心の危機というテーマ

私のブログのテーマであり人生のテーマは、「音楽」と「心の癒し」です。

今回はこの二つのうちの「心の癒し」分野、

その中でも「心の危機」について何回かに分けて書いてみたいと思います。

私は「心の癒し」を、単に一時的な安心感ではなく、

心の成長の結果生まれるものだと考えてます。

登山に例えるなら、厳しいルートを登頂した後に頂から見える景色が心の癒しです。

そして心の癒しの前には、危機や困難があります。

今回は、この危機の中でも特に厳しい困難である「希死念慮(死にたい気持ち)」について、自分の体験も踏まえて書いていきたいと思います。

今のSNSでは、「いいね」の数やフォロワー数が価値として見られがちです。

自尊心を満たすこと、収益につながること、成功しているように見えること。そうしたものが注目されます。

また、相手の生死に影響を与える可能性を考えると、

おいそれと情報を発信しづらいという別の側面もあります。

よって希死念慮というテーマは、話題になりにくく、

それを感じている人も孤立しやすいと思われます。

私は精神医学の専門家ではまったくありませんが、

希死念慮を伴ったうつの経験者であり、

経験者同士で経験を共有し合うことは意味があると考えます。

また、人生スパンで物事を見た時に、

このテーマを深掘りすることは人の成長や幸せにとって大切ことだと考えます。

 

