室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Dvořák: String Sextet in A Major, Op.48, B.80

 ほぼ半年ぶりの更新となる。思うことがまとめられないならば、まとめられるまで待つしかなかった。曲も折に触れて何度も何度も聴き返したのだが、やはり名曲は飽きることがない。

 これまで書いてきた室内楽について語れなくなってきた自分がいる。呼吸のように息を吸わなければ何も吐き出せない。やはり自分の身体を動かして楽器を鳴らし、譜面を読み、楽曲を感じ、楽しめなければ何の感興も起こらないということか。大病のあと、楽器に触れられなくなって久しい。でも当然ながら聴く喜びということだけは残っている。五感のうちの聴覚だけではどこか物足りないのかも知れない。
 今後、ここで取り上げる曲についても、新鮮な体験や感動ではなく、遠い日の懐かしい思い出としてしか語れないことになるだろう。それがさびしい。
 

 

 たまたま Youtube で見つけた30数年前のスメタナ四重奏団の最後のコンサートの動画がこの弦楽六重奏曲だった。懐かしさで聞き入ったのだが、画像を見ると舞台が狭苦しく、奏者の並び方が(6人なのでいつもの4人の並び方とは違って)不自然に見えた。驚いたのはヴィオラのシュカンパとチェロのコホウトがそれぞれ第2パートを奏いていて、助っ人参加の若い奏者の方に第1パートを任せていたことだった。ここにも彼らの「老い」を感じて寂しくなった。

 

  立ち去りし老カルテット聴き偲び


The Smetana Quartet - Antonin Dvorak string sextet in A Major, Op. 48

this is their farewell performance in Prague
 

 私が最後にこの曲を奏いたのは手術の3カ月前だった。その時はまだまだやれると思い込んでいたので、第1チェロをやらせてもらえて嬉しかった。一番広い練習室に扇のように6人が円弧を描いて並ぶのも壮観だった。室内楽と言いながらも、弦楽の6重奏曲、菅楽入りの7重奏曲、8重奏曲ではお祭りのイベントのように心が華やぐのを禁じ得なかった。

楽譜はIMSLPにオイレンブルク社版のスコアとパート譜が収容されている。

Dvořák: String Sextet in A Major, Op.48, B.80
 

 

第1楽章:アレグロ・モデラート

 冒頭は広大な草原のイメージ。第1ヴァイオリンと第1チェロによって最初のテーマがしみじみと奏でられるが、それは1小節単位に分けられるモティーフの組み合わせなのがわかる。そのモティーフを前後交互に絡ませて曲想が展開していく。第2ヴァイオリンと第2ヴィオラの波が揺れるような装飾は草原を渡る風を思わせる。


 別の新しいテーマが第1ヴァイオリンや第1ヴィオラから提示される。ちょっとわらべ歌のような弾んだリズムが楽しい。積み重なるうちに広大な展望がひらける印象がある。


第2楽章:ドゥムカ、ポコ・アレグレット
Dvořák: String Sextet in A Major, Op. 48, B. 80: II. Dumka. Poco allegretto

         Wiener Oktett

 ボヘミア独自の哀歌ドゥムカの楽章。ABCAの三部構成。最初はニ短調、4分の2拍子。憂いを帯びた踊りのような少し速めのメロディが第1と第2ヴァイオリンで奏でられる。チェロはピチカート。


 二番目の部分は、アダージォ、8分の4拍子。嬰ヘ短調。ゆったりとまるで葬送行進曲のように進む。第2チェロの拍頭打ちが全体の歩みを決める。やはり第1と第2ヴァイオリンが哀調たっぷりの曲を歌う。


 三番目の部分は長調に転じるが、前の部分とは同名調の嬰へ長調になる。しかし譜面上は#6つになるので、弦奏者にとっては厄介だ。牧歌的な流れにどこか宗教的な平安の祈りが込められて美しい。


第3楽章:フリアント、プレスト
Dvořák: String Sextet in A major, Op. 48: 3. Furiant (Presto)

        Members of the Berlin Philharmonic Octet

 フリアントとはボヘミアの民族舞踊の一つ。基本は快活な3拍子のリズム。イ長調。


 鬼ごっこで追いかけるような素朴な愉快さがある。


 舞曲の終りに中低音部だけが残って、まるでたたらを踏むように見栄を切るところが楽しく印象的。


 中間部は第1ヴァイオリンの流麗さが美しい。第1ヴィオラに交代するのも面白味がある。


第4楽章:フィナーレ、主題と変奏曲、アレグレット・グラツィオーゾ・クァジ・アンダンティーノ
String Sextet in A Major, Op. 48, B. 80: IV. Tema con variazioni. Allegro grazioso quasi andantino

      Kocian Quartet · Josef Kluson · Michal Kanka


 短い主題と変奏曲が連なる楽章。主題は荘重に第1ヴィオラが奏する。ヴァイオリンは2人とも休み。英ヘ短調の響きがする。


 第2変奏はスケルツォ風の動きが各パートに伝播する。


 第3変奏は少しテンポを落として、第1チェロが野良作業の牛か馬のように苦役を耐え忍ぶような動きを見せる。


 フィナーレ楽章の追い込み(ストレッタ)に入ると各パートに躍動するような動きがみなぎってくる。気持を晴れやかに高めて行く作曲手腕は見事と言うしかない。
 

 

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Schubert : String Quartet No.12 in c-minor, D.703, “Quartettsatz”

 自分でわかっているのは、この先の人生にもはや時間も空間もそれほど残されていない、ということ。空間がないというのは、それほど広範囲に動けなくなっているからだ。それでも道の先に「終点」の標識が見えるような業病に冒されているわけではない。表面的には悠々自適の余生を送るという、誰もが羨やむ日々そのものなのだ。しかし自分がそうした立場になってみると極楽でも楽園でもないのがおかしい。
 むしろ夜中にふと目覚めたときに、言い知れない「焦燥感」に駆り立てられることも多くなった。それは「もう後がない、どうしよう」という焦りの心情とともに、人間存在そのものの宙づりの不安、つまり未来永劫続くであろう時間と、果てしない宇宙の深淵の中にただ浮いているだけの自分が抱く畏怖の念に気づかされることなのだ。不安神経症なのかもしれない。

 しかし人間には「忘れる」という便利な脳力がある。いつまでも不安を考えるのにくたびれると、発作が収まるように「どうせわかりっこないのさ」と思考を転換させて、いい音楽を聴いて、目前の皮相な事象に気を取られて行く。結局人生は謎だったということなのか。
 

 

 これはシューベルトの弦楽四重奏曲のうちの未完成の単一楽章である。(正確には第2楽章の初めの数十小節までの)断章でしかないので、何度も聴いたり、演奏したりした経験はそれほど多くないのだが、それでも強烈な印象を心に残すだけの何かがここには感じられる。作曲されたのは23歳の時だったが、出版されたのはシューベルトの死後40年以上たった1870年だった。
 

 

楽譜は IMSLP にスコアとパート譜が収容されている。
String Quartet in C minor, D.703 (Schubert, Franz)

Franz Schubert's Werke, Serie V, No.12 (pp.183-190)
Leipzig: Breitkopf & Härtel, 1890. Plate F.S. 34.

