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ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press


ぼくは占い師じゃない-lomoself

オリジナルのLomoLC-Aをはじめてみせてもらって、
手に取らせてもらったのは、専門学校で同じクラスだった
バカボン君のものを触らせてもらったときだった。

彼は、あちゃこちゃ旅好き音楽好きなので、
モノはロシアで現地調達したものだったのだけれど、
今、ぼくの手の中にあるLC-A+はそれよりちょっと軽い感じ。

オリジナルのLC-Aはもうちょっとズシッときたと思う。
LC-Aが生産中止になって久しいが、そのLC-Aが、
オール・メイドイン・チャイナになって帰ってきのが、このLC-A+。

レンズ(Minitar1 32/2.8)だけはロシアから輸入していたらしいけど、
パッケージには、

「それもこのたび中国で生産できるようになりました!」

と、高らかに謳いあげられた挨拶文が同梱されていた。

ぼくは占い師じゃない-lomobox
【すごい!木の箱だ!高級感、もりあがるなあ……
というより、「何事か?」と思う】

いくつかバージョンアップされているところがあって、

☆ 裏ブタにフィルムを確認する窓がついた
 ……(笑)

☆ 多重露光ができるようになった。
 これはおもしろいかも。

☆ シャッターにレリーズ用の穴がついた。
 露出はオートだが、必要な光量が得られるまで開き続ける。
 暗いところだとレリーズと三脚が必要になる道理で、
 レリーズは同梱されている。

☆レンズハウジングの側面にあやしげなミゾ。
 さまざまなオプションをマウントするためのスリットなのだが、
 きっとしょうもないオプションなのだろう。
 
☆フィルム感度設定の追加
 ダイヤルを回すと露光測定受光部の径がかわる。
 しくみがみたままだ。

露出以外はすべてマニュアル。
フォーカスもあってないような、
目測でレバー操作のゾーンフォーカス。
基本的にはLC-Aのスペックをそのまま踏襲している。

なんでこんな時代錯誤的なカメラを月賦(死語)で買ったかというと、

まあ、要するに好きだかからです。

600円の三脚ととりあえずケースくらいは買ってあげて
(ついてない。つけてほしくもない)、
さっそく写真をとってみる。

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【へやのあかり】

最初に多重露光をためしてみる。

ぼくは占い師じゃない-lomo002
【フロア・レベル】

なんとなく変わったところを撮ってみたかったのだろう。

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【パワー・ストレイジ】

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【地上の翼】


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【スカイフック】

このへんはトンネル効果――周辺露光落ち――が
はっきりわかるシリーズ。

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【ターミナル】

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【SUIDOUBASHI】

駅シリーズ。


ぼくは占い師じゃない-lomo008
【スカイビュー】

これは朝焼け。


冬は空気も澄んでいて、
天気がいいと、ちょっと楽しくなる。
架線に反射する陽のきらめきを
みただけでもなんだかうれしくなる。
写真には
そんなにうまく
写っていないかもしれないれど。


ぼくは占い師じゃない-lomo009
【シモキタ】


それではまた。

ツオルキンも改まったので、
タイトル的にちょうどいいだろうと思い、
最近読んだ以下の本のご紹介。

「ニュー・アース」
エックハルト・トール 著
吉田 利子 翻訳
サンマーク出版

ニューアs-ス

ぼくがこの本の著者のことを知ったのは、
ずいぶん昔、サングラハ心理学研究所会報誌の、
ウイルバーなどの翻訳をなさった松永太郎さんの記事だった。

トーレ(松永さんの表記だとトールではなく「トーレ」になる)は、
まだそのころは日本ではほとんど知られていなかったと思うが、

最近は、

「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」
「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」
「人生が楽になる 超シンプルなさとり方」
(いずれも徳間書店)

などなどの本で、
だいぶ知られるようになってきたのではないか。

「ニュー・アース」は、いわば、
トーレのメッセージの集大成で、
そのメッセージに触れたければ、
ちょっと厚めになるが、他の本を読むより、
これ一冊読んだ方がいいかもしれない。

