ボヘミアの作曲家、ヨゼフ・スーク(1874~1935)は、師であり義父でもあるドヴォルザークの影響を大きく受けている作曲家といえる。あまりにも義父が偉大すぎて(?)、スークの作品は目立って演奏機会には恵まれないが、1世紀のチェコ国民楽派には欠くことのできない存在となっている。
ここで紹介する「アスラエル交響曲」は実に暗澹たる重たい空気を身に纏った作品だ。「アスラエル」とは「死の天使」を意味する言葉で、ドヴォルザークと自分の妻(ドヴォルザークの娘)を立て続けに亡くした直後に書かれた大作である。曲は、全5楽章に亘って弔い、追憶、葬送の音楽に終始している。なんともいえぬ気持ちになる作品といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ヴァーツラフ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団[1983年2月録音]
【SUPRAPHON:11 1962-2 932(輸)】
『作品番号101』というメンデルスゾーンの作品の中では、かなり大きな数字が付されているこの『トランペット序曲』だが、実は初稿が出来上がったのは17歳の時。『夏の夜の夢』序曲が作曲された年と同じである。作品番号が大きいのは、メンデルスゾーンの遺作として出版された経緯に起因しており、作風は早熟のメンデルスゾーンらしい快活なリズムとメロディに溢れた作品といえる。冒頭のトランペットのファンファーレのリズムが曲の中で幾度と登場し、特にテーマがあるというわけでもなく、いわゆる絶対音楽である。中間部で聴かせる叙情的な旋律は、後のメンデルスゾーンの作品で聴くことができる情景描写に富んだセンスを感じることもできる。あまり演奏される機会が少ないが、若かりし頃の作曲家の迸る才能を体感できる作品といえる。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


クラウディオ・アバド/ロンドン交響楽団[1986年11月録音]

【DG:471 467-2(輸)】
ドイツ国民歌劇の奔りとして『魔弾の射手』を作った作曲家としてカール・マリア・フォン・ウェーバーの名が挙げられるが、彼は他にもオペラを作曲している。しかし、今日ではそれらの多くは序曲のみが暫し演奏される程度であるが、その序曲だけでも聴き応えは十分にある程に面白いバラエティーに富んだ作品の数々だ。
ここで紹介する『アブ・ハッサン』はアラビアンナイトを素材とした話で、軽妙でかつコミカルなストーリーが実に面白い。
「借金で首が回らないアブ・ハッサンは、家族が死んだ時に葬儀費用と葬儀用の衣装が支給されること思い出し、妻と互いが死んだことを偽り、二重支給を企む」というところからオペラは始まる。その後、「うまく見舞金をせしめることに成功したアブ・ハッサンだったが、死亡を確認するために首長とその妻が自宅を訪れてくる」というのだ。
なんだか、いつの時代も似たような話はあるものだと感慨深くなるストーリーではある。オペラ自体は50分にも満たない長さであり、こんなにも台詞が多いオペラも珍しいのではないかと感じる。
サヴァリッシュの演奏は、実にシャープな演奏であり、台詞が多いことを感じさせない引き締まった演奏を繰り広げている。まさに職人である。

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乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ヴォルフガング・サヴァリッシュ/エッダ・モーザー(S)/ニコライ・ゲッダ(T)/クルト・モル(B)/バイエルン国立歌劇場合唱団/バイエルン国立歌劇場管弦楽団[1975年5月録音]
【CPO:999 551-2(輸)】
フリードリヒ・クーラウ(1786~1832)はドイツに生まれ、デンマークへ渡った初期ロマン派を代表する作曲家である。今日ではフルートのための作品とピアノ曲が有名であるが、実は他にも多くの作品を残している。特にオペラや舞台への付随音楽を数多く残し、その作品は日の目を見ることが少ないものの、端整の整ったオーケストレーションが特徴で、美しくして快活な作品の数々といえる。

ここで紹介する付随音楽『ウィリアム・シェイクスピア』のための序曲もまた同様に、精緻に紡ぎ出されたサウンドは聴く者を虜にさせる魅力を持っている。『ルル』や『妖精の丘』を代表作とするクーラウだが、この作品もまた代表的な作品と称せられるだろう。クーラウ入門として、お奨めの一曲だ。

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乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ミハエル・シェンバント/デンマーク国立交響楽団[1993年8月録音]
【CHANDOS:CHAN 9648(輸)】
今日はイタリアの作曲家・レスピーギが残した『ブラジルの印象』を紹介する。この曲はレスピーギがブラジルへ演奏旅行で訪れた際、ブラジルの音楽に魅了され、そのときに触れたいくつもの音楽をモチーフに帰国後に作曲された。3つの曲からなり、それぞれ「熱帯の夜」「ブタンタン」「歌と踊り」と題されている。1曲目は熱帯の夜風を耳で感じることができ、3曲目ではブラジルの陽気でダンサブルな空気が感じられる。で、2曲目の「ブタンタン」、サン・パウロにある毒蛇研究所の名前らしい。その意味を聞いてから聴くと、なんとも言い難い鬱屈した空気が納得できる。ベルリオーズの幻想交響曲でも使われているレクイエムの一部が引用されているのも特徴といえる。



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デュトワ/モントリオール交響楽団[1996年6月録音]

【DECCA:455 983-2(輸)】
ロシアの作曲家、ミハイル・ミハイロヴィチ・イッポリトフ=イヴァノフ(1859~1935)を代表する作品、『コーカサスの風景』を紹介する。

作曲家としての活動よりもむしろ、教育者としての活動に重きを置いていたため、あまり多くの作品を残していないイッポリトフ=イヴァノフは、ロシア各地の民謡を収集することを趣味としており、この作品はそんな彼を象徴するかのような、コカーサス地方の魅力を音で表現した作品といえる。