希死念慮は本当に苦しい

経験した人でなければ分かりにくいかもしれませんが、

希死念慮は本当にきついものです。

体感的には、二つの状態があります。

一つは強い焦燥感で、何かに追われるような感覚が続き、

心が休まらない、逃げ場がない感じです。

もう一つは動けなくなる状態で、頭を働かせること、歩くこと、

風呂に入ることなどを苦痛に感じ、

何かしようとするだけでも死にたくなる感じです。

そして希死念慮は心だけでなく、身体感覚と結びついています。

心で感じる不安感と身体の内側の強い不快感が結びついて存在している感覚で、

心か身体のどちらかに少々何かを施しても、苦しさはびくともしない感じです。

私の20代の体験

私が最初に強く希死念慮を感じる様になったのは20代の会社に入って間もない頃のことでした。

私は入社してからずっと、

エネルギープラントを建設するエンジニアの仕事をしています。

まだ入社して半年くらいで、

地図に載る様な大きいプラントの主要部分の設計担当となったのですが、

この仕事がうまくできませんでした。

約束を守れない、ミスが続く、お客様や現場から責められる、

と追い詰められていく一方でした。

何とかしなければと思うのですが、焦れば焦るほど身動きが取れなくなり、

仕事で問題を解決していくことへの恐怖感が強すぎて、

もう死んで逃げるしか手は無いと考えるようになっていました。

その状態が数年間続きました。危険な時期だったと思います。

では、どうやって乗り越えたのか。

私の場合はクラシック音楽が大きな支えになりました。

バッハやマーラー等の曲を聴くこと、そしてチェロを弾くことで、

何とか生き延びた感じです。

音楽は、理解するほど、

人間の苦しみや悲しみを受け止める力があるということがこの時に理解できました。

ちょっと宗教に救われた様な感じですね。

また、心の世界、特にユング心理学や退行催眠から導き出される輪廻転生の世界観について読書し続けたことも支えになりました。

結果として、5年ほどかけて少しずつ回復していき、

希死念慮をほとんど感じないくらいまで回復しました。

40代で再び訪れた危機

ところが、心の危機は一度乗り越えたら終わりではありませんでした。

40代になって、再び大きな危機が訪れます。

今度は職場で、部長クラスのプロジェクトマネージャーから執拗な攻撃を受けるようになりました。

無理な条件での仕事、理不尽な要求、

人格を否定する様な言葉での精神的な圧迫などが続き、

少しづつ追い詰められて行きました。

1年ほどして少し希死念慮が出始めたので、

精神科の産業医に薬を処方してもらい始めるのですが、

仕事の立場は変えてもらえず、さらに1年この状態が続いため、

強い希死念慮が出るようになりました。

最終的に恐怖感が強くなりすぎて、会社へ行こうとすると身体が動かなくなり、

出社できたりできなかったりという状態となり、

産業医からドクターストップがかかって、その後14か月間の休職を経験しました。

この休職の時に、20代とは違う出来事がありました。

休職してしばらくしてから、

医大の精神科で行われていた復職プログラムに参加しました。

10人ほどのグループで、自分の状態や悩みを共有しながら、

認知の歪みを気づかせてくれる認知行動療法というのを軸に復職の為に組まれたプログラムでした。

そこでは初めて、自分以外の人が悩みやつらさを直接話すのを聴きました。

そして、こういうふうに悩むのって結構普通のことなんだなと分かり、

少しだけ気持ちが軽くなりました。

自分はとんでもない悩みを抱えた特殊な人間なのではなく、

ごく普通に弱さを持った普通の人間なのだなと分かった感じです。

この経験で、自分自身に向いていた強い自己否定が緩み、

このままでもそれほど悪くはないんだなと考えられるようになりました。

またこの頃には希死念慮もだいぶ軽くなっていました。

20代の頃は音楽や心の世界を学ぶことで切抜けましたが、

40代では、同じつらさを持った他の人の存在に癒やされました。

希死念慮には共有が効く

希死念慮には、すぐ楽になる特効薬はあまり無さそうです。

しかし、人に話して共感してもらおうにも、まずは相手を選ぶし、

医療機関の門を叩くのにも中々なエネルギーが要ります。

人に理解してもらって共感してもらうのも中々大変です。

一方、先に経験した人の経験を知ることで自分だけではないことが分かって、

楽になる部分もあるかと思います。

なので、まずは微力ながら私自身の感覚をブログという場で自己開示してみました。

「自分だけではない」という感覚を少しでも感じでもらえたらお思います。

これから私がやろうと思うこと

私はこれまで、音楽を軸にして発信することが多かったです

。自分にとってこれからも音楽は大切なテーマです。

しかし今後は、心の危機や癒しについても発信していきたいと思っています。

希死念慮というテーマは、多くの人が避けますが、だからこそ、

誰かが語る意味があると感じています。

 

それでは、また。

こんにちは、ひでちぇろです。

 

今日は、

演奏技術の向上と「引き寄せの法則」の関係について

書いていきます。

 

音楽の女神(=引き寄せの法則)と

理想の演奏を実現について、

私の経験を交えてお伝えします。

 

 

引き寄せのメカニズム

「引き寄せの法則」とは、

自分の意識や想像が現実を引き寄せる

という思想です。

 

この法則は

いくつかのメカニズムが働いています。

 

脳のRAS作用(現実面)

脳には「網様体賦活系(RAS)」

というフィルターがあり、

これが重要な情報を選別します。

 

演奏が上達したいと強く願うことで、

RASがその目標に関連する情報を優先的に

取り入れるようになります。

 

これにより、

必要な練習方法や音楽理論、技術的なヒントなどを

見逃さずにキャッチできるようになります。

 

確率論の偏り(現象面)

人間の思いが現実に影響を及ぼす

という現象があります。

 

例えば、

その現象に思いを抱くだけで、

サイコロの目や乱数発生器の結果に

偏りが生じることがあります。

 

演奏の上達を強くイメージすることで、

実際にそのイメージに沿った出来事が

起こりやすくなります。

 

 

引き寄せの注意点

ただし、

「引き寄せの法則」を活用する際には

注意が必要です。

 

私の経験から、

急激な上達を強くイメージしすぎると、

思わぬ代償を伴うことがあります。

 

理想を引き寄せるために、

自分がどれだけの努力を惜しまないかが鍵となります。

 

 

私の体験から二つの話

チェロ演奏の夢を実現した話

チェロを始めて10年が経った頃から、

バッハの無伴奏チェロ組曲の最難関である、

第6番を人前で演奏したいという夢を持つ様に

なりました。

 

実現イメージを抱きつつ、

一部の曲をレッスンでみてもらったり

何年もかけて無伴奏チェロ組曲を全曲個人的に

録音してみたり、

たくさんのCDで研究したり、

練習を続けたりしました。

 

そしてさらに10年たったころ、

チェロの無伴奏曲を引弾く会に招かれたのです。

曲は自由でした。

 

これをチャンスと捉え、

バッハ第6番を演奏することに決めました。

 

そして数ヶ月後、

実際に人前で演奏することができたのです。

 

これは、

引き寄せの法則がうまく働いた例です。

 

サラリーマンでありながら、

ハードに練習を重ねた結果、

音楽の女神が微笑んでくれたのだと思います。

 

楽して上達を試みた話

一方で、

アマチュアでチェロ一番になりたいと強く願い、

甘い気持ちで引き寄せを試みたこともありました。

手法は先日ユーチューブをアップした、

kenjiさんのやり方を使ました。

 

しかし、

その時は死ぬ気で練習する覚悟が足りず、

楽して上達したいという気持ちが強かったのです。

 

その結果、

室内楽演奏会での身内からの強い批判を受けたり、

別の演奏会練習で

プロのミュージシャンからの厳しい指摘を

受け続けたり 、

 

メンタルが限界に達しました。

 

また、自分より上手い人からのプレッシャーで

人間関係が悪化し、

長年続けていたオーケストラを離れることにもなりました。

 

楽をして引き寄せようとすると、

音楽の女神は上達させようと、

いろんな手段で厳しい試練を与えてくるんだな、

と分かったのが、

ここ数年のことです。

 

 

まとめ

引き寄せの法則は、

目標に近づくための強力なツールです。

 

しかし、

得るものがあれば

失うものがあることも理解しておく必要があります。

 