作曲された年月日    1820 (December)
初演    1867/03/01 in Vienna, Musikverein
Joseph Hellmesberger's Quartet
初出版 1870 – Leipzig: Bartholf Senff, plate 939 (1st movement)


第1楽章:アレグロ・アッサイ
Schubert: String Quartet No. 12 In C Minor, D.703 - "Quartettsatz": Allegro assai

       Hagen Quartett

 アレグロ・アッサイの表記の8分の6拍子で、切迫感のある細かな刻みのモティーフが2小節ずつの間隔を空けて、第1ヴァイオリンからチェロまで追い込むように鳴り響く。音階の移動の幅は半音か一音と狭く、悪寒か身震いのような不気味さを感じさせる。

※Schubert 「未完成」冒頭

 同じような細かい弦の刻みの動きで思い当たるのは「未完成」交響曲(第8番)の冒頭である。こちらはロ短調の4分の3拍子だが、幽玄味が漂う。


 震えが収まると、3拍子を2回ずつ繰り返すリズムの刻みが出てくる。8分音符6つの形だが、その反復は延々と続き、テンポも維持される。


 その先に穏やかな動きの第2主題が第1ヴァイオリンから提示される。内声部が「3拍子2回」の延々としたリズムを刻み続ける中でのこの悠長なテーマは、どこか救われた感じがする。考えてみると冒頭の切迫した動きとここの悠長なテーマとはテンポがほとんど変わらない。これは人が動悸がしても脈拍が急速に増減しないのと同じなのか、切迫感とは心理的なものだったのかと思ったりもする。


 時々思い出したようにチェロが身震いの刻みを反復し、6拍子の8分音符が新たな模様を描く。
 

 

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Beethoven : Piano Trio No.2 in G major, Op.1 No.2

 人間関係において「相性の良さ」というのは微妙な感覚だとつくづく思う。もし自分とそっくりな人間に相対した場合は、その人間を毛嫌いするかもしれない。自分がいるのだから、そういう人間は要らないのだ。むしろ微妙な差異がありながらも共感できる部分が多いのであれば、親密さは深まっていくのかも知れない。

 例えばあるアマチュアのオーケストラに入団し、団員として活動し続ける場合と、居心地の悪さを感じて途中で退団してしまう場合との違いなのだが、人はどこかで本能的に相性を識別して、行動しているのだろうと思わざるをえない。それでも音楽活動で得られる至福の時間を共有できた「相性のいい」人間関係は、いかにアマチュアのヘボ演奏の仲間同士であっても、人生の宝物であったなと、今になって懐旧している。
 

 

 ある時、夏のミニ・コンサート用にとベートーヴェンの作品1の2の練習に誘われた。初期のピアノ・トリオは(第3番のハ短調以外は)ほとんど気にも留めないで見過ごしてきたのだが、某音大の講師でもあるピアノ奏者のEさんがやってみたいと言うことだった。飄々とした鷹揚なヴァイオリン奏者のK氏も加わって合わせてみると、曲調には力んだところもなく、素直で品のいい佳品だった。まだ成功を知らない25歳のベートーヴェンの最初の作品集ということになる。
 

楽譜は IMSLP にヘンレ版とブライトコップ版のピアノ・スコアとパート譜が収容されている。
Piano Trio in G major, Op.1 No.2 (Beethoven, Ludwig van)

 

第1楽章:アダージォ~アレグロ・ヴィヴァーチェ
Piano Trio No. 2 in G Major, Op. 1 No. 2: I. Adagio - Allegro vivace

  Daniel Barenboim(pf), Pinchas Zukerman(vn), Jacqueline du Pré(vc) 


 冒頭のト長調の基本和声(ソシレ=ドミソ)で性格づけられる。最初の序奏部分にすでに主要テーマが現われている。テンポは倍のゆっくりさだが、ヴァイオリン(橙)のテーマの前にピアノ(緑)が姿を見せている。落ち着いた荘重な雰囲気の序奏部である。


 主部は快活なヴィヴァーチェ。2倍の速さになる。序奏と同じ主要テーマ(橙)がピアノから始まってヴァイオリンに波及する。副次的なモティーフ(緑)もピアノで続けられる。キビキビとした勢いがある。


 第2主題はヴァイオリンで弱起から始まるが、テーマの快活さは維持されている。


 展開部では、新しいモティーフの応酬がチェロとヴァイオリンの間で交わされる。互いの技を競う歌合戦のような高まりを感じる。ピアノは基本動機のリズムを刻み続ける。


第2楽章:ラルゴ・コン・エスプレッショーネ
Beethoven: Piano Trio No. 2 in G, Op. 1 No. 2: 2. Largo con espressione

        Beaux Arts Trio

 関係調のホ長調、8分の6拍子の緩徐楽章。ピアノのソロでしばらくメロディが奏でられ、ヴァイオリンとチェロが合流する。


 次の経過句にもロマン派的な情緒のこもった美しさがある。

 


 ピアノの高音域での可愛らしいささやきも新鮮な魅力である。


第3楽章:スケルツォ、アレグロ
Piano Trio No. 2 in G Major, Op. 1 No. 2: III. Scherzo. Allegro

       Oliver Schnyder Trio 

 古典派中期までのメヌエット楽章は後期にはスケルツォに置き換わる。優美さやのどかさよりも諧謔味や活力なのだろう。ここでも1小節は3拍だが、2小節を単位とした速い動きで8分の6拍子にも聞こえてくる。


 中間部でもピアノがキビキビしたロ短調のテーマを先導する。


第4楽章:フィナーレ、プレスト
Beethoven: Piano Trio No. 2 in G Major, Op. 1, No. 2: IV. Finale - Presto

   Wilhelm Kempff(pf), Henryk Szeryng(vn), Pierre Fournier(vc)

 冒頭から諧謔味のあるリズムがヴァイオリンで奏される。鶏がエサをつつくような様子を思わせる。


 第2主題も元気がいい。全体的に青年の息吹と若々しい活力に満ちた良品だと感じた。

 

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Paul Wranitzky : String Quartet in d-minor, Op.16 / 26  No.6