作品は4つの曲からなりそれぞれ、「峡谷で」「村で」「回教寺院で」「酋長の行列」と題されている。

「峡谷で」は、谷にこだまする角笛、テレク河の清流の音、駅馬車の警笛等を、自然美あふれるゆったりとした音楽で表現しており、その憧憬は実に雄大である。「村で」は、夕闇に包まれた寒村を想起させるイングリッシュ・ホルンと、中間部のオリエンタリズムに溢れた素朴な舞曲が印象的。「回教寺院で」は、アラビア調の音楽が美しく歌われている。「酋長の行列」は、まさに遠くから近付く酋長の行列を表しており、次第に熱気を帯びてくる殷賑な音楽といえる。
グルシチェンコの演奏も曲の写実的な性格を弁えたもので、滋味ではあるがアジのある演奏を繰り広げているといえる。

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フェドル・グルシチェンコ/BBCフィルハーモニック[1993年8月録音]

【CHANDOS:CHAN 9321(輸)】
パガニーニとほぼ同時期に活躍したドイツの作曲家であるシュポアは、ヴァイオリニストとしても活躍していた。その彼が残した数多くの作品の中では比較的演奏される機会に恵まれているのが、この協奏曲第8番といえる(といってもそんなに多くないが)。《劇唱の形式で》と付されているだけあり、ヴァイオリンが、あたかもオペラのアリアを歌うかのように見せ場は多く、音楽的な表情も豊かである。ヴァイオリニストの歌心の本領が発揮されるこの曲を、ハーンのヴァイオリンは様々な表情を的確に描写、表現してくれている。むせび泣くような悲哀に満ちたその表情(音色)には「ドキッ」とさせられる一瞬がある。とりわけ、約20分の中で目まぐるしくも変わるヴァイオリンの音色は、彼女がこの曲に対する自信の裏付けともいえる説得力に満ちており、「自らの魅せ方を弁えているな~」、と感心させられてしまう。彼女の魅力は計り知れない・・・、そう感じさせてくれる一枚だ。なお、指揮は大植英次が務めているが、どうにも「どっしり」構えすぎた演奏のように感じられる。もっとスマートだと、ソリストは格段に映えるような気がする。



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乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


大植英次/ヒラリー・ハーン(Vn)/スウェーデン放送交響楽団[2006年2月録音]

【DG:00289 477 6232(輸)】
アメリカの音楽史上、最も美しいコントラルトと言っても過言ではないマリアン・アンダーソン(1897~1993)の名唱を紹介したい。


黒人差別を受けて育った彼女の歌唱は、様々な「愛」に満ち溢れた、心に染み入る説得力を帯びている。ソプラノからバリトンの音域までを歌う事が可能な彼女の表現力は音域以上に音楽に幅を持たせているといえる。


特に民族的で、あるいはノスタルジックな作品ともなると、彼女の歌唱は、なんとも情緒豊かに聴き手に語りかけてくるものがあり、その世界に一気に曳き込まれる魅力を孕んでいる。


ここで紹介するハルフダン・シェルルフ(Halfdan Kjerulf/1815~1868)の『昨夜』も然りだ。ノルウェーの作曲であり、ノルウェーの民族音楽とドイツ・ロマン派の音楽を融させた独特の作風を持つシェルルフは、130曲余りの歌曲を残しており、その彼独自の世界を歌曲の中で充分に感じる事が出来る。コントラルトと併せて奏でられている、チェロの美しい旋律は、歌心に溢れたもので、うっとりと聴き入ってしまう小品であり、アンダーソンが絶頂にあった1960年代の録音も相俟って、その魅力は諮り知る事が出来ないほどに「深い」。



【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ロバート・ラッセル・ベネット/マリアン・アンダーソン(A)/RCAビクター室内管弦楽団[1964年2月録音]
【RCA:BVCC-37352】

メキシコの作曲家、フベンティーノ・ローサス(1868~1894)が残した不朽の名作『波濤を越えて』を紹介する。


26歳の若さで亡くなったローサスが、23歳の時に書いた作品であり、序奏と終結部の間にいくつかのワルツが登場する簡潔明瞭な作品だ。特に序奏の後に現れる最初のワルツが有名である。作品名の通り、波間をゆっくりと進む様子を表現しているかのような、ゆったりとした流麗なワルツであり、その旋律こそがこの作品の聴きどころでもある。


ウィーンのオーケストラで聴くと、まるでシュトラウス一家の音楽と誤解してしまう位に美しい作品であり、ウィーンの音楽家による録音をお薦めした。




【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床



フランツ・バウアー=トイスル/ウィーン・フォルクスオーパー管弦楽団[1980年代録音]


【PHILIPS:468 123-2】



ベルギー生まれだが、フランスで活躍していたセザール・フランクの代表作を紹介しようと思う。

古今のヴァイオリン・ソナタの名曲の数々の中でも、真っ先に名前が挙がるのがフランクのソナタである。

フランクお得意の循環形式で書かれており、ヴァイオリンとピアノが対等な立場で音楽が進行するソナタといえる。19世紀の最高傑作を、今日はシャハムとオピッツで聴いてもらいたい。

録音当時18歳だったシャハムのアグレッシブな音楽作りはここでも健在。流麗な語り口で聴かせる第3楽章の美しさは、際立っているといえる。名曲に正面から真摯に立ち向かうその姿勢は、大物への予感を感じられる演奏といえ、その後のシャハムの音楽的成長は言わずもがなである。ピアノのオピッツの演奏も美しく、安心して聞くことができるオーソドックスな名盤といえる。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


ギル・シャハム(Vn)/ゲルハルト・オピッツ(Pf)[1989年6月録音]


【DG:POCG-4123】