サーカス・マーチのスペシャリストと呼べるヘンリー・フィルモア(1881~1956)のマーチの数々。

この『我らアメリカ人』は原題の『アメリカンズ・ウィ(Americans We)』の名で親しんでいる音楽ファンも多いはずだ。アメリカのマーチ王と呼ばれるスーザをして、フィルモアの作曲した譜面を見て大絶賛したことは有名な話だ。ここで紹介する代表作、『我らアメリカ人』は彼の特徴を存分に味わうことができる。アクロバティックな管楽器(特にクラリネット)の妙技に、心躍る溌剌としたリズム感。まさにサーカス・マーチの醍醐味そのものであり、その高揚感は堪らない。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

フレデリック・フェネル/イーストマン・ウィンド・アンサンブル[1957年10月録音]

【mercury:432 019-2(輸)】

劇的なイントロが印象的なリヒャルト・シュトラウスの交響詩『マクベス』を紹介する。彼の残した交響詩の中では演奏される機会が極端に少ないこの作品は、その名の通りシェイクスピアの戯曲からインスピレーションを受けて作られている。単一楽章でできており第1主題が『マクベス』を、第2主題が『マクベス夫人』をそれぞれ表しているという。冒頭はリヒャルトらしい壮大なオーケストレーションが印象的で、弦楽器の巧みな歌い回しは、さながらアルプス交響曲をも上回るサウンドでもある。他の作品がそれはそれで鮮烈なパワーを帯びてしまって、この作品はあまり日の目を見ることがないが、ここで紹介するマゼールとウィーン・フィルの録音であれば、この作品の魅力に気付く事ができるかもしれない。


【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
ロリン・マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[1983年2月録音]

【DG:POCG-1283】

チャイコフスキーが、1890年に歌劇『スペードの女王』の作曲の為に滞在していたフィレンツェにおいて書かれた弦楽六重奏曲を、弦楽合奏版に編曲した『フィレンツェの思い出』を紹介する。
フィレンツェの名は標題に付いているものの、イタリアの「臭い」はあまり感じられず、逆にチャイコフスキーらしい郷愁溢れる弦楽器の響きを楽しむことができるだろう。かの有名な弦楽セレナーデとは趣はだいぶ違うものの、原曲のセクステットにはないコントラバスを加えたことで、より深みを増した滋味深い作品となっている。
コルステンが指揮するヨーロッパ室内管の演奏は、過度な脚色には乏しいものの、適度な起伏をもたらした絶妙な演奏といえる。コルステンの特徴なのか否か、全体を通して淡々と進行する音楽。それが、併録されている弦楽セレナーデではかなりマイナスに作用しているように感じる。あまりにも掴み所がなく実につまらない演奏で、「よくもまあドイツ・グラモフォンがこんな演奏をCD化したものだ」と憤慨してしまう位の演奏なのだ。しかしこの「フィレンツェ~」では、色は鮮やかではないにしろ、なんとも要所は締めた演奏を繰り広げており、なんとか面子は保てた感がある。とにかく、収録されている2曲は一度は聞いてみる価値はある。良いのか悪いのかは別として…。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ジェラール・コルステン/ヨーロッパ室内管弦楽団[1992年3月録音]
【DG:437 541-2(輸)】

ヴェルディのレクイエムは数多の録音が存在し粒揃いの名演ばかり。そんな中、かなり高い水準ではあるものの日の目を見ない録音がある。グスタフ・クーンが指揮する録音だ。イタリアの山間で開催されているチロル音楽祭のライブ収録であるが、その演奏の質の高さには驚かされる。

オーケストラの響きもそうだが、ソリストと合唱団のバランスが実に絶妙だ。とりわけ、バスのシャオリャン・リーの歌声は、一聴の価値はある。中国出身で、クーンの秘蔵っ子で、10年以上前に何度か来日を果たしていると記憶している(初来日時は横須賀で第九の独唱をクーンの指揮で歌っていたような・・・)。そんな彼の歌声は、安定感と表現力はオペラの舞台で鍛錬された自信に満ち溢れている。

この録音は、佐野成宏の歌声が聴けるのも嬉しい。クーンは、オペラで鍛え上げたドラマツルギーで劇的なヴェルディの世界を演出。実にメリハリの利いた演奏である。

カラヤンやアバドの名演ももちろん感動的だが、この録音で得られる感動も、なかなかのものだ。個人的なお薦め盤だ。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

グスタフ・クーン/Michela Sburlati(S)/Nadja Michael(Ms)/佐野成宏(T)/シャオリャン・リー(B)/インタール合唱団/チロル祝祭管弦楽団/ほか[2000年7月録音]

【ARTE NOVA:74321 80776 2(輸)】

エリザベート・シュワルツコップといえば、20世紀を代表するソプラノ歌手であり、数々の名演を残しているのは言わずもがななことである。彼女が潔癖なまでの完璧主義者だったことは有名な話であり、彼女の録音はどれを聴いても圧倒される歌唱のものばかりである。

ここで紹介するシューマンの歌曲集《女の愛と生涯》はその名の通り、出会いから結婚、出産、夫との死別を描いた作品で、シュワルツコップの格調高い品位と女性らしい奥ゆかしさを兼ね備えた演奏は、感涙に浸る晩年の円熟に満ちた名演といえる。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

エリザベート・シュワルツコップ(S)/ジョフリー・パーソンズ(Pf)[1974年4月録音]

【EMI:TOCE-59088】

リリースするCDは常に注目を集め、演奏会をすれば名演を聞かせてくれる、今、最も勢いに乗っているヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンの録音を紹介する。

