室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

J. M. Kraus : String Quartet in B♭- major, Op.1 No.2  VB181

 人は日々新鮮な刺激に直面するとその印象をどのように整理するかで知識や経験を積み重ねて行く。広く言えば認識論になるのだろうか。物事を分類もしくは区分けすることは、動植物学者が種目や科目に分けるのと似ている。
 クラシック音楽に対しても同じやり方で、時代軸、潮流 流派、民族性などのレッテル(今はラベルと言う方が多いのか)をつけて、頭の中に並んでいる引き出しの座標軸のどこかに収納しようとする。単に仕分けができたというだけでそれを理解したと思い込んでしまう人間の感覚も不思議だなとつくづく思う。しかも、その分類で頭を片づけないと、次の新規の対象物には注意を向けることが出来ないのだ。
 

 

 音楽の分類上便利なレッテルに「〇〇のモーツァルト」というのがある。モーツァルトのような優美な曲を書いた作曲家ということだが、例えば「スペインのモーツァルト」はアリアーガ、「フランスのモーツァルト」はドヴィエンヌ、「黒いモーツァルト」もフランスのサン=ジョルジュ、そして「北欧のモーツァルト」はヨーゼフ・マルティン・クラウス (Joseph Martin Kraus, 1756~1792) を指している。いずれもモーツァルトとほぼ同世代なのだが、特にクラウスはモーツァルトと同年生まれ、没年はモーツァルトの死の翌年という近似ぶりだ。しかし広い意味での作風の同時代性はあるものの、同い年のモーツァルトから影響を受けることはほとんどなかったと思う。
 クラウスはドイツ中部出身で、音楽家としてスウェーデン王室に雇われ、式典音楽や歌劇、交響曲を書いた。1783年にウィーンへ旅行し、尊敬するハイドンに会い、交響曲を献呈した。その機会に弦楽四重奏曲6曲セットを作品1としてベルリンのフンメル社から出版した。これも彼の代表作の一つとされるが、モーツァルトが有名な弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」を発表する1年前だった。
 ここで今回取り上げた作品1の2の変ロ長調の弦楽四重奏曲には「ヴィオラのカルテット」(Bratchen Quartett) という渾名がついている。その第2楽章はヴィオラのために書かれた魅力的なソロで終始する。ハイドンの様式では緩抒楽章は第1ヴァイオリンが主役と決まっていたのだが、ここではクラウスの趣向が成功している。ヴァイオリンよりも中音域を得意とするヴィオラに中高音のメロディを奏かせて陰影のある響きを引き出せたのである。

 

楽譜は、KMSA-室内楽譜面倉庫に独カルス Carus 版のパート譜を参照できる。
Kraus_Joseph_Martin  SQ B-dur_ Op.1-2 (Bratschen)
初出版:1783-84 - Berlin: J.J. Hummel, Plate 561


第1楽章:アレグロ・モデラート
J. M. Kraus - VB 181 - String Quartet Op 1 No. 2 in B flat major

       Joseph Martin Kraus Quartett

 あまり自己主張しないあっさりしたテーマが第1ヴァイオリンを中心に登場する。第1拍目の音を強調する前打音装飾風の語り口は当時の流行と思われ、モーツァルトに影響を与えたマンハイム楽派で盛んに用いられていたようにも思える。クラウスが育ったのも中部ドイツである。


 クラウスの曲の構成は厳密なソナタ形式ではなく、最初のテーマを少しずつ発展させて変化していく自由さが見られる。続くパッセージでも前打音装飾が織り込まれる。


 一般的には性格の異なる第2主題になるはずだが、クラウスの場合は不明瞭ながらも発展的な変容で聴く者をひきつける。こういう所に彼の個性というかクセというか、他の作曲家には見られない独特の味わいが感じられる。


第2楽章:ラルゴ
Kraus: String Quartet in B-Flat Major, VB 181 - II. Largo

             Salagon Quartett

 この曲の中心をなす楽章。4分の4拍子で記譜されているが、ゆったりとした8拍子カウント。♩=45 くらいが心地よい。最初から最後までヴィオラがソロで歌う。第1第2ヴァイオリンとも伴奏に徹して、ヴィオラよりも低い音域で合わせている。
 ヴィオラは普通は音部記号がハ音記号なのだが、この楽章ではヴァイオリンと同じト音記号表記になっている。ヴァイオリンでなら何の変哲もないパッセージがヴィオラでは(高音のE線がないので)弾きにくくなる。それさえ克服すればこの味わい深い歌が何とも言えない魅力を放って聞こえてくるのだ。ここでも第1拍目の音を強調する前打音装飾風の語り口が出てくる。


 中間部でただ一カ所、ヴィオラがひと息休んで、第1ヴァイオリンの伴奏句が目だって聞こえる所がある。その伴奏句と言えども印象的で、次に出てくるヴィオラのメロディを引き立ててくれる。


 ヴィオラがソ↗ソとオクターヴで高音に上がる個所も楽器としては苦しいのだが、それが「悲痛さの表情」と感じ取れるのが興味深い。


第3楽章:アレグレット
String Quartet in B-Flat Major, Op. 1, No. 2, VB 181: III. Allegretto

        Lysell String Quartet

 普通のフィナーレ楽章のように第1ヴァイオリン主導に戻り、軽快なテーマが登場する。


 諧謔味のあるフォルテのユニゾンの動きも面白い。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Hoffmeister : Flute Quartet in c-minor, Op.16 No.2
 
 日々の散歩コースの一つに緑道を抜けてコミュニティ・センターまで歩き、そこで小休止して帰ってくるのがある。休息できるスペースにはあまり利用者も多くなく快適なのだが、一つだけ気になるのはそこで流れているBGMである。通例当たり障りのない曲が選ばれるが、ここでは超名曲たちの選集で、あまり連日通うとそれらの名曲に「辟易」してしまうのだ。「曲を聴く」という行動は、名曲であろうと珍曲であろうと、心では「どこかに新鮮味」を感じながら聴きたいと思う曲を味わうことなのだ。無闇な繰り返しは毒気になる。耳に入ってくる曲を気にし過ぎる自分も悪いのかもしれないが、気にしないふりをするのも結構難しいものだ。
 

