ミッテンバルトの量産メーカー、ノイナー&ホルンシュタイナー | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

コメントを頂いていますが、たまたま暇があるので答えているだけで、時間の関係で場合によっては返答はできません。

わかりやすく言えば、ヴァイオリン職人も住宅に例えると大工さんや各種の職人のようなものです。住宅の販売をするのは不動産業者です。

住宅について、不動産業者に話を聞くことと、大工さんに話を聞くことでは違う視点で語られることでしょう。大工さんでももちろん一般の人よりは不動産の事情を知っているでしょう。しかしそれは専門職ではありません。

不動産業者が絶賛した家が欠陥住宅かもしれません。部屋数や設備、立地などは不動産屋さんも把握しているでしょうが建物の質については大工さんに意見を聞いたほうが良いでしょう。

楽器についても同じことで、楽器店の営業マンと楽器職人では違う見方をしています。
不動産業で重要なのは値段ですけども、人が集まってこれから栄える町なら資産価値は高まります。それに対して大工さんは建物自体の質を評価することができます。

それと似て、楽器商は楽器の生産地としてついている地名で値段を評価しています。職人は楽器そのものを評価しています。営業マンが語っていることは私からすれば荒唐無稽な事ばかりです。そのような知識なら何も知らないほうがはるかにましです。
それは職人たちの間で知られている事さえも疑わしいものが多いです。
私もヴァイオリン職人を志して初めに学んだことが、実務によって覆される経験を常にしています。

私が専門職として語れるのは何なのでしょうか?
黒檀という木材はとても硬く加工するのは困難です。DIYや日曜大工のレベルでは歯が立ちません。指板は微妙なカーブをしているため精巧に加工することは困難です。指板が精巧に加工されているかどうか、その後の使用で摩耗しているかについては専門家として見ることができます。

ニスについても話しました。
ニスの表面をピカピカに光らせるにはどうしたら良いかというのが専門職として取り組んでいることです。一番光るのはスプレーでクリアーニスを吹き付けてすぐの状態です。つまり一番ピカピカに光るのは一番安いランクの楽器です。このためピカピカすぎても安っぽいのです。

それに対してオールド楽器やモダン楽器では光沢どころかニスそのものが失われているのでそれをいかに光らせるかというのが職人として仕事として終わりなき探求というわけです。

職人が何の専門職なのかということを理解してもらいたいです。

住宅の使い勝手については主婦がプロフェッショナルでしょう。

ノイナー&ホルンシュタイナー社のヴァイオリン



ちょっと古そうなヴァイオリンがあります。これはノイナー&ホルンシュタイナー社で作られたものです。ノイナー家は南ドイツのミッテンバルトではオールドの時代からヴァイオリンを作ってきました。19世紀にはドイツ各都市の職人たちはそれぞれフランス風のモダン楽器を研究していました。大きな産地であるミッテンバルトでも独自にフランス風のモダン楽器が作られていましたが、本場で学ぼうということで、ノイナー家のルドビッヒがヴィヨームの下で修行します。ヴィヨームの弟子ということはヴィヨームの代わりに楽器を作ってヴィヨームの名前で売っていたということです。

ルドビッヒはミッテンバルトに帰り、こちらもオールドの時代から続くホルンシュタイナー家と合弁で会社を作ります。ガン&ベルナルデルを参考にしたのでしょうか?
ドイツの量産メーカーでは最も有名で値段は最大で1万ユーロになりますから為替で今なら170万円近いです。
職人なら量産楽器で170万円というのは普通は高すぎると考えるでしょう。それは知名度によるものです。同社のものでもランクは様々で最低でも3000ユーロで4~50万円です。

一方ルドビッヒ・ノイナー本人がベルリンで作ったものならさらにその倍以上するでしょう。300~350万円位ですから、それでも量産品は安いというわけです。
でもヴィヨームの楽器を作っていた人の楽器であることを考えると300万円でも安いと思いませんか?

職人の視点で楽器を見ると商人とは違う見方になります。ついている名前がヴィヨームなのかノイナーなのかによって桁が一つ違いますが、物としては同じです。さらに100年以上経っていますから鳴りも良くなっていて新作楽器に300万円出すのがいかにばかげているかということになるでしょう。

職人の疑問点としては、ノイナー&ホルンシュタイナーの量産品が「ノイナー本人の作品≒ヴィヨーム」にどれくらい近いかということです。
商人はヴィヨームとノイナー・ホルンシュタイナーでは産地も名前も違うので全く関係ない物だと考えるでしょう。しかし職人の目で見ると類似点があるのです。

まず一見してストラドモデルということが分かります。作風にはクロッツ家のようなオールドのミッテンバルトのものは全く違い、シュタイナー的な特徴もありません。この時点でフランス的なものです。
表板の中央が黒くなっています。これはヴィヨームのアンティーク塗装に見られるものです。はっきりとした類似点があります。