話は変わるが、子供の頃、

『明日の朝は、
ほんとうにちゃんと
目を覚ますことができるだろうか』

と、夜寝る前に不安になったことがある。

人間、死んだらどうなるのか。

この、いま、ここで、
いろいろ考えたり思ったりしている
自分は消えてなくなるのだろうか。

消えてなくなる、
というのはどんな感じなのか。
痛いのか。苦しいのか。つらいのか。

そんな思いも、
見つめている天井の木目模様と、
電灯の真ん中から少し外れたところについている豆球の
オレンジがかった黄色い光とに混じって、
やがて、眠りの中に落ち込んでしまう。

まあふつうは、
寝る前の心配もよそに、
次の朝には目が覚める。

今日もまたこうして、
のうのうと目を覚ましたわけだが。

先のトーレの本は、ぼくには、
この、いろいろ考えている
「自分」に関する本にみえる。

自分が、
何か思っている・思考しているということが「わかる」のなら、
その想念や、思考は、あなたにおこっている事であって、
「あなた」ではない。

「わかる」ということは、
対象化しているからわかるのだ。
対象化されたものは「あなた」のほかにあるものであって、
「あなた」ではない。

このようにして、
自分を自分がくっついいる対象から引き離すことを、
脱自己同一化という。

脱自己同一化を繰り返していくと、
「ほんとうの自分」が姿をあらわす。
それが何なのかは、
実際にトーレの本をあたって確かめてもらいたい。

マハリシはTMを通じてその「存在」に触れてみろ、といった。
ミゲル・ルイスは何事も個人的にとらえるな、といった。
ガンガジはなにものかであろうとすることを「やめろ」、といった。
ウイルバーは存在することのシンプルな感覚をくりかえし語った。
ヴィパッサナーのはじまりは「観察(Sati)」にある。

トーレの本にはこういったことのエッセンスが
すべて詰まっているように感じた。

陰陽

過去に参加したあるワークショップで、
物事を体得する過程としては、おおまかにいって、
3つのステップがあるという話を聞いたことがある。

1.まずは話を聞く、本を読むなどしその考えをとりこむ段階。
2.次は、吸収したことを「自分の言葉で」人に伝えられる段階。
ここまでは知的な理解だ。

さらに、
3.実際に自分でそれを経験し、納得して、
はじめてそれを「体得した」といえるのではないか……

ということだったかと思うが、

とくにトーレの本に書いてあるような経験は、
起こそうと思って起こせるものでもないし
(と、ご紹介した本にも書いてある)、
実験室でくりかえし実験できるものでもない。

ぼくは……
中途半端に1.と2.をいったりきたりだ。

みなさんはどうだろうか。


タイトルはUNIXのコマンドから。
粋な引数だと思う。

非常に遅々としたペースで、
ツイストペア――お互いに表裏の関係にある大成卦――
に独自に付与した意味の紹介をしていますが……

これって、よく考えたら、紹介している卦が出たときの
リーディング例とも考えられますね。

普通は之卦も変爻も観るので、本卦と裏卦オンリーで判断する、
ということはまずありませんが。

まあもっとも、立卦法などの事情によっては、
必ずしも之卦があるとは限りませんので、
得卦が本卦だけ、というときには役に立つかもしれません。

64÷2で、全部で32パターンある「ツイストペア」から、
今日はその4番目。

--------------

「11:乾為天」または「88:坤為地」を得たときは、
裏卦をとってできた、ペアそのものの意味も考えてみよう。

tp04

もしよければ、以下の意味も、
参考にしてくれればうれしい。


☆ ツイストペアの意味 【元素】

元因
原因
第一要因
おおもと


☆ なぜその意味になったか

この宇宙はあるかすかなゆらぎから生まれた。(ツイストペア01 )
ゆらいで最初にうまれたのはきわめてシンプルな要素だった。

やがてゆらぎ自身が、その要素を利用するようになった。
ゆらぎはその要素を利用することで、
より複雑な構造を自由自在に創ることができるようになった。

しかし、おおもとの原則がシンプルなので、
いくら複雑になったとはいえ、
創られたものは決して手のとどかかないものではなかった。
そしてそれはどこまでもいっても
最初に創られた要素と、
いつもどこかが似ていた。