 

 かなり前に「古典派フルート四重奏曲38選(一人一曲)」を書いたことがある。室内楽をする仲間内でも人気のあるジャンルだが、書いたのはモーツァルト一極集中の傾向をなんとか分散したかったからでもあった。フルート四重奏曲は古典派時代に流行し、多くの作曲家が作品を出版していたのだが、モーツァルト以外はそれらの楽譜類は図書館や書庫の棚に無造作に放置され、忘れ去られて二百年になる。ようやく21世紀に入って再発見、再評価される曲が出てくるようになったのは嬉しい。

*関連記事:
古典派フルート四重奏曲38選(一人一曲) 
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12616010830.html

 モーツァルトの友人だったホフマイスター(Franz Anton Hoffmeister, 1754~1812) も非常に多くのフルート四重奏曲、その他の室内楽曲を残している。自分で楽譜出版社を立ち上げ、自作をはじめ、モーツァルトの作品も出版したが、当時は作品番号の管理もいい加減で、版元が違うと番号も勝手に付与してしまったので、重複や飛び番が当たり前だった。
 ここに取り上げた作品16の2は、モーツァルトが作らなかった「短調仕立て」の曲で注目に値する。10年ほど前にyoutube にイスラエル・フィルのフルート奏者だったショハムが仲間たちとこの曲をUpしたのが最初で、それ以来このハ短調の曲は少しずつ演奏機会が広がっているように思う。


 

楽譜は独ハインリヒスホーフェン社 Heinrichshofenからきれいな印刷譜が出ているが、下記のKMSA室内楽譜面倉庫でも参照できる。
Hoffmeister - Flute Quartet c-moll_Op.16-2



第1楽章:アレグロ
Franz Anton Hoffmeister - Flute Quartet in C minor - 

            Cuarteto FIMA

 冒頭から嵐を思わせるハ短調の荒々しい骨太のテーマがフルートによって提示される。非常に印象的だ。



 第二主題は変ホ長調でなごやかなテーマになるが、フルートの高低音を飛び跳ねる勢いは持続している。


第2楽章:アンダンテ
Flute Quartet in C Minor, H. 5929 No. 4: II. Andante (Live)

 Boris Bizjak(fl), J-A.Richardson(vn), L.Trotovšek(va), T.Nagata(vc)

 ハ長調、4分の3拍子。穏やかなのどかさに満ちている。


 中間部では弦楽部でやや不穏な動きを見せるが、すぐに回復する。


第3楽章:アレグロ・ノン・モルト
Flute Quartet in C minor, Op.16 No. 2: Allegro non molto

The Galeazzi Ensemble
L.Holliday(fl), R.Wade(vn), V.Guiffray(va), G.Deats(vc)

ハ短調、4分の2拍子。ここでも高低音の飛躍のある動きがフルートで奏でられる。変奏曲風に次々とテーマが変化していく。


途中で一時ハ長調に転じて、のどかなテーマをヴァイオリンとオクターヴで奏でる個所もある。


またハ短調に戻り、フーガ風のモティーフに変容する。


終盤には疾走感のある弦の刻みの上をフルートが憂いを秘めたメロディで歌う。これらの多様性は聴いていて快い。
 

 

 

 

 

 

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Salomon Jadassohn : Piano Trio No.1 in F-major, Op.16   

 今まで無料でクラウド・ストレージを利用していたのが、急に「容量制限オーバーです。追加購入してください。」というメッセージが頻繁に出るようになった。調べてみると何年か前までは、プロモーションと称して基本の3倍の15GBまで使えていた容量をいつの間にか基本レベルの5GBまで落としたためとわかった。これまで自分の過去データをクラウドに乗せて「収納」していたのも、今後は金がかかる。つまり貸倉庫業と同じになったのだ。
 「いや、そんな金は出せない!」という貧乏人の私が取った行動は、クラウドからデータを引き出して、余っていたUSBメモリーに移すことと、大量の過去メールとその添付ファイルの消去を行うことだった。
 

 クラウドサービスが使えるようになってから10年以上は経ったかもしれない。メールのデータも貯まる一方であまり削除はしなかった。今回は境界線を引くことにした。2019年以前の古いメールを全部削除することにしたのだ。残すのは2020年以降の4~5年分になる。

 選択削除にしたので時間がかかった。過去のタイトルやサムネイルを見ると走馬灯のように思い出が頭をかすめて行く。これも自分の過去を葬る行為の一つだった寂しく哀しい感覚だが、自分を重く引きずる過去を切り離さなければ、新しい情報も感動も入って来ないのだと割り切るしかないのだろう。

 

 

 ザロモン・ヤーダスゾーン (Salomon Jadassohn, 1831~1902) は名前および風貌からしてユダヤ系の人物とわかるが、ブラームスとほぼ同年代でライプツィヒ音楽院の教授として多くの後進を育てた。滝廉太郎も留学先で指導を受けた一人だった。峻厳な指導で有名だったらしいが、作品はドイツロマン派の伝統を踏襲した穏健な作風に思われる。今回取り上げたピアノ三重奏曲第1番は彼が28歳の時に出版されたもので、全体的に「苦労知らず」の幸福感に満ちている。若々しい年代でないとこうした曲は書けないもので、傑作とは言えなくとも、明朗快活な「佳作」としては親しまれてもいいように思う。
 

楽譜は IMSLP に独ジーゲル(Siegel) 社版のピアノ・スコア譜が弦のパート譜と共に収容されている。
Piano Trio No.1, Op.16 (Jadassohn, Salomon)



第1楽章:アレグロ・トランクィロ
Piano Trio No. 1 in F Major, Op. 16: I. Allegro tranquillo

         Syrius Trio

 2分の2拍子と4分の6拍子の2重表記になっている。冒頭は2分の2拍子で、ピアノのトレモロ風のささやきに乗ってヴァイオリンが最初のゆったりとしたテーマを奏で、チェロがその3度下をなぞる。


 第2主題に入ると同じテンポを保ちながら、4分の6拍子に変わり、ピアノと弦とで歌い交わす。5つの同じ音が続くテーマの音型は、どこか庭園の中を乙女たちが美しい花を見つけてあちこち小走りに動き回る姿を連想する。


第2楽章:アンダンティーノ
Piano Trio No. 1 in F Major, Op. 16: II. Andantino

        Syrius Trio

 ピアノのスタッカートで刻まれた4分の2拍子の行進曲風のリズムに乗って、ヴァイオリンが童謡風のテーマを歌い出す。親しみのある素朴なメロディで印象に残る。リズムが似ているのは「おもちゃのマーチ」なのだが、ここの曲調は寂しいイ短調なので、その曲調からすると「こがね虫は」(これもなぜかニ短調)の雰囲気と合っている。



 ところで「こがね虫」の曲はどうして短調になったのかと疑問に思う。「金持ち」を恨みがましくひがむ心情だったのだろうか?


