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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

3/30は、旧東海道を歩いてきました

 

今回は、池鯉鮒(ちりゅう)宿から岡崎宿までの旅

 

 

前回の終了地点からスタート音譜

 

東へ進むと、踏切があり、そのまま真っすぐ歩いて行くと、

 

 

国道1号線に出ます

 

 

反対側の松並木の方向へ行くんだけど、横断歩道がないので、地下道を歩いて行きます

 

 

松並木の入り口へ到着

 

 

1号線を車で走ってると、松並木が続いてる道があるな~って見てたんだけど、こんな感じの道なんですね

 

ちょっと進んだところに、『馬市之趾』と書かれた石碑がありました

 

 

昔、この辺りで、馬市が開かれていたそうで、池鯉鮒といえば馬市なんだそうです

 

歌川広重の浮世絵にも馬市の様子が描かれています

 

 

ちなみに、知立市のキャラクターは、馬のパーカーを着た男の子『ちりゅっぴ』

 

 

肩から、あんまきぶら下げてるラブラブ

 

『知立市=馬』というイメージって、全然ありませんでしたあせる

 

 

松並木を歩いていると、鯉のオブジェが置いてありました

 

 

知立神社の片目の鯉の話が書かれています

 

 

知立が、なぜ池鯉鮒と書くようになったのかという説明

 

 

松並木が終わったら、歩道橋を渡って、向こう側へ真っすぐ進みます

 

 

歩道橋を下りると、道標がありました

 

 

道を進みます

 

 

しばらくすると、来迎寺(らいこうじ)一里塚がありました

 

 

ここからちょっと行った所に、御鍬神社(おくわじんじゃ)があります

 

 

知立の松並木が終わっても、所々に松が植えてあります

 

 

たまーに、小さい松が植えてあるんですけど、

 

 

地元の小学校で植樹してるみたい

 

 

エライですねキラキラ

 

そして、気付いたら、知立市が終わって安城市に入ってたあせる

 

歩いていると、日吉神社(ひよしじんじゃ)があります

 

 

そして、しばらく歩いて行くと、明治川神社(めいじがわじんじゃ)というのがありました

 

 

しばらく進むと、道沿いにスゴイ松の木があります

 

 

永安寺(えいあんじ)の雲竜の松というらしい

 

 

この松は圧巻です!

 

そして、尾崎一里塚跡

 

 

この一里塚の隣に、熊野神社(くまのじんじゃ)がありました

 

 

熊野神社を後にして、しばらくすると、1号線と合流します

 

 

そして…

 

 

いよいよ岡崎市に入る~アップアップ

 

 

安城街道入口という交差点から、左に曲がります

 

 

すると、竊樹神社(ひそこじんじゃ)や、

 

 

弥五騰神社(やごとじんじゃ)がありました

 

 

真っすぐ歩いて行くと、T字路になっており、ここを右へ曲がって、階段を上がり、1号線へ出ます

 

 

そして、ここから矢作橋を渡ります

 

 

この矢作橋、現在は300メートルほどだそうですが、昔は370メートルほどあり、日本一長い橋だったそうです

 

 

そんな長い矢作橋を渡って、右に曲がります

 

 

橋を渡った先に、八丁味噌の味噌蔵が並んでる通りがあります

 

 

岡崎城から八丁(約870メートル)離れた所にあるから、八丁味噌という名前

 

 

あちこち八丁味噌の味噌蔵だらけ

 

で、八丁味噌といえば、朝ドラの『純情きらり』

 

この辺りでもロケをしてたみたいで、手形がありました

 

 

宮崎あおいちゃんの手形ハート

 

手形があったら、もちろん合わせちゃうでしょ~

 

もちろん俺よりも小さい手でしたが、意外と大きい手でしたびっくり

 

 

道を歩いていると、『岡崎城下二十七曲り』と書かれた石碑があります

 

 

この二十七曲りとは、枡形(ますがた)や曲尺手(かねんて)と呼ばれるカクカクした道が、27ヶ所あるそう

 

 

こんな感じで、黄色い線の東海道がカクカクしてます

 

枡形や曲尺手は、敵の侵入を遅らせる役目があるみたい

 

二十七曲りと言っても、実際は、20ヶ所ぐらいしか枡形がないそうです

 

その一番西の端がここっぽい

 

 

『れ』というのは、いろはにほへと…のいろは歌の『れ』のことで、それでいくと、『れ』は17番目なんだけど、見落としたのかな?

