【ウィーン風】J.M.クラウス:フルート五重奏曲 ニ長調 VB188 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

J.M. Kraus : Wiener Flötenquintett D-dur, Op.7, VB 188 

 管入りの室内楽曲のうちで、なぜかフルート五重奏曲(フルート+弦四)は極端に少ない。ボッケリーニがこの編成で何曲か書いていたが、短い曲ばかりで他に広がることはなかった。それに比べてクラリネットはモーツァルトの傑作も含め、五重奏曲が好まれてロマン派の時代まで伝統が続いた。フルートの場合は楽器の性格上、軽やかで明るいので合わせる弦楽器の数も手軽な3人のほうが結果的にバランスが取りやすかいのかもしれない。フルート奏者からすると五重奏曲の場合は「大仰な」感じになるらしい。楽器が1つ加わるだけで、曲の印象も、響きも、ずっと重くなるのだ。この編成があまり取り上げられなかった理由の一つがこの「大仰さ」にあったのかもしれない。
 

 

 J.M.クラウス (Joseph Martin Kraus, 1756-1793) はスウェーデンの宮廷音楽家だったが、自己研鑽のために時々外国旅行が許され、欧州各地を訪れて時代の息吹を吸収することができた。27歳の1783年には尊敬するハイドンに会うためにウィーンに逗留する機会を得た。この時彼はわざわざ「ウィーン風」(Wiener)と銘打ったフルート五重奏曲を書き上げ、そこで出版したという。3楽章構成ながらも完成度の高い作品になっている。クラウスがモーツァルトと会ったという記録は確認されていない。同い年のモーツァルトは一年前からウィーンに住み始め、結婚したばかりであった。クラウスがウィーンに滞在中には、モーツァルトは新妻コンスタンツェを連れて父親のいるザルツブルクに数カ月間帰省していたので不在だったかもしれない。いずれにしてもモーツァルトはまだウィーンでは知名度が低く、フルート協奏曲もまだ書いていなかった。クラウスはウィーンで見聞きした古典派盛期の様々な音楽に刺激を受けながらこの五重奏曲を書いたに違いない。

 何が「ウィーン風」なのかと考えてみたが、例えば上記の譜例の各小節のそれぞれで、出だしから3つ目の音がメインなのに、そこへ行くためにやんわりとバウンドさせて着地させているしなやかさがウィーン的でオシャレだったとも言える。

 

Flute Quintet in D Major, Op. 7, VB 188: I. Allegro moderato

               Adelheid Krause-Pichler (Fl) Twins Quartet Moskau-Salzburg

 ところがクラウスの名前も作品も、自身が辺境の地で活躍していたせいか、欧州の中心では最近になるまで長らく忘れ去られていたのである。この曲のCDはオーレル・ニコレ(Fl)の名演以降、最近のナイト・ミュージック盤(下記のMichael さんのBlog記事参照)までかなりの数の演奏家によって取り上げられるようになってきたのは喜ばしい。ただやはり変則的な編成の五重奏がネックで、孤高の曲といった感じは否めない。
http://micha072.blog.fc2.com/blog-entry-2684.html

 

 

 楽譜は IMSLP に手稿譜が納められているが、読みにくい。ドイツのカルス出版社からスコアとパート譜が出ている。
Joseph Martin Kraus:Flötenquintett  VB 188  Carus Verlag

また上記カルス社版のスコアをもとに無料作譜ソフトMuseScoreで作成したものがKMSA室内楽譜面倉庫(下記URL)に入っているので、スコアとパート譜を参照できる。(当時はスコアしか手に入らなかったため)
https://onedrive.live.com/?authkey=%21AHISkNtSGYXnlUY&id=2C898DB920FC5C30%216890&cid=2C898DB920FC5C30


第1楽章:アレグロ・モデラート

 出だしは弦楽4部のみでテーマが提示される。2/2拍子で書かれているので、4/4のモデラートよりも心持ち足取りが速い感じがする。なぜクラウスが五重奏にしたかがわかるような気がする。協奏曲の前奏のように弦だけで地ならしをするには弦パートの充実が必要だったのだと思う。

 

 高い空に飛行機雲を描くようにフルートの高音の伸ばしが多用されていて、その下で動く弦のテーマと対話するような動きもしっかりと構築されているのを感じる。

 

 ウィーン風と思われる2拍目に重きを置くリズムは、フルートのソロでも歌われ、上品な響きがする。

 

 またこの曲でもクラウスが得意とした「転換手法」=「ゆっくりとした半音階上昇のパッセージを経て次につなげる」手法が現れて、「あぁ、ここでも使っている!」とその刻印を見出せるのが楽しみだ。

 

 

第2楽章:ラルゴ
Flute Quintet in D Major: II. Largo

                                      Martin Sandhoff (Fl) Schuppanzigh-Quartet

 イ長調、2/2拍子でラルゴと書かれているが、4拍子のアンダンテと考えたほうがわかりやすい。この楽章でも出だしは弦4部だけで、充実したテーマが奏される。明白には変奏曲形式とは書かれていないが、メロディの区切りごとに楽器の役割が入れ替わる。
 

 フルートが主役で出る部分が限られるのが一層印象的に聴かせる効果を及ぼしている。この2回目の登場のメロディもとても美しい。
 

 チェロにも出番が回ってくるのが有難い。ただしこの間はフルートは全休になる。クラウスは五重奏編成にしながらも、使用楽器をぜいたくに取捨選択しているかのようだ。



第3楽章:フィナーレ、コンブリオ
Wiener flute quintet in D-major, Op.7 / VB 188 - Con brio

                                       Lena Weman (Fl) Jaap Schroeder (Vn) +3

 ニ長調、3/4拍子、生き生きと。冒頭から特徴的な活気あるテーマが弦楽だけで始まる。途中からフルートも加わるが、テーマを高音でなぞるように合奏の一員として動いている。高音の伸ばしも多い。それだけ全体の緊密度が強固だということで、これほどのアンサンブルの高みに達している曲はまれに見るほどだと思う。
 

 別の相対する動機がチェロとヴィオラの応答で交わされるが、これにも緊迫感がある。

 


 途中で第1ヴァイオリンがソロで歌う個所も理知的な中に情熱を秘めている。



 実は、フルート五重奏曲は、古典派後期にかけて楽器編成を変えた形でクロンマー、ロンベルク、クーラウなどによって作られている。それは、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ2人、チェロの5人である。これも一度に2人のヴィオラ奏者を揃えるのが厄介なので、あまり演奏される機会は多くないが、古典派後期のやや表現が重厚になった時期には好まれることがあったらしい。この編成についてはまた別の機会に取り上げたい。