ヴァイオリン製作の歴史を知らない人は、国ごとに楽器作りの伝統や特徴があると思っているかもしれません。しかし文化というのはすぐに伝わります。日本でも世界で流行したものがすぐに入ってきます。それよりも欧米同士でははるかに交流が多いし、時代によってどんどん変わっていきます。20年以上前に「日本は欧米のマネばかり」と卑下していた意見がありました。しかし実際に渡欧してみると欧米の国は他の欧米の国の真似をしていることが分かります。その結果西洋の文化はポルトガルからロシアまで類似性が見られます。音楽などはその最たるものです。音楽とは違い弦楽器製作では意図的に音を作ることが困難でその国の人たちの好みの音のものを作ることができません。

シュタイナーやクロッツの特徴はもう無いです。この時期になってもミッテンバルトでは量産楽器としてシュタイナーモデルの楽器も作られていますが、残念なことにオールドの時代のシュタイナーとは全く別物になっています。100年以上経って古く汚れているシュタイナーモデルのものでも見た瞬間にオールドではないと分かります。それくらい伝統は無いです。ドイツ楽器のファンでも残念ながらドイツらしい楽器はもうないのです。当然アマティの伝統はイタリアには残っていません。

それでもわずかな特徴はあります。ミッテンバルトは木材の産地ではありますが、植林で成長の早い樹木ばかりを植えました。日本のスギやヒノキと同じです。表板の材料になる木材は豊富で、日本では輸入しないと手に入らない表板の材料を、暖房の薪として燃やしています。表板はミッテンバルトでは質の高い目の細かいものが好まれてきました。裏板の材料は枯渇しています。ミッテンバルトの楽器でもボスニア産などのものが使われているでしょう。


裏板は上級品ではありませんが、量産品にしては形が綺麗でフランスの影響が感じられます。やや四角い感じでヴィヨームやミルクールの楽器にも見られる特徴です。実際のストラディバリにもそのようなモデルがあります。
表板同様アンティーク塗装も行われています。マルクノイキルヒェンのものとは雰囲気がかなり違います。


スクロールもものすごく精巧というわけではありませんが、どことなくヴィヨーム的な感じもあります。

ラベルはアントニウス・ストラドゥアリウスと書かれていて、下の欄外にノイナー・ウ・ホルンシュタイナーと書いてあります。製作年はストラディバリの時代の数字がついているので分かりません。しかし1900年ごろのものだと思います。


これまでもノイナー&ホルンシュタイナーのものは見たことがありますが、今回のものはよりヴィヨーム的なアンティーク塗装に見え上等な方です。ですから100万円位はしてもおかしくないです。

量産楽器に100万円は高すぎますが、これがフランスのモダン楽器に近いものであるならお買い得です。

職人としてはどこまでフランスの一流の楽器に近いかと興味がある所です。
アーチは平らで作風自体もミルクールのもの似ている感じがします。しかしミルクールのものと間違えるほどではなく、ミッテンバルトのものだと分かります。フランス的なミッテンバルト風と分かります。

板の厚みを測ってみると、リュポーやヴィヨームでは表板はほとんどどこもかしこも2.5mm程度になっています。これはそれよりも厚くなっていますし、中央の方が厚くなっています。20世紀の楽器には多いタイプです。
裏板も典型的なフランスのもののように極限まで薄くしては無く、厚めです。
なので、言うほどフランス的ではなく、ただの現代のヴァイオリンということになります。その中では古い方でしょう。ガン&ベルナルデルでももっとフランスの一流の楽器に近いものですから、そのレベルにもありません。
私が見たことがあるものの中では、3/4のヴァイオリンが一番ベルリンのノイナーに似ていました。ミルクールの3/4よりもヴィヨームに近い印象だったので、子供用の楽器としては最上級のものじゃないかと思います。

実際に弾いてみると、厚い板の楽器の硬さは感じます(丈夫なフレームに弦を張った感じ)。それでも音は飛び出てくる感じもあります。新作楽器のような極端に明るい音ではありません。高音も耳障りな鋭さは無く、100年程度経っている楽器にしては珍しく柔らかい音です。他の音も刺激的な音は感じません。いかにも量産品という安っぽい音ではありません。

前回出て来たエンリコ・ロッカも板の厚みは同じくらいです。ロッカも元をたどればフランスの流派ですが、エンリコになると板の厚みもフランス的ではなく1900年くらいから多く作られるようになった厚めのものです。
弾き比べてみるとプロの演奏者が使っていることもあって鳴りの強さを感じます。音には刺激的な成分が含まれていて高音も鋭いです。こちらの方が100年前の楽器にはよくあるような音です。

