【弟子の相似性】F. リース:クラリネット三重奏曲 変ロ長調 作品28 | 室内楽の聴譜奏ノート

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室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Ferdinand Ries : Clarinet Trio in B flat major, Op.28

「死は眠ることに他ならぬ」とはハムレットの名セリフの一つだ。人は毎晩眠りに入ろうとする時、五感のすべてを自ら閉ざそうとする。別の例では、暗い無音室に密閉されて五感から隔絶した人間もたちまち眠ってしまう。つまり何かを感じることがないと生は無になるということなのか?
 毎日同じようなほとんど変化のない生活を過ごしているのだが、その日ごとに何らかの少し異なった経験をしているのは確かだ。その違いを様々な感覚で感じ取ることこそが「生きている」という実感になるのだろう。
 もしこれが寝たきりの状態となって、目をつぶったまま、自分の呼吸の反復しか感じないとなると、おそらく妄想や譫妄に襲われることになるのではないかと思う。亡母の場合はそうだった。私も大手術直後の2~3日間には、眠りから目覚めたときに身体の平衡感覚が変になっていて、部屋の床もベッドも45度傾いて、人がその急傾斜の中を平気で歩いている、と錯覚したことがあった。
 生きて行く各瞬間の違いを感じること、それは寝たきりであっても、耳から入ってくる音楽の流れに変化を味わえる楽しみにも繋がっていた。
 

 

 耳に馴染んだ曲、聴き慣れた曲ではなく、真新しい曲、似ているようで違う曲なども快い刺激になる。ちょっとベートーヴェン風の曲だが、どこか違っていて別の味わいだと思ったのが、21歳までベートーヴェンの弟子だったフェルディナント・リース (Ferdinand Ries, 1784-1838) の曲だった。このクラリネット、チェロ、ピアノのための三重奏曲は、この時代に室内楽愛好家から望まれた編成であり、ベートーヴェンも作品11の「街の歌」や作品38などを作っていた。リースのこの作品の作曲年代は彼自身独立した音楽家として踏み出した頃であり、師匠の直伝と思わせる相似性がある。それだけ見事に吸収したことがわかる。CDなどでもカップリングされるほどクラリネット奏者からは好まれている。

*参考Wikipedia : フェルディナント・リース


 

楽譜はアマデウス社版のパート譜(PDF) を下記の譜面倉庫に収容している。
Ferdinand Ries : Clarinet Trio in B flat major, Op.28

*KMSA譜面倉庫 

http://bit.ly/2palD77
**倉庫別館(管入り抜粋) 

https://goo.gl/ybXFQX


第1楽章:アレグロ
Ries: Clarinet Trio in B-Flat Major, Op. 28 - I. Allegro

    Daniel Ottensamer(cl), S.Koncz(vc), C.Traxler(pf)

 この曲の調性(変ロ長調か、ト短調か)については古くから議論されている。冒頭のピアノの足踏みするような和声とそれに応じるクラリネットとチェロの歌は明らかにト短調の響きなのだが、それは導入部として、主部の変ロ長調に向かう過程として考えるのが大勢になっている。


ピアノから高らかに歌われる第1主題は変ロ長調で、師匠ベートーヴェンの作風に直結している。


第2主題は短調の憂いを秘めている。ピアノの右手がオクターヴで鳴らすテーマは強烈に響く。


第2楽章:スケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
Clarinet Trio, Op. 28: II. Scherzo: Allegro vivace

    Trio Ecco ; Leister(cl), Moosdorf(vc), Gollej(pf)

速い4分の3拍子。2小節を一区切りで軽い足取りが続く。


 中間部のトリオは荒々しい三連打の「運命のリズム」が加わり、ピアノが水玉をころがすような速い起伏を繰り返す。


第3楽章:アダージォ
Clarinet Trio, Op. 28: III. Adagio

    Jurgen Demmler(cl), M.Tillier(vc),  P.Grabinger(pf)

冒頭からピアノの独奏でしめやかな雰囲気のテーマを奏でる。


それを受け継いでチェロが朗々と歌い、ピアノは伴奏と華やかな装飾役に回る。チェロ・ソナタを思わせる美しい楽章だ。もちろんクラリネットにも出番は回るが。

 

 

第4楽章:ロンド、アレグロ・マ・ノン・トロッポ
Clarinet Trio, Op. 28: IV. Rondo. Allegro ma non troppo

     Dieter Klöcker(cl), A.Fromm(vc), T.Duis(pf)

 冒頭のテーマはクラリネットが主体で、チェロがアルペジオ風に下支えをする。弱起だが、のどかな明るさがある。


 テーマが移るにつれてピアノの絢爛さが目立ってくる。管楽器、弦楽器、ピアノの三者三様の特性を対比と調和させた見事な曲の構成になっていると思う。


*関連過去記事

【前ロマン派?】F. リース:弦楽五重奏曲 二短調 作品68 (2021.03.13)

F. リース:フルート五重奏曲 ロ短調 作品107 (2021.01.02)

【街の歌】ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第4番 変ロ長調 作品11

 

 

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