決意表明

テーマ:

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 3月3日、高根やまびこホールにて、わたし・飛矢﨑雅也は決意表明をさせていただきました。大勢の人がそれに触れられていますので、ここにその全文を紹介させていただきます。 

 

 皆様、本日はわたし・飛矢﨑雅也の決起を祝うためにお集まりいただき、有難うございました。

 ここで、わたしの政治家としての決意を表明させていただきたいと思います。

わたしには、大好きな祖父がいました。貧しいが故に画家になる夢は叶わず、師範学校へ進みましたが、学徒出陣する事になり、生きて戻れないと覚悟した祖父は、1枚の自画像を「遺影」として描きました。祖父の乗船した船は敵の攻撃を受けて撃沈。海に放り出された祖父は、奇跡的に九死に一生を得ました。

絵さえ描ければ幸せで、政治に無関心だった祖父を、政治は無慈悲に戦地に駆り立てていった。政治に無関心でいることはできるかもしれないが、誰も、政治と無関係には生きられない。そのことを、わたしは、祖父の経験から学びました。

祖父が味わった地獄の苦しみを、他の誰にも味合わせたくない。そのように強く思ったわたしは、安倍政権による憲法第9条改正を止めるために、全力を尽くします。

 これまで、わたしは政治学を学んできました。そこで摑んだことは、政治とはみんなのことをみんなで決める営みだということでした。

 それをわたしは、県政に実現したい、と思い、政治家としての第一歩を踏み出しました。

 しかし長らく国とのパイプが強調されてきた山梨県政では強烈な利権政治が行われてきました。当選のために票とお金を集めてくれた支持者に見返りとして予算を組んで配る。そういう政治が続いてきた結果、暮らしと福祉に関わる民生費が山梨県の決算に占める割合は全国44位、教育費は39位。その一方で土木費は1位です。1000兆円を超える国の借金のうち、建設国債の占める割合は7割という世界に類例を見ない土建国家・日本の中で、これは異常です。

 そういう利権政治の構造の中で、行政に対する監視という議会本来の責務が忘れられ、議会は行政と協働していくものという誤った認識が抱かれてきました。そのため、北杜市でも、山梨県環境整備センター(明野処分場)が54億円余りの赤字を出して閉鎖され、最終赤字は県費で負担するという、あってはならないことが起こりました。県議会が行政を監視評価する本来の機能を果たしていれば、このような事態はなかったはずです。新知事と県議会の総与党体制が深まる今こそ、県政を厳しくチェックする県議会が必要です。

 そのための政策として、わたしは、現在知事部局の職員の異動先となっている議会事務局に、独自人事システムを確立して調査スタッフを充実させて、議員の政策能力を向上させます。また市民に開かれた議会へと脱却するために、請願や陳情の審議に当たる委員会に請願者や陳情者を招き、意見を聞きます。

市民の皆さんの中を歩いていると、「県議会で何が行われているか、分からない」といった声をよく聞きます。そのたびにわたしは言っています。「それはあなたの責任ではありません。県政で行われていることを県民に説明する務めを怠っている議員の責任です。」と。

だって皆さん、時折新聞に折り込まれる自民党誠心会の県政報告や所属議員の「レポート」、そして「県議会だより」を見ても、中身は質問と答弁が並べてあるだけで、県民への説明とは程遠いものではありませんか。北杜市選出議員の活動についても、行事への参加が写真と共に載っているだけで、市民へ説明を行う活動は殆どない状態です。それで、どうして県議会や、県政に対して、皆さんが興味を持つことができるのでしょう?

わたしが議員となった暁には、「市民政治塾やまなし」を開塾し、県議会の活動と県政の課題を報告し、皆さんと一緒にそれらを考え、議論したことを県議会に届けます。

2年前、山梨県議会に議会基本条例ができました。どうしてこれができたのでしょうか。皆さん、知っていますか?発端は、当時の自民系2会派の対立を背景にした議長ポストをめぐる争いです。議長不信任動議が可決されて県議会が流会。採決直前だった県の当初予算案などが廃案になりました。その問題を受けて、「議会基本条例」が「議会改革」の柱として制定されました。しかしそこに、条例を制定する原因となった正副議長の役職配分を公式の場で決めるという規定はありません。現在でも議長の選定は非公式の場で行われ、当選回数の多さに従って、議長ポストはたらい回しにされています。こうした現状を改め、流会のような愚行を二度と起こさないために、議会基本条例に、正副議長の役職配分を議会運営委員会で決める規定を書き込みます。

