副題は、“大坪砂男全集1”。
江戸川乱歩が“戦後派五人男”(高木彬光、山田風太郎、島田一男、香山滋、大坪砂男)と称したミステリ界の戦後派新人の1人で、昭和20年代を代表するミステリ作家・大坪砂男の文庫版の全集の第1巻です。
なお、この全集は全4巻で、旧全集2冊の全収録作に単行本未収録作などを加えたものになるそうです。
14編の短編が収録されています。
「赤痣の女」
「三月十三日午前二時」
「大師誕生」
「美しき証拠」
「黒子」
「立春大吉」
「涅槃雪」
「暁に祈る」
「雪に消えた女」
「検事調書」
「浴槽」
「幽霊はお人好し」
「師父ブラウンの独り言」
「胡蝶の行方-贋作・師父ブラウン物語-」
恥ずかしながら、私は作者の作品は全く読んだことがありませんでした。
そもそも、昭和20年代のミステリは、『本陣殺人事件』から始まる横溝正史の本格ミステリ以外はほとんど読んだことがありません。
収録短編の中には、戦後の混乱期を背景にしたものも多く、同時代の横溝正史の作品と雰囲気が似たもののもありました。
この第1巻は、編者の日下三蔵氏が巻末の「編者解題」で“本格推理篇”と名付けているように本格ミステリを中心に収録されているようで、警視庁鑑識課技師の緒方三郎が探偵役を務めるシリーズも全て収録されています。
私のお気に入りは、その“緒方三郎シリーズ”の第1作の「赤痣の女」と表題作の「立春大吉」、悲劇的なラストが印象的な「涅槃雪」の3作です。
「赤痣の女」はこの作品の冒頭を飾る一編ですが、一文が非常に長い作者の独特の文体に慣れなかったこともあり、少し読みにくかったです。
また、今回の収録短編の中では、比較的長めの1編ということもあり、二転三転する複雑なプロットが印象的です。
ただ、よく考えられたプロットではありますが、かなり複雑なため読んでいて少しわかりづらかったです。
また、ラストシーンでの探偵の発言も不思議な余韻を残します。
この1編は作者の商業誌デビュー作とのことですが、巻末に収録されている旧全集の「解説」で澁澤龍彦氏は、作者のことを“物語の構成やらプロットやらに必要以上の技巧を凝らしたがる性癖があり”と述べていますが、そうした作者の作品の特徴が非常によく表れた1編だと思います。
一方、表題作の「立春大吉」はシンプルなプロットですっきりとした本格ミステリです。
密室トリックよりも、主人公の意図がどこにあるのかわからないというホワイダニット(Whydunit)のサスペンスの方が印象に残りました。
「涅槃雪」は、限られた登場人物しかいないのに、先がわからない展開で読者をひきつける構成が秀逸です。
まさに昭和20年代の横溝正史の本格ミステリを思わせる展開で、戦争が背景にある動機と、美しいとも感じられるトリック、悲劇的なラストシーンが心に残りました。
この他、有楽町の防火用大水槽での人間消失事件を描いた「雪に消えた女」、幽霊の活躍を描いたユーモアミステリの佳品「幽霊はお人好し」、G・K・チェスタトンのブラウン神父もののパスティーシュ2編(「師父ブラウンの独り言」、「胡蝶の行方-贋作・師父ブラウン物語-」)も面白かったです。
巻末には、子息の和田周氏と谷崎潤一郎の弟の谷崎終平氏による回顧談、澁澤龍彦氏による書評、北村薫氏のエッセイなども掲載されていて、非常に読み応えのある第1巻でした。
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[2013年2月25日読了]