ヴェリタスの新しいカンナ刃PM-V11を試す! | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

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クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

ここのところ指板の加工について取り組んでいます。
黒檀はとても硬く加工が難しい木材です。
新兵器を購入しました。


あのヴェリタスPM-V11のカンナ刃です!!

・・・・誰も知らないことでしょう。

ヴァイオリン製作で最もベーシックな工具の一つがこのブロックプレーンと呼ばれるカンナです。古くは金属で作られた箱に刃を取り付け、木製の楔で固定されていました。
19世紀の後半にアメリカの工具職人レオナルド・ベイリーが発明をして、スタンレー社が大量生産を始めました。
一番左は1900年頃のものでNo.9 1/2という製品です。これは今でも生産されていますが、同じ形のものは1980年代まで製造され続けました。一番右のものはスタンレーのイギリス工場で作られた1970年~80年くらいのものです。
真ん中のものは刃を固定するとともに持つところでもあるレバーキャップという部分が異なるNo.18で1920年代のものです。

後ろのネジによってカンナの刃の出方を調整することができます。伝統的なものはハンマーで叩いて調整するものでした。ネジ式なので簡単に確実に刃の出方を変えることができます。作業の前半では厚めに材料を削り、終盤では薄く削ることが簡単にできます。
修理ではオリジナルの材料をできるだけ失わないために精密な加工が求められます。
レバーで刃の左右の傾きを調整します。


前方のネジは「刃口」を調整するものです。

刃口とは刃を出すための穴で刃と台との隙間を調節できます。

木造建築が非常に発達したのは日本です。日本の工具が優れていると世界でも有名になってきています。一方でアメリカも木工大国です。ヨーロッパでは長い年数をかけて森林が開拓され農地などになってきました。建物はレンガや石で作られています。アメリカでは100年ほどの間に広大な森林が一気に無くなりました。西部劇を見ても町全体が木でできているかのようです。今でも木造建築が主流です。

そのため機能的な木工工具が発明されたのです。

しかしスタンレー社の手動工具の品質は戦前をピークに右肩下がりで、時代が新しくなるほど粗悪品になっていきます。

前方のネジが古いものでは真鍮でできてるのに対して、新しいものでは安い合金でできています。本当にくだらない所でコストダウンをしていきます。

ネジの材質ひとつをとっても新しい時代になるほどチープになっていきます。素材も安い合金なら、ネジの溝も中心を外れています。

左が1900年頃、右が1970年代頃のものです。真鍮の調整用ナットも、古い物の方が丸みがあってきれいにできています。

レバーキャップも古い物の方がよくできています。

上から1900年頃、1920年代、1960年以降の金型で作られたものです。
20年代には厚みを増し強度を高めていますが、戦後には刃を固定する部分が狭くなっています。
それが1980年代に全く新しいモデルに変わりさらに1990年頃にもう一段階新しいモデルに切り替わり現在に至っています。現行品は粗悪品なので中古品を使っています。手動工具は使われなくなってきたので、10年以上前はとても安く買うことができました。今でも粗悪な新品をよりも、安い値段で上質な中古品が売りに出されています。
我々からすれば粗悪な現行品もアマゾンのレビューを見れば4つ以上の星がついています。ですから、一般のユーザーとヴァイオリン職人では全く加工精度が違うのです。
現行モデルでも20年くらい前のものの方がまだましでしょう。

それに対して、カナダのヴェリタスというメーカーがモダンなデザインの改良型を作っています。加工やメカニズムの精度が高く、古いスタンレーのような無駄な「遊び」がありません。精密機械のようです。
しかし値段が高いだけでなくいくつかの問題があります。一つは重すぎるのです。精密に作られていてほれぼれとしますがボディが肉厚でとても重いのです。
イギリスでロールスロイスの木製部品を作るのに使われているノリスというメーカーのカンナがあります、これはとても高級なものですがとんでもなく重いです。大型のカンナでは7㎏近い重さがあるものもあります。重い方が安定感があり正確に加工できるという考え方があります。高級品というのはたいがい何でもそうで肉厚な材料で作ってあるものです。
しかし、これは迷信でしょう。
同様のことは弦楽器でも言えます。1900年以降、肉厚に作られるようになりましたが、音については怪しいものです。音のことを考えて肉厚に作ったのではなく、「分厚い方がなんとなく高級そう」という理由で肉厚になったのかもしれません。正当化する理屈は後からいくらでもこしらえることができます。ヴェリタスでも現代のデザイナーによる流線形デザインのブロックプレーンがありますが、古いスタンレーのものの方が材料を極限まで減らした機能性に魅力を感じます。

