもいないでしょう。ニセモノを作っているという認識も無かったことでしょう。

輪郭の形もシュタイナーとは全く違います。どちらかというとこんなのはグランチーノにありますね。コーナーはオールドのドイツ風ではなく、ストラドモデルの作り方になっています。それにも流派の特徴があり、ミッテンバルトの感じがします。ストラド型が近代では基本形でありシュタイナーの特徴を理解していません。これはガルネリ型でも同じことがよくあります。ストラド型のコーナーの作り方でガルネリ型も作っていることがよくあります。ストラド型というのが近代では作り方の基本で、「ヴァイオリンを作る方法≒ストラド型のヴィオリンを作る方法」なのでストラド型の作り方を学んだ時点で自分はヴァイオリンの作り方をマスターしたと考える人が多いでしょう。鮮明な写真の印刷技術のある今でさえデルジェスの特徴を目で見て観察して理解している人は少なく、ストラド型というのは普通のヴァイオリンのことです。デルジェスの特徴を理解したうえでそのままコピーとして作ることもあれば、近代的なものや自分流に手直しする人もいます。そのような人の方がより理解度が高いですね。このため近代の作者ではオールド楽器に似せた楽器を作っている人の方が同じ流派では値段が高く、また同じ作者でも独自のモデルよりもアンティーク塗装のもののほうが値段が高くなっていることが多いです。日本の一般人のニセモノの認識とは違います。オールド楽器に似たものを上手く作れる人の方がよく勉強していて技術が高いということでプラスの評価になっているのですが、我々が何百年も前のものと混同することはありません。ただこの業界の「評価」というのは売れやすさの話ですから古い楽器に見えるものの方が単に売れやすいというだけの話です。
いずれにしても「真似をするのは志が低い」とか「作者の個性が大事」というのは日本だけの話です。そんな話はこちらでは聞いた事がありませんし、イタリアの作者でもストラド型やガルネリ型のものがたくさんあります。また品質が低くストラディバリに見えないイタリアの作者や大量生産品もたくさんあります。

ミッテンバルトの古い量産品で危険なのはニスに耐久性が無いものがあることです、ポロポロ剥がれて来たり水に溶けたりします。これも裏板は後の時代に塗り直されていますが、とても汚い塗り方で刷毛の跡が見えます。つまり絵の修復で言うと下手な人が上から描いた感じです。
これを直すのは大変ですね。この楽器の修理を最もためらう理由は過去に落書きされた裏板です。多くの手間がかかった上に、ニスが真新しい感じになってしまうからです。

横板の下の部分が継ぎ目がなく一枚の板でできているのはシュタイナーの特徴でもあり、ミッテンバルトの伝統でもあります。

これがザクセンのラッカーで塗られたものならニスに耐久性がありますが、真っ黒のラッカーで塗られたものは全くオールド楽器には見えません。ラッカーは近代の塗装技術だからです。

サクソニースクールのチェロ



これはストラディバリのラベルが貼られたチェロです。
ということはストラディバリの本物なのでしょうか?これも見た瞬間にそんなことを検討する必要もありません。
マルクノイキルヒェンの大量生産品です。しかし戦前の同地域の量産品の中では上級品です。

アンティーク塗装には好き嫌いがありますが、ニス自体は柔らかいものでラッカーではなくオイルニスです。木材も安物ではありません。

スクロールも比較的きれいに作ってあります。

これくらいのチェロだと修理が済んだ状態で、200~300万円位の価値があります。今の為替なら350万円位でもおかしくありません。
ストラディバリのチェロなら10億円位は普通でしょう。それに比べたら安いですが、300万円と言ったら骨董品の中では結構なものです。
つまり本物のマルクノイキルヒェンのチェロです。チェロというのは高いもので、これがマイスターの作品となれば500万円位にはなってしまいます。量産品だからこの値段ということです。

しかしこのチェロは壊れたところと過去に十分なクオリティではない修理が行われているため、売り出すために修理代は100万円を超えるかもしれません。中古品として買う場合は修理が済んでいるかいないかが大きな差になります。修理されていてもクオリティが低ければされていないのと同じです。修理する方としては壊れたてよりも難易度が高くなります。いずれにしても十分100万円の修理を施す価値のあるチェロです。


新品の大量生産のチェロはルーマニア製の上級品が100万円程度で、中国製ならもっと安いでしょう。ドイツ製なら100万円を超えて200万円位になるかもしれません。しかし音でルーマニア製のものを勝っていることも無いので200万円を出す意味がありません。
音大生など新品の量産品よりも音が良いものが欲しいという需要があります。

そこで古い上等な量産品の人気があります。マルクノイキルヒェンは戦後は東ドイツに位置していて、ザクセン州にあります。他にもザクセンにはいくつかの産地があり、職人が移動したために同じ流派で苗字も同じ親戚も少なくありません。今ではチェコ共和国になるボヘミアという地域でも広くは同じ流派になり、同じ苗字の人がいます。またそこからベルリンやドイツ各都市に移って店を構えた職人もいます。弦楽器だけでなく楽器全般の大生産地で広くはフォクトラントと言われる地域です。
おそらくアメリカでもチェロについては「ザクセン派」を英語の「サクソニースクール」のチェロとして本国以上の結構な値段がついていると思います。日本ではでたらめなうんちくをひろめてしまったため、悪いイメージがついて売りにくくなってしまいました。嘘を一つつくと嘘をつき通すために後で面倒なことになります。


このチェロもものすごくよくできてるというわけではありませんが、酷く粗悪というほどでは無いので音が良い可能性は十分にあります。新作のハンドメイドのチェロよりも音が良いと感じる人は少なくないでしょうね。悔しいですが我々の作るもので音と価格で対抗するのは難しいです。
このようなものは音大生や教師など演奏に本気な人たちに求められています。世界はどれだけ実用本位で楽器を選んでいるかということです。

興味深いヴァイオリン?


量産品は分業で、工員は部分ごとに作業工程を分担します。同じ作業ばかり繰り返すことで短い期間で技能を習得し、驚異的な早さで仕事をすることができます。もし腕の良い職人を何十人も集めて組織すれば専門化するので一人の人が作るものよりも完璧なものが作れるかもしれません。しかし職人というのはややこしい人たちで組織するのが難しいものです。歴史上もっとも機能したのはフランスであり、ヴィヨームの工房などは高品質なものを作りました。日本でも腕の良い職人を集めて工場を作れば歴史上最高レベルのチェロを作れるかもしれません。しかし現実には難しいです。

量産品は安いことで、販売店は高い利益を上げられるとともに仕入れのリスクを減らすことができます.工場では組み立てのみを行って部品自体は、各家庭で内職として作られていたかもしれません。こうなると一ついくらと買い取り値段が決まっていたならとにかく怒られない程度の品質でたくさん作ったほうが収入が得られます。ヴァイオリン職人は本職ではなく本業は農業で冬の間内職をしていたかもしれません。

工場で製品として作ると、それぞれの工程で基準があり、量産品の製造技術で作られた特徴が出てきます。それで量産品であることが分かりますし、時代や産地も分かります。

それに対してよく分からない楽器があります。

古い感じがしますし、量産産地の特徴もわかりません。個性的で手作りっぽい感じもあります。手書きのラベルが貼ってあり読めませんが作者の名前が書いてあるようです。

木材も変わっていて量産品のようにランクが決まったものを使っていません。逆に高価なオールド楽器には安い木を使ったものがあります。

そんな雰囲気もある楽器ですね。もしかしたらとても高価なものかもと思えます。
これも修理されていない中古品を10万円ほどで買ったそうです。

私たちから言わせれば10万円高く買いすぎました。さらに修理代が15万円はかかるでしょう。25万円の価値は到底ありません。
このようなものは量産品の基準にも達しないものです。本当にハンドメイドのものである可能性は十分にありますが、その場合素人の様な職人です。素人が手作りで作ったものを手作りだから高価と考えるなら勝手にしてください。

イタリアのものも含めてオールドの時代にはアマティやストラディバリ、シュタイナーのように大変に美しく作られたものもあれば、粗末に作られたものもあります。当時王様や貴族が買ったものと庶民や音楽家が買ったものがあるからです。逆に言うと現代でも職人が最善を尽くしたものは本来なら王家くらいの人が買うようなクオリティでそれを皆さんは買うことができる時代になっているのです。

イタリアのものに限れば粗末なものでも、今では数千万円はくだらないものです。近代の作者でも500万円を超えます。
このような「量産品以下」の楽器は手作り感があり、そのようなイタリアの楽器に似て見えます。そんなものに偽造ラベルが貼られて出てきます。

イタリアの作者は個性があるから価値が高いと言うのなら、このような楽器も個性的ですよね。でもただのガラクタです。

駒の来る位置はボディストップと言ってヴァイオリンでは普通f字孔の195mmのところに「刻み」が来ます。これは200mmのところにあります。20cmの方がキリが良いと思ったのでしょうか?よくわかっていない人が作ったものです。

それに対してネックの長さは指板の先端とネックと表板の付け根の部分で測ります。普通は130mmですが、125mmしかありません。トータルの弦長は普通の4/4のヴァイオリンと同じですが比率がおかしいです。ネックが短く胴体が長いです。こうなるとネックの根元に親指を当てて高いポジションを弾くときに普通のヴィオリンよりも押さえる位置が5mmほど遠くなります。これはかなりまずいです。もちろん初心者が最初の練習をするには問題ないかもしれません。しかし上級者にはなにも良いことはありません。

そういう意味でも量産品の方がマシというわけです。

このように私は手作りであること自体にはそれほど価値があるとは思いません。商業的には手作りか量産品かということで聞こえが変わってきます。しかし手作りの粗悪品なら、上等な量産品の方がマシです。それどころか古いものなら上等なハンドメイドのものよりも音が良いかもしれません。

怪しげなヴァイオリンの出どころは?


この楽器に限らず、量産品には見えないけども、お手本通りに見事に作られたハンドメイドの楽器ではないものがあります。こうなるとどこの誰が作ったのかよくわかりません。そしてこのような楽器に偽造ラベルが貼られるとある種の人たちにとって「興味深いヴァイオリン」となります。

日本では隠語のように「化ける楽器」ということを聞いたことがあります。つまり買う段階ではガラクタで売る段階では名器になるものです。さっきの話に戻すと、商人というのは安く買ったものを高く売るのが至上命題です。このようなものはまさにうってつけです。

鑑定書がついていて明らかにわかっているものは買う段階ですでに高価です。だから商人としてはつまらないですね。古物商の醍醐味の一つはガラクタを探してきてそれを名品として上手いこと理屈を言って売ることです。そんなことは古物商の世界では大昔から当たり前です。大物を釣るようにそれがロマンでやっているわけです。

似たような名器を探して偽造ラベルを貼ってあるというわけです。

それを分かっているよなということで業者同士ではニセモノだとか本物だとかは言わずに取引します。「旦那、良いブツが入りしましたよ」ってな具合です。良いブツというのはちょうどいい偽造ラベルが貼られていると、自分の手を汚さずにできるというわけです。じゃあ誰が偽造ラベルを貼ったのかというとそんなのは闇です。

最近はネットでも「labeled〇〇」というような楽器が出ていますが、私が今話しているのはそれです。よくそんないかがわしいものをネットに載せるなと驚きですけども、そのようなものを中間業者から買って手に入れていました。

そんなものの出所としては、日本語に直訳すると「ジプシーのヴァイオリン」というものがあります。ジプシーというのはアジア系の民族でヨーロッパで移住生活をしている人たちです。ヴァイオリンの演奏も盛んで独特の音楽もありサラ・サーテのツィゴイネルワイゼンというのは「ジプシーの流儀」という意味ですね。サラ・サーテがジプシーの音楽を真似て作ったものです。ジプシーの音楽としてはニセモノです。現在では世界的に有名な音楽家にはロビー・ラカトシュという人がいます。
特にハンガリーのあたりの人たちが中心になっていますが、ハンガリーの主要な民族では無いようです。芸人としてお店や路上で音楽を演奏したり、骨董品や楽器を行商したりしています。彼らの高齢化もありますしコロナ以降ちょっと減っていますが今でもたまに来ます。うちの社長はロレックスのニセモノの時計を「これはよくできてる」と言って買っていました。普段使うには良いですね。でも日本に持って帰ると密輸で犯罪になります。

ジプシーの行商人の大概の人は専門知識が無く弦楽器のことをよく知らずガラクタばかりを持っていて、自分でも価値を分かっていません。それを泣き落としなど必殺営業テクニックで売って生計を立てている人たちです。
ある人は母親が亡くなったと泣いて同情を誘っていましたが、何年か前にも母親が亡くなったと言っていたように思います。日本の昔の営業マンと似ています。西ヨーロッパの人はもうそういう営業はやりません。
日本で楽器店で買うのはそのような百戦錬磨で生き残っている営業マンから楽器を買うことです。

ハンガリーも古くからのヴァイオリンの産地でヨハン・バプティスト・シュバイツァーがウィーンから移ってきてモダン楽器の流派を形成します。その後はフランスに行って学んだ職人もいてフランスの楽器に作風が近くなります。現代になれば他の国のものとも変わりません。作者がよく分からないモダン楽器を鑑定に出したところ「フランスか、北イタリアか、ハンガリーのもの」と言われたそうです。鑑定士でもそれらの産地の楽器は区別が難しいほど作風が近いということです。鑑定士でも見分けがつかないのですから当然偽造ラベルを貼るならイタリアの作者ですね。

ハンガリーのモダン作者の中には高い値段がついていてドイツのものよりも高価な作者もいます。音は悪くなくて何か名器の偽造ラベルが貼ってあるハンガリー製のチェロを音が良いと言って教師などが使っているという話もあります。

量産品のような安価なものもあり、特徴は独特なオールドイミテーションです。古い楽器に見せかけたものを作っては行商人が売りに行ったのでしょう。表板だけ後から作ったものなど、部品が全部オリジナルでないこともあります。

悪質な偽物を作る工場?

この前はアレサンドロ・ガリアーノの話をしました。かつて有名な楽器商がベネチアのピエトロ・グァルネリとして鑑定書とともに売られたものですが、近年鑑定に出すとアレサンドロ・ガリアーノとなりました。このように怪しげな業者だけではなく、世界的に有名な業者さえもそのようなことをしていました。偽造ラベルを貼ったのは誰かわかりませんが、私が見てもピエトロ・グァルネリではないことは分かります。でも当時有名な楽器商の鑑定書があったので、「へえ?これがピエトロ・グァルネリなんだ」と思っていました。本に出ているものとは全然違うのもあるんだなと感心していましたが、違いました。アーチが高いという意外には似ているところがありません。
それくらいの特徴で世界的な楽器商がニセモノの楽器を売っていました。だから本に言葉で書いてあるような特徴なんてのはあてにならないということです。

量産品や産地の特徴がよく分からないモダン楽器があると偽造ラベルを貼るにはもってこいですね。だから中古品を選ぶなら「確かな量産品」の方がまだましだと考えるほうが「通」です。上等な量産品が分かることが大事です。
日本の楽器店が新作楽器を売りたがるのは詳しい人が少ないからでしょう。

モダンイタリーの作者の図鑑がありますからなんか似ているものを探して偽造ラベルを貼るということがよくあります。本で見ると似てなくもないとなります。私はそういう物には手を出すべきではないと考えます。
買っても永遠にわからないままかもしれないからです。

それに対してモダンイタリーのニセモノをあえて作っていた業者があるようです。一つは、マリオ・ガッダの工房で作られたロメオ・アントニアッジのラベルが貼られたものです。マリオ・ガッダの工房製ですが、ロメオ・アントニアッジとしてはニセモノです。楽器自体はクレモナの新作楽器にそっくりでした。イタリアの作者の偽造ラベルがイタリア製の楽器に貼られていることもよくあります。イタリアは偽ブランド品製造国で主要な国の一つです。

ほかにはジュゼッペ・オルナーティの焼き印まで作ったものです。よく見ると焼き印の文字の傾きがちょっと違うのです。そのコピーの焼き印のついた楽器をいくつか見たことがあります。つまり誰かがオルナーティの焼き印のコピーを作って楽器を作る時に中に押していたのです。
ヴァイオリンもチェロも見たことがあり、修理のためにチェロを開けると量産品の特徴が見られました。なので今はもう知りませんが「秘密の工場」があるのではないかと思います。

実はニセモノを作ろうとして作ったそういうケースは少なくて、実際にはただの量産品に、ストラディバリウス、ガルネリウス・・・などの量産ラベルを貼ったものがほとんどです。
それから全く関係ない楽器に別のラベルを貼って売るものです。
ラベルも量産品です。最近ではコピー機を使ってラベルをコピーした安易なものがあります。コピーした元が本なら印刷の写真は小さな点でできているので虫眼鏡で見ると本をコピーしたものだと分かります。

我々は似てもいないのでニセモノとすら思いません。

大事なのは本物か偽物かではなく、それがどこの誰が作ったものか、また品質が高いか低いかということです。
高品質で作られたものならどんなラベルが貼られていても最低100万円はします。そのレベルの楽器に偽造ラベルが貼られることは少ないです。たいがいはもっと安上りに作られたものです。

だからそれが一人前の職人の作ったものかどうかを見分けることが第一歩となります。このためにはそのような職人に習って自分でヴァイオリンを作ることが一番良いことです。そうするとこうなってはいけないと失敗例を教えられます。自分で実際に作るとただ楽器を眺めるのとは「見る」ことについてレベルが全く違います。初めて楽器を作ると何百時間では効きませんからそれだけの時間楽器を見ているわけです。一つの楽器を500時間も1000時間見ることがありますか?そして師匠に指摘されることで初めて違いに気づきます。ニスも塗る作業をしていれば何十時間も見ます。私でも弓は作ったことが無いのでそこまで違いが判りません。
それを何年かすると、一流の職人が作ったハンドメイドの楽器と量産品を見分けられるようになります。

しかし、ヴァイオリン製作学校を出て数年くらいでは量産楽器の流派などは分かりません。

これで世の中の楽器のほとんどが量産品ですから、量産品かそうでないかを見分けられます。それでもグレーゾーンの楽器がたくさんあります。量産品にも見えるしハンドメイドにも見えるものです。このためハンドメイドの楽器を作るなら量産品にはとてもあり得ないレベルのものを作らないといけません。
一方量産品を高く売りたければ、量産品のレベルを超えたようなものを作るべきです。このためグレーゾーンの楽器があります。
またチェコのボヘミアの作者は、家で自分で楽器を作っていましたが、かなりの速さで作っておりフランスやドイツの一流の作者のようなカッチリした感じではありません。当時ミラノなどイタリアでも流行していた角を丸くするスタイルです。この辺もグレーゾーンです。戦後の西ドイツのブーベンロイトでもそのようなものがありました。ボヘミアのチェロでは量産品上級品くらいの値段でハンドメイドのものがあります。そこにイタリアやドイツなどの関係のない偽造ラベルが貼られていることがあります。ただハンドメイドというだけで音が優れているということにはなりませんので注意が必要です。