------

互いに裏卦の関係にある易卦のペア自体に意味を付与するのは
筆者独自のアイディアです。
ツイストペアについては、過去の記事「ツイストペア 」をどうぞ。
先日、クリスタルアライカードの版元 が主催する
初心者向けのワークショップに行ってきた。

このカードのことを知ったのは、
知人のゆきちさんにブレスをつくってもらったときのこと。
そのときの記事 には、
「いくつかのオラクルカードを使って……」、
と書かれているが、そのうちのひとつが、
このクリスタルアライカードだった。

日本の神様カードや、Ask your Guideカードなど、
最近この手のオラクルカードを目にすることが多いが、
ぼくも易……などをやっているので、
もちろんこういったカードにも興味がある。

伝統的なタロットなどのようなカードになると、
複数の元型的シンボルが多重に組み込まれていて、
ややもすれば読みにくかったりするのだが、
最近のカードはシンプルなものが多く、
クリスタルアライカードも、
個々のメッセージは非常にシンプル。

クリスタルアライの、アライは「ally」で
辞書をひくと「同盟」「連合」などの意味が出てくるが、
要するに仲間であり、協力者のことである。

各カードにはさまざまな「石」が象徴的に描かれており、
それぞれのカードが(もし持っているならそのカードに描かれている石が)、
それぞれのアライにつながるポータルになる。

ワークでは、簡単に自分のデッキと同期をとったあと
(呼吸法、音叉によるトーニング)、一枚引きで自分で自分のことを観た。

そのあと、短い休憩があって、
いきなりペアを組んだどうしでリーディングしあいましょう、
というのにはちょっとどぎまぎ。

だってそうでしょう。

このカード、おととい新宿で買ってきたばかりで
中身もろくすっぽ見てないし、
ペアを組んだ人だってもちろん初対面だ。

”えとえと、本はみていいのかな……”

というつぶやきもナビゲータの方にしっかり聞こえていて、

「今日は本は見ないで」

だってさ。

ワークでは、先にぼくの質問をみてもらって
(アライへの質問はあらかじめいくつか用意していった方がいいみたい)、
次はぼくがつたない読みを……というわけでなんとか。

まあだけど、
まわりからもれ聞こえてくる声をきいていると、
はじめて、もしくは二回目ぐらいなのにもかかわらず、
みなさん平然と、プロはだしのリーディングをしているのである。

カードの設計ががすぐれていることもあるのだろうが、
ああ、やっぱりもう、「習うより慣れろ」の時代なんだなあ、
と思った次第。
「触れて感じろ、わかるだろ、な?」
の時代といった方がいいかな。

ぼくは、マニュアルがついていればマニュアルをまず読む。

とにかく字を追いかけるのが好きだということもあるが、
そうしないと気がすまないのである。
だからもちろん仕事ではいつも仲間におくれをとっていた。

やつらによれば、新しいソフトでもなんでも、
とにかくさわればいいのであって、
マニュアルを頭から読むのはオオバカモノなのである
……っていわれたことはないけど、
そういうクーキを感じたことはある。

わからないところが出てきたらいろいろためす。
だめなら、知ってる人にきく。
知っている人がいなければ、そこでようやくマニュアルを見る。
これがクールなやり方ですよ、ichingさん、というわけだ。

要するにマニュアルをみるなどという、
シチメンドーくさくて時間のかかることは、最後の手段なのである。

どっちがいいのかわかりませんが、
ぼくはマニュアルを読む(アホや。やっぱり)。

ちなみにクリスタルアライカードにも、
290ページ以上におよぶ立派なマニュアルがついていて、
ふつうはウンザリするのだろうけれど
(ほとんどリファレンスだがら大丈夫です)、
ぼくは思わず、『おお、スゲェ』と、
悦びの声をもらしてしまうのである。

