楳図かずお著『洗礼』をこわごわ読む | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうとおサル妻の山旅日記

ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

テーマ:

ひつぞうの偏愛的読書【第35回】

楳図かずお著『洗礼』(小学館文庫)

「週刊少女コミック」(1974年初出)

 

≪鮮烈な印象が残るフラワーコミックス版≫

(※写真はネットより拝借いたしました。お許しください)

飽くまで個人の備忘録です。物語の内容を直接表すものではありません。

 

 

ひつぞうです。今夜とりあげるのは傑作漫画『洗礼』です。子供の頃に楳図先生の怪奇モノにどっぷりハマった世代ですが、代表作のひとつ『洗礼』は未読でした。発表媒体が少女誌だったからです。読んで唸りました。これは大人の漫画ですね。しかもいろいろな意味で怖い。傑作の呼び声に相応しく、海外で人気なのも判ります。

 

(どんな表情でもグワシな先生)

 

=《恐怖》と《美少女》の組み合わせ=

 

1995年の『14歳』完結後に休筆宣言された先生ですが漫画家人生は長いです。1936年奈良県生まれで、1955年に貸本漫画家としてデビュー。手塚作品に衝撃を受けて漫画家を志したところまでは同時代のプロ作家と同じですが、手塚風を捨てたところが凄かった。今月号の『芸術新潮』のインタビューでも答えられていますが、童話画家の武井武雄外山滋から影響を受けたそうです。その後、少女漫画に画風を転じ、次第に劇画の肉感性を伴うようになっていきます。先生の美人画は夙に有名で、とりわけ睫毛と鼻梁、そして唇の線の美しさでは類をみません。とりわけ『おろち』(下図)の主人公は美しい。

 

(どこにエロティシズムを感じるかでそのひとの感性は判る)

 

唇と口角の処理が比類ない。漫画における「美少女」のひとつの典型を作りましたね。この顔誰かに似ていると思いませんか?歌手の藤圭子さんを少し眼を優しくしてふっくらさせたら。素朴にずっとそう思っていたのですが、実際にモデルだと知ったときは身震いしました。先生の表情を捉えるセンスに唸りました。

 

=作品と解題=

 

脱線しました。さて『洗礼』です。ゴシックロマンを連想していましたが、全然違いました。ネタバレになるので詳細は省きますが、美に取り憑かれたひとりの美人女優とその娘の物語です。母親の名前は若草いずみ。冒頭で彼女の顔に醜い大きな痣があることを読者は知ります。見開き一杯の顔。正方形の小さなコマ割りが楳図作品の特徴ですが、突然のクローズアップが怖い。こうしたカットや“巻きこまれ型”のプロットは映画監督A・ヒチコックとの類縁性を感じます。女性を美しく描くという点もよく似ています。

 

 

また脱線しました。齢を重ねて醜くなることを畏れるいずみは、驚愕の方法で若さを取り戻すことを企てます。女の子を産み、自分の脳を移植するというのです。この計画は彼女の主治医・村上の存在なくしては成立しません。更には行きずりの男と関係を結び、自分と瓜二つの女児を産むという確率上の困難がありました。運に恵まれたのでしょう。計画は成し遂げられ、いずみは女の子を産みます。さくらと名づけられた少女は、いずれ“その時”を迎えることになります。

 

(娘に感づかれたいずみは恐るべき計画を暴露する)

 

残酷なことに、手術台に乗せられたさくらは、抵抗の甲斐なく母親の脳を移植されます。もうね。怖いというか猟奇的というか、大人が読んでも怖い…。泣き叫ぶさくらの法令線がほんとこわい。夕飯前には不向きです(笑)。

 

「おサルはグロいの苦手だにゃ」サル

 

(背景の黒ベタと効果線の多用も特徴ですね)

 

しかし、これは序章に過ぎません。姿かたちはさくらでも精神は母のいずみが登校するようになります。実は、彼女の最終的な狙いは、さくらの担任教師谷川と結婚することだったのです。ところが谷川には妻と幼い子供がいた。ここからいずみの想像を絶する鬼畜のような行動が始まるのですが、詳細は作品を実際に手に取ってご覧ください。(文庫版であればネット購入可能です。)驚きの結末が待っています。

 

(谷川家にまんまと潜り込んだ“いずみ”のさくら。妻を追い出すための容赦ない凌辱が始まる。こんなプレイ、小学生の女子に見せていいのだろうか?)

 

「橋田寿賀子なのち?」サル

 

★ ★ ★

 

先生の作品にはいくつかの共通点があるように思います。第一はバイプレイヤーに感情移入させられる展開です。『洗礼』では谷川の妻がそれにあたります。作品集『怪』の人面疽をあつかった挿話や『ミイラ先生』などでも“巻き込まれ型”&“追い詰められ型”の構図で彼女たちは無間地獄に陥っていく。その一番の成功例が『洗礼』なのです。

 

もうひとつは母と子の物語であること『漂流教室』はその典型例。ギャグ漫画『まことちゃん』も仔細にみれば母と子の戯れが中心です。オムニバス作品『おろち』にも同じ主題がみられます。父子の関係性(『巨人の星』『あしたのジョー』『ジャングル大帝』)が物語の柱を務める昭和のストーリー漫画にあって、これは楳図先生に特徴的な傾向かもしれません。どれも素晴らしい作品です。

 

(『漂流教室』から。この作品を読めば母親がいかにありがたい存在であるか判る)

 

加えておきたいことが最後にひとつ。残念なことに楳図作品の国内受賞歴は『漂流教室』一作と聞きます。しかし、手塚先生が楳図先生の作品に嫉妬して『奇(あやこ)子』を描いたのは有名な話。さきほどの人面疽のアイデアも『ブラック・ジャック』で“焼き直し”されています。単なる“怖い漫画”の作者ではなく、作劇法、描画法なども含めて、独創的な作家として見直されてもいいと強く思いました。

 

「感動しやすいからにゃ。ヒツは」サル

 

(おわり)

 

ご訪問ありがとうございます。