シェーンベルクとシベリウスのヴァイオリン協奏曲を収めた意欲作。それぞれ聴きどころが満載だが、特筆すべきはシェーンベルクである。難解なシェーンベルク独特の世界を、ハーンは実に説得力ある演奏で語りかけてくる。ロマンティックでかつ、官能的ともいえる世界へ、ハーンは聴き手を一気に惹き込むのだ。今まで聞いた事のないシェーンベルクの世界がそこにはある。ハーモニーは今まで聞いていた十二音技法を駆使してはいるものの、心地よい響きに聞こえてくるのは自分だけなのか・・・。個人的にはシェーンベルクの苦手な方にも薦めたい録音といえる。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


エサ=ペッカ・サロネン/ヒラリー・ハーン(Vn)/スウェーデン放送交響楽団 [2007年9月録音]

【DG:00289 477 7346(輸)】
一時期のタンゴブームも、下火とまでは行かないまでも落ち着いてきた感がある中、日本を代表するバンドネオン奏者としていまだに安定した活躍を見せている小松亮太の録音を紹介する。彼の録音の中でも「熱さ」で群を抜いているであろう録音だ。
「小松亮太 ライヴ・イン・TOKYO~2002」と題したこの音盤、小松亮太を中心に4台のバンドネオンとピアノ、弦による豪華なブルーノート東京でのライヴ盤である。収録曲も「ラ・クンパルシータ」「軍靴の響き」「エバリスト・カリエーゴに捧ぐ」「コントラバヘアンド」「ビジェギータ」「エル・デスバンデ」ほか、バラエティに富んでおり、タンゴファンに限らず十分に楽しめる。

全編に亘って感じられる躍動感とうねりと化したグルーヴ感はこの音盤の特徴といえ、ライヴならではの迫真のステージを体感できる。この音盤こそ、小松亮太を語るには欠かすことのできない逸品だ。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
小松亮太&オルケスタ・ティピカ[2002年6月録音]
【SonyMusic:SICC 88】

自分がまだ中学生の頃、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』に興味を持って一枚のCDを買った。カラヤンが指揮するベルリン・フィルの録音で、いわずと知れた名盤だ。『ツァラ』を聞き終え、ホッとした瞬間、間髪入れずに次の曲が大音量でスピーカーから流れ始め、度肝を抜かれた。その瞬間からクラシックの虜になってしまった自分である。それがリヒャルトの『ドン・ファン』である。

このカラヤンの煌びやかな弦楽器のイントロから一気に高揚し炸裂する、音の洪水のように押し寄せるリヒャルトのサウンド、カラヤンだからこそのクオリティで体感できるこの録音は、初心に帰りたいときにいつも無意識のうちに手に取ってしまう。最近はそんな日が続いている自分である。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1983年録音]

【DG:POCG-7071】

発表当初は『原爆の図に寄する交響的幻想』と題され、のちに『交響的幻想《ヒロシマ》』と改題。さらに改題され『交響曲第5番(ヒロシマ》』となり今に至るこの作品は、その名の通り『広島』を題材にしたものである。


作品は8つの部分から構成されており、それぞれに以下のように楽譜に記されている。

・・・

序奏:無神経な時の流れ―人類の良心の声―混乱―静寂

幽霊:それは幽霊の行列でした

火:次の瞬間火が燃え上つた

水:人々は水を求めてさまよいました

虹:声もなく人々は苦しんでいました―突然黒い大雨がきました―その後に美しい虹が現れました

少年少女:人生の喜びも知らず、父や母の名を呼びつゞけながら死んでいつた少年少女

原始沙漠:果てしない髑髏の原です

悲歌
・・・

戦後復興期の日本において、追悼する音楽は数多く書かれたものの、原爆の惨劇を音楽で表現したのはこの作品が初めてといってもいいだろう。広島や長崎の惨状を直接は見ていない作曲家ではあったが、占領軍によって公開が禁じられた原爆の記録映画の音楽を担当していたこともあり、原爆については一定水準以上の理解はあった。それに加え、丸木位里・丸木俊が書いた『原爆の図』から強いインスピレーションを得て書き上げられたこの作品は、当時としてはあまりにも衝撃的な音楽として流布していったに違いない。

とにかく、音楽は風景を想起させるに難くないほどに、実にリアルだ。半音階で蠢く旋律や、不協和音に代表される現代音楽の書法を駆使し描きあげられた、日本の「歴史の記録]であり「記憶」である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
湯浅卓雄/新日本フィルハーモニー交響楽団[2005年5月録音]
【NAXOS:8.557839J(輸)】

日本のオーケストラのパイオニア的な存在である近衛秀麿の残した雅楽の名作、越天楽のオーケストラ編曲版を紹介する。

龍笛をフルート、篳篥をオーボエ、笙はヴァイオリンで表現し、日本古来の雅楽の世界を西洋楽器でナチュラルに表現することに成功している。ベートーヴェンの交響曲や、ムソルグスキーの『展覧会の絵』などの編曲も手がけていた近衛だが、この雅楽の編曲ほど勝れたものはないといえ、ストコフスキーも暫し取り上げ録音もしていることでも知られる。原曲と聞き比べると、尚の事、近衛の編曲が如何に優れているかが理解できる。


不当に評価が低い近衛秀麿だが、もっと評価をされてもいい気がする自分である。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
沼尻竜典/東京都交響楽団[2000年7月録音]

【Naxos:8.555071J(輸)】



【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

宮内庁楽部[1989年6月録音]

【キングレコード:KICH 2001】