「新奇なもの」つまり「新しいもの」と「奇妙なもの」は人間の精神衛生上不可欠な栄養素なのだと思う。
 年老いて来ると日常の行動範囲が極端に狭くなって、見慣れた景色しか見なくなる。その中でも四季の移ろいは気分を引き立ててくれる。しかしそれを上回るのが夢の面白味である。睡眠中の夢は、自分の希望通りにはならないし、結末も超現実的なことになるのが普通だ。

 昨夜も夢を見ていながら「ここは前にも通ったところだな」と思う鬱蒼とした木々に覆われた坂道を自転車で登っていた。急坂なのにペダルで登れる力が出ているのが意外と嬉しい。それからなだらかな下り坂になって、やがて廃墟になった山合いの色褪せた温泉街を通り抜け、見晴らし台からのそれほど絶景ではない展望になぜか歓喜する。小説や映画を見てて、その作り事に感動するのだが、こうした夢での体験のほうが作為的でないだけ、純粋で鮮明な印象が得られるのだ。「新奇なるもの」を現実世界以上に夢の世界に求めるように脳が働くのかもしれない。
   

 

 いつもの名曲だけでなく、何か「新奇な」曲をやってみたいという気まぐれからこのヴラニツキーの曲を選んだのだが、手書き譜から作譜ソフトで浄書して、パート譜の製本までしながらも、実際には演奏に至らなかった。コロナ感染の第何波かで、急に休会となったからである。運が悪かった。

 モーツァルトの友人でウィーンで活躍したヴラニツキー(Paul Wranitzky, Pavel Vranicky, 1756-1808)は多作家で、おびただしい交響曲や室内楽曲を残した。当時は楽譜出版社ごとに勝手に作品番号を付与して出していたので、彼の作品16は、交響曲と弦楽四重奏曲の両方に付いてしまった。専門家の間では後者の番号を作品26と呼び変えているが、シュターミッツ四重奏団の全曲演奏CDでは16のままなので、今でも16で通用しているようだ。
 

 

楽譜は IMSLP に手書き製版譜が収容されている。
6 String Quartets, Op.16 (Wranitzky, Paul)
初出版 1790 ca.
出版社情報    Paris: Imbault, n.d. Plate 456.

 パリのアンボー(Imbault)社が1790年頃に出版したらしいが、この1790年にはハイドンは58歳の熟年で「ひばり」を含めた作品64の弦楽四重奏曲集を出していた。また同い年のモーツァルトは34歳、その前の年に最後の「プロシャ王セット」の3曲を完成させている。ヴラニツキーがなぜこの曲集をパリで出版したのかは知るべくもないが、ちょうどフランス大革命が始まっており、世情が騒然としてあまり注目されなかった可能性もある。

Muse Scoreという作譜ソフトで浄書したスコアとパート譜は
KMSA室内楽譜面倉庫
Wranitzky_Paul (Vranicky) - SQ d-moll_Op.16 No.6
で参照できる。ダウンロードや紙出力も可能なので必要な方はご利用されたい。


第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
String Quartet No. 6 in D minor, Op. 16 - Allegro vivace

        Stamic Quartet

 冒頭から強烈なモティーフの提示がある。ニ短調の、上から振り下ろすような悲壮な下降音型の4つの音の響きである。それに続いて頭拍のない別のモティーフが不安気に伝播していく。これらの2つのモティーフがこの楽章の基本動機として随所に散りばめられている。


 それに続くモティーフは三連音符を多用して切迫感を誘う。


 4番目の短いモティーフも自然につながっていく。これらの総体が第1主題を構成している、


 第2主題の部分では第2ヴァイオリンに花を持たせている。


第2楽章:ポコ・アダージォ
String Quartet No. 6 in D minor, Op. 16 - Poco adagio

        Stamic Quartet

 モーツァルト世代の作曲家に共通した特徴の優美で典雅なアダージォ。同名調のニ長調、4分の4拍子。全員が弱音器をつける。冒頭の低声部の二音(ド)の長伸音が夜の雰囲気を出している。


 三度のハーモニーを保って第1と第2ヴァイオリンがしっとりしたメロディを歌い上げる。


 その後、第1ヴァイオリンが長伸音でテーマを歌い続ける下で、第2ヴァイオリンが微妙な合いの手の伴奏で従う。ここはイタリア歌劇風の明朗な伴奏音型が現われ出て、むしろそのほうが目立って面白い。合いの手とはソロのメロディの間隙を縫って調子を合わせるやり方で、日本の祭囃子でも「スットコドッコイ」、「エーコリャコリャ」などがあるが、その盛り上げ方には無限の可能性があり、これは人間が合奏するという普遍的な行為に包合されているものだと痛感する。


第3楽章:アレグロ・ディ・モルト
String Quartet No. 6 in D minor, Op. 16 - Allegro di molto

        Stamic Quartet

 ニ短調、4分の2拍子。これも息の短いモティーフを積み重ねた切迫感のあるテーマで始まる。


 次のテーマも哀感に満ちた第1ヴァイオリンによるメロディ。嵐の中をずぶ濡れになって涙を流しながら走る若い女の姿を連想する。


 冒頭のモティーフを発展させて、各声部で応答する動きの他、展開部では三連音符を無窮動のように発展させるパッセージも圧巻だ。

 ハイドンによって確立された古典派の弦楽四重奏曲の4楽章編成は音楽界の主流を占めたが、モーツァルト世代のプレイエルやヴラニツキーには3楽章編成の曲も少なくない。ハイドンに対抗してとまではいかないが、何らかの新機軸を出したいが故に、メヌエット(あるいはスケルツォ)無しの3楽章編成を試みたのではなかろうか?
 

 

*過去の関連記事:
【おいしい曲】P. ヴラニツキー:弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品15-3

【通俗性と親近性】ヴラニツキー:六重奏曲 第6番 二短調



(再々掲)
パウル・ヴラニツキー(Paul Wranitzky, 1756-1808) / (Pavel Vranický) はチェコ東部のモラヴィア出身の作曲家である。20歳の1776年に勉学のためにウィーンに出てきたが、すぐに音楽の世界で生きることになった。名前の表記もドイツ風のヴラニツキー(Wranitzky)に変えた。1783年にはJ.K.クラウス (Joseph Martin Kraus, 1756-1793) がハイドンに会うためにウィーンに逗留した時に、彼から作曲法や対位法の指導を受けたと書かれている。しかしこの2人はモーツァルトも含め、当時27歳の青年たち同士だったので、どれだけの指導になったのかはわからない。モーツァルトもヴラニツキーとはフリーメーソンの盟友で親しい間柄だった。1790年には宮廷劇場の管弦楽団の監督に就任し、終生その地位にあった。ハイドンやベートーヴェンも彼を頼って自作の演奏の指揮を依頼していた。作曲家としても非常に多作家で、オペラ、交響曲、室内楽曲、宗教曲に至るまで膨大な作品を残してそれなりに魅力がありながらも、他の古典派の多くの作曲家たちと同じようにロマン派の時代には急速に忘れられた。

