
ラーセンから新しいヴァイオリン弦が出ました。イル・カノーネのゴールドです。
これはとても高価なもので日本ではセットで6万円ほどになっているようです。買う人がいるのかとうちでも話になっていますが、日本の人や読者の中には買う人もいるかもしれません。
コンサートマスターやプロのオケ奏者などに話をしても敬遠されてしまいました。
ITガジェットではアップルのワイヤレスヘッドフォンが6万円して「ハイエンド」と言われました。ハイエンドの歴史が長いオーディオの世界ではコードだけで30万円以上します。コードにもこだわるオーディオの世界ではコードレスのヘッドフォンをハイエンドとは言いません。
ともかくそれを買う人がいるのですからたかが6万円です。全員が買う必要はありません。
販売元の営業の人が言うには、昨今の社会の要求に対してヴァイオリン弦は使い捨てでリサイクルが難しい。そこで寿命を長くするという方法を考えてできたのがこの製品だそうです。
チェロの弦くらいの値段ですから同じくらい長持ちすればそんなに高くもないのだそうです。
そうやってLED電球もパッケージに寿命が6年とか書いてあって半年もせずに切れたりしています。どうなんでしょうね?
たしかに金は腐食しにくい素材で、弓に巻いてあるものはめったに交換する必要がありません。金だけでは強度がありませんから合金になるのでしょうがどんな素材なのかは分かりません。
DとG線がゴールドで巻いてあるそうです。他の弦の寿命は?・・・
業界の慣習として、異なる弦を試すようなマニアはほんのわずかで、大半は先生が薦めたり、多くの人が使っているものを使う人が多いでしょう。このようなものを世界的なソリストに無償で使わせても人気が出るかどうかは分かりません。
エンリコ・ロッカのヴァイオリン

エンリコ・ロッカが1915年にジェノバで作ったものです。一見してガルネリモデルと分かります。しかしサイズは実際のデルジェスとは全く違う大型のものです。近代のストラドモデルと同じような寸法になっています。つまり、デルジェスをイメージして作った独自のモデルということになりますが、このようなものは近代ではどこの流派でも作られました。その中では完成度が高くない感じもします。
表板の左上には節が入っています。このため表面が割れていて塗装が剥げやすい所です。補修には苦労しました。

裏板は表面をきれいに仕上げていないためニスが擦れてカンナの跡が浮かび上がってきました。裏板の木材はメイプルではないようにも見えます。

パフリングの先端は凝ったものではなく量産楽器の一番安いもののようです。

パフリングのラインは歪んでいて注意深く作られていないことが分かります。



スクロールは近代的なもので丸みがあるようにデザインされています。ガルネリモデル専用のものなのかはちょっとわかりません。アマティやストラディバリは自由にデザインしたというのではなくて何か設計上のしがらみを感じます。
木目の出方が板目板のようにも見えます。しかし完全な板目取りではなく斜めになっているようです。安い楽器にこのような木材が使われていれば文句を言われて高い楽器に使われていれば味があると言われるかもしれませんね。


フランスのものほどカチッとしておらず、ドイツやチェコの渦巻き職人のものほど手慣れ過ぎて無い感じです。

アーチは特に表板で攻め切れていないという感じがして、並みの造形センスの職人にはよくあるものです。攻め切れていないか、行き過ぎてしまうかが難しい所です。特別才能は感じません。
板の厚みも攻めておらずかなり厚めです。
工房製のヴァイオリン

こちらは2000年以降に作られたものでしょう。ラベルには現代の作者の「工房製」と書かれています。工房製というと普通は弟子などが作ったものや、品質ランクが落ちるものです。しかし定義があるわけではなく工場で作らせたり、別で作ったものを買い取ったりすることもありました。
確かに量産品よりも仕事自体は質が高そうです。同僚はヴァイオリン製作学校の生徒のものとよく似ていると言っていました。それ以下の職人もたくさんいます。