もう一つは装備されている刃です。
それについて後述します。



カンナのような道具は古代ローマ時代にはすでにあり、遺跡から出土しています。板を作るにはカンナが必要でエジプトの遺跡から箱状の木棺が見つかっているならカンナが出土しなくても、すでにカンナがあったことになります。
ローマ時代のカンナと同じものはイタリアでは中世でも使われていました。絵画に描かれています。ローマ式のカンナは押しても引いても使えるものでした。イタリアでは引いて使うカンナがバロック時代の絵画には描かれています。その後、ヨーロッパでは押して使うカンナが主流になります。

日本のカンナは引いて使うものです。
日本でカンナを引いて使う理由ははっきりしませんが、おそらく地べたや建設現場などさまざまな足場で使うことがあったためではないかと思います。
西洋では作業台に材料を固定し体重をかけて力強く削るのに対して、日本では机を使用せず床や地面に材料を置いたり、床に座ったり、足場の上で作業するのに便利だったのではないかと考えられます。押して使う場合には腰の高さでないと使いにくいです。西洋ではワークベンチという作業台が進歩しています。

このため日本のカンナは刃の切れ味を極限まで高め少ない力で削ることができます。

一方アメリカの近代的なカンナは、台の方に改良を加えたの対し、刃はチープなものです。

カンナを買うとついている刃ですが、チープなものです。高級品のヴェリタスで標準装備なのはA2というUSスチールが作っている鋼材です。

鋼というのは鉄に炭素を混ぜたもので古くから刃物として利用されてきました。鉄が使われるようになった最初は隕石から得たとも言われています。
USスチールでもO1という鋼材は伝統的な炭素鋼です。それに対して目的に合わせて別の金属を混ぜた合金鋼が現在では一般的です。ステンレス鋼もその一つで包丁やナイフに使われています。錆びにくいからです。
A2は耐久性を増して頻繁に刃を研がなくても良いため現在では高級木工工具の刃として使われています。刃を研ぐのを苦手とするアマチュアにも適しているでしょう。
しかし、我々が求めるレベルの切れ味に研ぐのが難しく、そのレベルの切れ味は長続きしません。またもや、ヴァイオリン職人とハイエンド木工マニアではレベルが違うのです。

それに対して日本製の替え刃が作られていました。兵庫県のメーカーが作っていたものです。現在でも現行モデルのカンナ用のものはあります。

日本のものは「ラミネート構造」と言って鋼と軟鉄が貼り合わせてあります。これは板前さんが使うような包丁や大具道具で見られます。それに対してUSスチールの鋼材はすべてが鋼でできています。
日本のものはいまだに鍛冶屋さんが叩いて鋼材と軟鉄を張り合わせて作っているのに対して、西洋では大量生産で作られているからです。
ラミネート構造は研ぐのにかかる時間を短くするためのもので、日本のカンナの刃はこれによって分厚いものが使われています。
西洋でもかつてはラミネート構造の刃が作られていました。スタンレーのものでも古い製品にはラミネート構造の刃がついていました。刃の質も年を追うごとに悪くなっています。
西洋でもかつてはどの街にも鍛冶屋がありそこで作ってもらうことができたのです。現在はそのような鍛冶屋はほとんど消滅したのに対して、日本ではまだ残っているというわけです。しかしそれも、高齢化と後継者不足で時間の問題です。

輸出用に「サムライ」という名前で売られています。職人は武士ではありませんが、日本刀の伝統を受け継ぐものというわけです。鋼材は日立金属が作っていて日本製の刃物といえばこのメーカーです。今は社名が変わっています。

私はサムライの刃を使っています。予備のストックは持っていますので一生足りることでしょう。

最初からついているチープな刃でも鋭く研げば切れ味はシャープです。ステンレスの包丁でも同じです。
しかしすぐに切れ味が落ちてしまいます。サムライに変えたときはその丈夫さに驚いたものでした。日本製だから切れ味自体が優れているというよりも、タフな刃という印象でした。鋼自体は合金鋼です。

それでも黒檀という素材は硬すぎます。サムライでも不安があります。

それに対してHSSという鋼材の刃もありドイツのKUNZというメーカのものが使えます。HSSはハイスピードスチールの略で高速度鋼、またはハイス鋼とも言います。刃物が高速?と思うかもしれませんが、高速に回転させて使うと熱くなります。伝統的な日本の鋼は熱くなると焼きが戻ってダメになってしまいます。HSSはドリルなどの刃に利用されています。
これは確かに丈夫なのですが、研ぐのが大変で、2倍切れ味が持続しても、研ぐのに2倍以上の時間がかかるなら意味がありません。サムライを豆に研いだ方が良いです。