 中間部はイ長調に転じて明るくなる。ピアノは細かい3連符で装飾しながらテーマの音をヴァイオリンと合わせて行く。チェロはここでも3度下を支える役目だ。


第3楽章:アレグロ・グラツィオーゾ
Piano Trio No. 1 in F Major, Op. 16: III. Allegro grazioso

        Syrius Trio

 2分の2拍子の軽快なフィナーレ。水玉をころがすようなピアノの可愛らしいテーマが美しい。


 スタッカートを効かせた副次的なテーマも軽妙だ。


 中間部には♭5つの変ニ長調に転じ、テンポも4分の6拍子でやや抒情的になる。これまで目立たなかったチェロにようやく独奏の番が回ってきて、メロディックなテーマを歌う。この辺はメンデルスゾーンの流れを感じる。

 

*参考wiki ザーロモン・ヤーダスゾーン


*「おもちゃのマーチ」に似たリズム曲のついての過去記事
【チェロの足取り】モーツァルト:弦楽四重奏曲 第18番 イ長調 K.464 (2021.08.15)
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12692393684.html
 

 

 

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Borodin : String Quartet No.2 in D-major

 今となっては、楽器を抱えて合奏の場にノコノコ出かけて行ける体力は喪失しているのに、夢の中では若い頃のように行動的に動いている自分がいた。同窓なのか地域なのかは不明だが、あるイベントのために寄せ集めのメンバーでオーケストラを編成することになった。猛者たちということでもなく、趣旨に共感した老若男女が集まっていた。私も腕に自信があるわけではないが、弦パートの一員になると思うと気分が高揚していた。「後輩のあいつも来ているのか」と気づくと、急に自分の年齢と体力を気にし始めて、「これで後列で気楽に奏けるな」と安堵したところで目が覚めた。夢は自分でコントロール出来ない。過去に葬った思考が亡霊のようによみがえることもあるものだと思った。
 

 

 ロシア五人組の一人ボロディン(1833~1887) は化学者と作曲家の二足のわらじだった人だが、出身地がコーカサス地方のグルジア(ジョージア)なのを知り、昔は有名だった交響詩『中央アジアの草原にて』や『韃靼人の歌と踊り』で感じる純然たるスラヴとは異質の、エキゾチックな響きの根源に思い当たるような気がした。彼は室内楽曲も多く残しているが、この弦楽四重奏曲第2番は傑出しており、ロシア物としては一二を争う人気曲として親しまれていると思う。

 

楽譜は IMSLP に独オイレンブルク版のスコアとパート譜が収容されている。
Borodin : String Quartet No.2 in D-major


第1楽章:アレグロ・モデラート
Quartet No. 2 in D Major: I. Allegro moderato

             Borodin Quartet

 冒頭の2拍目からチェロの独奏でメロディが始まる。2分の2拍子で曲のテンポが速そうに見えるが、表情はしっとりしていて夕べの歌といった感じがする。合奏の場では最初の音出しが重要で、ここでは第2ヴァイオリンの1拍目の「ブー」が始まらないと他の全員は動けない。それは金縛りの瞬間に近い。


 次に第1ヴァイオリンに出てくるテーマは最初のテーマの発展形で装飾音が加わったエキゾチックな風合いに聞こえる。この所のチェロは和声の基低音をしっかりと伸ばして抑え続けるので気持がいい。


 3番目のテーマも前の変形だが、共通のモティーフのように各パートで応答、反復されることで親しみが深まっていく。


 場面の転換用に行進曲のような挿入句も入る。


 また終結句としてアニマートの半音階下降のパッセージが加わってくる。単調さを感じさせない各テーマの処理法は見事だと思う。


第2楽章:スケルツォ、アレグロ
Borodin: String Quartet No. 2 in D - 2. Scherzo

          Emerson String Quartet

 ヘ長調、4分の3拍子。かなり速いスケルツォ。第1ヴァイオリンが主導し、第2ヴァイオリンが追従する。2小節で1区切り。ヴィオラの伴奏音型は実は伏線で、中間部のテーマのリズムを秘めている。


 中間部は少しテンポがなだらかになり、チェロの延々と続くアルペジオの上に甘さのあるメロディを乗せていく。


第3楽章:ノットゥルノ、アンダンテ
Borodin: String Quartet No. 2 in D Major - III. Notturno

          Borodin Quartet

 甘美さに満ちた超有名な「夜想曲」。正直言ってこれを奏かせてもらえたチェロ弾きにとっては至上の喜びを思い出の中にとどめている。チェロの旋律は2拍目から始まるので、内声部の伴奏のシンコペーションの最初の刻み「タター」を聞いてからでないと動けない。この旋律の中の装飾音符もまたボロディン特有のエキゾチシズムを感じずにはいられない。


 メロディは第1ヴァイオリンの高音へ引き継がれるが、これに色を添えるのがヴィオラの伴奏音型になる。ここはヴィオラの聞かせ所の一つで、ドヴォルザークの「アメリカ」の第2楽章の伴奏音型に匹敵する美しさだと思う。ただしここはあくまでも伴奏なので、第1ヴァイオリンの歌を見失ってはならない。(腕の立つヴィオラ奏きでも自己陶酔して合わなくなった例もあった。)


 中間部で曲を引き締めるのが上昇音型のパッセージになる。これも各パートに分担が回ってくる。

 
第4楽章:フィナーレ、アンダンテ~ヴィヴァーチェ
Borodin: String Quartet No. 2 in D Major: IV. Finale. Andante - Vivace