形も整っていて量産品には無い繊細さがあります。

スクロールは安くしたければ今では機械で途中まで作ったものが売られています。これをどうやって作ったかはわかりません。

やはりハンドメイドの高級品というほどカッチリとはしていません。

裏板は一枚板ですがそれほど高級なものではありません。それは縦の線を見てください。年輪が断面になっているものでこの間隔が広いと成長が速い木で密度が低いものになります。ストラディバリではこのようなものは使っていません。一方でオークションのカタログに出ていたジオ・バッタ・モラッシーがこのような安い木を使っていました。
パッと見て気になったのはニスではないかと思います。すごく赤いですね、それからきれいすぎてアンティーク塗装にはリアリティが無いことです。
現代ではヴァイオリン製作コンクールの出展作品を見ればみなオレンジ~赤の鮮やかな色をしているので現代のハンドメイドの楽器に近いものと言えるかもしれません。結果的には人工染料で作った量産楽器のニスのように見えてしまいます。実際にニスがアクリルのようなものなのか天然樹脂でできているのかもわかりません。
このようなアンティーク塗装は現代の職人ではよくあるものでフルバーニッシュの新作用のニスの一部を拭きとった初歩的な段階で満足してしまうものです。これなら量産品のアンティーク塗装の方が技術があります。
中もきれいに作ってあり、板の厚みも現代のセオリー通りになっています。したがって、現代のハンドメイドの楽器と同じような音が期待できますが、値段は半分くらいでしょう。完全な新品に比べると10~20年くらい経っている点も音では有利なはずです。
音が同じレベルならコストパフォーマンスで考えるとハンドメイドの高級品よりも優れていると言えるでしょう。この楽器が中古として出てきたのは、買いやすい値段だったために買った人がいるからです。
我々職人が現代に作っている楽器は音のためにすべての労力を費やしているのではなく、見た目の完成度のためにかなりのコストをかけているということになります。職人同士で腕を競い合うのは見た目の加工のクオリティです。職人同士で楽器を見せ合った時は細部をチェックするように見ます。それに対して演奏者はちらっと楽器を見たかと思えばすぐに弾き出します。私がブログで見た目の話ばかりしても良いですが、おそらく読者は興味が無く退屈だろうということで控えています。商業的な価値についても、中古品を買い取ったり査定するので全く分からないことはありません。商品価値と音の良さを混同する可能性があるので指摘しています。
音しか興味がない人はこれで十分ですし、コストパフォーマンスで考えると優れたものと言えます。ニスが見た目に与える影響は大きいです。
新品の量産ヴァイオリン

これは新品の量産ヴァイオリンでヨーロッパのメーカーのものです、製造地は公表しておらずおそらく中国ではないかと思います。値段は30万円くらいするものですから、ひどい安物ではありません。

コーナー周りは最初のロッカのような感じです。若干さっきのものよりはいびつな感じがします。

スクロールもみな微妙に違います。赤く見えるのはカメラの反応です。

中国製のものには良く見せようと装飾的なペグがつけられていることがよくあります。ツゲなどは安いものに多くついています。このためツゲの値打ちも下がったものです。これは黒檀に白い飾りがついたものです。幸い買った段階では奥までペグが入れられていなかったので私が軸とペグボックスの穴を仕上げ直しました。これが工場で仕上げたもので調子悪ければすぐにペグの交換になります。
中国製だと馬鹿にするかもしれませんが板の厚みを測ってみるとクレモナのオールド楽器の典型的な厚みになっています。つまり薄めになっています。形もアーチも普通で板の厚みが薄めとなればなかなかレアです。音は好みの問題ですが、さっきのようなものでは20世紀のヴァイオリンの音という感じがするでしょう。それに対して本でオールド楽器の厚みを勉強して機械で作れば違うものができます。これが戦前の量産品ならコストの問題でそこまで薄く作ることができませんでした。技術の進歩によってできるようになったというわけです。20世紀の「偉い師匠の教え」を無視することで違う音のものが作れる可能性が出てきます。
とはいえこのようなものは例外的で、ブランドとして浸透するほど継続的に行われていません。消費者の好みに応じて音を作っているのが当たり前と考えてはいけません。
古い中級品

これはお客さんが2000円ほどで中古品を不用品の個人売買で買ったものです。ペグも3本しかついておらず弾ける状態ではありませんでしたが、10万円ほどの修理で弾けるようになりました。


ニスの表面期は亀裂が入っています。このようなものはモダン楽器にはよく見られます。ラッカーのような硬いニスではこうはなりません。したがってもっと柔らかニスということになります。そうなるとただのガラクタよりもずっとランクが高いかもしれません。

