正式には『48のモチーフ集―エスキス』と称するシャルル=ヴァランタン・アルカン(1813~1888)の作品を紹介する。そもそも、アルカンが残したピアノ曲は殆どが緒絶技巧を駆使した作品であり、それこそが彼の作品の魅力となっている。そんな中では、ここで紹介する『エスキス』は演奏する難易度は比較的低い分類に入る作品といえる。

作品自体は番号付きの48曲と番号なしの1曲、計49曲から構成されており、各曲に標題が付されている。どの曲も情景描写に優れているものの、中にはモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』のアリアをパロディーにしたものもあり、飽きることのない表情豊かな作品といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
スティーヴン・オズボーン(Pf)[2002年7月録音]
【hyperion:CDA67377(輸)】

宮川泰を父に持ち、音楽界のサラブレッドとして八面六臂の大活躍を見せる宮川彬良の吹奏楽作品を紹介する。


『Fun, Fun, Funtastico!』と題されたこの作品は、そのタイトルが表現している通り、ポップ調でノリのいいリズミカルな心踊らされる内容だ。日本を代表するエンターテイナーといえる宮川彬良の完全なオリジナル作品であり、中央学院大学の委嘱で作られたものである。ノリはまるで、名作『ディスコ・キッド』を髣髴とさせるもので、楽しさと魅せ場にあふれた実に演奏効果に優れた作品といえる。多岐に亘って活躍している宮川ならではのサウンドが炸裂しており、そのリズムとホーン・アレンジは素直に楽しめる宮川ワールドが凝縮された作品といえる。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
宮川彬良/大阪市音楽団[2008年11月録音]

【KING RECORDS:KICC-728】

スウェーデンの作曲家、ヒルボルイ(1954~)の代表作である『ムウヲオアヱエユイユエアオウ』を紹介する。

1983年にスウェーデンの国立協会の委嘱で作曲されたもので、かなりの異彩を放った作品だ。歌い出しの詩(?)を、そのままタイトルとしているが、そもそもこの曲の詩には何の意味もない「音」であり、その「音」は微妙に変容しながら曲は進行していく。16声部から成り、とにかく「声」の限界に挑み続ける作品。およそ13分で、只管に響きを追求し続ける、さながら機械処理されたかのような神秘的で無機質な異次元の世界へと聴き手を誘うのだ。ちなみに、作曲家本人によると「オーロラ」からインスピレーションを受けているそうな・・・。

実演ではスウェーデン放送合唱団やオルフェイ・ドレンガーで聞いたことがあるが、何度聴いてもその神秘的な響きに魅せられ、合唱団の技量の高さに舌を巻く作品である。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ガリー・グラーデン/聖ヤコブ室内合唱団[1996年10月録音]
【BIS:CD-789(輸)】

神童というと 真っ先にモーツァルトが頭に浮かぶが、メンデルスゾーンもなかなかの神童として活躍していた。彼が12歳から書き上げた13曲の弦楽器のための交響曲(シンフォニア)はその頃の代表作として録音もいくつか残されている。特にこの8番は管弦楽版にも彼自身が編曲をした自信作といえ、彼の早熟振りが聴ける。モーツァルトの音楽を「よりシンプルに」した感じの作品だが、後の彼の作品に通ずる響きが随所に登場するので、聞いていて飽きない作品といえる。
オルフェウス室内管弦楽団とハノーヴァー・バンドの紹介するが、どちらも甲乙つけ難い演奏を繰り広げている。瑞々しい流麗な音楽造りのオルフェウス室内管弦楽団。古楽器ならではの鋭敏かつ鮮明なアンサンブル。どちらも名盤といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
オルフェウス室内管弦楽団[1991年12月録音]
【DG:POCG-1668】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ロイ・グッドマン/ハノーヴァー・バンド[1992年11月&1993年3月録音]
【RCA:82876 60427 2(輸)】

戦中に作られた行進曲は「いかにも」戦意高揚のための軍歌そのものといった感じの曲が多いが、曲によっては美しい中間部を兼ね備えていたり、親しみ易い曲調だったりと、魅力的な「作品」も数多い。


そこで今日は斎藤丑松(1912~1994)が残した行進曲『愛国』を紹介する。トリオ部で、「見よ東海の空明けて~♪」の詞で有名な瀬戸口藤吉の愛国行進曲の旋律が用いられていることから名付けられたとされるこの作品。音楽自体がそのトリオ部になった途端に表情が変わるのは不思議なものである。さすが瀬戸口藤吉といっていいものか否かだが…。名行進曲とされる瀬戸口の行進曲の旋律を原曲で聴くのもいいが、斎藤のこの行進曲で活きる瀬戸口の旋律もまた面白く、佳作といえる。

【推奨盤】
吉永雅弘/陸上自衛隊第1音楽隊
【UNIVERSAL:UCCS-1021】

「ボヘミアのスーザ」とも呼ばれることがあるフチークのマーチを紹介する。『剣士の入場』で名を馳せ、今日では世界各地のサーカスで使われているのが『剣士の入場』だ。ここで紹介する『連隊の子供たち』もまた、『剣士の入場』と並んでフチークを代表する作品として演奏される機会に恵まれている。
イントロの金管楽器のファンファーレ調の響きは、いかにもドイツ・マーチといった感じではあるものの、その後の展開は、他の同時代のマーチに比べると軽快であり生気に満ち溢れており、重厚にして荘重なイメージの強いドイツのマーチとは一線を画する存在といっても過言ではない。それこそフチークのサウンドであり、魅力である。
ここで紹介する録音はカラヤンが残した名演だ。「ドイツ名行進曲集」と題した音盤で、ベルリン・フィルハーモニーの管楽アンサンブルが演奏している。どの曲も、軍楽隊の色が褪せ、どれにも芸術の香りが仄かにする演奏となっている。フチークの作品も然り、ある意味この曲の当時のあるべき姿ではないのかもしれないが、カラヤンの演奏はそれはそれで爽快で聴き応え充分だ。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブル[1973年3月録音]
【DG:POCG-2287】