イタリアの作者の楽器には引っ掛けがあります。
本当の作者の腕前が一人前のレベルに無いことです。そうすると腕の良い職人によって見事に作られたものなら本物ではないということになります。その場合素人が作ったようなものが正解です。これはとても紛らわしくそのような判定は私でもしません。権威のある鑑定以外は何の意味もありません。私がどう思うかなんてのは全く意味がありません。普通は量産品に偽造ラベルが貼ってあるのでその場合は鑑定に出す価値もないと言います。



したがって量産品かハンドメイドか見分けることが大事で、ハンドメイドなら鑑定に出す必要があります。チェコやドイツの作者のラベルで高品質であれば、その作者のものである可能性は高く、違っても値段が変わらないので間違っていても問題にはなりません。

このように楽器の品質以上の相場になっている楽器の場合は、鑑定だけが根拠です。紙だけで楽器を見る必要もありません。自分で見分ける必要がありません。鑑定書が誰のものか本物かどうかという話です。

自分で楽器を見分けることがどれだけ危険な事か分かったでしょうか?
興味本位で自分から紛争地帯に死にに行く人を私には止める義理はありません。

お問い合わせはこちらから
こんにちはガリッポです。

久しぶりにたわいもない話をしましょう。
話半分に聞いてください。

暑くなってきました。
こちらは梅雨が無いので昼が一番長くなる夏至の6月にはすでに夏のようになる年があります。日本では季節風や海流などの影響も大きいと思われます。冬が東京よりも一か月長く夏が始まるのが1か月早いとなれば春がとても短いです。コートから急にTシャツに変わるような感じです。このためか日本でも海外からのバックパッカーなどは春にTシャツを着ていたりします。

暑さが楽器に与える影響もケースバイケースでしょう。
先日はネックが外れるというトラブルでまだ新しく見える量産品が持ち込まれました。暑い事務所に置いてあったそうです。日本ではオフィスには冷房の装備が義務付けられているようですが、こちらではエアコンは無く短パンにサンダルで働いている人を見ます。ホテルなども高い値段でもエアコンが無いので夏に旅行を考えている人は気を付けたほうが良いでしょう。夜は気温が15度くらいまで下がるので窓を開けられるように交通量が少ない静かな場所を狙うのがポイントです。

とはいえ暑い場所に置いたから必ずネックが外れるということはありません。うちの工房でも夏は暑くなりますし、窓際は直射日光が当たります。売り物でとてもたくさんの楽器があるにもかかわらずネックが外れた事なんてありません。

何か趣味の世界は「しなきゃいけない」とかそういうルールみたいなものを初心者は学びたいところですが、それが、グッズを販売する業者の意図なのかもわかりません。
カメラを保管する場合には乾燥棚というものがあります。それが弦楽器にも必要なのかどうなのかはわかりません。うちでは楽器が乾燥することでトラブルが起きることが多いので逆に湿度を保つ入れ物が欲しいですね。でも、日本なら冬場に加湿器を使うことが多くあるかもしれませんが、こちらでは見たことがありません。めんどくさがって日本人のように神経質に何かをしなくてはいけないという考え方が無いのだと思います。

今ならYoutubeで趣味のようなことをすれば、ちょっと詳しい人があれはダメ、これはダメと書きこんで炎上してしまいます。アウトドアについておしゃれなブーツを履いていると登山靴がどうだとかとかいろいろ言われます。靴の話になると今度は靴下がどうだとなります。昔オーストラリアのテレビ番組で仙人のような風貌の人か野生に入って動物を捕まえたり、食べていたりしてました。その人はどこに行くにも裸足でした。アボリジニーにも仲間がいて彼らも裸足でした。アメリカの砂漠に行くときも飛行機のビジネスクラスに裸足で乗っていました。アウトドアのプロは裸足です。そんなようなことです。

二つのチームに分かれて何かの対決をやるという企画でした。その「仙人」もいて、リュックサックの肩紐にビニル袋を縛り付けていました。その中には食パンが入っていて左の胸元にいつでもパンがあって食べられるようになっていました。パンは軽くて数日のエネルギーは得られるでしょう。サバイバルの経験が豊富だとパンをビニル袋に入れて持って行くのが一番機能的なんでしょうね。それ以外でアウトドアの映像で胸元にパンの入ったビニル袋をくくりつけている人を見たことがありません。
アウトドアの専門家を自称するなら絵にならずカッコ悪いですもんね。

話はそれましたが、基本的には湿度を我々は心配しています。それも乾燥です。工房は木材がたくさんあり湿気を吸い込んだり排出したり呼吸できます。乾燥のトラブルで持ち込まれた楽器が店に来ると正常になってしまい「異常なし」となってしまうことあります。病気になって病院で診察を受ける前に治ってしまうようなものです。
乾燥すると木材が縮みます。割れが入ったり接着が剥がれたりします。割れは深刻なトラブルなので乾燥を警戒するわけです。チェロでは弦高が変わることもあります。そのようにして生じた歪みによって微妙に音が変化することも考えられます。
しかし湿度によって音が変わるという事には関心がなく気にしている人がいません。人間の鼓膜の方に影響があるのかもしれません。


温度はあまり気にしていません。しかし湿度と関係が出てきます。
学校で習ったレベルの話ですが、湿度は空気中にどれだけ水蒸気が含まれているかということでした。気温によって含むことができる水蒸気の限界が決まっていて、それに対して何パーセントかという話です。

それに対して絶対湿度という概念があります。
気温に関わらずどれだけの水蒸気が含まれているかです。
100%でも気温が低ければ空気中の水蒸気の量は少ないということです。

いずれにしても湿度が木材にどんな作用をもたらすのか詳しくはよくわかりません。
こんな実験をしたことがあります。
伐採されて間もないチェロのバスバー用の材木を材木業者から買って倉庫の梁りの上に置いておきました。定期的に重さを測っていました。

最初のうちは徐々に軽くなっていきました。しばらくすると一定のところでほぼ変わらなくなりました。時には重さが増えることもありました。吸湿のようなことが起きたのでしょう。よく木材では「乾燥」ということが言われます。建築用の材料などでは強制乾燥として熱して乾かすということをします。切って間もない木材は水分を豊富に含んでいますので蒸発すれば乾くというわけです。

それに対して我々は木材は何年も何十年も寝かせます。これは濡れているものが蒸発して乾くという現象ではなく何らかの化学的な変化が起きていると思います。木材は色が変わり、弾力が無くなってきます。物理的にも音が変わることは十分あり得ます。新しい木材は変化が大きいので加工してもまたすぐに狂ってくることがあります。中国で新しい木材で作られた楽器が船で熱帯地方を通ってヨーロッパまで輸送されたときに、着いた時点で木材が伸び縮みし接着がはがれるということがあります。

一方であまりにも古くなると特に表板で割れやすくなることがあります。これは個体差があって、置かれた環境なのかわかりませんが、割れやすくもろく変化したものと弾力を維持したものがあります。同じことは完成した楽器にも起きます。19世紀のミルクールの楽器になるとガサガサしていてもろくなっているものが多いです。それも音に影響があるはずで、「朽ちた木の音」というのは弾いてみれば感覚的にわかると思います。私が冗談で言う「壊れている楽器は音が良い」という理論は、木材が古くなっていて割れやすくなっている状態なのでしょう。それが使い込まれているとちょっとした事故で真っ二つに表板が割れてしまったのでしょう。割れても修理すれば音は悪くならないので神経質に気にするなという意味で言っています。修理代は場所によってはかなりかかるのでそれは重要です。
ですから新品の楽器を割って音が良くなるかはわかりません。そんな実験をやる余裕が無いんです。これが研究をして給料をもらえるような職業ならできるでしょうが、職人は楽器を壊して給料をもらえるような立場ではありません。

弦楽器の製造には膨大なコストがかかります。
その大半は作業にかかる工賃です。
これは一時間当たりの費用として計算できます。
工房やお店を維持するのに必要な費用、社会保険料や税金、経理や役所などの事務作業にかかる費用などもバカにできません。業務は複雑多岐にわかりお店はヴァイオリンやらコントラバスやら子供用のもの、ケースや弓、アクセサリー部品などありとあらゆるものが求められます。楽器は一個仕入れて一個売れるというものではなく、お客さんは何個もあるものから一つを選んで買うことで満足感を得られます。したがって一つの楽器が売れるためにはそれ以上にはるかに多い数の楽器を仕入れないといけません。価格帯は人によって様々です。ビオラには大きさの違いがあります。中古品や骨董品、新品もあります。

さらに職人が生きていくための生活費が必要です。
それでヴァイオリン製作学校では一台のヴァイオリンをニスを塗らない状態で200時間で作るように言われていたようです。200時間に単価を掛け算して材料代を足せば楽器の値段ということになります。200時間を超えてしまうと作るのが遅すぎるのでプロとしてはダメだということです。
このため学校ではとても早く楽器を作ることを教わります。日本人が「職人」についてイメージするものとは全く違います。究極の理想のために一切の妥協を許さず効率などは投げうって人生のすべてをささげるようなものでしょう。そんなのは現実の話ではありません。日本でも手作りで物を作ったいた「本当の職人の時代」には次から次へと右から左へと作っていたはずです。

今は、ヴァイオリン製作だけを社会の中で特別なものとは考えられないので、職業教育全体の改革の影響で160時間で楽器を作るのが学校の試験の課題になっているそうです。日本人はあまり考えないかもしれませんが国の経済を豊かにして所得を向上することを考えるといかに短い時間で高い単価の仕事をするかということが求められます。それを楽器製作に当てはめると嘘が生じます。

私でも160時間で楽器を作ったことはありません。試験を受ける者は、もうクオリティや寸法などはどうでも良いのでとにかく160時間でヴァイオリンのようなものを作るというのが求められます。寸法や仕上げに欠点があれば減点されますが、全く完成しないで0点になるよりはましというわけです。これはその状況に置かれないとできないものです。私はお客さんにそのような楽器を売ることはできないため、やったことはありません。
プロとして認められるためにはどれだけ品質を無視して楽器を作れるかということが重要視されています。駄作を猛スピードで作って一旦プロとして認められれば知名度に関係なく誰が作っても同じ値段になります。これが日本とは全く違う考え方です。外国のものを買う時はそういうものだと思ってください。

ビジネスとしてヴァイオリンを作る場合には何よりも大事なのは、いかに短時間で楽器を作るかということです。

このため陶芸家のドラマなどで見るようにたくさん作って出来が気にいらないからと叩き割ってしまうようなことはできませんし、研究のために試作品を作るようなこともできません。


それに比べると材料費は微々たるものです。
グレードが一番高いものでもヴァイオリン木材の材料費は5万円位です。
ハンドメイドの楽器の値段からすればわずかなものです。
5万円でもヴァイオリン職人の暮らしからすれば高いもので、一つの材料を買って一台作るのは無く、何セットも買ってその時の状況で選んで使いますのでその何倍もかかっています。

それに対して高いのはチェロで4~50万円位にはなると思います。作業にかかる時間はヴァイオリンの4倍は必要でしょう。それで値段がヴァイオリンの2倍程度だとしても高すぎて買える人が少ないのです。このため作る人が少なく、売られているものは安く作るための何らかの手法が取り入れられていることが多いです。

ビジネスで大事なのは弦楽器に限らず、製造コストとブランドですね。
ファッションでも服を作っているのは中国の工場で、服を作る工場はいくらでもあります。しかしただ服を作っただけでは売れず買い叩かれてしまいます。そこにブランドのロゴマークがつくだけで状況は一変します。偽ブランド品が作られるわけです。
もちろんニセモノではない本家の方もマーケティング戦略では人々の気を引くためのあらゆる手段に投資されています。

こういことは商業では当たり前のことです。
弦楽器でもそういうものだと分かっているのが詳しいということです。
ブランド名をたくさん知っていることは初心者に毛が生えたくらいの段階です。

これを知ってるのなら地元に信頼のおける職人がいるということがいかに重要かと分かるでしょう。全国や外国では知られることなく地元だけで仕事が完結しています。だから世界的な評価なんてのは商業の話なのです。東京で話されていることはこちらでは聞いたこともありません。20年以上働いていても東京で現代の巨匠と言われているような作者の楽器を一つも見たことがありません。大半を日本に出荷しているんじゃないかと思うほどです。次いでアメリカや最近では中国でしょうか?


趣味の世界には上手い人と下手な人がいます。
演奏が上手い人と下手な人がいるだけではなく、「楽器の趣味」にもセンスの良い人と悪い人がいることでしょう。
基本的には素人ウケというのがあるでしょうね。派手で分かりやすいものが素人ウケすることでしょうね。

お金持ちが意味も分からずに高いものを買っていると分かっている人には「成金趣味」に見えます。お客さんはちやほやされますが高級店特有のビジネスです。また下品な趣味や世間に迷惑をかけるものもあります。暴走族が自動車を派手な見た目に改造して暴走行為をして迷惑をかけます。美意識自体は好みの問題ですが違法行為をすることは趣味として上手いか下手かと言えば下手でしょう。下手な人が目立つとその趣味自体が悪いイメージになります。

お金があって、弦楽器が好きで自分はうまく弾けないからと音楽家に貸す人もいます。ある婦人はチェロをうちで作らせて、ロシア出身のお金のないチェロ奏者に貸していました。それ自体は良いことです。その後婦人が亡くなり、財産を清算することになりました。チェロは金銭的な価値として計算され没収されました。そのチェロ奏者は自分ではチェロは買えずに弾くチェロが無くなってしまいました。

この教訓では音楽家に高価な楽器を貸すなら最後まで考えないと無責任です。一時羽振りが良くても事業が立ち行かなくなって楽器を演奏家から取り戻して売却しなくてはいけなくなるかもしれません。演奏家は自分では絶対に買うことができないものなら、同じレベルのものは二度と使うことはできません。楽器を借りている場合にはいつか来るその日のために少しずつでもお金を貯めて置かないといけないでしょう。その時にメーカーがマイナーであれば割安です。良い楽器を知っていてそれに近いものを安い値段で探すことは音楽家にとって死活問題です。そんな方法を当ブログでは言っています。

もちろん趣味は楽しむことが何より大事なので自分流の楽しみ方を見つけることも上級者です。その意味では私も何百時間もかけて楽器を作る時間を楽しんでいます。しかし趣味で楽器を作るのは無理があると思います。いろいろなものを作ってみたいということはあるでしょうが、その道のプロにならないとできないものも少なくないでしょう。それの一つです。作り方を理解していて訓練を受けても何百時間もかかるものですから、全く趣味では手に負えないものです。学ぶのに何年もかかるし、工具代だけでも100万円くらいかかるでしょう。作ってみたいという人で多いのは多趣味の人です。楽器も弾く、旅行にもいく、菜園、料理、電子工作や自動車の修理、住宅の改修など様々なことをやりたがる人がいます。教えるほうとしては時間の無駄です。

ともかくどこかの誰か偉い人が称賛したとか、古い業界の主流派の考え方の中で最高を求めるなどは創造性はありません。「世間の基準」で物を言ってるうちは多額の金額をつぎ込もうと私はたかが知れてるなと思います。


ヴァイオリン弦も新製品が出ると「ウケ」を狙って作られている印象を受けます。弦楽器の伝統で素人ウケというのはヨーロッパから見ればアメリカやアジアです。新製品が出るとどっか遠い世界の向こう側の話のように思います。
ヴァイオリンのナイロン弦はそもそもが悪いものではないため、技術革新のようなものは無いでしょう。このため素人ウケする派手なものをいかに作るかということになってしまいます。それは技術が進歩したのではなく、ある種の音を犠牲にしてウケる音を強調するわけです。そうなると音が台無しになったと感じる人もいるでしょう。玄人向けのものが作られないかというとそうでも無くてただ売れずに誰にも知られないままで発掘が必要かもしれません。

ラーセンの金巻の弦を紹介しましたが、以前からピラストロがエヴァピラッチゴールドという製品を作っていて、G線が金巻のバージョンがあります。安い方でも銀ですからチープな素材ではありません。トマスティクもロンド・ゴールドというのを出したようです。香港などでは縁起が良いと買う人もいるかもしれません。
金が音が良いというマニアの世界を作れるのでしょうか?

オーディオの場合普通は導体には銅が使われます。それに対して銀の方が伝導率が良いなんて高価な電線が作られました。銀で電線を作ると高いので銅に銀メッキをしたものがあります。電気は金属線の表面を多く流れるからだそうです。これは弦楽器の弓に巻いてある金属線でも本物の銀ではなく、銅に銀メッキをしたものがあります。これは汚れを取ろうと擦ると剥げてしまうので悲惨なことになります。現在では銅線と銀線はそれぞれ音に癖があって好き嫌いや適材適所の問題だと考えるのが上級者でしょう。

端子には金メッキが使われています。これは錆びにくいからですが、高級品というイメージもあります。銅の方が伝導率が良いので錆び取りをこまめにするべきという人もいるでしょう。金メッキ以外にも銀メッキもありますし、最近ではロジウムメッキがハイエンドマニアの間では人気になっています。中国製の安物はメッキもすぐに剥げそうですが、プラグの見た目だけハイエンド風になっていて素材はチープだったりします。メッキを施す金属部品は高純度銅ではなく、真鍮(銅合金)に金メッキを施したものだったりします。多くの人は金にばかり注目し土台の金属が銅よりチープなものが使われると知らないからですが、詳しくなるとそれもまた賛否両論です。
そうやってプラグだけでも何万円にもなってコードが何十万円にもなってしまいます。それに対してオーディオ機器を開けると中にはチープな電線が使われています。アンプ自作マニアはそこにケチをつけますが、妙な神話を語っている彼らの作っているものも怪しいものです。ともかくケーブルにこだわりすぎることを「電線病」と呼んで揶揄されています。

弦楽器の先を行っているという意味では負の部分も含めてオーディオマニアの世界も参考になることでしょう。エレキギターなどでもこのような考え方を取り入れている自作マニアもいます。
ただし消耗品であることを考えると弦にお金をかけすぎるのは異常でしょう。


楽器の場合には意図的に音を作るのが難しいものです。
世界的に新作楽器の音を評価する仕組みなどはありません。

東京ローカルに限れば評判が広まっているかもしれません。
実際に評判の楽器を試すと素人ウケの評判だと思う人もいることでしょう。そのレベルの話です。多数決で評価するとどうしても素人ウケするようなものが勝っちゃうのです。


ただ必ずしも趣味の達人になる必要はないと思います。

さまざまの理系のマニアの分野ではマニアの間で基準ができていって一般の人とはかけ離れていきます。今度は「マニアウケ」になっていきます。一般の人から奇妙に思われるだけではなく、何か重要なことが欠落しています。マニアのカテゴリーも分かれてよりマニアックなカテゴリが出てきます、本来なら上級マニアのカテゴリーの方が極めているはずですが頭がおかしいのかそうとも言えないのが趣味の世界です。弦楽器の世界はマニアの細分化というのはまだまだできていません。ストラディバリが最高でそれにいかに近いかということが基準になっています。その基準とは作者がイタリア人であるとそれ以外の国のすべての楽器よりもストラディバリに近いというそんな幼稚なレベルです。それに何千万円も払っています。

その中でもマニアが興味を持ちがちなのはマニアの素人ウケです。マニアの中でも本当にわかっている人はわずかです。センスのいい一般の人の方が大半のマニアよりも上だと思います。


あるお金持ちのマニア的な雰囲気の人がヴァイオリンを選んで買いました。
いつものようにずらっと楽器を並べるとイタリアのモダンの作者のラベルが貼られているものを選びました。本物じゃないと言ってもその人の「眼力」で本物だと思っているようでイタリアの業者に見せたら本物かもしれないと言われたそうです。骨董品にはまった人は都合のいい情報を集めるものです。かもしれないなんて情報は無意味です。
それは無いと思いますが、本物だとしてもその作者はとんでもなく下手くそな職人で銘品でも何でもありません。

その後ヴァイオリンの歴史上有名なオールド楽器ヤコブ・シュタイナーを見せるとすごく興味を持ちました。シュタイナーは今の国境ではオーストリアの作者です、今度は一転して以前試したウィーンのモダン楽器を欲しいと言ってきました。もう売切れてありません。残っていれば200万円のヴァイオリンの衝動買いです。この人に普通に楽器を選べる日が来るのでしょうか?