わたしには目標があります。それは山梨県が、首都圏の衛星都市に甘んじているのではなく、県独自の特性をきちんと表現できるまちに脱皮する事です。そのお手伝いをすることが、わたしの使命だと思っています。それは百年の計に立った地域づくりであり、誇りの持てる郷土、本物の感動と歓待を与えることのできる地域文化の創造です。

山梨県には豊かな歴史と文化、そして自然があります。ここ北杜市を見ても、台ケ原宿、増冨のラジウム温泉、世界に誇れる八ヶ岳や南アルプスといった山岳とそこから恵まれる水、そしてそうした豊かな自然の中に育った農産物など。挙げ切れないほどの資源があります。

その故郷の歴史や伝統文化、特性を深く知り、地域資源を最大限に活かした、京都にも負けない山梨の一流ブランドを創造する事が、わたしの目標です。

そのために不可欠な人づくりのために、かつ地域活性化のために、大学や高校、そして地域が連携し、年齢・職業・分野・地域等を越えて学ぶ「地域づくりの学習の場」=「かい塾 まなびの広場」を提供します。

山梨県には、目先の利益に惑わされず、先祖と自然から受け継いできた豊かな財産を継承・発展させていく地道な地域づくりが必要です。それは、学びに基づいた息の長いまちづくりです。地域づくりは人づくりとの信念をもって特色ある山梨の文化を守り育て、そして未来に発展させていきます。

人間が最終的に目指している幸福とは、何でしょうか?それは自分にとって貴重な人と出会い、その人とどれだけ豊かな時間を過ごせるかということではないでしょうか?人間は出会うために生まれてきた。そのようにわたしは考えています。そしてわたしにとって、政治とは人と出会うことです。そうして、わたしは今日、皆さんと出会うことができました。それは市民に開かれた政治を実現したいという願いによって取り持たれた出会いです。

だからどうか一緒に、市民に開かれた政治を、市民政治を、山梨県に実現しませんか?そのために、わたしを働かせてください。わたし・飛矢﨑雅也は、国とのパイプ役ではなく、県民とのパイプ役になります!

 今日は誠に有難うございました。

 

生物活性水

テーマ:

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 歩いているといろいろな発見があります。

 先週訪ねた白州町横手にある白州郷牧場ではBMW技術というものを知りました。

 BMW技術とは、自然界の生態系を支えている微生物、造岩鉱物、水の働きに注目し、自然界が元来持つ浄化作用を回復させ、活性化する技術だそうです。微生物(バクテリア=B)、造岩鉱物(ミネラル=M)、水(ウォーター=W)で、BMW技術。なるほど!

 白州郷牧場には、日本で最初につくられたBMW生物活性水のプラントがあり、野菜栽培や養鶏などに利用してきました。

 


 生物活性水は、合併処理浄化槽の処理水(有機物)と、岩石、腐植土を原料に、培養・精製して製造されます。

 御存知の通り、白州町は、町名が河川の流れにより、花崗岩でできた山肌が削られ、運ばれて形作られた白砂の扇状地に由来するほど、花崗岩が豊富です。

 白州郷牧場は、周辺の在来の花崗岩、蛇紋岩と軽石を触媒作用として利用し、バクテリアの餌としてBM活性堆肥を与え活性された生物活性水を製造しパルシステム等の組合員向けに出荷を行っているということでした。

 突然にもかかわらず、職員の方々は丁寧に説明してくれました。白州郷牧場の農産物や加工品をお届けする白州郷牧場グループの販売部門として、有限会社白州森と水の里センターもあり、直売所・食堂「おっぽに亭こっこ」を運営しています。

 白州郷牧場で育てた野菜や卵の素材の味を活かし、素材のおいしさを味わってもらえるよう、化学調味料などの添加物は一切つかわず、食事を用意しているということでした。

 北杜の魅力をまた一つ発見しました。

陣中見舞い⁈

テーマ:
わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

  寒さが少し戻りました。北巨摩の寒は厳しい。体調を崩さないように気をつけて歩いていますが、堪えます。
  そんなところが、お会いした方から思いがけない物をいただきました。


  漢方薬です。何でも、漢方薬の調合をしておられたそうでした。
  そこで、市販されている物ではこれがいい、と言って渡されました。「政治のことでは力になれないから。わたしが力になれるのはこういうことだから」と言われましたが、どうしてとても嬉しかったです(^_^)
  寒風の中人の温かさを感じた一服?でした。

