『さりと12のひみつ』第3話「ガリレオ伝説のひみつ」の裏話 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 5月初旬に「web日本評論」で公開された『さりと12のひみつ』第3話。

 

 ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔から鉛の球と木の球を落として、2つが同時に地面に落下するのを民衆に見せた、という有名な逸話。

 

 ネットや本などでも、伝聞につぐ伝聞で、この「伝説」が語り継がれています。

 

 

 上のコマにあるように、じつは、この「伝説」の元ネタは、ガリレオの晩年の弟子ビビアーニが書いた『ガリレオ伝』にあります。

 

 晩年の弟子ですから、ガリレオの若い頃の話は伝聞や想像で書いたものだと思われます。『ガリレオ伝』が史実に忠実でないというのは、研究者の間では定説のようですね。

 

 そもそも、ガリレオ自身が書いた本には、ピサの斜塔の実験のことは一言も触れられていません。

 

 宗教裁判に負けて軟禁された後に執筆した『新科学対話』には、落下実験のデータが山ほど書かれています。

 

 その詳細は『新科学対話』を読んでいただければわかりますが、例えば200キュービッドの高さから落とした場合、鉛の球と木の球の場合、明らかに差があったが、鉛の球と石の球の場合は差がなかった、などと書かれています。200キュービッドというのは、100メートルくらいの高さですが、ピサの斜塔は60メートル弱で、この実験をできる最上階の高さは50メートルくらいの場所ですから、100キュービッドの高さですね。

 

 ガリレオの本によれば、20〜200キュービッドの、様々な高さから何度も落下実験をしています。

 

 中には100キュービッドの高さから落とした結果も書かれていますから、ちょうどピサの斜塔くらいの高さですね。

 

 でも、実験結果は「同時に落下」ではなく、「鉛の球の方がはやく落ちる」ですから、『ガリレオ伝』の結果とは違います。

 

 『新科学対話』では、この実験結果の解釈も詳しく述べられています。

 

 

 ガリレオの実験結果は、アリストテレスの「十倍重い物は十倍はやく落ちる」という結果とはほど遠かったのですが・・・

 

 わずかであっても、あきらかに重い物のほうがはやく落ちるという実験結果を見せ物のように見せれば、アリストテレスの本を精読したことのない大衆にとっては、「重い物のほうがやはりはやく落ちる。アリストテレスが正しい」という印象になるでしょう。

 

 こんな誤解をまねくかもしれない実験を、大衆に見せるはずがありません。

 

 『新科学対話』を読むと、ガリレオが弟子たちと果てしなく実験をくり返した様子が見えてきます。その記述も、実際に実験をした人でないと書けないものです。

 

 マンガ『さりと12のひみつ』では、ガリレオがやった実験の様子を再現するように描きました。

 

 

 マンガではわざと「ピサの斜塔」を使っています。

 

 

 「ちょっとの差」を図に示しました。

 

 この実験を科学にうとい人の前で行えば、マンガのとっぴくんのような反応になるでしょうね。

 

 同時に落ちるというガリレオの主張は間違いで、重いほうがはやく落ちるというアリストテレスの主張が正しい、と。

 

 ガリレオは、天動説のとき(『星界の報告』や『天文対話』の頃)にも、論敵たちに、とても論理的とは思えない方法で反論され、中傷されています。

 

 宗教裁判にかけられた直接の原因は、自分の地動説がキリスト教の考え方と相容れないものではないことを、宗教的な議論で書き記した手紙を法王に送ったことだそうです。

 

 科学上の議論をしているうちは容認できるが(ガリレオは法王とは、彼が法王になる前からの友人つきあいがありました)宗教に口だしする輩は許せない・・・ということでしょうか。

 

 だから、ガリレオの宗教裁判は、地動説を唱えたガリレオを教会が断罪したというような、単純なものではありませんでした。法王との友人関係があるからこそ、ガリレオは自分だけは地動説を唱えてもジョルダノ・ブルーノのような目には遭わないという確信があったのでしょうね。

 

 法王もまた、昔から科学的な現象に興味を持っていて、ガリレオに対するリスペクトがあったのですが・・・

 

 一般にいわれているのは、『天文対話』に登場するマヌケなシンプリチオが、法王をモデルにしていると噂されて法王が激怒したことになっていますが・・・

 

 ことはそんなに単純ではなさそうです。

 

 さて、話題を「落体実験」にもどしましょう。

 

 ガリレオは、実験をすることで真偽を確かめるという、いまでは当たり前になっている「科学の方法論」を確立した人です。

 

 また、運動を時間の経過との関係で調べるということを行ったのも、ガリレオの独創です。

 

 もちろん、ガリレオの時代に短時間の時間経過をはかれる「時計」は存在しません。

 

 室内時計の元祖である、振り子時計は、ガリレオの発見した「振り子の等時性」により作られたものです。ガリレオ自身、晩年に振り子時計の設計もしています。

 

 若き日のガリレオが物体の落下運動の実験にもちいた「時計」はなんだったのでしょうか。

 

 

 「脈拍を時計代わりに使う」ことに気がついたのなら、なかなかたいしたもの。

 

 でも、「脈拍時計」では、通常の落体実験を測定することはできません。

 

 

 こうですね・・・

 

 ガリレオはすぐれた理論家であるだけでなく、すぐれた実験家でもあります。

 

 脈拍で落下運動が直接はかれないなら、落下運動をスローモーションにするしかありません。

 

 

 斜面を利用すると、擬似的に落下運動をスローにした運動を作れます。

 

 ガリレオはまず、これらの実験をくり返し、落下運動の本質を見抜きました。

 

 『新科学対話』にも、物体が同じ時間にすすむ距離が「1:3:5:7・・・」の比になることが明記されています。ガリレオは、この事実を見つけたのが自分だけであることを、本の中で強調していますから、よほどこの発見が気に入ったのでしょう。

 

 この運動に「等加速度運動」と名づけたのも、ガリレオです。

 

 つまり、最初に高校で物理学を学ぶ生徒が最初に習う「等加速度運動」は、ニュートンの前にガリレオが実験により発見したものです。

 

 

 ちなみに、マンガの最後のコマに描いた『新科学対話』の表紙は、本物っぽく見えますが、ぼくが手書きで模写したものです。

 

 なお、前にもちょっと触れましたが、今回のマンガで登場するピサの斜塔は、すぐ側の教会が見えない角度で描きました。ピサの斜塔を強調するためです。

 

 図をよく見ていただくとわかりますが、最上階の建てられている方向が、他の階に対して、すこし斜めになっています。

 

 ピサの斜塔は、建設中から地盤のために傾きだしたのですが、そのまま作ったそうです。予算の関係でしょうかね〜

 

 最上階だけが鉛直方向に立っているのは、おそらくこの最上階の四方に、時報などの目的で叩く鐘が吊されているからでしょう。

 

 いくつかのシーンを引用しましたが、マンガ全編はこちらからご覧ください。

 

 「web日本評論」に連載中のマンガです。

 

 

 

 

【おもな参考文献】

『世界の名著21ガリレオ』責任編集豊田利幸 中央公論社

『少年少女科学名著全集7』国土社:「ガリレオの生涯」森島恒雄訳

『新科学対話』(上下)ガリレオ・ガリレイ著 今野武雄・日田節次訳 岩波文庫

 

 

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