特に音楽の女神は、

ハードに鍛えるのがお好きなようです。

 

本当に上達したいという強い意志を持ち、

努力を惜しまない人にこそ、

この法則で女神を召還する権利があるのかなと

思います。

 

現在の私は、

急激な成長を目指すのではなく、

基礎練習を大切にしつつ、

自分が楽しめる様、

ビジョンを調整しながら、

マイペースで上達を目指しています。

 

自分のキャパシティと相談しつつ、

ハードな音楽の女神をうまく使いこなしながら、

さらに素晴らしい演奏を目指していきたいと思います。

 

 

それでは。

「引き寄せの法則」は、

個人が人生を充実させるための思想です。

 

これに対し「生まれ変わり理論」は、

そもそも、人生は一回だけではなく(輪廻転生)、

人にしたことが自分に返ってくる(因果応報)、

という考え方です。

 

今回は、

これら二つの考え方がどのように共存し、

互いに補完し合うことができるのかを

探っていきます。

 

 

引き寄せの法則は?

ここで引き寄せの法則について復習です。

心に強く思い描いたことが現実に引き寄せられるという考え方で、

19世紀のアメリカで、

聖書原理主義的なキリスト教プロテスタントカルバン派に抗議する形で生まれた、

ニューソートという思想をベースとしています。

 

ポジティブなイメージを持ち、

個人の欲求や夢を肯定することで、

それを現実化する力があるとされています。

 

成功したいと思えば、

その思いが現実の行動、出来事、環境に反映され、

結果として成功を手にするというものです。

 

 

生まれ変わり理論の流れ

生まれ変わり理論の歴史は、

古くは古代エジプト文明の頃からあります

(それ以前は記録が無く何とも言えません)。

 

インドでは、

外部からやってきたアーリア人が支配の為にバラモン教を作った頃から有り、

仏教によっても存在は否定されず(輪廻転生からの解脱を推奨しているが)、

カースト制を肯定する形でヒンズー教に引き継がれました。

 

西洋では、

ユダヤ教のカバラという経典に記述されており、

キリストが属していたユダヤ教のエッセネ派でも肯定されていました。

 

キリスト本人も特に生まれ変わりは否定していなかった様です。

 

しかし、

キリスト教の教団としては後世の人が開いたコンスタンティノープル公会議で

生まれ変わりは無いことと定められ、

それが今でも続いています。

 

その後出てきた科学によっても否定され続けています。

 

一神教や科学の様に、

直線的に発展しようとする思想とは、

相性が悪かったのかもしれません。

 

 

日本では、

明治維新の頃に西洋科学を輸入しており、

以降、

公の学問の世界では認められていないものと思われます。

 

しかし、1980年代にトロント大学の医学部教授である

ジョエルLホイットン博士が「Life between life(邦題:輪廻転生)」

を出版し、科学の住人の一部がこれを肯定する様になりました。

 

退行催眠をする治療に用いる精神科の医師達が、

生まれ変わりは存在するとしか説明できないと主張を始めたのです。

 

特に、前世の記憶と、

本人の知りようがない歴史的事実との一致例が

が数多く見られ、否定することが難しくなりました。

 

また、中間世で出てくる偉大な存在の発言内容に、

強く心を動かされ、より生まれ変わりを強く確信する様です。

 

科学が発展した現代でも一定の説得力があり、

これは大きな前進でした。

 

日本でも、

元福島大学教授の飯田史彦さんや

東大名誉教授で救急医療が専門の矢作直樹さんなどが

多くの著作を出しており、

日本に退行催眠による成果をまとまった形で紹介してくれています。

 

飯田史彦さんが最初に出した「生きがい創造」が特に名著だと思います。

テレビでも、江原啓之さん(最近見かけませんが)が「オーラの泉」という番組で、

霊視という形ですが、

生まれ変わりについて大っぴらに話して普及に尽力したと思います。

 

少しずつ日本人の間に、

自然と生まれ変わりの思想が

戻りつつあるのが現在ではないでしょうか。

 

なお、

統計を取ると、

日本人のうち、約半数が生まれ変わりを肯定的に捉えている様です。

 

 

生まれ変わり理論とは?

生まれ変わり理論は、

魂の永遠性を前提にし、

輪廻転生を肯定する立場です。

 

魂は死後も存在し、

新たな人生を繰り返しながら成長を続けるというものです。

 

以下もう少し詳しく見ていきます。

 

 

生まれ変わりのルーティーン

まず、生まれ変わりのルーティーンを見てみましょう。

 

これらはすべて、

数多くの退行催眠から得られた情報によるものです。

 

生まれ変わり理論では、

魂は生まれる前に人生を計画し、

成長の試練を与えてくれる夫婦を選んで生まれてくるとされています。

 

そして、生まれる前にすべての記憶を忘れます。

 

妊娠三か月くらいで胎内出入りするようになります。

 