        Cleveland Quartet

 冒頭のアンダンテの序奏部で2つのモティーフが提示される。1つは高音部の起伏のある動き、もう1つは低音部のうねりのような動きである。ただ聞いているだけだと拍子やリズムがわかりにくい。それがボロディンの狙いでもあって、錯乱する様相から整然と統一されるまでを描き出していると思われる。


 主部に入るとチェロの駆け足のパッセージの上にヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンがフーガのように順次加わってくる。この辺の機械的な無機質さを思うと、ベートーヴェンのラズモフスキー第3のフィナーレに似ている。そのモティーフは皆序奏部から由来しているのがわかる。


 第2主題は4小節を一区切りにした半音階の浮遊するテーマで、冒頭の序奏部のモティーフと絡まって発展する。内声部の伴奏は疾駆するような反復音型が激しく続く。4楽章ともバランスよく書かれ、完成度が高い作品だと思う。

 

 

 

 

 

 

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Ignaz Pleyel : Flute Quartet in F-major, Op.41 No.2, Ben.388

 最近のことだが、昭和期の時代小説を読んでいて、その中に音楽の合奏をしみじみと味わうという印象的な場面に出くわした。秋の宵に武家屋敷の塀の中から聞こえてくる琴の音に、夜道を歩いていた男がふと懐中の和笛を取り出し、曲の調べに合わせて吹き鳴らすという場面で、音楽の感興をここまで深く描写するのは極めて珍しいと思った。このセッションについてはしばらく叙述が続く。少なくとも自分で楽器に触れる楽しみ、あるいは合奏の喜びを知る人でなければなかなか書けない部分ではないだろうか。川口松太郎の『蛇姫様』の一節だった。(国会図書館デジタル・コレクションから引用した該当ページと映画化された原節子の蛇姫様の画像を以下に掲示する)

「蛇姫様」:東宝映画(1940)原節子

 

川口松太郎「蛇姫様」秋風

 

 

 プレイエル(Ignaz Pleyel, 1757~1831) はベートーヴェンよりも13歳年上であり、ハイドンの直弟子として早くから広範囲な活動を続けていた。このフルート四重奏曲(作品41)の6曲セットが出版されたのは1797年、彼が40代でフランス革命の混乱期を経てパリに定住した頃の作品になる。



 楽譜としては、往年の名手ランパル(Jean-Pierre Rampal) が校訂した作品41と表記された3曲のフルート四重奏曲が米国の IMC (International Music Company)から出版されている。フルート四重奏曲が盛んに作られ、家庭やサロンで演奏された時代の作品の中から佳秀なものをランパルが発掘してくれたのは有難い。その第2番がディーター・フルーリの演奏でCDになっていたのが今回の掲載作であり、フルート四重奏曲という楽しみの奥深さを実感させてくれる。

下記のKMSA室内楽譜面倉庫でもパート譜を参照できる。
Pleyel - Flute Quartet F-dur_Op.41-2_ Ben.388


第1楽章:アレグロ
Pleyel Flute Quartet F dur Op 41 No 2 I Allegro

    Dieter Flury (Flute), Wiener Philharmonia Trio

 冒頭から「運命」に似たモティーフが弦楽部のユニゾンで提示される。この「ダダダ・ダン」という頭の八分休符に続く3つの同音の八分音符という形は、耳になじみやすい。それは「運命」でさんざん聞かされてきたからでもある。しかし時系列で考えると、ベートーヴェンの「運命」の作曲は1805年からであり、1808年に初演されている。従ってこのモティーフの使用(もしくは着想)はプレイエルの方が先だということになる。だからと言ってベートーヴェンがプレイエルから影響を受けたのだとは多くの人は認めたくないだろう。この時代にはプレイエルの他にもこのモティーフを使った作品は散見されるので、その時代の空気の影響はあったのだろうと考えたい。しかもベートーヴェンほど「強烈で攻撃的に」表現できた人はいなかったのも確かなのだ。
 冒頭のモティーフを受けて、フルートがヘ長調の明るい調子でテーマを歌い出す。


 長調としてのモティーフの鳴き交わしは品のいい表情になっている。

 

 この曲はフルート四重奏曲なので、大事な見せ場ではフルートに活躍させるパッセージを用意している。


 展開部に入って、冒頭のモティーフを各声部でカノン風に響かせる個所は圧巻だと思う。


第2楽章:アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
Pleyel Flute Quartet F dur Op 41 No 2 II Andante con variazioni

       Dieter Flury (Flute), Wiener Philharmonia Trio

 変奏曲楽章。短い主題だが、ハイドン風の典雅さを残している。


 第一変奏。高音で飛び跳ねるフルートに、餅つきの合いの手のようにチェロが音を挟む。


 第二変奏。ヴァイオリンが六連音符で細かに動きまわる。


 第三変奏。ヴィオラの出番。しっとりした旋律は変奏曲でヴィオラを歌わせるのを得意としたモーツァルト顔負けの見事さだと思う。


 第四変奏。ヴァイオリンが主題をおおらかに奏でる上をフルートが蝶の戯れのように装飾する。チェロは駆け足のような刻み。


 第五変奏。フルートの独壇場。


※ベートーヴェンの「運命」のモティーフに似たパッセージに言及した過去記事:
1)【弟子の相似性】F. リース:クラリネット三重奏曲 変ロ長調 作品28(1810)
第2楽章:スケルツォ
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12825270070.html

2)クーラウ:ピアノ四重奏曲 第1番 ハ短調 作品32(1820)
第3楽章:フィナーレ
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12838318544.html

 

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Berwald : String Quartet No.2 in a-minor

 高齢者にとって医師から告げられる余命宣告ほど脅威となるものはない。すべての人間は平均寿命の歳が近づいてくると「少なくとも自分だけはもう少し長く生きたい」と望むようになる。それでもよくよく考えてみれば「あと10数年です」と宣告されるのと変わらないのではないか。それでも「あと半年」と言われるよりはましな気がする。しかし、仮に「あと半年」と言われたとしても毎日の生活を大きく変化させることにはならないだろう。平生の生活を繰り返すことが何よりも至高の愉楽なのだから。
 

