抹茶といえば、抹茶アイスとか、抹茶羊羹しか知らない人も多い。
茶の湯に関わっている人は、つい、抹茶を飲んだことがある人が世間には多いように感じている方もいますが、決してそんなものじゃない、抹茶なんて全く知らないという人が絶対多数の筈です。いわんや、薄茶でなく、濃茶を飲んだことがあるといえば、それは茶の湯の稽古をしたことがある人に決まっていると言ってもいいでしょう。薄茶は、高級和食店とか、観光地の寺社や茶店とかで飲んだり、一部の小学校で日本文化体験授業とかで飲んだ経験があったりしますが、濃茶を経験する場は、一般には皆無です。
ところで我が家は今、外壁の修理をしているのですが、その建築関係の人が二人打ち合わせに来た時、妻が急に思い立って、濃茶を振る舞ったのです。我が家は今、毎朝濃茶を飲むことが、この夏以来、習慣化しているので、手元にセットがあるので、リビングでも薬缶の熱湯ですぐ点てられます。客の年配の一人は、以前にも家に来て薄茶を振る舞った経験がありますが、もう一人の若い人は、市販のペットボトルの煎茶しか飲んだことがない、という世代。果たして反応はと思ったら、二人とも、それほど変な顔もせず、飲み終わり「苦くないんですね、美味しいです」という感想。実は、通常飲んでいる割と安価な濃茶でなく、先日の茶事に使った数段上の濃茶が残っていたのを出したのです。我々も、それを試飲した折、通常よりグッと甘いのに、今更感心したのですが、二人の反応は、社交辞令の部分がどれくらいあったかはともかく、初体験としては、実際抵抗感はなかったようです。上等の濃茶だったのが良かったという面もあったのかもしれません。濃茶の一種トロミのある触感は多少の驚きは誰しも感じる筈ですが、かえって新鮮でもあったようです。それから五日ほど後、今度は年配の方だけ見えたのに、妻はまた濃茶を出しました。「今度は前より苦いかもよ」という注釈付きで、日常使用のものでです。しかし、素直に美味しいという反応で、個人差はあるかもしれませんが、濃茶初体験の人でも、私が心配するほど、案外拒否感がないのかもしれません。妻に言わせれば「最初に美味しく点てて(練って)上げることが大切」というのですが。妻が盛んに濃茶の効能を宣伝すると、「僕も試してみようかな、スーパーなんかで売ってます?」「スーパーは無理だ、お茶屋でなければ」「家が狭山なんで、お茶屋はあるんですけど」「何だ、お茶どころじゃないの」「抹茶ってあったかなあ」。確かに、狭山詰の抹茶ってあまり聞きませんが、後で調べたら、建仁寺管長の命名した濃茶があるようです。もし、本当に抹茶を飲む気になった時は、茶筅をプレゼントすると約束して終わりましたが、茶の湯は、いろいろの事情から、初心は薄茶を飲むことから始まっているが、濃茶の味から体験させてもいいのじゃないか、歴史的に考えても、室町、桃山の頃はそうだったに違いないしと、ふと思ったことです。
話は違いますが、狭山には「色は静岡、香りは宇治よ味は狭山にとどめさす」という歌があるそうですが、そんな狭山に、何故抹茶が少ないのか、一度考えてみたいと思います。
萍亭主