それに対してA2以上に硬い刃なのに、研ぎやすさを持たせたのが今回のヴェリタスPM-V11です。
長かったですね。

ヴェリタスが鳴り物入りで投入した新しい刃がPM-V11です。当然自社のカンナに装備するためのものですが、スタンレーの物に使えるものも用意されました。
https://www.leevalley.com/en-us/shop/tools/hand-tools/planes/blades/102812-stanley-block-plane-blades-made-by-veritas?item=05P3167
しかし日本では誰も知らないでしょう。ネット上にも日本語では全く情報が無いことでしょう。北米でも未だにレビューなどは多くはありませんし、ヴァイオリン職人でなければ技量が違います。

値段はA2よりもいくらか高く50ドル弱です。中古のカンナより高いですね。
そこで私が試してみることにしました。

スタンレーの純正の刃に比べてかなり厚くなっています。厚さ自体は特に切れ味には変わりはないと思います。木材を削ったときの音が違うので高級感を感じることはあるでしょう。

裏側も比較的平らになっています。日本のカンナの刃では裏側がえぐってあります。これもうっすらとえぐられていて刃先だけをすぐに平らにすることができます。刃の黒幕の#1000番のような硬い中砥石で簡単に裏側を出すことができます。サムライでは結構大変です。しかし現代のハイテク砥石では簡単にできます。かつては鉄の板に研磨粉をまいてやったものです。

初めからある程度まで仕上がっています。切削角度は25度になっています。同じ角度のまま研ぎました。研いだ面は一つの平面で、正しい角度になっています。写真のように研がれている刃のついたものを中古のカンナでは見たことがありません。刃を研げる人が少ないのです。

9 1/2のブロックプレーンは通常のカンナとは刃を裏側にセットします。台の方が20度の角度になっていて、刃を25度に研ぐと合わせて45度になるようになっています。
角度は高い方が硬く割れやすい難しい木材に適していますのでヴァイオリン製作では45度以上が望ましいです。
ローアングルと呼ばれるバリエーションがあり、12度の台に25度の刃を取り付けることで37度にすることができます。
一般の木工では軽く削れるので人気があります。木口(丸太の断面の向き)を削るのに適しているとも言われますが、実際には専用のカンナを持つほどの差は無いようです。
日本のカンナも40度以下です。

また広く一般常識となっているのは、基本の角度を25度にしておいてホーニングガイドという治具を使って刃先だけを30度に研ぐ方法です。短時間で研げるというわけです。

ホーニングガイドは最近は日本でも見かけるようになりました。刃が薄いとフリーハンドで角度を安定させるのが難しいです。合理的に作業効率を高める効果があります。問題は刃のデザインの問題で後ろの方が四角ではないので一般的なホーニングガイド(エクリプス型)では固定できません。ヴェリタスのホーニングガイドは2段になっていて下の段で固定できました。このような情報もネットでも見つかりません。


PM-V11とサムライの刃を付けたもので比較してみます。カンナとして普通に機能してヴァイオリン職人の業務用として使えるレベルにあると言えるでしょう。
サムライの方がわずかに軽い力で感触が柔らかいです。PMV-11のほうが力を込めてざっくりと削れる感じです。これは硬い刃では一般的なことです。日本の刃物でも硬度が高いものはそんな感じがします。
仕上がった製品では違いは無いでしょう。しかし使う側は感触の違いがあります。

料理で包丁や砥石を変えてこだわる人もいるかもしれません。じゃあそれで料理の味が変わるかといえばそんなことはないでしょう。しかし職人にとっては作業をより楽しんでできるかが違います。これは楽器や弓でも同じことだと思います。楽器を変えても、聞きに来たお客さんが「音が変わりましたね」と言ってくれることは無いでしょう。ましてやオーケストラでは一人の違いは微々たるものです。一方安直な知識が広まるとオーケストラの音が決まってしまいます。

それで言えばいまだにサムライの方が気持ちよく仕事ができます。しかし、入手ができなくなった今、PM-V11でも仕事ができないことは無いでしょう。USスチールでも伝統的な炭素鋼O1の刃があります、それを使っている職人もいます。
https://www.veritastools.ca/en-ca/shop/tools/hand-tools/planes/blades/32692-hock-hcs-o1-block-plane-blades

切れ味の持続性についてはまだこれから検証が必要です。


私がこれを買った目的は黒檀です。
サムライの刃は製品によって当たり外れが多少あります。とても柔らかい物や逆に硬くて欠けやすいものがあります。
いずれにしても黒檀の加工は大変です。
理想通りに削れないのはすぐに切れ味が落ちてしまうことが原因だと考えてきました。刃の中央が先に切れ味が鈍ってしまうことで外側との切れ味の差で思ったように削れないのではないかと考えました。