誕生してからは、

赤ん坊の頃はやがて心(魂)主体の存在ですが、

しだいに肉体に繋がった脳による顕在意識との境界が薄れ、自我が形成されます。

 

そして、自我によって計画しておいた試練を経験します。

 

記憶を無くしているので、

何が正解かは分からない状態で

試練を乗り越えようとすることで、

成長していくことができます。

 

計画を終えて亡くなると肉体から離れ自分の肉体や、

近親者を離れて観察できるようになります。

 

その後、トンネルを通ったり、川を渡ったりして、

お花畑の様なところに到着します。

 

そこでは、魂のレベルが同じ様な人たちに迎えられ、

指導する存在もいて、

生きてきた人生をすべて相手の立場で経験し直して

反省し、学んでいきます。

 

その後、次の人生を計画し始めるところで、

ルーティーンのワンサイクルです。

 

 

生まれ変わりの目的

退行催眠において、

本人ではなく、指導する立場にある偉大な存在より、

生まれ変わりの目的について説得力を持って語られることがあります。

 

生まれ変わりの目的は、

個人の単位では、成長の為のプログラムです。

 

人間関係、病・ハンディキャップ、死などの思い通りにならないことを通して、

学ぶ為です。

 

そして、

なぜ個人の成長が必要かというと、

宇宙(創造主)はそれだけで完璧で変化や成長が無い為、

わざと分離した存在を作って、

その存在に成長させることで、

自分も成長を感じる為です。

 

宇宙そのものが成長を体験する為に、

疑似的に宇宙から分離し、

現世の厳しい環境での成長を繰り返す人間を作ったという考え方です。

 

また成長の為に、

人間はわざと前世の記憶を失う設定とされているということです。

 

なお、ここでの成長とは、

自分が与えられなくても、

いかに自発的に人に与えられるか、

与える力、キャパシティを大きくしていく、

というニュアンスです。

 

 

生まれ変わり理論と引き寄せの法則の共存

一見すると、

引き寄せの法則と生まれ変わり理論は相容れないように思えます。

 

引き寄せの法則は、

自分の幸福や成功に主眼を置いており、

対して、生まれ変わり理論は、

他人を幸せにできる能力を上げることを強調します。

 

この反対の考え方を統合することはできるのでしょうか。

 

 

目的の統合

前述の通り、

引き寄せの法則は、

「個人の幸福のため」に「宇宙」が存在するという世界観を持ちます。

 

一方で、生まれ変わり理論では、

「宇宙の幸福ために」に「個人」が存在するとなります。

 

一見矛盾していて正反対です。

 

しかし、

「個人の幸福」と「宇宙の幸福」は本来一致するのではないかと感じています。

 

これを一致させる為のキーワードは、

一気通貫で存在し続ける魂の「使命」ではないでしょうか。

 

これを見つけてさらにその能力を伸ばすことに

よってこそ、

矛盾した両者を満足させられるものと思います。

引き寄せの法則によって成功した人たちは、

結果として自分の特性を最大限に生かせる、

「使命」を見つけ、

それによって多くの人を幸せにでき、

それによって幸せになれているものと思います。

 

生まれ変わり理論を満たすような、

自分という魂にふさわしい使命を見つけ、

それを効率よく実現する為の引き寄せの法則を活用するということにより、

自分が計画していた人生においてベストの

選択、行動が可能になるものと思います。

 

結局、

イメージして引き寄せているつもりだが、

「使命」を思い出しているということになるのかもしれません。

 

 

目的から外れると

一方、

自分の経験上ですが、

自分の為だけの快楽のみを追求する様な目的を立てると、

間違いに気づかせるため、

どんどん人生が悪い方に進んでいく感じがします。

 

自分は途中で引き返しましたが、

その方向性で引き寄せを続けたらどうなるか考えると、

怖いです。

 

 

まとめ

私自身魂レベルでで大切なの目的というか存在理由は、

音楽で人と感動を共有することと、

精神面からの真理の探究です。

 

人生の試練も、

この方面のスキルをアップさせる為に起こってきた感じがしますし、

この存在理由に沿った引き寄せは上手くいく感じがします。

 

この方向性を大切にしながら、

「使命」が何かを探究しつつ、

使命達成の加速装置として引き寄せの法則の法則も活用していきたいと思っています。

 

それでは。

こんにちは!ひでちぇろです。

 

今回は「引き寄せの法則」と、

「仏教の教え」との協調について考えていきます。

 

 

引き寄せの法則

まず、引き寄せの法則。

 

ポジティブな考えや感情を持つことで、

ポジティブな出来事や人々を引き寄せることができると言われている法則です。

 

仏教の基本的な考え方

これに対し、

仏教の基本的な考え方を紹介します。

理解しやすい代表的な教えとして、「四諦」、「自灯明、法灯明」、「中道」があります。

 

