F. リース:フルート五重奏曲 ロ短調 作品107 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Ferdinand Ries - Flute Quintet b-minor op.107

 CDのサブタイトルに「巨匠たちの影を抜け出て」(Out of the shadow of the masters) とついたシリーズのようなものを見かけた。そこに収録されている作曲家はさほど知られていない人々がほとんどだが、その中にフェルディナント・リース(Ferdinand Ries, 1784-1838)も入っていた。リースはベートーヴェンとシューベルトの影であまり注目されていなかったのは確かなので、「隠れた名曲を紹介したい」という発売元の意図の通り、しっかりした曲づくりでキラリと光るものがある作品を見出すきっかけとなった。


 

 前回の記事では、フルート五重奏曲(フルート+弦四)の編成の曲が非常に少ないと言ったが、古典派後期に入るとヴィオラを2本とする別編成のフルート五重奏曲が多く作られるようになった。つまり、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ2本、チェロの5人である。これは中低声部を充実させることによって、天真爛漫だけでないフルートの表現力の可能性を試したものではなかったかと想像する。

 リースは室内楽曲も多数作曲していて、作品番号無し(WoO) として生前未刊だった曲も含めて近年続々と出版され、演奏も聴けるようになったのは目覚ましい。まるでタイムカプセルから掘り出された過去の遺物が新鮮な楽曲として登場したかのようだ。特にピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲、弦楽五重奏曲、フルート四重奏曲、フルート五重奏曲などはベートーヴェンがほとんど書かなかったジャンルでもあったので、その空白を満たすに足りる作品群になっていると思う。

Quintett in H-Moll, Op. 107: I. Allegro

                                        Ensemble Schönbrunn

 ここに取り上げたロ短調のフルート五重奏曲は、1818年の作曲、リースがロンドンで活躍した最盛期の作品で、ロマン派を十分に予見させるダイナミックな表現に満ちた成功作だと思う。

 楽譜はパリのリショー社(Richault)版がIMSLPに納められているが、手書製版譜で読みにくい。最近出版されたアッコラーデ社版(Accolade) の印刷譜をPDFにしたものが KMSA譜面倉庫に入っており、スコアとパート譜を参照できる。
https://onedrive.live.com/?authkey=%21AHISkNtSGYXnlUY&id=2C898DB920FC5C30%219563&cid=2C898DB920FC5C30


第1楽章:アレグロ

 ロ短調、4/4拍子。弦4部が協奏曲の前奏のようにフルート登場のお膳立てをする。短調ならではの緊張感が続く。
 

 フルートのテーマは大胆な音の跳躍がある。歌舞伎で大股で見栄を切るような感じがする。
 

 途中から入ってくる「タンタカ、タンタカ」という馬が疾駆するようなリズム=ギャロップ風とでも言うのだろうか?切迫した場面でよく耳にするが、優雅な古典派時代にはなかったロマン派的な激しいリズムだ。

                Rossini : William Tell (Guillaume Tell) overture 

 類似したリズムは、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲(1829)の第4部分「スイス軍の行進」
 

 

 ずっと後世になるが、グリーグのホルベルク組曲 (1885) の第1楽章の冒頭が最も特徴的だ。
 


第2楽章:アンダンティーノ・コンモート
Ferdinand Ries - Quintet b-minor op. 107, 2nd and 3rd movement

                                     Ardinghello Ensemble

 関係調と言えるのかどうか不明だが、第2楽章は♭4つの変イ長調、6/8拍子になる。シシリアーノ風の前奏(1歩目を引きずって2・3歩目で早めるようなリズム)がロマン派の風景絵画を思わせる。続いてフルートがカデンツァで自由に歌う。これが冒頭と最後に2度繰り返される。師匠のベートーヴェンの交響曲「田園」の鳥のさえずりを想起させる。フルートの独壇場だ。中間部はシシリアーノのリズムに乗った牧歌的な雰囲気が続く。

 

第3楽章:フィナーレ、アレグロ
Quintett für Flöte, Violine, 2 Violen, Violoncello in B Minor: III. Finale. Allegro

                                      William Bennett(Fl), Novsak-Trio, Mile Kosi

 

 ロ短調に戻る。2/4拍子。冒頭の嵐のような弦の荒々しい刻み。フルートの元気よく走り出しては何かを思い出して立ち止まる姿が面白い。2楽章も3楽章も途中でフェルマータが挿入されているので、古典派のように一本調子でなく、あたりを見まわしながら要注意で進むのも冒険小説的だ。
 

 

 

フェルディナント・リース(Ferdinand Ries, 1784-1838) は、ベートーヴェンと同じボンの生まれだが、ベートーヴェンよりは14歳年下だった。両方の父親ともケルンの選帝侯の宮廷楽団に関わっていた。フランス革命軍の侵攻により選帝侯の楽団は解散し、リースは音楽教育を受けるために周辺各地を転々とした。1801年から4年間ウィーンで活躍するベートーヴェンのもとで弟子および助手として生活したことは彼の芸術観に大きな影響を与えた。20歳以降の10年間はピアノ演奏家として欧州各国やロシアの都市を移動しながら演奏会で賞賛を集め、また作曲家としても自作のピアノ協奏曲や交響曲、室内楽曲を出版した。1813年3月にロンドンに到着した彼は、フィルハーモニーコンサートでデビューし、そこで大きなセンセーションを巻き起こした。その後まもなく英国の女性と結婚し、彼はイギリスの首都で最も有名な音楽家の一人になった。名演奏家、教師、作曲家としての彼の驚異的な活動により、10年間でかなりの金額を稼ぐことができた。1824年5月3日、彼はロンドンで別れのコンサートを行い、以後郷里のボン近郊に活動の拠点を構えて各地を訪れた。1838年1月13日死去、53歳だった。

*参考サイト:Wikipedia フェルディナント・リース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9#%E7%94%9F%E6%B6%AF