ヴァイオリン職人の仕事でもアーチのようなフリーハンドの立体造形や、モデルのデザインでは芸術家のような創造性が求められます。
それに対してカンナを使う仕事は論理的なものです。造形的な美的センスなどは全く役に立ちません。完全に技術的な仕事です。上手くいかない場合は何らかの原因が必ずあり、その原因を改善しない限り何度やっても絶対に上手くいきません。逆に優れた職人として仕事をしていても美的センスが全く無いことが有り得ます。
それでもあの手この手で力を加減してごまかしているのが職業人としての職人です。しかし根本的な問題は解決しないといけません。

サムライの刃では、刃を研いでから数回は理論りカンナが機能します。しかしすぐに理論通りにはいかなくなります。
PM-V11ではそれが普通に機能するのです。すばらしいです。

指板は材質によってばらつきがあり、石を削っているかのようにすぐに切れ味が落ちてしまうものがあります。それでも仕事ができるでしょう。

ルーティーンのメンテナンスでの指板の削り直しなら、ヴァイオリン何台分もこなせることでしょう。日常的な業務では威力を発揮することでしょう。

しかし、サムライに比べてコントロールしずらい所もあります。丸みのカーブが思っていないように削れてしまいます。注意が必要です。やはり刃物は豆に研ぐのが基本です。下手な職人ほど刃を研ぐことを面倒がります。それは変わりません。


研ぎやすさについてはシグマパワーのセレクトⅡという西洋の硬い刃用のセラミック砥石をもともと持っています。このため普通に研ぐことができます。キングのレンガ色のものでは砥石が減るばかりでしょう。刃の黒幕でも滑ってしまい厳しいかもしれません。

仕上げは京都産の天然砥石を使いました。刃が厚いのでフリーハンドでも安定して研ぎやすいです。斜め研ぎにすることでホーニングガイドでついた磨き傷を見えなくすることができました。ラミネート構造のものと違って引っかかる感じがありません。



今後も使いこなしを考えていきたいと思います。

カンナは指板専用に台を調整しています。これで力を加減しなくても理想的な結果が得られます。しかしそれでも未だに指板を加工するのは理解していないことがあります。2段階くらいはこれで進歩したことでしょう。


カンナの刃は平面なので断面は多角形のようになります。これも難しさの一つです。丸い刃にしたらどうかと思うかもしれませんが、刃を研ぐのが難しくなります。さらに削る幅が広くなることで抵抗が大きくなり難しくなります。

今回は楽器とは関係のない話でした。指板は一つの部品にすぎません。同様の探求が他の様々な部品や工程でも必要になります。ヴァイオリン職人が何の専門家であるかということを知っていただきたいと思います。音楽や音とは直接関係の無い作業にほとんどの時間を追われてしまいます。楽器は木材を加工して作るだけで大変で音がどうとかまで余裕がありません。
作者の名前や値段について調べるのは休憩みたいなものです。私がよく知っていると勘違いして質問をする人が後を絶ちませんが、「私のように職人は何もわかっていない」ということを説明しています。作者の評価や職人の学ぶ知識などは現実離れしたものなので楽器は弾いてみて音を判断してください


また手動式の道具では古い物の方がよく考えられていて実用性に優れているということが普通にあります。製造業者も過去について多くの人は学ぼうとしません。後の時代に生まれた自分たちは自動的に過去の人たちよりも優れていると思い込んでいるからです

フランスの19世紀の楽器製作も現代の職人には忘れ去られています。ヴァイオリン製作学校でもアマティ、シュタイナー、ストラディバリとオールドの作者を勉強します。こちらではオールドの作者に関心が高いです。年配の音大教授なども含めてモダンイタリアや現役のイタリアの作者にはあまり興味を持っていません。現役の職人は地元に密着して信頼を得ていることでしょう。

一方英米や日本、アジア諸国では現役のイタリアの作者に関心が高く、遡ってモダンのイタリアの作者の値上がりが急速なためお金が好きなコレクターや業者の関心が高いでしょう。

そうなると忘れられているのがフランスのモダン楽器というわけです。
職人たちの大半は自分たちの流儀が一番優れていると思い込んでいて、次いでストラディバリやデルジェスに興味を持つ人もいるという程度です。それ以外のものには興味がありません。職人は無知です。一部の腕の良い職人は加工がうまくできてるか見ることができるだけです。


このように現代人の常識もアコースティックの楽器では通用しないことでしょう。
弦楽器について理解を深めたいなら先入観を持っていることに気付くことです。そうでなければ何も知らない人のほうがよほどマシです。


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