なんか話がズレかけているが、
クリスタルアライカードは全部で55枚のハガキ大のカードで、
これがちょっとシャッフルしづらいけど、
表の絵からヴァイブレーションなりヒントをもらうので、
絵はでかいほうがいい。

ジンカイト2

そのほか、いくつかの点で他のカードにはない特徴がある。
まずあたりまえの話だが、実際にある石が対象になっているので、
カードをそれらの石のインデックスのようにつかうこともできる。

お告げ(オラクル)はカードからもらい、
実生活になんらかのかたちでお告げを応用するときは石を使う、
といった具合。アクセスする対象は同じだ(群魂)。

実質、逆位置(リバース)はない。
逆位置を考慮しないオラクルカードはほかにもあるが、
クリスタルアライカードの場合は、それをある種の「強調」とみる。

マニュアルの表現を借りると、
リバースは、そのカードが伝えようとしてるメッセージに、
アライがアンダーラインをひいている、というふうに受け取る。
決してネガティブなイメージではない。
マニュアルにも特に逆位置の意味は書かれていない。

各カードは、四大(火水風土)によってグルーピングされている。
そのこと自体はべつに珍しくはないが、
五つ目のエレメントとして「嵐」があげられているところがおもしろい。

「嵐」は災害とか地球の怒りとかいったネガティブな意味ではなく、
他の4つのエレメントを統合する意味を持っている。

いってみれば、四大が作用した結果・効果としての、
浄化(リセット)やそれにともなう変化のエネルギーといったところか。

万物は周行する(あまねく、いきわたる)のである。
陰は陽に陽は陰に必ず変化する。
変化し続ける。

不謹慎な表現かもしれないが、
嵐の夜はワクワクする。
次の日は、なにもかもが
ガラリと代わっているような気がするからだ。

「嵐」もひとつのグループを形成していて、
各エレメントにつき10のカード(石)が割り当てられている。
石が描かれておらず、エレメントのみを象徴するカードが5枚あり、
5×10+5で、全55枚。

近いうちに、クリスタルアライ・カードのエレメントと
易卦の対応をとってみたいとも思う。
おそらくタイクツな話になるだろう。

マニュアルを読むのが好きな人は、
どうかよろしくおつきあいください(笑)。

ではまた。

「書棚」のテーマで書き出したので、
とりあえず、本の紹介から。

「情報は一冊のノートにまとめなさい」
奥野宣之
Nanaブクックス

装丁が大学ノートそのままなので、書店で目にした人も多いだろう。
タイトルそのもののハウトゥものである。
アマゾンの書評では例によって賛否両論だが
(すごい、現時点で90もコメントがある!)
ぼくとしてはひさびさにマトモな本を読んだ気がしてよかった。

note

この間もどこかの書店で平積みされているのをみかけたので、
まあ、順調に版を重ねているのだろう。

内容は……

とにかくなんでもかんでも時系列順に一冊のノートに放り込み、
あとで参照に困らないように別途PCでインデックスをつくっておく。

簡単にいってしまえばそれだけだが、
インデックスを作るのがメンドーだとか、
そんな、全部を一冊にするなんて無茶や!とか、
まあ確かにそうなんだけど、この本のいいところは、
そういう「方式」にあるのではないような気がする。

実は大事なポイントは別にあって、それは

「いつもメモできる体制をつくっておく」

ということだ。

いや、「いつも」では弱いかもしれない。
「いついかなるときでも」とした方がいいかも。

たとえば今これを読んでいるあなたに、
「今、この瞬間」、
とてもすばらしい……天啓といってもいい
ヒラメキが訪れたとして、
いますぐそれをひかえておくことはできるだろうか。