こんにちはガリッポです。

今回はこの前話したことの具体例です。

まずは天候の話から。
わりと雨が多かったという話をしましたが、湿度が上がっています。
あるお客さんはチェロのケースを開けたら弦が切れていたと言って持ってきました。
珍しいですね。ガット弦なら有り得ますが、スチール弦でそんなに年数が経過したものでもありません。ペグは動かなくなっていました。木材が水分を吸って膨らんでいるためです。ハンマーで反対がから叩いてようやく外れました。
弦の外側は無事でも中が錆びていることがあるかもしれません。ヴァイオリンのE線ではよくありますので交換が必要です。

また夏場によくないのは車の中に楽器を放置することです。絶対にやめてください。
ニスは温度が上がると柔らかくなります。ベトベトになってケースがくっつく場合もありますし、アルコールニスではブツブツの気泡が出ます。
同じ理由で松脂の粘度も温度によって変わります。メロスの松脂では暗い色のものの方が粘度が高く冬用となっていて、明るい色のものは夏用となっています。コントラバスになると粘度も高くなるので季節によって4種類も使い分けているプロの演奏者もいます。


ヴェリタスPM-V11


黒檀は割れやすい難しい木材です。割れないために鋭い切れ味が必要です。量産品では安い黒檀を使うため余計に割れやすいです。ペグも同様で、安い材料ほど加工に手間がかかります。使っていて折れることもあります。
工場で仕上げられている指板は割れたところをサンディングマシーンでごまかしてあるために指板もぐずぐずになっています。仕入れた楽器で満足できるものは一つもなく売る前に必ず削り直します。

しかし、とても硬いため普通の工具ではすぐに刃がダメになってしまいます。
「仕事」では究極の切れ味を追求するのではなく実用性が重要になります。目的を達成するのに適したものが優れた刃物なのです。

そこで新兵器がヴェリタスのPM-V11でした。実際に使ってみると5台や6台のヴァイオリンの指板を削っても問題ありません。日本製のカンナ刃では2台が限界でした。カンナにもともとついている純正の刃では1台削る前に切れ味が鈍ってしまうでしょう。これは日本製品が悪いというのではなく目的が違うので黒檀用とは言えません。

一方で硬い刃は研ぐのが大変で、切れ味が長持ちしてもそれ以上に研ぐ時間がかかってしまっては意味がありません。その点で改良されたのがPM-V11です。硬い刃物用の砥石を使えば実際に普通の刃物と同じように研ぐことができます。

新たに発生した問題はホーニングガイドにセットするのが難しいことです。
正しい角度に刃を固定しないと刃先だけを研いでしまったり、刃先がいつまで経っても研げなかったりします。研ぐのにかかる時間がセットの加減によって大きく異なってしまいます。

そこでこんなものを作ってみました。


これで刃を固定する位置を決めるといつでも同じ角度にセットできるというわけです。

思った通りです。カンナという道具は論理的なものです。問題は論理的に解決できます。

これで運用してテストを続けていきましょう。

ストラディバリモデルとガルネリモデル?


同じメーカーの量産楽器を一度に仕入れました。

ペグや駒、魂柱など付属部品を取り付け、ニスの表面を仕上げると売り物なる状態にできます。
今回ストラディバリモデル2台とガルネリモデル2台、在庫のガルネリモデルが1台あります。

量産品であれば機械で作られているので、ストラディバリモデルとガルネリモデルでもモデル以外は皆同じなはずです。

音を試してみると
ストラドモデルの一台は明るくてほわーんと柔らかく響きます。もう一台は明るく鼻にかかったようなビャ―ッという鳴り方でした。

ガルネリモデルは明るくダイレクトなものと暗く尖った音のものと、暗くほわっと柔らかく響く音のものがありました。

・・・全部バラバラです。
同じメーカーなので鳴り方が全く違うということはありませんが、一つ一つみな違います。もっとたくさんサンプルがあれば傾向が出てくるかもしれません。しかしお店などでたまたま手にする楽器がストラドモデルかガルネリモデルかによって音を推測することはできません。別のメーカーや異なる時代のものが混ざってしまうと全く別の音になるからです。モデルで判断するよりも実際に弾いてみるほうが正確です。

血液型性格占いに似ています。統計的な手法で多少傾向があったとしても的中率は100%ではなく、目の前の人がどんな性格の人物であるかは血液型を調べるよりも、その人物を観察したほうが間違いが少ないでしょう。
ちなみに師匠の奥さんは自分の血液型を知りませんでした。

不確かなことを平気で言う人もいますが、多額の金額を支払うものに対して私は無責任だと思います。

でも世の中には疑う余地がないかのように信じている人もいます。
それも人それぞれです。

マルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリン



パッと見てすぐにキャラクターの強いヴァイオリンだと分かるでしょうか?
以前にも出てきたものですが、その後コンクールに出場するほど才能豊かな小学生くらいの子供が選んで購入し弾いています。見ないうちに背も伸びていることでしょう。

マルクノイキルヒェンのものと思われるオールドヴァイオリンです。1700年代の後半でしょうか。一目見た瞬間にモダン以降のものとは違うことが分かります。
形にもf字孔にもはっきりと特徴があります。

マルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンは一つに形が定まっておらずいろいろな形があります。これはシュタイナー的なものではあるでしょうが、当時はヴァイオリンといえばそういう形をイメージしたのであって決まった型があって忠実に作っているわけではありません。
ニスはオリジナルのものが残っておらず薄い色のものを保護のために塗ってあって、黄金色に見えます。南ドイツのものは真っ黒のものがありますが、東ドイツのオールド楽器には明るいオレンジ色のニスの楽器がよくあります。ネックの角度も早い時期に斜めになってモダン楽器を予期するものもあります。エッジ付近の溝に塗ってあるものも後の時代に塗られたものでしょう。

表板も本当に古い楽器はこんなふうになっています。テールピースは木製の物を付けていましたが、実用上の理由でウィットナーに変えました。実用品として熱心に練習しているようです。

アーチは高さがありますが台地状になっているので頂点はそれほど高くありません。しかし陥没していないので設計はうまくいっています。

テールピースが当たりそうです。

ぷくっと膨らんだアーチでオールドらしいですね。

このようなアーチを現在では作れる職人がおらず作り方を教えることができません。ヴァイオリン製作学校でも教えられる先生はいません。クレモナの学校やモラッシーに師事したイタリア人の職人もこういうものは悪い例として作ってはいけないと学んだそうです。こんな教育ではイタリアからも個性的な楽器が生まれませんね。

スクロールを見るとマルクノイキルヒェンのオールドのものとは違う感じがします。おそらく後の時代に作られたものでしょう。ペグボックスに損傷を受けた場合などに昔は割と簡単に新しい物や他の楽器のものを取り付けたりしました。
またイタリアの楽器の偽造ラベルを貼るとともに、スクロールを産地の特徴がはっきりしないものに変えてしまったこともあるでしょう。
いずれにしてもこのスクロールはオリジナルではないと思います。

この楽器については過去に修理はされていて壊れている状態ではありません。修理がうまくできているかは分解してみないと分かりませんが、スクロールがオリジナルでないため価値が低いとなると二の足を踏んでいました。イタリアの楽器なら万全な修理をしてもそれ以上の値段で売ることができます。このため長い間棚に眠っていたのです。

マルクノイキルヒェンのオールド楽器の値段は安く、他の産地と違うのは特に有名なリーダー的な作者が定まっていないことです。いくつか家があったことは分かっていますが、家族で楽器産業に従事して個人の作品という扱いがなされていません。名工だとか巨匠だとかそういう概念が通用しないのがマルクノイキルヒェンの楽器です。それがむしろ弦楽器の真の姿です。

この楽器は私はハムという作者のものに似ているように思います。でも定かではないのでマルクノイキルヒェンのオールド楽器としか言えません。もし本物だとしても特別高いわけでもありません。値段には作者の名前や古いことによるプレミアが無く新作楽器と同等で、品質によって異なりますが、状態によって差し引かれるため新作よりも安くなることが多いでしょう。このヴァイオリンはマルクノイキルヒェンのオールド楽器の中ではきれいに作られていますのでマイスタークオリティと考えて良いでしょう。しかしスクロールがオリジナルではなく当時の為替や物価で100万円を超えるのは難しいと判断して、大掛かりな修理はせず指板を交換する程度で弾ける状態にしました。

そこに才能のある子供がやってきてたくさんの楽器を試奏して選びました。

前回の2千円で買ったというモダン楽器も、運がたまたまよかったのですが、そこらへんに音が良い楽器がゴロゴロあるからできることと言えるかもしれません。買った人が弾いているのを聞くとやはりビオラのような深みのある低音で、中音域でも自分で弾いた時よりもボリュームの豊かさがありました。そして買った人は全くヴァイオリンの産地などのことを知らない人でした。100年くらい未使用だったので弾きこめばもっとなるようになるでしょうし、フラットで普通に作ってあるものなので腕を上げればさらに音量も出ることでしょう。

この楽器も小学生で使っているのは渋いですね。

実際に弾いてみると、それっぽいなという感じがしました。それっぽいとはイタリアの数千万円のオールド楽器のことです。億ではなく数千万円のものです。雰囲気があります。
ドイツのオールド楽器特有の地味な音とかそんなこともありません。音を出すだけでもニンマリとしてしまうような気持ちの良い音です。
現代では作ってはいけないと教わるものですが、ボーッと共鳴する感じがあって鳴るなと思うくらいです。ぷっくらとした高いアーチの楽器では筒が響いていると感じることがあります。ソリストがマックスの音量が出せるかは知りませんが、アベレージで弾いて音が小さいという感じはしません。その目的ならフランスのもののほうが良いかもしれません。

我々が学んだ知識とは何なんだったんだと思わされる体験です。プロの教育を受けた専門家でさえそんなものですから、知識なんてものは何もあてにならないと心してください

業界で年長の人たちの多数派に信じられていることを「知識」として教えることはできます。しかし実際の楽器を手にした時に私はそれはおかしいんじゃないかと思うことがよくあります。このため知識を学んで分かったつもりになっているなら何も知らないほうがましだということです。それに代わる新しい知識を確立することは難しく「分からない」と言う方が間違いが少なくなります。2000年以降昔の本に書かれていた記述が削除されて行っています。

私は、言われてきたことが確かではないと気づいただけで答えは知りません。職人も専門家も何もわかっていないということを知ってほしいです。なのに私が何でも知っていると思って質問をしてくる人がいます。私もまだ思い込みにとらわれて現実を理解していないかもしれません


古い本ではこのようなものはオーケストラ用のヴァイオリンと書かれていますがほんとうでしょうか?ソリスト用ではないかもしれません。でも世の中にソリストとして演奏している人がどれくらいいるでしょうか?道具は究極的なものでも自分が使えなくては意味がありません。

競輪用の自転車はスピードが出るはずです。しかし一般の人には重すぎて漕げないことでしょう。一方ママチャリでも競輪選手が乗ればものすごい速さが出ます。ハンデとして競輪選手にママチャリに乗せて競争をした例があります。ママチャリでぶっちぎりの速さです。

しかしある程度まで行くとペダルが速く回りすぎてギアの回転の問題で速度が出なくなってしまいます。ソリスト用の楽器とはそういう話です。数千万円のイタリアのものでも同じことで、ダメだというならフランスのモダン楽器かそれに近いものを考えるべきです。この楽器でも普通に弾くレベルでは全く問題がありません。それどころか魅力的な音がします。心地良く気持ちのいい音です。

私は真っ平らなアーチのものと高いアーチのものを作ってホールで試したことがあります。弾いてもらって最後方で聞くとどちらも音は届いていました。平らなものの方が量感が豊かで、高いアーチの方が引き締まっていました。一方現代的な作風のものは音が届かず子供用の楽器がはるか遠くで鳴っているようでした。遠鳴り自体には関係が無いようです。量感の違いはアーチの高さが原因なのかもはっきりしません。ともかく現代のセオリー通り作ったものが最低でした。理屈ではなくホールで試す必要があります。


しかし、マルクノイキルヒェンのオールド楽器にはとても耳障りな嫌な音のものがありますし、見た目の荒々しさとは裏腹におとなしすぎるものもあります。

このような楽器は買おうと思って買えるものではなく、運よく目の前にあった時に気付いて決断できるかというものです。同様のものは在庫にはありませんし、長年眠っていたものが修理をするとすぐに売れてしまいました。その時余計な知識があることは大きな障害となるでしょう。グダグダケチをつける人はチャンスを逃します。勝手に言っていてください。その間に他の人のものになります。

小学生にはその決断ができました。将来必要性が生じてもっと上のランクの楽器に買い替えるとしたら比較対象があるため相当なものとなるでしょう。
試奏のために貸し出しをしているので子供が一人で選ぶのが不安なら先生に試してもらって助言を得ることもありえます。

私のところではコンクールでは地方の予選があり全国コンクールがあります。各楽器で上位に入った人を集めたユースオーケストラでチームワークを学びます。将来プロのオーケストラ奏者として仕事をするための訓練を受けるわけです。その時はオーケストラヴァイオリンが必要となるでしょう。

ソリストになる人はそのレベルではありません。全体の何パーセントかと考えると情報として必要な人は皆無でしょう。それでもソリストを目指しているならホールで試す必要があるでしょう。



こんにちはガリッポです。


ラーセンから新しいヴァイオリン弦が出ました。イル・カノーネのゴールドです。
これはとても高価なもので日本ではセットで6万円ほどになっているようです。買う人がいるのかとうちでも話になっていますが、日本の人や読者の中には買う人もいるかもしれません。
コンサートマスターやプロのオケ奏者などに話をしても敬遠されてしまいました。

ITガジェットではアップルのワイヤレスヘッドフォンが6万円して「ハイエンド」と言われました。ハイエンドの歴史が長いオーディオの世界ではコードだけで30万円以上します。コードにもこだわるオーディオの世界ではコードレスのヘッドフォンをハイエンドとは言いません。
ともかくそれを買う人がいるのですからたかが6万円です。全員が買う必要はありません。

販売元の営業の人が言うには、昨今の社会の要求に対してヴァイオリン弦は使い捨てでリサイクルが難しい。そこで寿命を長くするという方法を考えてできたのがこの製品だそうです。
チェロの弦くらいの値段ですから同じくらい長持ちすればそんなに高くもないのだそうです。
そうやってLED電球もパッケージに寿命が6年とか書いてあって半年もせずに切れたりしています。どうなんでしょうね?
たしかに金は腐食しにくい素材で、弓に巻いてあるものはめったに交換する必要がありません。金だけでは強度がありませんから合金になるのでしょうがどんな素材なのかは分かりません。
DとG線がゴールドで巻いてあるそうです。他の弦の寿命は?・・・

業界の慣習として、異なる弦を試すようなマニアはほんのわずかで、大半は先生が薦めたり、多くの人が使っているものを使う人が多いでしょう。このようなものを世界的なソリストに無償で使わせても人気が出るかどうかは分かりません。

エンリコ・ロッカのヴァイオリン



エンリコ・ロッカが1915年にジェノバで作ったものです。一見してガルネリモデルと分かります。しかしサイズは実際のデルジェスとは全く違う大型のものです。近代のストラドモデルと同じような寸法になっています。つまり、デルジェスをイメージして作った独自のモデルということになりますが、このようなものは近代ではどこの流派でも作られました。その中では完成度が高くない感じもします。
表板の左上には節が入っています。このため表面が割れていて塗装が剥げやすい所です。補修には苦労しました。

裏板は表面をきれいに仕上げていないためニスが擦れてカンナの跡が浮かび上がってきました。裏板の木材はメイプルではないようにも見えます。

パフリングの先端は凝ったものではなく量産楽器の一番安いもののようです。

パフリングのラインは歪んでいて注意深く作られていないことが分かります。



スクロールは近代的なもので丸みがあるようにデザインされています。ガルネリモデル専用のものなのかはちょっとわかりません。アマティやストラディバリは自由にデザインしたというのではなくて何か設計上のしがらみを感じます。
木目の出方が板目板のようにも見えます。しかし完全な板目取りではなく斜めになっているようです。安い楽器にこのような木材が使われていれば文句を言われて高い楽器に使われていれば味があると言われるかもしれませんね。


フランスのものほどカチッとしておらず、ドイツやチェコの渦巻き職人のものほど手慣れ過ぎて無い感じです。

アーチは特に表板で攻め切れていないという感じがして、並みの造形センスの職人にはよくあるものです。攻め切れていないか、行き過ぎてしまうかが難しい所です。特別才能は感じません。

板の厚みも攻めておらずかなり厚めです。

工房製のヴァイオリン


こちらは2000年以降に作られたものでしょう。ラベルには現代の作者の「工房製」と書かれています。工房製というと普通は弟子などが作ったものや、品質ランクが落ちるものです。しかし定義があるわけではなく工場で作らせたり、別で作ったものを買い取ったりすることもありました。
確かに量産品よりも仕事自体は質が高そうです。同僚はヴァイオリン製作学校の生徒のものとよく似ていると言っていました。それ以下の職人もたくさんいます。

形も整っていて量産品には無い繊細さがあります。

スクロールは安くしたければ今では機械で途中まで作ったものが売られています。これをどうやって作ったかはわかりません。

やはりハンドメイドの高級品というほどカッチリとはしていません。

裏板は一枚板ですがそれほど高級なものではありません。それは縦の線を見てください。年輪が断面になっているものでこの間隔が広いと成長が速い木で密度が低いものになります。ストラディバリではこのようなものは使っていません。一方でオークションのカタログに出ていたジオ・バッタ・モラッシーがこのような安い木を使っていました。

パッと見て気になったのはニスではないかと思います。すごく赤いですね、それからきれいすぎてアンティーク塗装にはリアリティが無いことです。
現代ではヴァイオリン製作コンクールの出展作品を見ればみなオレンジ~赤の鮮やかな色をしているので現代のハンドメイドの楽器に近いものと言えるかもしれません。結果的には人工染料で作った量産楽器のニスのように見えてしまいます。実際にニスがアクリルのようなものなのか天然樹脂でできているのかもわかりません。
このようなアンティーク塗装は現代の職人ではよくあるものでフルバーニッシュの新作用のニスの一部を拭きとった初歩的な段階で満足してしまうものです。これなら量産品のアンティーク塗装の方が技術があります。

