「ありのまま」でいいんじゃない
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2018年05月30日(水)

芽吹いた命から

テーマ:family

 

朝、パソコンに向かい窓の外を眺めると子育て真っ最中の燕が飛びかっている。人が80年生きたとすると、その人が何らかの接点を持つ人の数は3万人程度と言われているが、そのうちの一人、娘の子と出会う。

 

娘が身近で産んだ子どもとなると感慨深いものが生まれるのはどうしてなんだろう。歳を重ねたことも一因としてあるが、それだけではない気はする。芽吹いた命には心を透き通るように真っさらにしてくれる不思議な力がある。

 

生まれてきたときの娘と孫の今とを重ね合わせられるほど、記憶を辿ることはできないが、娘の生まれるその日の朝陽だけは今でも鮮明に覚えている。娘のそのときと同じような感性を持ち合わせていることだけはわかる。芽吹いた命は過去の感慨を蘇らせてくれる。

 

「会うは別れの始め」という諺がある。仏教のお経にある「会者定離」(えしゃじょうり)という言葉から生まれ、人生の無常を表した人生言葉だそうだ。「出会ってもう別れかよ」と突っ込まれそうだが、人生で起こり続ける日常的な現象。綺麗な花が咲いてもいずれ花びらは散る。形あるものも朽ち果て地に帰る。今ある心地よさも消え去っていく。

 

出会いを最も深く認識させられることに「生き」「死に」がある。出会いがあれば、必ず別れがあると言葉で解ってはいても、その現実を受け入れ、きっちり受け止められるかと言えば、そんな容易いことではない。人は無常に対して一旦は無力に陥る。誰もが心に深く刻まれるような出会いや別れに一喜一憂する。

 

「いってきます」「いってらっしゃい」と日々交わされる別れの言葉には「行って戻ってきます」「行って戻ってらっしゃい」という意味が込められているそうだ。「あなたの心に戻ってきます」「私の心に戻ってらっしゃい」と心を付け加えればどうなるだろう。「私の心」と「あなたの心」がかたく結ばれていくような気がするのは私だけだろうか。

 

芽吹いた命からいただきものがありました。

 

2018年05月23日(水)

彼だけが咎められる問題ではない

テーマ:独り言

世の中を映しだす鏡のようなニュースが溢れ出ている。其処ら中で組織の存在価値が問われている。人が生きるために組織があることが大前提ではないのか。組織繁栄のためにだけに人を消耗品的に扱うことを許してはいけない。追い詰められた個々人の疑いたくなる行為の連鎖に心が痛む。

 

過ちを犯した二十歳の若者が自らをさらした。ことの重大さを認識しているからこそ、自覚したからこそ、彼は我が身を奮い立たせて公の場に出ていけたのだろう。悪質な行為に及ぶ前に「審判の笛は聞こえていましたか」という質問に彼は「聞こえていました」と答えた。笛が鳴ったことでいったんプレーは終わっていたはずなのに。

 

絶対やってはならないことを追い詰められてやってしまう。悪とわかっていながら、やらなければならない苦しみが包み隠された。本意とは異なる行動をくださなければならない彼の無力感が健全な思考をも遮断してしまったのだろうか。純粋さや誠実さが苛まれていったに違いない。

 

それでも光明は一つある。誰も背負えない一つの大きな過去を彼は背負った。今の世の中を見渡しても背負おうとしない輩は多い。重たいものを二十歳の若者は背負った。人は自分の非を素直に認めることを拒む生き物だ。社会を見れば一目瞭然だろう。彼は誰も歩いたことのない道を歩き始めた。いばらの道だが、下だけを見続けて歩く必要のない道を選んだ。

 

それでは人を導く立場にあるものは何をどう伝え導くのか。良心の呵責に苛まれる最悪の行為は誰しもがしてしまう可能性がある。だからこそ、いずれの環境に身を置こうとも、最善の判断を自らが下す慣習を身につけさせるべきだろう。導く立場のものは自らにも問い続け、考えていくしかない。その人の「為人」に結びつくように。常に最後はその人の自らの判断がその人の人生を決めているわけだから。

 

彼だけが咎められる問題ではない。

 

2018年03月09日(金)

夢をかなえる

テーマ:will

努力を惜しまないものだけに夢への扉が現れます。

 

扉を開けるには一歩を踏み出す勇気が必要です。

 

 