四諦

四諦とは、

  1. 苦諦(くたい): 生きることは苦である。

  2. 集諦(じったい): 苦の原因は煩悩である。

  3. 滅諦(めったい): 煩悩を消すことで苦を滅することができる。

  4. 道諦(どうたい): 煩悩をなくすためには八正道を実践する(行動、心、言葉を正しくする)。

の4段階の事を示します。

 

言い換えると、

現状が辛いのは煩悩に執着しているからであり、

そのことに気付き、

煩悩を正しくコントロールして生きれば幸せになれるよ、

という教えです。

 

自灯明、法灯明

次に、「自灯明、法灯明」です。

ここでの法とは真理のことを示します。

 

「自らを指針にして、真理に従って生きよう」という考え方です。

そして、真理とは以下の三法印の事を言います。

  • 諸行無常: 物事は常に変化する。絶対はない。

  • 諸法無我: すべての事象は繋がり合って存在している。

  • 涅槃寂静: 煩悩では満たされないことを理解すれば安らぎの境地に行ける。

 

四諦と似ていますが、

すべての事象は繋がり合い、変化しているのでことを知ることで、

物事への執着に意味がないことを説いています。

 

中道とニューソート

一見すると、

仏教の教えは「欲望を持つこと」を否定しているように思えます。

しかし、実はそれだけではありません。

 

さとりを開く直前、

ブッダは苦行林で命がけの修行をしていました。

しかし、悟りを開いたブッダは、

極端な苦行が正しい道ではないと気づきました。

 

そして、苦行にも快楽にもよらない道として、

「中道」が重要であることを説いています。

 

「中道」は真ん中という意味では王道でもあり、

物事を正しく認識して、

安易に両極端に片寄るなということです。

 

これに対し、

ニューソートの創始者たちもまた

原理主義的なキリスト教プロテスタントが

禁欲主義に偏りすぎることに抵抗し、

個人の幸福を追求することの重要性を説きました。

 

個人の幸福追及も認める方向への修正

という意味でやはり「中道」です。

 

仏教は欲望を否定し、

ニューソートは欲望を肯定して、

一見正反対ですが、

既存宗教の行き過ぎたバランスを調整する

「中道」という立ち位置は

一致しているかもしれない

と感じています。

 

仏像や経典は加速装置

ここで後世のひとが作った

仏像(=仏教芸術)や経典について考えてみます。

 

仏像は、は悟りを開いたブッダを想像、

つまりイメージングするのに最適です。

 

また、無心に唱える経典も、

アファメーション相当することが分かります。

 

これらは、

悟りに至る為の加速装置としての、

イメージングであり、アファメーションです。

 

なにか、引き寄せの法則を彷彿とさせるなと、

ずっと感じていました。

 

引き寄せの法則の目標地点

引き寄せの法則は、仏教の中で見てみると、

仏像や経典の様な、悟りに至る加速装置としての

ツールに相当すると思われます。

 

しかし、至る先が悟りなら良いのですが、

もし仏教の考え方を受け入れるなら、

煩悩を実現する為に引き寄せの法則を使おうとするなら、

煩悩(=苦しみ)にまっしぐらで、

不幸になる為の加速装置となってしまいます。

 

引き寄せの最終目標地点が、

個人の煩悩によるものなのか、

もしくは悟りまで行かなくとも利他的なものが加わっているかどうかが、

重要なのかもしれないなと思われます。

 

目標を立てるのも、

引き寄せの法則を使うのも、

すべて自己責任なので、

私個人としては、

不幸まっしぐらとならない妥当が目標作りについて、

真剣に考えるべきだと考えています。

 

そのためには、

仏教だけでなく、

他の思想についても考えてみるべきと思っています。

 

それでは。

こんにちは、ひでちぇろです。

今回は、
チェロの演奏活動を通じた、
私、ひでちぇろの実体験に基づいて、
引き寄せの法則の実際の、
諸刃の剣的な側面について書いていきます。

エピソードの紹介

引き寄せの法則が効いているなと思うことは、
確かにあります。

願いを強く思い描き、
紙に書き出したりイメージするのです。

そうするど、それが現実となろうとして、
普段と違うことが起きます。

ただし、
単なる願望だけで、
行動が伴わない引き寄せは、
きつい状況を招いたりします。

以下、私の最近のエピソードを紹介します。


行動を覚悟しなかった引き寄せのケース
長崎への転勤から横浜に戻ってきたころに、
チェロが上手くなりたいと強く願い、
日本最高のアマチュアチェロ奏者になる
イメージを持ってアファメーションを続けました。
やり方は、
引き寄せ系ユーチューバーで、
現在フォロワー10万人超えのケンジさんという方の
動画で公開されているもので、

ノートに、現状を無視した抽象的な願いから、
具体的な願いへと、
と3~5段階くらい願いを書き出しては感情を味わう、
ノートを閉じたら忘れる、
というのを3ヶ月ほど毎日続けるというものでした。

