【菊の花束で】プッチーニ:弦楽四重奏曲 ニ長調 &「菊」 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Puccini : String Quartet in D-major and “Crisantemi”
   
 人は自らの愚行を思い出しては悔やむということを繰り返している。確かにこれまでの人生がすべて満足で充実したものだったと言い切れるものではない。特に物欲に関しては悔悟だらけだ。モノを所有したいという人間のバカバカしい欲望は生きているうちは矯正できないものなのだろうか?
 早い話が本やCDを買っただけで、人は読まずともまたは聴かずともその教養や知識を獲得したと錯覚してしまうのだ。書棚に並べて数十年、自分の誇らしげな蔵書のほとんどがこうしたものでしかなかった。しかしながら探し回ること、買い漁ることの行動と時間が人生そのものであったのもたしかで、そのバカバカしさを行わなかったら、人はどう生きればいいのか? 悩ましさは続く。

 

 プッチーニ(Giacomo Puccini, 1858~1924)は代々教会音楽家を輩出する家系に生まれたが、ヴェルディのようなオペラ作曲家になりたいと熱望し、20歳を過ぎてからミラノ音楽院に入り直し、ポンキエッリやバッジーニの指導を受けた。彼の才能は35歳で初演となった「マノン・レスコー」で間違いなく開花したが、オペラに心血を注いだため、彼の室内楽的作品は極端に少ない。32歳のときに彼の庇護者であったアオスタ公の死を悼んで「菊」というタイトルの弦楽四重奏の小品を書いたのが知られている程度である。
 近年になって彼のミラノ音楽院時代の習作を小品として演奏する事例が増えている。そのいずれもが独特な魅力にあふれ、タダでは見過ごせないという気持から、構成次第では一つの弦楽四重奏曲として聴けるのではないかと考えたのは一度ならずある。今のところ私にとってのベストの編成は(1)ニ長調の単一楽章 ~(2)「菊」~(3)メヌエット1番 ~(4)スケルツォ ~(5)フーガ1番の5曲になる。調性も#系の関係調でつながるのでおかしくはなさそうに思える。



 これとは別に、伊リコルディ(Ricordi)社から出たのは、プッチーニの草稿などからルーデヴィヒ(W.Ludewig) が再構成したという弦楽四重奏曲 ニ長調の楽譜だ。これは(1)とスケルツォはそのままプッチーニの物を使い、第2楽章と第4楽章を別途補完したものになっている。

楽譜は IMSLP に個々の作品として収容されている。
(1)String Quartet in D major, SC 50 (Puccini, Giacomo)
(2)Crisantemi, SC 65 (Puccini, Giacomo)
(3)3 Minuetti, SC 61 (Puccini, Giacomo)

またルーデヴィヒ補完版の弦楽四重奏曲は KMSA でパート譜を参照できる。
KMSA室内楽譜面倉庫 : Puccini=Ludewig SQ D-dur


(1)弦楽四重奏曲 ニ長調 アレグロ・モデラート
String Quartet in D Major

        Ruysdael Quartet

 冒頭のヴィオラから始まる短いモティーフの積み重ねがこの楽章の根底を形作っている。活気というよりはしなやかさを感じる。


 息の長い穏やかな第2主題は第2ヴァイオリンから奏でる。展開する過程で伝統的なバロック和声の響きも織込んでいる。


 提示部の結尾部分では第1ヴァイオリンが甘美なフレーズを控え目に歌う。女性で言えばちょっと流し目の美しさとでも言えるのかも。


(2)弦楽四重奏曲「菊」嬰ハ短調 アンダンテ・メスト
PUCCINI - Crisantemi for String Quartet

      Quartetto d'Archi Gagliano

 #が四つの嬰ハ短調の響きが不安定で深みのある雰囲気を醸し出す。音を引き摺るように、あまり高低の変化がないのが沈痛さを感じさせる。弦の弓はボウイングスラーと言って一方向にほとんど返さない奏いてその効果を出している。「菊」はカトリック系の国では特に11月初頭に墓参の供花として用いられる花である。


 中間部はヴィオラの静かなトレモロの上を、第1ヴァイオリンが悲痛な心情を込めて訴えるように歌う。それにチェロが加わる。


 最後のパッセージではヴィオラのソロで立ち去りがたい魂の、名残を惜しむかのようなつぶやきが続いて、消えて行く。傑出した楽曲だと痛感する。


(3)弦楽四重奏のためのメヌエット第1番 イ長調
Giacomo Puccini – Minuetto I

        Quartetto di Roma

 プッチーニは音楽院でメヌエットを3曲まとめている。この第1番が最も優美で評価が高く、オーケストラ用にも編曲されている。「マノン・レスコー」の第2幕の中の社交場の場にもその片鱗が転用されている。


 中間部のトリオも華やかさが際立っている。


(4)弦楽四重奏のためのスケルツォ イ短調
Puccini: Scherzo for String Quartet

       Orion String Quartet

 このスケルツォも秀逸である。緊張感のあるユニゾンのあと、引き締まったテーマが第1ヴァイオリンによって歌われる。キビキビした伴奏部のピチカートやスタッカートの効いた響きが頭に印象深く残る。


 中間部では牧歌風の田園風景を思わせるが、そこにはイタリア風の明朗さが感じられる。


(5)弦楽四重奏のためのフーガ第1番
Puccini - Fuga nr. 1 for string quartet

    Quartetto dell'orchestra sinfonica di Milano Giuseppe Verdi
 これは楽譜が見つからないが、終楽章としてケジメをつけるには必要だと思った。ハイドンやベートーヴェンにもフーガ楽章を最後に持ってきた作品があるからで、作曲の伝統的様式の一つとしてしめくくるのに適していた。

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*参考: ルーデヴィヒによる補完版の弦楽四重奏曲もマンハイム四重奏団によってCD化されている。第2、第4楽章が新規なのだが、やはり「菊」やメヌエットの充実ぶりと比較すると全体的には印象が軽くなってしまう。

String Quartet in D Major: I. Allegro moderato (Reconstructed by W. Ludewig)

 

String Quartet in D Major: II. Adagio (Reconstructed by W. Ludewig)

 

String Quartet in D Major: III. Scherzo. Allegro vivo - Trio - Allegretto 

 

String Quartet in D Major: IV. Allegro vivo (Reconstructed by W. Ludewig)


 

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