銅鑼が聞こえない
先週は、飯後の茶事を二回、どうやら行いました。 疲れ切ったというわけでもありませんが、一種の達成感に、ぼやーとしてしまって、ブログを書く気にもなれず、日を送ってしまいました。ちゃんとした茶事が出来て、お客様にご満足いただけたかどうかは、いつもの如く、いささか頼りないところですが、まあ、大失敗というほどでもなく、まず無事終了と言えるのでしょうか。火曜、金曜両日とも晴れて暖かく、お茶事日和でもありました。しかし、茶事を行うたび、何か小さな椿事は起きがちなことで、今回もいろいろありました。最大の椿事は二度目の時、中立の後、「お知らせはお鳴り物にてどうぞ」の挨拶を受けて、銅鑼を形のごとく打ったわけです。このところ、銅鑼の打ち方がうまくいっている(と自分では思っている)ので、自信満々に打ち終えたのですが、お客様が入ってこられない。待ちくたびれて、窓から様子を伺うと、お客様は腰掛で談笑されている。実は、後ろ向こうの地所で、新築工事の整地が始まっており、地ならしの機械が振動音を立てていたのです。銅鑼を打つ茶室の中は、ある程度、密閉されており、騒音は承知していましたが、そばで鳴らす銅鑼の音は、自分には十分聞こえるので、つい、お客にも聞こえていると思ったのですが、様子を伺いに外に出ると、遮蔽物のない外は、機械音が鳴り響いて聞こえます。思わず「聞こえませんでした?」と、声を掛けてしまい、お客は「え?」という感じ。「すみません、打ち直します」と、今度は、窓を少し開け、大きく鳴らしたわけですが、後で、別に我が家の銅鑼は、雲州名物の銅鑼とかいうような名品でもなく、鳴らすことが大してご馳走でもないわけで、聞こえていないなとわかっているなら、そのまま黙って知らぬ顔で迎え付けに出る方が良かったのにと後悔しました。昔、藪内家には、名物の銅鑼があったが、当主の三代藪内紹智は、一度もその銅鑼を使おうとしなかった。不審に思った人が、何故使わないのかと尋ねたところ、「こういう浅い露地では、あれほどの銅鑼は打たないものだ。銅鑼に限らず所持している道具は何でも使えば良いというものではなく、取り合わなければ出さぬ方が良い」と教えたという逸話がありますが、我が家の露地も浅いのですが、銅鑼も名物でもなし、打ったっていいのでしょうが、でも今回のような時、打ち直すのは、もってのほかの仕方だったかもしれません それともう一つの失敗は、妻が炭点前を終わり、私が給仕口を開けて「一献差し上げます」の挨拶をする手筈が、何を勘違いしたか、妻が香合を拝見に出して、戻ったタイミングで、挨拶してしまい、「フライイングしました、後ほどやり直しを」と謝るはめになりました。二人亭主の弊害でもありますが、みっともない事で、恐縮しました 続きは次回に。 萍亭主