これが、そういわれてあたふた紙と鉛筆をさがしているようだと、
その間に「天啓」はぶっとんでしてしまう。

もちろん、上記の本ではそのことについてもふれられており、
だから、「それ用の手帳」を買って構えるのではなく、
どこのコンビニでも手に入る「A6ノート」と、
紙と書くものにはこだわらないことが推奨されているのである。

たとえば、著者はこうしているという例が多数出ているが、
これはそうせよ、ということではなく、
それにこだわれというということでもない。

繰り返すが、大事なのは、
なんでもかんでも思いついたことをすぐひかえることである。

そんなことを考えながら空き時間につらつらとネットをながめていたら、
ユビキタス・キャプチャー
と言う言葉に行き当たった。

まあ、ぼくが考えるようなことはすでに先人が考えているわけだ。

どう整理し、どう検索するかといった「方式」はそのあとの話。
まずはとらえる(キャプチャーする)ことが大事。

こうしてとらえられた記録……とくに想念にはさまざまな種類がある、
と言うのは.2006年1月「祖母とカミサマ 」に書いたとおりだが、
再録すると、

人の頭に去来する想念には、

・自分でつくりだしたもの、
・他者がつくりだしたもの、
・深い自己からあがってくるメッセージ
・別の存在からの情報

となっている。

こりゃおもしろい。

「ユビキタス・キャプチャー」というのは、
とらえかたによっては、チャネリングの方法なのである。

別に自動的に手が動くことばかりがチャネリングではない。
別にいちいち白目をむいてトランスに入ることもない。
どこかで書いたかもしれないが、
こういった「いかにも」といったやり方は、
たぶん、古いやり方である。

書くのは自分、
あくまでもいつも意識しているこの自分である。
そうなんだけど、
浮かび上がってきた想念にできるだけその自分が、
手をくわえないで、バイアスをかけないで記録する。

これがむずかしい。

場合によっては、一時的にそういう想念を別人格ととらえて、
「なにがいいたいのか」ということを質問してみるのも
効果的かもしれない。

ぼく自身は易システムは、
まさにそれを意図的にやる仕組みだと考えている。

まあ、だれだって、刺身は新鮮なのを食べたい。
物流がいくら便利になっても、
魚は産地に近いほうがウマイに決まっている。

もたもたしていたり、
あれこれいじりまわしたりしていると、
全体の姿さえわからないスーパーの切り身になってしまう。

ちなみに「魚」は、ユングによると無意識に
与える滋養・養分のシンボルなのだそうだ。

ベティ・ベサーズの「ドリームブック」をみると、
魚は、精神的・霊的食べ物と書かれている。

ソウルフードというわけだ。

新鮮なお魚をたべましょう、みなさん。

かばんが好きである。

荷物が多いときは須田帆布
「どっさりショルダー」を使っている。

これに着替えだの酒ビンだのをつっこんで
下北沢を歩いていたら、
二人組みの警官によびとめられて、
中を洗いざらい調べられた。

朝っぱらから。

人通りもそこそこ多い茶沢通り。

恥ずかしかった。

その日は、
仕事がはねたら熱海に行く予定で、
荷物が多かったのだ。
洞爺湖サミットの警戒期間中。
ナイフなどが入っていなくてよかった。

ああ、いや、ちがうちがう、

かばん好きだという話だった。

実は地元にも帆布かばん屋さんがあるのを知ったのは、
いつだったかなあ……
一年ぐらい前だと思う。

その時は、麻袋を利用した生成りのショルダーを買ったのだが、
これは、さほど荷物が多くないときに使っている。
学校にもよく持って行っていたものだ。

その地元の帆布バッグ屋さん、
Sudo-Bags というのだけれど、
麻袋ショルダーを買ったときに、たしか、
オーダーも受け付けてますよ、って言ってたなあ……
というのを思い出して、
使ってみたいなあ、と思うバッグ絵を描いてみた。
バッグデザイン
パズーも、キキも、ゲドも、
みんなすてきなショルダーを持っている。

