公共性を考える 第1回
円安は何を意味するのか
――「有事の円買い」の後退から、国家・通貨・国民資産の関係を考える
私のブログをご覧いただき、有難うございます。
北杜市議会議員の飛矢﨑雅也です。
最近、気になる記事を読みました。
かつて世界で戦争や金融危機が起きると、「安全な通貨」として円が買われる傾向がありました。いわゆる「有事の円買い」です。
ところが近年は、国際情勢が緊迫しても円はあまり買われず、むしろドルが買われ、円安が進むことさえあります。
なぜ、円は買われなくなったのでしょうか。
よく聞く説明は、次のようなものです。
日本は成長率が低い。
人口が減少している。
エネルギーを海外に依存している。
日本とアメリカの金利差が大きい。
もちろん、いずれも円相場に影響する要因でしょう。
しかし、私は疑問を感じます。
アベノミクスが始まる前、民主党政権の時代には、1ドル80円前後という円高でした。
その時代と現在を比べて、日本の成長率、人口構造、エネルギー依存などが、円相場をここまで大きく変えるほど急激に変化したのでしょうか。
私は、そうは思いません。
むしろ大きく変わったのは、政府と日本銀行の金融政策、そして市場が日本の通貨政策を見る目ではないでしょうか。
アベノミクスによって変わったもの
2012年末に始まったアベノミクスでは、デフレからの脱却を掲げ、日本銀行が大量の国債を買い、金利を極めて低く抑える政策が進められました。
市場には、次のような認識が広がりました。
日本は長期間、低金利を続ける。
政府と日銀は、円高よりも円安を受け入れる。
円の価値を守ることより、物価や株価を上げることを優先する。
もちろん、現在の円安のすべてをアベノミクスだけで説明することはできません。
アメリカの金利、エネルギー価格、世界経済の動きなど、さまざまな要因が関係しています。
しかし、アベノミクスが、
円高を抑え、円安と低金利を長期間続ける政策への転換点だった
ことは、否定できないと思います。
なぜ、日銀が利上げしても円高にならないのか
一般には、日銀が金利を上げれば、円が買われ、円高になると言われます。
ところが先日、日銀が政策金利を引き上げても、円高はほとんど進みませんでした。
なぜでしょうか。
利上げがあらかじめ予想されていたことや、アメリカの金利が依然として高いことも理由でしょう。
しかし私は、より根本的な理由があるのではないかと考えています。
それは、市場が、
日本銀行は金融政策を本当の意味で正常化することができない
と見ているのではないか、ということです。
市場が見ているのは、今回一度だけ金利を上げたかどうかではありません。
円安や物価高を抑えるために必要ならば、さらに金利を上げられるのか。
政府や金融機関に痛みが生じても、その政策を続けられるのか。
政治的な圧力があっても、通貨価値を守る姿勢を貫けるのか。
そうした長期的な政策遂行能力を見ているのだと思います。
日本政府は、なぜ金利を上げにくいのか
その背景にあるのが、日本政府の巨額の借金です。
政府は国債を発行して、さまざまな政策に必要な資金を調達しています。
金利が上がれば、新しく発行する国債や、借り換える国債の利払い費も増えていきます。
政府の借金が小さければ、ある程度の金利上昇に耐えられるでしょう。
しかし、日本の政府債務は非常に大きい。
そのため、本格的に金利を上げれば、政府の財政負担が急速に重くなる可能性があります。
つまり日銀は、
円安と物価高を抑えるためには金利を上げたい。
しかし、金利を上げれば政府財政が苦しくなる。
という矛盾を抱えています。
市場も、その矛盾を見ています。
だから、日銀が少し金利を上げても、
どうせ大幅な利上げはできないだろう
と判断され、円が十分に買われないのではないでしょうか。
円安で政府の借金は減るのか
ここで、さらに重要な問題があります。
円安になっても、政府の借金の金額が直接減るわけではありません。
たとえば、政府の借金が1,000兆円あれば、1ドル100円から150円へ円安になっても、帳簿上の借金は1,000兆円のままです。
しかし、円安によって輸入品やエネルギーの価格が上がり、国内の物価全体が上がれば、話は変わります。
たとえば、100万円の国債があるとします。
物価が大きく上昇しても、政府が返す金額は100万円のままです。
しかし、その100万円で買える物の量は以前より少なくなります。
国債を持っている人から見れば、資産の実質的な価値が減ったことになります。
一方、政府から見れば、返済する借金の実質的な重さが軽くなったことになります。
つまり、
円安と物価上昇によって国民の円資産の価値が下がることと、政府の借金の実質的な負担が軽くなることは、表裏一体
なのです。
政府の借金は、国民の資産でもある
政府の借金は、誰かにとっての資産です。