夢はかなうものではなく、かなえるものです。

 

 

自分の中にあるほんとうの思いを言葉にしていますか。

 

長い時間をかけて言葉を心に刻み込ませていますか。

 

心に刻み込まれた言葉からは挑む力が生まれます。

 

 

自分だけの大切な言葉を持っていますか。

 

心の底から吐き出した言葉にはエネルギーがあります。

 

人は大切な言葉を持っているから挑めるのです。

 

 

挑まないと夢は叶えられません。

 

 

挑めば、いい意味での孤独を感じます。

 

挑みには、夢をかなえるための孤独が必ずあります。

 

孤独には、自分を見つめる時間があります。

 

 

孤独からは気づけるものもあります。

 

それは普段はなかなか気づけない人からの支えです。

 

 

孤独からは育まれるものがあります。

 

それは夢をかなえるためには欠かせない忍耐力です。

 

そして忍耐力は人からの支えに気づけたとき初めて育まれるものです。

 

 

挑むことで孤独を味わい、自分を知れます。

 

真剣に挑むから人の支えに気づけます。

 

人の支えに気づけるから忍耐力が育まれます。

 

 

すべてがお互いに結びついている夢をかなえる土台です。

 

夢をかなえるために頑丈な土台を作りましょう。

 

 

土台を作るまでは努力が報われないこともあるでしょう。

 

失敗や挫折もあるでしょう。

 

受け入れられないこともあるでしょう。

 

夢は人が成長するためのものです。

 

 

夢とどう向き合うか。

 

自分とどう向き合うか。

 

すべてを夢をかなえるための肥やしにしてください。

 

自分に問いかけてみましょう。

 

自分の意志で歩んできていますか。

 

自分の意志で多くのことを経験していますか。

 

自分の強い意志で行動を起こしていますか。

 

 

自分の力を出し惜しみせず、勇気を持って一歩を踏み出してください。

 

You can do it!

2017年11月14日(火)

瞑想法の修行

テーマ:start

マインドフルネス「気づきの瞑想」という本を読む込むうちに朝20分の瞑想を始めていた。1ヶ月が過ぎても続いていた。その頃、本格的な瞑想センターがあることを知り、ヴィパッサナー瞑想(vipassana)の実践経験をしたくなり躊躇なく10日間コースに申し込んだ。

 

 

約4ヶ月朝瞑想を続けてから、覚悟を決めて10日間の瞑想法の修行に参加した。なぜ、覚悟しなければならないかと言えば、戒律を守り最後までやりきるという誓約書にサインをすること2度。センター敷地内では外部と完全遮断され、宿舎内に持ち込めるのは衣服と洗面道具と目ざまし時計だけ。10日間参加者と言葉を交わすここができず聖なる沈黙を保つ。参加者と目を合わすことも、コミュニケーションをとることもできない。

 

ひたすらすり鉢状の自然の中で自分自身だけと向き合い続ける。

 

朝4時に起きて夜9時半就寝。質素な食事を朝と昼2回いただき、夕方には果物と飲み物がでる。日に3回ある1時間のグループ瞑想は瞑想ホールで全員参加が義務付けられていて途中で放棄することは許されない。その前後の約2時間の瞑想はホールでも部屋でもどちらでも瞑想するのは構わない。

 

私は瞑想ホールでほとんどの時間を過ごした。瞑想中に虫の鳴き声が耳元で聞こえた感覚に驚いたこともあった。辛くとも冷たい空気が頬を触れる感覚に「新鮮さと心地よさ」を感じたこともあった。

 

毎日、朝起きてすぐシャワーを浴びた。朝食を終えてから手洗いで衣服を洗って干した。休憩は晴れの日も雨の日も外で空と木々を眺めていた。毎日がシンプルだった。

 

 

一日に約9時間近く瞑想法の実践をする。

 

背筋を伸ばし体を動かさず目を閉じていることが瞑想の基本。忠実に行えば行うほど膝の痛みや肩の痛み、首の痛み、多くの痛みに襲われた。それでも目を開けず、足を組み替えず、ひたすら鼻呼吸で鼻孔に流れる空気の感覚を意識し続ける。心を定めることはほんとうに難しい。

 

瞑想中に残り時間を告げられることもない。終わりがくるまで、ひたすら体の感覚を観察して瞑想する。目から火がふいたような感覚、辛子を塗られたような汗感覚を味わった。痛みや痒みがあっても動かないと決めていた。