いずれにしても極端にノイナー&ホルンシュタイナーが音が鳴らないということもないし、上品な音がするのは好みの問題としか言えません。
100万円の量産品でも1500万円のイタリアの楽器でも格が違うとまでは思いません。人によってどう感じるかはわかりません。



同じタイミングでそっくりの楽器が工房に来ていました。これもノイナー&ホルンシュタイナーのチェロです。ニスが全くと言っていいほど同じです。

真ん中が黒くなっていますが汚れの色も同じです。同じ人がニスを塗ったかもしれません。少なくとも近い時代に同じ製品ランクとして作られたものでしょう。
ただしチェロの場合には汚れ方がまた違うように思います。ヴァイオリンのように擦れてニスが剥げていくのではなく汚れがどんどん蓄積していきます。本当の古いチェロはこうはならいでしょう。

こちらは学校が所有して生徒に貸す楽器で状態は最悪です。弾くととんでもなく耳障りな刺激的な音がします。弦を安価で柔らかい音のピラストロ・フレクソコア・デラックスに変えてもまだ鋭い音がします。バスバーを交換したほうが良いかもしれませんが、そんな予算が学校にはありません。ヴァイオリンで100万円ですからチェロなら250万円位のものです(修理を完璧にしたら)。それを生徒に貸しているのですから昔は音楽教育の環境がすごかったようです。状態が悪く残念ながら今では鋭い音になっています。

ともかく、同じ時代に同じメーカーによって作られたものでも、ヴァイオリンは柔らかい音がして、チェロは鋭い音がするのです。これは現代の工業製品のように、メーカーが音を意図的に作ってはいなかったということです。たまたま100年以上経った今ではそのような音になっているだけです。だからメーカー名自体は音が重要なら関係ないのです。エンリコ・ロッカの音のキャラクターもこの両者の間くらいですから、イタリアの音とかドイツの音とかはありません。


ちなみに、エンリコ・ロッカの持ち主はもう一つミッテンバルトのモダンヴァイオリンを持っています。両方とも仕事に使っていて、指板の減り方を見ると同じくらい使っているようです。ミッテンバルトのものの方は作者も無名でせいぜい100万円くらいのものです。どちらもプロのオーケストラ奏者が仕事に使えています。
職人と演奏家から見ればヴァイオリンなんてそんなものですよっていう話です。

しかし営業マンは、製作地や作者の「名前」にこだわりがあります。逆に言えばアルファベットの並びしか違いが分からないということです。お客さんも同様ですから、お客さんの求めるものとも一致するというわけです。
職人出身の楽器店もあるでしょう、分かっていてやってるなら、仕事のために本音を語っていないということです。それが「社会人」というものですかね?

1500万円のロッカを弾いて音がそれに見合っていると思うならその人の考えですから文句はありません。しかし他の人にとってもそうだとは限りません。

職人としての目を持って、実務経験をしてくると巨匠が作ったから音が良いとか、量産品だから音が悪いとかそんなのは現実からはかけ離れているように思います。

そのノイナー&ホルンシュタイナーもどちらかというと有名で値段は割高な方です。

有名なものほどコスパは悪くなり、ヴァイオリンの値段では1000万円や2000万円は誤差のようなものですね。5000万円や1億円くらい出せば明らかな違いが出て来るんじゃないでしょうか?

私の勤め先でも中古品を販売したり、修理をする値打ちがあるか判断したり、保険の評価額を査定するために楽器を見分ける必要があります。安価な楽器というのは見た瞬間にわかるもので、細かな特徴を見るまでもありません。
安価な楽器やマイナーな流派の具体的な特徴を知ってすごく気に病む人がいますが、楽器の違いはそんな次元ではありません。同じ100万円もしないような楽器の中でも職人としては「おっ」と思うようなものがあります。
値段が安いということは客観的には値段が安いというだけです。

若い職人で独立してビジネスを始めた人がいます。値上がりを期待し弦楽器を資産と考え顧客に販売しようとビジネスモデルを考えました。有名な高価な楽器ばかりを求めて、買い取ることはできないのでいろいろな工房を訪ねて仲介業です。投資目的の不動産業のようなことを始めました。

最近会ったら、ビジネスはうまくいかなかったようでバイトもしているようです。始めは高価な楽器に憧れがあったのでしょうが、現実を知れば知るほどそのような高価な楽器が心の底から良い物とは思えずお客さんに薦めることができないと言っていました。私が「おっ」と思うような安い楽器をお客さんに薦めるために持って行きました。成長しましたね。

商売人としては正直すぎます。
私はもっと論理的なので自分が好むかどうかではなく、お客さんがどう思うかで考えるべきだと思います。