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 昨日はFM八ヶ岳などでも御活躍の五味愛美さんのお誘いで、アピオ甲府で行われた山梨県老施協研究総会にいってきました。

 この総会は、山梨県内の介護現場の皆さんが1年を通しての取り組みについて仮説を立てて実践し、その結果をまとめて発表する場になっているそうです。

 真摯な取り組みが表された報告が多く、山梨県内の介護の現状が理解できました。

 わたしが面白かったのは、北杜市の明山荘の「アルプスの少女ハイジに学ぶ~クララはなぜ立てたのか~」という発表でした。「いざり」と呼ばれる床を這った移動を被介護者にさせていたのは、実はスタッフのさまざまな思い込みだったのではないか。そんなスタッフの疑問をもとに、「思い込み」によって築かれていた透明な壁を一つずつ見えるようにしていき、最後には被介護者が立って歩行できるようになった実践は感動的でした。

 何歳になっても、どんな状態にあっても、人は生きようとしています。その力を最大限に発揮させるものは人と人との共同なのですね。

 全部で24個の研究発表が行われ、他にも意欲的な報告がありました。

 県庁からも担当の職員がいらしていましたので、こうした実践の報告が行政の施策に活かされていくことを期待したいと思います。

 24の発表のうち、優秀な二つが、全国発表へいくそうです。明山荘さんの発表はいけるのかな?

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 今日は9の日。正午から須玉で9条スタンディングに参加しました。雪を心配しましたが、問題なく決行できました。そしてスピーカーでわたしの初スピーチも!

 「政治に無関心でいられても、無関係ではいられない。」祖父の戦争体験から学んだわたしの政治的原点を話させていただきました。

日本国憲法第9条は近代日本の過ちを乗り越えるための道標です。この道標に立って、これまでわたしは歩いてきましたし、これからも歩いていきます。クルマで行き交う人びとの反応は分かりませんでしたが、一人の女性の方が歩み寄られ、握手を求められました。

 この頃皆さんの御支援の高まりをヒシヒシと覚えます。今日のミニ集会には大勢の人が駆け付けられ、「こんなチャンスはない。飛矢崎さんの政治活動を支援しよう」という声が発せられました。

  また近現代史学習会の受講生から電話が入って、わたしの活動を支援するために、「この三連休に東京から北杜に戻った。手持ちのビラが切れたから、渡してほしい」と求められました。さっそく会って渡したらば、「11日に東京に帰るまでに知人に渡し、残りはポスティングする」と言われて、わたしの似顔絵のマグネットも買って帰られました。

  そして帰宅したら、明治大学校友会山梨県支部の支部長から激励の御手紙が寄せられていました。

  こうして徒然見るに、わたしの政治活動の意義は何でしょう?それは、史上初めて、この北杜の地で草の根の政治活動が行われようとしているということではないでしょうか?

  特定の何か、誰かによるのではない。われわれはこれまで埒外にあったその他大勢の市民であり、その起ち上がりによって、北杜市に新しい歴史の1ページを開こうとしているです。

  この活動のもつ独特の意味を掴み取った皆さん、この事業に一緒に参加しませんか?その時あなたは市民政治のつくり手です。具体的な事柄はこちらからご覧ください。http://hiyazaki.com/

こんな魅力的な企図は他にないのではないでしょうか?だって、公共の事柄への関心は自己に対する最大の関心なのですから。「政治に無関心でいられても、無関係ではいられない」という祖父が経験した事実は、それを何よりも教えているのだと思います。

 

支援者の声

テーマ:

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 政治活動をしていく上で、励みとなるのは支援者の声です。

 昨日はこんな声が送られてきました。

 

 「この度、つねづね現実政治と政治学の分離に疑問を持っていたという北杜市大泉町在住の新進気鋭の政治学者 飛矢崎雅也(ひやざきまさや)さんが、子育てする生活者・政治学者として政治をひらきたいという思いで立ち上がりました。私たちは飛矢崎さんの日本の政治を『政治屋の政治』から『市民政治』に変えたいという志に共感して、『ひやざき雅也を応援する会@長坂』を結成いたしました。

 つきましては、日頃から社会の諸問題に関心をお持ちの方々にもお知らせして、共感の輪にぜひ加わっていただこうと活動を開始したところです。

 

