【運命の胎動】プレイエル:フルート四重奏曲 ヘ長調 作品41-2  Ben.388 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Ignaz Pleyel : Flute Quartet in F-major, Op.41 No.2, Ben.388

 最近のことだが、昭和期の時代小説を読んでいて、その中に音楽の合奏をしみじみと味わうという印象的な場面に出くわした。秋の宵に武家屋敷の塀の中から聞こえてくる琴の音に、夜道を歩いていた男がふと懐中の和笛を取り出し、曲の調べに合わせて吹き鳴らすという場面で、音楽の感興をここまで深く描写するのは極めて珍しいと思った。このセッションについてはしばらく叙述が続く。少なくとも自分で楽器に触れる楽しみ、あるいは合奏の喜びを知る人でなければなかなか書けない部分ではないだろうか。川口松太郎の『蛇姫様』の一節だった。(国会図書館デジタル・コレクションから引用した該当ページと映画化された原節子の蛇姫様の画像を以下に掲示する)

「蛇姫様」:東宝映画(1940)原節子

 

川口松太郎「蛇姫様」秋風

 

 

 プレイエル(Ignaz Pleyel, 1757~1831) はベートーヴェンよりも13歳年上であり、ハイドンの直弟子として早くから広範囲な活動を続けていた。このフルート四重奏曲(作品41)の6曲セットが出版されたのは1797年、彼が40代でフランス革命の混乱期を経てパリに定住した頃の作品になる。



 楽譜としては、往年の名手ランパル(Jean-Pierre Rampal) が校訂した作品41と表記された3曲のフルート四重奏曲が米国の IMC (International Music Company)から出版されている。フルート四重奏曲が盛んに作られ、家庭やサロンで演奏された時代の作品の中から佳秀なものをランパルが発掘してくれたのは有難い。その第2番がディーター・フルーリの演奏でCDになっていたのが今回の掲載作であり、フルート四重奏曲という楽しみの奥深さを実感させてくれる。

下記のKMSA室内楽譜面倉庫でもパート譜を参照できる。
Pleyel - Flute Quartet F-dur_Op.41-2_ Ben.388


第1楽章:アレグロ
Pleyel Flute Quartet F dur Op 41 No 2 I Allegro

    Dieter Flury (Flute), Wiener Philharmonia Trio

 冒頭から「運命」に似たモティーフが弦楽部のユニゾンで提示される。この「ダダダ・ダン」という頭の八分休符に続く3つの同音の八分音符という形は、耳になじみやすい。それは「運命」でさんざん聞かされてきたからでもある。しかし時系列で考えると、ベートーヴェンの「運命」の作曲は1805年からであり、1808年に初演されている。従ってこのモティーフの使用(もしくは着想)はプレイエルの方が先だということになる。だからと言ってベートーヴェンがプレイエルから影響を受けたのだとは多くの人は認めたくないだろう。この時代にはプレイエルの他にもこのモティーフを使った作品は散見されるので、その時代の空気の影響はあったのだろうと考えたい。しかもベートーヴェンほど「強烈で攻撃的に」表現できた人はいなかったのも確かなのだ。
 冒頭のモティーフを受けて、フルートがヘ長調の明るい調子でテーマを歌い出す。


 長調としてのモティーフの鳴き交わしは品のいい表情になっている。

 

 この曲はフルート四重奏曲なので、大事な見せ場ではフルートに活躍させるパッセージを用意している。


 展開部に入って、冒頭のモティーフを各声部でカノン風に響かせる個所は圧巻だと思う。


第2楽章:アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
Pleyel Flute Quartet F dur Op 41 No 2 II Andante con variazioni

       Dieter Flury (Flute), Wiener Philharmonia Trio

 変奏曲楽章。短い主題だが、ハイドン風の典雅さを残している。


 第一変奏。高音で飛び跳ねるフルートに、餅つきの合いの手のようにチェロが音を挟む。


 第二変奏。ヴァイオリンが六連音符で細かに動きまわる。


 第三変奏。ヴィオラの出番。しっとりした旋律は変奏曲でヴィオラを歌わせるのを得意としたモーツァルト顔負けの見事さだと思う。


 第四変奏。ヴァイオリンが主題をおおらかに奏でる上をフルートが蝶の戯れのように装飾する。チェロは駆け足のような刻み。


 第五変奏。フルートの独壇場。


※ベートーヴェンの「運命」のモティーフに似たパッセージに言及した過去記事:
1)【弟子の相似性】F. リース:クラリネット三重奏曲 変ロ長調 作品28(1810)
第2楽章:スケルツォ
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12825270070.html

2)クーラウ:ピアノ四重奏曲 第1番 ハ短調 作品32(1820)
第3楽章:フィナーレ
https://ameblo.jp/humas8893/entry-12838318544.html

 

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