 チェコには現在ヴラニツキーの業績を再評価するためのプロジェクトがあり、作品の演奏やCDの制作、楽譜の出版などの活動を行っている。なお、5歳下の弟のアントン(Anton Wranitzky, 1761-1820)も兄を頼ってウィーンに来て活躍したので、名前の頭文字で区別している。
The Wranitzky Project

 

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Luigi Cherubini : String Quartet No.6 in a minor

 「プルーストのマドレーヌ菓子」ほどの格調高い話ではないが、「下北沢」(東京都世田谷区)という地名が出てくる小説を読んだおかげで、埃だらけの回想の引き出しが開かれて、自分が30代に住んでいたこの地域での思い出が、芋蔓式に次々と脳裏に現われて困るほどになった。これじゃまるで「舌切り雀」の葛籠じゃないか。

 そのうちの一つに休日の診療所でのカルテット会の思い出がある。当時所属していた弦楽合奏団(アマチュア)のメンバーの中に大病院の医科長をしていたK氏がいた。トップ脇を占め、主張する弾きっぷりのヴァイオリン奏者だが、早期退職してこの駅近くに診療所を開いた。私も風邪を引いたときにはお世話になった。その先生からの誘いで、時々休日の診療所内のスペースでのカルテット会に参加した。昔は感染症対策などそれほど気にすることなく、他の内声部のメンバーも先生と同じ年代で、私が一番若輩という構成だった。たぶん近くに住んでいたからかもしれない。教養溢れる紳士たちの集いで見かけは堅苦しかったが、演奏は自由闊達ですこぶる楽しかった。そういえば休憩時間には、電気ポットに入った渋茶と差入れのカステラを食べたっけ・・・


 

 イタリアの古典派後期の作曲家でありながら、名前以上に等閑視されているのはケルビーニ (Luigi Cherubini, 1760~1842) だろうと思う。ベートーヴェンよりも10歳も年上で、フランス大革命直後のパリ音楽院の教授に招かれ、その後院長も務めた。特にフランス語のオペラと宗教曲の作曲で知られ、管弦楽や室内楽は少ない。彼の作風自体が骨太で頑固、甘美さも少なく、地味で辛口な音楽となると、親近感ゼロで振り向く人もいないのが当然かもしれない。彼には弦楽四重奏曲が6曲ある。
 同時代に生きたベートーヴェンの偉大な16曲(+大フーガ)と比べようとしても仕方がないが、ベートーヴェンの場合はその人生の成長と成熟の過程で生み出された果実であり続けたのに対し、ケルビーニはすべてが「老後の余技」で、作品の発表も出版も積極的ではなかったような気がする。要するに書きためて書棚に無造作に積んでいたのでは、という憶測である。以下に作曲年と年齢をあげてみる。

    作曲年  年齢
 第1番 1814  54
 第2番 1829  69
 第3番 1834  74
 第4番 1835  75
 第5番 1825  65
 第6番 1837  77

 しかしながら6曲とも立派な完成品であり、82歳まで長寿を全うした、いかに時代遅れの老人の作品であろうと、弦楽四重奏曲の歴史的遺産として演奏が引き継がれ、愛聴されてしかるべきではないだろうか。歴史的な名盤とされるメロス四重奏団(Melos SQ) はパイオニア的存在だったが、その後当人の名前を冠したケルビーニQ、そしてサヴィーニオQ、ハウスミュージック・ロンドンなど優れた全曲盤が出てきたのは頼もしい。



 最後の第6番の曲は古典派後期の無味乾燥さにロマン派の感興を盛り込もうとした形跡がうかがえる佳品ではないかと思う。

 楽譜は IMSLP にオイレンブルク(Eulenburg)社版のスコアが参照できる。
String Quartet No.6 (Cherubini, Luigi)


第1楽章:アレグロ・モデラート
String Quartet No. 6 in A Minor: I. Allegro moderato

         Hausmusik London

 冒頭は、どこか恨みがましい気持の混じったテーマが第1ヴァイオリンで奏でられる。


 逆にそれに続くモティーフには2拍目の音を強調したり、次の小節の3拍目で切ったりして、決然とした意志を示している。全体奏での付点のリズムも強い。


 第2主題部はホ長調に転じる。ここでも2拍目の音の強調でテーマが奏でられるが、表情は柔かい。伴奏部の装飾がどこかイタリア風に聞こえる。


第2楽章:アンダンティーノ・グラツィオーゾ
String Quartet No. 6 in A Minor: II. Andantino grazioso

       Hausmusik London

 ゆるやかな間奏曲風の4分の2拍子。付点音符の揺れ動きがヘ長調とニ短調のあいだをさまよう。


 中間部のテーマも優しい。


第3楽章:スケルツォ、アレグロ
Cherubini: String Quartet In A Minor (1837) - 3. Scherzo: Allegro

        Melos Quartett

 古典的なスケルツォに勢いと安心感がある。4分の3拍子の6つの音符を2等分した変拍子もどこか懐かしい。


 中間部は変イ長調に転じて、少しおどけた調子になる。


第4楽章:フィナーレ、アレグロ・アフェトゥオーゾ
String Quartet No. 6 in A Minor: IV. Finale. Allegro affettuoso

        Quartetto Savinio

 冒頭の狂乱はちょっと人を驚かせる。「こんな曲書いた人って誰だっけ?」とつぶやくほど印象的だ。最初のテーマには小節の2拍目にアクセントを強調した伸ばしの特徴がある。次に続く第1ヴァイオリンの静かな語りにもこの2拍目の伸ばしのクセが伝染している。


 次の展開部ではチェロの動きが全体を主導する。特に1拍目の裏から2拍目にかけて弾むようなリズムに特性がある。ヴァイオリン2人がそれに触発されて反応するがそれは木霊に過ぎない。


 全パートをもっての熱狂がそれに続くが、冒頭のモティーフを見失うことはない。
 その後、第1楽章、第2楽章、第3楽章のサワリを回想する。まるでベートーヴェンの第九交響曲と同じやり方だが、当時の一つの流行だったかもしれない。このケルビーニの曲の完成度も高いような気がする。

 

 

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Danzi : Bassoon Quartet in B♭major, Op.40 No.3