確かによくある量産品よりもきれいにできています。

アーチは真っ平らでミルクール的な感じもします。ラベルにはミッテンバルトのオールドの作者が書いてありますが、1700年代の作者のものとはとても思えません。
しかしミルクール的な感じからしてもミッテンバルトのものかもしれません。私も素性がよく分からないヴァイオリンの方が多いのです。このようなものは商品価値は低くなりますが逆に言えばお買い得かもしれません。日本の業者が輸入するにはセールスポイントが無いですね。

もともとついていた3本のペグは作られた当初につけられたものかもしれません。穴が大きくなっていないので新作楽器と同じ太さの細いペグを取り付けることができました。ペグは細い方が弦を巻き取る速度が遅くなるので微調整がしやすくなります。ほとんど使っていなかった感じです。

目打ちでつけた跡がセンターラインに残っています。作者ごとにやり方に違いがあります。こうなると手作りなのかもしれません。
指板の幅が広くペグボックスには四角い感じがあります。フランス的な感じがするところですので、マルクノイキルヒェンやチェコのボヘミアよりはミッテンバルトっぽいかなと思います。時代はよくわかりませんが作風はミルクール的な雰囲気が残っているので戦前でしょうかね。
板の厚みは普通くらいでしょうか?極端に薄くも厚くもありません。
少なくとも2000円で買って10万円の修理をしたよりは値打ちのあるものでしょう。未使用に近い状態で修理も付属品の交換だけで済みました。50万円位でも高すぎるとは思いません。
こういうケースはまれでお薦めはしません。ヴァイオリンが好きな人に限って持っているものはガラクタばかりです。ラベルの名前などに引っかかっているのでしょう。前回の欲の話です。
音は?
ロッカの音についてはこの前書きました。その後別の用で来た持ち主から不満などを聞いてませんので依然言っていたように修理は成功したことでしょう。工房製のヴァイオリンと新品の量産品を何度も弾き比べてみました。毎回違うような感じがしてよくわかりません。
それでも工房製の方は現代の正統派の新作楽器によくあるような音だと思います。私も最初の頃に作っていたものに近い物なので懐かしい感じがします。日本ではこのような音の新作楽器を気に入って使っている人が多いでしょうから決して悪いものではないでしょう。それが半分の値段ですからお買い得です。日本の場合には日本人の作者が安すぎる値段で売っていることが多いでしょう。それなら見た目の完成度もこれ以上の職人もいるでしょう。基本的に明るくてとても鋭い音がします。G線を弾いても音が鳴らないということは無くて倍音が響きます。直接低音が出ているという感じではなく、もっと中音くらいの音が響いている感じがします。高音はとても鋭いです。理屈では日本人が好む音ですね。
量産品は新品なので音が毎回違う感じがします。しかし薄い板のせいもあって音色は深みのある暗い音がします。最初はペタッと接着剤で固まっているような感じもしましたが次第にほぐれて特に嫌な感じや不自然な感じはしません。ヨーロッパのメーカーが中国の工場でヨーロッパ人好みの音のものを作ったと言えるでしょう。低弦を弾いても明るい響きは少なく音色には深みがあります。だからと言って低音が強いかというとそこまでではありません。
こちらで作られた工房製のものの方がアジア向きで、中国で作られたものの方がヨーロッパ向きという事が言えます。生産国でイメージすることは意味がありません。
中古品を修理したほうは、「ビオラのような低音」が気持ちよく感じられます。高音は性格が変わって美しい伸びやかさがあり気持ちが良いものです。低音と高音が両立する楽器というのも珍しいもので、全体として荒々しい雑味の耳障りな音が無く、はっきりとして聞き取りやすい音です。リラックスして窮屈な硬さを感じません。初心者の練習用には幸運すぎます。ただし、音が簡単に出る代わりに単純な感じはします。極端にフラットなアーチの楽器は私は嫌いじゃないのです。必ずしも音が鋭いとかいうわけでもありません。それこそヨーロッパ好みの音です。新作楽器にいくら出してもこんな音はめったにないでしょう。
私はこの中では2000円で買ったヴァイオリンが一番気に入りました。弾いていない楽器でも古さによる音の変化はあるように思います。
ただたまに読者の方から聞くのは、こういうちょっと古い楽器の音が全然よく感じられず、新作楽器の方が良いと言うのです。私にとっては1900年以降のものはまだまだ新しい楽器くらいのイメージですから、特別「古い楽器の音」という意識はありません。新品よりも鳴りやすく音が強くなっているという認識ですが、日本の人にはくたびれて元気のない地味な音の楽器に感じられるのかもしれません。そこがよく分からない所です。
良いものが輸入されていないとか修理の状態も考えられますが、東京のような所なら騒々しく店につく前にも騒音で耳を酷使しているのかもしれません。また建物の影響も考えられます。
それとて音は好みですから自分が良いと思うものを選べば良いでしょう。
最後はアレサンドロ・ガリアーノ