 

 フランツ・ベルワルド(Franz Berwald, 1796~1868) というスウェーデンの作曲家は年代的にはシューベルトと同世代のロマン派初期に属するのだが、生計のため30代からの10数年間は作曲からまったく離れてひたすら色々な職業で働いた。もともと彼の音楽はアクが強く、特異な語法があり、国内では批判され、なかなか認められなかったので、45歳以降はウィーンに移り住んで作曲を再開した。この10年以上の空白ゆえに、後の年代の作風を感じさせるような様相を帯びた気がする。
ここに取り上げた弦楽四重奏曲 第2番 イ短調の曲は、10数年前にある新書版で「彼のクセ強の作風の割にはまともな範囲でうまく収まった秀作だ」と推薦する記事を読んで以来、注目するようになって、時々は再聴もしている。(その書名や著者については今となっては全く思い出せない。)
1849年、53歳の作品だが、実際の初演も楽譜の出版も、作曲後50年以上、没後30年以上経過してからだったので、20世紀になってようやく評価されたということになる。時代に先んじた作曲家だったのだろうか。

初演    1902年10月15日
初出版 1903年 - Stockholm: Elkan & Schildknecht
 

 楽譜は IMSLP のサイトに独ベーレンライター社版のスコアとパート譜が収容されている。
Berwald : String Quartet No.2 in a-minor
Franz Berwald: Complete Works, Vol.11
Kassel: Bärenreiter, 1966

下記のKMSA 室内楽譜面倉庫でもパート譜が参照できる。
Berwald : SQ No.2 a-moll


第1楽章:序奏~アレグロ~ウンポコ・メノ・アレグロ
String Quartet No. 2 in A Minor: I. Introduzione ~ Allegro

        Yggdrasil Quartet

 アダージォの序奏部から北国の早春を思わせる肌を切るような冷気を感じる静けさ。第1ヴァイオリンの旋律が美しい。


 そのまま主部になだれ込んで、生命の躍動を思わせる複数のモティーフが入り乱れる。


 主題というよりも多彩なモティーフが次々に現われる。ここでは坂を駆け上っては滑り降りるような動きを感じる。


 自然界に潜む野蛮なリズムはむしろ現代風に聞こえる。


 次のメノ・アレグロ部分では第1ヴァイオリンによる憂いに満ちたメロディが歌われる。


 それは発展して、優しく懐かしいパッセージへと受け継がれる。この変化の多様性がこの楽章の魅力でもある。


第2楽章:アダージォ
String Quartet No. 2 in A Minor: II. Adagio

        Yggdrasil Quartet

 この曲は4楽章を通して楽章の間に区切りがなく、アタッカで(休まずに)次の楽章に入る。しみじみと歌われる第1ヴァイオリンの旋律も味わい深い。


 ピアニシッシモ( ppp ) からいきなりフォルテの荒々しさの叫びに変化するのも自然界の厳しさを思わせる。


 (ここでは引用していないが、第1ヴァイオリンの付点休符をはさんだ装飾も印象的だ。)

チェロが心臓の鼓動のように連続するリズムの上を優しく包み込むようなハーモニーが美しい。


第3楽章:スケルツォ、アレグロ・アッサイ
String Quartet No. 2 in A Minor: III. Scherzo: Allegro assai 

        Fryden String Quartet

 いきなり飛びこむスケルツォ楽章はヘ長調の速いパッセージに面食らう。低弦部の刻みに乗って蝶が舞うように進む。


 同時代のメンデルスゾーンよりも先を行くような軽妙さと荒々しさがある。


第4楽章:フィナーレ、アレグロ・モルト
String Quartet No. 2 in A Minor: IV. Finale: Allegro molto

        Fryden String Quartet

 楽章のつなぎ目に変なパッセージが挿入されているが、そのままイ長調のフィナーレに入る。テーマは子供じみたおどけたもので、親しみがある。


 このテーマは途中で変容して倍の長さになったりする。楽章としては楽しげに終わる。


*参考Wikipedia:フランツ・ベルワルド


 

 

 

 

 

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Emanuel Aloys Förster : String Quartet in d-minor, Op.21 No.2

 「春眠暁を覚えず」を実感する時節だが、考えてみるとこの寝ざめの時の「まどろみ」が至高の快楽の一つであるというのも不思議だ。五感を覚ましたくない、無我の境地にずっと自分を置いていたい、という感覚は、生への執着とはまったく相反していて、むしろ「死のやすらぎ」に近いところにいるのではと思ったりもする。目覚ましのスヌーズ機能で「あと10分」を繰り返す無感覚の時間の空白感は、眠っている者にとっては「瞬間的」でしかないのだが、時間的に仮に一日であっても、百年であっても変わりはないのだろう。逆から言えば、末期の眠りに落ちるすべての生き物がそうやって死んで行くのだろうが、問題は「次の目覚め」がどのように行われるのかなのだ。
 

 

 モーツァルトとほぼ同世代だったエマヌエル・アロイス・フェルスター (Emanuel Aloys Förster, 1743~1823) もまた古典派時代のウィーンで音楽教師および作曲家として活躍した一人だった。ベートーヴェンとは22歳の差があったが「老先生」と呼ばれて親交が続いた。ここに取り上げた弦楽四重奏曲ニ短調は、最初に聞いて印象深く、記憶に残る曲となって、古典派盛期の優美さの中にロマン主義の情熱を予見させるような感情表現を感じることが出来たのだった。当然モーツァルトの作風との親近性が見つかるのだが、直接的な影響というよりも時代の空気を共に呼吸していたからだろうと思う。
 なおフェルスター(Förster / Foerster / Ferster / Forster) という名前は中欧圏では多い苗字で、作曲家としては近世チェコのヨゼフ・ボフスラフ・フェルステル(Josef Bohuslav Foerster, 1859~1951)のほうが知名度が高い。区別しやすいようにこちらの方はアロイス・フェルスターなどと呼べばいいのでは、と勝手に思っている。

 

 楽譜は米国の A-R Editions から市販されているが、下記のKMSA室内楽譜面倉庫でもパート譜を参照できる。
Foerster_Emanuel-Aloys  SQ d-moll, Op.21 No.2
KMSA譜面倉庫 
http://bit.ly/2palD77

またシルヴァートラスト社 Edition Silvertrust からも販売されている。
Emanuel Aloys Förster : String Quartet in d minor, Op.21 No.2--New Edition
Vienna: Bureau d'Arts et d'Industrie, n.d.(1802). Plate 13.