中もきれいに作ってあり、板の厚みも現代のセオリー通りになっています。したがって、現代のハンドメイドの楽器と同じような音が期待できますが、値段は半分くらいでしょう。完全な新品に比べると10~20年くらい経っている点も音では有利なはずです。

音が同じレベルならコストパフォーマンスで考えるとハンドメイドの高級品よりも優れていると言えるでしょう。この楽器が中古として出てきたのは、買いやすい値段だったために買った人がいるからです。

我々職人が現代に作っている楽器は音のためにすべての労力を費やしているのではなく、見た目の完成度のためにかなりのコストをかけているということになります。職人同士で腕を競い合うのは見た目の加工のクオリティです。職人同士で楽器を見せ合った時は細部をチェックするように見ます。それに対して演奏者はちらっと楽器を見たかと思えばすぐに弾き出します。私がブログで見た目の話ばかりしても良いですが、おそらく読者は興味が無く退屈だろうということで控えています。商業的な価値についても、中古品を買い取ったり査定するので全く分からないことはありません。商品価値と音の良さを混同する可能性があるので指摘しています。

音しか興味がない人はこれで十分ですし、コストパフォーマンスで考えると優れたものと言えます。ニスが見た目に与える影響は大きいです。

新品の量産ヴァイオリン



これは新品の量産ヴァイオリンでヨーロッパのメーカーのものです、製造地は公表しておらずおそらく中国ではないかと思います。値段は30万円くらいするものですから、ひどい安物ではありません。

コーナー周りは最初のロッカのような感じです。若干さっきのものよりはいびつな感じがします。

スクロールもみな微妙に違います。赤く見えるのはカメラの反応です。

中国製のものには良く見せようと装飾的なペグがつけられていることがよくあります。ツゲなどは安いものに多くついています。このためツゲの値打ちも下がったものです。これは黒檀に白い飾りがついたものです。幸い買った段階では奥までペグが入れられていなかったので私が軸とペグボックスの穴を仕上げ直しました。これが工場で仕上げたもので調子悪ければすぐにペグの交換になります。

中国製だと馬鹿にするかもしれませんが板の厚みを測ってみるとクレモナのオールド楽器の典型的な厚みになっています。つまり薄めになっています。形もアーチも普通で板の厚みが薄めとなればなかなかレアです。音は好みの問題ですが、さっきのようなものでは20世紀のヴァイオリンの音という感じがするでしょう。それに対して本でオールド楽器の厚みを勉強して機械で作れば違うものができます。これが戦前の量産品ならコストの問題でそこまで薄く作ることができませんでした。技術の進歩によってできるようになったというわけです。20世紀の「偉い師匠の教え」を無視することで違う音のものが作れる可能性が出てきます。

とはいえこのようなものは例外的で、ブランドとして浸透するほど継続的に行われていません。消費者の好みに応じて音を作っているのが当たり前と考えてはいけません。

古い中級品



これはお客さんが2000円ほどで中古品を不用品の個人売買で買ったものです。ペグも3本しかついておらず弾ける状態ではありませんでしたが、10万円ほどの修理で弾けるようになりました。

ニスの表面期は亀裂が入っています。このようなものはモダン楽器にはよく見られます。ラッカーのような硬いニスではこうはなりません。したがってもっと柔らかニスということになります。そうなるとただのガラクタよりもずっとランクが高いかもしれません。

確かによくある量産品よりもきれいにできています。

アーチは真っ平らでミルクール的な感じもします。ラベルにはミッテンバルトのオールドの作者が書いてありますが、1700年代の作者のものとはとても思えません。
しかしミルクール的な感じからしてもミッテンバルトのものかもしれません。私も素性がよく分からないヴァイオリンの方が多いのです。このようなものは商品価値は低くなりますが逆に言えばお買い得かもしれません。日本の業者が輸入するにはセールスポイントが無いですね。

もともとついていた3本のペグは作られた当初につけられたものかもしれません。穴が大きくなっていないので新作楽器と同じ太さの細いペグを取り付けることができました。ペグは細い方が弦を巻き取る速度が遅くなるので微調整がしやすくなります。ほとんど使っていなかった感じです。

目打ちでつけた跡がセンターラインに残っています。作者ごとにやり方に違いがあります。こうなると手作りなのかもしれません。
指板の幅が広くペグボックスには四角い感じがあります。フランス的な感じがするところですので、マルクノイキルヒェンやチェコのボヘミアよりはミッテンバルトっぽいかなと思います。
時代はよくわかりませんが作風はミルクール的な雰囲気が残っているので戦前でしょうかね。

板の厚みは普通くらいでしょうか?極端に薄くも厚くもありません。

少なくとも2000円で買って10万円の修理をしたよりは値打ちのあるものでしょう。未使用に近い状態で修理も付属品の交換だけで済みました。50万円位でも高すぎるとは思いません。

こういうケースはまれでお薦めはしません。ヴァイオリンが好きな人に限って持っているものはガラクタばかりです。ラベルの名前などに引っかかっているのでしょう。前回の欲の話です。

音は?

ロッカの音についてはこの前書きました。その後別の用で来た持ち主から不満などを聞いてませんので依然言っていたように修理は成功したことでしょう。

工房製のヴァイオリンと新品の量産品を何度も弾き比べてみました。毎回違うような感じがしてよくわかりません。
それでも工房製の方は現代の正統派の新作楽器によくあるような音だと思います。私も最初の頃に作っていたものに近い物なので懐かしい感じがします。日本ではこのような音の新作楽器を気に入って使っている人が多いでしょうから決して悪いものではないでしょう。それが半分の値段ですからお買い得です。日本の場合には日本人の作者が安すぎる値段で売っていることが多いでしょう。それなら見た目の完成度もこれ以上の職人もいるでしょう。基本的に明るくてとても鋭い音がします。G線を弾いても音が鳴らないということは無くて倍音が響きます。直接低音が出ているという感じではなく、もっと中音くらいの音が響いている感じがします。高音はとても鋭いです。理屈では日本人が好む音ですね。

量産品は新品なので音が毎回違う感じがします。しかし薄い板のせいもあって音色は深みのある暗い音がします。最初はペタッと接着剤で固まっているような感じもしましたが次第にほぐれて特に嫌な感じや不自然な感じはしません。ヨーロッパのメーカーが中国の工場でヨーロッパ人好みの音のものを作ったと言えるでしょう。低弦を弾いても明るい響きは少なく音色には深みがあります。だからと言って低音が強いかというとそこまでではありません。

こちらで作られた工房製のものの方がアジア向きで、中国で作られたものの方がヨーロッパ向きという事が言えます。生産国でイメージすることは意味がありません。

中古品を修理したほうは、「ビオラのような低音」が気持ちよく感じられます。高音は性格が変わって美しい伸びやかさがあり気持ちが良いものです。低音と高音が両立する楽器というのも珍しいもので、全体として荒々しい雑味の耳障りな音が無く、はっきりとして聞き取りやすい音です。リラックスして窮屈な硬さを感じません。初心者の練習用には幸運すぎます。ただし、音が簡単に出る代わりに単純な感じはします。極端にフラットなアーチの楽器は私は嫌いじゃないのです。必ずしも音が鋭いとかいうわけでもありません。それこそヨーロッパ好みの音です。新作楽器にいくら出してもこんな音はめったにないでしょう。


私はこの中では2000円で買ったヴァイオリンが一番気に入りました。弾いていない楽器でも古さによる音の変化はあるように思います。

ただたまに読者の方から聞くのは、こういうちょっと古い楽器の音が全然よく感じられず、新作楽器の方が良いと言うのです。私にとっては1900年以降のものはまだまだ新しい楽器くらいのイメージですから、特別「古い楽器の音」という意識はありません。新品よりも鳴りやすく音が強くなっているという認識ですが、日本の人にはくたびれて元気のない地味な音の楽器に感じられるのかもしれません。そこがよく分からない所です。
良いものが輸入されていないとか修理の状態も考えられますが、東京のような所なら騒々しく店につく前にも騒音で耳を酷使しているのかもしれません。また建物の影響も考えられます。

それとて音は好みですから自分が良いと思うものを選べば良いでしょう。

最後はアレサンドロ・ガリアーノ



ナポリのガリアーノ家の初代アレサンドロのヴァイオリンです。今までのものとはかなり雰囲気が違います。
かつてはクレモナで修行したとかストラディバリの弟子などと言われていましたが、最近の本ではどこで修行したかも書かれていません。このヴァイオリンにはベネチアのピエトロ・グァルネリのラベルが貼られており昔の有名な楽器商の鑑定書がありました。新たに鑑定に出したところ、アレサンドロ・ガリアーノになりました。音は気に入ったものの当初は高すぎて買えなかったものを鑑定に出してガリアーノになって安くなったのでコンサートマスターの人が使っています。
別のところに鑑定してもらってもアレサンドロ・ガリアーノになるのかはわかりません。

ともかくそのクラスの楽器にも偽造ラベルが貼られていて本を何冊も出すような有名な楽器商の鑑定も不確かでした。本に書いてある知識なんて怪しいものです。そんな業界だと知ってください。

アレサンドロはかなり個性的な楽器を作っていてストラディバリの影響は感じられません。

ヘッド部は摩耗がひどく原形が分かりません。

アーチもオールド楽器らしくぷっくらと膨らんで高くなっています。板の厚みも典型的なイタリアのオールド楽器のものです。
現代のものとは全く違います。


この楽器の音色は複雑なものです。籠ったような影もあるし、明るく響く豊かさもあります。アバウトでルーズな感じが功を奏しているのか小型のオールド楽器のような窮屈さがありません。高音は柔らかくこんな音のものは近代の楽器では滅多にないでしょうし、エンリコ・ロッカとは全く違います。私はこのヴァイオリンのコピーを作ったので新作楽器には珍しく音色の感じは似ていました。新作の硬さがあり鳴り方は全然違います。コンサートマスターが使うようになってから音の出やすさはさらに増したように思います。

先日は演奏のために中国に行っていたそうで、日本にもよく行っています。大阪城の写真を見せてくれたこともあります。帰ってきて楽器を点検して欲しいという依頼でしたが、いくつかにかわの接着部分に剥がれがありました。それが中国に行ったせいで起きたのか、それより前にすでに起きていたのかはわかりません。

日本の気候の楽器への影響については質問がありましたが、私も分かりません。
最近はこちらでも雨が続いて湿度が上がっています。しかしトラブルなどは持ち込まれていません。雨の量はたかが知れていて日本の梅雨や台風が来たらたちまち大洪水でしょう。

まれにあるのは水没の被害です。地下室に置いてあると地下水が侵入したり雨水が逆流して水没することがあります。水没した楽器の修理は最も困難なものの一つです。元通りに直すのはかなり厳しいです。地下室は極端に湿度が高いので長く保管されていたものはかびの臭いがします。地下室に置くのはやめたほうが良いでしょうが日本の家にはありません。かえって熟成して音が良くなるかもしれませんが…

しかし長期的に高温多湿で楽器がどうなるかは分かりません。人が暮らせる範囲なら大丈夫だと特別なケアなどはお客さんに薦めてはいません。
怖いのは冬場に乾燥して割れが生じることです。暖房はさらに空気を乾燥をさせるので涼しい部屋に置くように言うくらいです。基本的にヨーロッパの気候は楽器の保管に適したものです。乾燥が激しいドバイや亜熱帯の台湾、香港などでヨーロッパの音楽家を招いたり名器をコレクションしたりするとどうなるかはわかりません。

こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンがどういう物かということを知っているのがよく知っている事であり、具体的な作者について知っていることは重要なことではありません。私は作者については熱心な読者の方よりも知らないでしょう。私が20年以上働いて来て学んできたことを無料で教えましょう。

①ヴァイオリンというのは作り方を習えば誰にでも作ることができる
②意味が分かっていなくてもヴァイオリンのようなものを作るとヴァイオリンのような音がする
③そのように作られたヴァイオリンはみな微妙に音が違う
④音は主観で客観的に評価することはできない
⑤このためどこの誰の作ったものが自分にとって良いヴァイオリンなのかは分からない

「神様のような職人がいて意図的に音を作り出し、専門家に評価され高い値段になっている」というのは現実からは全くかけ離れたものです。そのような知識は捨ててください。たまたま音が気に入れば、作者がどんな人で、どんな志を持っていても構いません。現代にヴァイオリン職人になる人はヴァイオリンが作りたいからなるわけですが、昔は世襲制だったり、親が職人なので生活手段としてヴァイオリンを作っていた人もいます。今では高価になったものでも凝ったものを作ろうという意欲は無く、郵便配達のように仕事として楽器を作っていただけです。でも結果的に音が気に入ればそれで良いです。

技術的に物を考えるとすべては一長一短で、すべてが良いということもないし、すべてが悪いということもありません。鋭い音のヴァイオリンを「力強い音」と感じる人もいるし「耳障りと感じる人もいます。同じ音なのに楽器の評価は異なってしまいます。その感じ方も、自分の楽器との比較になるため、柔らかい音の楽器を持っている人には鋭く感じられ、もっと鋭い音の楽器を持っている人には柔らかく感じられます。メートル法のような誰にとっても基準となるような尺度がありません。さらに同じ楽器でも弾く人によって出てくる音が全く違います。
全面的に音が良いヴァイオリンも無ければ全面的に音が悪いヴァイオリンもありません。何もかも備えた理想的なヴァイオリンを求めていると一生買う日が来ません。何故かというと存在しないからです。弓も同じです。

完璧なヴァイオリンや弓を求めて試奏を繰り返して一生買わない人がいます。
それなら不完全なものでもその間弾きこんでいれば鳴りが良くなっていきます。全面的に音が良くなる可能性があるとすれば弾きこみの効果です。

つまり自分の楽器を信じて弾き続けることが大事だということです。

こうなると楽器の方ではなく心理学の話です。
私が大学で学んだ心理学の先生は会社に就職して、消費者の行動を心理的に分析することに興味があったそうです。しかし実際に配属されたのは経理で全く関係ない仕事だったそうです。そこで会社を辞めて大学で研究しているのだと言っていました。
その先生は労働者の心理について、「入るのが難しい会社に入った」ということで自分の会社に満足していると言っていました。会社を辞めた人の意見なのが皮肉めいていて面白いですけども・・・。
これを置き換えれば買うのが難しいヴァイオリンを買ったので満足するというものです。一番わかりやすいのは値段が高いということですね。自分や親が苦労して働いて買ったヴァイオリンだから大事に弾き続けるというのが実際にある事なんでしょう。
別に理由は何でも良いと思います。信じてそれを弾き続ければ良いのです。
まずいのはニセモノじゃないかと疑いを持ってしまうことです。

日本人は自己肯定感が低く、西洋の人は高い傾向があるでしょう。
日本人は自分の楽器を信じるためにはより強い理由が欲しくなることでしょう。それが日本人特有の購買行動につながっていることでしょう。西洋の人は自分が商品を気に入ったらそれで満足してしまいます。
そのウンチクは技術者から言わせれば荒唐無稽で現実からはかけ離れています。フィクションの物語にお金を払っていると感じます。
一つは名工だの巨匠だのいう「評価」で、「値段が高いから良いヴァイオリン」だという思考はどう考えても論理的ではありません。
楽器マニアのプロのヴァイオリン奏者の人はオケの定年間近になって「ヴァイオリンの音は値段とは関係ない!」と力説していました。いやそんなの当たり前ですよ。でも1970年代の古い本を見ると作者ごとに値段とともに音についても評価が書いてありました。今読むと占い師や予言者のような曖昧さで実際とはかけ離れていることがあります。今では音について書いてある本なんてありません、昔は誰の弟子だとかそんなことも怪しげなことがたくさん書いてありました。偽造ラベルを貼るのが普通の商慣習という業界です、何も信じられません。
音は客観的に評価できないというのが最新の知識なのでアップデートして覚えておいてください。

一方理系マニアのような人でも楽器の作りがどうだの、ニスがどうだの職人から説明を受けて信じてしまう人がいます。他の分野の理系マニアの経験からそれと同じように、技術が進歩していくと思い込んでいる人もいるでしょう。しかし音は主観なので、職人が長年の研究で見出した作り方で作った楽器の音を気に入る人もいれば、以前のもののほうが良かったという人もいます。同じヴァイオリンについて改善したと思う人もいれば改悪したと思う人も出てきます。このため初心者が初めて作ったヴァイオリンでも音が良いかもしれません。私は若い職人よりも多くの研究をしていますから研究すればするほど音が良くなる方が都合が良いですが、残念ながらそれは真実ではありません。他の産業でも、デザインの流行などによって改良されたと思い込まされている場合があります。長い年数使うほどに性能が上がっていくのはヴァイオリンくらいのものですから短期的な流行にとらわれるべきではないでしょう。

それに対して様々な楽器を経験すると規則性がよく分からないことに気付きます。楽器の特徴を調べても弾かないで音を予測することができません。職人は0.1mm単位で仕事をしていますので、わずかな違いを大きな違いと考えがちです。しかし、音の違いはよく分かりません。私もヴァイオリン製作を習った時に先人に教わったことですが、20年やってみてよく分かりました。基本的な知識だと思ってください。
一方過去には様々な楽器が作られました。現代の職人からすればデタラメと思えるようなものでさえ、意外と真っ当な音がして驚くことがあります。またボロボロに壊れて傷んだヴァイオリンが、こんなのはダメだろうと思うと意外と音が良いことがよくあります。最近は「壊れたヴァイオリンは音が良い理論」と冗談で言っています。作者が工夫し細心の注意を払って作ったことなどは全く無意味だということです。何なら作ったヴァイオリンをバキバキに壊して修理したほうが音が良いかもしれません。

私が感じていることは「ヴァイオリン製作はもっとめちゃくちゃでもいいのではないか?」ということです。19世紀にはストラディバリが最高のヴァイオリンであるという考え方が広まって、ストラディバリの特徴をフランスの職人たちが解釈してルールを定めました。実際とはだいぶ違う所もあるのですが、それがモダンヴァイオリンというものです。ソリスト向けの楽器を目指して一定の成果を収めました。そのルールはそれ以降のヴァイオリン製作では基本となっていて、職人として修業すればみな学ぶことです。時代が後になるほどフランスの特徴が薄くなっていきます。一方で国際化が進み20世紀以降どこの国でも同じようになります。見た目もそっくりです。同じような考え方で作られたものでも最初の話のように音は微妙に違うので試奏して気に入ったものを選ぶ必要があります。

このような規則をちょっとマニアックな人は本で読んだり、職人に聞いたりすることがあるでしょう。
これに対して私が考えているのはもっとおおらかに考えていもいいのではないかということです。そのヒントとなるのは「オールド楽器」です。オールド楽器はモダン楽器の時代と違い作風が定まっておらず、バラバラに作られています。「こんな変なヴァイオリンが?」と思うものが良い音がして驚いたりすることがよくあります。私たちが学んだ知識は何だったんでしょうか?逆に言えば理屈に反するため見向きもされない安いオールド楽器にも音が良いものが有り得るということです。
現代の職人はとても狭い範囲の中で楽器を作っていることが分かってきました。その中で職人が工夫や改良したつもりになっていたり、営業マンがオリジナリティがあるとか個性があるとかウンチクを語っているのは無知すぎます。