 

瞑想が終わり、きちんと立ち上がれないこともあった。硬いベッドに横になり、目を閉じると見たこともないような怪物や風景が現れたり、痛痒い感覚が現れしばし眠れないこともあった。

 

3日を過ぎると体の痛みもなくなり、体の感覚を観察するうちに痛みが消えたり、現れたりすることに気づき始める。痛むところがあっち、こっちと動き始める。痒みがあってもしばらくするとなくなることも起き始める。気持ちがいいところも出てくる。体の感覚が少しづつ敏感になっていくのと同時に全く感覚がないところもあった。

 

いつのまにか、瞑想を終えしばらくすると痛みは消えていた。

 

自分の心体の中で「快・不快」を観察し経験することで平静な心のあり方を学んでいく瞑想法。今を受け入れて無常を体験するうちに心が落ち着き、心は少しづつ浄化していく。積もりに積もった潜在意識にある心の汚濁を痛みとともに一枚一枚剥ぎ落としていくと不思議なことに心が清々しくなっていくのがわかる。

 

瞑想中は「渇望・嫌悪・執着」しない平静な心でいることを求められる。「早くこの痛みから逃れたい」とか「なんでこんな痛みが出てくるんだよ」とか「早く帰りたい」とか「もっと美味しいものを食べたい」と思い続けていたら瞑想を続けることはできないだろう。

 

自分という心身を利用して思考や感情からの反応や反発、要らない価値観に動じない心を養うための始まり。瞑想すればするほど自分を受け入れざるを得なくなっていく。過去に対して、涙もでる、怒りもでる、後悔もでる、喜びもでる。すべてを引っ括めて受け入れる。

 

「無常、永遠に変わらないことは何もない」と自らに課した厳しい体験で気づくとき、心は安まることに気づいた。そして、忍耐と努力を学んだ。

 

「快・不快」はいつかは消える、そして、また、いつかは現れる。時は流れ移りゆく、そのとき、そのとき、「快・不快」どちらであっても冷静に受け止める心境にたどり着くにはどうやら長い道のりになりそうだ。

 

朝4時に起きて1時間の瞑想は今も続けている。

 

2017年08月24日(木)

丸太の腰掛が一つあればいい

テーマ:start

ひとりお盆のさなか県道10号線を南下する。仙台空港のアンダーパスをくぐり抜け、福島県相馬市から茨城県日立市までの約150km、高速道路は使わずに一般道を走る。

 

3度目となる被災地域巡り。

 

津波の被害で海岸に近い道路は何箇所も寸断されていた。何度も国道への迂回ルートを走っては海辺近くの県道を走り続けようとした。

 

県道から狭い浜辺に入り込む。たぶん被災前はもっと大きな浜辺だったはず。防壁コンクリートは真新しいかった。家族らしき人たちが波打ち際で戯れる姿に「もしかしたら、この近くに住んでいた人かな」と心が少し和んだが憂も味わった。一般の方がわざわざこの浜辺へ来ることはないだろう。

 

県道を外れて車を進めると、少し小高いところに人の集まりが見えた。その塊の脇にはぽつんと小さな墓地がある。幸いにその一角だけが津波の被害を避けられたのだろうか。ご先祖への感謝と供養は怠ってはいなかった。

 

駅とその周辺は綺麗に整備はされてはいてもまだ何も機能していなかった。県道を探しながら迷い込むと戸建住宅が高台に地域ごと移されたようなところに出っくわす。そこだけ見ればどこにでもある区画整理された静かな住宅街だったが、住まれている方々のおもいを計り知ることはできない。

 

慰霊碑は残りながらも、時代も変われば、世代も変わる。

 

 

国道6号線、行き来する車は少ない。帰還困難区域を激しい雨のなか止まることなく一息に走りぬけた。一箇所だけあった電光表示板の放射線量は2.485マイクロシーベルトを示していた。バリケード封鎖された脇道には警備員が常駐している。凛と佇む警察官が車の通行を監視している姿に奇妙な恐ろしさを感じた。

 

いったいいつまで続くのだろうか。誰がどうやり続けるのだろうか。この国に真正面から突きつけられた大きな課題だと思うのは私だけだろうか。

 

この国で暮らしていくのなら未来永劫、向き合い続けなければならない。決して背を向けることはできない。できることなら現場を直視した方がいい。

 

