タイトル的にちょうどいいだろうと思い、
最近読んだ以下の本のご紹介。
「ニュー・アース」
エックハルト・トール 著
吉田 利子 翻訳
サンマーク出版
ぼくがこの本の著者のことを知ったのは、
ずいぶん昔、サングラハ心理学研究所会報誌の、
ウイルバーなどの翻訳をなさった松永太郎さんの記事だった。
トーレ(松永さんの表記だとトールではなく「トーレ」になる)は、
まだそのころは日本ではほとんど知られていなかったと思うが、
最近は、
「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」
「世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え」
「人生が楽になる 超シンプルなさとり方」
(いずれも徳間書店)
などなどの本で、
だいぶ知られるようになってきたのではないか。
「ニュー・アース」は、いわば、
トーレのメッセージの集大成で、
そのメッセージに触れたければ、
ちょっと厚めになるが、他の本を読むより、
これ一冊読んだ方がいいかもしれない。
話は変わるが、子供の頃、
『明日の朝は、
ほんとうにちゃんと
目を覚ますことができるだろうか』
と、夜寝る前に不安になったことがある。
人間、死んだらどうなるのか。
この、いま、ここで、
いろいろ考えたり思ったりしている
自分は消えてなくなるのだろうか。
消えてなくなる、
というのはどんな感じなのか。
痛いのか。苦しいのか。つらいのか。
そんな思いも、
見つめている天井の木目模様と、
電灯の真ん中から少し外れたところについている豆球の
オレンジがかった黄色い光とに混じって、
やがて、眠りの中に落ち込んでしまう。
まあふつうは、
寝る前の心配もよそに、
次の朝には目が覚める。
今日もまたこうして、
のうのうと目を覚ましたわけだが。
先のトーレの本は、ぼくには、
この、いろいろ考えている
「自分」に関する本にみえる。
自分が、
何か思っている・思考しているということが「わかる」のなら、
その想念や、思考は、あなたにおこっている事であって、
「あなた」ではない。
「わかる」ということは、
対象化しているからわかるのだ。
対象化されたものは「あなた」のほかにあるものであって、
「あなた」ではない。
このようにして、
自分を自分がくっついいる対象から引き離すことを、
脱自己同一化という。
脱自己同一化を繰り返していくと、
「ほんとうの自分」が姿をあらわす。
それが何なのかは、
実際にトーレの本をあたって確かめてもらいたい。
マハリシはTMを通じてその「存在」に触れてみろ、といった。
ミゲル・ルイスは何事も個人的にとらえるな、といった。
ガンガジはなにものかであろうとすることを「やめろ」、といった。
ウイルバーは存在することのシンプルな感覚をくりかえし語った。
ヴィパッサナーのはじまりは「観察(Sati)」にある。
トーレの本にはこういったことのエッセンスが
すべて詰まっているように感じた。
過去に参加したあるワークショップで、
物事を体得する過程としては、おおまかにいって、
3つのステップがあるという話を聞いたことがある。
1.まずは話を聞く、本を読むなどしその考えをとりこむ段階。
2.次は、吸収したことを「自分の言葉で」人に伝えられる段階。
ここまでは知的な理解だ。
さらに、
3.実際に自分でそれを経験し、納得して、
はじめてそれを「体得した」といえるのではないか……
ということだったかと思うが、
とくにトーレの本に書いてあるような経験は、
起こそうと思って起こせるものでもないし
(と、ご紹介した本にも書いてある)、
実験室でくりかえし実験できるものでもない。
ぼくは……
中途半端に1.と2.をいったりきたりだ。
みなさんはどうだろうか。
☆
タイトルはUNIXのコマンドから。
粋な引数だと思う。