 埋葬された棺の中で目を覚ました男の話というのは、明治期の翻訳小説で度々読んだような気がする。
 それと似た状況は手術直後の麻酔から覚めた時だと思った。酸素マスクが口に当てられ、胸には心電図の細かな電極が貼られ、一方の腕には点滴が付けられ、もう一方の腕に巻いた血圧計が時折空気を膨らませる。下には導尿管が施されていて、結果的に仰向けに寝ているしか身体が動かせないのだ。生きていてただ呼吸するしかない状態。これが手術直後のケアなのだが、経過が安定すれば取り外してもらえるハズだと思いながら、浅い眠りから覚めるごとに「何も身動きできない」という苦しさを感じ続けていた。

 

 この状態が果てしなく続くようなら、あの世に行った方がはるかに楽だろうと誰でも思うだろうと痛感した。今回は軽い手術ということで、夜が明けると(正確には何時だったか不明のまま)点滴以外の拘束装置をすべて外されて、ヨロヨロ歩きながら自分のベッドに戻った。しばらくは何もできそうになかったので、おとなしく横になっていた。音楽だけは聞けたのが嬉しかった。一番感動したのは、人の声に近いファゴット入りの室内楽だった。直前まで、呼吸するしか何もできない状態だったこともあって、呼気を美しい音楽に結びつける管楽器、しかも人声に近いファゴットが心に沁みた気がした。

 先般「フランスのモーツァルト」と呼ばれたドヴィエンヌのファゴット四重奏曲を紹介したが、ほぼ同時期にウィーンではフランツ・ダンツィ(Franz Danzi, 1763~1826) が活躍しており、モーツァルト世代の優美な作風に加えて、ベートーヴェン世代を予見させる力強い表現力をもった曲を書いていた。特に管楽器の用法が得意だったようで、管楽五重奏も多く、モーツァルトが書かなかったファゴット四重奏曲も3曲残していて、重宝されている。

 

 

 楽譜は、ムジカ・ララ社(Musica Rara)版のスコア&パート譜をブライトコップ社で販売している。他に SCRIBD という有料DLが基本のサイトでお試しの無料閲覧ができる。

SCRIBD - Danzi Quartet PDF
https://www.scribd.com/document/392369035/danzi-quartet-pdf



第1楽章:アレグロ・モデラート
Bassoon Quartet in B-Flat Major, Op. 40 No. 3: I. Allegro moderato

    Mauro Monguzzi(Fg), Maestri(Vn), Anjos(Va), Riccardi(Vc)


 冒頭の3つの音(音階でド↗ミ↘ソ)が弦楽のユニゾンで提示される。これがこの楽章の基本動機となっている。アウフタクトではずみをつけたファゴットが最初のテーマを伸びやかに奏する。


 それに続いて1小節ずつ畳みかけるようなファゴットのメロディとそれに合わせた弦楽の和声が続く。これはごく自然で気に留まらずに流れていく。


 しかしそれが第2主題としてファゴットから現われる時は、小節の半ばの2拍目の裏から次の小節の頭にかけてリズムがズレて出てくるだけで、まったく異質の新鮮味が感じられてくる。これはチェロの伸ばし音とともに印象に残る。


第2楽章:ラルゲット・ノン・トロッポ
Quartet in B-Flat Major, Op. 40, No. 3: II. Larghetto non troppo

        Island Ensemble

 ヘ長調、8分の6拍子。ファゴットのソロでのどかな情景が描かれる。耳に心地よい。ヴァイオリンとヴィオラは分散和音で伴奏する。


 中間部になると短調じみた悲哀が混じり、ファゴットとヴァイオリンが歌い交わす。ヴィオラはアルペジオで合わせる。


第3楽章:メヌエット、アレグレット
Quartet for Bassoon and String trio No. 3 in B flat major, Op. 40 - Minuetto - Allegretto

        Jiří Formáček(Fg),  Smetana Quartet

 古典派のお手本通りのメヌエット。ヴァイオリンがテーマを奏でるが、ファゴットは後半にようやく仲間に入り8分音符の刻みを吹く。


 中間部のトリオはファゴットの出番で軽い身のこなしの踊りを思わせる。


第4楽章:アレグレット
Danzi: Quartet in B flat, Op. 40, No. 3 for Bassoon and String Trio - IV: Allegretto

         Daniel Smith(Fg), Coull Quartet

 自由なロンド形式のように思える。ここでも4分の2拍子の裏の2拍目からテーマが始まる。


 次のテーマも2拍目からつながる。ヴァイオリンが主導する。
 

 3番目のテーマはファゴットが引き継ぐ。自由な展開でリレーのように繋いでいくのは見事な出来だと思う。


※参考過去記事:
【気高い茫洋の魅力】ドヴィエンヌ:ファゴット四重奏曲 ハ長調 作品73の1
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12872092605.html

【亜流の妙】ダンツィ:フルート四重奏曲 二短調 作品56の2
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12697788521.html

 

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Vanhal : Flute Quartet in G-major, Op.7 No.3

 フルート族の人々とは(当然アマチュアの世界なのだが)その楽器人口の多さゆえか、何らかの交流があった方々とはほんのりとした良好な関係を思い出として持っている。楽器のもつ性格からなのか、さっぱりした好人物が男女を問わず多かった。
 室内楽の会に入って間もない頃のことだったが、顔見知りのいない新入会員向けの合奏会が月一回、2部屋で催されていたので参加した。一方の部屋では基本的な弦楽アンサンブル、セレナードなどを各パート複数人で合わせていた。もう一方は「フルート小屋」と呼ばれ、いつも5~6人のフルート奏者たちが入れ替わりながらバロックの曲などを合わせていた。当然ながら通奏低音役のピアノ奏者と、時には物好きなチェロ奏者が入って合奏を楽しんでいた。「小屋」と呼んだのは、鳥のさえずりで動物園の「鳥舎」を連想したからだろう。ヘボなチェロ奏きの私でも温かく歓待されると、弦楽合奏をそっちのけで「小屋」に入り浸る方になってしまった。
 

 

 フルート奏者のレパートリーと言えば、室内楽としてはバロックの曲の他にはモーツァルトのフルート四重奏曲がメインで、その時には弦楽の部屋からヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが呼び出される。さすがに毎回モーツァルトと言うと飽きられるので、その先輩格のクリスチャン・バッハやヴァンハル、チマローザなども取り上げられるようになった。いずれも曲の造りが簡素で、あまり独奏フルートが幅を利かせることもなく、往時の個人の邸宅での快適な楽興の時を過ごすための作品だったように思う。

 ヴァンハル (Johann Baptist Vanhal / Jan Křtitel Vaňhal, 1739~1813) はモーツァルトのフルート四重奏曲よりも6年前にすでに6曲のフルート四重奏曲集作品7を出版していた。1771年、パリのシーベル(Sieber) 社のもので、フルート(またはオーボエ)と弦楽三重奏のための「協奏的四重奏曲」(Quartetto Concertante) というタイトルで、各楽器が交互に活躍する。

