全く伝わらない弦楽器の話 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

職人は楽器店の営業マンやユーザーとは全く違う楽器の見方をしています。それも人によってさらに違います。
弦楽器の違いは一般の人にはさっぱり分からないようです。自分では違いが分からないので営業マンの語る訳の分からないウンチクを求めていきます。
この問題については未だにどうしたらいいのか分かりません。

私は外国に住んでいて、寿司のようなものはいくら食べたくても日本に帰国したときの楽しみにしています。それは渡欧した当初からインチキ臭い寿司で痛い目に遭っているからです。日本人ではない人が作る寿司以外の日本料理はたいがい自分で作ったほうがましです。

調べてみるとこの10数年の間にSUSHIが大きく様変わりしていました。グーグルなどで「SUSHI」で画像検索をしてみてください。色鮮やかな訳の分からない創作寿司がたくさん出てきます。一番地味なのが本当の日本の寿司です。日本人の寿司職人が海外に店を出してもウケを狙ってそういうものを出しているようです。ミシュランの星がついているのはそんな日本人の店です。外国での日本料理の評価はめちゃくちゃで、素人が家で作ったような天ぷらの店がミシュランの星を取っていたりします。

外国の人に物の良さを伝えるのは難しいですね。弦楽器はその反対です。

残念ながら写真の上が切れていました。週明けに撮り直せたら画像を差し替えます。

このようなヴァイオリンがありました。
どうでしょうか?



ラベルは何もついていません。
量産楽器のようにコストを安くするためのことは特になされてはいないようです。
f字孔は太くなりすぎています。一か所でも手元が狂って失敗してしまうとそこだけがえぐれているとおかしいので他も平均化していくといつの間にか太くなりすぎてしまいがちです。
しかしそれ以外では特にまずい所は見受けられません。スクロールは渦巻きを専門に作る職人のものではないようです。

時代も分かりませんが木材の感じからしても2000年よりは前のものでしょう。作られてから30年くらいは経っているのではないでしょうか?

作者が有名だとか何か特別高価な値段がつく要素はありません。しかし音響的な意味で楽器としては問題は何もありません。

ニスはアンティーク塗装の一種で塗り分けられています。赤い色のニスは薄く擦れて剥げています。このようなものは現在ではわりとよくあります。流行の手法です。すぐにニスが剥げてしまうのが難点で普通量産品ならもっと製品として品質に安定性があります。

裏板も赤いニスの層が薄いために擦れたところが剥げています。

光を落としてみるとf字孔の周りが黒ずんで見えます。これはおそらく薬品を使って表板に色を付けたのではないかと思います。木目の向きによって染み込みやすい所とそうでないところがあります。
パフリングやコーナーなどの仕事も問題なくできています。
ストラディバリにそっくりにしようとかそういうこともありませんのでそれなりに個性があります。

このようなものはどこの誰が作ったのか全く分からない何でもないただのヴァイオリンです。
弾いてみると割とよく鳴る感じがします。モダン楽器にあるように低音はビャーと鳴り、高音はかなり鋭いです。強い音がします。アジアや日本の人は強い張力のE線を好むようですからこのような音は日本人の好みとも言えます。鳴るということで言えば何でもないただのヴァイオリンで十分です。個人レベルでは好き嫌いの問題です。

商品としてみると何の肩書もセールスポイントもありません。ものすごく完璧な美しさでもないし、何かオールドの名器を忠実に再現したわけではありませんがプロの仕事です。営業マンやお客さんはこのようなヴァイオリンがあっても気にも留めないかもしれないかもしれません。しかし職人から見れば人生をかけて修行をした後に大変な作業をして作ったヴァイオリンに見えます。現代の作者で自分で店を持っているのなら自分の名前のラベルを入れるでしょう。なぜラベルが何もついてないのかも謎です。都市部に店を持たず、量産品の上級品なのかもしれませんし、はたまた大きな産地か田舎の町で内職のように一人で家で作って業者に卸していたのかもしれません。卸の価格は50万円にも満たないでしょう。

普通に作って30~40年も使い込まれていればヴァイオリンはそこそこ鳴るのはおかしなことではありません。それに何か特別な理由はありません。このようなものが日本の店頭に並ぶでしょうかね?これに作者の名前がついて末端価格が150万円以上にならなければ輸入しません。何かしら名前さえあればその人を名工だの天才だのなんとでも言えます。

営業マンや一般の人はこのようなものがあっても見ようともしないでしょうね。

私の言っていることのニュアンスが分かりますかね?

オールドの量産品?