第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
String Quartet in D minor Op.21 No.2: I. Allegro vivace

        Authentic Quartet 

 冒頭から地面を這う白い霧のような不穏な和声の上に第1ヴァイオリンのテーマが漂う。

  (Mozart SQ d-moll K.421)
 チェロの低声部の動きは同じニ短調のモーツァルトの K.421の冒頭に酷似している。

 そのテーマが発展していくと、八分音符2つと四分音符1つを繋げた悲壮な叫びのテーマとなる。

 (Mozart Symphony No.40 K.550)
 これもまた有名なモーツァルトの40番、ト短調交響曲 K.550 のモティーフに通じるものがある。


 第2主題はチェロの出番となり、明るく平穏なテーマを歌う。


第2楽章:アンダンティーノ
String Quartet in D minor Op.21 No.2: II. Andantino

        Authentic Quartet 

 ニ長調、8分の3拍子、ゆったりとした舞曲風だが、3拍目のアウフタクトから次の拍頭へ音を動かす、足を引きずるようなリズムに基調がある。四部のハーモニー重視の楽章。


 主題と変奏曲とも見えるが、途中の第1ヴァイオリンのせわしない動き以外それほど変奏に拡幅は見られない。


第3楽章:メヌエット
String Quartet in D minor Op.21 No.2: III. Menuetto

        Authentic Quartet 

 再びニ短調に戻って、引き締まったメヌエットになる。前の楽章も3拍子だったので、その延長線のような感じになる。

 中間部のトリオはニ長調に転じて、一寸気分を変える。全体的にウィーン風の空気がある。


第4楽章:アレグロ
String Quartet in D minor Op.21 No.2: IV. Allegro

        Authentic Quartet 

 暗い突進型のテーマが第1ヴァイオリンから始まる。この迫力にはロマン派の萌芽を感じる。


 続いて第1楽章で出たテーマが、突如再び現れる。記譜上は音符の長さに違いはあるが、再現であることは間違いない。(例の40番に似たテーマ)


 第2主題はヴィオラのソロで見せ場を作る。この曲の出版年は1802年であり、すでに新しい時代への動き、それはベートーヴェンによって牽引されるのだが、周辺の作曲家にもその動きに乗っていたことがわかる。


*参考Wikipedia :エマヌエル・アロイス・フェルスター
 

 

 

 

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Anton Rubinstein : String Quartet No.2 in c-minor, op.17 no.2

 いよいよ断捨離する物が少なくなってきた。先日も(最後から2番目に?)大事にしていた蔵書や楽譜類を買取に出そうとした。しかし・・・これらの立派な書籍を所蔵していたというプライドはズタズタに砕かれる始末となった。「古書高価買取」とうたう格調高いネット広告を張る古本屋からは「洋書は売れないので買取はお断りします」と立て続けに拒否されたのだ。それでもやっと他の一軒の店から買い取ってもらうことになった。玄関に段ボール箱を積んで待ち構えた。結果は散々だった。
 ひと昔には「チリ紙交換」という業者が横行していて、古新聞・古雑誌はそれに出していたが、もっと昔の頃には「1キロ〇円」で買ってもらえたという。今回もそれと同じで中身はどうであろうと「キロ10円程度」の査定となった。つまりは「紙ゴミ」なのかと、さすがに愕然とした。故買業者はこうでもしなければ儲けが出ないのだろうか。書物の価値観は金銭とは結びつけて考えるべきではないのだとつくづく思った。
 

 

 チャイコフスキーの恩師でもあったアントン・ルビンシテイン (Anton Rubinstein, 1829~1894) はサンクトペテルブルク音楽院の創立者でもあったのだが、作曲家としての音楽史上の存在感はなぜか稀薄だった。若い頃に作曲技法を身につけたのがドイツ圏であり、特にメンデルスゾーンからの影響が大きかった。彼自身の手記でも「ドイツではロシア人と言われ、ロシアではドイツ的だと批判され」とあり、五人組のようにロシア風の音楽を明確に取り入れようとしない「西欧派」として嫌悪されたからだと思われる。交響曲、協奏曲に加え、室内楽曲も多く残しているが、最近やっと再評価され始めたように思う。

これまで一番親しまれてきた彼の作品は「へ調のメロディ」かもしれない。
Rubinstein Mélodie In F

 

 

 弦楽四重奏曲は少なくとも6曲は出版されている。この第2番は作曲年代としては一番若い23歳の頃、1852年と見なされている。ロマン派中期、特にメンデルスゾーンの語法に似ていて、情熱的かつ優美な曲に仕上がっている。(メンデルスゾーンはこの5年前1847年に急死している)

 楽譜は IMSLP に独ブライトコップ社の初版でパート譜、スコアが収容されている。
String Quartet No.2, Op.17 No.2 (Rubinstein, Anton)
Leipzig: Breitkopf und Härtel, n.d. Plate Part.B. 1274.


