【若年の尊厳】アリアーガ:弦楽四重奏曲 第1番 ニ短調 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Arriaga : String Quartet No.1 in d-minor

以前作った俳句のような句を思い出した。

靴先にひるみし蟻の身を思ひ

文字通り、蟻の身になってみれば、突然空が頭上に落ちてくるという「杞憂」のような目に時々遭遇しているのだろうと思ってみる。一方で、この弱小動物の持つ並外れた知覚能力と、瞬間的に全速力で危機を回避できる運動能力に着目すれば、何か斬新な機械が生み出せるかも知れないという気がする。ちょうど数年前までは、トンボのように空中を縦横自在に飛び回れるドローンが存在しなかったように。人間は生物の頂点にいるようで、実はその身体能力は他の種目に比べればむしろ劣っているところも多いことに気づくべきであり、他の生物の優れた能力を研究し、習得していく課題はまだまだ残されているだろうと思う。

 

よく神童とは「二十歳過ぎればタダの人」と言われるが、アリアーガ (Juan Crisóstomo de Arriaga, 1806-1826) に関して言えば、二十歳直前で夭折したので、神童のままで生涯を終えたことになる。神童とは、少年にして大人顔負けの才能を発揮できた人、いわゆる「早熟の天才」のことを言うのだろう。日本語版のウィキペディアでは、彼は「神童に作り上げられた」と表現しているが、モーツァルトにしても、親が熱心に喧伝して、各国を巡って、その才能を知らしめる努力をしなかったら、おそらく伝説にはならなかっただろう。
アリアーガの場合は、親が彼をパリ音楽院に送り出し、教授から早々に「免許皆伝」を得たのだが、その矢先に結核で死んでしまった。

*Wikipedia ホアン・クリソストモ・アリアーガ

名曲というものは、一聴しただけでその音楽が聴く者にガツンとした手応えを与えるか否かに掛っている。聴いているうちは快適な響きで、あるいは甘いささやきであっても、聴いた後には印象が残らないのが普通一般なのだ。(あえてこれを凡作とは言うまい。言うなら大作曲家の作品の大半ですら凡作の中に入ってしまうかもしれない。)

アリアーガの作品にはそのガツンと来る何かがある。モーツァルトの優美な、人間的な感性をそのまま受け継いだと思われる表現力の発露が感じられてならない。世代的にはシューベルトに最も近いのだが、ベートーヴェンの力強さやシューベルトのロマン性よりも、モーツァルトからの直接継承を感じる要素が多い。二十歳足らずで世を去ったため、作品の数は極めて少なく、音楽史上に足跡を残すまでには至らなかったが、ロマン派初期の道の片隅に咲いた野の花のような彼の存在を見つけた人は、ささやかな幸福を感じることだろう。
 

 

楽譜は IMSLP にスペインのビルバオにあるアギーレ財団刊のスコアとパート譜が収容されている。
String Quartet No.1 in D minor (Arriaga, Juan Crisóstomo de)
Bilbao: Fundación Vizcaína Aguirre, 2006


第1楽章:アレグロ
String Quartet No. 1 in D Minor: I. Allegro

            Quartet Sine Nomine

冒頭のユニゾンの憂いを秘めたモティーフは印象的だ。その中から浮かび上がる第1ヴァイオリンの姿には優美さがある。


第二主題もどこかに南欧風の情熱の粘り気が感じられる。このパッセージは各パートに代わる代わる受け継がれる。


第2楽章:アダージォ・コン・エスプレッショーネ
Guarneri Quartet plays Arriaga Quartet No. 1 in D minor: II. Adagio con espressione

            Guarneri Quartet 

古典的なセレナードの緩徐楽章の静かな雰囲気で始まる。第1ヴァイオリンが綾なすような細かな動きで歌うのに対し、チェロがゆったり歩むような動きで答える。内声部は静かな刻みで従う。


続く第1ヴァイオリンのパッセージにはモーツァルトの節回しによく似た個所も出てくる。


経過句ではヴィオラがソロでつなぐところも印象的だ。


第3楽章:メヌエット
Arriaga: String Quartet No. I in D Minor: Menuetto & Trio

           The Chilingirian Quartet

これもモーツァルトを思わせるキリリと締まったメヌエット。高声部と低声部の2つに分かれて対峙する。2拍目から半音階的に動く低声部が印象的。


中間部のトリオは変則的な弱起のリズムで始まる。その不安要素はイ短調の響きのする憂いある宮廷舞踊に続く。その色合いはどこかにスペイン風の情熱を秘めている感じがする。


第4楽章:アダージォ~アレグレット
String Quartet No. 1 in D Minor: IV. Adagio - Allegretto

             Cuarteto Casals

序奏部はバラードの始まりらしく荘重に、チェロが沼の中から湧き出る水泡のような上昇モティーフを繰り返す。それはヴィオラに受け継がれる。


主部のテーマは第1ヴァイオリンが奏でる。ニ短調ながら装飾譜の弾みのついた8分の6拍子で軽快に続く。他の3声部は同じリズムで伴走する。この主題を情熱をこめた高みまで展開させていく力量には目を見張る。


第2主題はヴィオラのソロにチェロが合わせる。優美さに満ちている。(第1ヴァイオリンはお休み)
 

 

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