 楽譜は IMSLP に初版当時の手書きによるパート譜が全曲収容されている。
6 Quartets, Op.7 (Vanhal, Johann Baptist)
出版社情報    Paris: Sieber, 1771.
 第3番ト長調に関しては、ノーテンシュライバー(Notenschreiber= Music writer)という人が作譜ソフトを使って浄書したスコアとパート譜を参照できて非常に見やすい。


第1楽章:アレグロ・モデラート
I. Allegro moderato

      Uwe Grodd(fl)  Janaki Trio

 アウフタクトで勢いをつけた明快なテーマがフルートから歌い出される。ここではヴィオラがメロディの下支えをしている。


 この曲に最初に「薄化粧」という印象を持ったのは、フルートにせわしない細かなパッセージがあまり出てこないからだった。ここではヴァイオリンとヴィオラがオクターヴのユニゾンで、特に3拍目からの音の伸ばしが特異なクセに聞こえて面白い。その間、フルートは高音の伸ばしで合わせ、まるで眉墨を薄く描いているような効果を出している。


 次のフルートのテーマでもオクターヴ下をヴァイオリンが同音でなぞるように支えてくれるので、主役のフルートは安心して高音を響かすことができる。


第2楽章:アダージォ
II. Adagio

       Uwe Grodd(fl)  Janaki Trio

 ヴァイオリンが奏でるテーマは、譜面を見ないで聞いていると弱起の曲には聞こえず、1拍の字余りのように感じる。これは冒頭の4音の8分音符がつながって聞こえるためだ。ここはヴァイオリン主体の優美なメロディが続く。


 それはやがてフルートにバトンが受け渡されて、ゆったりとした天国的なテーマが続く。


第3楽章:メヌエット
III. Menuetto

       Uwe Grodd(fl)  Janaki Trio


 このメヌエット楽章でも弦楽三重奏がアンサンブルの重心を占めていて、フルートの負担を軽くしていることがわかる。最初のテーマはヴァイオリンとヴィオラで導かれ、フルートの高音が色を添える。


 中間部のトリオでは、ハ長調に転じるのでヴィオラのテーマがメインとなり、その3度上をフルートがなぞる。これも薄化粧のようだ。ヴァイオリンは細かな装飾を付けている。

 


第4楽章:アレグロ
IV. Allegro

       Uwe Grodd(fl)  Janaki Trio

 


 短いモティーフが次々に現われ、個々のパートで分奏したり、奏和したりする。全体的に歯切れがいい。


 次のテーマもヴァイオリンのオクターヴ下での支えの上にフルートがのびやかに高音を響かせる。


※参考過去記事
1)古典派フルート四重奏曲38選(一人一曲)

2)ヴァンハル:フルート四重奏曲 変ロ長調 作品7の2

3)【まっすぐな音】ヴァンハル:オーボエ四重奏曲 ハ長調 作品7の6
 

 

 

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Gyrowetz : Dritte Nachtmusik G-dur, Op.26

 昔は中途半端が嫌いだったはずだ。年老いてきて、若い頃とは違った行動の癖が出てきた。それは日々の何事も中途半端で終えようとする習性だ。例えば読んでいる本でも、切りのいい章の終りでなく、次の章の始めを少しかじってから本を閉じる。調べものや作表でもその日のやり残しをわざと作っておく。切りがいいと、まるでそこで人生に区切りがしやすかったかのように思われるのがいやで、常に「明日へ継続する必要があるから」ということを望もうとするのだ。それは睡眠中に訪れる死神の使者に対するささやかな言い訳なのかもしれない。「いやその~、戸棚に食いかけの饅頭があるんで・・・」と言うと落語の前座じみた話になってしまうが・・・

 

 ひと昔前まではCDで聴く機会があったのだが、音楽配信時代になってなぜかYoutube には取り込まれ損なった曲も少なくない。古典派のフルート入りの室内楽曲集をディーター・フルーリ(Dieter Flury)が録音したものもその一つだ。アダルベルト・ギロヴェッツ(Adalbert Gyrowetz, 1763~1850) はモーツァルトよりも7歳年下のボヘミア出身の作曲家だが、曲作りのセンスがモーツァルトに似ていたので、出版社から(故意か過失か)贋作じみた売り方をされたこともある。古典派時代には貴族や宮廷の夜会やパーティで演奏されたノットゥルノ、セレナード、ディヴェルティメントなどは、様々な編成で作られたが、ギロヴェッツの場合は、フルート四重奏曲(Fl, Vn, Va, Vc) のために作られたものも多い。

 ここに取り上げた「ドリッテ・ナハトムジーク」(Dritte Nachtmusik) は直訳すれば「3番目の夜の音楽」となる。普通に言えば「ノットゥルノ第3番」、夜会のための多楽章の曲、つまりBGMの一種だったのだ。出版社のドイツ語表記の「ドリッテ・ナハトムジーク」がなぜか定着して、今でもそのままの呼称で(少なくとも世界中のフルート奏者たちの間では)覚えられるようになっている。(モーツァルトのK.525 の超有名なセレナードもドイツ語表記の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と呼ばれているのと同じ)

楽譜は IMSLP に終戦直後のライプチヒのツィンマーマン(Zimmermann)社のパート譜が収容されている。
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik G-dur, Op.26
出版社情報    Leipzig: Zimmermann, n.d. Plate Z. 1356.

 この曲が親近感を覚えるのは、第3楽章がベートーヴェンの初期の秀作「街の歌」とまったく同じテーマでの変奏曲になっているからだ。この「街の歌」(Gassenhauer) とは「はやり歌」「流行歌」「ヒット曲」の意味で、当時街角で盛んに人々が口ずさんだと言うのだが、元歌はジョゼフ・ヴァイグル(Joseph Weigl, 1766~1846) が作った伊語オペラ「船乗りの恋」の中のアリア(三重唱)「仕事の前に」(Pria ch’io l’impegno) である。

L'amor marinaro ossia Il corsaro: Pria ch'io l'impegno magistral prenda
 (arr. for voice and fortepiano)

 

 当時ギロヴェッツは30代半ばで中堅の作曲家としてウィーンで活動していた。7歳年下のベートーヴェンも新進の作曲家として、クラリネット奏者のベーアのためにこの曲を書いた。この後者の方が現代では有名になっているが、ギロヴェッツがフルートのために書いたのも元歌が流行していた同じ1798年頃と思われる。同じ曲をギロヴェッツがピアノ三重奏(Pf, Vn, Vc) 向けに編曲したデイヴェルティメント(Divertissement, Op.36)も出版されている。