 

 

先へ進むと、松葉総門跡という石碑がありましたが、ここから岡崎宿に入ります!

 

 

枡形には、こんな感じで案内がされているので、そんなに迷わないと思います

 

 

そして、枡形には、こんな感じで名前が付いてるみたい

 

 

どんどん案内の通りに進みます

 

 

もっと案内の看板があったけど、いっぱいあるので省略…

 

途中には、いかにも古そうな道標がありました

 

 

そして、最初の『い』まで来た!

 

 

ここで、岡崎宿は終わり

 

 

そして、ここから南に下った所に、門跡と二十七曲りの石碑がありました

 

 

今回の旅は、ここで終了アップアップ

 

枡形、めっちゃ疲れたあせる

 

普通に真っすぐ歩けば、もっと楽に歩いて来れたのに…って思うけど、城下町なのでしょうがない

 

本当は、次の藤川宿まで行こうと思ってたんだけど、池鯉鮒宿から岡崎宿までが、想像より遠かった上に、枡形のカクカクした道が、これまた想像以上に歩くのが大変だったので、あまりの疲労に、ここで断念しました汗

 

 

で、二十七曲りの説明で、ちょっと気になる事が書いてありまして…

 

 

あんかけ豆腐の「あわ雪」?

 

なんか美味しそう!

 

という事で、帰りに買ってみました

 

創業天明二年(1782)の備前屋藤右衛門

 

 

創業してから242年!

 

ここで、あわ雪が買えます

 

 

餡は、あずき・黒ごま・いちごの3種類あり、ノーマルなあずきを買ってみました

 

 

豆腐の上に、餡を乗せて食べると…うまーーー!

 

なんだこれ!?

 

豆腐といっても、普通の豆腐じゃなく、もちもちしてて、豆腐とは思えない食感ラブラブ

 

めっちゃ美味しいアップアップ

 

こんな美味しいお菓子が、昔からあったのかしら?

 

ちょっとクセになりそうなお菓子ですね

 

あと、岡崎といえば、オカザえもんなので、オカザえもんのマシュマロも買ってみました

 

 

まぁ、普通にマシュマロです爆  笑

 

こうやって、当時のお菓子や名物を食べるのも、楽しい旅の魅力のひとつですね音譜

 

 

この日の歩数は、45000歩でした

 

先日、岡崎の桜を観に行ってきました

 

といっても、旧東海道を歩く旅のついでですけどあせる

 

行ってきたのは3/30で、池鯉鮒宿から岡崎宿まで行った時

 

名古屋の桜が開花して、3日後くらい?

 

満開ではないだろうと思ってはいましたけど、少しは咲いてるかな~って期待して行ったら…

 

 

全然咲いてないダウンダウン

 

まぁ、咲いてない事もないんだけど、一部の桜だけ咲いてた

 

 

岡崎城に行く途中で、菅生神社(すごうじんじゃ)があったので寄ってみた

 

 

御朱印の種類がたくさんある事で有名で、桜まつりしてるし、境内は人でいっぱいなんだろうな~と思って入ったら、

 

 

ほとんど人が居なかったびっくり

 

御朱印ブームは終わっちゃったのか?

 

 

河川敷では屋台が出てて、人でいっぱい!

 

 

人だかりが苦手なんで、下には下りず、堤防を歩いて岡崎城まで行ってみた

 

 

岡崎城は、何度か来た事はありますけど、実は中に入った事がない

 

岡崎城の前にある龍城神社(たつきじんじゃ)も、結構人がいました

 

 

帰りは、東岡崎駅から帰ろうと思ったんですけど、その前に、隣にある六所神社(ろくしょじんじゃ)に寄ってみた

 

 

六所神社に来るのは、3、4回目ぐらい

 

何回見ても、社殿がキレイキラキラ

 

 

で、翌週の4/6にも、岡崎公園に行ってきました

 

この日も、旧東海道を歩く前に、桜を観に来てみました

 

先週は全然桜が咲いてなかったけど、さすがに1週間も経てば咲いてるだろうと思ったら…

 

 

キレイに咲いてた🌸彡

 

早朝と曇りという天候なので、ちょっと暗いですけど、実際はもっと綺麗でした

 

岡崎城と龍城神社にも行ってみた

 

 

まだ朝が早いので、ほとんど人が居ません

 

 

菅生神社にも、また行ってみた

 

 

先週は気付かなかったけど、桜まつり限定の御朱印があるみたい

 

 

日が昇ってきた!