真に個性的な楽器であるためにはモダン楽器の基礎を覆すことです。そうでなければ個性や独創性はありません。そもそもただの道具なので使いやすければ個性や独創性は別になくても良いです。同じように作られても理由もなく音が微妙に違うので好きな音のものを選べばいいというのが現実です。それなのに作者を天才だとか巨匠だとか語っているのはバカバカしいです。

職人としては、弦長が間違っていたり、手が触れる部分つまり演奏上問題があるもの、品質に問題があるもの、ニスの耐久性に問題があるもの、極端に板が厚すぎる、・・・つまり不良品や欠陥品のようなものを見分けることができます。また製造上コストを削減するためや、めんどくさがりの職人に行われた「手抜き」を見分けることができます。楽器としての基本的な事さえも理解していない素人が作った楽器も見分けることができます。
中古品では修理の状態も重要です。見た目には気づかない小さな割れ傷でも楽器を買った後で修理が必要になり多額の費用が必要になるかもしれません。それも修理をしている職人なら見分けることができます。

私が言っているのは作者が天才だとかそんなことではなく、欠陥品であるかないかの話です。

品質によって楽器を見分け値段を設定していますので、予算の中で試奏して音が気に入ったものを選べばいいというわけです。加工の品質はまだ客観的に評価できます。造形的なデザインのようなものは好みの問題としか言えないので個性を公平に評価することはできません。

一方骨董品のように戦前よりも古い作者の場合には相場が形成されていることがあります。それはほんの一部のもので値段は極端に高くなることがあります。しかし楽器そのものや音は無名の作者のものよりも必ずしも優れているわけでもありません。厳密な審査によって値段が決まっているのではなく、購入する素人の人気によって値段が上がっているだけです。職人たちはその値段に納得はしていませんが、だからと言って商慣習を無視すれば独断が過ぎると思います。
高すぎるものを買うのが損か得かそれだけの話です。

私がオールド楽器は現代のものと違うと言っていることも、現代の楽器製作よりもオールドの方が優れているという事ではなく、オールドのようにめちゃくちゃに作っても意外とまともな音がするので、そんなのを作ったら面白いかなというレベルの話です。そうなれば常識の範囲を超えたような音のものもできるかもしれません。
私が考えていることはモダン以降職人の間で信じられてきたセオリーから勇気をもって足踏み出そうかというレベルです。セオリーが間違っているというよりももっと外れても大丈夫だということです。つまり職人たちが言う「良い楽器の特徴」から外れても大丈夫だろうということです。そんなセオリーがある中で営業マンのこしらえたウンチクで個性だのオリジナリティだの目くそ鼻くその話です。日本人特有の購買行動をこちらで話せば「楽器ではなくストーリーを買っている」と一笑されてしまいます。ヨーロッパで留学や楽団などに就職しようという人は日本で高い楽器を買っていくのは待ったほうが良いと思います。

明るい音と暗い音?


日本のウンチクは日本限定のものかもしれません。

オーストリアの弦メーカー、トマスティクの分析によると音の好みが世界の地域によって違うのだそうです。ヨーロッパの人は「暗くて暖かみのある柔らかい音」を好み、アジアの人は「明るくて輝かしい鋭い音」を好むのだそうです。アメリカの人はその中間だそうです。その結果オーケストラもそんな音になっているのだそうです。ウィーンフィルなんてのはまさにヨーロッパ人好みの音というわけですが、ニューイヤーコンサートでは真っ黒な南ドイツのオールド楽器も目にします。コントラバスには必ずあります。

このためトマスティクでは地域によって同じ銘柄の製品でも音を変えているのだそうです。トマスティクの弦については同じものではない可能性があるので情報を伝えることはやめたほうが良いかもしれません。

これも面白いですね。
しかし私はトマスティクの分析が本当にそうなのか疑問を持っています。日本人の私としてはそんな音が好みと言われてもピンときません。

これについてですが、じゃあヨーロッパでは国内向けに暗くて柔らかい音の楽器が作られて、アジアへの輸出用には明るい輝かしい音のものが作られているかといえばそうではありません。音を作り分ける技術が無いからです。暗くて暖かい音の楽器というのはこちらでも珍しいのです。そのようなものが珍重されます。明るくて輝かしい音のものはたくさんあるので、売れ残ったものをアジアに輸出すれば良いかもしれません。実際に入手しやすい物ばかりを売ってきた結果日本には明るい音の楽器が多くそれが日本では「標準的な音」になっているだけなのかもしれません。日本で普通の音がオーストリアから見れば明るい音ということです。そもそも音で楽器を選ばせてもらえていないのではないでしょうか?

皆さんはどう思うでしょう?


ヨーロッパの人が好む音についてもトマスティクの分析が本当に正しいかも疑問があります。
鑑定士として権威を持つ弓職人が嘆いていたのは「最近の人は音量しか興味がない」というのだそうです。こうなるともうヨーロッパでも音の好みが変わってきているのではないかと考えられます。弓の価値を鑑定する人でも消費者と好みがずれてきているのです。鑑定士の弓職人が銘弓と考えるものが消費者には好まれなくなっていくわけです。鑑定士が正しいのかユーザーが正しいのかどっちでしょうか?

「お客さんは神様」という立場に立てばユーザーの言い分が正しいことになります。マーケティング理論でもそうですし、自由主義の哲学においても消費者主権が正しいとされるでしょう。

高齢者や年配の人に好まれるのは暗くて柔らかい音でしょうが、今現実に売れるのは「暗い音で音量を感じさせる強い音」だと思います。暗くて鋭い音がうちではよく売れるほうだと思います。読者の方がまさにそんな音のデンマークのモダンヴァイオリンを持っていました。その方の音の好みではないため日本で売ろうとしましたが何年経っても全く売れませんでした。日本人は生産国をなにより気にするので「デンマーク製のヴァイオリン」を買いに来る人がいないからです。私はその音を聞いて「これは売れそうだ」と思ったので持って帰って修理してこちらで売るとすぐに売れました。まず音の好みが違うということもありますが、日本人はそもそも音ではなくて生産国名で楽器を選ぶということを表している例です。

このため私は「暗くて鋭い音」のヴァイオリン弦を開発して欲しいと思っていますが、弦メーカーもまだ気づいてないようです。チェロの弦ではピラストロのパーペチュアルがまさにそんな音なので、高いですが売り物のチェロに張ればお客さんにアピールする手段となります。
鋭い音が良いというのではなくて、音量重視で選ぶと高音が鋭いという副作用がついてきます。これも一長一短の話です。暗くて音量があって柔らかければもっと良いでしょうがそんなものはめったにありません。そこで柔らかい高音の弦を使います。

でもあくまで世界中で大量に弦を販売しているメーカーの持っているイメージであって、個人一人一人では従う必要もありません。明るいか暗いかかはそんなに重要ではなくて、楽器が機能してうまく鳴ればそれで良いとも考えられます。上級者が弾くのを離れて聞くと味わいがあってオールドらしい音がすることもありますが、驚くことに自分で弾いてみるとそんなに暗い音がするわけでも無いことがあります。それくらいこだわらなくても良いことでもあります。

こだわり過ぎてもしょうがないので明るい音や暗い音についての音響工学的な説明もしないことにしましょう。


ストラドモデルとガルネリモデル、どちらを選ぶべき?


ストラドモデルやガルネリモデルと聞くことがあります。またチェロではモンタニアーナモデルも有名です。

このようなモデルと言うのは胴体の輪郭の形のことです。
さらにf字孔やスクロールなども特徴として考慮されることもあります。

ストラディバリモデルとガルネリモデルのどちらを選んだらよいでしょうか?

答えは「どちらでも試奏して音が気に入ったほうを選べば良い」ということになります。何故かと言えば、モデルによって音の特徴は分からないからです。

弦楽器というのは20年以上やってきた経験で、あまり細かいことにこだわっても音についてはっきりした違いは出てこないとい分かってきました。ヴァイオリンであれば大きすぎず小さすぎなければ良いというものです。ストラディバリモデルはオールドの時代にはめずらしく大型の方です。一方で大きいほど演奏がしにくくなります。弓が表板の縁にぶつかってしまうと演奏の妨げになります。

ですからだいたい「ヴァイオリンの大きさ」になっていればストラディバリの何年のモデルと形が多少違っても音にはそんなに違いは現れないことでしょう。細かいことを言っているとさもよく知っているように見えます。このことを「知ったかぶり」と言って自分を有利な立場に置くテクニックです。弦楽器についてよく知っているというのはもっと俯瞰して捉えていることです。今日は極端に小さい物や大きいものは作られないのでストラディバリモデルというのは「普通のヴァイオリン」ということです。オールド楽器では小さいものが多いです。胴長以上に横幅が重要だと思います。普通の大きさのものを見つけることすら困難で、ストラディバリが高価なのはその希少性です。予算が限られている場合、小さいオールド楽器と、ストラディバリモデルのモダン楽器とどっちが良いかは試奏して選んでください。

ガルネリモデルは全体としてはやや小型になります。しかし胴体の中心部分はゆったり目に作られているせいかストラディバリモデルと遜色ない音が得られます。メリットは小さくて扱いやすいということです。

もし体格に不安があるならガルネリモデルが有利になります。
しかしガルネリモデルと言っても必ずしもそのように作られているとは限りません。

ガルネリモデルでも大型に作られていることがあります。
モデルと言うのは完全にオリジナルのものと全く同じに作られているとは限りません。現代には実物大の出版物があり、印刷技術の範囲内で実物と同じ形のものを作ることができます。近代ではそのようなものは無く、師匠などから受け継ぎました。ただし、オールド楽器では表板と裏板では形がかなり違うことも普通です。また古い楽器は摩耗していて作られた当初とは形が変わっています。

ともかくガルネリモデルと言っても、グァルネリデルジェスのイメージで作ったものも含まれます。ストラディバリの楽器のサイズが理想だと信じている職人なら、ストラディバリのサイズで、見た目にデルジェスの特徴を持たせたものをデザインしたものがあります。フランスのストラディバリモデルは実際のストラディバリよりもさらに大きくデルジェスに比べて1㎝ほど胴体が長いものです。ヴィヨームにもまさにそのようなものがあります。デルジェスをモチーフにした作者自身のモデルです。同じようなものはイタリアのモダン楽器にもあります。フランスでもイタリアでも近代以降、特に取り組み方に違いがあるわけではありません。

このためガルネリモデルでも大きいものがあります。
ですので、体格の問題などで小さめのヴァイオリンが必要であるなら、そのように言ってください。モデルの名前に関係なく小さめのものがあるかもしれません。


音の特徴についてははっきりわかりません。私がストラディバリモデルで作ると音がとても柔らかくなります。しかし世の中にあるストラディバリモデルのヴァイオリンには鋭い音のものがたくさんあります。したがって、モデルに関係なく試奏して楽器を選ばないといけません。

私が作った場合には、ストラディバリモデルの方が豊かでフワッと音が空間に広がるような感じがしました。ガルネリモデルの方が直線的に突き進むような感じです。私は輪郭の形だけでなくアーチの作り方も変えます。しかしそんなことは、別の作者が作った楽器と比べれば微々たる違いで全く違う音になります。
私もそんなに科学的に物が言えるほどの台数を作ったわけではありません。たまたま木材がそんなキャラクターだったのかもしれません。

このため、ストラディバリモデルとガルネリモデルの違いよりも、作る人やメーカーによる音の違いの方がはるかに大きいです。

「何年のモデル」や名演奏者が使っていた楽器のモデルなどは、音についてはあまり意味がないと考えたほうが良いでしょう。演奏家のファングッズではあると思います。


数を多く経験することができるのは、機械で作られた大量生産品です。機械で作っているので他の条件はほとんど同じで、純粋にモデルの違いのみを知ることができます。
そうすると、量産品でも音は一台一台違います。ストラドモデルでもガルネリモデルでも一台一台違います。このためはっきりした音の違いは分かりません。
私の場合には輪郭の形だけではなく、アーチも異なるように作りますが量産品では輪郭の形が違うだけです。

同じようなことはチェロのストラドモデルやモンタニアーナモデルにも言えます。
モンタニアーナモデルは幅が広いのが特徴で、場合によっては弓が表板の縁にぶつかってしまい可動範囲が狭くなる事、専用のケースが必要になる事さえあります。その点については注意が必要です。

モンタニアーナモデルはそんなに古い時代には作られていませんでいた。1990年代に盛んに作られたとすれば80年代くらいに注目されるようになったのではないでしょうか?

一方で全く運まかせのデタラメではなく、機械で作っている現代の量産メーカーもメーカーごとに音の特徴はあります。その範囲の中で音にばらつきがあります。

これに対して昔の量産品の場合には品質はバラバラで製造年代にも開きがありますが、何よりも「商社」のようなケースが少なくありません。その産地の様々な工場や家庭で内職として作られたものをまとめてそのメーカーのラベルを貼って販売した場合があります。製造者もバラバラです。
このため量産品でもメーカー名ではなく試奏して選ばないといけません。

ハンドメイドの楽器の場合には正確な仕事する職人であるほど、どの楽器も似たような音になるはずです。どのモデルで作ってもその人の音の特徴があり、寸法や設計を変えても劇的に違う音のものを作り出すのは困難です。無意識の癖のようなものがあって本人の意識とは関係なくその人の音になってしまうのでしょう。注文で製作を依頼する場合はその作者の過去に作ったものを一度は試してみたほうが全く好みと違うものができるリスクを減らすことができます。


このように、モデルというのは大雑把にだいたいこれくらいの大きさということで理解するとより深い理解をしていることになります。したがって「どの演奏者が使っていた何年のモデル」というようなことを詳しく知っている人よりもモデルについて何も知らない人の方がストーリーに惑わされないだけマシということになります。

ずらずら書きましたが、細かいことは気にしなくて良いということを説明するための知識ですから、知らないのなら読む必要もありません。これ以上気にしてもしょうがありません。
試奏して気に入った音のものを選ぶというのが最も論理的で知的な理解だと分かることでしょう。




好きな音?


私が総じて言っていることは、つまらない知識に制限されずに可能性を広げたほうが得だということです。業者にとってはいろいろと損かもしれませんね。損か得かの話ですから勝手にして下さい。

ただし特に初心者の場合、何が好きな音か、どれが好きな音なのかもわからないこともあるでしょう。試奏して好きな音のものを選ぶというのが合理的ですが、試奏という手法で本当に好きな音の楽器を選ぶことができるかも疑問があります。

音の好みで楽器を選ぶということは西洋でも昔は違ったのかもしれません。クラシック音楽の世界自体が戦前の価値観がまだ生き残っている分野です。好きか嫌いかで作曲家や作品をとらえるのではなく、偉大な作曲家の傑作を有り難いものとして与えられます。日本ではまだそんな教育が残っているかもしれません。マスク着用すらも嫌がるわがままな西洋の人ではもう難しいでしょう。クラシックの演奏会に行けば20代のお客さんは珍しいです。西洋では街には落書きがあふれ、うちの店の前にも薬物中毒者がたむろしています。若いのに歯が無かったり、動きが明かにおかしかったりします。それがクラシックの本場の現実です。
製造する側も消費者が自分の好みに基づいて商品を選ぶという戦後の考え方を理解していない所がありますし、そのための技術がありません。ギターのように異なった木材を使うこともないしストラディバリやガルネリのように決まった形のものしか作られません。職人たちは他のものを試したことが無いのにそれらが最高だという話を代々教わります。大手企業が投資するほどの市場規模がありません。

先代の師匠は楽器選びを結婚に例えます。
何かの縁で出会った自分の楽器を信じて、良い所を見つけてそれを肯定していくことが良いかもしれません。その楽器にあった弾き方が自然と身についていき楽器も鳴るようになっていきます。自信を持ちさえすれば他の楽器を試しても買い替えるほどのものではないと思えるでしょう。
それでもどうしても気に入らない場合は、楽器の点検、魂柱の調整、弦の交換、などから始まり、修理、弓の交換、改造…そして楽器の交換まで対策が考えられます。費用が大きいものほど音を変える効果が高くなります。


こんにちはガリッポです。

ここのところ指板の加工について取り組んでいます。
黒檀はとても硬く加工が難しい木材です。
新兵器を購入しました。


あのヴェリタスPM-V11のカンナ刃です!!