1日数本しか来ないバスを待つのに立派な停留所はいらない。雨をしのげて丸太の腰掛けが一つとあればいい。

 

「ほんとうの豊かさとは?」なんだろうか。ものの豊さが安らぎや幸福を与えてくれるという時代はとうに終わったと思っていた。戒めるかのように大きな原発事故は起きた。過剰な欲の追求に対して反旗をひるがえした出来事ではなかったのではないだろうか。

 

ものの豊かさは度を越した便利さを生み、やがてその便利さは人を衰えさせ怠慢にし、心を麻痺させ鈍らせていく。不便だからこそ、整っていないからこそ、程よいからこそ、人々によって培われ生まれるものがあり、継承すべき大切なものができあがるはず。

 

天災と人災は後を絶たないが、いつどこで当事者になるかはわからない。「未来のために今何を優先させるべきなのか」と問われている。

 

一人ひとりが余分な欲を削ぎ落とすことから。

 

2017年07月05日(水)

丁寧に生きることから

テーマ:start

3年前のちょうど今頃から準備を始めたことを締めくくれた。中途半端で何かしっくりこなかった。2年も経って言葉にしてみると経験したことだけでは言葉にできなかったんだなと痛感した。

 

経験したことが日常にどう結びついているのか、どう結びつけるのか。時間と心のおきどころがないとしっくりこないこともわかった。

 

時が経って心に残存しているというより、「あるものがある」って感じかな。それを一つ一つ拾い集めながら今と結びつけて考え直してみると結構腑に落ちていく。

 

経験が何を意図として起きたことなのか、どんな意味があったのか。どうして導かれたのか。その時には気づけなかったこともシンプルにすると見えてくる。

 

シンプルなことを丁寧にこなすことって大切なことだと思う。がさつものが毎度箸を丁寧に扱い、背筋を伸ばして食事をいただくことを意識するようになった。日々ゆっくり丁寧に実践することも忙しい日常で容易くないのもよくわかる。日々の当たりをいかに丁寧に行えるか。目先の今そのことを大切にする心を持ち続けられるか。

 

それは自分でも驚くほど時間をかけて冷たく硬いものが少しづつ解凍されて、柔らかく温かいものに変わっていったような感覚がある。

 

安直な思いや場しのぎから生まれた言動には丁寧さはない。丁寧に今を生きることに果てしない未来へとつながる未知がある。荒らしさや厳しさの中にも丁寧さがあると感じるのは自然と対峙したからだと思う。大自然は人と丁寧に接してくれている。気づけるか、気づけないか。人に生きるための大切な気づきを与えてくる。

 

丁寧に生きることから。

 

箱根あじさい寺・阿弥陀寺

 

 

 

 

2017年05月31日(水)

幾つになっても

テーマ:四国遍路

女体山山頂で気を入れ直す。女体山から第88番礼所までの下り3kmは今までで最も注意しながら丁寧に降りた。一切気を抜かなかったことを覚えている。着けば、7ヶ月かけたことが終わったなと一気に息をぬいた。

 

山門近くのお土産屋さんで生姜湯のお接待をいただく。ピリ甘で美味しかったことは忘れないだろう。88番目の御朱印で結願となる。頬に当たる風は冷たいが清々しかった。

 

 

第88番礼所から約20km歩いて、宿で一泊する。

 

2017/1/18(日)37日目。宿から4kmほど歩いて第一番礼所に戻り着いた。「来たときの気持ち」と「帰るときの気持ち」を確かめようとしたがわからなかった。

 

終えてみれば、起きて歩いて寝て起きて、毎日をシンプルに過ごしただけだった。

 

今の気持ち、今感じていることを大切に毎日を過ごそうとした。人との関わりから唯一一回だけ鏨が緩んだ。後悔しても元には戻らない。戒めとして心に刻んでいる。

 

成し遂げても悔いが残るからいいのかもしれない。何かが足りない。足りないから。何かを続けようとする。

 

どれだけ素直な気持ちで自分の思いを大切にできるのか。

 

それは自分自身を過保護に扱って、我儘を許すことではない。

 

心身をどれだけ俯瞰できるか。そのままの自分を好きになれるか。

 

自分の愚かさや弱さ、未熟さや甘えが痛いほど見えてくる。目を背けたくなるような自分を知る。辛く悲しくもなる。あらためて人は弱い生き物であることも知る。

 