 

 

この写真↓

 

 

川の流れがほぼないので、上下が鏡の様になって撮れたアップアップ

 

 

そして、旧東海道を歩く旅の帰りに、夜にも寄ってみました

 

 

夜のライトアップのキレイですねぇ桜

 

丁度、満開の時に行けてよかったアップアップ

石園座多久虫玉神社の次は、大和神社(おおやまとじんじゃ)に行ってきました

 

大和と書いて、「おおやまと」って読むんですね

 

普通に「やまとじんじゃ」って読むのかと思ってたあせる

 

 

鳥居をくぐり、長ーい参道を歩いて行きます

 

 

めちゃくちゃ長い参道なんですけど、これには意味がありまして…それはまた後で

 

 

長ーい参道の先に、二の鳥居があり、ここから約100メートルほど先に拝殿があって、

 

 

拝殿の奥に、本殿が三つあります

 

 

御祭神は、中央の本殿に、日本大国魂大神(ヤマトオオクニタマノオオカミ)

 

向かって右の本殿に、 八千戈大神(ヤチホコノオオカミ)

 

向かって左の本殿に、御年大神(ミトシノオオカミ)

 

 

日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)は大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)で、宮中内に天照大神と同殿共床で奉斎されたが、第十代崇神天皇六年に天皇が神威をおそれ、天照大神を皇女豊鋤入姫命をして倭の笠縫邑に移されたとき、皇女淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)に勅して、市磯邑(大和郷)に移されたのが当神社の創建であると伝えられている。【大和神社公式HPより

 

 

大和といえば、戦艦大和ですが、その戦艦大和の艦内には神社があり、この大和神社の神々を分祀されていたそうです

 

 

また、戦艦大和が沈没した時に亡くなった人々は、祖霊社に合祀されています

 

 

そして、参道がすごーく長かったんですけど、実は、参道の長さと戦艦大和の長さが、ほぼ一緒なんだそうです

 

 

字が細かくて読めないと思いますけど、最後の方に、「戦艦大和長さは大和神社の参道とほぼ同じ(270m)で、幅は参道の約5倍(40m)です。」と書いてある

 

という事で、二の鳥居から、一の鳥居の方を向いて写真を撮りましたけど、鳥居がほぼ見えないダウンダウン

 

 

戦艦大和って、こんなに大きいんですね~

 

 

この他にも、境内には、境内社がありました

 

 

他に、磐座や大黒様の石像がありました

 

 

そして、摂社の高龗神社(たかおかみじんじゃ)

 

 

古来6/1、10年に一度の大祭には、和歌山・吉野・宇陀などから、千人余りも参拝者の列が続いたそうです

 

 

先頭に丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)中・下社が金御幣を持ち、後尾には末社の狭井神社(さいじんじゃ)が勤めたそうです

 

狭井神社は、大神神社の摂社ことかな?

 

で、HPを見ると、『当社は古く、大倭神社注進状にも記載され丹生川上神社上社の本社でもある』と書いてある

 

丹生川上神社上社は、5年ほど前に行った事がありますけど、あの神社の本社がここなんですねひらめき電球

 

この高龗神社には、たくさんの絵馬が掛かっているんですけど、よく見ると…

 

 

いろんな神社の絵馬が!

 

高龗神社の全国総本社だから、いろんな神社の絵馬が集まってくるんですかね?

 

 

その他に、境内には、戦艦大和展示室というのがありました

 

 

入場無料だったので、入って見ると…

 

 

戦艦大和の模型がズラリ!

 

他にも、絵など飾られていました

 

 

戦艦大和カッコいい!

 

 

大和神社の御朱印