日本国債は、銀行、保険会社、年金基金、日本銀行などが多く保有しています。
一般の国民が国債を直接持っている割合は、それほど大きくありません。
しかし、銀行が国債を購入する資金のもとは、私たちの預金です。
保険会社が国債を購入する資金のもとは、私たちが支払った保険料です。
年金基金が国債を保有する資金のもとは、私たちの年金積立金です。
つまり、金融機関を介して考えれば、日本国債の多くは国民の金融資産によって支えられています。
政府から見れば国債は「借金」です。
しかし国民から見れば、それは預金、保険、年金などの「資産」です。
だから、政府の借金の実質的な価値を減らせば、国民の資産の実質的な価値も同時に減ります。
分かりやすく、少し皮肉を込めて言えば、
国民の預金を含む円資産の価値を下げ、その分を政府債務の事実上の返済に充てる
ことに近い効果が生まれます。
政府が私たちの銀行口座から、直接お金を取り上げるわけではありません。
預金残高の数字も減りません。
しかし、そのお金で買える物は減っていきます。
残高は同じでも、価値が減っているのです。
見えない形で行われる負担
増税であれば、国会で法律が審議されます。
誰から、どれだけ税金を取るのかが、少なくとも表面上は明らかになります。
しかし、円安と物価上昇によって国民の資産価値が下がる場合、その負担は見えにくい。
税金を払ったという通知は届きません。
銀行の預金残高も減りません。
それでも、食料品、電気代、ガソリン代、日用品などの価格が上がり、生活は苦しくなります。
特に影響を受けるのは、現金や預金を多く持つ高齢者、年金生活者、賃金が上がらない労働者、価格転嫁のできない中小企業などです。
反対に、海外資産を持つ人や、円安によって利益を得る輸出企業には有利に働く場合があります。
つまり円安は、国民全体を等しく貧しくするのではありません。
社会の中で、資産や所得を移し替えます。
しかも、その再分配は、税制のように国民の前で明確に議論されないまま進みます。
ここに、私は大きな民主主義上の問題があると思います。
政府や日銀は、意図的に円安を進めているのか
もちろん、
政府や日銀が国民の財産を奪うために、秘密裏に円安を進めている
と断定することはできません。
そのような単純な陰謀論として論じるべきではないでしょう。
しかし、政府や日銀の意図とは別に、巨額の政府債務が政策を縛っている可能性はあります。
政府にとって、本格的な利上げは利払い費を増やします。
一方で、低金利のまま物価が上がれば、過去の借金の実質的な価値は軽くなります。
そのため、政府と日銀には、円の価値を大きく回復させる政策よりも、低金利と一定の物価上昇を続ける政策の方が選びやすい、という構造的な事情が生まれます。
問題は、政府が円安を意図しているかどうかだけではありません。
巨額の借金を抱えた国家が、国民の通貨価値を守るために必要な政策を、本当に実行できるのか
ということです。
通貨とは、国家の信認である
私は以前から、
通貨とは国家の信認である
と考えてきました。
ここでいう信認とは、国家を感情的に信じることではありません。
政府は財政を立て直す意思があるのか。
日銀は政府の都合に左右されず、物価と通貨価値を守れるのか。
国民生活に痛みが広がったとき、必要な政策を実行できるのか。
政府の借金を軽くするために、国民の資産価値を犠牲にしないのか。
そうした国家の能力と意思への信頼です。
市場が、
日本は借金が大きすぎて、本格的な利上げはできない
結局、円安と物価高を受け入れるしかない
と考えれば、円は買われません。
日銀が一度や二度、小幅な利上げをしても、それだけでは信頼は戻らないでしょう。
必要なのは、単発の政策ではありません。
政府と日銀が、財政、金融、賃金、産業、社会保障を含めて、長期にわたり円の価値と国民生活を守る政策を続けられるという確信です。
私たちは何を問うべきなのか
円安の問題は、単なる為替相場の問題ではありません。
政府の借金を、最終的に誰が負担するのか。
その負担は、国会で明確に決められるのか。
それとも、円安と物価高によって、国民の預金や年金の価値を少しずつ減らす形で負担させるのか。
これは、経済政策の問題であると同時に、民主主義の問題です。
私は、最後に次のことを問いたいと思います。
国家は、自らの借金を軽くするために、国民が信頼して持ち続けてきた通貨の価値を犠牲にしてよいのでしょうか。
通貨は、単なる紙切れでも、数字でもありません。
私たちが働いて得た所得を貯め、将来の生活に備えるためのものです。
通貨とは、国家と国民との間で交わされた、長期的な信頼の約束なのだと思います。
次回予告
公共性を考える 第2回
円安と物価高から、市民の暮らしをどう守るのか
では、この問題は北杜市民の暮らしと地方政治にどのような影響を与えるのでしょうか。次回は地方議員の立場から考えます。