・・・・誰も知らないことでしょう。

ヴァイオリン製作で最もベーシックな工具の一つがこのブロックプレーンと呼ばれるカンナです。古くは金属で作られた箱に刃を取り付け、木製の楔で固定されていました。
19世紀の後半にアメリカの工具職人レオナルド・ベイリーが発明をして、スタンレー社が大量生産を始めました。
一番左は1900年頃のものでNo.9 1/2という製品です。これは今でも生産されていますが、同じ形のものは1980年代まで製造され続けました。一番右のものはスタンレーのイギリス工場で作られた1970年~80年くらいのものです。
真ん中のものは刃を固定するとともに持つところでもあるレバーキャップという部分が異なるNo.18で1920年代のものです。

後ろのネジによってカンナの刃の出方を調整することができます。伝統的なものはハンマーで叩いて調整するものでした。ネジ式なので簡単に確実に刃の出方を変えることができます。作業の前半では厚めに材料を削り、終盤では薄く削ることが簡単にできます。
修理ではオリジナルの材料をできるだけ失わないために精密な加工が求められます。
レバーで刃の左右の傾きを調整します。


前方のネジは「刃口」を調整するものです。

刃口とは刃を出すための穴で刃と台との隙間を調節できます。

木造建築が非常に発達したのは日本です。日本の工具が優れていると世界でも有名になってきています。一方でアメリカも木工大国です。ヨーロッパでは長い年数をかけて森林が開拓され農地などになってきました。建物はレンガや石で作られています。アメリカでは100年ほどの間に広大な森林が一気に無くなりました。西部劇を見ても町全体が木でできているかのようです。今でも木造建築が主流です。

そのため機能的な木工工具が発明されたのです。

しかしスタンレー社の手動工具の品質は戦前をピークに右肩下がりで、時代が新しくなるほど粗悪品になっていきます。

前方のネジが古いものでは真鍮でできてるのに対して、新しいものでは安い合金でできています。本当にくだらない所でコストダウンをしていきます。

ネジの材質ひとつをとっても新しい時代になるほどチープになっていきます。素材も安い合金なら、ネジの溝も中心を外れています。

左が1900年頃、右が1970年代頃のものです。真鍮の調整用ナットも、古い物の方が丸みがあってきれいにできています。

レバーキャップも古い物の方がよくできています。

上から1900年頃、1920年代、1960年以降の金型で作られたものです。
20年代には厚みを増し強度を高めていますが、戦後には刃を固定する部分が狭くなっています。
それが1980年代に全く新しいモデルに変わりさらに1990年頃にもう一段階新しいモデルに切り替わり現在に至っています。現行品は粗悪品なので中古品を使っています。手動工具は使われなくなってきたので、10年以上前はとても安く買うことができました。今でも粗悪な新品をよりも、安い値段で上質な中古品が売りに出されています。
我々からすれば粗悪な現行品もアマゾンのレビューを見れば4つ以上の星がついています。ですから、一般のユーザーとヴァイオリン職人では全く加工精度が違うのです。
現行モデルでも20年くらい前のものの方がまだましでしょう。

それに対して、カナダのヴェリタスというメーカーがモダンなデザインの改良型を作っています。加工やメカニズムの精度が高く、古いスタンレーのような無駄な「遊び」がありません。精密機械のようです。
しかし値段が高いだけでなくいくつかの問題があります。一つは重すぎるのです。精密に作られていてほれぼれとしますがボディが肉厚でとても重いのです。
イギリスでロールスロイスの木製部品を作るのに使われているノリスというメーカーのカンナがあります、これはとても高級なものですがとんでもなく重いです。大型のカンナでは7㎏近い重さがあるものもあります。重い方が安定感があり正確に加工できるという考え方があります。高級品というのはたいがい何でもそうで肉厚な材料で作ってあるものです。
しかし、これは迷信でしょう。
同様のことは弦楽器でも言えます。1900年以降、肉厚に作られるようになりましたが、音については怪しいものです。音のことを考えて肉厚に作ったのではなく、「分厚い方がなんとなく高級そう」という理由で肉厚になったのかもしれません。正当化する理屈は後からいくらでもこしらえることができます。ヴェリタスでも現代のデザイナーによる流線形デザインのブロックプレーンがありますが、古いスタンレーのものの方が材料を極限まで減らした機能性に魅力を感じます。

もう一つは装備されている刃です。
それについて後述します。



カンナのような道具は古代ローマ時代にはすでにあり、遺跡から出土しています。板を作るにはカンナが必要でエジプトの遺跡から箱状の木棺が見つかっているならカンナが出土しなくても、すでにカンナがあったことになります。
ローマ時代のカンナと同じものはイタリアでは中世でも使われていました。絵画に描かれています。ローマ式のカンナは押しても引いても使えるものでした。イタリアでは引いて使うカンナがバロック時代の絵画には描かれています。その後、ヨーロッパでは押して使うカンナが主流になります。

日本のカンナは引いて使うものです。
日本でカンナを引いて使う理由ははっきりしませんが、おそらく地べたや建設現場などさまざまな足場で使うことがあったためではないかと思います。
西洋では作業台に材料を固定し体重をかけて力強く削るのに対して、日本では机を使用せず床や地面に材料を置いたり、床に座ったり、足場の上で作業するのに便利だったのではないかと考えられます。押して使う場合には腰の高さでないと使いにくいです。西洋ではワークベンチという作業台が進歩しています。

このため日本のカンナは刃の切れ味を極限まで高め少ない力で削ることができます。

一方アメリカの近代的なカンナは、台の方に改良を加えたの対し、刃はチープなものです。

カンナを買うとついている刃ですが、チープなものです。高級品のヴェリタスで標準装備なのはA2というUSスチールが作っている鋼材です。

鋼というのは鉄に炭素を混ぜたもので古くから刃物として利用されてきました。鉄が使われるようになった最初は隕石から得たとも言われています。
USスチールでもO1という鋼材は伝統的な炭素鋼です。それに対して目的に合わせて別の金属を混ぜた合金鋼が現在では一般的です。ステンレス鋼もその一つで包丁やナイフに使われています。錆びにくいからです。
A2は耐久性を増して頻繁に刃を研がなくても良いため現在では高級木工工具の刃として使われています。刃を研ぐのを苦手とするアマチュアにも適しているでしょう。
しかし、我々が求めるレベルの切れ味に研ぐのが難しく、そのレベルの切れ味は長続きしません。またもや、ヴァイオリン職人とハイエンド木工マニアではレベルが違うのです。

それに対して日本製の替え刃が作られていました。兵庫県のメーカーが作っていたものです。現在でも現行モデルのカンナ用のものはあります。

日本のものは「ラミネート構造」と言って鋼と軟鉄が貼り合わせてあります。これは板前さんが使うような包丁や大具道具で見られます。それに対してUSスチールの鋼材はすべてが鋼でできています。
日本のものはいまだに鍛冶屋さんが叩いて鋼材と軟鉄を張り合わせて作っているのに対して、西洋では大量生産で作られているからです。
ラミネート構造は研ぐのにかかる時間を短くするためのもので、日本のカンナの刃はこれによって分厚いものが使われています。
西洋でもかつてはラミネート構造の刃が作られていました。スタンレーのものでも古い製品にはラミネート構造の刃がついていました。刃の質も年を追うごとに悪くなっています。
西洋でもかつてはどの街にも鍛冶屋がありそこで作ってもらうことができたのです。現在はそのような鍛冶屋はほとんど消滅したのに対して、日本ではまだ残っているというわけです。しかしそれも、高齢化と後継者不足で時間の問題です。

輸出用に「サムライ」という名前で売られています。職人は武士ではありませんが、日本刀の伝統を受け継ぐものというわけです。鋼材は日立金属が作っていて日本製の刃物といえばこのメーカーです。今は社名が変わっています。

私はサムライの刃を使っています。予備のストックは持っていますので一生足りることでしょう。

最初からついているチープな刃でも鋭く研げば切れ味はシャープです。ステンレスの包丁でも同じです。
しかしすぐに切れ味が落ちてしまいます。サムライに変えたときはその丈夫さに驚いたものでした。日本製だから切れ味自体が優れているというよりも、タフな刃という印象でした。鋼自体は合金鋼です。

それでも黒檀という素材は硬すぎます。サムライでも不安があります。

それに対してHSSという鋼材の刃もありドイツのKUNZというメーカのものが使えます。HSSはハイスピードスチールの略で高速度鋼、またはハイス鋼とも言います。刃物が高速?と思うかもしれませんが、高速に回転させて使うと熱くなります。伝統的な日本の鋼は熱くなると焼きが戻ってダメになってしまいます。HSSはドリルなどの刃に利用されています。
これは確かに丈夫なのですが、研ぐのが大変で、2倍切れ味が持続しても、研ぐのに2倍以上の時間がかかるなら意味がありません。サムライを豆に研いだ方が良いです。

それに対してA2以上に硬い刃なのに、研ぎやすさを持たせたのが今回のヴェリタスPM-V11です。
長かったですね。

ヴェリタスが鳴り物入りで投入した新しい刃がPM-V11です。当然自社のカンナに装備するためのものですが、スタンレーの物に使えるものも用意されました。
https://www.leevalley.com/en-us/shop/tools/hand-tools/planes/blades/102812-stanley-block-plane-blades-made-by-veritas?item=05P3167
しかし日本では誰も知らないでしょう。ネット上にも日本語では全く情報が無いことでしょう。北米でも未だにレビューなどは多くはありませんし、ヴァイオリン職人でなければ技量が違います。

値段はA2よりもいくらか高く50ドル弱です。中古のカンナより高いですね。
そこで私が試してみることにしました。

スタンレーの純正の刃に比べてかなり厚くなっています。厚さ自体は特に切れ味には変わりはないと思います。木材を削ったときの音が違うので高級感を感じることはあるでしょう。

裏側も比較的平らになっています。日本のカンナの刃では裏側がえぐってあります。これもうっすらとえぐられていて刃先だけをすぐに平らにすることができます。刃の黒幕の#1000番のような硬い中砥石で簡単に裏側を出すことができます。サムライでは結構大変です。しかし現代のハイテク砥石では簡単にできます。かつては鉄の板に研磨粉をまいてやったものです。

初めからある程度まで仕上がっています。切削角度は25度になっています。同じ角度のまま研ぎました。研いだ面は一つの平面で、正しい角度になっています。写真のように研がれている刃のついたものを中古のカンナでは見たことがありません。刃を研げる人が少ないのです。

9 1/2のブロックプレーンは通常のカンナとは刃を裏側にセットします。台の方が20度の角度になっていて、刃を25度に研ぐと合わせて45度になるようになっています。
角度は高い方が硬く割れやすい難しい木材に適していますのでヴァイオリン製作では45度以上が望ましいです。
ローアングルと呼ばれるバリエーションがあり、12度の台に25度の刃を取り付けることで37度にすることができます。
一般の木工では軽く削れるので人気があります。木口(丸太の断面の向き)を削るのに適しているとも言われますが、実際には専用のカンナを持つほどの差は無いようです。
日本のカンナも40度以下です。

また広く一般常識となっているのは、基本の角度を25度にしておいてホーニングガイドという治具を使って刃先だけを30度に研ぐ方法です。短時間で研げるというわけです。

ホーニングガイドは最近は日本でも見かけるようになりました。刃が薄いとフリーハンドで角度を安定させるのが難しいです。合理的に作業効率を高める効果があります。問題は刃のデザインの問題で後ろの方が四角ではないので一般的なホーニングガイド(エクリプス型)では固定できません。ヴェリタスのホーニングガイドは2段になっていて下の段で固定できました。このような情報もネットでも見つかりません。


PM-V11とサムライの刃を付けたもので比較してみます。カンナとして普通に機能してヴァイオリン職人の業務用として使えるレベルにあると言えるでしょう。
サムライの方がわずかに軽い力で感触が柔らかいです。PMV-11のほうが力を込めてざっくりと削れる感じです。これは硬い刃では一般的なことです。日本の刃物でも硬度が高いものはそんな感じがします。
仕上がった製品では違いは無いでしょう。しかし使う側は感触の違いがあります。

料理で包丁や砥石を変えてこだわる人もいるかもしれません。じゃあそれで料理の味が変わるかといえばそんなことはないでしょう。しかし職人にとっては作業をより楽しんでできるかが違います。これは楽器や弓でも同じことだと思います。楽器を変えても、聞きに来たお客さんが「音が変わりましたね」と言ってくれることは無いでしょう。ましてやオーケストラでは一人の違いは微々たるものです。一方安直な知識が広まるとオーケストラの音が決まってしまいます。

それで言えばいまだにサムライの方が気持ちよく仕事ができます。しかし、入手ができなくなった今、PM-V11でも仕事ができないことは無いでしょう。USスチールでも伝統的な炭素鋼O1の刃があります、それを使っている職人もいます。
https://www.veritastools.ca/en-ca/shop/tools/hand-tools/planes/blades/32692-hock-hcs-o1-block-plane-blades

切れ味の持続性についてはまだこれから検証が必要です。


私がこれを買った目的は黒檀です。
サムライの刃は製品によって当たり外れが多少あります。とても柔らかい物や逆に硬くて欠けやすいものがあります。
いずれにしても黒檀の加工は大変です。
理想通りに削れないのはすぐに切れ味が落ちてしまうことが原因だと考えてきました。刃の中央が先に切れ味が鈍ってしまうことで外側との切れ味の差で思ったように削れないのではないかと考えました。

ヴァイオリン職人の仕事でもアーチのようなフリーハンドの立体造形や、モデルのデザインでは芸術家のような創造性が求められます。
それに対してカンナを使う仕事は論理的なものです。造形的な美的センスなどは全く役に立ちません。完全に技術的な仕事です。上手くいかない場合は何らかの原因が必ずあり、その原因を改善しない限り何度やっても絶対に上手くいきません。逆に優れた職人として仕事をしていても美的センスが全く無いことが有り得ます。
それでもあの手この手で力を加減してごまかしているのが職業人としての職人です。しかし根本的な問題は解決しないといけません。

サムライの刃では、刃を研いでから数回は理論りカンナが機能します。しかしすぐに理論通りにはいかなくなります。
PM-V11ではそれが普通に機能するのです。すばらしいです。

指板は材質によってばらつきがあり、石を削っているかのようにすぐに切れ味が落ちてしまうものがあります。それでも仕事ができるでしょう。

ルーティーンのメンテナンスでの指板の削り直しなら、ヴァイオリン何台分もこなせることでしょう。日常的な業務では威力を発揮することでしょう。

しかし、サムライに比べてコントロールしずらい所もあります。丸みのカーブが思っていないように削れてしまいます。注意が必要です。やはり刃物は豆に研ぐのが基本です。下手な職人ほど刃を研ぐことを面倒がります。それは変わりません。


研ぎやすさについてはシグマパワーのセレクトⅡという西洋の硬い刃用のセラミック砥石をもともと持っています。このため普通に研ぐことができます。キングのレンガ色のものでは砥石が減るばかりでしょう。刃の黒幕でも滑ってしまい厳しいかもしれません。

仕上げは京都産の天然砥石を使いました。刃が厚いのでフリーハンドでも安定して研ぎやすいです。斜め研ぎにすることでホーニングガイドでついた磨き傷を見えなくすることができました。ラミネート構造のものと違って引っかかる感じがありません。



今後も使いこなしを考えていきたいと思います。

カンナは指板専用に台を調整しています。これで力を加減しなくても理想的な結果が得られます。しかしそれでも未だに指板を加工するのは理解していないことがあります。2段階くらいはこれで進歩したことでしょう。


カンナの刃は平面なので断面は多角形のようになります。これも難しさの一つです。丸い刃にしたらどうかと思うかもしれませんが、刃を研ぐのが難しくなります。さらに削る幅が広くなることで抵抗が大きくなり難しくなります。

今回は楽器とは関係のない話でした。指板は一つの部品にすぎません。同様の探求が他の様々な部品や工程でも必要になります。ヴァイオリン職人が何の専門家であるかということを知っていただきたいと思います。音楽や音とは直接関係の無い作業にほとんどの時間を追われてしまいます。楽器は木材を加工して作るだけで大変で音がどうとかまで余裕がありません。
作者の名前や値段について調べるのは休憩みたいなものです。私がよく知っていると勘違いして質問をする人が後を絶ちませんが、「私のように職人は何もわかっていない」ということを説明しています。作者の評価や職人の学ぶ知識などは現実離れしたものなので楽器は弾いてみて音を判断してください


また手動式の道具では古い物の方がよく考えられていて実用性に優れているということが普通にあります。製造業者も過去について多くの人は学ぼうとしません。後の時代に生まれた自分たちは自動的に過去の人たちよりも優れていると思い込んでいるからです

フランスの19世紀の楽器製作も現代の職人には忘れ去られています。ヴァイオリン製作学校でもアマティ、シュタイナー、ストラディバリとオールドの作者を勉強します。こちらではオールドの作者に関心が高いです。年配の音大教授なども含めてモダンイタリアや現役のイタリアの作者にはあまり興味を持っていません。現役の職人は地元に密着して信頼を得ていることでしょう。

一方英米や日本、アジア諸国では現役のイタリアの作者に関心が高く、遡ってモダンのイタリアの作者の値上がりが急速なためお金が好きなコレクターや業者の関心が高いでしょう。

そうなると忘れられているのがフランスのモダン楽器というわけです。
職人たちの大半は自分たちの流儀が一番優れていると思い込んでいて、次いでストラディバリやデルジェスに興味を持つ人もいるという程度です。それ以外のものには興味がありません。職人は無知です。一部の腕の良い職人は加工がうまくできてるか見ることができるだけです。


このように現代人の常識もアコースティックの楽器では通用しないことでしょう。
弦楽器について理解を深めたいなら先入観を持っていることに気付くことです。そうでなければ何も知らない人のほうがよほどマシです。


お問い合わせはこちらから
こんにちはガリッポです。

これはペーター・シュルツというドイツのモダンヴァイオリンです。作られたのが1846年です。

ニスの様子を見るとアンティーク塗装のように見えます。しかし、約180年前のヴィオリンであればこのような状態になっていることはあり得ます。

このニスはとても柔らかいオイルニスでドイツのモダン楽器には典型的なものです。赤い色も特徴です。このヴァイオリンが珍しいのは時期が早いことです。

明らかにドイツのオールド楽器とは様子が違います。完全にモダン楽器になっています。つまり「フランス風」ということです。ストラディバリモデルで赤いニスというのが分かりやすいですね。完成度はフランスの楽器ほどではないようですが、地方の職人が独自にフランス風のものを作っていたというのが分かります。
柔らかいニスというのはポロポロ剥げていくのではなく、消しゴムのように擦れて薄くなっていきます。肩当などが普及するのは現代になってからですから裏板も真ん中から下の赤い色が薄くなっています。

柔らかいニスは粘着性があり汚れがくっついて埋もれていきます。黒くなっているところもそのように塗ったのではなく、本当に汚れている可能性は十分にあります。掃除の作業で苦労しました。

ヴィヨームなどがストラディバリのコピーを作ったときストラディバリが150年ほど経っていました。その時代のアンティーク塗装の手法と言えるかもしれません。

これも同じ作者の1840年代のものです。様子がだいぶ違いますが、ニスの色が違います。古くなった木材の色とニスの色が似ているとニスがどこに残っているのかはっきりわかりません。汚れがついています。前回のノイナー・ホルンシュタイナーに比べると自然です。

これがノイナー・ホルンシュタイナーです。今回は修理後の写真です。真ん中だけが真っ黒になっています。エッジの溝についているのは本当の汚れかもしれません。これも120年くらい経っていますから、本当に古くなっている部分もあります。アンティーク塗装の中ではすごくわざとらしいという感じではありません。

裏板の方も本当についた傷があります。同じ場所に集中しているのでケースなどの問題かもしれません。かつてはケースは木製でした。

もういちど、ペーター・シュルツです。裏板もはっきり2色にはなっていません。板目板に近いもので着色もされているのでしょう。
同じ作者の同じ時期のものでもこんなに違います。

もっと古いヴァイオリンです。

作者名ははっきりしませんが、明らかにアマティ型のオールド楽器です。イタリアの1600年代のものでしょう。
赤いシュルツのようにはっきりとニスが2色になってはいません。それどころかもともとのニスが残っていないようです。

裏板を見ると典型的なアマティ派のものです。どれがオリジナルのニスでしょうか?