だからこそ。

 

自分を受け入れれば、他人を受け入れられることも知る。自分が好きでないのに他人を好きにはなれるはずがないことも知る。

 

私は以前より自分が好きになった。自分をさらけ出せるように、今の自分を受け止められるようになってきた。できない自分がいることが好きになった。まだ、まだ、できないことや知らないことがあることが嬉しいと思えるようになってきた。

 

未完成だから。

 

できないことが、できそうもないことが、できる。できる喜びに気づけることこそ、生きる源になることも知った。

 

幾つになっても。

 

 

期間 2014/12/12〜2015/1/19 (バス車中泊2日:宿泊19日:テント泊17日)

費用全額 ¥282,291 

内訳 リュック・寝袋等装備必需品 64,906 

                                     宿泊費 105,868

                                        食費   49,813

                                     交通費   20,130

                   医薬品    5,414

                  通信費    2,960

             自販機飲料代   5,920

                  納経料   26,400

                                      お賽銭       880

 

 

 

 

2015/3/8 高野山奥之院にて御朱印をいただく。

 

満願。

 

支えてくれたのは妻であることは言うまでもない。

2017年05月29日(月)

覚悟を決めてますか

テーマ:四国遍路

2015/1/17(土)36日目。八十八ヶ所結願、第88番礼所大窪寺までは約12kmと距離はさほどあるわけではないのですが、約8kmは遍路道、標高は770mを超えるところもある。お寺は徳島県の県境に近い矢筈山(標高782m)の東側中腹にある。

 

 

手持ちの地図を見ても道はなく、お遍路さんの道しるべも見つけられず、迷いに迷う。人もいない、藪のような歩けるかどうかもわからない道を方位磁石だけが頼りで歩く。生い茂る草木をかき分けて山を這い上がり、やっと道に出れば来た道に戻っていた。一回りしてようやく頂への道がわかって歩き始める。

 

最後の難所標高774mの女体山へと向かう。雪も残り、人の足跡もなく、少し凍った地面を踏みしめ山頂を目指す。青空が曇り始め、粉雪が舞い、風も強くなる。吹雪いてきた。歩く地面が土から岩盤に変わる。這い上がらずには登り切ることができなくなっていく。金剛杖を持ちながら、必死で四つん這いになって足場を固めながら手の置く位置を確認しながら登った。

 

迷った。

 

頂が見えない。「こんなところ、本当に登るのかよ」「登りきったら本当にその先に道はあるのかよ」と心の中でつぶやいた。それでももう今いるとことらから戻ることもだきなかった。振り返ると、引き返せば必ず落ちるなと感じたから。その瞬間、「滑り落ちればただではすまないな」と身が震えた。

 

信じてもらえないかもしれないが、一瞬吹雪がおさまり、雲間から閃光のように陽がさした。写真など撮る余裕はなかった。「生きなさい」と言われているように思えた。意を決して這い上がった。登りきれば人一人通れる細い道が続いていた。

 

女体山と名がつけられるだけの山だった。産道を通り抜け、生まれるときってきっとこんな感じなのだろうな。何かに導かれて、人は意を決して生まれてくるのかな。戻るに戻れない道を。そうであれば人は誰もが一度は意を決していることになる。

 

迷いに迷い、悩みに悩んでも、結局のところ、どこかで意を決しなければ何も生まれない。「意を決す」という覚悟は必ず誰もが持っているものなのだろう。

 

「覚悟を決めてますか」と問いかける。

 

2017年05月24日(水)

小さな喜びに心を大きく動かす

テーマ:四国遍路

2015/1/16(金)35日目。6時過ぎに宿を出る。15km先にある第84番礼所屋島寺に向かう途中で年配の女性に声をかけられた。「旦那さんはお遍路に行きたいけど奥さんがゆるしてくれない、そんな夫婦にいいアドバイスはありませんかね」と尋ねられた。 「毎日、電話を入れる約束をすることではどうですか、僕、毎日電話してるんですよ」と応えると、和かに「それいいね、その夫婦に伝えてみるわ」と返ってきた。

 

 

 

第84番礼所は高松市の東にあり、標高290m火山台地の半島で南嶺にある。第85番礼所へ向かう遍路道は屋島ドライブウェイをショートカットして下っている。ドライブウェイは歩行禁止のため歩いていくには遍路道しかない。イノシシには出くわすことはなかった。