その結果、
しばらくして、
ずいぶんご無沙汰していた大学の後輩から
室内楽のお誘いがありました。

楽しそうな気がして引き受けてみたところ、
しかし、
そこには男性の私にだけやけに厳しく接する
プロの男性奏者がいました(他は全員女性メンバー)。

毎回、
プロの先生に自分の演奏だけ
ネガティブに言われ続けるうちに、
心が病んできて
メンタル的に非常に厳しい状況になりました。

しかし、
室内楽でチェロは自分一人なので降りるわけにもいかず、
厳しい状態の中、
少しでも状況を改善させるため、
演奏の録音を譜面を見ながら毎日聞いては、
演奏のまずいところを譜面に書き留め、
そこを集中的に練習することを繰り返しました。

結果として、
250人くらいのお客さんに来ていただいた
室内楽の演奏会で、
本番が終わるまで
生きた心地がしない様なストレスを感じながら、
なんとかかんとか、
本番を乗り切りました。

行動する予定なくして軽い気持ちで
引き寄せてしまったので、
逆に無理矢理行動せざるを得ない状況を
引き寄せ始めた感じでした。
さらに、
ホームとしていたオーケストラでも、
やけに後輩から急にきつく指摘されるようになり、
居心地が悪くなっていたところ、

さらに、
自分より上手だけど、
気に入った曲だけ乗ろうとする、
自由(わがまま)なチェロ弾きが、
別のパートのパワハラトップと組んで、
自分がやる予定だったマーラーの交響曲9番のチェロトップを、
自分がやりたいと画策してきたりしました。

彼より上手ければ突っぱねられるのですが、
そういう訳でもなく、

あまりに不快なので、
そのオケでの出演自体、
しばらくお休みすることにしました。

というふうに、
最近の出来事を世間話的に書きましたが、
引き寄せの法則を意識して、
使う様になってから厳しい状況が増えました。

しかし、
この厳しさによって、
逆に鍛えられ、
目標に近付いているのも事実です。

演奏会の曲を死に物狂いで練習したり、

普段会わない、
憧れだったプロの首席奏者から、
音大にまで出かけて行ってレッスンを受けたり、

今まで軽視していた、
基礎練をとにかく繰り返したり、

簡単なエチュードを録音しては矯正するなど、
努力をせざるを得ない状況に追い込まれました。
(今も下積み的努力を継続中です。)

まずは、
行動する覚悟が伴わず、
後から苦労してしまったケースでした。

行動できた上で引き寄せたケース

一方で、
努力していたら、
いつの間にか知らない射ちに引き寄せた経験もあります。

チェロを始めたばかりのの高校時代、
初めて聴いた海外オーケストラ演奏会の曲目が、
先ほども出てきた、
マーラーの交響曲9番でした。

若杉弘さんがケルン放送交響楽団を振る最後の演奏会で、
演奏もドラマチックでしたが、
曲の終わりに信じられない様な
1分くらいの濃密な沈黙があり、
魂を持っていかれる様な体験をしました。
(写真は若杉弘さんです。)



大学に入って、
大学オケで活動しながらも、
あの感動というか体験が忘れられず、
チェロの首席奏者として舞台に乗って、
4楽章の魂のこもったソロを弾く
イメージを何故か持ち続けていました。

その後、
アマチュアオケのチェロトップをやるようになり、
空き時間や休日に他のメンバーの数倍はさらって、
録音を聴き、スコアを読み、
パート員の面倒もしっかり見るというのを、
10年近く続けたところで、
とうとう、
マーラー9番のトップの機会がやってきました。

本番は、
トップサイドが非常に協力だったこともあり、
全く支障なく弾くことができ、
4楽章終わり近くのソロも平常心で弾けて、
充実した演奏会を迎えることができました。

こちらは、
先に覚悟も決まって行動を重ねた結果、
時間をおいて、
スムーズに引き寄せられたケースです。

引き寄せの注意点

紹介したのはあくまでも参考例ですが
これらの経験を通じて感じたのは、
当たり前ですが、
引き寄せの法則が単なる願望だけで
実現するものではなく、
行動が伴う必要があるということです。

願望だけに頼る引き寄せをしようとすると、
行動の変容を促す厳しい状況を
引き寄せることとなる様です。

行動を伴わない願望だけの引き寄せは、
失うものもあり、覚悟が必要と思われます。

引き寄せたいイメージが本当に
自分にとって良いものか、
行動しきる覚悟があるのか、
代わりに何かを失う可能性を許容できるか、
といったことについて、
しっかりと自問自答することが大切です。

そして、引き寄せの法則を使う際には、
具体的な行動計画を立てることが
不可欠だというのが、
私の意見です。

結論

引き寄せの法則の法則は確かにありそうだと
思わっています。

しかし、行動するつもりがなく、
中途半端にな状態で使おうとすると、
状況が悪くなるだけで、
実現もせず不幸になるだけという
可能性もはらんでいます。

願望をイメージすることは大切ですが、
その道を歩くのも自分自身であることも、
忘れずにいたいということです。

以上、
ひでちぇろのつたない経験でした。

それでは。

こんにちは、ひでちぇろです。

 