溝の付近にわずかに残っている茶色く見えるものがそうかもしれませんし、それも後の時代に塗られたものかもしれません。

ちょっと緑っぽく見える所は汚れの上から透明なニスが塗られているようです。割れの修理をした時に汚れが残ったところに透明なニスを塗ったのではないかと思います。最初は全部がそんな様子だったのでしょう。掃除をすると新しくニスを塗ったところだけ汚れが残って他はきれいになったというわけです。
補修ニス塗る前に掃除をしておくべきでしたね。私は何回か前に掃除が大事だという話をしています。しかし割れている楽器を掃除するわけにもいかずこんなことになってしまいます。

ともかく95%はニスが失われ残っているところも汚れにまみれています。

木材が古くなっているので薄い色のニスを塗ると黄金色に見えます。黄色でもオレンジでも下地が暗いために新品のように鮮やかには見えません。


同じ作者の同じ時期のヴァイオリンでもこんなに様子が違います。様々な要因で見た目の印象が変わってきます。

アンティーク塗装は、アンティーク塗装をマネすることが多いと思います。人間とはそういうものです。またフルバーニッシュの新作楽器の作り方を応用してアンティーク塗装をすることが多いです。いろいろな段階があって、ニスを完全に均一に塗るのがフルバーニッシュだとすれば、エッジはニスを明るくするのも初歩的な手法です。完全に均一にするのではなくて、表板の中央や溝のあたりを濃くすることでも雰囲気が出てきます。陰影をつけると言いますが、それくらいなら隠し味程度でフルバーニッシュとみなされるでしょう。
そうやって徐々に古い楽器の趣を入れていくわけです。

しかし、不自然でわざとらしいものが多いですね。時代がどれくらい経っているかがはっきり設定されていないアンティーク塗装も多いです。新品のような鮮やかなオレンジ色のニスに真っ黒な傷がついていたりします。全体的に汚れがついていないとおかしいです。

写真のように写実的な絵を描ける人じゃないと本物とはかけ離れたものになってしまうでしょう。

それなのに自画自賛タイプの職人が結構います。というよりも職人の典型です。
幸せで結構なことだと思いますが、お客さんにも自信満々に語ることでカリスマ性を発揮して説得力があることでしょう。しかし、自分の楽器について満足してしまうとそこで終わりです。明かに不自然なアンティーク塗装で良しとしてしまっていることが多いです。

私はアンティーク塗装が大嫌いです。それで何とか本物に近づけようとやっています。本物を100点とすれば10点くらいでしょう。私より目が良くないと分からないというだけです。
でも世の中には1~2点くらいのものが多いです。

前回私が作ったのは傷などは控えめできれいめな感じです。

私は楽器は古くなっていくのでわざとらしくさえなければいずれ趣きが出てくると思います。しかしわざとらしいものはずっとわざとらしいままです。
本物らしくなくてもやり過ぎなければ良いかなと思います。しかし薄味すぎると労力のわりにインパクトが弱くコスパが悪いです。本当の古い楽器もそうですが趣きになっているのかただ汚いのかも重要です。見たときにどう感じるかであって理屈はありません。


古い楽器は一台一台全く違う様子になります。オールド楽器でも後の時代に上からニスを塗ってあるものがあります。ニスが剥げて来たので上から塗ってしまうのです。自分たちの時代のニスを塗ることもありました。今でも新作楽器ではオレンジ色が多いので、修理でもニスが剥げたところにオレンジ色を塗ってしまうことがあります。古い楽器はもっと落ちついた風合いです。継ネックなどで新しく取り付けた材料をオレンジで塗ってしまうと胴体とマッチしません。そういう失敗は多いです。
また近代や戦後の楽器でも光に当たって色が褪せていることがあります。茶色の琥珀色に見えるものでも、テールピースやあご当ての下が赤いものがあります。作られた当初は赤かったものが色が褪せて琥珀色になっています。色素には弱い耐光性の低いものがあります。そのような色を補修するのは難しいです。

このように古い楽器では上から赤やオレンジのニスを塗ってあるものがあります。19世紀に行われた修理ならそれも剥げ始めているので最初の楽器のようになっています。

私がヤコブ・シュタイナーの表板を補修しました。表板にはニスが全くありませんでした。そこでフレンチポリッシュという手法で布で磨きながら薄く塗っていきました。木材の古さと汚れで、オールドらしい雰囲気になりました。ギターの塗装と同じようなものなので同じ塗装を新品のヴァイオリンに施せば、ほぼ白木のままです。

裏板は過去に塗り重ねられたものでした。裏もおそらくニスは残っておらず100年以上前に塗ったのでしょう。
それを別の職人がシュタイナーのニスを補修するのに参考にしたいと借りていきました。過去の補修がひどいのでやり直すときに参考にしたのです。しかしお手本にしたそれとて私が塗ったニスです。


エンリコ・ロッカも持ち主の人が引き取って、過去最高に美しくなったと喜んでいました。エンリコ・ロッカについては良いようには言っていませんが、仕事になるとそれとは関係ありません。全力でやります。
音も過去最高だそうです。
指板を交換すると同時に駒も新しく高いものにしました。その効果でしょうか?
少なくともニスの補修で音が悪くなったということはありません。

本人が弾いているのを聞いても、私が弾いた時の印象と変わりませんでした。鋭い音でE線を交換しました。
厚い板の楽器の「重さ」は感じます。鋭く尖った強さはありますが、プロの人が弾いても豊かな感じではないですね。言葉にするのが難しいです。2000万円くらいするものですが誰もが驚くような音とまでは思えませんでした。その時代のものとしては普通のヴァイオリンの音じゃないですかね。でもでも音は一つ一つ違ってキャラクターがあります。他よりも抜きんでて誰にとっても共通する優劣とするのは難しいですね。


こんにちはガリッポです。

コメントを頂いていますが、たまたま暇があるので答えているだけで、時間の関係で場合によっては返答はできません。

わかりやすく言えば、ヴァイオリン職人も住宅に例えると大工さんや各種の職人のようなものです。住宅の販売をするのは不動産業者です。

住宅について、不動産業者に話を聞くことと、大工さんに話を聞くことでは違う視点で語られることでしょう。大工さんでももちろん一般の人よりは不動産の事情を知っているでしょう。しかしそれは専門職ではありません。

不動産業者が絶賛した家が欠陥住宅かもしれません。部屋数や設備、立地などは不動産屋さんも把握しているでしょうが建物の質については大工さんに意見を聞いたほうが良いでしょう。

楽器についても同じことで、楽器店の営業マンと楽器職人では違う見方をしています。
不動産業で重要なのは値段ですけども、人が集まってこれから栄える町なら資産価値は高まります。それに対して大工さんは建物自体の質を評価することができます。

それと似て、楽器商は楽器の生産地としてついている地名で値段を評価しています。職人は楽器そのものを評価しています。営業マンが語っていることは私からすれば荒唐無稽な事ばかりです。そのような知識なら何も知らないほうがはるかにましです。
それは職人たちの間で知られている事さえも疑わしいものが多いです。
私もヴァイオリン職人を志して初めに学んだことが、実務によって覆される経験を常にしています。

私が専門職として語れるのは何なのでしょうか?
黒檀という木材はとても硬く加工するのは困難です。DIYや日曜大工のレベルでは歯が立ちません。指板は微妙なカーブをしているため精巧に加工することは困難です。指板が精巧に加工されているかどうか、その後の使用で摩耗しているかについては専門家として見ることができます。

ニスについても話しました。
ニスの表面をピカピカに光らせるにはどうしたら良いかというのが専門職として取り組んでいることです。一番光るのはスプレーでクリアーニスを吹き付けてすぐの状態です。つまり一番ピカピカに光るのは一番安いランクの楽器です。このためピカピカすぎても安っぽいのです。

それに対してオールド楽器やモダン楽器では光沢どころかニスそのものが失われているのでそれをいかに光らせるかというのが職人として仕事として終わりなき探求というわけです。

職人が何の専門職なのかということを理解してもらいたいです。

住宅の使い勝手については主婦がプロフェッショナルでしょう。

ノイナー&ホルンシュタイナー社のヴァイオリン



ちょっと古そうなヴァイオリンがあります。これはノイナー&ホルンシュタイナー社で作られたものです。ノイナー家は南ドイツのミッテンバルトではオールドの時代からヴァイオリンを作ってきました。19世紀にはドイツ各都市の職人たちはそれぞれフランス風のモダン楽器を研究していました。大きな産地であるミッテンバルトでも独自にフランス風のモダン楽器が作られていましたが、本場で学ぼうということで、ノイナー家のルドビッヒがヴィヨームの下で修行します。ヴィヨームの弟子ということはヴィヨームの代わりに楽器を作ってヴィヨームの名前で売っていたということです。

ルドビッヒはミッテンバルトに帰り、こちらもオールドの時代から続くホルンシュタイナー家と合弁で会社を作ります。ガン&ベルナルデルを参考にしたのでしょうか?
ドイツの量産メーカーでは最も有名で値段は最大で1万ユーロになりますから為替で今なら170万円近いです。
職人なら量産楽器で170万円というのは普通は高すぎると考えるでしょう。それは知名度によるものです。同社のものでもランクは様々で最低でも3000ユーロで4~50万円です。

一方ルドビッヒ・ノイナー本人がベルリンで作ったものならさらにその倍以上するでしょう。300~350万円位ですから、それでも量産品は安いというわけです。
でもヴィヨームの楽器を作っていた人の楽器であることを考えると300万円でも安いと思いませんか?

職人の視点で楽器を見ると商人とは違う見方になります。ついている名前がヴィヨームなのかノイナーなのかによって桁が一つ違いますが、物としては同じです。さらに100年以上経っていますから鳴りも良くなっていて新作楽器に300万円出すのがいかにばかげているかということになるでしょう。

職人の疑問点としては、ノイナー&ホルンシュタイナーの量産品が「ノイナー本人の作品≒ヴィヨーム」にどれくらい近いかということです。
商人はヴィヨームとノイナー・ホルンシュタイナーでは産地も名前も違うので全く関係ない物だと考えるでしょう。しかし職人の目で見ると類似点があるのです。

まず一見してストラドモデルということが分かります。作風にはクロッツ家のようなオールドのミッテンバルトのものは全く違い、シュタイナー的な特徴もありません。この時点でフランス的なものです。
表板の中央が黒くなっています。これはヴィヨームのアンティーク塗装に見られるものです。はっきりとした類似点があります。

ヴァイオリン製作の歴史を知らない人は、国ごとに楽器作りの伝統や特徴があると思っているかもしれません。しかし文化というのはすぐに伝わります。日本でも世界で流行したものがすぐに入ってきます。それよりも欧米同士でははるかに交流が多いし、時代によってどんどん変わっていきます。20年以上前に「日本は欧米のマネばかり」と卑下していた意見がありました。しかし実際に渡欧してみると欧米の国は他の欧米の国の真似をしていることが分かります。その結果西洋の文化はポルトガルからロシアまで類似性が見られます。音楽などはその最たるものです。音楽とは違い弦楽器製作では意図的に音を作ることが困難でその国の人たちの好みの音のものを作ることができません。

シュタイナーやクロッツの特徴はもう無いです。この時期になってもミッテンバルトでは量産楽器としてシュタイナーモデルの楽器も作られていますが、残念なことにオールドの時代のシュタイナーとは全く別物になっています。100年以上経って古く汚れているシュタイナーモデルのものでも見た瞬間にオールドではないと分かります。それくらい伝統は無いです。ドイツ楽器のファンでも残念ながらドイツらしい楽器はもうないのです。当然アマティの伝統はイタリアには残っていません。

それでもわずかな特徴はあります。ミッテンバルトは木材の産地ではありますが、植林で成長の早い樹木ばかりを植えました。日本のスギやヒノキと同じです。表板の材料になる木材は豊富で、日本では輸入しないと手に入らない表板の材料を、暖房の薪として燃やしています。表板はミッテンバルトでは質の高い目の細かいものが好まれてきました。裏板の材料は枯渇しています。ミッテンバルトの楽器でもボスニア産などのものが使われているでしょう。


裏板は上級品ではありませんが、量産品にしては形が綺麗でフランスの影響が感じられます。やや四角い感じでヴィヨームやミルクールの楽器にも見られる特徴です。実際のストラディバリにもそのようなモデルがあります。
表板同様アンティーク塗装も行われています。マルクノイキルヒェンのものとは雰囲気がかなり違います。


スクロールもものすごく精巧というわけではありませんが、どことなくヴィヨーム的な感じもあります。

ラベルはアントニウス・ストラドゥアリウスと書かれていて、下の欄外にノイナー・ウ・ホルンシュタイナーと書いてあります。製作年はストラディバリの時代の数字がついているので分かりません。しかし1900年ごろのものだと思います。


これまでもノイナー&ホルンシュタイナーのものは見たことがありますが、今回のものはよりヴィヨーム的なアンティーク塗装に見え上等な方です。ですから100万円位はしてもおかしくないです。

量産楽器に100万円は高すぎますが、これがフランスのモダン楽器に近いものであるならお買い得です。

職人としてはどこまでフランスの一流の楽器に近いかと興味がある所です。
アーチは平らで作風自体もミルクールのもの似ている感じがします。しかしミルクールのものと間違えるほどではなく、ミッテンバルトのものだと分かります。フランス的なミッテンバルト風と分かります。

板の厚みを測ってみると、リュポーやヴィヨームでは表板はほとんどどこもかしこも2.5mm程度になっています。これはそれよりも厚くなっていますし、中央の方が厚くなっています。20世紀の楽器には多いタイプです。
裏板も典型的なフランスのもののように極限まで薄くしては無く、厚めです。
なので、言うほどフランス的ではなく、ただの現代のヴァイオリンということになります。その中では古い方でしょう。ガン&ベルナルデルでももっとフランスの一流の楽器に近いものですから、そのレベルにもありません。
私が見たことがあるものの中では、3/4のヴァイオリンが一番ベルリンのノイナーに似ていました。ミルクールの3/4よりもヴィヨームに近い印象だったので、子供用の楽器としては最上級のものじゃないかと思います。

実際に弾いてみると、厚い板の楽器の硬さは感じます(丈夫なフレームに弦を張った感じ)。それでも音は飛び出てくる感じもあります。新作楽器のような極端に明るい音ではありません。高音も耳障りな鋭さは無く、100年程度経っている楽器にしては珍しく柔らかい音です。他の音も刺激的な音は感じません。いかにも量産品という安っぽい音ではありません。

前回出て来たエンリコ・ロッカも板の厚みは同じくらいです。ロッカも元をたどればフランスの流派ですが、エンリコになると板の厚みもフランス的ではなく1900年くらいから多く作られるようになった厚めのものです。
弾き比べてみるとプロの演奏者が使っていることもあって鳴りの強さを感じます。音には刺激的な成分が含まれていて高音も鋭いです。こちらの方が100年前の楽器にはよくあるような音です。

いずれにしても極端にノイナー&ホルンシュタイナーが音が鳴らないということもないし、上品な音がするのは好みの問題としか言えません。
100万円の量産品でも1500万円のイタリアの楽器でも格が違うとまでは思いません。人によってどう感じるかはわかりません。



同じタイミングでそっくりの楽器が工房に来ていました。これもノイナー&ホルンシュタイナーのチェロです。ニスが全くと言っていいほど同じです。

真ん中が黒くなっていますが汚れの色も同じです。同じ人がニスを塗ったかもしれません。少なくとも近い時代に同じ製品ランクとして作られたものでしょう。
ただしチェロの場合には汚れ方がまた違うように思います。ヴァイオリンのように擦れてニスが剥げていくのではなく汚れがどんどん蓄積していきます。本当の古いチェロはこうはならいでしょう。

こちらは学校が所有して生徒に貸す楽器で状態は最悪です。弾くととんでもなく耳障りな刺激的な音がします。弦を安価で柔らかい音のピラストロ・フレクソコア・デラックスに変えてもまだ鋭い音がします。バスバーを交換したほうが良いかもしれませんが、そんな予算が学校にはありません。ヴァイオリンで100万円ですからチェロなら250万円位のものです(修理を完璧にしたら)。それを生徒に貸しているのですから昔は音楽教育の環境がすごかったようです。状態が悪く残念ながら今では鋭い音になっています。

ともかく、同じ時代に同じメーカーによって作られたものでも、ヴァイオリンは柔らかい音がして、チェロは鋭い音がするのです。これは現代の工業製品のように、メーカーが音を意図的に作ってはいなかったということです。たまたま100年以上経った今ではそのような音になっているだけです。だからメーカー名自体は音が重要なら関係ないのです。エンリコ・ロッカの音のキャラクターもこの両者の間くらいですから、イタリアの音とかドイツの音とかはありません。


ちなみに、エンリコ・ロッカの持ち主はもう一つミッテンバルトのモダンヴァイオリンを持っています。両方とも仕事に使っていて、指板の減り方を見ると同じくらい使っているようです。ミッテンバルトのものの方は作者も無名でせいぜい100万円くらいのものです。どちらもプロのオーケストラ奏者が仕事に使えています。
職人と演奏家から見ればヴァイオリンなんてそんなものですよっていう話です。

しかし営業マンは、製作地や作者の「名前」にこだわりがあります。逆に言えばアルファベットの並びしか違いが分からないということです。お客さんも同様ですから、お客さんの求めるものとも一致するというわけです。
職人出身の楽器店もあるでしょう、分かっていてやってるなら、仕事のために本音を語っていないということです。それが「社会人」というものですかね?

1500万円のロッカを弾いて音がそれに見合っていると思うならその人の考えですから文句はありません。しかし他の人にとってもそうだとは限りません。

職人としての目を持って、実務経験をしてくると巨匠が作ったから音が良いとか、量産品だから音が悪いとかそんなのは現実からはかけ離れているように思います。

そのノイナー&ホルンシュタイナーもどちらかというと有名で値段は割高な方です。

有名なものほどコスパは悪くなり、ヴァイオリンの値段では1000万円や2000万円は誤差のようなものですね。5000万円や1億円くらい出せば明らかな違いが出て来るんじゃないでしょうか?

私の勤め先でも中古品を販売したり、修理をする値打ちがあるか判断したり、保険の評価額を査定するために楽器を見分ける必要があります。安価な楽器というのは見た瞬間にわかるもので、細かな特徴を見るまでもありません。
安価な楽器やマイナーな流派の具体的な特徴を知ってすごく気に病む人がいますが、楽器の違いはそんな次元ではありません。同じ100万円もしないような楽器の中でも職人としては「おっ」と思うようなものがあります。
値段が安いということは客観的には値段が安いというだけです。

若い職人で独立してビジネスを始めた人がいます。値上がりを期待し弦楽器を資産と考え顧客に販売しようとビジネスモデルを考えました。有名な高価な楽器ばかりを求めて、買い取ることはできないのでいろいろな工房を訪ねて仲介業です。投資目的の不動産業のようなことを始めました。

最近会ったら、ビジネスはうまくいかなかったようでバイトもしているようです。始めは高価な楽器に憧れがあったのでしょうが、現実を知れば知るほどそのような高価な楽器が心の底から良い物とは思えずお客さんに薦めることができないと言っていました。私が「おっ」と思うような安い楽器をお客さんに薦めるために持って行きました。成長しましたね。

商売人としては正直すぎます。
私はもっと論理的なので自分が好むかどうかではなく、お客さんがどう思うかで考えるべきだと思います。
こんにちはガリッポです。

この前は楽器の手入れの話をしてきました。今回は応用編です。

指板が薄くなってくるとこれ以上削ることができません。こうなると交換が必要です。指板の交換は頻繁なものではなく人生に何回かのものです。新しく楽器を買った時に指板が新しければそれからです。プロの演奏者なら若い時に一回、晩年に一回それくらいでしょうか?