第1楽章:アダージォ~アレグロ
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik (Notturno No.3) G-dur, Op.26  I_Adagio - Allegro

    Dieter Flury(Fl), Vienna Philharmonia Trio

 のどかな雰囲気の序奏から始まる。



 伸びやかなフルートのメロディにヴァイオリンとヴィオラが細かな伴奏句で合わせる。どこかにモーツァルトの表現様式の面影を感じる。


 主部のアレグロはどこかおどけた所のある陽気なテーマがフルートで現われる。


 続く新しいテーマも弦部と一緒になって歌う快活さがある。


第2楽章:メヌエット
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik (Notturno No.3) G-dur, Op.26  II_Menuetto

   Dieter Flury(Fl), Vienna Philharmonia Trio

 次のメヌエット楽章もフルートが主体となってテーマを奏でる。


 中間部のトリオでは、鳥のさえずりを真似たような飛躍のある音程でフルートが歌うのに特徴がある。こうしたBGM用の曲であるノットゥルノでも演奏する当人たちも結構楽しんでいる。反復が多いのも、飽きられてもその時間は自分たちのものなので、それほど苦にはならないのだ。


第3楽章:ラルゲット~アレグレット・コン・ヴァリアツィオーニ
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik (Notturno No.3) G-dur, Op.26  III_Larghetto - Allegretto con variazioni

   Dieter Flury(Fl), Vienna Philharmonia Trio


 全体はニ長調。冒頭の序奏部分は8分の6拍子でしっとりした雰囲気をもたらす。


 いきなりアウフタクトの3音から「街の歌」のテーマが飛び出す瞬間は、例えばコンサート会場で旧友にばったり出会った時のような嬉しさと懐かしさを感じる。「あなたはここにも来てたんですか!」という感じだ。


 第1変奏はフルート。テーマに3連音符の装飾を施す。


 第2変奏はヴィオラの出番。結構細かい動きだが、頑張って仕事している感じ。


 第3変奏は再びフルートに戻る。この楽器特有の飛躍音を多用するパッセージが続く。


 第4変奏はニ短調に転じて、チェロによる悲痛で味わい深いメロディが奏でられる。当たっているかどうかはわからないが、「旋律的短音階」という響きに近い節回しにも思える。(このあと第8変奏とコーダまで続くが言及は省略する)


第4楽章:ポラッカ
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik (Notturno No.3) G-dur, Op.26  IV Polacca

  Dieter Flury(Fl), Vienna Philharmonia Trio
 この楽章の表記「ポラッカ」はイタリア語で「ポーランド風」の意味で、いわゆる「ポロネーズ」(フランス語)として、古典派後期からロマン派の時代に楽曲の一様式として盛んに用いられた。3拍子のリズムの1拍目のウラに

のように変則的な動きが入るのに特徴がある。

 冒頭のフルートのテーマも古典派後期の典型的なポラッカで魅力がある。


 踊りの展開に合わせて弦楽もオクターヴで動きを合わせるのも楽しい。


 中間部では曲調がト短調に転じて、ヴァイオリンが哀調のこもったテーマを奏でる。そこでもポラッカ風に1拍目のウラからシンコペーションで動いたりする。


第5楽章:アレグレット
Gyrowetz : Dritte Nachtmusik (Notturno No.3) G-dur, Op.26  V Allegretto

   Dieter Flury(Fl), Vienna Philharmonia Trio


 フィナーレのト長調4分の2拍子で快調なロンド主題が始まる。


 ここでもフルートが主役で、次々と新しいテーマを打ち出す。


 中間部ではト短調に転じて、重厚なアンサンブルが展開される。




※参考過去記事:

【街の歌】ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第4番 変ロ長調 作品11


ギロヴェッツ:フルート四重奏曲 ニ長調 作品11の1


 

 

 

 

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Dittersdorf : String Quintet No.3 in C-major

 ふとした事で緊急入院することとなった。盲腸なんて大した手術じゃないはずなのだが、老体であることから意外と手間取って、合併症のチェックや体質改善のための日数がかかった。一番困ったのは、いきなりPC環境の貧弱な場所に置かれて、借り物のタブレットだけでぼんやりと世界を傍観するしかないことだった。夜間に目が覚めて「もしこのまま元に戻れないで世を去ることになったら」という不安にも駆られたが、手元のノートに手書きで「言い残したこと」を項目別に書きつけただけで気持が軽くなった。


 

 入院中もそれほど音楽三昧にはならなかった。たまたまカバンに入れていた旧式のウォークマンに入っていた10数曲を繰り返して聴いているうちに耳慣れというか、有名曲並みの親しみやすさが出てきたものも少なくなかった。もはや愛聴曲に入ったかもしれない。
 ディッタースドルフ(Carl Ditters von Dittersdorf, 1739~1799)の弦楽五重奏は3曲ほどCD化されていたが、これまで自分で演奏したことはない。ボッケリーニと同じチェロ2本なので、演奏機会が作りにくいのだが、知人のチェロ奏者(もちろんアマチュア)F氏によれば、明快な旋律の奏きやすさがあり、技巧的にもそれほど難易度は高くないと聞いていた。

 楽譜はIMSLPに戦後ライプチヒのプロムジカ(Pro Musica)社版のパート譜が収容されている。
String Quintet in C major, Kr.187 (Dittersdorf, Carl Ditters von)



第1楽章:アレグロ・モルト
Karl Ditters vo Dittersdorf ( 1739 - 1799 ) : String Quintet No.3 C Major

     Kubin Quartet, Jiri Hosek(vc)

 冒頭の第1ヴァイオリンによるテーマの耳慣れた動きに親しみを感じた。誰もが知ってる小品の「ゴセックのガヴォット」なのだが、その音の運びが偶然の一致なのか、その単純さゆえなのか、ここでも遭遇して耳を楽しませてくれた。

 

Gossec's Gavotte

 ゴセックの作品はオペラ「ロジーヌ」の一部で1786年に初演。ディッタースドルフの方は1789年頃に出版されたという。有名な「ガヴォット」と言えどもきちんと演奏するには心の引きしめが大事だ。参考に西崎崇子の演奏を貼り付ける。

Gavotte in D Major, "Rosine" (arr. for violin and piano)

Takako Nishizaki 西崎崇子(vn), Terence Dennis(pf)


 ソナタ形式の第1主題では第1ヴァイオリンが活躍し、協奏曲風に派手に立ち回る。


 それに代わって第2主題では第1チェロが落ち着いた渋い旋律を歌う。


第2楽章:アンダンテ・コン・モート
String Quintet No. 3 in C Major: II. Andante con moto

     Franz Schubert Quartet, Julius Berger(vc) 