今回は、

科学そして量子力学から見た引き寄せの法則について考えてみたいと思います。

 

科学と心

科学は物質世界を理解するための強力なツールですが、

「心」の領域についてはまだまだ不完全です。

 

量子力学に至ってやっと、

心と物理現象の境界線領域に少し近づいたくらいかと思います。

 

熱力学と生命

科学がまだ完全に説明できない分野の一つが生命です。

 

たとえば、

熱力学の第二法則であるエントロピー増大の法則。

 

エントロピーとは、

系の無秩序さを表す指標であり、

自然界の物質だけを見ると常に増大する傾向にあります。

 

しかし、

生命はこの法則に逆らうかのように、

高度な秩序を維持し続けます。

 

この矛盾をどう説明するかは、まだ解明されていません。

 

ルドルフ・シュタイナーの視点

ルドルフ・シュタイナーの思想では、

人間は単なる物理的存在以上のものであるとされています。

彼は、人間を以下のような構成要素で捉えています。

・肉体:   物質的な側面(鉱物・植物・動物界の特性)

・エーテル体:   生命力(植物・動物界の特性)

・アストラル体:   感情(動物界の特性)

・自我:   意識的な思考、感情、意志

・魂:   自我よりさらに高次な心の働き

 

人間の中でも科学で解明されていな要素を、

ニュートラルな目線で体系的にとらえると、

必然的にこのような分類になる、妥当な考え方だと思います。

 

これらの領域を科学が数式で証明する様になるには、

まだ時間が必要だと思われます。

 

引き寄せの法則と科学の限界

確かに引き寄せの法則は、

科学的に証明されているわけではありません。

 

しかし、先ほどの熱力学の法則や、

人間の構成要素についての考察からも分かる様に、

科学で証明できないから引き寄せの法則が存在しないと言い切ることは、

科学の領分を超えており、

根拠のない単なる信念なのだと思います。

 

量子力学の視点

科学の中でも量子力学についても少し考えてみます。

 

量子力学の代表的な実例で、

二重スリット実験において、

人が観察すると光や電子は粒(=物質)の性質を示し、

観察していないと波動(=エネルギー)の性質を示す、

という実験結果が有名です。

観察が物質の状態に影響を与えることが示されています。

 

このことから、

心が物質の存在に関与しているという考え方が生まれ、

だから引き寄せの法則が立証されたというロジックを最近見かける様になりました。

 

しかし、これはあくまでも超微粒子の世界での話です。

 

我々の体験している現実世界と、この実験結果がどう直結するのか、

まだ、なんとも言えないのではないでしょうか。

 

実際はまだ、我々が普段体験しているサイズの世界との関係については解明は、

まだこれからなのではないかと思われます。

 

結論

最新の量子力学を含めた科学は、

まだ完全には心と物質の関係を説明しきれていないものと考えます。

 

一方、

私たちは今も日々の生活の中で、

常に決断を繰り返しながら生きていかなければない状況です。

 

ですので、

科学がもっと発展するまでは、

自分なりの仮説を立て、

それを信じてリスクを取って生きていくしかないのかもしれません。

 

そして、仮定が間違っていたと思ったら、

引き返してまたやり直すという試行錯誤の繰り返しというのが、

人間の成長という意味では正しい姿なのかもしれません。

以上、

科学そして量子力学から見た引き寄せの法則でした。

 

それではまた。

こんにちは、ひでちぇろです。

早速、 ジェームズ・アレンとナポレオン・ヒルの続き、

思想の後半です。


エスター・ヒックスとジェリー・ヒックスの「引き寄せの法則ーエイブラハムとの対話」

「引き寄せの法則ーエイブラハムとの対話」のエスター・ヒックスとジェリー・ヒックス夫妻です。

題名がそのまま引き寄せの法則であることからも分かるとおり、
決定版とも言えます。

また、
瞑想によって、エスターがエイブラハムという存在にチャネリングして、妻のジェリーが質問して対話する形式であり、
だいぶスピリチュアル分野に傾いた印象です。

著作で示されている主な内容は次の通りです。

1. 引き寄せの法則:
それ自身に似たもの(近い波長のもの)を引き寄せること。ことわざで言えば「類は友を呼ぶ」ということです。

2. 意図的な創造の方法論:
自分の感情に注意を払い、好きなことをする意図を明確にイメージすることです。

3. 許容し可能にする術:
他人は他人、自分は自分と考え、他人の言動に影響されないことです。
自分の心が発した波長によって引き寄せるという、
行動よりも想いが現象に与える影響が、より強調されています。