そんなバッグと、
兵隊さんの雑嚢を足して二で割ったような素朴なイメージ。
金具を一切使わない、というのが特徴。

ポケットもなにもない。

袋。

バッグである。

この絵をお店に持っていって二ヶ月もしないうちに、
こんなバッグが仕上がった。

sudo01

sudo02

なかなかに、
イメージどおりだと思うのだが、どうだろう。

フルオーダーなんていうのはもちろん初めて。

一般のメーカーに頼もうものなら、
それこそ何万円もするところだろうが、
七千円と少しでつくっていただいた(感謝!)。

基本的に帆布は切りっ放しは不可だそうで、
エッジはすべて折り返して縫い合わせてある。
底部のアールは少しずつつまんで縫い合わせ、
丸みとマチを出したもの。

ぱっと見わからないが、
結構、ちゃんと、きちっと、
ストイックなつくりになっているのである。
この辺は、作り手の須藤さんの性格なのだろうな。

正直最初は、ちょっと小さいか!と思った。
収容能力云々ではなくて……

sudo03
【実際は写真のごとく、
文庫2冊、ケータイ、印鑑、
薄手のB6変形ハードカバー一冊
くらいは入る】

なんだかちょっと女の子っぽくなってしまうかな、
と思ったのである。

でも、実際に着けてみるとそんなことはなく、
別に違和感はない。

これ、実際にできあがったのは、
七月の初めの頃の話なのだけれど、
使い続けて早一ヶ月以上が過ぎた。

ほどよく糊も取れて身体になじんでくる頃。
やっぱりイイのである。

前述の易のガイドブックもそうだし、須田帆布もそう。

誰が作って、誰が使うかわからないマスプロものではなくて、
結局ぼくは、
造り手と受け手の顔が、
お互いに見えるようなモノ造りが好きなのかもしれない。

ていうか、モノづくりって本来そうだよなぁ。

13月の暦で言うと、
今日は、
宇宙の月24日赤い惑星の空歩くもの、KIN153。

17日から続く連続GAP(銀河の活性化の門)期間中である。

13月の暦では宇宙の月が年の最後の月で、
今週はその最終週。

グレゴリオ暦の7月26日から新年が始まる。

と、いうわけで、
満月には間に合わなかったけど、

せめて今年中に、
ご注文いただいたハンドブックを出そうと思い、
いまさっき、近所のコンビニから発送しました。

HBV1final

何事もなければ明日到着予定です。

ありがとうございました。

よいお年を。

「今、つくってます!」
「もうすぐ出ます!」

といえば、そば屋の出前。

先日、銀河ツール の「20の銘板を楽しむ会」に
ゲストとして呼ばれた。
(hiroeさんありがとうございます)

ふらふら出て行って、
易のお話をさせていただいてきたのだけれど、
そこでハンドブックの話が出て、
2007年4月27日記事「ツイストペア」
でちょっと紹介しています)

ほしい人は?

とたずねたら、
なんと8名の方が手をあげてくださった。
偶然とはいえ、「八卦」を連想させるところがおもしろい。
さすが連続GAP期間中。
スユアもびんびんなのかな。

いいんですか?
手作りですから1~2Wかかりますよ??
いや、2~3Wかな。

不恰好ですよ。
コピー本ですよ。

待っていただけるんですか??
ありがとうございます。

というわけで、

今、つくってます。
もうすぐ出ます。

コピー、裁断、リング製本は、
キンコーズにお願いしてしまうのだけれど、
費用の関係で丁合
(刷り上ったページをページ順にそろえる)
は自分でやる。

下がつくっているところの写真。
HBV1

手前がキンコーズからあがってきた原稿。
積んであるのは手丁合が終わった製品。
1,2,3,……あと二冊。

しょーもないブログ書いてないで、
さっさとやれよと言われそうだが、
あまりに単調で地味な作業なので、
こうして逃避しています。

今日はせっかく
友達に指圧してもらったのに、
また肩がこってきた。
(frogさんありがとう。
ぼくは人の力を借りて生きてます)

洗濯物もいれなくちゃならないし……

ああ……
これが札束だったらなあ。

あ、またくだらんこと考えてる。

今、つくってます。
もうすぐ出ます。
(3回いったぞ!)