第1楽章:モデラート
Anton Rubinstein String Quartet Opus 17 No. 2

      Escher String Quartet

 冒頭はチェロからの古典的なフーガの主題で始まる。定石通りにヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンへと伝わっていく。


 冒頭のモティーフが低音部で維持される上に、本題のテーマが第1ヴァイオリンの強奏で提示され、木枯らしに落ち葉が舞うように下降形の3連音符のパッセージが続く。


 第2主題は第1ヴァイオリンの中音域で、控えめながらも流麗で、内声部の息の合ったシンコペーションの伴奏が引き立て役になっている。


第2楽章:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ
Rubinstein String Quartet Opus 17 No. 2 II. Allegro molto vivace

        Reinhold Quartett 

 表記はないが典型的なスケルツォで、メンデルスゾーン直伝を思わせる。最初は頭拍がなくガサガサと始まるので、リズムを聞き取るまで混乱するが、それも混迷⇒整然のプロセスの効果を狙っている。途中でのヴィオラの独自の動きとの掛け合いも妙味がある。


 中間部は諧謔さがさらに増して、チェロがスッテンコロリンと滑る動きを模して愉快になる。


第3楽章:アンダンテ
String Quartet No. 2 in C minor Op.17, III 

      The Royal String Quartet Copenhagen

 この楽章は単独でヴァイオリン四重奏の小品に編曲されて「球体の音楽」(Sphärenmusik) と題されている。「球体」の意味が不明なのだが、何か劇の付帯音楽か間奏曲だったのかもしれない。全体で弱音器を付けたひそやかな響きで、ドイツの少年聖歌隊の祈りの歌のようにも感じられた。

 
第4楽章:モデラート
Rubinstein String Quartet Opus 17 No. 2 IV. Moderato

        Reinhold Quartett 

 これも猛然とした情熱にあふれたテーマが第1ヴァイオリンによって2拍目から奏でられる。他のパートは強奏のトレモロでハ短調の和声を刻んでいく。思わず引き込まれるが、実はこのテーマは1980年代に英国のTVドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」の主題曲と酷似しているのだ。ヴァイオリンを余技とするホームズならではの神経質な憂いを秘めた名曲なのだが、それはこの楽章にとっても魅力になっている。確かにこれはロシア的というよりも西欧的なのだ。


 第2主題は平穏な優しさと美しさに満ちている。ここでもチェロとヴィオラが独自の装飾を添えていて、曲を豊かに盛り上げている。


※参考:「シャーロックホームズの冒険」のテーマ曲
Générique - Sherlock Holmes Jeremy Brett ( Saison 1)

 

 

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Glinka : Gran Sestetto in E♭major

 室内楽の会に精力的に参加していた頃を思い出すと、場合によっては一発勝負のような鮮烈な演奏を経験したなと覚えている曲が少なくない。このグリンカの曲もその一つだった。その年の秋のシーズンは、普段使っている駅前の貸スタジオが工事で使えなくなったので、コネを頼って某音大のリハーサル室を割安で使わせてもらうことになった。学生のいない日曜日だったからかもしれない。
 曲の選別とメンバーの選定は世話役におまかせもできるのだが、「この曲ならこの人とやれたらいいな」と思ったら、ある程度事前交渉で固めることが必要になる。このグリンカの曲を見つけたとき、これはあの人に合いそうだと直感した腕の立つ女性ピアニストRさんに思い当たった。いわゆる名曲だけでなく、珍しくて面白そうで楽しそうな曲に積極的に挑戦したがる人で、その心意気に惹かれて、「この曲をエサとして放ったら食いついてくるかな」と誘いのメールを送ると、早速乗ってきてくれた。それから普段なかなか出てこないコントラバス奏者のH氏に「泣き」を入れて、メンバーが固まった。当日はサロンの大広間を思わせる練習ホールに、手の空いた聞き役の数人がいるのみで、のびのびと演奏できて満足だった。

 

グリンカ (Mikhail Glinka, 1804~1857) は裕福なロシア貴族の家柄で、20代にはイタリアやドイツに遊学し、芸術家たちとの交友を深めた。この時期には室内楽的な作品を多く残している。このピアノ六重奏曲もその一つで、1832年、彼の28歳の時の作曲、ピアノ+弦楽四重奏にさらにコントラバスが加わった六重奏という贅沢な編成で、特に絢爛豪華なピアノの活躍が目立つ曲でもある。

楽譜は IMSLP に複数の版元からの譜面が収容されている。
Grand Sextet (Glinka, Mikhail)
また独Kunzelmann社からも市販されている。


第1楽章:アレグロ
Grand Sextet in E-Flat Major: I. Allegro

    Prazak Quartet · Lukáš Klánský(Pf) · Pavel Nejtek(Cb)

 堂々とした開始のモティーフがピアノ独奏で始まるが、すぐに弦楽全体が応答する。この2小節目の4拍目から音をタイで伸ばして次の盛り上げを強調する歌い方が気に留まる。グリンカの話法の一つかもしれないが、他の場所でも出てくる。コントラバスが加わった弦5部の重量感は大きい。


 続いて最初のテーマが出るが、これもピアノが先導し、やはり4拍目から次の拍頭を強調するように同じ音を前倒しで確保している。やはりグリンカ節なのだろうか。


 次はそのテーマの変形のような経過的メロディがチェロから始まり、ヴァイオリンに受け継がれる。ピアノの右手の和声の刻みは単純だが、耳に快い。


 この楽章もピアノが主導的な役割を占めている。特に右手のオクターヴ奏法で超高音部をきらびやかに掻き鳴らす動きは華麗な響きになる。ロマン派のショパンやリストのピアニズムを先取りしたような音の広がりを感じる。


第2楽章:アンダンテ
Grand Sextet in E-Flat Major: II. Andante

        Ulrike Payer(Pf), Fabergé Quintett


 冒頭からピアノがソロで水滴が跳ねるようなアルペジオで和声を奏でる。グリンカの節回しは明快で脳裏に刻まれやすい。


 抒情的なモティーフがチェロと第1ヴァイオリンとの間で歌い交わされる。妄想の一例では、月の光に照らされた夜の湖面を恋人たちのボートが静かに進む場面など…


 中間部ではピアノの切れたリズムの伴奏の上に第1ヴァイオリンが憂いを秘めたメロディを歌う。


第3楽章:アレグロ・コン・スピリート

MICHAEL GLINKA - Grand Sextet , Mouv 3 - Allegro con spirito

   Tatiana Primak Khoury(Pf), Quatuor Musique del Tempo

 第2楽章からアタッカで突入する。荒々しいピアノの半音階的な序奏からポルカ風の2拍子のテーマが始まる。ここでもオクターヴ上の高音域でピアノの右手が絢爛豪華なパッセージを繰り広げる。


 途中でチェロを中心とした弦楽部で、ニ短調風の流れるような新しいテーマが奏される。全体的にピアノに圧倒されながらも合奏する楽しさと緊張感を実感できる名曲だと思う。

 

 

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Puccini : String Quartet in D-major and “Crisantemi”
   