ロンダ・バーンの「ザ・シークレット」

続いて、
「ザ・シークレット」のロンダ・バーンです。
「ザ・シークレット」は映画にもなっており、
著作も独特の構成で、
著名人の言葉がちりばめられ、その後に格言のような言葉が並んでいます。

考え方はニューソートやニューエイジの思想を汲んでいますが、
行動をそれほど重要視していない印象があります。

特にナポレオン・ヒルまでは情熱を持って行動することが前提でしたが、
バーンは想いが宇宙を創っていると主張し、
豊かな想いを持てば必ず成功する、
病や貧乏の様なネガティブなものもすべて想いが原因、
という引き寄せ原理主義です。

このニュアンスが日本の引き寄せ系の思想や著作に多くの影響を与えている様に感じられます。
(写真はロンダ・バーンです。)





バシャール

次に紹介するのは、
スピリチュアル部門代表のバシャールです。
ダリル・アンカがUFOを見てからできるようになった宇宙存在バシャールとチャネリングして語ったセッションの会話が著作にまとめられています。

バシャールの主張は、
ワクワク感じることを情熱を持って体系的、継続的にやることが真の自分を表現することであり、
それこそが人生の目的というものです。

また、
何かを決断する度にそれに伴う平行宇宙を選択しているとか、
時間の概念は人が作り出したものであり今ここに過去も未来も同時に存在しているなど、
時間論、存在論的な前提も納得感があります。

セッションでの対話に触れると、
誠実さやポジティブさが伝わってきて救われる印象です。

日本での最近の動向

アメリカ発の思想に比べてオリジナル度は少し下がりますが、
日本の動向についても触れておきます。

10年以上前は、
ユング心理学や仏教のように、
個人の心の奥底と世界が繋がっているという思想を根拠に、
思いが実現するという考えが多かったように感じます。

最近では、
量子力学における、
二重スリットに波の性質を持った電子や光子をスリットに通す実験で、
人が観察したときだけ光が粒子として計測されることや(観察=心によってエネルギーが物質化する)、
ゼロポイントフィールドにすべての情報が畳み込まれているという理論等を根拠として、
想いが実現することを主張するケースが増えてきた様に思います。

考察とまとめ

こうやって著作を順に見ていくと、
心の中で思ったことが現実していく主張は同じですが、
時代を経るごとに、
想う事と結果の間にある行動を重視しない方向に変わってきている感じがします。

引き寄せの法則が大衆化した結果かもしれません。
また、
私個人の感想としては、
そもそも今目標でいいのかとか、
そもそも何がやりたいことなのかという別の問題もあります。

何を目指すことが幸福なのかという問いです。
この問題についても、引き続き考えていきます。

以上、

引き寄せの法則に関連する主要な著作を通して、
その思想と若干の考察について書きました。

自分の人生にどう役立てるか、
再考するきっかけになれば幸いです。

次回以降は、
引き寄せの法則と他の思想体系を対比させつつ、
別の角度から考えていきます。

もう少し後の方で音楽の話もします。

それでは。



こんにちは、ひでちぇろです。

前回は思想の源流を探りました。

今回は引き寄せの法則の著名の中でも特に影響力のある著作を取り上げて思想を紹介していきます。

 

ジェームズ・アレンの「原因と結果の法則」

まず、

この分野のバイブルと称される「原因と結果の法則」のジェームズ・アレンから。

 

彼の主な主張は、

良い心を持てば行動が改善し、

その欠陥人間関係を始めとした周囲の環境も良くなり、

最終的に成功できるというものです。

 

また、

目先の欲望を捨てて、他の事に対して目標達成を最優先させることも重要だと述べています。

 

そして、

最終的には穏やかな心に到達することが幸福の為には最も大切という思想です。

この穏やかな心という考えはブッダの思想にも影響を受けている模様です。

 

現代人から見ると、

「努力して成功するのは当たり前」と思われるかもしれません。

 

しかし、

当時は神や原罪の感覚から離れて、

人が自分の判断で幸福を追求することを、

思想として肯定するのは非常に革新的な考え方でした。

 

あの時代に個人の幸福を追求する権利を主張しつつ、

成功について体系的に示したという意味で、

まさにバイブルなのだなと思います。

 

ナポレオン・ヒルの「成功哲学」

次に、「成功哲学」のナポレオン・ヒルです。

 

彼の基本の考え方は、

叶えたい夢を最優先にして行動し、

心の平安をゴールとする点でアレンと似ています。

 

これに加えて優れた点として、

鉄鋼王アンドリュー・カーネギーへのインタビューに代表されるように、

実際の成功者からのインタビューによってその思想が裏付けされていることです。

 

また、潜在意識を活用するという考え方も強調されています。

 

この辺まではスピリチュアルな雰囲気は少なく、

自己責任、自助努力によって、

正当な現世利益を得る感じです。

(写真は若き日のナポレオン・ヒルです)

 

引き続き、後編に続きます。

それでは。