月、望に近し。
しばし、お待ちを。

テケテン。

22:「兌」為沢(だいたく)または77:「艮」為山(ごんいさん)
を得たときは、裏卦をとってできた、ペアそのものの意味も考えてみよう。


tp03

もしよければ、以下の意味も、
参考にしてくれればうれしい。


☆ ツイストペアの意味 【振動】

エネルギー
共振、共感
ハーモニクス


☆ なぜその意味になったか

大地に足が着いていれば(艮)、全身で地球と共鳴する(兌)。

そうなるとやっと、ほんもののよろこび(兌)にうちふるえることができる。
それはじかに土(艮)にふれたときのよろこびかもしれないし、
座して(艮)なにかに没頭していたときのよろこびかもしれない。

その身かもしれないし、その心かもしれないが、
いたずらに動きまわらない(艮)ことが大事なポイントかもしれない。

------
互いに裏卦の関係にある易卦のペア自体に意味を付与するのは
筆者独自のアイディアです。
ツイストペアについては、過去の記事「ツイストペア 」をどうぞ。

--------------以下、3日の拙作ブログ より引用

zome04

正四面体を構成する12本のストラットをもう一組入手して、
立方体の、正四面体が接していない頂点を結べば、
もうひとつの正四面体を組み込むことができる。
先の正四面体とペアでマカバ・スターができるはず。
--------------引用終わり

ということで、やってみた。

まず、12本の緑色のストラットを入手する必要がある。

いつも親切に対応してくれる販売店
エジソンの玉子 。なんかそんなタイトルのドラマがあったなあ)に
連絡して聞いてみると、ケプラーキットの緑色のストラットは特殊なもので、
ケプラーキット専用のパーツらしい。

要するに標準のパーツではなく、ばら売りは可だが、
別途アメリカに発注しなくてはならず、
いつ入荷するかわからない、とのこと。

「じゃあ、店にかざってあったサンプルのケプラーキットをばらして、
正四面体をつくっている緑の棒、12本ください」

と、かなり無理な注文をした(ご快諾ありがとうございます)。
あわせてノード8個(用途は後述)も。

この店の対応はすばらしくよくて、
たいてい注文した次の日に品物がとどく。

で、やってみる。

zome05

ケプラーキット、完成品。

これから、黄色い立方体各面にのった赤い屋根を取り払い、
立方体各面の対角線に新しく入手した12本のストラットを追加(面心立方格子)。

makaba01

すでに完成している立体にストラットを追加するときは、
時間的精神的余裕のあるときにゆっくりやらないと、
変なところにテンションがかかって「爆発」するおそれがある。

追加しようとしたパーツのみならず、
すでに完成している部分にまで被害がおよぶ可能性があるので、慎重に。
テレビ見ながらやってはけない。
(やってしまった)

最後に立方体を構成している12本の黄色いストラットを取り払うと、
マカバスターができる。

makaba02

いや、めでたい。

写真では、あまった赤いストラットを
マカバを立てるための足(スタンド)代わりにしているが、
安定はあまりよくない。

一緒に取り寄せた8個のノードと黄色いストラット12本で、
別途立方体をつくる。
さらにはずしてあった赤い屋根6つを組み付ければ、
立方体に外接する正十二面体ができる
(つまり、もとにもどしたんですね)。

makaba03

中身のないケプラーキットである。
中身は、マカバスターになって旅に出た、
というわけ。

かみさんがにらんでいる。

「なんだよ、その目は。
君だってこないだ
洗濯機のフタ壊したじゃないか!」

わけのわからない反論をしながら、
無味乾燥な今日のブログ、おわり。