日本を代表する作曲家、間宮芳生(1929~)は、吹奏楽ファンにとっては『ベリーを摘んだらダンスにしよう』やマーチ『カタロニアの栄光』といった課題曲で馴染みの深い作曲家といえる。そんな彼が残した合唱曲の中でも、とりわけ演奏される機会の多い作品を紹介する。


『合唱のためのコンポジション第1番』は囃子詞に溢れた作品で日本各地の民謡から多くテーマを引用している、間宮の代表作だ。4つの楽章から成り、口唱歌が印象的な作品といえる。第4楽章の最後は指揮者(テノールの場合もある)のシュプレヒシュテンメで終わるのもまたユニークである。聞けば聞くほどに日本の民謡の魅力が浮き出てくる作品といえ、アマチュア合唱団のレパートリーとして寵愛されている日本を代表する合唱曲といえる。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
田中信昭/東京混声合唱団[1975年7月録音]
【Victor:VICG-60151】

短調から始まる半音階を多用したイントロがなんともエキゾチックな雰囲気を持ったこの『神秘の伝道の貴族たち』と題されたスーザのマーチ。ハープも編成に加えられているのが特徴である。アラビア教団のために作曲されたという経緯から、その曲調には納得いくものがある。この曲を聴いて深く感じたことだが、いかなるテーマも自らの手中に収め、極上のサウンドを築き上げるスーザの凄さは、並外れている。

ここで紹介する録音は日本を代表する吹奏楽団、NEC玉川吹奏楽団の録音だ。昨今の不況下の中で、長年にわたり高水準の演奏を保ち続けていることに感服してしまう自分。ライブでの収録ではあるが、吹奏楽団ならではのライブの臨場感は独特であり、この演奏からもひしひしと伝わってくるものがある。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

稲垣征夫/NEC玉川吹奏楽団[2000年5月録音]

【CAFUA:CACG-0101】

20世紀のスペインを代表する作曲家、ホアキン・ロドリーゴが残したギター協奏曲の最高傑作、『アランフェス協奏曲』を紹介する。
そもそも、アランフェスとはスペインのマドリッド近郊の地名であり、18世紀から19世紀にかけてスペイン王の宮廷が置かれていた場所でもある。その様な特徴もあり、曲はその時代の懐旧するかのような作風になっている。盲目の作曲家に夫人が、アランフェスの美しい風景を語り仕上げられたというこの作品は、民族舞曲風の両端楽章と、イングリッシュ・ホルンのメロディが有名な第2楽章から成っている。
ここで紹介する、ジョン・ウィリアムスとバレンボイム、ベルリン・フィルの演奏は映像で見られる最上級の演奏となっているといえる。実に情緒豊かなウィリアムスのギターにベルリン・フィルが呼応するかのように情緒的な演奏を繰り広げているのが印象的。屋外(ヴァルトビューネ)での録音とは思えぬほどに音質も良好だ。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ダニエル・バレンボイム/ジョン・ウィリアムス(G)/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1998年6月録音]
【GENEON:GNBC-4106】
ニコロ・パガニーニ(1782~1840)はヴァイオリンの歴史上、最高のヴァイオリニストと言われ、「魂を悪魔に売った」とまで言われた誰もが知る演奏家である。そんな彼は自らの技巧に見合った作品が少ないことから、自らも曲を書き、演奏している。

ヴァイオリン協奏曲も全部で6曲書いており、生前に出版された数少ない作品の一つと言われている。曲は、此れ見よがしにヴァイオリンの超絶技巧のオンパレードとなっている。冒頭の力強い管弦楽で始まり、ソロのヴァイオリンが始まる。自らの超絶技巧のための作品だけあり、ヴァイオリンの見せ場には事欠かないものの、オーケストラ・パートは実に稚拙で面白くはない。6曲書いている協奏曲の中では第1番が比較的「まとも」なオーケストレーションとなっている。そんな状況からか、名演はアッカルド/デュトワ盤以来、登場していなかったが、ここ数年で面白い2枚がリリースされている。

庄司紗矢香とヒラリー・ハーンの録音だ。庄司の録音はドイツ・グラモフォンからのデビュー盤だ。パガニーニ国際コンクールに史上最年少で優勝した翌年に、名匠ズービン・メータのサポートで実現した録音は、若くして技術的成熟に達した庄司の音楽的成熟の第一歩となる記念碑的な名盤といえる。とにかく17歳にして繰り広げる、説得力と洞察力に感嘆する演奏だ。

ハーンの録音もまた凄い。この演奏には音楽的成熟の過程にあるハーンの「余裕」に満ち溢れた録音で、彼女の録音当時にできうる限りのパフォーマンスを存分に披露してくれている。ただ、この録音の難点はオーケストラにある。推進力のあまり感じられない重厚な演奏となってしまっており、ソロとのアンバランスさに耳を覆いたくなり事がしばしば・・・。旧き良きドイツ的な響きをこよなく愛する方には、こちらの演奏をお薦めするが、個人的には残念でならない。



【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


ズービン・メータ/庄司紗矢香(Vn)/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団[2000年7月録音]

【DG:UCCG-1020】





【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


大植英次/ヒラリー・ハーン(Vn)/スウェーデン放送交響楽団[2006年2月録音]

【DG:00289 477 6232(輸)】