 ヘ長調、4分の2拍子の変奏曲形式。主題は至ってハイドン風の規則正しい歩み(まさにハイドンの「時計」のような)が第1ヴァイオリンと第1チェロのユニゾンで語られる。ディッタースドルフの同時代性を感じる。


 第Ⅰ変奏も当時の変奏曲の定石通りの、基音に細かい音符の装飾を施した第1ヴァイオリンのパッセージが続く。


 第2変奏は第1チェロによるメロディックな歌になる。古典派の変奏曲楽章では、例えばハイドンの「皇帝」でのように各パートに出番を順繰りに回して歌わせることが多いが、ここでのディッタースドルフは軽めな展開に収めている。(第3変奏の譜例は省略)


第4変奏にはカノン風と題されているが、第1ヴァイオリンと第1チェロのエコーを交換するような音型の反復に終始している。


第3楽章:フィナーレ、アルマンド
String Quintet No. 3 in C Major: III. Finale. Allemande

      Franz Schubert Quartet, Julius Berger(vc) 

 フィナーレは珍しく8分の3拍子の舞曲アルマンドが使われている。アルマンド(Allemande) はフランス語でドイツ風のという意味で、やや骨太に聞こえる。


 中間部はヘ長調に転じて、第1チェロによるしなやかなテーマが歌われる。全体的にアンサンブルの構成は単純で、貴族やブルジョアの邸宅での合奏用に供された曲であるような気がする。

 

 

*関連過去記事:

【明日があるさ】ディッタースドルフ:弦楽四重奏曲 第4番 ハ長調
Dittersdorf : String Quartet No.4 in C-major


 

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Georg Druschetzky (Jiří Družecký) - Oboe Quartet in g-minor

 一年の中で落葉の季節は決して短くなかったということ。ある時を境に植物の成長活動は止まり、夏の間に繫茂させた緑葉を枯らして落として行く。落葉樹の中には、気前良くさっさと丸裸になる木もあれば、枯葉をしぶとく引き留めて一枚一枚とハラハラゆっくり散らして行く木があって、中には枯葉をつけたまま春まで居残る樹木もあるが、返って見苦しい感じがする。

 それは人間が生きて働いて蓄え、築いてきた評価、地位、蓄財を少しずつ消費もしくは断捨離していく老後と似ている。国が試算したという老後の必要資金2千万円はいつまでどのように費消されるのか? 平均寿命に至った時が残高ゼロを意味するだろうか?

 地面に落ちた枯葉は積み重なり、砕かれて粉々になり、やがて土に返って行く。木の幹にとどまった枯葉がすべて無くなるときが、自分の人生の最期なのだという思いと通じるのだが、ただし人間の場合はそれがしぶとくも細々と何年も続くというのが老後なのだろう。寒い空っ風の季節がめぐってくるたびに「今年は越せるだろうか?」と不安げに自分の身体に残った枯葉の様を眺める日々でもある。やはり老人は散っていく定めなのだけれど未練は尽きない。

 

 ゲオルク・ドルシェツキー(Georg Druschetzky - Jiří Družecký, 1745~1819) はチェコ出身で、若くして軍楽隊の優れた太鼓手、およびオーボエ奏者として重用され、その後指揮者となった。また古典派中期の作曲家としてハプスブルク家の貴族に仕え、晩年はハンガリーを中心に活躍した。管楽器のための数多くの合奏曲(パルティータ)をはじめ、オーボエやティンパニのための協奏曲、オペラ、バレエ、交響曲も少なくない。室内楽としては得意なオーボエのための四重奏曲が数曲知られている。オーボエ四重奏曲は(モーツァルトは1曲しか作っておらず)、同時代の曲としては貴重なレパートリーとなっている。
 

 

楽譜はハンガリーのムジカ・リナータ版(Musica Rinata, Budapest)でKMSA室内楽譜面倉庫にパート譜が収容されている。
Druschetzky - Oboe Quartet g-moll

 

 

第1楽章:アダージォ~アレグロ
Oboe Quartet No. 4 in G Minor: I. Adagio - Allegro

        Grundmann-Quartett
 

 序奏部は荘重なト短調。イタリアの古典劇的な感情の高まりを予見させる。


 主部に入ってもキビキビした快い緊張感が持続している。オーボエという楽器の直線的な音と書かれた音符とが一体的に響きの魅力になっている。


 第二主題は平行調の変ロ長調の優しい響きがする。


第2楽章:アンダンテ
Druschetzky Oboenquartett in g, Andante

Salon Družecký / Ana Inés Feola(ob), Gostyński(vn), Kriechbaum(va), Keller(vc)
 

 この曲が印象に残る理由としては、この楽章で「バッハ主題」が用いられていることが大きい。「バッハ」の音とは B A C H のドイツ語音階標記、言い換えれば シ♭B♭、ラA、ドC、シB の音の組み合わせを主題としたものである。古典派時代の人々にとって大バッハはそれほど大昔の人ではなかった。その没年は1750年なので、例えばこのドルシェツキーの幼少期にはバッハはまだ存命だったことになるし、バッハの息子たちも各地で第一線で活躍していた頃に当たる。
「バッハ主題」を取り入れた作曲家は非常な数に上るそうだが、この曲を作ったドルシェツキーも何らかの敬意を表する意図があったのだろうと思われる。


 この楽章は変奏曲形式で、主題と変奏曲から成り立つ。譜例にある通り、オーボエやチェロに「バッハ主題」が現れるが、時には逆順の「HCAB」も隠れているのも面白い。(これはハンガリー版のパート譜に明記されていたのでわかった)


 変奏部は特にオーボエの巧みなメロディが心に残る。


 主題が主題だけに、どこかポリフォニックな前時代的な響きに聞こえる個所も多い。


 モーツァルト風にト短調の感情の高まりがあふれ出る個所もある。

*参考:Wikipedia BACH主題


第3楽章:アレグロ
Oboe Quartet in G minor (g-moll oboanégyes) : III. Allegro

Lajos Lencsés(ob), Z.Szefcsik(vn), Á.Csoma(va), B.Maróth(vc)


 強奏のユニゾンでフィナーレ主題が登場する。テーマが耳に馴染みやすい。


 短いモティーフがメドレーのように次々と現われる。チェロの低声の激しい動きも力強さを感じる。


 中間部ではオーボエが一小節ごとに半音階で下降し、その後上昇する動きを見せるが、弦パートはその半音階に合わせながら和声を移して行くという見事なパッセージを展開する。それはその後チェロの倍速の半音階移動によってさらに盛り上がる。ドルシェツキーの作曲センスがいい形で表出したように思う。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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