これは仕事がとても粗いのが分かりますか?

f字孔もパフリングも雑ですね。

仕事は無造作で使い込まれて摩耗している部分もありますが細部や曲線の美しさに凝っている様子はありません。

スクロールもアマティやストラディバリのようにバランスが取れていません。

これはジョバンニ・バティスタ・グランチーノ作でラベルは読めませんが1600年代の終わりにミラノで作られたものです。値段はこの楽器では状態も良くないのでそこまでではないかもしれませんが良ければ2000~3000万円は軽くします。とても美しいヤコブ・シュタイナーと同じくらいの値段です。
これくらいなら私は100万円もしないザクセンのオールド楽器でも出来栄えも音も変わらないと思います。
このヴァイオリンは横幅が普通のヴァイオリンよりも1㎝くらい細くおよそソリスト用というものではないという点でもザクセンのオールド楽器と変わりません。しかし小さい割には木材がふにゃふにゃになっているのでそこまで窮屈さは感じません。渋い音色と柔らかさだけではなくスケールの大きさについても新作の板の厚いカチコチの楽器には負けないでしょう。


オールドの時代にはアマティやストラディバリ、シュタイナーなど王室や宮廷に献上したようなほんのわずかな作者だけが品質の高い美しい楽器を作っていました。オールド時代の無名の作者のものや別の作者のものにこれらの偽造ラベルが貼られたものは必ずと言っていいほど品質が劣ります。古ければ何でも名器というのではなくてオールド時代にはクオリティの差が大きくあります。

現在では量産品に当たるような安価な楽器はただ単に雑に作られました。貴族社会の時代には名器は特別な存在だったはずです。

それに対して近代以降の作者の場合は、無名な作者のものにも有名な作者のものと同等かそれ以上の品質のものがあります。リュポーやヴィヨームよりも完成度が高いのにそれほど高価ではないフランスの作者もいます。近代ではハンドメイドの楽器のクオリティが著しく上がっているわけですが、一方安価なものは量産品として高度に組織化されて製造されてきました。

このため現代の何でもないただのヴァイオリンでもグランチーノよりは高品質です。工芸品として見ると多くのオールド楽器はただの古民具でしかありません。

現在の人は工芸品としての美しさには興味が無く、性能や機能性を評価します。名演奏者もまさにそのような人たちです。グァルネリ・デルジェスやG.B.グァダニーニなどは粗雑に作られたものです。ベルゴンツィやモンタニアーナでも近代の水準で見ればクオリティが高い方ではありません。それらを名器と考えるなら見た目はどうでも良いということになります。それが音楽家の楽器の見方です。それを名演奏者が愛用したと商売人は名器として販売してきました。



品質は現代の普通のヴァイオリンのほうが高いですがスタイルは違います。


アーチの高さも多少ありますがめちゃくちゃ高いという事でもありません。

ボコボコしたようないびつなアーチでざっくりと鑿で削って作った感じがします。いちいちこだわらずに次々と作っていたことでしょう。

現代のものは途中まで機械で作って仕上げだけ人がやっても変わりない感じです。でも欠点は無いので文句はありません。

鳴る楽器が作れることは別に何か特別優れた結果ではないと思います。それを前回量産品でも十分だよという話でした。

あとは傷み方を見てみると300年という月日は現代の職人がとても似せて作れるようなものではないことも分かってほしいです。50、100年古く見せるのにどれだけ苦労することか・・・・。

ただ写真では実物の何パーセントも伝わりません。言葉だけではイメージしずらいので挿絵的にイメージ写真を載せているだけと思ってください。それもスマホの小さな画面ではなんでもきれいに見えます。できるだけいろいろな楽器の実物を見るようにしてください。私たちはメールの画像などで楽器を購入したりすることは絶対にしません。必ず実物を見ないといけません。

オールドの粗雑に作られた楽器と近代以降に粗雑に作られた楽器を見分けるのが難しいでしょう。そういう怪しい楽器が業者にとっては都合が良いわけです。買う時はただのガラクタで売るときは名器になるからです。見分ける方法は鑑定書だけです。それ以外は私がどう思うなんてことも意味がありません。

音について言えば普通に作ってあるだけでヴァイオリンは十分だと思います。あとは自分の楽器を信じて弾き続けるだけです。チェロはそのレベルのものもなかなかありません。音は好みの問題です。

当初から「ひどくなければなんでもいい」と私の言ってることはまだ伝わっていないようですね。


さてしばらく夏休みとさせていただきます。返信も更新もしないかもしれません、ご了承ください。