 

 

 

第85番礼所八栗寺は標高375mの五剣山の8合目にあり神秘的な山。ケーブルカーはあるが歩いて登る。お寺に着き、香炉に献香をしていると参拝者の方に「ご利益あるからと」手を握られたことを思い出す。

 

 

第86番礼所志度寺の開創は625年、四国霊場屈指の古い由緒あるお寺。

 

 

第87番礼所長尾寺は明治維新以後、本坊は学校や警察、郡役所などの公共施設に提供されたお寺だそうです。

 

 

いよいよ、第88番礼所へ向かう前の最後の宿泊。1件目の宿に電話をすると「冬の時期は休業中なので」と断られる。もしかしたら、この辺り全部休業中かもしれないなとそんな思いが頭をよぎる。次の宿に電話を入れるとあっさり「素泊まりなら平気だよ」と快く受け入れてもらった。その宿は親子で宿を営んでいて小さな子供もいた。おかみさんからの温かいお接待があって宿代まで引いてくれた。

 

靴を履き終え、小さな声で「ありがとうございました」に「気をつけてね」と言葉が返ってくる。まだ暗い中、玄関の戸をそっと開けた。

 

ここに来るまでには何人も人のありがたさを感じた。灯のないトンネルを船頭さんのように前を歩いてくれてた方、そしてその方が来た道を戻る後ろ姿に頭を下げずにはいられなかったこともあった。一人がやっと通れる工事中の歩道の先で手を合わせて、私が通り過ぎるのを待っている方もいらっしゃった。雪の残る寒い朝一番、拝礼してご朱印をいただき納経料を収めようとすると「お接待です」と差し戻されたこともあった。

 

辛く嫌になるときもあるだろう。それでも、小さくても人のありがたさに気づける人でありたいと、常に思える人であり続けたい。小さな喜びに心を大きく動かせる人でありたい。

 

日常に潜む些細なことに如何に気づけるか。

 

 

 

2017年05月20日(土)

お互いが支え合ってこそ

テーマ:四国遍路

2015/1/15(木)34日目。昨日泊まった民宿はアパートを改造したような感じだった。軒先の脇にある、細い路地の奥の玄関から表通りに出るのですが、トタンを流れる雨の雫が雨粒より大きくなって身に当たる。7時だというのにどんより暗かった。歩きたくなくなるような雨の中、自衛隊演習場の脇を通り、3時間かけて6.5km先にある、標高400mの第81番礼所白峯寺にやっと着いた。

 

 

第82番礼所根香寺は山の中5km先にあるのだが2時間もかかった。

 

 

第83番礼所一宮寺は山下りから市街地を抜けて街中にある。約12kmを3時間半かけて雨も上がり気持ちよく歩るけた。

 

 

第83番礼所の近くにある「天延温泉きらら」に16時チェックイン。温泉に浸かる。敷地外の別棟に宿泊部屋があり、マンションのような佇まいだった。部屋には収納ベッドがあり、フローリング12畳でだだっ広い。ずぶ濡れの荷物をエアコンで乾かすためにロープを張ったが、ロープが短くて部屋が広すぎて苦労した。

 

 

ご覧とおり靴はボロボロになっていた。歩きお遍路は全行程の8割がコンクリートを歩き、残りの2割が土の上、山を歩く。2種類の靴を持っていくことも考えたが、防水加工されたミズノ製のローカットトッレキングシューズだけでここまできた。この靴はお遍路を終えたとき、準備段階で歩いた分を含めて約2400kmの道のりに耐え、私を支えてくれた。靴の重さは片方約470g。

 

どれだけの負荷がかかり、すり減ったのか。靴の底も相当すり減っている。アキレス腱付近には靴下の上から常にテーピングを施していたから、靴擦れは避けられた。靴紐の締めすぎで歩き出しは苦労した。ちょうど良い結び加減が見つかると足と一体化した。足をひきづることもなく、靴の片減りもなく、足の大きな痛みも一切なかった。

 

支える方もすり減るが、支えられる方もすり減る。だから、ただ支えられているだけではなく、支えられ易いように支える方を支えることでその効果も跳ね上がる。

 

支えられて、支えて。

 

支えて、支えられて。

 

お互いが支え合ってこそ、ことは成り立っていくのではないでしょうか。

 

 

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