 人は自らの愚行を思い出しては悔やむということを繰り返している。確かにこれまでの人生がすべて満足で充実したものだったと言い切れるものではない。特に物欲に関しては悔悟だらけだ。モノを所有したいという人間のバカバカしい欲望は生きているうちは矯正できないものなのだろうか?
 早い話が本やCDを買っただけで、人は読まずともまたは聴かずともその教養や知識を獲得したと錯覚してしまうのだ。書棚に並べて数十年、自分の誇らしげな蔵書のほとんどがこうしたものでしかなかった。しかしながら探し回ること、買い漁ることの行動と時間が人生そのものであったのもたしかで、そのバカバカしさを行わなかったら、人はどう生きればいいのか? 悩ましさは続く。

 

 プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858~1924)は代々教会音楽家を輩出する家系に生まれたが、ヴェルディのようなオペラ作曲家になりたいと熱望し、20歳を過ぎてからミラノ音楽院に入り直し、ポンキエッリやバッジーニの指導を受けた。彼の才能は35歳で初演となった「マノン・レスコー」で間違いなく開花したが、オペラに心血を注いだため、彼の室内楽的作品は極端に少ない。32歳のときに彼の庇護者であったアオスタ公の死を悼んで「菊」というタイトルの弦楽四重奏の小品を書いたのが知られている程度である。
 近年になって彼のミラノ音楽院時代の習作を小品として演奏する事例が増えている。そのいずれもが独特な魅力にあふれ、タダでは見過ごせないという気持から、構成次第では一つの弦楽四重奏曲として聴けるのではないかと考えたのは一度ならずある。今のところ私にとってのベストの編成は(1)ニ長調の単一楽章 ~(2)「菊」~(3)メヌエット1番 ~(4)スケルツォ ~(5)フーガ1番の5曲になる。調性も#系の関係調でつながるのでおかしくはなさそうに思える。



 これとは別に、伊リコルディ(Ricordi)社から出たのは、プッチーニの草稿などからルーデヴィヒ(W.Ludewig) が再構成したという弦楽四重奏曲 ニ長調の楽譜だ。これは(1)とスケルツォはそのままプッチーニの物を使い、第2楽章と第4楽章を別途補完したものになっている。

楽譜は IMSLP に個々の作品として収容されている。
(1)String Quartet in D major, SC 50 (Puccini, Giacomo)
(2)Crisantemi, SC 65 (Puccini, Giacomo)
(3)3 Minuetti, SC 61 (Puccini, Giacomo)

またルーデヴィヒ補完版の弦楽四重奏曲は KMSA でパート譜を参照できる。
KMSA室内楽譜面倉庫 : Puccini=Ludewig SQ D-dur


(1)弦楽四重奏曲 ニ長調 アレグロ・モデラート
String Quartet in D Major

        Ruysdael Quartet

 冒頭のヴィオラから始まる短いモティーフの積み重ねがこの楽章の根底を形作っている。活気というよりはしなやかさを感じる。


 息の長い穏やかな第2主題は第2ヴァイオリンから奏でる。展開する過程で伝統的なバロック和声の響きも織込んでいる。


 提示部の結尾部分では第1ヴァイオリンが甘美なフレーズを控え目に歌う。女性で言えばちょっと流し目の美しさとでも言えるのかも。


(2)弦楽四重奏曲「菊」嬰ハ短調 アンダンテ・メスト
PUCCINI - Crisantemi for String Quartet

      Quartetto d'Archi Gagliano

 #が四つの嬰ハ短調の響きが不安定で深みのある雰囲気を醸し出す。音を引き摺るように、あまり高低の変化がないのが沈痛さを感じさせる。弦の弓はボウイングスラーと言って一方向にほとんど返さない奏いてその効果を出している。「菊」はカトリック系の国では特に11月初頭に墓参の供花として用いられる花である。


 中間部はヴィオラの静かなトレモロの上を、第1ヴァイオリンが悲痛な心情を込めて訴えるように歌う。それにチェロが加わる。


 最後のパッセージではヴィオラのソロで立ち去りがたい魂の、名残を惜しむかのようなつぶやきが続いて、消えて行く。傑出した楽曲だと痛感する。


(3)弦楽四重奏のためのメヌエット第1番 イ長調
Giacomo Puccini – Minuetto I

        Quartetto di Roma

 プッチーニは音楽院でメヌエットを3曲まとめている。この第1番が最も優美で評価が高く、オーケストラ用にも編曲されている。「マノン・レスコー」の第2幕の中の社交場の場にもその片鱗が転用されている。


 中間部のトリオも華やかさが際立っている。


(4)弦楽四重奏のためのスケルツォ イ短調
Puccini: Scherzo for String Quartet

       Orion String Quartet

 このスケルツォも秀逸である。緊張感のあるユニゾンのあと、引き締まったテーマが第1ヴァイオリンによって歌われる。キビキビした伴奏部のピチカートやスタッカートの効いた響きが頭に印象深く残る。


 中間部では牧歌風の田園風景を思わせるが、そこにはイタリア風の明朗さが感じられる。


(5)弦楽四重奏のためのフーガ第1番
Puccini - Fuga nr. 1 for string quartet

    Quartetto dell'orchestra sinfonica di Milano Giuseppe Verdi
 これは楽譜が見つからないが、終楽章としてケジメをつけるには必要だと思った。ハイドンやベートーヴェンにもフーガ楽章を最後に持ってきた作品があるからで、作曲の伝統的様式の一つとしてしめくくるのに適していた。

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*参考: ルーデヴィヒによる補完版の弦楽四重奏曲もマンハイム四重奏団によってCD化されている。第2、第4楽章が新規なのだが、やはり「菊」やメヌエットの充実ぶりと比較すると全体的には印象が軽くなってしまう。

String Quartet in D Major: I. Allegro moderato (Reconstructed by W. Ludewig)

 

String Quartet in D Major: II. Adagio (Reconstructed by W. Ludewig)

 

String Quartet in D Major: III. Scherzo. Allegro vivo - Trio - Allegretto 

 

String Quartet in D Major: IV. Allegro vivo (Reconstructed by W. Ludewig)


 

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