 利権ではなく、志に共感して結成されたというところに、グッときました。

 政治と言えば、支持者の利益を誘導することで、あなたはどちらの利益を代表しているの?という目で見られることが少なからずあります。そうすると、「あなたは何派、わたしは何派」というところで話がストップしてしまい、それ以上進みません。それを超えた共通の場(=広場)をつくることが政治家の務めであり、そこにおいて平等かつ差異をもった複数の人びとが、主に言葉を通じたコミュニケーションによって、全員に共通する事柄を決定することが政治です。その務めを果たす政治家がわたしのいう「政治家」であり、行われる政治が「市民政治」です。

 「山梨を、日本を、世界を悪くしたい」と思っている人などいませんでしょうから、そういう「広場」を営むことは可能なはずです。「山梨を良くしたい、日本を良くしたい、世界を良くしたい」という共通の想いがあれば、市民政治を築いていく可能性はあるということです。

 それですのでそういうわたしの志に共感して集まってくださったということは、とても嬉しいことでした。

 

 このブログを読んでくださった皆さんへ

 わたしのブログを一言添えてシェアしていただけませんでしょうか?そうしていただくことができましたら、とても仕合わせです。

 

 有難うございました。

 

 

 

 

型紙のない子育て

テーマ:

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 歩いていると、思いもかけなかったような出会いがあります。

 先日は素敵な年配のご夫婦を知りました。

 子育てに一方ならない関心を持たれていて、熱い想いを語ってくださいました。

 育ちとは過程そのものなのに、今の親御さんたちはそれを省いて結果を求め過ぎている、と嘆いてもおられました。育児とはパッケージされた商品を購入するようなものではなくて、答のない過程を子どもとともに親が歩いていくという喜びと営みなのだ、と。

 そんな彼女から「持っていってもらいたい本があるの」と言われてプレゼントされたのが、この本です。

 


 その題も、『型紙のない子育て やってみる・考えてみる』。この秀逸なタイトルを見ただけでも、著者の伝えたいこととその価値が分かります。

 わたしたちの地域にはこんな素敵な人が住まわれているのです。元気百倍になって帰ることができました。

 そうしたら後で驚いたことが。何とその御夫婦はわたしが親しくさせていただいている人の御両親だったのです。両親からわたしの話を聞いた、と連絡をいただいてビックリ!ご縁とはこういうものなのですね。

山梨ぶどうサイダー

テーマ:

はわたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 歩いているといろいろな人に出会います。

 

 先日は家具オモチャを作っている人に会いました。すると見せてくれたのが、これ。

 新宿で行われたデモにいくために作ったそうです。チョビ髭が秀逸ですね(笑)。シリアスなテーマの中にユーモアが混じっていて、楽しい。これ、動くんです。息子たちにプレゼントしようかな。それじゃあ、ブラックユーモアですよね。しかしこんな遊び心に、活動の継続する秘訣があるのかも。

 

 昨日の対話集会では、このように歩いていて出会った経験を話させていただきました。

 政治家って、人が好きじゃなきゃ、務まらないですね。

 「人間は出会うために生まれてきた」と考えているわたしにとって、「政治家って最高!」なのかもしれません(笑)。 

 ところで対話集会を開かせていただいたハートランドさんでは、美味しいものに出会いました。

 「山梨ぶどうサイダー」。いいでしょう?お世辞抜きに、美味しかったです。

 山梨、いいもの一杯あるなあ。

  ここまで、このブログを読んでくださった皆さん、わたしのブログを一言添えてシェアしていただけませんでしょうか?そうしていただくことができましたら、大変仕合わせです。
  有難うございました。

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 毎週、タウンミーテイングと呼ぶ対話の会を開かせていただいていますが、昨日は白州総合会館で催しました。

 

 土曜日の10時からにもかかわらず、大勢の方がいらっしゃいました。

 白州で生まれ育って住んでいるという年配の方は、「祖父の戦争体験を飛矢﨑さんが政治家としての原点にしているというところに惹かれてきた」と言われました。

 「政治に無関心でいることはできるかもしれない。しかし誰も政治と無関係でいることはできない」ということは、わたしが政治を意識した始まりです。そのことをわたしは、祖父から、戦争から学びました。祖父はただ絵の好きな青年でしたが、そんなこととはお構いなく、政治から迫られて戦場へと向かわせられたのです。そのことからわたしは、「『政治に無関心に暮らしていたら、ある日とんでもないことになっていた』、ということがあるんだ」と幼心に思ったのでした。

 

 そんな話題から対話は始まりましたが、その中で最も話題になったのは、「どうして飛矢﨑さんは無所属で立候補するのか?」ということでした。

 これはもっともな疑問だと思います。選挙制度が小選挙区制に変わって以来、人物で判断して投票するよりも政党で判断して投票するという傾向が高くなっているという事実もあります。

 しかしそれによって、政治が良くなっているかというと、必ずしも両者の間に正比例の関係はありません。現在の小選挙区比例代表制が導入された1995年以降、日本の政治が良くなったとか、政治家の質が高まった、と躊躇なく言える人は少ないのではないでしょうか?