厚みが3mmを切っています。さらにここから削り直すと2.5mm以下になるでしょう。オーケストラの演奏者で申請していたので、費用は楽団が払います。

指板を外すと表板のニスの手入れがしやすくなります。このヴァイオリンは1915年製のエンリコ・ロッカです。お値段は記録的なユーロ高の現在1500~2000万円にはなります。それでも10年前に比べてもほとんど値上がりしていません。イタリアのモダン楽器が軒並み値上がりしている中、どうなっているでしょうか?エンリコは有名なジュゼッペの息子で、トリノのビオラの話でも出てきました。

この前のマルクノイキルヒェンのラッカーのニスとは違い、オリジナルのニスは表面に光沢がありません。光沢は表面が滑らかになっていると光の反射でそう見えます。そのため過去の修理で上からコーティングのニスが塗られています。それが所々剥げていて手入れするには困ったものでした。掃除して磨いても光らない所があるのです。そこにコーティングを施さないといけません。指板を外すタイミングでそれが可能になったというわけです。

それが終ってから新しい指板を取り付けます。指板交換に10日間かかったなら7日以上はニスの修理です。
指板を取り付けた後もネック周りや裏板なども補修が必要です。

新しい指板を取り付けるとネックのところに段差ができます。これを削って段差を無くさないといけません。

指板を交換するときに気を付けないといけないのはプロジェクションというものです。プロジェクションは指板の延長線が駒に当たる所の高さです。

指板の延長線が赤い線で示されています。緑の矢印の寸法を言っています。

ネックの角度というのは赤い線の角度のことです。プロジェクションの高さとネックの角度は複雑な関係があります。

前回の話を元にすると、「プロジェクション+弦高=駒の高さ」ということになります。測るのは指板の中央なので弦はありませんがE線とG線の高さの平均値になることでしょう。
つまり駒の高さに影響するということです。指板が厚くなると厚さの分だけプロジェクションと駒の高さが高くなるというわけです。駒が低くなると弦が表板を押し付ける力が弱くなります。それと同時に弓が表板にぶつかりやすくなります。したがって理想的な状態にする必要があります。
多少の微調整は指板の成型でできるので、この機会に正しくしておくべきです。修理でも、ネックの修理をしなくても指板交換だけでプロジェクションを正しくすることができれば一石二鳥で修理代も安く済むというわけです。木材を継ぎ足すことが無いので見た目もきれいです。

このため指板を新しくすると駒も新しくしないといけません。指板交換は長期的に計画を立てておくのが無駄がありません。

それに対してメンテナンスで指板を削り直しても弦高はほぼ変わりません。
それも不思議な点ですが、指板というのは先端に行くほど幅が狭くなっています。カンナを端から端まで通して削っていくと先端の方が多く削れます。このため指板が薄くなることと相殺されて弦高が変わらないのではないかと思います。
一度の削り直しでは誤差のような差でも繰り返していくと大きな差になります。新しい指板になって駒は2mmほど高くなりました。

表板を綺麗にしたので、裏板はそのままというわけにもいきません。ピカピカにしました。

これが新品で買って間もないものなら方法も違います。ニスの材質によってもやり方が違います。この前のザクセンの量産品であれば、丈夫なラッカーなのでゴシゴシ洗うことができました。厄介なのは柔らかいニスで汚れがニスと一体化してしまいます。この楽器が厄介なのはオリジナルのニスの表面に滑らかな被膜ができず光沢が出ないことです。そこに過去の修理者によって透明なニスが塗られていて、その透明なニスが剥げ始めているのです。このような楽器は掃除をするほどにニスが汚れとともに剥げていきます。ところどころに穴のように光らない所が出てきます。特に体が触れる所で、皮脂と汚れが層を作っていて、皮脂を取り除くとコーティングニスがはがれてしまいます。ニスが無くなったところに皮脂でコーティングされていることも少なくありません。
したがって掃除を始めるとコーティングのやり直しが必要なため1日2日では終わりません。なので掃除を始めるには相当な覚悟が必要です。古い楽器には多いものです。
一方量産品のように丈夫なニスが分厚く塗られていれば楽というわけです。

この楽器で厄介なのは木材の表面が綺麗に仕上げられていないことです。カンナの跡が見えます。なぜこのような跡が見えるかというとわずかな凹凸があると掃除したり磨いたりするときにニスを擦るとくぼんでいる部分には残って凸になっているところはニスが薄くなって明るくなるのです。こういうのはちゃんと仕上げていないとヴァイオリン製作学校なら先生に怒られることです。それが2000万円というのですから、ヴァイオリン製作学校の生徒よりも品質が落ちることになります。良い悪いではなくて単なる事実でそういうものであるということを伝えています。

これは作者がそうやって作ったので見苦しくなったところに筆を入れて直すことはしません。作った人の責任で私の責任ではありません。しかし問題はコーティングが凸のところは剥がれてしまい光沢が無くなってしまっているのです。それを直さないといけません。おかげで苦労するわけです。

いろいろなやり方があるのですが、その場しのぎで光沢を出すこともできます。しかしまた次に掃除をすると同じことの繰り返しです。失われた部分にコーティングを施せば注意深い掃除ならコーティングは残っていることでしょう。掃除して磨くだけで済むはずです。

そのあたりはとても難しい所です。ベッタベタに厚く塗って耐水ペーパーで研磨すると新しい楽器の塗り立てのような感じになってしまいます。また凸のところが剥げるので分厚く透明ニスを塗らないといけません。音も変わってしまうかもしれません。かと言って層が薄ければまたすぐにはがれてしまいます。

ギトギトするような光沢になるのは楽器の表面がレンズのようにきれいに仕上げれていないからです。ニスもその凹凸に沿うようにすることで独特の雰囲気になると思います。それを分厚く透明ニスを塗って耐水ペーパーで研磨すると新品のようなツルツルになってしまいます。私は修理で気を使っているのはそんなところです。
父のジュゼッペはトリノでフランス流の楽器作りを学んだはずです。しかし息子のエンリコにもなるともうそのクオリティがありません。たった一世代で変わってしまうのがヴァイオリン製作です。

「高いもの=良いもの」という宗教を信じていると現実は見えなくなります。


修理前に比べて指板が厚くなりました。0.5mmくらいは厚すぎる感じです。一回削り直すとちょうど良い厚さになることでしょう。新しい指板ですから初期不良のように曲がってくることがあるのでその保険にもなっています。


今回の修理とは関係ありませんが、ペグの話もしておきましょう。

ペグがこのように曲がってくることもありますし、摩耗してくることもあります。こうなるとくさびとしてブレーキがかからなくなってしまいます。曲がってくると回転軸がぶれて回すとぎっこんばったんとした動きになります。

これを削り直します。

短くなりすぎたら交換が必要です。この作業でも数ミリは短くなります。本当に微妙な作業です。手元が狂ったらすぐにペグが中に入ってしまい交換が必要になってしまいます。
数ミリ短くなると反対側が飛び出るのでそれを削って短くします。
このあたりも頻繁に行われるメンテナンスです。

あとは弦の交換もあります。これは自分でもできる人もいるかもしれません。やり方は一度職人に教わったほうが良いと思います。
中高生が職場体験で来ます。会社が小さいので、自分が弦楽器を弾いている人に限定しています。また新人の職人も同じですが、必ずやるミスがあります。強くE線を張りすぎて切れてしまうこともあります。駒が倒れてバン!と大きな音がします。アジャスターが表板に傷をつけます。そうやって古い楽器では傷がついているのが普通なのですけども、お客さんの楽器や新品の楽器に傷つけてはまずいです。ですので必ずテールピースと表板の間で、アジャスターがぶつからないようにハンカチのようなものを挟んで弦を張るようにしてください。駒が倒れたときに衝撃で駒が割れることもあります。そうなると駒交換が必要になります。
新たに弦を張るときは弦に駒が引っ張られて傾いていくのでそれを常に直すようにしなくてはいけません。
こんにちはガリッポです。

前回は一番多い仕事として「掃除」を紹介しました。それに次いで多いのは指板の削り直しです。
壊れているように見えなくても徐々に狂ってくることがあります。中でも指板は定期的に削り直す必要があります。

指板は摩耗してくぼんできます。中古のヴァイオリンを人にプレゼントするそうです。それで万全の状態にして欲しいとのことです。

指板は真っ平らではなくカーブがあります。駒にカーブがあるからです。駒にカーブが無いとすべての弦を同時に弾くことになります。
駒だけにカーブがあって指板が平らだと、抑えた弦が低くなって弓が当たらなくなってしまいます。
このため指板のカーブは駒のカーブと同じします。

このようなテンプレートの型はこれまで上手くいったことが無かったです。それは人が作ったものを使った結果使い物にならなかったのでした。自分で高い精度で作ればちゃんと使えました。

さっきのヴァイオリンを見てみると指板が平らすぎます。


他の部分も平らすぎます。
丸くするためには両端を多めに削らないといけません。
このようになるのは、指板を材料として買って来た時に初めにそのようなカーブになっていて最後までちゃんと加工せずに取り付けているからでしょう。

楽器が作られた当初のものから交換されているようです。幸いにも端が厚くなっています。新作楽器なら5.5mmでやっていますが、6mm以上あるので多少削ることができます。今回は可能でしたが、両端がすでに薄ければ理想的な状態にすることはできません。

指板の材料はこのように荒く加工されて売られています。最近のものはとても精密に機械で加工されています。
それでも厚めになっているのでそのまま取り付けるわけにはいきません。
この時両サイドを十分薄くなるまで削っていなかったようです。職人によって立体感の見え方には差があるようで指板が平らすぎることに気付かない人が多くいます。量産品ではほとんどがそうです。

両端を削ります。

このようなカンナを使います。カンナという道具は台に穴が開いていて刃が出ています。台が15cmほどあるため細かな凹凸をならす事ができます。このようなものは買ってすぐに使えるのではなくカンナの台を削り直して調整が必要です。

この部分はカンナの刃が当たらないので削れません。つまりここが摩耗してくぼんでいるということです。

新しく削ったところとくぼんだ所に角ができます。

このような凹凸があると弦が触れてしまい異音が出る原因になるのですべてカンナが通るまで削らないといけません。

さらに削っていきます。

カンナが当たらない所がだんだん狭くなっていきます。

この時点で断面を見ると


上端と下端のカーブは正しくなりました。途中がへこんでいます。

つまりここが演奏で使うことが多かったというわけです。始めに両サイドから削ったのでEとA線が多く使われていたことが分かります。

もう一度見てみます。

くぼんでいるのはこの部分です。この時、このくぼみを無くすにはどうしたらいいでしょうか?


カンナが当たっていない部分以外のところをすべて削れば穴が無くなります。
想像してみてください。地面に穴が開いていた場合、穴以外のすべての土砂を取り除けば穴が無くなります。その原理です。穴を埋めることはできません。
例えばサンドペーパーでゴシゴシやれば削れていない所を無くすことができますが、深くえぐれたままで直っていません。

このため、指板を削り直す頻度を少なくしても多くしても、同じだけ薄くなります。



これで完成です。



だいたいカーブが合っています。

よく見ると真ん中のところは丸みがきつくなっています。なぜこうなるのかまだわかりません。しかし誤差の範囲でしょう。


縦方向はまっすぐではなくすべてこのようにわずかに弧を描くカーブにします。
使っていくうちにこれがもっと深くなっていくというわけです。

使っていなくても木材は天然のものなので曲がってくることがあります。曲がる方向はどちらも有り得ます。場合によって高音側と低音側が別の方向に曲がることもあります。

先ほどのようなカンナを使うとどうしてマイナスのカーブになるのかと言えば、一つは指板がネックと接着されている所より下側は、「しなる」からです。カンナを当てたときに重さがかかり指板がしなります。削った後に指板が戻るので真ん中に隙間ができます。
これだけだとネックに接着されている部分がしなりません。カンナを操作するときに加減をする必要があります。


直線定規を当てたときに、後ろに隙間をつくることで自動的に理想的なカーブになるはずです。…必ずしも自動とはいきませんがはるかに加減しなくても行けます。
これは指板専用に調整したカンナというわけです。指板を削るのはとても多い仕事なので徐々に改良をしてきました。

駒と指板の関係



高い音のE線と低い音のG線では駒の高さが違います。これは、弦の張りの強さと振幅が幅が違うからです。
弦はご存知の通り強く張れば音が高くなり、緩くすれば低くなります。高音の方がピンと張っていて、低音の方が緩くなっています。

音の高さは振動の速さによって決まります。早く振動すると高い音になりゆっくり振動すると低い音になります。低音の弦は緩く張ってあり、ゆっくり振動するので振動の幅が大きくなります。コントラバスなどは目で見ても振動が分かるくらいです。

この時、指で抑えた部分と駒の間で弦が指板に触れてしまうと異音(ビリつき)が発生します。低音では高くしないといけません。

ヴァイオリンでは俗に「ナイロン弦」と呼ばれる高分子系(プラスチック)などの人工繊維の弦が使われています。しかしE線だけはスチールが使われています。ヴィオラでもA線の多くはスチールです(人工繊維のものもあります)。

スチールは鉄に炭素が含まれたもので、鋼とも言います。金属なので他の弦よりも重さがあり張力を適切にするためには細くしないといけません。このためE線はとても細く、張りも強いので指に食い込んでしまいます。初心者は痛く感じるので駒の高さを厳密に調整しないといけません。初心者ほど整った道具が必要なのです。このためうちでは量産品でも駒がついていない状態で仕入れて、自分のところで駒を取り付けます。工場で取り付けられた駒では二度手間になるからです。

このように駒は高さを変えることで弦と指板との隙間を変えることができます。
この隙間を弦高と言います。
E線からG線まで徐々に弦高が高くなっていくようにしています。そのためには駒のカーブと指板のカーブを一致さることが必要です。
弦高は好みに個人差がありますが、低い方が抑える力が弱くて済みます。押さえつける距離も短くなるので深く押さえつけなくても良いことになります。

一方で高い弦高では駒にかかる弦の圧力を強められると考えられます。そのためソリスト向きセッティングと言われることもあります。

しかし必ずしも上級者ほど高くしているわけではありません。

プロの演奏者や教師でも、ロシアや東欧から来た人はとても高い弦高で弾いている人がいます。一方西側の人は低い弦高が好まれます。快適でらくちんなものを求める西側の人たちと、粗末な道具で厳しい鍛錬を受けて来た東側の人たちの違いがあります。チェロになると大きな差になります。偉い先生でもヴァイオリンのように低くする人もいれば、コントラバスのような高さの人もいます。

コントラバスではジャズやロックンロールのように弾いて使う専用のセッティングもあります。指板に弦をぶつけてあえて異音を発生させる演奏法もあるそうです。



もし駒が真っ平らでラウンドしていなければ、他の弦にも弓が当たってしまいます。リラ・ダ・ブラッチオという古い弦楽器ではすべての弦を同時に弾くため、平らに近い駒になっています。一本ずつ弾くためには駒がカーブしていないといけません。
もし弓が他の弦も触ってしまうのなら駒のカーブに問題があるかもしれません。

弓を正確にコントロールできるならカーブは平らに近くでも良いでしょう。そういう意味では上級者向きのセッティングになります。

このようにリクエストによって微調整ができますが、とりあえず「平均的な」調整から使ってみるべきです。これでプロの人でもまず不満は言われることはありません。駒のカーブは正確に加工しないといけません。加工の正確性の方が問題です。
高いものを低くすることはできるので売り物にする楽器では高めにしてあります。購入が決まった段階でその人に合わせて調整し直すことができます。低いものを高くすることはできません。また新しい楽器では変わっていく可能性があります。ヴァイオリンではネックが引っ張られて弦高が高くなっていくことが多いと思います。チェロでは予測不能です。

指板も駒と一致するカーブになっているという話でした。指板が真っ平らなら間の二本の弦高が高くなります。それを押さえつけると駒から離れると弦がほかの弦よりも低くなってしまいます。全く弾くことができません。

駒と指板が密接な関係にあるということが分かったでしょうか?

指板を削るとその分ナットが高くなるので削って低くします。低くすると溝が無くなるので新しく溝を付け直します。ナットの高さも感触としての弦の高さに影響します。高すぎれば弦高が高く感じます。低すぎると弦が指板に当たってビリつきが発生します。特にヴァイオリンのE線が食い込んでトラブルになります。A線も調弦をするたびにノコギリのようにギコギコ動くので削れて行きます。
ナットの形状も弦に角ができないように滑らかなカーブをしている必要があります。

したがってできるだけ低くする精密な加工が要求されます。
頻繁に職人のもとを訪れることができないなら高めにしておく方が安全です。

古いビオラの指板


次は古いビオラです。

指板の形状が違います。一番低いC線のところだけカーブしておらず平らになっています。このような指板はチェロでも行われていました。

先ほどの説明のように、弦はきつく張ると音が高くなり、緩く張ると音が低くなります。低い音になると張りが弱くなりプランプランになってしまいます。そこで「重量」を増します。重い弦なら低い音が出るようになります。低い弦が太くなっているのはこのためです。

かつてはガット弦が使われていました。ガットは羊の腸から作られるものでとても軽い素材です。太くしてもまだまだ軽いので張力が足りません。それで金属を巻くことが行われました。金属巻の弦は戦前にはすでにあるようです。
金属をガットの表面に巻くことで重量を増すことができるので、弦を細くしたり張力を上げることができます。表面も滑らかで弓で擦った音もクリアーになります。

チェロやビオラでは低音の弦がとても太くなり抑えにくくなります。張力は弱くプランプランです。そのため指板のC線のところだけ特別に加工しました。

現在チェロではスチール弦が主流となり下手すればヴァイオリンと変わらないくらいの太さになっています。張りも強く指板にこのような配慮は必要ありません。現在ではメリットがありません。

ガット弦を使っているチェロ奏者でもヴァイオリンのような指板で全く問題がありません。正確に加工されていれば大丈夫です。おそらくかつては応急処置的な感じで異音が出たC線の指板だけ削ったのでしょう。

このような古い指板がついていた場合、厚みが十分であれば角になっている所を削り落とすことができます。

指板の表面が洗濯板のように波打っています。

さらに弦の跡もついています。長年の使用で少しずつすり減っていくからです。

角になっている所から削っていきます。

指板のカーブを矯正しながら削り直していきます。

もともとの指板ではD線(上から2番目)のところが丸みが平らになっていました。このタイプの指板ではそういうことが多いです。C線も手が当たる所が摩耗しています。

これで現代的な指板になりました。今回は指板の厚みが十分にあったためこのように削り直すことができましたが、実際このようなケースはレアです。角は無くすけども形は少し歪んだ状態であきらめることが多いでしょう。特にチェロの場合はそうです。

ナットが高くなったのはそれだけ指板を削ったからです。

指板を削り直す頻度?

劇場のオーケストラのヴァイオリン奏者では、1年使っただけなら削り直す必要はありません。2年ではかなり減っています。修理費用はオーケストラが持つので2~3年に一回は削り直しています。アマチュアなら5年くらいは大丈夫でしょう。

ただし、特に新作楽器の場合は指板も新しいので使用頻度に関係なく勝手に曲がってくることがあります。これは材料の当たり外れで運としか言いようがありません。
その他新作楽器を作ることはヴァイオリン製作学校で初めに学ぶことですが、指板の調整は演奏者と接する実務経験が必要です。黒檀という材質は木材の中でも相当硬いもので加工はとても難しいです。平面ではなく丸みを加工するのも難しいです。

新作楽器の製作は「俺の作風だ」と言い張っていれば良いのですが、指板は高い技能とノウハウが必要です。指板を見れば職人の腕前が分かるほどです。
未だによく分かりません。

一方指板が薄くなってくるとこれも勝手に曲がって来る原因になります。削り直すとさらに薄くなりまた曲がってしまうのです。こうなったら交換が必要です。

木材というのは厚みが変わるとそれだけで曲がってきます。
太い角材がまっすぐでもそれを半分の厚みするとそれだけで曲がってきます。木材とはそういうものです。


お問い合わせはこちらから