ナポリのガリアーノ家の初代アレサンドロのヴァイオリンです。今までのものとはかなり雰囲気が違います。
かつてはクレモナで修行したとかストラディバリの弟子などと言われていましたが、最近の本ではどこで修行したかも書かれていません。このヴァイオリンにはベネチアのピエトロ・グァルネリのラベルが貼られており昔の有名な楽器商の鑑定書がありました。新たに鑑定に出したところ、アレサンドロ・ガリアーノになりました。音は気に入ったものの当初は高すぎて買えなかったものを鑑定に出してガリアーノになって安くなったのでコンサートマスターの人が使っています。
別のところに鑑定してもらってもアレサンドロ・ガリアーノになるのかはわかりません。
ともかくそのクラスの楽器にも偽造ラベルが貼られていて本を何冊も出すような有名な楽器商の鑑定も不確かでした。本に書いてある知識なんて怪しいものです。そんな業界だと知ってください。

アレサンドロはかなり個性的な楽器を作っていてストラディバリの影響は感じられません。

ヘッド部は摩耗がひどく原形が分かりません。

アーチもオールド楽器らしくぷっくらと膨らんで高くなっています。板の厚みも典型的なイタリアのオールド楽器のものです。
現代のものとは全く違います。

この楽器の音色は複雑なものです。籠ったような影もあるし、明るく響く豊かさもあります。アバウトでルーズな感じが功を奏しているのか小型のオールド楽器のような窮屈さがありません。高音は柔らかくこんな音のものは近代の楽器では滅多にないでしょうし、エンリコ・ロッカとは全く違います。私はこのヴァイオリンのコピーを作ったので新作楽器には珍しく音色の感じは似ていました。新作の硬さがあり鳴り方は全然違います。コンサートマスターが使うようになってから音の出やすさはさらに増したように思います。
先日は演奏のために中国に行っていたそうで、日本にもよく行っています。大阪城の写真を見せてくれたこともあります。帰ってきて楽器を点検して欲しいという依頼でしたが、いくつかにかわの接着部分に剥がれがありました。それが中国に行ったせいで起きたのか、それより前にすでに起きていたのかはわかりません。
日本の気候の楽器への影響については質問がありましたが、私も分かりません。
最近はこちらでも雨が続いて湿度が上がっています。しかしトラブルなどは持ち込まれていません。雨の量はたかが知れていて日本の梅雨や台風が来たらたちまち大洪水でしょう。
まれにあるのは水没の被害です。地下室に置いてあると地下水が侵入したり雨水が逆流して水没することがあります。水没した楽器の修理は最も困難なものの一つです。元通りに直すのはかなり厳しいです。地下室は極端に湿度が高いので長く保管されていたものはかびの臭いがします。地下室に置くのはやめたほうが良いでしょうが日本の家にはありません。かえって熟成して音が良くなるかもしれませんが…
しかし長期的に高温多湿で楽器がどうなるかは分かりません。人が暮らせる範囲なら大丈夫だと特別なケアなどはお客さんに薦めてはいません。
怖いのは冬場に乾燥して割れが生じることです。暖房はさらに空気を乾燥をさせるので涼しい部屋に置くように言うくらいです。基本的にヨーロッパの気候は楽器の保管に適したものです。乾燥が激しいドバイや亜熱帯の台湾、香港などでヨーロッパの音楽家を招いたり名器をコレクションしたりするとどうなるかはわかりません。




















































































