 そんなことから、政治の現場に携わってきた友人の言葉などを紹介しながら、「政治は人物に還元される」という基本を話させていただきました。現在の政治制度において、政党が無視できない組織であることは間違いありません。しかし、わたしたちがどのような政治や組織を築くかは、わたしたちの能力と努力とに関わるものです。組織といい制度といい、それはあくまでも人間と人間との接触を具体化したものにすぎません。政治とは複数の違いをもった人間がいなければ始まりません。人がいなければ何も始まらず、大事なことは人に帰着するのです。だからこそ政治とは究極の自己実現なのです。組織は残りません。最後に残るものは人です。それ故わたしはまずは無所属として出発し、政治家としての人物を磨いていきたい、と話させていただきました。

 そうしましたら皆さん疑問が解け、あとは活発な発言が続きました。そして最後はやる気百倍という感じで帰られました。

 

 実は、「どうして飛矢﨑さんは山梨県議会議員選挙に立候補するのか?」という質問も出て対話が交わされたのですが、その理由については別に機会を設けてお話ししたいと思います。

 

辻立ちの開始

テーマ:

わたしのブログをご覧いただき、有難うございます。

 

 先月29日の出馬表明に当たって、政治学者で、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の中島岳志さんから、「温かい心と、深い知性、そして強い正義感に溢れた飛矢崎さんが、今の政治には必要です。応援しています。」という応援の御言葉をいただきました。表明後お礼をさせていただきましたら、次のような御返事をいただきました。紹介させていただきます。

 

  飛矢崎 さま

 
  中島です。
  県議選への出馬、頑張ってください。
  心より応援しております。
 
  いろいろと政治の現場を見て来ましたが、
  政治は人物に還元されると痛感しています。
 
  ご当選を心より祈願しております。
 

 さまざまな政治家と交わってこられた中島さんの言葉故に、強く響きました。選挙制度が小選挙区制に変わって以来、選挙が人物本位から政党本位に変わってきたと言われて久しいですが、やはり「政治は人物に還元される」という基本を忘れてはならないということを改めて確認しました。これを疎かにしていけば政治はどんどん劣化していくと思います。

 

 さて昨日から降り続いた雪が積もった今朝は、辻立ちに立ちました。

 

 外気温が氷点下6度の中、「動かそう! 市民の力で」という旗を持って。保育園の門前に妻と静かに立ち続けました。

 時折吹き付ける風が骨の髄まで堪えましたが、挨拶を返してくれる保護者や「頑張ってくださいね」と声をかけてくださる保護者の声に励まされて、1時間立ち続けました。手や足がかじかんでじっとしているのが大変でした。

 

 その後は歩いて政治に対する地域の皆さんの御意見や御不満をお聞きしました。体力勝負ですが、「こういうところは研究と一緒だなぁ」とつくづく思いました。研究では最も価値があるのは一次資料です。つまり生の資料です。二次資料、三次資料となるほど、資料的価値は落ちます。政治活動もこれと同じであり、市民一人ひとりの生の声が最も価値があります。単に「声」そのものだけでなく、その時の態度、身振り、反応等を含めてそうなのです。

 政治家として出発するに当たり、ここから活動を始めたことをわたしは政治家として生涯の基本にしたいと思います。

 

 その後はミニ集会。今日は総勢9名の集まりとなりました。

 

 話は、これからの私たちの地域をどのような方向に求めていくかということで盛り上がりました。

 権威に頼るのではなく、下からの力で地域をつくっていこう。そこから本物の価値が生まれる。そのためには教育が大切で、自分自身で考えることができる教育、学びの場をつくっていきたい、ということが話し合われました。素晴らしいですね。

 ハートランドさんの美味しいケーキとお茶をいただきながら、気がついたらあっという間に終了時刻を越えていました。

 

 その後は再び歩き、帰宅したとき外は真っ暗でした。

 今このブログを書いている間、瞼が重くてしょうがないです。

 今日もお疲れ様でした。