Borodin - String Quintet in F minor
最近見る夢は、職場から追い立てられるという内容が多い。退職してからもう何年にもなるのに、これほどまでに心の奥底にトラウマとして残るものなのだろうか?
いつもの会議に出席しようと部屋に入ると、議事は始まっていた。ちょっと遅れたのは申し訳ないが、「君の席はないよ、だって出れないと言ってたろ?」、確かにそうで、椅子はない、資料も用意されてない。じゃあ部屋に戻ればいいんだが、どこの部屋に?
自分の存在が用済みになるという恐怖、それは人生そのものに対してもその通りで、「はい、君はここでおしまい。」と言い渡されるのが、本人にとっては常に唐突であり、大いに当惑するのだ。手足が自由に動かせて、頭が明晰である限りはそうした宣告には異議申し立てしたいというのが本人の心情なのだろう。

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ロシア五人組の一人、アレクサンドル・ボロディン(Aleksandr Borodin, 1833~1887)はロシアの地方貴族の出で、化学者としての本職を究め、裕福な生活を送ることができた。音楽活動は、天賦の才がありながらも、正規な教育を受けることなく、余技として作品を書いていた。この弦楽五重奏曲も20代の作曲で、最終楽章のコーダ部分が未完成のままで残されたため、没後70年ほど経った1960年に補完されて発表されるまでは、曲の存在すら知られていなかった。それ以降も専らロシアの演奏家たちによる音源しかなく、今後じわじわと認知度が高まるのだろうと思う。
ボロディンは1887年に急死した。謝肉祭の週間に、数人の友人を呼んで上機嫌に歌って踊って楽しんでいたが、突然ひどく青ざめて卒倒した。動脈瘤の破裂だったという。54歳の若さだった。

楽譜は、独クンツェルマン Kunzelmann 社から市販されている。
またKMSA室内楽譜面倉庫の中でもスコアとパート譜を参照できる。
https://onedrive.live.com/?id=2C898DB920FC5C30%217859&cid=2C898DB920FC5C30&sb=name&sd=1&view=0
弦楽五重奏のパート編成は様々な組み合わせが可能だが、一番多いのは弦楽四重奏にヴィオラが加わるパターンで、その次に多いのは弦楽四重奏にチェロが加わるものである。このボロディンの曲は後者の編成となっている。チェロが2つになると低声部に厚みが出て、音響のスケール感が増すように思う。また、低声部の基音を第2チェロに任せられるので、第1チェロは派手な高音部まで進出し、ソリスティックな表現個所が多くなっている。
第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ
String Quintet in F Minor: I. Allegro con brio
Moscow String Quartet & Alexander Gotthelf (vc1)

8分の6拍子。内声部が速くて規則正しい6つ刻みの連続で流れを作る。それに乗って第1ヴァイオリンと第1チェロがオクターヴ差のユニゾンでヘ短調のテーマを歌う。やや荒涼とした感じがする。特に第1チェロは高音域なので、出る音がか細くなりがちになる。ヴァイオリンと一緒なのでそれほど問題ではないのだが・・・

続いて現われる第2主題は、上昇志向の肯定的な動きで悲壮さをなだめるような心情を感じる。それでも第1主題と第2主題との性格の明確な対比があまり感じられない。内声部の刻みは相変らず続くが、小節の頭拍を欠いた動きが面白い。
第2楽章:アンダンテ・マ・ノン・トロッポ
Borodin - String Quintet in F minor; Mvmt II. Andante ma non troppo
New Budapest Quartet & Otto Kertesz (vc1)

4分の2拍子。セレナード風の緩徐楽章。第1チェロが美しい旋律を歌う。後年の有名な弦楽四重奏曲第2番の夜想曲楽章に似通っている。他の全パートは、裾を引きずるようなボウイング・スラーで刻み続ける。変イ長調の和声だが、弱起の曲なのでしとやかな雰囲気になっている。
中間部では(譜例を省略するが)第1チェロと第1ヴァイオリンが交互に3連音符を多用した変奏曲風の装飾パッセージを展開する。

再現部では、ソロの歌い手の役割が第2チェロに与えられている。「機会均等」ということなのか、花を持たせてくれるボロディンの配慮に感謝したい(と第2チェロ奏者は思っている)。
第3楽章:メヌエット
String Quintet in F Minor: III. Menuetto
New Budapest Quartet & Otto Kertesz (vc1)

弱起で始まるメヌエットのテーマは、第1と第2ヴァイオリンが2匹の蝶のように絡み合い、時々上下を交代する。

中間部のトリオでは、これまで地味な役回りだったヴィオラに主役が回ってくる。ヘ長調に転じた明快なテーマで、第2ヴァイオリンにもソロのおすそ分けをする。第1チェロはアルペジオで延々と支える。これもボロディンの好んだ手法のように感じる。
第4楽章:フィナーレ、プレスティッシモ
Borodin - String Quintet in F Minor: IV. Finale: Prestissimo
Moscow String Quartet & Alexander Gotthelf (vc1)

速い2分の2拍子。中声部の激しい刻みの嵐の中を、第1と第2ヴァイオリンが強奏のオクターヴ・ユニゾンで「ファ・ミ・レ・ド・シ・ラ・ソ・ファ」という下降音階を提示する。弱起ながらも悲壮感が表れている。それに続くモティーフも何度も繰り返されるが、どこかロシアの風味が感じられる。

第2主題も活発な刻みの上に乗って、テーマがあちこちのパートに現われるが、その合間合間に「合いの手」が別のパートで入るのが面白い。合奏が楽しいのは、こうした「合いの手」を入れる愉しさでもある。

最後の盛り上がりに入る直前に、第1チェロに短いながらもカデンツァ風のソロ・パッセージが用意されている。
最後に個人的な思い出を。この曲の音源と同時に楽譜も見つけて、早速室内楽の会で取り上げてもらえたのは、今に思えば幸運なことだった。都区内と西郊外の会場で都合3回演奏でき、皆さんにとっても初物だったが、受けは好意的だった。最初の2回、チェロは若手に上手な方がいたので、私は第2チェロだったが、それでも十分満足だった。こうした隠れた好曲が、アマチュアの室内楽の場でも今後もっと広まることを祈念したい。


























































































































































